触覚情報の多重化提示

 
吉元 俊輔
大阪大学 助教

[背景]高品質・高機能な触覚提示技術への要請
[問題]触覚伝達経路の構造的制約に応じた多重化提示の実現
[貢献]触覚提示装置の設計指針提案と娯楽・医療・福祉への応用


 視覚・聴覚に次ぐ感覚提示として,触覚提示の実用化が期待されている.しかしながら,触覚は機械的な接触を伴った感覚であるため刺激装置の構造的制約が大きく,効果的な利用場面が明らかでない.一方で,視覚や聴覚同様に,情報の多重化提示によって品質や機能性を高めることができると考えられる.たとえば,光の混合による忠実な色の再現や,作業を支援するための現実映像への仮想物体像の重畳などが視覚における多重化提示である.本研究では,触覚における多重化提示という新しい技術を基に,触覚提示装置の利用価値を明らかにする.特に,触覚伝達経路と刺激階層の特徴に着目することで適切な多重化提示の実現方法を提案し,利用価値に応じた設計指針を導く.

 物体制御による多重化提示では,ユーザが触れる対象物そのものに制御を加えて物性を変化させる.従って,ユーザの触動作に関わらず物体そのものが有する高品質な質感を提示できると考えられる.本研究では幅広く物性を制御するために,水と片栗粉から生成することができるダイラタント流体を制御対象として選定した.さらに,流体の粒子濃度を調整する機構が指先に取り付けられたグローブを制作し,動的な粘性制御を可能にした.被験者実験による評価を行ったところ,複合的な触感生成が可能であり,物体制御における多重化提示において高品質な触感提示が可能であることが示唆された.

 受容器制御による多重化提示では,ユーザの触動作と同期させて触覚を検知する受容器の活動を制御する.触動作による感覚により刺激の意味が補足され,単純な刺激にも関わらず仮想物体の質感を表現できると考えられる.本研究では,受容器の刺激方法として電気刺激を採用し,任意形状の曲面のマウスカーソルによるなぞり動作に応じて電気刺激パルスの密度を変調する刺激計算アルゴリズムを提案した.粗さの異なる幾何形状の仮想物体をなぞることで生じる粗さ感覚を調べたところ,知覚した粗さと形状との相関が確認され,受容器制御による多重化提示において,粗さ情報を伝達可能であることが示唆された.

 神経制御による多重化提示では,触覚伝達経路の途中の神経を制御する.刺激と知覚部位を分離することができるため,指先の触覚を損なうことなしに人工的な触覚を重畳することが可能である.本研究では,指の第二関節付近へ電気刺激を行うことによって神経束を刺激し,指先へ人工的な触覚を重畳する方法を提案した.触覚重畳によって指先での作業を支援するシステムを構築し,いくつかのタスクを評価したところ道具の空間誘導や物体変形量の教示を効果的に行うことができ,運動支援が可能であることが示唆された.

 本研究で実現された多重化提示と刺激階層の関係を整理すると,触覚伝達経路において対象物に近い要素を制御するほど仮想感覚の品質向上に効果的であり,脳に近いほど現実感覚の機能性向上に効果的であると考えられる.従って,提示する情報の“品質”と“機能”の割合に応じて力触覚提示装置を設計するための指針として本研究の成果を利用することができ,触覚提示技術の普及に貢献することが期待される.

 
 

 (2013年6月6日受付)
取得年月日:2012年9月
学位種別:博士(工学)
大学:大阪大学



推薦文
:(エンタテインメントコンピューティング研究会)


本研究は,力触覚情報の多重化提示技術に関する研究である.ダイラタント流体を利用した力触覚提示装置は,媒体の物性を手に装着したデバイスにより制御し,広範囲での力触覚提示を実現した.また,指神経に電気刺激を与えることで,実際の力触覚を遮蔽せずに刺激部位とは異なる位置に触覚を重畳提示可能な電気触覚提示デバイスを開発した.


著者からの一言


悩む前に手を動かして自分の目で確かめるということをモットーにすることで,濃密な研究生活を送ることができました.好奇心のままに新しいことに挑戦する私を後押ししてくださった指導教員の方々に感謝いたします.今後,触覚提示が私たちの生活を支える技術として大成するよう,基礎から応用まで幅広く研究に携わり続けたいと思います.