情報処理学会60年のあゆみ
第1編―学会60年のあゆみ
第3章 次の10年に向けて

 

3.3 将来構想

将来構想として「本会のサービスを情報処理のユーザを含んだ幅広い層年代へ持続的に提供できる基盤を確立すること」を述べる.本稿執筆時点で合意された将来構想は存在せず,理事会等で議論されている論点を紹介することが本稿の趣旨である.

3.3.1 現状分析その1:会員数

50周年を迎えた2010年以降の会員数はこの10年間2万人弱で推移している.60周年時の会員構成は学術界4割,産業界4割,残りが学生等である.会員の過半数を占めていた産業界の会員数が減少傾向で,このことへの対応が課題となっている.会員の年齢内訳は50代後半がピーク(年齢別最多)であるが,過去のデータからも当該年代すなわち1980年代前半に学部を卒業した年代がピークを形成しており,その年代が60歳等を迎え退会することが,会員減の主要因になっている.他方,学術界の会員数は堅調であり,さらに2015年度に開始したジュニア会員制度による若手の入会が全体の会員数減を補っている.ジュニア会員の大学卒業後,産業界の会員数にどのようなポジティブな影響を与えるかを注視しているのが現状である.

3.3.2 現状分析その2:事業

本会は定款に,情報処理に関する調査研究,普及実践,人材育成,国際活動,および標準化などを目的に定めている.これらごとに現状分析を行う.

調査研究

40を超える研究会・グループの研究活動を軸に,成果発表の場としての全国大会・FIT・研究会・シンポジウムの開催などを行っている.また近年力を入れている各種の政策等へのパブコメ対応は,学会自身による調査研究と位置付けられる.自身による調査研究を強化させ,たとえばそれを国や社会の情報処理の学術技術指針として,より積極的に発信できないかとの課題認識がある.

普及実践

会誌の発行,全国大会・FITの開催,およびITエンジニア向けの各種サービスを展開している.ITエンジニア向けには技術情報を提供するセミナーの開催,実務活動を紹介する「論文誌」デジテルプラクティスの出版,コミュニティ形成の実践であるITフォーラムとソフトウエアジャパン(シンポジウム)の運営,そしてCITPに代表される資格認定活動,プログラミング・コンテストの開催などが含まれる.情報処理技術の普及実践は社会的ニーズのきわめて高い案件であり,時代時代のニーズに即したサービスの提供が課題である.

人材育成

初等中等教育・専門学校・大学などにおける情報教育,およびITエンジニアへの教育プログラムの推進に向けた活動を展開している.前者は,教育カリキュラム策定,教育プログラム認定,教育者の支援などを,後者はセミナーの開催,資格認定,プログラミング・コンテストの開催などの活動を行っている.今後の情報教育全般に関して,より大きなテーマやより広い対象層(リカレント教育等)に広げることが課題である.

国際活動

国際会議の積極的な主催共催を行うとともに,海外学協会との連携を推進している.後者はIFIP活動への日本代表としての参加,IEEE-CSやACMとの連携,東アジアでのCCFやKIISEとの連携などをしている.今後は日本に留学生を多く輩出しているアジア地域などの国々との連携の強化などが課題として認識されている.

標準化

情報処理のデジュール標準であるISO/IEC JTC1への対応を軸にした活動を行っている.近年情報処理技術のイノベーション加速を反映して国際標準化のスピードも速い.この状況にタイムリーに応じ,また最新情報の提供していくこと重要である.

3.3.3 現状分析その3:財務

活動は会全体で近年年間6億円台の予算で運営されている,財務観点から実施事業を見ると,研究会・シンポジウム等の開催,全国大会等学術講習会の開催,会誌の発行,ジャーナル等学術刊行物の発行,標準化の計5項目が各年1億円前後の規模の事業を行っている.収入は年2億円程度の会費を軸に,さらに各事業での収入をもって事業費としている.会員数の確保と健全な運営のうえ,会費に依存しない新しいビジネスモデルへの転換を模索しながら,持続的な活動を確保することが課題である.

3.3.4 将来構想

改めて情報処理学会の目的は,情報処理に関する学術および技術の振興をはかり,学術文化産業の発展に寄与することである.これを振り返ると,その意義はゆるぎない一方「情報処理」の環境変化が大きいことに気づく.この10年で起きたことは,スマートフォンの普及に象徴される情報処理の一般市民への本質的な浸透である.本会設立時の情報処理は,学術分野であるが産業としては専門的な新分野であった.この専門分野の発展が本会の成長と呼応しており,本会設立後20年程度経過した1980年代前半が新入会員数のピークをなす.この構造が本会のこれまでの充実と,今後の学会継続性への不安の根底をなしているだろう.

本将来構想の中心理念は,この構造を変え,広く浸透した情報処理「ユーザ」も含めた情報処理に関わるあまたの人へ向き合うこと,すなわち情報処理ユーザを含んだ幅広い層年代へ本会のサービスを持続的に提供できる基盤を確立することである.

会員数と財務

ジュニア世代や情報処理ユーザ系企業に代表される,既存層外へのアプローチが重要ではないか.それは会員化を必ずしも前提とせず,たとえば新しいサービスの試行を経済的に回せるプロセスを確立し,そこから新しい収益モデルを導出することである.ジュニア会員向け新サービス試行は好例である.

調査研究

学術の発展への貢献に加えて,新しい情報処理ユーザとともに文化や産業の発展への貢献に挑むことが重要ではないか.この設計は難題だが,学会自らが主体で調査研究する案がある.ビジョン発信から実証事業まで多岐の候補があるが,学会が自ら示すことが重要であり,その端緒は現在の各事業にある.

普及実践

サービスの拡充再設計が鍵で,会誌を楽しくした再編はこの10年間の最大の成果の1つである.イベント開催は,総合企画から分野特化型へニーズがシフトしており,それに即応できる企画体制の構築が重要である.これまでにソフトウエアジャパンとデジタルプラクティスの見直しを行った.これを受けた企画が急務である.

人材育成

プログラミング教育の初等教育必修化に代表される情報教育の変化は,社会から本会への潜在的期待が最大級のニーズを引き出す可能性がある.現行の学校教育から生涯教育までの各種支援を魅力的に再設計することが,それに答えうる.また,情報の「とんがった」人材を育成評価することも学会の役割で,ジュニア向けサービスやコンテストの実績を活かしていく.

国際活動と標準化

最も伸び代のある事業である.現在の地道な活動の先に大きな期待と可能性が埋まっている.

社会への貢献

2019年に発生した新型コロナウイルス感染症は情報処理の必要性と社会実装の重要性を改めて世に知らしめた.今後起こりうる社会システムの変革に向け,本会が社会への貢献を拡大していけるよう,学会自身の改革を含めた継続的な議論が必要である.

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