情報処理学会60年のあゆみ
第1編―学会60年のあゆみ
第3章 次の10年に向けて

 

3.2 情報教育

3.2.1 情報教育の現状

2017年3月,小学校で2020年度から実施される学習指導要領と,中学校で2021年度から実施される学習指導要領が告示された.新しい学習指導要領では,小学校にプログラミングが導入されることとなった.

また,2018年3月,高等学校で2022年度から実施される学習指導要領が告示された.高等学校情報科は,2003年に設置されたときには3科目「情報A」,「情報B」,「情報C」(各2単位)からの1科目の選択必履修,2013年からは2科目「情報の科学」,「社会と情報」(各2単位)からの1科目の選択必履修であったが,2022年度から実施される新しい学習指導要領では情報の科学的な理解に重点を置き「情報I」(2単位)を必履修科目としたうえで,その発展的内容として「情報II」(2単位)を選択科目とすることになった.

そして,情報科を大学入試において出題する教科に含めることが重要である.大学入学共通テスト,および,個別学力試験では,「情報II」の内容まで含めて出題がされることが望ましい.高等学校で「情報I」と「情報II」を開講し,大学入試で情報の素養が身につけられているか測られるようになると,高等学校情報科の重要度がさらに増してくる.

このとき,各高等学校には,情報科の専任教員を適正に配置することが求められる.高等学校で情報科の教員として生徒を教えるためには,情報学全般についての幅広い知識や技術が求められるからである.しかしながら,現状は,必ずしも情報学についての幅広い知識や技術を持つ者が情報科の教科担任となっているわけではない.高等学校情報科の教科担任において臨時免許状や免許外教科担任が多用されている状況であることが分かっている.また,高等学校情報科が設置された2003年以降,2018年までに,13道県において情報科の教員採用をしていない(なお,2019年には,これらの13道県のうち6道県で情報科の教員採用試験が実施される予定である).

3.2.2 小学校・中学校への展開

小学校にプログラミングが導入され,高等学校情報科で「情報I」,「情報II」が設けられることになった背景の1つに,2013年6月に内閣府が世界最先端IT国家創造宣言を公表し,「義務教育段階におけるプログラミング」を提唱したことがある.また,2015年4月に本会をはじめとする情報学教育関連学会等協議会の5団体が,文部科学大臣,文部科学省各局長に宛てて「初等中等教育における一貫した情報教育(情報学教育)の充実について(提案)」の文書を提出している.このように,小学校から高等学校まで一貫した情報教育を行い,児童生徒に情報の素養を身に付けさせることが大切というながれになってきている.

これに関連して,日本学術会議では,「情報教育の参照基準」の策定を進めている.この参照基準は,小学校から大学の共通教育までの情報教育を体系化し,一貫した情報教育の理想形を提示することを目的としているが,本会情報処理教育委員会では,この活動に協力し草稿の作成を行ってきた.今後は,すべての教育段階において,この「情報教育の参照基準」を背景としつつ,情報教育への貢献をするべきであろう.

具体的には,高等学校情報科に対するこれまでの活動を拡大し,中学校技術科および小学校プログラミング教育に展開することが求められる.教材の開発やパイロット的な授業の実践も考えられるが,高等学校情報科と同様に,教員への支援が重要である.

3.2.3 高等学校情報科の充実と強化

高等学校で「情報I」,「情報II」が設けられ,さらに,情報入試の導入に向けての手続きが進むことが期待される状況において,各高等学校に,情報学をその基盤から身につけきちんと教えられる教員の需要が顕在化するはずであり,またそうならなければならない.

その需要を満たすため,本会の会員も,教員養成や,教員免許更新講習などで,貢献していくことが求められている.すでに本会では,教員免許更新講習に加え,教育委員会からの要請に応えて,教育研修に講師を派遣もしくは推薦をしている.これらの活動を継続しスケールアップするためには,学会全体によるサポートが必要となるだろう.特に,教育研修への講師派遣に際しては,学会員からのボランティアを広く募るべきかもしれない.

また,本会では2019年より新たな事業として,Googleを始めIT企業や団体からの支援を受けて,教員研修用の動画教材の制作に取り掛かっている.教員免許更新講習にせよ講師派遣にせよ,全国の教員に対応するためには,上述したように活動をスケールアップする必要があるが,そのためのリソースは膨大なものになるだろう.それに対して,ビデオ等のe-learning用教材の開発は,より効果的に全国の教員に影響を与えられる可能性がある.

以上は,情報教育,特に高等学校情報科の底上げを目標とする活動であるが,底上げではなく,より「とんがった」生徒を対象とし,さらにそのような生徒を引き上げて将来のトップエンジニアや研究者を養成する活動もきわめて重要である.たとえば情報オリンピックの活動には本会も継続して後援しているが,2019年の全国大会から始まった中高生情報学コンテストは,まさにそのような「とんがった」人材の育成を目標としている.2020年には2019年の倍の60件以上の応募があった.この活動は,「情報科学の達人」育成官民協働プログラムとも関連させて進めている.また,この活動はジュニア会員獲得にもつながり,本会の会員増にも寄与すると期待される.

3.2.4 大学共通教育の検討と実践

また,大学の共通教育に関しては,本会情報処理教育委員会の下の一般情報教育委員会が継続して活動しているが,今後の数年間はデータサイエンスやAIの教育にフォーカスしなければならないだろう.情報処理教育委員会には2019年にデータサイエンス教育委員会が新たに設置された.今後,これらの委員会が協力しながら新たな大学一般情報教育の検討と実践を進めていかなければならない.

3.2.5 リカレント教育の本格化

リカレント教育に関しては,本会においても,情報処理教育委員会技術士委員会および技術応用運営委員会資格制度運営委員会により,技術者の資格認定と生涯教育の活動が行われている.今後は,データサイエンスやAIなどの新規分野に対しても,資格認定やコースの設計と実践もしくはコースの認定の活動を本格的に展開することが求められるところであり,2020年3月には情報処理教育委員会と技術応用運営委員会の協力のもとに,データサイエンティスト戦略委員会を設立した.

3.2.6 今後の課題

最後に,本会が情報教育に関する活動を本格的に行っている学会であること,特に,情報技術に関する研究を行いつつ情報教育の実践も行っている国内唯一の学会であることを,国内外から広く認知されるべきことを述べる.国内には情報教育を標榜する学協会は多く存在するが,最先端の研究に携わりつつ情報教育に責任をもって対応している学会は,本会以外には存在していない.このことが,文部科学省をはじめとする省庁や,他分野の学協会により,広く認識されることが重要である.そうなってこそ,本会は今後の情報教育に関する行政に対しても大きな発言力を持つことができよう.本会が日本の情報教育を先導する学会としての地位を確立することが,今後の最大の課題である.

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