人間らしい振る舞いを自動獲得するゲームAIに関する研究

 
藤井 叙人
関西学院大学大学院 理工学研究科 研究員

[背景]強さを追求したゲームAIが人間の熟達者を凌駕
[問題]プレイヤの経験の質を高めるには「人間らしいAI」が不可欠
[貢献]人間らしいAIの自動獲得手法および主観評価指針の提案
 
 1949年にクロード・シャノンが発表した「チェスのためのコンピュータプログラミング」,1950年にアラン・チューリングが問題提起した「チューリングテスト(機械が知的かどうか判定するためのテスト)」を皮切りに,人工知能領域では現在に至るまでに多くの研究成果が報告されている.近年では,ディープラーニング手法の発展や,クラスタPCといった計算速度の向上に伴い,ついに「人間の熟達者に勝利する」という人工知能領域の長年の目標のひとつを達成しつつある.チェスにおいては,1997年にチェス専用スーパーコンピュータDeep Blueが世界チャンピオンを打ち負かしている.将棋では,2013年3月に最強のコンピュータ将棋プログラムが現役のプロ棋士に史上初の勝利を収め,2015年10月にはコンピュータ将棋プロジェクト(トッププロ棋士に勝利することが目的)の終了が宣言されている.囲碁は,チェスや将棋と比べ人間の熟達者に勝つことがはるかに困難であると考えられていたが,2016年3月にGoogle DeepMindによって開発されたアルファ碁(AlphaGo)が世界トップクラスの囲碁棋士に勝利するまでに至った.

 これら「強さを追求したゲームAI」は,人智を凌駕するコンピュータの実現というグランドチャレンジの達成に多大な功績を残している.一方で,これらのゲームAIが獲得したエージェントの振る舞いは過度に最適化されているため,人間プレイヤにとって機械的に映るという問題が浮き彫りになっている.ゲーム情報学領域における次のステップとしては,十分に強くなったゲームAIにいかにして「人間らしさ」を持たせるか,ゲームAIと一緒に遊んだ人間プレイヤをいかにして「楽しませる」かが重要なテーマの1つとなっている.特に,ビデオゲームの分野では,ビデオゲームにおけるプレイフィール(プレイ時の感覚や印象)を決定づける要因として,ゲーム内に登場するエージェント(ゲームAIが制御するキャラクタ)の存在を無視することはできない.ユーザ数の増加,ひいては,売上の増加には,人間らしいゲームAI,人間プレイヤを楽しませるゲームAIの実装が欠かせない.

 人間らしいゲームAIを機械学習により自動獲得する試みもいくつか報告されているが,人間らしいと思われる振る舞いを開発者が恣意的に定義しなければならず,その作業は困難をきわめる.また,人間らしいAIの人間らしさをどう評価するかという問題にも直面している.チューリングテストに準じた主観評価を実施するのが一般的ではあるが,「人間らしさ」や「楽しさ」といった個人個人の捉え方が異なる項目については,評価者を精緻に統制しない限り信頼性の高い評価結果は得られない.

 本研究では,ビデオゲームを対象として,「人間らしい」振る舞いを機械学習により自動的に獲得するゲームAIを提案する.人間らしく振る舞うゲームAIの構成要素を検討した上で,構成要素のひとつとなる,人間プレイヤに戦略レベルで適応するゲームAIと,生物学的制約に基づく人間的なゲームAIの実現手法を述べる.また,ゲームAIの人間らしさを評価する際の主観評価実験における,実験結果の妥当性や再現性を確保するためのユーザ統制および実験手法についても議論する.

 

(2016年6月18日受付)
取得年月日:2016年3月
学位種別:博士(工学)
大学:関西学院大学



推薦文
:(エンタテインメントコンピューティング研究会)


本論文は,ゲームAIの構成において,生物的な制約の導入により,強さに加えて,人間らしさや自然さを有する振る舞いを自動獲得する手法,および,主観評価におけるユーザ統制について報告している.人間の体験をより豊かなものにする「人間的な知性をもつ機械」開発に関する先駆的研究であり,推薦に値する.


著者からの一言


研究活動において終始あたたかいご指導ご鞭撻をいただいた指導教員の先生方,また,学会等において質疑や議論に参加してくださった多くの方々に,今一度心より感謝を申し上げます.今後も,より豊かな体験を提供できるシステムの開発に,博士課程で得た知識や技術を活かしていけるよう尽力したいと思います.