リバースモデリングとモデルシミュレーションを活用した組込みシステムの開発に関する研究

 
坂本 佳史
日本アイ・ビー・エム(株) エグゼクティブ・プロジェクトマネージャー

[背景]大規模で複雑な組込みシステムを低コスト・短期間で開発する手法が必要
[問題]組込みシステム開発の早い段階で品質を確保する手法が未確立
[貢献]リバースモデリングとモデルシミュレーションを活用した品質確保の手法を構築


 日本の“モノ作り”の代表格である組込みシステムは鉄道や自動車,通信ネットワークなど社会基盤を支えるインフラストラクチャの重要な構成要素として広く普及している.加えて近年では,家庭用の電化製品や情報機器としての普及が目覚ましく,高い性能の組込みシステムが続々と登場している.今日の組込みシステムの開発において重要な課題は,大規模化と高機能化によって複雑になった組込みシステムを,開発費用と開発期間を従来から極力変えることなく,むしろ従来と比較して“より安く・より早く”開発しなくてはならないことである.

 組込みシステムが社会において広く活用される中で,それらを利用する顧客である消費者は年々,多くの機能や高い性能を求め続けている.その結果として必然的に組込みシステムは急速にその規模を拡大して複雑なシステムへと変化している.ところが開発コストと開発納期は厳しい制約の元にあり,開発納期も市場への製品投入サイクルの短縮を受けて短くなる傾向にある.このような環境において組込みシステムの開発は開発コストと開発納期が現状維持,もしくは削減される中で品質を高めてさらに大規模化・複雑化に適用しなくてはならない状況にある.

 現在の組込みシステムの開発における重要な課題は,大規模化する組込みシステムを,開発コストと開発納期をこれまでと変えずに,つまり“早く安く”開発しなくてはならないことである.その実現のためには,これまで以上にその開発品質を高めることが重要となる.

 これらの課題を解決するために,組込みシステムの開発において設計の品質を高めることを目的としてリバースモデリング手法とモデルシミュレーションを組み合わせることによって,組込みシステムの品質を評価する手法であるSRMS(Systems development method utilizing Reverse modeling and Model-based Simulation)を提案,実証することが本研究の目的である.ここで “品質”とは,組込みシステム開発の機能,性能,リソース使用量,消費エネルギーの充足可能性を上流工程において検証することである.

 また,組込みシステムの開発に広く適用されている差分開発に特有の問題を解決するメソドロジーを示すこともSRMSの目的である.差分開発とは既存のシステムに機能の追加や更新を適用して, 次期のシステムを開発する手法である.差分開発に特有の問題とは,段階的な詳細化を実施しないことに起因する開発・設計ノウハウの散逸,属人化の誘発,それらの結果によりもたらされる製品品質の低下である.SRMSにおいて用いるリバースモデリング手法とは,既存の組込みシステムに対してリバースエンジニアリングの解析技術を適用することで得られた結果を用いて,組込みシステムを表現する高い抽象度のモデルを作成することである.またモデルシミュレーションとは,リバースモデリングによって作成したモデルを用いてコンピュータ上で組込みシステムの挙動を再現することで機能,性能,リソース使用量,消費エネルギー等を,製品を作らずに確認することである.

 本研究ではSRMSを実際の組込みシステムであるMFP - Multi Function Peripheral/Printer(ディジタル複合機), SoC-System On a Chip(システムLSI)自動車に搭載されるCCS-Cruise Control System(クルーズコントロールシステム)に適用してその有効性を示した.

 SRMS活用することで大規模化・複雑化する組込みシステムの開発品質を高め,差分開発の問題解決に応用することによって高い信頼性の組込みシステムの普及に貢献できれば幸いである.
 


 (2014年5月31日受付)
取得年月日:2014年3月
学位種別:博士(情報工学)
大学:九州大学



推薦文
:(組込みシステム研究会)


組込みシステムの開発においてリバースモデリング手法とモデル・シミュレーションを組み合わせることで,品質を評価するSRMS法を提案,評価.厳しい制約の元での開発品質向上と効率化における貢献が期待できる.難関学会DATEにも採択され,国際的にも高く評価されており,ここに推薦する.


著者からの一言


パーソナルコンピュータや組込みシステム開発,SoC開発の実務経験を基にして博士課程入学後に本格的に研究に取り組みました.研究職の経験もなかったことから,博士課程の研究では多くの試行錯誤を繰り返しました.なんとか1つ目のゴールにたどり着くことができたのは,多くの方々のご助言とご指導の賜物です.今後は2つ目のゴールである日本のモノ作りへの貢献を目指します.3つ目のゴールはその過程の中でいずれ明確になることでしょう.