Theoretical Design Methodology for Practical Interconnection Networks

(邦訳:実用的相互結合網のための理論的設計方法論)
 
安戸 僚汰
広島大学情報科学部 特任助教
 
キーワード
ネットワーク スーパーコンピュータ 組合せ数学

[背景]AIやビッグデータ解析を高速に処理する計算機の要求

[問題]コンピュータ・ネットワークを理論的に扱う方法の欠如
[貢献]実用的コンピュータに即した新しい理論的枠組みの提唱


 人工知能(AI)やビッグデータ処理など,近年の情報技術は急速に進歩しており,私たちの生活に不可欠なものとなっています.「アプリとして何ができるか?」に注目しがちですが,それを動かすためにはハードウェアとして高速なコンピュータが必要です.難しいことをしようとするほど高性能なコンピュータが必要で,その性能向上が止まってしまうとアプリの進歩も止まってしまうといっても過言ではないのです.だから私たちコンピュータ・システムの研究者は日々コンピュータを速くする方法を研究しています.

 スーパーコンピュータという言葉があります.ひらたくいえばこの世で一番速いコンピュータのことで,スーパーコンとかスパコンと略されます.10年前に事業仕分けで有名(?)になりましたが,世界各国がスパコン開発に全力をあげています.どのようなコンピュータなのかといいますと,実は1台のコンピュータではありません.たくさんのコンピュータを並べて,それらがネットワークでつながっているという大規模なシステムになっています.その数は10万台規模に達するといわれています.そのようなシステムの性能向上の鍵は,コンピュータ同士の通信,言い換えればデータをいかに移動させるか,です.通信はデータの進む方向を切り替える「スイッチ」を使って行いますが,コンピュータとコンピュータの間にスイッチがたくさんあると,データを移動させるのに時間がかかってしまいます.ここで,コンピュータとスイッチをどのような形でつなげばよいか?という問いが出てきます.

 このような問題は古くから,グラフというもので表されて数学的に解かれてきました.グラフは図のように点と線から成り,線に向きがあるかないかで有向グラフ,無向グラフと分けられますが,コンピュータは基本的に双方向通信なので無向グラフで表されます.そうして数学者や理論計算機科学者が,さまざまな理論的に通信遅延が小さくなるグラフ構造(トポロジ)を提案してきました.ところが,その提案されたものは実際のシステムに採用されることは多くないのが実情です.無向グラフは単純すぎて,実際的な問題(コストや電力の問題,スイッチとコンピュータの区別)に難があるからです.

 一方でよく使われているシステムのトポロジは設計しやすさや物理的制約が重視されて提案されてきました.これらは理論的に議論されることは少ないため,理論的な裏付けをしたり理論的に最適なものを求めることができれば,より性能の良いトポロジを得ることができます.そうするためには,物理的制約も反映した理論的枠組みが必要になります.

 その理論的枠組みを提唱したのが本研究です.

 グラフにおいてコンピュータを表す点とスイッチを表す点を区別し,コンピュータ間にあるスイッチの数を考慮することで従来とは異なる理論が構築できます.たとえば,「コンピュータが10万台あったとき,スイッチを何個使って,どのようなトポロジーを設計すれば通信性能が最小になるか?」といった問いに答えることができるようになります.特に最適なスイッチの数や,1つのスイッチに何個コンピュータを接続するか,そしてスイッチごとに接続するコンピュータの数を変えるべきか否か,といった問題は独特の性質を持っており純粋に面白く,かつ実用的です.

 システム設計者は従来のグラフ理論に捉われることなく理論的に議論ができるようになり,理論研究者はより実用的な研究ができ,新しい解くべき問題の宝庫を得たことになります.

 今後この研究をもとに,理論・実験の両面から研究がさらに発展すると考えられます.

 
 
 

(2019年5月31日受付)
 
取得年月日:2019年3月
学位種別:博士(工学)
大学:慶應義塾大学



推薦文
:(システム・アーキテクチャ研究会)


大規模スーパーコンピュータに用いられる結合網をモデル化したホスト-スイッチグラフを提案し,これを最適化することで,従来よりも優れた転送能力を持つネットワークを生成する方法を提案している.今後の結合網の基本モデルになる可能性を有し,IEEE TPDSに採録されるなど国際的に高く評価されており,推薦に値する.


研究生活


縁あって博士課程進学直後に参加した研究合宿がその後の研究生活を決定づけた.コンピュータ・システム,アルゴリズム,最適化,果ては宇宙物理学まで至る専門家たちが1つの問題に取り掛かると,点と点がつながってネットワークができ,新しい概念が生まれた.本来,科学に分野はなく根は1つのものであり,解きたい謎があればあらゆる知識を総動員する必要がある.かといってすべてを知ることができるほど人生(近視眼的に言えば博士課程)は長くない.おそらく研究活動もスケールフリーネットワークのようなものであって,少数の専門分野(ハブ)と,それにつながる多様な知識から成るべきなのではないだろうか.そこで博士課程では,あえて役に立たなそうな文献調査にも時間を費やし,共同研究も積極的に行った.このようないわば異邦人的研究は,ともすればどの国でも(故郷でさえも)批判を受けることになるが,貫き通すことで新しい科学が生まれ出てくるだろう.