超音波を用いた状況認識技術の確立に関する研究

 
渡邉 拓貴
北海道大学情報科学研究科 助教

[背景]ウェアラブル・ユビキタスコンピューティングの発展
[問題]ユーザ状況認識技術のためのデバイス構成やデータ処理/管理の煩雑さ
[貢献]ユーザ状況の超音波化による音声データへの一元化


 近年のコンピュータ小型化に伴い,ユーザがコンピュータを身につけて生活するウェアラブルコンピューティングや,環境のあらゆる場所にコンピュータを埋め込み利用するユビキタスコンピューティングに対する注目が集まっている.ウェアラブル・ユビキタス環境では,ユーザが装着しているセンサや環境に設置されたセンサを用いてユーザの行動や状況,周囲の環境などを認識する状況認識技術を活用することで,システムはそのときのユーザに合ったサービスの提供や,日常生活のすべてをディジタルデータとして保存するライフログが可能になる.しかし,状況認識技術には一般的に,行動なら加速度,音声ならマイクといったように,取得したい情報の種類によってそれぞれに専用のセンサと,それに対応するデータが必要であり,今後さらに増加する状況認識やライフログのためのデバイス構成やデータ処理/管理が煩雑になると想定される.

 そこで本研究では,ユーザがライフログサービス等のために音声記録用マイクを常時装着している環境を想定し,ユーザの行動,場所情報,周囲に居た人等の情報をすべて超音波化し,音声ファイル1つに集約する「超音波を用いた状況認識技術の確立」を目指す.音声の超音波領域は,我々が普段用いることがない,空いている領域だといえる.また,超音波は既存デバイスのスピーカ/マイクを使って発信/取得が可能であり,実装が容易である.本研究では,以下に示す3つの研究課題より提案手法の確立に取り組んだ.

(1)ユーザ情報の超音波を用いた音声データへの埋め込み
 ユーザ状況を超音波化し,音声ログの超音波領域へ埋め込む手法を提案する.ユーザの身体の部位に装着した小型スピーカから出力した超音波の音量,ドップラー効果による周波数の変化,環境音の特徴量を組み合わせて状況認識を行う.また環境や人に超音波ID を発信する小型スピーカを設置/装着することで,ユーザがどこに居たか,周囲に誰が居たかという情報も同時に記録できるため,会話音等の環境音,ジェスチャ,ユーザの居た場所,周囲に居た人のデータすべてがマイクのみで記録可能である.

(2)超音波IDによる音声ログへの人物/位置情報付与
 本研究課題では,課題1のうち超音波IDに着目し,実際の環境で運用した際に得られた問題点である,録音デバイス装着位置不定の問題に取り組む.具体的には,録音デバイスから発信した超音波スイープ信号の周波数応答によって録音デバイスの装着位置を識別し,その装着位置に応じた超音波ID認識処理を行った.

(3)アクティブ音響センシングを用いたジェスチャ認識
 音響信号を対象に発信しその応答から対象の状態を認識する,アクティブ音響センシングを人体に適用したジェスチャ認識手法を提案する.身体に装着したコンタクトスピーカから超音波スイープ信号を発信し,人体を伝播した超音波をコンタクトマイクで取得する.人体内部に超音波を伝播させるので,一組のコンタクトマイクとコンタクトスピーカのみで,外部的に視認できる大きなジェスチャだけでなく,力の入れ具合のような人体内部状態まで取得可能である.

 

 
 (2016年5月31日受付)
取得年月日:2017年3月
学位種別:博士(工学)
大学:神戸大学



推薦文
:(ユビキタスコンピューティングシステム研究会)


本論文では,当該分野における問題である,ユーザ状況取得のためのデバイス構成やデータ処理/管理の煩雑さに,超音波という興味深いアプローチで取り組んでいる.既存デバイスを利用して実装できることや,ハイレゾ音源等に伴う利用可能周波数の増加から,提案手法の幅広い応用と今後のさらなる発展が期待できる.


著者からの一言


音への関心から始まった研究ですが,博士号取得まで研究を続けることができました.これまでご指導いただいた先生方をはじめ,支えていただいたすべての方々に感謝いたします.今後もこの分野を追求し,ウェアラブル・ユビキタス環境での音/超音波の価値を新たに創造するべく精進していきたいと考えます.