齊藤 寛人 東京大学 特任研究員 |
キーワード
感覚運動統合 | 身体情報学 | 人間拡張 |
[背景]視覚的運動を自己の運動として認知するメカニズムが不明瞭
[問題]感覚間の認知過程と感覚-予測間の認知過程の未分離
[貢献]感覚-予測間の認知過程を検証する新規手法の提案
マウスポインタやアバターといった視覚的対象をユーザが身体運動を用いて操作するインタフェースの有効性が広く知られている.こうしたインタフェースが有効な理由として,ユーザが自分自身の運動と操作する視覚的対象がもたらす結果との関連性を認知することで,その対象を自己の身体と同一あるいは延長するものとして捉えていることが挙げられる.また近年は,人の感覚特性を利用したバーチャルリアリティ(VR)技術などの発展がめざましい.特に,操作者の実世界における身体や運動をそのままVR空間に再現するのではなく,それらを拡張・変容して表現するインタフェースが多く提案されている.このような実世界を拡張するインタフェースの設計指針を考える上では,実身体とは見た目や運動が異なる視覚的対象に対して自身との関連性を上手く認知させる条件や,実世界では体験できないような知覚体験を生起させる条件の解明が求められている.
ヒトが自身の運動と視覚的対象の運動との関連性を認知する際には,主に2つの過程が関係すると考えられる.1つは,視覚情報から得た対象運動の結果と自己身体の姿勢や運動を知覚する体性感覚によって得た自身の運動結果との一致性をみる“感覚間の認知過程”である.もう1つは,視覚的対象の運動結果と能動的に身体を動かす際に働く運動予測との一致性をみる“感覚-予測間の認知過程”である.多くの研究によって視覚的運動と自己運動との関連性の認知における運動予測の有効性が示唆されているが,上述した2つの認知過程を分離した検証はほとんどされていない.
本研究では特に,“感覚-予測間の認知過程”が映像を操作しているという感覚に影響を与える重要な要因であることをPseudo-hapticsと運動伝染を利用した実験によって明らかにした.Pseudo-hapticsとは身体運動と操作する視覚的対象の運動とに差がある際に疑似的な外力を感じるという錯覚現象であり,運動伝染とは他人の運動を観察することによって自身の運動が無意識的に影響を受けてしまう現象である.
本研究で行った実験では,身体運動と視覚的運動とに差がない状況であっても,予測した運動と視覚的運動結果とに差があることがPseudo-hapticsを生じさせるかを実験によって調査した.具体的には,マウス操作をする被験者の手に運動伝染を引き起こした際に,被験者が疑似的な外力を感じるかを検証した.
その結果,運動伝染によって手の運動が予測に反したものに変調されると外力の錯覚が生じることが確認された.以上によって,身体運動と視覚的運動との整合性が保たれた状況であっても,予測した運動と視覚的運動結果が異なることが映像を操作しているという感覚に影響を与えることが示唆され,“感覚-予測間の認知過程”が視覚的運動と自己運動との関連性の認知において重要な過程であることが明らかになった.
この知見は,VR技術の操作性を向上させる設計指針の構築だけでなく,スポーツやリハビリテーションにおける運動熟達支援技術などの構築への貢献が期待できるものである.
[貢献]感覚-予測間の認知過程を検証する新規手法の提案
マウスポインタやアバターといった視覚的対象をユーザが身体運動を用いて操作するインタフェースの有効性が広く知られている.こうしたインタフェースが有効な理由として,ユーザが自分自身の運動と操作する視覚的対象がもたらす結果との関連性を認知することで,その対象を自己の身体と同一あるいは延長するものとして捉えていることが挙げられる.また近年は,人の感覚特性を利用したバーチャルリアリティ(VR)技術などの発展がめざましい.特に,操作者の実世界における身体や運動をそのままVR空間に再現するのではなく,それらを拡張・変容して表現するインタフェースが多く提案されている.このような実世界を拡張するインタフェースの設計指針を考える上では,実身体とは見た目や運動が異なる視覚的対象に対して自身との関連性を上手く認知させる条件や,実世界では体験できないような知覚体験を生起させる条件の解明が求められている.
ヒトが自身の運動と視覚的対象の運動との関連性を認知する際には,主に2つの過程が関係すると考えられる.1つは,視覚情報から得た対象運動の結果と自己身体の姿勢や運動を知覚する体性感覚によって得た自身の運動結果との一致性をみる“感覚間の認知過程”である.もう1つは,視覚的対象の運動結果と能動的に身体を動かす際に働く運動予測との一致性をみる“感覚-予測間の認知過程”である.多くの研究によって視覚的運動と自己運動との関連性の認知における運動予測の有効性が示唆されているが,上述した2つの認知過程を分離した検証はほとんどされていない.
本研究では特に,“感覚-予測間の認知過程”が映像を操作しているという感覚に影響を与える重要な要因であることをPseudo-hapticsと運動伝染を利用した実験によって明らかにした.Pseudo-hapticsとは身体運動と操作する視覚的対象の運動とに差がある際に疑似的な外力を感じるという錯覚現象であり,運動伝染とは他人の運動を観察することによって自身の運動が無意識的に影響を受けてしまう現象である.
本研究で行った実験では,身体運動と視覚的運動とに差がない状況であっても,予測した運動と視覚的運動結果とに差があることがPseudo-hapticsを生じさせるかを実験によって調査した.具体的には,マウス操作をする被験者の手に運動伝染を引き起こした際に,被験者が疑似的な外力を感じるかを検証した.
その結果,運動伝染によって手の運動が予測に反したものに変調されると外力の錯覚が生じることが確認された.以上によって,身体運動と視覚的運動との整合性が保たれた状況であっても,予測した運動と視覚的運動結果が異なることが映像を操作しているという感覚に影響を与えることが示唆され,“感覚-予測間の認知過程”が視覚的運動と自己運動との関連性の認知において重要な過程であることが明らかになった.
この知見は,VR技術の操作性を向上させる設計指針の構築だけでなく,スポーツやリハビリテーションにおける運動熟達支援技術などの構築への貢献が期待できるものである.
(2019年5月31日受付)