スマートフォンセンシングの適用領域拡大に関する研究

 
高木 雅
NTT未来ねっと研究所 研究員

[背景]スマートフォンセンシングの適用領域の限界
[問題]スマホを外部電源なしで長期運用する手法の確立
[貢献]遠隔操作での電源投入技術による待機電力の低減


 スマートフォンに搭載された多彩かつ高性能なセンサデバイスに着目し,低コストかつ高品質なセンシングを実現するため,多くの研究が行われてきた.とりわけ,ユーザの協力を得て日常生活の中でセンシングを行う「参加型センシング」の概念は画期的であり,商用サービスにも影響を与えた.身近な例では,Googleマップに表示される道路や店舗の混雑情報は,数多のAndroidスマートフォンから収集したユーザの位置情報の統計データに基づくものである.一方で,参加型センシングには,ユーザの行動範囲によってセンシング可能な場所や時間が限定される,パケット通信量やスマートフォンの消費電力の増加のためユーザに敬遠されやすい,といった問題点もあった.

 近年になって,電子回路の製造コストが低下し,MVNOが携帯電話回線を非常に安価で提供するようになったことで,大量のセンサノードをインターネットに直結し,クラウド上にセンサデータを集積することが現実的なコストで可能となった.しかし,多くの電子回路にはレアメタルや有害物質が含まれるため,廃棄時にも資源回収と環境汚染対策のための社会的コストが発生する.それゆえ,環境負荷の観点からは,いたずらに機器を増やすより汎用的な機器を繰り返し利用することが望ましい.他方で,スマートフォンは回線契約と一体化した販売形態ゆえに製品寿命に比して買い替えサイクルが短いが,購入から2年が経過してもセンサノードとしては依然として高性能である.したがって,中古スマートフォンをセンサノードとして活用できれば,廃棄物の削減という観点では一石二鳥である.しかしながら,スマートフォンは多機能ゆえに消費電力を抑えることが難しく,従来,電池駆動で長期間のセンシング活動を行うことは難しいとされてきた.

 これらの背景を踏まえて,本論文では中古スマートフォンを活用した環境に優しいセンシング活動を実現するため,以下の3つの技術レイヤで提案を行う.

【ハードウェア】
 まず,中古スマートフォンに「第二の人生」を与え,センサノードとして活用するための技術として,遠隔操作でのスマートフォンの電源投入を実現するUSBドングル型デバイスを提案する.ここでは,精密農業などの用途で必ずしも常時のセンシングが必要でないことに着目し,スマートフォンを間欠動作させることで商用電源のない環境でも長期間のセンシングを可能にする.

【OS・プラットフォーム】
 次に,Android端末を間欠動作させる際の時間的・エネルギー的なオーバヘッドを削減するため,Androidデバイスに搭載されたLinuxカーネルを活用してセンシングを行う手法を提案する.

【アプリケーション】
 さらに,交通事故から歩行者を守るための接近車両検知アプリケーションを提案する.ここでは,走行時の高い静粛性ゆえに事故が多発している電気自動車およびハイブリッド車に焦点を当て,走行用モータが発するスイッチング雑音を機械学習で検出することで,環境雑音や車種の違いにロバストな車両検知を実現する.

 

 
 (2018年5月28日受付)
取得年月日:2018年3月
学位種別:博士(情報理工学)
大学:東京大学



推薦文
:(ユビキタスコンピューティングシステム研究会)


本論文は,スマートフォンを低コストかつ高品質なセンシング基盤として用いるために不可欠な要素技術をハードウェア技術,OS・プラットフォーム技術,アプリケーション・信号処理技術の3つの技術レイヤで分類整理し,スマートフォンの可能性をさらに引き出す,斬新かつ大きな将来性を持つ研究である.


研究生活


まず初めに,学部4年次から博士3年次まで6年間に渡ってご指導をいただきました浅見徹教授と川原圭博准教授に,この場を借りて御礼申し上げます.

私がこの研究テーマを選んだのは,多彩な機能を手のひらサイズに凝縮したスマートフォンが情報通信技術の結晶であり,この重要な技術分野の発展を担う一助になりたい,という想いからです.本研究では,これまでにない新たな利用シーンを切り拓くことを目標に,中古スマホの間欠駆動技術と音に着目したEV接近検知技術を提案しました.

さて,本研究で特に苦労したのは,電気自動車(EV)の走行音を収録する環境の確保でした.学内の無響室ではEVを収容できず,都内では飛行機や電車の騒音に悩まされました.EVの航続可能距離は郊外まで通うには心許なく,深夜の谷中墓地で収録を行ったこともありました.後に,この研究提案が国際会議と論文誌に採録されたことで,この苦労は報われたと感じています.