Canonical Decompositions Describing Structures of Matchings in Graphs

(邦訳:グラフのマッチング構造を記述する標準分解)
 
喜多 奈々緒
東京大学 特任研究員

[背景]情報科学の興味におけるネットワーク構造の巨大化と問題の多様化
[問題]効率のよいアルゴリズムを設計するための汎用性のあるツールの確立
[貢献]アルゴリズム設計における汎用的なツールとなるグラフの標準分解の理論の完成とそのいくつかの応用


 近年WWWやバイオインフォマティクスなどの台頭に伴い、ネットワーク構造を扱うさまざまな分野におけるデータの巨大化および解くべき問題の多様化が加速している。したがって、より効率のよいアルゴリズムをより汎用性の高い手法で設計することがグラフアルゴリズムの分野における逼迫した課題となっている。効率のよいアルゴリズム設計にはグラフの構造を精査しキーオブザベーションを得ることが必須である。これに際してはグラフの種々の分解定理が強力で汎用的な性格を持つツールとなる。そのようなグラフの分解として本研究では特に総称して「標準分解」と呼ばれる一連の分解定理に注目した。偶奇性の本質をうまく捉えるグラフ理論的概念としてマッチングが知られており離散数学の黎明期より盛んに研究されてきたが、標準分解はマッチングの概念を軸に与えられる分解である。既知の標準分解はいずれもマッチングの研究のみならず、最短パスをはじめとする種々の経路問題や行列計算など多岐に渡りツールとして活用されてきた。

 本研究の貢献は以下のようである。

(1)任意のグラフを適用対象し、既知の標準分解をまとめ上げる新しい標準分解の提案
 これまで標準分解としてGallai-Edmonds 分解(Gallai'64, Edmonds'65)をはじめとする3つの分解がしられてきたが、いずれも特殊なグラフのみを適用対象とする、あるいは分解が粗く十分な情報を与えない場合があるなど欠点があった。また、これらの互いの論理関係なども不明であった。これに対し、本研究では任意のグラフを適用対象とし、かつ既知のものの一般化や細分を与える新しい標準分解を提案した。これにより既存の標準分解3つをまとめ上げ統一的に理解することが可能になった。これで以て標準分解の理論は約40年の空白期間を経て一通り完成に至ったと言える。

 さらに、新しく提案した標準分解を用いることで以下のような成果を得た。

(2)グラフの極大バリアの構造の解明
 バリアとは最大マッチング問題の双対最適解に相当する概念であり、すなわちマッチングと対を成す概念である。しかしバリアの構造の解明は難しく、これまで特に一般のグラフにおける大きな成果は特にしられていなかった。本研究では、一般のグラフにおけるバリアの構造を明らかにした。

(3)マッチングの数え上げ問題に対する貢献
 完全マッチングの数え上げは数え上げ組合せ論における代表的な問題である。本研究ではグラフパラメタと完全マッチングの総数の関係を調べるのに有用であるCathedral Theorem(Lovasz '72)の短証明を与えた。

 最大マッチング問題は多項式時間可解クラスの中核に座し離散最適化における最も重要な問題であると位置づけられている。事実、離散最適化問題の統一的な理論である多面体的組合せ論は最大マッチング問題をモデル問題として理論体系が組立られており、標準分解はその礎となっている。本研究はこのような観点においても今後アルゴリズム設計の理論体系への貢献が期待できる成果である。
 
 

 
 (2014年5月24日受付)
取得年月日:2014年3月
学位種別:博士(理学)
大学:慶応義塾大学



推薦文
:(アルゴリズム研究会)


本論文は,新しい標準分解の提案を核として,マッチング理論の基盤を担う諸問題に対し,約40年ぶりに著しい進歩を成し遂げたものである.マッチング理論は離散構造を扱う諸分野において古典的かつ重要であり,よって本論文の成果は今後グラフ理論・組合せ最適化などへの多岐に渡る貢献が期待される.


著者からの一言


古典的な分野における非常に基礎的な部分において成果を出すことができて有意義な経験ができたと思います.ひとつの成果ではありますが今後の離散アルゴリズム分野の新しい可能性を垣間見れるようなものができたと思います.今後はグラフ理論のみならず広い知識と手法を身に着けて情報学の発展に貢献していきたいと思います.