Paper Based Motion Media

(邦訳:紙を構造体とした動きのメディア)

 
安 謙太郎
慶應義塾大学 KMD研究所 所員

[背景]誰でも動くものをつくることができる時代へ
[問題]軽く,薄く,弱い「紙」に「動き」を与える
[貢献]非常に単純な構成で「動き」を送ることを可能に


 本研究では,「紙を構造体とした動きのメディア」を構成する技術を提案する.この技術を使用すれば,知識や経験をもたない,たとえば幼稚園児であっても,家庭で動くものの作成を楽しむことができるようになる.これにより一部の人間が持つ特殊な技能であった「動くものをつくる能力」をすべての人間に開放し,誰でも動くものをつくることができる時代へと社会を推し進めることが本研究のねらいである.

 なぜなら,「ものに動きを与える」という経験には創造的な作業を行う際に重要な要素が詰め込まれているにもかかわらず,経験的障壁と技術的障壁が長らく立ちふさがってきたからである.動くものをつくる,つくったものを動かすためには複雑な空間認識能力,設計力,また想像力や表現力などが必要とされるが,手を動かすことでまた同時にそれらを育むことができる.

 しかし人工物に動きを与える技術についての研究分野であるロボット工学では,動作素子や筐体の質量を支えるために重く,固い駆動機構と,それを動かすための複雑な配線やプログラムを組み込んだ制御機構による構成が主流であり,それらに触れること,さらに操ることは非常にハードルの高いものであった.

 一方で我々にとって最も身近なメディアである紙は,これまで主に静的な情報の伝達,提示に多く利用されてきた.文字や絵,ときにはペーパークラフトの模型など,静的な情報の提示を主としてきた紙は,加工が容易であり,小さいエネルギーでの作動,また保存や輸送に必要なスペースも少なくてすむ素材である.これは同時に,紙は人間の手で加工が行え,小さく弱い作動素子によっても動きを組み込みこむこと,さらにその動きを時間や空間を超えて共有することにも非常に適した素材であることを示す.

 この点に着目し,本研究では紙のもつ薄く,軽く,柔らかいといった特徴はそのままに,その形状を任意に制御し,設計した通りの動きを任意の時空間上に提示させる手法を示した.

 具体的には,構造体である紙に対して,作動素子として熱応答性部材を取り付け,その動作に必要なエネルギーは熱として環境から供給するという手法を設計した.これにより,制御可能でありながら, 動作体には電池や配線を備える必要がなく,非常に単純な構成で動作体を作ることができる.また,このとき取り付けるシート状部材の種類によって提示する動作を,取り付ける位置によって動かす紙の位置を決定し,組み込むことができる.

 この熱応答性部材に対して,遠隔から伝送する熱エネルギーを制御することで,遠隔操作や動きの組み込み,条件設定による動きの提示などが可能であるということを三種類のプロトタイプ「Move-it」「Animated Paper」「POPAPY」を通して示した.また,これらプロトタイプを多数の被験者に使用させ,得られるフィードバックを反映させることで,非常に多様な表現に耐えうる「動きのメディアとしての紙」の構成に必要な要素を明らかにした.

 
 

 (2013年6月14日受付)
取得年月日:2013年3月
学位種別:博士(メディアデザイン)
大学:慶應義塾大学



推薦文
:(エンタテインメントコンピューティング研究会)


本研究は静的な情報のメディアとして親しまれてきた紙を「動きのメディア」に変える技術についての研究である.薄く,軽く,柔らかい紙の特徴はそのままに,その形状を制御し,設計通りの動きを任意の時空間上に提示させる手法を示す.本研究により,特別な知識を持たない幼稚園児や小学生でも紙工作感覚での動くもの作りが可能となる.


著者からの一言


幼少期,紙工作が得意で「ロボットはかせ」になることが夢だった私が,こうして紙をロボットのように制御する技術で博士号をとれたことに大きな喜びを感じでいます.多くの方に多くのものを分けていただきここに辿り着くことができました.今後も頭の中のことを現実に変える技術をつくっていきますので,どうぞよろしくお願いします.