本章では,創立50周年を迎えた2010年度以降現在(2020年3月末時点)に至る10年間の情報処理学会(以下,本会と記す)の運営や事業活動の成果を示す.
論文誌や学術図書の出版活動は,学術団体である学会にとって大きな柱の1つであり,本節では,本会における論文誌,学術図書などの出版活動状況のここ10年間の状況について述べる.
本会の論文誌には,和文論文誌であるジャーナル,英文論文誌であるJIP(Journal of Information Processing),研究分野ごとにフォーカスしたトランザクション(和文,英文),そして特に実務家を意識したデジタルプラクティスがある.論文の発行状況等については後述するが,ここ10年間での大きな動きとして,以下の2点をあげておく.
ここ10年間のジャーナルの掲載状況は,表2.8.1に示すとおりである.残念ながら,2011年をピークに掲載数が減少している.資料2.8.2に示すような特集や全国大会での「論文必勝法」といった企画を積極的に行っているものの減少には歯止めがかかっていないのが実情である.大きな理由の1つは,研究機関における研究評価などが進むにつれ,国際誌(特にインパクトファクタの高いもの)への投稿,国際共著論文の執筆が求められるようになったため,相対的に国内誌(特に和文誌)への投稿が減ったものと思われる.この点は,本会に限らず国内学会の共通する課題といえる.今後,論文の質を維持しつつ,論文出版活動をアクティブにしていくかが課題である.なお,掲載された論文の中で特に優秀なものには論文賞を贈呈している.ここ10年で論文賞を贈呈された論文の一覧を資料2.8.3に示す(後述の英文論文誌,トランザクションに掲載されたものも含む).
ここ10年,JIPに掲載されている論文掲載数は表2.8.2に示すとおりである.先にも述べたが,英文論文もインパクトファクタを持つ雑誌(特に高い値を持つもの)への投稿が優先されるような傾向が出ており,本会の英文論文の掲載数は増えてはいるものの,大幅な増加には至っていないのが実情である.JIPのインパクトファクタ取得は長年の目標にはなっており,(I)オープンアクセス化2,(II)掲載料の無料キャンペーン/減額キャンペーン,(III)和英混載のトランザクションについて,英文論文はJIPに正本を掲載する,といった施策を行ってきた.今のところ大幅な論文数の増加とそれにともなう被引用数の増加は難しい状況にあるが,引き続き,インパクトファクタ取得も含めた知名度向上への施策を編集委員会で検討している.JIPはオープンアクセスの論文誌としては掲載料が比較的低い価格に抑えられていることなどをコミュニティにもっとアピールしていくことが重要であろう.
なお,2006年から進めてきた情報関係6学会による英文論文合同アーカイブス(IMT,Information and Media Technologies)は,初期の目的を果たしたとして,2017年Vol.12で終了した3.
トランザクションは,研究分野にフォーカスした論文誌を目指したものであり,本会の研究会(複数研究会合同を含む)が編集している(資料2.8.4にここ10年間の編集委員長等の一覧を示す).現在発刊しているトランザクションは,和英混載が7誌,英文誌が3誌である(表2.8.3).先にも述べたように,和英混載誌に掲載された英文論文は,JIPに正本を掲載することとなっている.また,英文誌CVA(IPSJ Transactions on Computer Vision and Applications)は世界的な学術出版社であるSpringerからオープンアクセスジャーナルとして出版しており,グローバルなビジビリティ向上に努めている.表2.8.4にここ10年間のトランザクションの論文発行状況を示す.なお,本会の英文論文はすべて(JIP,CVA,TSLDM,TBIO),Scopusに取り上げられており,論文の被引用状況がCiteScoreといった値で数値化されている.
「デジタルプラクティス」は,2008年に本会運営に外部からの助言をいただく目的で設置された「アドバイザリーボード」からいただいた2009年3月の提言の1つ「実務家の経験・知識の発露・共有・活用の場としてのインダストリアルペーパーの創設」を受け,2010年2月に季刊の論文誌として創刊され,現在に至っている.
「デジタルプラクティス」が目指すプラクティス論文は,2017年に定めた下記の「デジタルプラクティスマニフェスト」にまとめられている.
デジタルプラクティスマニフェスト
プラクティス論文とは
知見を表現した論文である.
「デジタルプラクティス」は資料2.8.5に示すように,毎号特集テーマを定めている.特集テーマ選定にあたっては,幅広いIT技術者の関心をカバーするため,本会の実務者向けの活動であるITフォーラム,情報規格調査会,あるいは外部の団体と連携によるテーマも取り入れている.
2010年は,編集委員会から執筆を依頼する特集号招待論文のみの掲載であったが,2011年以降,特集テーマに沿った特集号投稿論文,特集テーマとは独立な一般投稿論文も掲載されている.2013年からJISA(一般社団法人 情報サービス産業協会)殿のご協力を得て,毎年JISAアワードを受賞したプレゼンテーションを論文に起こしたものをJISA招待論文として掲載している.また,2016年からは研究会・シンポジウムからの推薦論文制度を開始した.2019年からは,FUJITSUファミリ会殿のご協力を得て,FUJITSUファミリ会論文に応募があった論文のなかから「デジタルプラクティス」の趣旨に合致する論文を推薦頂き,掲載する協業を始め,第39号に論文が掲載された.
実践結果の共有の敷居を下げることを目的に,査読プロセスを経ず,簡単な審査だけで掲載する媒体として「デジタルプラクティス」とは別に「DPレポート」を2014年9月から発行している.
ここ10年間の掲載論文数の推移を表2.8.5に示すが,掲載された論文の執筆者を分析すると,約7割の論文が企業所属の著者が筆頭著者となっており,実務の現場の実践に基づく有用なプラクティスを共有するという発刊の趣旨は実現できていると考えられる.また,これまでに,「デジタルプラクティス」掲載論文に関連する案件8件が,電気科学技術奨励賞(旧オーム賞)を受賞しており,価値ある実践の共有の場として機能していると考えられる.
当初,「デジタルプラクティス」は会員に冊子を配布していたが,2014年4月刊行の18号より会員への冊子送付を取り止め,冊子の配布は賛助会員/購読員などの限定配布とした.その後2018年4月刊行の33号から完全に電子版のみとした.電子版は「情報学広場」での公開に加え,2014年から2019年10月までApple社のApp Store経由で公開したほか,2013年1月刊行の13号から2016年4月刊行の26号の一部の論文を,日経クロステックのサイトに転載している.また,2017年1月刊行の29号以降の号は,学会のWebページ上から閲覧可能としている.
「デジタルプラクティス」に掲載された論文のなかから編集委員会で毎年1編を選び「デジタルプラクティス論文賞」(2014年まではローカルアワード「デジタルプラクティスアワード」)の表彰を行っている.
2011年FITで,「デジタルプラクティス」の趣旨を紹介する企画セッションを実施したほか,2015年の第77回全国大会および2017年の第17回FITから,「デジタルプラクティスライブ」と称して,発行時期の近い特集からテーマを選び,招待論文の執筆者を中心に講演とパネル討論により特集テーマの深耕を図るイベントを継続して開催している.
創刊から約10年が経過し,「デジタルプラクティス」に期待される役割が多様化していることを踏まえ,そのニーズに的確に応えるべくDP改革案をDP改革WGでとりまとめ,2019年9月の理事会で審議し方向性について合意した.
改革の骨子は,(1)実践から得た知見を学術的成果として評価し共有するための,論文誌トランザクション デジタルプラクティスを発刊.(2)実践から得た知識をより広く共有するために,学会誌にデジタルプラクティスコーナーを新設,(3)手間をかけずに実践の知見を共有するための媒体として「DPレポート」の活用を拡げる,の3点である.この改革に基づく発行は2020年10月の開始を予定している.
学術図書の出版は,論文出版とならんで学会の重要な出版活動であり.教科書相当の図書を中心に出版を続けている.本会では,ここ10年間に26冊の学術図書を出版している(詳細は資料2.8.6に示す).また,資料2.8.7に学術図書出版にかかわる委員会の状況を示す.
本会は,先人の努力の結晶である情報処理技術関連の歴史的文物を将来に長く保存し,次世代人の学ぶよすがとして伝えることを目的に「情報処理技術遺産」を認定することにしている(情報処理技術遺産認定基準より引用).認定基準には,認定指針,認定対象,認定条件などが定められており,歴史特別委員会で認定が行われる.この活動は2008年度から行われており,ここ10年で「情報処理技術遺産」認定された件数は表2.8.6のようになっている(認定されたものリストは資料2.8.8を参照のこと).また,実際に貴重な資料を展示している多くの組織・施設の情報を収集して,分散コンピュータ博物館として実現している.分散コンピュータ博物館として認定されているもののリストを資料2.8.9に示す.
電子図書館サービス4は,本会の論文や資料などを手軽にアクセスできるだけでなく,さまざまな検索や最近のアクセスランキングを提供するなど,会員にとって有用なサービスとなっている.本会の電子図書館サービスは本会の各種サービス電子化推進の流れの中で強化されてきており,これまでの主要な実施項目は以下のとおりである.
執筆時(2019年4月末)での掲載されているコンテンツは表2.8.7のようになっている.なお,有料コンテンツのクレジット決済も可能になっている.
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