視覚特性を考慮したハイダイナミックレンジ画像の表示手法に関する研究

 
三鴨 道弘
広島大学大学院工学研究院情報部門 特任助教

[背景]ハイダイナミックレンジ画像の普及
[問題]
実世界を見たときと同じ印象を与える画像の表示
[貢献]視覚特性を考慮した色表現手法への応用


 実際のシーンを見たときと同じ印象を与える画像の生成と表示はCGにおいて重要な課題であり,特に次の2点を入念に取り扱う必要がある.すなわち,物理現象に基づいた光学モデルと,心理学・生理学現象に基づいた視覚特性モデルである.前者の研究領域の成熟により,近年,後者の視覚特性モデルが大きな注目を集めるようになってきた.

 光学モデルにより計算された輝度や実世界の輝度はハイダイナミックレンジ(High Dynamic Range : HDR)画像を用いることで精度よく記録することができる.しかし,HDR画像に記録された輝度幅は一般的なディスプレイで表示できる輝度幅よりも大きく,表示するにはディスプレイに合わせた輝度変換が必要である.このとき,実世界から受ける印象と,ディスプレイに表示した画像から受ける印象を近づけることはトーンリプロダクション問題と呼ばれている(図参照).この問題を解決するためには,多くの視覚的要因を考慮する必要があり,長年,取り組むべき課題となっている.本研究はトーンリプロダクション問題の解決を目的とし,視覚特性モデルを利用した表示手法に関して研究・開発を行った.具体的には,以下の三手法を提案した.

 1つ目に,周囲が薄暗い状況下における薄明視の色知覚を再現する手法を提案した.提案手法は,心理物理学での実験データに基づいてモデル化され,その結果,周囲が暗くなると長波長の光を感じ難くなり,色の違いを識別しにくくなる特性を表現できる.

 2つ目に,高輝度光源を見た場合に生じる,残像を表現する手法を提案した.一般的に使用されるディスプレイは,残像を発生させるほどの大きな輝度を表示できない.そこで,提案手法は,HDR画像を用いて計算した残像の結果をディスプレイに表示させ,実際のシーンから受ける印象に近付けるねらいである.提案手法は,心理物理学での実験データに基づいてモデル化され,その結果,残像の色が時間経過に伴って変化し,また,移動する光源に対しては光源から尾を引くように発生する残像を表示できる.

 3つ目に,光の分光分布を記録したHDR分光画像の効率的な表示手法を提案した.提案手法では,既存の要素技術を利用し,さらに,画像を係数で表すことで,ファイル容量を削減し,かつ,高速に変換・表示する手法を提案した.その結果,提案手法を用いて,精度を保ったまま80%以上の圧縮ができ,また,表示では約10倍の高速化を達成した.

 本研究の学術的な貢献として,次の2点が挙げられる.1点目は,視覚特性モデルを用いることで,光学モデルを用いた輝度計算だけでは表現できなかった,周囲の明るさに依存する色表現や,残像の時間経過とともに変化する色表現が可能になった点である.2点目は,今までのRGB成分でなく,分光分布のコンパクトな記録と高速な表示手法の開発した点である.

 

 (2014年5月30日受付)
取得年月日:2014年3月
学位種別:博士(工学)
大学:広島大学



推薦文
:(グラフィクスとCAD研究会)


実際のシーンを見たときと同じ印象を与える画像表示を目指して,視覚特性を考慮した新たなトーンマッピング手法を開発している.従来からのアプローチである輝度調整を施すだけでなく,分光情報を用いて輝度変化に伴い知覚される色の変化を再現する方法を新たに開発していることが高く評価できる.


著者からの一言


研究会推薦博士論文に選んでいただきまして,誠にありがとうございました.研究室の皆様はもちろん,研究発表の場でご助言いただきました先生方,学会準備をしていただきました皆様に,とても感謝いたします.今後は,視覚特性の画像表示への応用を研究しつつ,その周辺の分野にも研究領域を広げてゆきたいと考えております.