Shaping Egocentric Experiences with Wearable Cybernic Interfaces

(邦訳:装着型サイバニック・インタフェースによる主体的な自己体験の変容)
 
西田 惇
シカゴ大学/日本学術振興会 海外特別研究員
 
キーワード
ウェアラブル・デバイス 身体知覚 体験共有

[背景]リハビリ・教育・デザインにおける人々の相互理解の支援

[問題]他者の身体的・社会的体験を主体的に理解することが難しい
[貢献]身体情報の計測とその再現を行う装着型デバイスの開発と心理学的評価


 本研究では,「他者の体験を,自身の体験のように再現・共有するにはどうすればよいか」「その体験を通して,人々の他者に対する理解や考えを変えることができるか」といった問いを基に,自身の身体知覚を実空間で変容させる装着型デバイスの設計と実装を行い,その工学的・心理学的・インタラクション的意義について考えました.

 リハビリテーションにおいて,療法士と患者の間でより的確な学習と教示を可能とするために,両者の筋活動を共有するにはどうすればよいか? プロダクトデザイナーや保育士が,小児の低い視点や小さい手といった身体的特性を身をもって理解するにはどうすればよいか? 手が震えるといったパーキンソン疾患を持つ患者は日常生活においてどういった困難を経験しているのか? こうした身体的な体験や知識は,言葉や映像メディアだけでは本質的に理解することは困難です.

 そこで本研究では,能動的な身体動作を通して自身の身体の感覚を小児や患者のそれに実空間で変容するインタラクション手法を提案しています(図a).この考え方を基に,これまでに
  1. 頭部運動による視点変更を可能としつつ,自身の眼球の位置を腰の位置に下げることで小児の“視覚的視点”を得られる装着型デバイス(図b)
  2. 自身の手指の把持スケールと上腕の可動域を縮小することで小児の“力覚的視点”を再現する受動型手指外骨格(図c)
  3. 他者と自身の筋活動を生体電位信号計測と筋電気刺激により共有することで,リハビリ中の患者の“運動覚的視点”を得られる筋活動共有デバイス(図d)
の実装を行いました.

 これらについてはその性能評価実験のみならず,視点位置の変更により装着者の対人距離知覚や身体表象(地図)がどう変化したかや,外骨格による把持スケール縮小により装着者の手指運動能力がどう変化したか,他者と自身の筋活動が融合したときそれぞれをどう知覚するかといった心理学実験を行いました.加えて,保育園・病院・科学館など実際のシナリオに持ち込み,人々のインタラクションがどう変化したかといった観察実験を行いました.

 提案する手法は,既存のインタラクションの様式をできる限り保存しつつ実空間において身体知覚を変容させることから,普段の教室や家庭など既存の空間で,装着者が本来持つ周囲の環境や人々に関する知識を最大限に活用できるといった利点があります.

 こうした変容した身体環境のもと,さまざまな物理的・社会的インタラクションを通して得られた他者の視点を「超主体視点」と定義し,この提供を通して人々の相互理解を促進し,協働と創造に向けた主体的な学びを人間情報学の側面から支援したいと考えています.


 

 
 
 http://junnishida.net

(2019年5月30日受付)
 
取得年月日:2019年3月
学位種別:博士(人間情報学)
大学:筑波大学



推薦文
:(ユビキタスコンピューティングシステム研究会)


本論文は,自身および他者の行動を理解するために重要な役割を果たす主体的かつ主観的な自己体験を形成するため,実環境中で自身が自発的な行動を維持しながら,装着型インタフェースによる身体性の変換に基づく小人体験,および他者との間での運動感覚の体験を融合・同調させる新しい方法論を提案するものである.さらに,身体性変換および身体同調技術を実現することで,性能評価実験およびユーザスタディを通じて提案手法の有効性を明らかにしており,HCI分野の新しい応用を開くものである.


研究生活


私は中等学校在学時より生体信号や身体運動の計測に基づいた人の認知・身体機能の変容を行う装着型デバイスに興味を持ち,継続的にその実装と有用性の検証に取り組んできました.

実現したい体験から必要なインタラクションとインタフェースを設計し,これを研究としてまとめ上げることには多くの困難が伴いましたが,その過程で新しい人々と出会い,新しい知識を得て博士論文ができたと感じています.

博士課程の5年間は,日本学術振興会やリーディング大学院の制度のもと,共同研究や展示会など自身で多くのことにトライした日々でした.こうした環境を最大限サポートして頂きましたサイバニクス研究センター鈴木健嗣教授と山海嘉之教授に感謝申し上げます.