情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[HPC]ハイパフォーマンスコンピューティング研究会

 

1. 最近10年間の動向

HPC研究会では,2005年に登録会員数が初めて500人を突破したが,最近の10年間においてもそれを維持している.また,2011年に年間の発表件数が大きく増加した.これは,2011年に京コンピュータがTop500で世界1位となり社会的に大きな関心を呼んだことや「京」を活用するためのさまざまな取り組みが行われたことによるものと考えられる.こうしたHPC研究の発展にともない,2013年には一時,研究会の登録会員数において学会最大の研究会となり,HPCブームともいえる状況となった.2016年以降は,登録会員数,発表件数とも減少傾向であるが,依然として年間で120件程度の発表を維持しており,今後「富岳」をはじめとする大型のプロジェクトが推進されるにともない,再び研究が活発化することが期待される.

表1 登録者数と発表件数

HPC研究会では,90年代から,計算科学のアプリケーションの研究者とHPC分野の研究者との連携,情報交換を目的に,ハイパフォーマンスコンピューティングと計算科学シンポジウム(HPCS)を開催してきた.本シンポジウムは現在のHPCシステムの開発手法として重要となったco-designの考え方の流れを作ったものといえる.2010年からはアドバイザリ委員会を常設化し,計算科学と計算機科学間の連携に寄与してきた.このように,HPCSは大きな成功をおさめてきたといえるが,並行して他研究会と共催で実施してきたSACSISシンポジウムが,ACSI,xSIGと形を変える中で,その役割を変化させることとなった.すなわち,国際的な研究成果発信の必要性の高まりをふまえ,HPCSの活動を終了し,HPCAsia国際会議を中心としたより広い場での研究会の貢献を目指すこととなった.

HPCAsia国際会議は,アジア太平洋地域におけるハイパフォーマンスコンピューティングに関する国際会議(International Conference on High Performance Computing in Asia-Pacific Region)であり,HPCにかかわる研究者,技術者,ベンダおよびユーザが一堂に会し,最新の研究成果の発表,討論および情報交換の場を提供することを目的として,アジア太平洋地域の各国で18カ月ごとに開催されてきたシリーズ会議である.2004年には,HPC研究会が中心となり,第7回会議を大宮市において開催している.しかしながら,2009年の第10回会議(台湾)以降,開催が途絶えた状況であった.そこで,国内のHPC研究の国際発信力を高めたいという意図に加え,アジア地域でのHPC分野の情報交換の場の必要性が再認識されたことから,HPC研究会を中心にHPCAsiaの再建に取り組むこととなった.具体的には,元主査の朴泰祐氏(筑波大)を中心として,国際的に知名度の高いHPC研究者からなるSteering Committeeを立ち上げ,HPC研究会,ACM SIGHPC,IEEE CS主催による第11回会議(HPCAsia2018)を東京において開催した.本会議では,従来のHPC技術に加え,ビッグデータやAIなど最新の技術動向をテーマとすることにより,国内外から260名の参加者を得た.2019年には広州(中国)にて,HPCAsia2019が開催され,350名の参加者を得た.現在,HPC研究会が主催となり,HPCAsia2020を福岡市で開催する方向で準備が進んでいる.

2. 研究分野の変遷

この10年間の研究分野や研究トピックの変遷を俯瞰した場合,まず「京」に代表されるHPCシステムの大規模化があげられる.こうした大規模並列計算システムを効率的に利用するためには,ノード間の通信コストの削減が重要となる.そのため,連立1次方程式のソルバや行列分解等の代表的な計算核において,通信量の削減や通信回数の低減を行う手法の開発が進んだ.また,この10年の間では,主に電力の制約から,メモリバンド幅とプロセッサの演算性能の比率,すなわちB/F値が大きく低下した.そこで,メモリとプロセッサ間のデータ転送も通信ととらえ,キャッシュメモリの有効活用による「通信」削減手法が研究された.具体的にはステンシル計算における時空間タイリングが代表例である.また,大規模システムを活用する並列プログラミング手法として,PGASモデルに基づく並列言語の研究がさかんに行われる一方で,プログラムを自動的に目的のシステムに適合させる自動チューニングの研究も注目を集めた.

また,最近の10年間では,GPUに代表されるアクセラレータを用いた計算に関する研究が大きな飛躍を遂げた.アクセラレータは電力性能に優れており,大規模なHPCシステムの構築において,重要な役割を果たすようになった.しかしながら,アクセラレータを搭載した計算ノードはヘテロジニアスなノードと呼ばれ,従来のプログラミング手法や解析手法ではその性能を十分に引き出すことが困難である側面があった.そのため,HPCの応用分野では,アクセラレータ向けの解法・実装方式などがさかんに研究され,国際的に非常に多くの研究報告がなされた.また,ヘテロジニアスなノードにおける効率的なプログラミングを支援するためのDSLやソフトウェアフレームワーク,ライブラリ等の研究が活発に行われた.そのほかにも,GPUが深層学習のプラットフォームとして広く利用されるようになり,機械学習におけるHPC技術の利用についても研究が進展した.データ科学との関連性では,グラフ500ベンチマークが浸透し,高速なグラフアルゴリズムの研究もさかんに行われている.

3. 今後の展望

国内におけるHPC研究では,まずはポスト「京」の効率的な利用を目的とした研究が期待される.国際的にもエクサスケール級のスパコンをどのように活用するか,より大規模なシステムを活用するための諸技術の研究が進むと考えられる.

次に,HPC研究においても量子コンピュータ等の新しい計算原理に基づく計算機や非ノイマン型のコンピュータの利用に関する研究が進展すると考えられる.現在,これまでの情報処理の進展を支えてきたムーア則の終焉が指摘されるようになり,その兆候はすでに表れてきている.したがって,将来的に演算性能,もしくは単位電力あたりの演算性能を改善するためには,新しい計算原理の利用が不可欠であると考えられる.ただし,短期的には,限りあるトランジスタを有効に活用するという方向性もあり,たとえば,ある特定の計算に特化した演算装置による計算の高速化はすでにHPC分野でも取り入れられている.

HPC研究会の研究発表は,現実にある問題をすでに世の中に普及している計算環境上で扱う場合が多い.現在,新しい計算原理に基づく計算機は研究段階にあるものが多く,どのような計算機が市場で支配的となるのか,あるいは,さまざまな計算機が混在する状況が常態となるのか,まだ予測が難しい.ただし,いずれの場合においても「計算機の性能を最大限に引き出す」というHPCのコンセプトは非常に重要なものとなると考えられる.ムーア則の終焉以後,計算の効率化にはなんらかの工夫が必要であり,HPC研究への期待が大きい時代が到来すると予測される.

(岩下武史,横川三津夫,須田礼仁)

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