情報処理学会60年のあゆみ
第3編―情報技術の発展と展望
[OS]システムソフトウェアとオペレーティング・システム研究会

 

1. 最近10年間の動向

システムソフトウェアとオペレーティング・システム研究会(以下,OS研究会)では年3,4回の研究発表会を開催してきた.5月頃には毎年,沖縄で開催し,7月頃には他研究会と合同でサマーワークショップ(SWoPP)を開催,2月頃には日本各地で開催している.2009年から2015年までは5月頃の研究発表会を計算機アーキテクチャ研究会(現,システム・アーキテクチャ研究会)と共催した.また,2011年から2015年までは11月頃にも研究発表会を開催していた.表1に示すように,ここ数年は登録会員数が減少しているが,研究発表会1回あたりの発表件数はこの10年間で大きく変わっていない.

表1 登録数と発表件数の推移

OS研究会では年2回のシンポジウムも開催している.11月頃には東京近辺でコンピュータシステム・シンポジウム(以下,ComSys)を主催している.加えて,2013年まではSACSISを共催し,2015年からはSACSISの後継であるACSIを共催,2017年からはACSIを引き継いだxSIGを共催している.xSIGの立ち上げの経緯についてはプログラミング研究会の項目を参照されたい.

2019年に第31回を迎えたComSysについてはOS研究会においてさまざまな改革を行ってきた.2011年には組込みシステム研究会と共催する研究発表会を新設してComSysと連続開催するようにした.それにより,11月頃にも査読なしで発表する場がほしいという需要や,論文執筆時期を遅くしたいという需要を取り込んだ.2012年からはComSysの併設イベントとして,国産ハイパーバイザのBitVisorに関連する研究開発の発表の場であるBitVisor Summitを開催するようにした.

2014年には論文査読を廃止し,新たにコメント・フィードバック制度を導入した.この制度は,重箱の隅をつつくようになりがちな査読コメントではなく,将来につながる建設的なコメントを返すというものである.この制度のねらいはComSysを国際会議や論文誌への1ステップとして活用してもらうことである.そのため,投稿された論文はすべてComSysで発表可能とした.2016年からはComSysでコメントを希望しないという選択もできるようにし,連続開催していた研究発表会を廃止した.これらの改革の結果,発表件数は図1のように増減を繰り返しながらも,一定数を維持できている.

図1 ComSysの発表件数の推移

2. 研究分野の変遷

システムソフトウェアの分野ではこの10年で,仮想化技術やクラウドコンピューティングの普及,仮想化支援機構,マルチコアCPU,ストレージクラスメモリなどの新しいハードウェアの出現などいくつもの大きな変化があった.ここでは,OS研究会においてさかんに研究発表が行われているいくつかについて述べる.

2.1 仮想化

OS研究会では2000年代前半から仮想実行環境や仮想マシン(VM),複数OSの実行など仮想化に関連する研究発表が少しずつ見られるようになっていたが,2000年代後半に入ってVMに関連する研究発表が爆発的に増えた.これは計算機の性能の向上やハードウェアによる仮想化支援機構の提供によってVMの利用が実用的になったのに加え,XenやKVMなどのオープンソースのハイパーバイザが利用できるようになったことが大きい.同時期に,OS研究会のメンバが中心となって国産ハイパーバイザであるBitVisorを開発し,BitVisorに関する研究発表も行われるようになった.当初はVMの基本的な機能の開発や性能向上に関する研究も多かったが,最近ではセキュリティ,障害対策などへの応用に関する研究も増えている.また,VMよりも軽量なコンテナ仮想化の普及により,コンテナに関連する研究発表も増えてきている.

2.2 クラウドコンピューティング

2000年代後半からのクラウドコンピューティングの普及にともない,OS研究会でもクラウド環境を対象とした研究発表が増えてきた.クラウドにはさまざまな形態があるが,中でもVMや仮想ストレージを提供するIaaSと呼ばれるクラウドを対象とする研究が多く行われている.クラウドでなくても適用できる研究もあるが,負荷に応じたスケールイン・スケールアウト,大容量メモリを持つVM,単一アプリケーションだけを動作させるVMなど,クラウドの特徴を活かした研究が数多く行われている.また,HadoopやSparkなどのビッグデータ処理基盤に関する研究も行われている.

2.3 マルチコア

マルチコアCPUが2000年代後半から普及し始めると,マルチコアを用いたシステムソフトウェアの研究もさかんに行われるようになった.マルチコアは多数のVMを動作させる仮想化システムにおいて必須となるため,ハイパーバイザにおける仮想CPUスケジューリングの研究が進んだ.また,組込み機器に用いられるCPUでもマルチコア化が進んでおり,マルチコアを活用した組込みシステム向けのハイパーバイザの研究も行われるようになった.さらには,メニーコアを対象とした研究も行われるようになっている.

3. 今後の展望

システムソフトウェアの分野では,この10年間でさかんに研究されてきた仮想化やクラウドコンピューティングなどに関する研究が引き続き行われていくであろう.たとえば,仮想化については産業界の関心がVMからコンテナやサーバレスコンピューティングなどのより軽量なシステムに移ってきているため,OS研究会でもそのような発表が増えていくであろうし,増えていくべきである.その一方で,従来のVMに関する研究も着実に進展させていく必要がある.

また,近年,人工知能や機械学習がさまざまな分野で急速に利用されるようになってきているが,これらを利用したシステムソフトウェアやこれらの実行をサポートするシステムソフトウェアに関する研究発表はOS研究会ではほとんど行われていない.同様に,モノのインターネットやエッジコンピューティングも普及し始めているが,OS研究会での研究発表はごくわずかである.今後はこれらの技術に対してシステムソフトウェアとしてどのような貢献が可能かを考えていく必要がある.

そのための1つの方策として,ComSysをうまく利用していくことが考えられる.ComSys 2018では産業界からの参加者を増やすことを考え,コンテナ関連の研究開発に従事されている著名なお二方に招待講演を行っていただいた.このような企画を通して新たな研究や交流のきっかけとなることを期待している.また,他研究会や他学会との連携を深めていくことも今後のシステムソフトウェア研究には重要であろう.

(光来健一)

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