情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[AL]アルゴリズム研究会

 

1. 最近10年間の動向

アルゴリズム研究会は,2010年度から,1回あたりの発表件数を増やすことで活性化を図るため,開催数をそれまでの年6回から年5回に減らしている(2012年度と2013年度に年4回の開催を試みたが,その後,年5回に戻した).全体の発表件数はおおむね維持できているので,この試みは成功したといえる.

また,近隣の研究コミュニティとの交流を図るため,従来から,電子情報通信学会「コンピュテーション研究会」とは年に1回の連催,同学会の「回路とシステム研究会(CAS)」および「システム数理と応用研究会(MSS)」とは年に1回の併催を行っている.このような交流をさらに広め,発表件数と参加者を増やしアルゴリズム研究会をさらに魅力あるものにするため,2013年度に,CASおよびMSSとの併催を連催に切り替え,さらに,近年成長著しい分野である人工知能学会「人工知能基本問題研究会」とも年に1回の併催を開始した.実際,同時開催の会は参加者が多く活発な議論が行われており,高いシナジー効果を得ている.

表1 登録者数と発表件数

一方,登録数はこの10年間漸減傾向が続いているが,これは,2.2節で述べるように,我が国のアルゴリズム研究の分野が近年大きく発展し,相対的に学会の存在意義が小さくなったことによるものと考えている.

韓国における同分野の研究コミュニティと連携して,合同ワークショップJapan-Korea Joint Workshop on Algorithms and Computation(WAAC)を毎年開催しており,2018年度に21回目を数えた.また,バングラデシュやインドの研究グループが主催している国際会議International Conference and Workshops on Algorithms and Computation(WALCOM)を,2015年度から協賛という形で支援している.

2. 研究分野の変遷

アルゴリズム研究会では,主に理論計算機科学における基本的で普遍的なテーマを扱うため,研究分野は世の中の動向には影響されにくい.一方,ビッグデータ,IoT,AI等の分野で国際競争力を失わないために,近年,これらの分野は重点化され,さまざまな研究プロジェクトに大きな予算がつくようになってきた.これらは,結局のところアルゴリズムの成否がすべてであるため,必然的に,多くのアルゴリズム研究者がこれらのプロジェクトにかかわるようになっている.

2.1 予稿のキーワードの変遷

アルゴリズム研究会で発表された研究報告からキーワードを抜き出し,ワードクラウドによる可視化を行ってみた.キーワードは,粒度が細かくなり過ぎないように,筆者が適当に調整して付与したものである.2010~2011年度の研究報告に対する結果を図1に,2017~2018年度の研究報告に対する結果を図2に示す.これらを比較することで,この10年間の研究分野の変遷がある程度読み取れる.

図1 2010~2011年度のキーワード
図2 2017~1018年度のキーワード

まず,グラフ理論,計算量理論,列挙,計算幾何学,文字列アルゴリズムなどのキーワードは,新旧どちらの研究報告にも多くみられることから,これらの分野は世の中の動向に左右されず,主要なテーマとして研究し続けられていることが分かる.実際,これらは日本が世界に比肩する強力な研究者を有している分野でもある.

一方,省領域アルゴリズム,ZDD,BDD,GPU,遷移問題,施設配置問題などが新しいキーワードとして浮かび上がっている.これは,それぞれ比較的少数だが精鋭の研究グループが高いアクティビティを示した結果である.また,これらのキーワードのうち前者の4つはビッグデータ関連のプロジェクトが立ち上がった影響が大きい.

2.2 研究プロジェクトの林立とその影響

この10年間に,ビッグデータ,IoT,AI関連の研究プロジェクトが多く立ち上がり,アルゴリズム理論のコミュニティは,空前の活況を呈している.主なものを以下に示す.

  • ERATO(代表:湊 真一,2009~2014)「離散構造処理系プロジェクト」⇒基盤(S)(2015~2019)として継続
  • ERATO(代表:河原林健一,2014~2018)「巨大グラフプロジェクト」⇒基盤(S)(2018~2022)として継続
  • 新学術領域研究(代表:渡辺 治,2012~2016)「多面的アプローチの統合による計算限界の解明」
  • CREST(代表:加藤 直樹,2014~2019)「ビッグデータ時代に向けた革新的アルゴリズム基盤」
  • CREST(代表:宇野 毅明,2014~2019)「データ粒子化による高速高精度な次世代マイニング技術の創出」
  • CREST(代表:岩田 覚,2014~2019)「大規模複雑システムの最適モデリング手法の構築」

日本の有力な研究者の多くはいずれかのプロジェクトにかかわっている.それ自体はとても喜ばしいことであるが,そこで得られた優れた成果は,国内では主にプロジェクトの成果報告会等のイベントで発表され,結果として,アルゴリズム研究会の活性化には,あまりつながっていない.

3. 今後の展望

今後は,IoT,AIに加えてデータサイエンスの分野が重点化され,ますます多くのプロジェクトが走り出すことが予想される.AIが実用化の局面を迎えた今,システムの性能・リスク保証をきちんと与えることを是とする理論研究の重要性は,より一層増すであろう.アルゴリズム研究会としては,これらのプロジェクトと連携してシンポジウム等を立ち上げるなど,種々の活性化案を考えることができる.しかしながら,河原林ERATOが立ち上げ理研AIPが引き継いだ「情報系WINTER FESTA」に代表されるように,ビッグプロジェクトが学会に代わり,こうした連携や研究者間の交流の場を提供するようになっている.学会の役割について考え直す時期に来ているのかもしれない.

とはいえ,理論研究は本来,研究者自身の興味と好奇心を原動力として推進されるものであり,今後どの分野がトレンドになるか,楽しみにしておきたい.

(瀧本英二)

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