魚類の多様な遊泳モーションの統一的生成法

里井 大輝

(株)スクウェア・エニックス テクノロジー推進部 AIリサーチャー

[背景]多種・多数の魚が泳ぐCGの水中シーンは重要
[問題]魚種や状況変化による泳ぎ方のバリエーションの再現
[貢献]生物学的知見に基づく統一的モーション生成法の提案
 
 水族館の水槽やダイビングの映像を観察すると,ゆったりと身体を動かして泳ぐジンベエザメやマダラトビエイ,数千匹単位の群れを形成しながら泳ぎ,ときには俊敏な回避行動を行うマイワシ,背びれや尾びれなどを器用に使い分けながら小回りを利かせて泳ぐハリセンボンなど,多数,多種,かつ生き物らしい魚たちの動きを見ることができる.水中シーンにおけるこのような魚の動きをコンピュータグラフィックスによってリアルに表現することは,映画やゲームをはじめとした多くのコンテンツにおいて必要とされている.

 魚類は全体でおよそ28,000種と非常に高い多様性を有しており,サイズや身体構造による泳ぎ方のバリエーションは多岐にわたる.たとえば,マグロは尾びれ付近を振動させることで高速に泳ぐが,フグは尾びれや背びれ,胸びれ,尻びれを使い分けて小回りを利かせた泳ぎ方を行う.さらに魚類は,状況によって泳ぎ方を変えることもある.たとえば,ベラはゆっくり泳ぐときは胸びれを振動させて泳ぐが,ある程度以上速く移動するときには躯体を波打たせて泳ぐようになる.したがって,リアルな水中シーンを描くためには,魚の種類や,魚を取り巻く状況の変化によって生じる泳ぎ方のバリエーションを的確に再現することが重要な問題となる.

 水中シーンに現れる多数の魚に対して,このような泳ぎ方のバリエーションを手作業のキーフレームアニメーションを用いて作り込むのは非常に難しい.また,魚型のCGキャラクタを自律的にアニメーションさせる手法はいくつか提案されているが,キャラクタと水中環境の物理的なインタラクションや抽象的な認知機能にフォーカスしたモデル化を行っており,泳ぐという単一のアクションに対する動きのバリエーションを十分に再現することが難しい.

 本研究では,自然界の魚が遊泳するために行うモーションプランニングの仕組みに着目し,魚類の骨格の違いによる泳ぎ方のバリエーションや状況変化による泳ぎ方のバリエーションを統一的に再現する手法を提案する.本手法では,生物学的知見を参考に,「どこへ泳ぐか」「どのように泳ぐか」を瞬間的に決定する意思決定機構(統一的モーションプランナー)があることを魚類の遊泳に共通の仕組みであると考える.統一的モーションプランナーは2つのステージから構成されている.第1のステージでは,どこに泳ぐかを決める.知覚情報を統合して生成した確率分布を用いて,短期的な目標位置と目標速度を決める.第2のステージでは,どのように泳ぐかを選択する.現在の速度帯から目標とする速度帯への遷移に対応した泳法を選択する.本手法を用いることにより,ジンベエザメやマグロ,ハコフグなど,サイズや骨格がまったく異なる12種類の魚類の遊泳モーションを統一的に生成できる.計算コストが低いため,自然界の海中で見られるような数千匹以上もの大規模な魚群を描くこともできる.

(本研究は筑波大学在籍時の成果であり,現職の(株)スクウェア・エニックスとの関連性はございません)

 
 

(2017年5月28日受付)
取得年月日:2017年3月
学位種別:博士(工学)
大学:筑波大学



推薦文
:(エンタテインメントコンピューティング研究会)


本研究では海洋環境における多様な魚類の遊泳モーションや数千匹規模の魚群を統一的に生成する手法を提案している.アニメーション,ゲーム,VRアトラクションなどのエンタテインメントにおいて活用が期待される.


著者からの一言


指導教員の先生方,研究室や共同研究先の皆様をはじめ,多くの方々のご協力のおかげで研究成果を発表することができました.改めて御礼申し上げます.博士課程で得た経験を活かし,今後も研究開発を通してエンタテインメントの発展に貢献できるよう尽力したいと思います.