A Constructive Approach to Interactive Learning Facilitation in Music Cognition

(邦訳:音楽認知における対話的な学び支援の構成論的研究)

 
松原 正樹
筑波大学図書館情報メディア系 副主任研究員

[背景]アンサンブル演奏における音楽認知プロセスの重要性と指導の困難さ
[問題]音楽認知における主体的な経験に基づく学習支援
[貢献]楽譜解釈と音楽聴取の学習過程に関する実践的研究


 オーケストラをはじめとするアンサンブルでは各奏者が楽器を演奏し1つの音楽を創りあげている.とくに楽譜をもととするクラシック音楽においては,指揮者に合わせて楽譜通りに演奏すれば音楽が表現できると思われがちだが,実際には楽譜上の情報だけをたよりにするのではなく,ホールの響き,指揮者・演奏者の動きやそこから読み取れる意図などさまざまな情報を判断し演奏している.

 こうした演奏表現に必要な能力は複数の音楽認知プロセスから成り立っている.楽器演奏における身体制御,自己や他者の演奏音の聴取,楽譜の多面的な解釈,表現イメージの共有形成などである.楽器演奏技術や音楽的知識は音楽大学での授業や教科書から体系的に学習することができるのに対し,上記に挙げた認知プロセスは実技による指導によって経験的に身につけているのが現状である.

 しかし,主体的な経験に基づく学習(学び)は文脈依存性・個人固有性が高いことから正解が1つではなく,目標到達型の学習支援の枠組にあてはめることが難しい.学習者の特徴,学習環境に合わせて,学習者自身が気づきを得るような学び支援の方法が必要である.

 そこで,本研究では中級演奏者の楽譜解釈と音楽聴取の2つを対象に学び支援の方法を実践的に構成しながら開発を行った.1つはシステムとのインタラクションによる支援,もう1つは対話型振り返りによる支援である.

 スコアリーディング支援システムScoreIlluminator(図はインタフェース)では,学習者のパラメタ操作に応じてインタラクティブに色付け楽譜を生成し,自身の解釈のメタ認知を促進させ,楽譜解釈の学び支援を行った.システムが正解を提示せずにさまざまな解釈を例示することで,学習者が主体的に解釈の多面性を理解することが期待できる.数ヶ月〜1年間の実践的実験により,インタラクションによる学習パターンが分類され,学び支援の有効性が確認された.

 一方,対話型振り返りによる支援では,オーケストラ鑑賞時の対話によって,自身の聴き方のメタ認知を促進させ,音楽聴取の学び支援を行った.数ヶ月に渡る実践的実験の結果,学習者は学びが進むにつれて楽譜情報だけでなく,ホールの響き,演奏者の動き,季節,時刻などさまざまな情報に気づくようになった.こうした着眼点は今後学習支援システムを構築する際に応用が期待される.

 このように,本研究では楽譜解釈と音楽聴取に対しての学び支援の方法の提案を行った.今後は楽器演奏における身体制御や表現イメージの共有形成についても同様なアプローチで学習過程を明らかに学習支援方法の構築を行う予定である.

 

 
スコアリーディング支援システムScoreIlluminatorのWebインタフェース:
学習者は色付けされたスコアを見ながら音楽を聴くことができる.

 (2013年6月17日受付)
取得年月日:2013年2月
学位種別:博士(工学)
大学: 慶應義塾大学



推薦文
:(音楽情報科学研究会)


オーケストラによる音楽に対し,その鑑賞行為や演奏者によるスコアリーディング行為について音楽認知の観点で学びを支援するシステムの研究である.視覚的なスコアリーディング支援システムを元に演奏者が楽曲を解釈する過程や,さまざまな観点で楽曲を鑑賞することをメタ認知の視点で実験し,その有効性を示している点で興味深く評価できる.


著者からの一言


学際領域研究であったため,音楽学や情報工学だけでなく,認知科学,人工知能,教育学などさまざまな分野の方々と交流しながら研究できたことを幸運に思います.今後も学習過程や創造過程の知見に基づき演奏科学の研究を継続し,音楽活動の現場へ還元できるよう貢献したいと考えます.お世話になった周囲の皆様に感謝致します.