Studies on Adaptive Routing for a Wide-Area Overlay Network System

(邦訳:広域オーバーレイネットワークのための適応的経路制御に関する研究)
 
柏崎 礼生
大阪大学情報推進機構/サイバーメディアセンター

[背景]トラフィックをどのようにさばくか
[問題]リソースの有効活用
[貢献]自律分散と中央集権の幸福な融合

 情報が自己複製するための乗り物が人間であるという比喩を用いるなら,人間の個体数の増加や,情報伝達の媒介となるメディアの多様化に従い,流通する情報が増大するのは必然と言える.そして増大した情報を流通させるための基盤もまたそれに応じた許容量を有するべく増強される必要がある.資本主義の観点からすれば基盤を無限に増強するためには,そこを流通する情報から無限の価値を生み出す必要があるが,現実は有限である.有限の投資により基盤が有限に増強され,そこを流通する情報からその投資を上回る価値を生み出すことができれば,その基盤は持続することが許される.基盤の持続のためには有限の資源を有効に利活用することが求められる.本研究では流通する情報を利活用する手法ではなく,基盤の資源を利活用してより多くの情報を流通させる手法について考えた.

 このような手法はトラフィック・エンジニアリングと呼ばれるが,当初は道路交通網の有効活用手法として誕生し,やがて通信網に応用された.網を構成する節,すなわち道路交通網においては信号交差点,通信網においてはスイッチやルータにおいて,流通する情報を制御している.この制御如何によって網が許容可能な流量が変化する.節がどのような情報を根拠に制御を行うかにより自律分散型と中央集権型とに大きく分類され,また現状を反映させた制御を行うかどうかでオンライン型とオフライン型に大きく分類される.本研究ではオンライン型の自律分散型および中央集権型の手法を提案し,その評価を行った.

 自律分散型の手法においてはスケーラビリティに富む一方で,通信品質を担保しようとする事が困難である.これを解決することを目的として中央集権型の手法を提案した.この手法では経路制御そのものにシミュレーションを導入し,高速に大量のシミュレーションを行うことで定量的な通信品質を根拠とした制御を行うことを可能としている.スケーラビリティには乏しいが,「計算機資源を必要な時に,必要な時だけ利用する」というクラウドコンピューティング時代に相応しい現実的な解決策を提示している.

 これらの2つの対称的な手法は,シームレスに融合できる設計になっていることも本研究の特徴である.自律分散型手法と中央集権型手法を階層的に用いることにより相互の欠点を補い合い,スケーラブルかつ定量的根拠をもつ制御を実現可能であることを示した.相互接続性の問題解決やOpenFlowによる実装が述べられて本研究は幕引きし,実ネットワークにおける評価や標準化などは今後の課題とした.
 

 
 (2014年4月23日受付)
取得年月日:2014年3月
学位種別:博士(情報科学)
大学:北海道大学



推薦文
:(インターネットと運用技術研究会)


本論文はマルチホーム環境を対象としたオンライン方式の経路制御について,自律分散型の手法と中央集権型の手法,およびそれらのハイブリッド手法の有効性を,実ネットワークとシミュレーションで評価しており,またOpenFlowでの実装について議論している.今後の実用化が期待できる論文として推薦する.


著者からの一言


博士課程を退学し(単位取得退学ではない),9年もの歳月をかけて博士号を取得した.悪いことは言わないから課程で博士を取りなさい.一方,9年もの間ひたすら「博士とは何か」について考え,苦しむことができた.これは課程博士には得られないであろう知的刺激である.だが悪いことは言わないから課程で博士を取りなさい(大事なことなので二度).