計測・制御学習を例とした技術教育のシステム的考察

 
紅林 秀治

静岡大学教育学部 教授


[背景]技術の発展に伴う若者の科学技術への関心の低下
[問題]ブラックスボックス化と人工物の仕組みへの理解
[貢献]システム概念の理解を促す学習モデル・教材の開発と授業実践による効果の確認

我が国は1950年代以降の経済成長により,一般家庭には家電や自動車等の耐久消費財が普及し,その普及率は1980年代には100%近くまで達した.その一方で,若者の科学技術への関心が年を追う毎に低下していったことを文部科学省科学技術白書(平成18年度)では報告している.これは,人工物のブラックボックス化と若者(仮に1980年代以降に生まれ人とする)の生活経験,つまりは生活を快適にしている人工物が彼らが生まれた時には既に存在しているため,それらが自分たちの生活に影響をもたらしているという実感が持てないという環境や状況に置かれていることに因るものであると考えた.したがって,日進月歩する技術の発展に伴い若者の科学技術への関心は低下の一途を辿ると予想できる.この問題は,日本の産業を支える人材育成の観点から捉えると,深刻な社会問題となる.そこでこの問題を教育の問題として捉え,技術教育の視点から解決できる方法を探ろうと考えた.

技術教育には専門教育としての技術教育と一般教育としての技術教育がある.本論文では,学習者の対象を広げるためにも一般教育としての技術教育に焦点をあて検討した.そして,先述した原因のひとつであるブラックボックス化した人工物の仕組みを把握するための有効な方法を教育方法と技術教育の歴史から考察した.その結果,システムの概念を技術教育に導入することが有効ではないかと考えた.システムの概念の導入により,対象をシステム(要素と要素の組み合わせ)として捉えることが可能となる.その結果,高度な技術の詳細を知らなくとも,仕組みの概要を把握できるようになる.また,人工物の設計・製作を要素を基準にした設計・製作つまりは,「システムの設計」,「システムの構築」,「システムの評価」という段階で整理しなおすことで,技術教育におけるものづくりをシステムの構築として捉えることが可能になる.さらに,これら「システムの設計」,「システムの構築」,「システムの評価」の段階は学習者にとっては,システムの概念の形成過程となるため,この段階を技術教育の学習過程に適用し,新たに「システムの設計」,「物理システムの構築」,「論理システムの構築」「システムの評価」という学習過程を考案した.そして,この学習過程を適用した計測・制御学習を例にした学習モデルを設計した.加えて,各段階の学習における適切な教材(計測・制御基板や自律型ロボット)を開発し,授業実践(中学校技術・家庭(技術分野))により検証を行った.検証の結果,学習者にシステム概念が習得されることが確認できた.特に,「システムの評価」の段階では,学習経験が,既存のシステム(エレベータや感応式信号機等)の理解にまで影響を与えていたことが調査の結果明らかとなった.このことから,対象をシステム的な見方や考え方で捉えることが,既存のシステムの仕組みを類推することを促す効果があることがわかった.またこれは,ブラックボックス化した人工物が及ぼす生活への影響を体感しにくくなった現在において有効に機能する能力になると期待できる.
 
本論文で提唱した学習過程を,無形の社会システムの形成に適用すれば,技術教育以外の学習や社会教育に関連する活動等にも活用できると考えている.そのため,技術教育を「情報」や「ものづくり」から学ぶ学習形態から「システムの形成」から学ぶ学習形態,つまりは提案する学習モデルの授業形態を採る技術教育に変えることで,同じ「情報」や「ものづくり」教材を扱った学習でも,製作した教材の理解に止まらず,既存のシステムの理解,さらには社会システムにまで視点を拡げて思考できる能力の育成に発展できると考えている.


図 計測・制御学習を例にした学習モデル
 
 (2012年8月30日受付)
 
取得年月日:2012年3月
学位種別 :博士(学校教育学)
大  学 :兵庫教育大学

推薦文:(コンピュータと教育研究会)


学校教育において,中学校と高校では情報の内容が扱われているが,システムに関する教育はほとんど扱われて来なかった.本論文では中学生を対象に,センサー等の計測学習とロボット等の制御学習を通して,情報システムを含む「システム」の教育を提案している.実践による評価も行われており価値が高い内容である.

著者からの一言


計測・制御教材開発は,ものづくり感覚で取り組めるため,個人的には大変楽しいものでしたが,教育学的な視点でこれらを捉え直すとなるとその位置 づけや仮説を検証する評価に大変苦労しました.私にとってこの博士論文の取り組みは,技術教育研究の通過点に過ぎません.今後もを継続的にシステ ムの視点を取り入れた技術教育研究を行っていくつもりです.