A Study on Simulations of Granular Materials and Strands Taking Wetting Effects into Account

(邦訳:吸湿現象を考慮した粒状および線状物体のシミュレーションに関する研究)

 
Rungjiratananon Witawat(ルンチラタナーノン・ウィッタワット)
(株)スクウェア・エニックス

[背景]映画などの映像制作分野におけるより高品質なコンピュータアニメーションへの要求
[問題]変形多孔質媒体の吸湿現象を再現する
[貢献]砂や髪の毛などの吸湿現象を再現するシミュレーション手法の提案


 映画などの映像制作分野において,より高品質なコンピュータアニメーションが求められていることを背景に,コンピュータグラフィクス(CG)分野において物理ベースシミュレーションの研究は近年著しく進歩している.その結果,剛体,流体,柔軟物体などの写実的なアニメーションが可能となってきた.しかしながら,実世界では一般的な現象であるにもかかわらず,流体と物体の連成シミュレーションにおいて物体の吸湿現象はその複雑さからこれまであまり扱われてこなかった.吸湿現象は日常的に見受けられるため,吸湿現象の再現は現在のゲームや映画における表現を高めるために重要な研究テーマである.

 吸湿性のある物体は多孔質媒体と呼ばれる.多孔質媒体は,スポンジなどのように,内部に無数の小さな空孔を持つ.この空孔により,水分が媒体中で保持され,その中を伝播するといった毛細管現象が起こる.多孔質媒体はそれらの多孔質構造により,固定多孔質媒体と変形多孔質媒体に分類できる.布やスポンジなどは固定多孔質媒体に分類され,空孔の位置は媒体中で固定されている.一方,本研究で対象とする粒状および線状物体は変形多孔質媒体に分類され,水分が保持されるのは物体の接触領域であり,その位置や保持できる水分量が動的に変化する.近年,固定多孔質媒体と流体のシミュレーションモデルが提案されたが,変形多孔質媒体を扱うモデルはほとんどなかった.本研究では,変形多孔質媒体として粒状物体および線状物体における,吸湿現象のシミュレーションを対象とする.なお,吸湿現象を考慮した粒状物体と線状物体の具体例として,日常的に見受けられ,かつCG分野で重要な例である砂と髪の毛を扱う.

 吸湿現象を考慮した粒状物体と髪の毛のシミュレーションを実現するために,吸湿現象をモデル化するだけではなく,粒状物体と髪の毛の適切なシミュレーションモデルも必要である.粒状物体については,よく研究された従来の粒子ベースのシミュレーションモデルが用いられる.一方,髪の毛については,人の頭部にある髪の毛(通常10万本以上)の動きをシミュレーションすることは,コンピュータグラフィクスの分野において長く挑戦的な課題であった.近年の手法の多くは,計算の効率化のため,髪の毛を粗い束か連続体として扱っており,髪の毛の動きの自由度が制限されてしまう.本研究では,詳細な髪の毛のシミュレーションモデルは単一1次元変形物体のシミュレーションモデルから組み立てる.また,本研究ではグラフィックス プロセッシングユニット(GPU)を使用したシミュレータを開発し,数万本の髪の毛のアニメーションを対話的な速度で生成することができる.

 本研究では,粒状物体や線状物体の吸湿現象を扱うため,下記の手法を導入する.粒状物体の吸湿現象を実現するために,提案法では粒状物体の各粒子に対して,水分量の値を導入し,その値に応じた粒状物体の挙動を,粒子ベースシミュレーションのフレームワークに統合する.また,提案手法はGPUを用い,吸湿現象を考慮したダイナミックなアニメーションを対話的な速度で生成することができる.髪の毛の吸湿現象について,本研究は,髪を異方性の変形多孔質媒体として,水との相互作用を再現するシミュレーション手法を提案する.髪を格子化することにより,髪の複雑な変形多孔質構造を扱う.本研究は,詳細な髪の毛と水の相互作用の多様な興味深い効果を再現する.特に,髪の毛の吸水,水分の伝播,髪の毛が束になる様子,水がしたたり落ちる様子,濡れた髪の毛の形状変化を扱う.
 

 
 (2013年6月16日受付)
取得年月日:2012年9月
学位種別:博士(科学)
大学:東京大学



推薦文
:(グラフィクスとCAD研究会)


本研究は,吸湿性のある多孔質媒体のうち,特に砂のような粒状物体と髪の毛のような線状物体を扱い,吸湿現象の再現を伴うリアルなアニメーションを生成するものである.本論文には,著名な国際会議や国際論文誌の掲載論文,国内外で受賞した成果も含まれる.国際的に高く評価されており,今後の研究分野の発展に資する内容である.


著者からの一言


推薦していただき,どうもありがとうございました.指導教員の西田友是教授をはじめ,色んな方々からの支援をいただいて,日本での思い出いっぱいの生活ができ,学位を取得ことができました.本研究の成果を用い,ゲームと映画に応用したいと思っています.