打楽器演奏のための情報提示技術に関する研究

菅家 浩之

(株)Pioneer DJ

[背景]打楽器における演奏,学習,記録を支援する情報技術
[問題]打楽器の支援技術を実現するための最適な情報提示
[貢献]早期的な動作認識技術/リズム運動の学習支援
 
 近年では,打楽器演奏に情報技術を取り入れた電子打楽器やアプリケーションが数多く開発されている.しかし,これらの情報技術を利用したシステムには多くの問題点がある.たとえば,近年の電子打楽器においては演奏者が従来培ってきた演奏技術を活かせないシステム設計が行われていることや,学習支援において最適な情報提示が行われていないといった問題や,記録した演奏情報が十分でないといった問題が挙げられる.
 
 本研究では,打楽器演奏における「演奏・学習・記録」という3つの要素に関する支援技術の問題点を挙げ,それらを解決するためのシステムを提案した.
 
 はじめに,打楽器演奏における演奏支援を目的とし,演奏技術を考慮した叩打識別を行う演奏システムを提案した.近年ではモーションセンサ等を用いて空間上の仮想打面を叩打することで擬似的にドラム演奏を行う仮想ドラムが開発されており,これらは高い可搬性をもつが,実際に打面が存在しないため,仮想ドラム単体では満足のいく演奏をすることが難しい.本テーマでは実ドラムと仮想ドラムを統合し演奏可能なシステムを提案した.システムは加速度・角速度センサを搭載したドラムスティックを用いて,演奏者が仮想ドラムと実ドラムのどちらを叩打したか識別し,演奏者は従来培ってきた演奏動作と同じ奏法で演奏が行える.また,叩打動作を早期的に識別する手法を適用することで仮想叩打における電子音が遅延することなく出力される.
 
 次に,打楽器演奏における学習支援を目的とし,打楽器の演奏フレーズを演奏者に内在化させるための打楽器学習支援手法を提案した.従来の打楽器演奏の学習においては学習者は実際に打楽器を叩く動作をしながら音声や譜面,振動といった情報提示を受けて訓練する方法が採用されている.しかし,複雑な演奏動作を行う打楽器演奏においては,叩打動作をすることで提示される情報の知覚を妨げている可能性がある.そこで,本テーマでは学習者に打楽器のフレーズの演奏情報を正しく取り込ませる(内在化させる)ために,学習過程において情報提示を受けるフェーズと実際に叩打動作を行うフェーズを分離する学習方法を提案し,その評価を行った.
 
 最後に,打楽器演奏における学習および記録の支援を目的とし,運手情報を付加したドラム譜面作成システムを提案した.ドラム習熟者はアクセントの位置や負担の少ない演奏動作を考慮して,それぞれの打楽器を運手(左右どちらの手で叩打するのか) を意識しながら演奏を行う場合がある.しかし,一般的なドラム譜面では,運手情報は付加されていない.提案システムは開発したドラムスティックを用いて叩打時の角速度の情報を用いて運手を識別する.ユーザは演奏をしながら運手情報を採譜し,演奏内容の確認や運手に関するデータを他のユーザと共有することができる.

 

 
(2018年5月31日受付)
取得年月日:2017年9月
学位種別:博士(工学)
大学:神戸大学



推薦文
:(音楽情報科学研究会)


本論文では打楽器の演奏・学習・記録を支援する独創的な情報技術を提案している.打楽器奏者の緻密な観察に基づき,効率的に演奏技術を向上させるシステムや,既存のドラムセットを拡張するバーチャルドラムシステムなど,打楽器演奏の楽しみ方を大幅に広げた.これは,音楽情報科学に限らず,ウェアラブルコンピューティングやスポーツ科学分野においても重要な貢献であるので,本論文を推薦する.


研究生活


私自身小さなころから音楽に関心が強く,研究室に配属してから音楽情報科学研究会の存在を知り,音楽に対し情報技術で何かできないかと考え始めたことが研究テーマを決める最初のきっかけでした.また,打楽器演奏は他の楽器に比べ,身体を使って学習する要素が多く,動作解析や情報提示の必要性を強く感じ,研究テーマとして取り組んでいきたいと感じるようになりました.音楽分野の打楽器という専門性が強いテーマと捉えられるかもしれませんが,各研究課題において,動作解析を早期的に行う手法や,リズム運動における情報提示など他分野での応用が期待できる可能性をこの研究から見出すことができました.
 
私にとって,研究生活で得られた知見,考える力,人とのつながりは現在の生活においても大きな財産となっています.さまざまなことにチャレンジさせていただいた塚本・寺田研究室の皆様,家族に深く感謝申し上げます.