リアルな表情アニメーションの効率的な生成法に関する研究

 
久保 尋之

早稲田大学


[背景]コンピュータグラフィックスの広がりとよりリアルなレンダリングへの要求
[問題]人間の肌に見られる半透明物体の柔らかな陰影の高速なレンダリング
[貢献]曲率に依存する反射関数を用いるレンダリング手法の提案

昨今,映画やアニメ,ゲームなどの制作工程においてはそのデジタル化が進み,それら映像作品のほとんどがコンピュータを使用して制作されている.優れたデジタル作品を制作するために,登場するキャラクタを人として自然でリアルなコンピュータグラフィクスとしてレンダリングする技術は必要不可欠といえる.なかでも人間の肌で見られる柔らかな陰影の再現は,リアリティを向上させ映像に説得力を与えることができる.そのためリアルな人肌の再現は,映画などのオフラインレンダリング用途で多く用いられるようになってきているが,一方で計算コストの問題からゲームのようなリアルタイムレンダリング用途での導入は積極的とは言えないのが現状であった.
 
よく晴れた日に手のひらを太陽にかざすと,光が赤く透けて出てくる様子が観察できることから,人の肌は僅かながら光を通す半透明物体であることがわかる.半透明物体では,表面に入射した光が物体内部に浸入し散乱を繰り返す,表面下散乱現象が生じる.このような散乱現象の物理的に正確なモデル化には複雑なシミュレーションを要する大域照明モデルを導入せざるを得ず,結果としてリアルタイムなレンダリングにはほど遠いのが現状であった.本研究では,物体の曲率を利用して表面下散乱現象を局所照明モデルで近似することで,人肌のような半透明物体の柔らかな陰影を高速にレンダリングすることを目的とする.
 
本論文では,入射光の表面下散乱が物体表面の曲率に依存する性質に基づき,曲率に依存する反射関数(Curvature-Dependent Reflectance Function; CDRF)を提案する.本手法では半透明物体における光の散乱現象のうち,ある局所的な範囲内において入射光の散乱によって光が回り込んでくる現象を近似的に表現するものである.物体の大局的な形状を考慮しないため物理的に厳密なライティング計算は出来ないが,あくまで局所照明モデルとして簡易で高速なレンダリングが可能である.本手法ではまず前処理として,入力された3Dメッシュオブジェクトに対し曲率を計算する.さらに人肌の散乱パラメータをもとに,法線と光源のなす角,および曲率を用いて計算されるCDRFに従って放射輝度が決定される.CDRFの計算は演算コストが比較的高価であるため予めルックアップテーブル(LUT)を作成し,実際のレンダリング時にはピクセルシェーダによってLUTを参照することで極めて高速な放射輝度計算が実現された.LUTの作成に要する時間はわずか1秒程度であり,また任意の散乱パラメータに対して同一のLUTを利用可能であるため再度作成する必要はない.つまり散乱パラメータの変更・修正に対してもリアルタイムで描画結果を反映させられるためCGアーティストの散乱パラメータのトライアンドエラーによる編集も容易となり,結果として効率的なキャラクタの肌の制御と描画手法が実現された.

本研究は既に3作の商用ゲーム作品で正式にスキンシェーダとして採用され,ほとんどのシーンでキャラクタの肌のシェーディングには提案法が使用されている.制作現場からは提案法の極めて安価な描画コストが高く評価され,またレンダリングされた画像の品質の点においても十分実用に耐えうるとの評価を得ることができ,本博士論文における提案手法の実用性が示される結果となった.
 
 
 (2012年8月30日受付)
 
取得年月日:2012年2月
学位種別 :博士(工学)
現在の所属:キヤノン(株)

推薦文:(グラフィクスとCAD研究会)


本論文では肌のリアルな質感を『曲率に依存する反射関数』を用いて高速に描画する手法を提案した.本手法はゲーム業界から実用性を評価され,3作の商用作品に採用された.またSIGGRAPH Talkの採択やCEDEC2011での講演のほかGCAD研究会優秀研究賞の受賞など,産学の双方から高く評価されている.

著者からの一言


学位取得に至る道程は長く起伏に富んでおりましたが,多くの方々に支えられてようやく辿り着くことが出来ました.今後も画像情報処理工学の発展に微力ながら貢献させて頂きたいと考えております.最後に,学部生の頃からの指導教官である森島繁生先生に深く感謝申し上げます.