情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[PRO]プログラミング研究会

 

1. 最近10年間の動向

本研究会はプログラミング言語の基本概念,設計原理,実装技術,プログラミング方法論,プログラミング環境,その他,プログラミングに関する面白い話題を主たる研究分野とし,発足から3年目の1998年度から毎年5回の研究発表会を開催している.過去10年には第79回から第128回までの50回を開催した.また,本研究会が過去10年に共催した国内シンポジウムにはSACSIS(2010~2013年),ACSI(2015,2016年),xSIG(2017~2019年)がある.さらに,本研究会は論文誌コンピューティングシステムに編集責任研究会の1つとして協力している.研究会への登録数,研究発表会での発表件数は表1のとおりである.

表1 登録者数と発表件数

2. PROの運営方針・特徴

一般的に研究会の目指すところは分野の裾野を広げ,研究会での発表や議論を通して研究の発展,論文誌など他の媒体への出版を後押しすることであろう.一方研究会運営にかかる人的コストにも気を配る必要があり,研究会活動が活発であるのが良いことであるのはもちろんだが,それにかけるコストが運営委員の研究活動そのものや国際的な舞台での活躍を妨げるようなことになってはならない.PROではそれらの目標をバランス良く達成させることを目指した施策をいくつか行っている.

(1)研究会発表と論文誌プログラミングの連動:1つは,研究会発表と論文誌プログラミングへの投稿を密接に連動させていることである.論文誌への投稿者は研究発表会にて発表を行い,研究発表会用の論文がそのまま投稿論文として査読される(以下,同時投稿という).なお,研究発表会での発表すべてが同時投稿というわけではなく,論文誌への投稿がない研究発表は可能である.

論文の査読方式にも特徴がある.査読は,発表前に専門家が事前に行い,採否は,研究会と同日に(発表直後に)行われる論文誌編集委員会で議論され方針が決められる(後日,査読報告がまとめられ編集委員で確認した時点で正式決定される).形式的には他の論文誌でも同様であろうが,PROの場合,発表直後に,発表を聞いたばかりの多数の委員が,記憶の鮮明なうちに議論をかなり丁寧に行うところに特徴がある.かつ,「減点方式に陥らない」という精神が編集委員の間でもかなり浸透しており,さまざまな分野から構成される編集委員が,専門家による精査,非専門家から見た印象などをバランスさせて,多様な側面から採否を検討している.

発表と論文誌を連動させるこの方式は,査読の質向上と省力化という点で有効に機能している.

(2)十分な発表および質疑時間:もう1つの特徴に発表時間がある.通常の発表は発表時間25分,質疑応答20分の計45分という長い時間を設定している.詳細まで発表するのに十分な時間があることもあり,質疑応答ではさまざまな角度からの質問があり,非常に活発な議論がなされ,質疑応答の時間中に質問が尽きないことも多い.

(3)「短い発表」枠:第107回研究発表会(2016年1月)より,発表時間20分,質疑応答10分の計30分の「短い発表」を試行し,2018年度から正式に採用した.学生の発表を促すだけでなく,萌芽的なアイディアの提示,進行中の研究の途中報告,システム開発経験や興味深いプログラミング技法の紹介,開発したツールやソフトウェアの紹介などを発表できる場を設けた.「短い発表」の件数は年々増えており,分野の裾野を広げ,多様化を促進する活動の一助となっている.

(4)採録後の論文英語化:英語論文掲載を促進することを目的に,2013年3月以降に同時投稿された和文論文を対象とし,採録と判断された場合,著者の希望により査読者の意見が反映された原稿を英語化して掲載する施策を実施している.英語化の際には,業者もしくはネイティブスピーカによる添削を義務付けている.さらに,英語化された原稿が元の和文論文と相違ないことを研究会幹事が確認することで,英語化された論文の質保証を行っている.これは,著者にとっては採録と判断されてから英語化を行えばよいというメリットがある.執筆のコストが英語による論文投稿の妨げになるという場合に,有効な施策であろう.編集委員会にとっては,最後に英語化された原稿と和文論文の同一性検査の負担が生じるものの,(少なくとも日本語の方が読みやすいという多くの日本人査読者にとっては)査読時の負担は減るというメリットがそれを補っている.

3. xSIGの発足

多くの研究会(本会ARC,PRO,OS,HPC),研究専門委員会(電子情報通信学会CPSY,DE,RECONF)と共同で,新しいワークショップxSIG(http://xsig.hpcc.jp/)を2017年に立ち上げた.xSIGについては本特集記事「xSIG」を参照.

4. 研究分野の変遷と今後の展望

発表題目に注目して研究テーマの変遷を見てみると,題目に現れる専門用語の分布には,10年前も現在もさほど大きな変化はない.特に,プログラミング言語の理論,設計,拡張,実装など,プログラミングの根幹をなす研究課題は普遍的で,本研究会でも継続して幅広く発表がされている.一方で,研究の目標や要素技術という観点から眺めてみると,多少の変化がうかがえる.2010年度ごろは最適化,効率化などを目標にした発表が多かったが,最近は並列化,並列計算,GPGPUなどが多く見られる.また,並列・分散処理に関する話題が他の研究会でも取り扱われていることからも分かるように,いくつかの分野を横断するような発表テーマも増えている.

情報化社会ではあらゆる機器・サービスがソフトウェアを介して運用される.そのソフトウェアの多くがプログラミング言語により作成され,作成のためにプログラミングがされる.昨今は計算機アーキテクチャの変遷に合わせ,並列化やGPGPUなども駆使して効率を高めることが,ソフトウェアには求められている.プログラミングに関する研究テーマも,このようなハードウェアの変遷に合わせたものとなっている.たとえば,並列化を行うには,並列処理を記述できるプログラミング言語やライブラリを用いるか,またはコンパイラ等が自動並列化を行う.コンパイル時に並列化するにせよ,そのコンパイラは人間が作成するし,その正しさも人間が保証しなければならない.高機能コンパイラやプログラムの正しさの保証は,まさにプログラミング言語研究の中心的話題であり,前述のとおり,本研究会で近年繰り返し議論されてきたトピックである.このように,プログラミング言語,プログラミング方法論は現代社会において今なお,重要なものであり,プログラミングに関する分野は今後も社会を支える基盤技術を研究する場として大きな役割を果たしていくと考えられる.

プログラミングの必要性は今後10年も変わらないと思われる.よって,本研究会が今後も研究分野に貢献していけるように活動を永く継続させていくことが大切であると考える.

(2018,2019年度PRO運営委員・編集委員)

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