情報通信技術の発展によって,顔認証システムは広がりを見せており,その信頼性と利便性が評価されている.マンションやオフィスのエントランス,アミューズメント施設,空港の入境ゲートなど様々な場面で顔認証システムが活用されている[1]-[3].
筆者らは賃貸マンションの開発を手がけており,その経験から,マンションに顔認証システムを活用することで,より利便性が高く安全な住居環境を提供できると考えている.入居者が鍵の代わりに顔認証を用いてエントランスの入退館,宅配物の受け取り,エレベーターの操作,各住戸のドアの開錠までが可能な顔認証マンションを開発してきた[4].顔認証システムの導入によって,入居者は開錠・施錠のたびに鍵を取り出す必要もなく,物理的な鍵の管理からも解放される.また,セキュリティの面でも,鍵の紛失の心配がないことや入力された顔画像が履歴として残ることから不正の抑制につながることが期待される[1].筆者らは,過去の研究において,自然光の影響を考慮したマンション向け顔認証システムを開発した[5].このシステムは,マンションへの顔認証導入時に直面する,自然光の影響による認証精度低下の課題を克服し,マンションにおける顔認証の実用化を実現している.
一方で,不動産業は世界的にデジタル化が遅れている分野の1つであると言われている[6].特に日本ではIT資本投資が低く,労働生産性も非常に低いという課題がある.このような現状において,テクノロジーを活用した生産性向上と業務効率化は業界全体にとって不可欠であり,顔認証技術の応用はその一例である[7].
筆者らは,多くの問題が存在していた賃貸マンションの仲介業務に着目した.通常,賃貸マンションの内見時には,鍵の管理・受け渡しの際,一般に仲介会社が暗証番号付きのキーボックスを利用して鍵を管理し,住戸前に設置する方法が用いられている.しかしながら,この管理方法では,以下のような問題があった.
これらの課題を解消し,セキュリティ強化と業務効率化を同時に実現することが,不動産業界の発展において重要だと考える.
本研究では,この解決策として,すでに顔認証システムが導入されているマンションを対象に,内見時の鍵管理とアクセス制御を自動化する時限アクセス許可機能(OneTime機能)を開発した.本機能の導入により,PMの工数削減効果は従来の165時間/月から31時間/月へと大幅に削減され,内見業務におけるセキュリティ向上が同時に達成された.なお,顔認証システムの導入自体による効果(入居者における鍵管理の不要化や入居者自身のセキュリティ向上)はすでに実現しており,これらは本研究での貢献とは区別する.
本稿では,内見業務におけるセキュリティの問題,業務効率の問題に対し,以下3つのプラクティスを実施し,顔認証システムを活用した内見業務改善の有効性を明らかにした.1つ目は,不動産業界の従来の内見プロセスの問題点を分析し,顔認証システムを活用した改善策を提案したことである.2つ目は,この分析を基に,不動産仲介会社が顔認証システムを用いて一時的に物件にアクセスできる新たな時限アクセス許可機能(OneTime機能)を開発し,実装したことである.3つ目は,この機能の導入により,セキュリティの向上と業務効率の改善が実現できたことを,仲介会社のフィードバックと運用データの分析を通じて確認したことである.
以下に,本稿の構成を示す.まず,2章で筆者らが開発したマンション顔認証システムについて述べる.次に3章では,不動産内見業務の現状と課題について詳細に説明する.4章では,この課題の解決策として顔認証を用いたOneTime機能を提案し,導入のための仕様の検討と実装を行う.5章では,OneTime機能導入後の運用状況の分析とアンケート調査によって本機能の評価を行う.最後に6章では,今後の課題と展望について述べる.
本章では,筆者らが開発し導入を進めているマンション顔認証システムについて詳述する.本システムは,マンションの入居者へ顔情報を利用した認証および認可サービスを提供する.入居者は,専用のスマートフォンアプリを用いて自分の顔認証情報を登録することで,エントランスの開錠,宅配物の受け取り,エレベーター操作,自身の住戸の開錠など,様々な日常動作を顔認証のみで行えるようになる.
また,本システムは,賃貸管理者(PM)向けにも,管理するマンションの効率的な運営を支援するWebアプリケーションベースのユーザインターフェイスを提供する(賃貸管理システム).このインターフェイスを通じて,PMは新規入居者の顔認証情報の登録と承認,認証ログの履歴確認,入居者情報の管理と閲覧といった一連の業務を行うことができる.
本システムの全体概要と新規入居者の顔登録から認証までの一般的なフローを図1に示す.本システムは,顔認証登録アプリ,Web管理システム,顔認証デバイス,およびマンション顔認証サーバによって構成されている.
新規入居者の顔登録は以下の手順で行われる.初めに,PMがWeb管理システムを使用して入居者に対し入館招待を発行する.すると,この招待がマンション顔認証サーバを介して顔情報登録アプリに送信される(i).次に,入居者はアプリを使用して自分の顔情報および他の必要情報を登録し,申請を行う(ii).PMがWeb管理システムでこれを承認すると(iii),登録された顔情報が顔認証デバイスに配信され,入居者は顔認証を利用できるようになる(iv).入居者は,顔認証デバイスに顔をかざすことで各種ドア等を解錠することができる(v,vi).
また,本システムの認証精度について述べる.筆者らの過去研究[5]では照明条件や経時変化等の影響を低減するため,自然光環境下での顔認証動作を考慮した認証精度の検証を行っている.2023年11月時点で51棟・2,045戸に導入され,累計約302万件の認証を実行した.そのうち照度条件の厳しい午前10時~午後2時においても47万件の認証が行われたが,全期間を通じて偽陽性率,偽陰性率はともに0%であり,極めて高い精度を維持していることが確認された.さらに同研究において,照明条件や経時変化による認証精度低下を防ぐため,自然光環境下での動作を考慮した設計を導入しており,屋外やエントランスなど光条件の変化が大きい場所でも安定した認証精度を維持できることを確認している.
マンション顔認証システムの構成を以下に詳述する.システム構成を図2,各コンポーネントの詳細を表1にそれぞれ示した.システムのスケーラビリティと安定性を考慮し[8],Amazon Web Services(AWS)のクラウド環境上に構築した.

アプリケーション:顔登録や認証などのユーザ向け機能は,サーバレスアーキテクチャを採用し,AWS Lambdaを用いて実装した.顔登録時の画像バリデーションには,Amazon Rekognition [9]を使用している.Amazon Rekognitionは,深層学習ベースの顔認識技術を採用しており,CNN(Convolutional Neural Network)を基盤としたアルゴリズムにより顔の特徴点を128次元ベクトルとして抽出し,その類似度計算により認証を行う.AWSの報告によれば,Air CanadaとOAROが共同で開発したRekognitionを用いた身元確認システムの導入事例において,最大で約99.9%の認証精度が示されている[10].本研究においても,高精度な顔認証を実現するため,Amazon Rekognitionを認証基盤として採用した.
データベース:AWS DynamoDBを用いて構築したユーザ管理データベースとAWS RDSを用いたバックオフィス用のデータ管理に用いるデータベースの2種類を構築した.これらのデータベースは,更新のたびにバッチ処理によって同期され,情報が常に最新の状態に保たれる.認証ログもこれらのデータベースで管理され,スマートフォンアプリやWeb管理システムを通じていつでもアクセス可能である.
ストレージ:顔登録に使用される画像データやシステムのバックアップデータは,AWSのS3を用いたストレージサービスに保存される.このストレージは外部からのアクセスを禁止しており,またセキュリティ要件に合わせて暗号化をすることで流出のリスクを最小限に抑えている.
このようなシステム構成により,利便的でセキュリティの高いマンション向け顔認証システムが実現されている.
不動産の内見では,最も一般的な鍵の受け渡し方法としてキーボックスが用いられている[11].通常,キーボックスは,対象物件のエントランス前などに設置されており,仲介担当者は管理会社から提供された暗証番号を用いて鍵を取り出す.しかしながら,この方法は,安全性および業務の効率性の両面で複数の問題を抱えている.なお,顔認証システムが導入されているマンションにおいても,実質的には従来どおりキーボックス方式が継続して使用される状況であった.その理由としては,仲介担当者は物件ごと・日ごとに異なるケースが多く,都度の顔登録と権限付与を行う運用は実務上現実的ではなかったことに加え,特定の人物に対して限定的な時間・場所のみにアクセス権を付与する機能が,従来のシステムには備わっていなかった点が挙げられる.本章では,こうした背景を踏まえ,従来プロセスの問題点を明らかにする.
不動産内見プロセスにおける課題の1つが,仲介担当者の鍵の紛失や持ち帰りに伴うリスクである.たとえば,仲介担当者がキーボックスに鍵を返すのを忘れたまま,誤って持ち帰ってしまうケースが発生する.弊社の運用実績(調査対象:当社グループ会社プロパティエージェント賃貸管理部が管理する東京都区部の賃貸マンション6115戸(調査時))では,従来のキーボックス方式において鍵の持ち帰りは月平均13件発生しており,これは全内見件数の約2.5%(おおよそ40件に1件)に相当する.通常の入居者が自宅の鍵を紛失した場合は,当該入居者本人の居住利用に限定された影響にとどまるのに対し,内見での鍵持ち帰りは以下のような特有のリスクを伴う.
これらのリスクにより,次の内見者は来訪時に物件へ入室できず,不便を被ることになる.さらに,PMは鍵を探し出すために担当者へ連絡を取るなど,多大な時間と労力を費やす必要がある.鍵が見つからない場合は新しい鍵の作成が必要となり,追加のコストと時間が発生する.鍵の紛失はセキュリティ上のリスクを高めることからも,鍵の管理と交換は常に慎重に行われるべきである.このように,鍵の管理に関連する問題は,不動産内見業務において重要な課題となっており,効率的かつ安全な解決策が求められている.
2つ目の課題は,キーボックスの暗証番号流出や物理的な破損による鍵の盗難や不正利用のリスクである.キーボックスは建物のエントランスなど誰でも触れられる場所に配置されていることから,暗証番号を知った者であれば物理的に開錠可能である.仲介担当者が業務上暗証番号を知った後に,後日キーボックスを開けて空室に入室することも事実上可能であるほか,第三者が仲介担当者を装って暗証番号を入手する事例も報告されている.実際に,空室が犯罪に利用されたケースが警視庁からも発表されたこともあり[12], [13],神奈川県では特殊詐欺グループが「内見」を装って仲介業者から暗証番号を騙し取り,空室に合鍵を設置して詐欺拠点として利用した事件が発生している[14].PMが,管理する物件1つ1つに赴いて暗証番号を定期的に変更するというのは運用面で困難であることも多く,実運用として暗証番号が定期的に変更されないケースも多い.このような状況では,複数人が同じ暗証番号を共有することになるため,流出のリスクが上がり,また仮に不正利用があった場合の人物の特定も困難になる.このような状況は不法侵入や空室の犯罪利用に繋がりやすい.そのため,物件の所有者やPMにとって深刻なセキュリティ上の脅威となっている.
3つ目の課題は,キーボックスでの鍵の受け取りにかかる業務の非効率さである,仲介担当者は,内見の可否の確認やキーボックスの暗証番号を確認するため,内見の都度管理会社へ連絡をとる必要がある.一般に仲介担当者は一日に複数の物件を案内することも多いことから,内見の都度,確認を行うことは業務効率の面からも削減したい点である.
ここに挙げた3つの課題から,筆者らは不動産内見プロセスの改善が不動産業界において重要であると考える.
上述した不動産内見プロセスにおける既存のアプローチの1つとして,スマートロックが近年注目されている[15].スマートロックは,物理的な鍵やキーボックスに代わり,スマートフォンや特定の認証方法を用いてドアの解錠や施錠を可能にするシステムである.現在利用されているスマートロックは多様であるが,一般的なものとして,ドアに専用の機器を取り付け,ログイン済みのスマートフォンアプリを使用する方法や,ワンタイムパスワードを入力して解錠する方式が挙げられる[16].不動産の仲介担当者は,指定されたスマートフォンアプリをインストールしユーザ登録をすることで,遠隔でも内見物件のアクセス許可を取得することができる.スマートロックを導入すれば,キーボックスの設置が不要となり,鍵の紛失や盗難リスクを低減させることで不動産セキュリティを向上させ,同時に内見業務の効率化に大きく貢献する.
一方で,スマートロックの採用にはいくつかの課題もある.たとえば,その利用者がスマートフォンの所有者であるかどうかの認証は行っていないため,スマートフォンの盗難等によって悪意のある他者の住居への侵入を許す危険性がある[17].また,スマートロックの多くは電池式のため,電池寿命に依存するという問題がある.電池が切れた場合,ロックが機能しなくなり,PMは定期的な電池交換のために現地へ赴く必要がある.さらに,内見業務には直接的な問題はないものの,内見以外のシナリオ,特に入居後にも使用するものと考えると,スマートロックの導入は顔認証と比較していくつかの不便さが存在する.たとえば,オートロックは,特にゴミ出しなど一時的に外出する際に誤って締め出されてしまうなどの問題は発生しうる.
対照的に,顔認証システムでは顔を認識するだけで入室できるため,このような締め出しのリスクがない.また,筆者らが管理している不動産向け顔認証デバイスは電池式ではなく,専有部内電源からケーブルを介して直接電気を送っている(図3(左)).さらに,分電盤にも専用の回路を設けているため,電池寿命に依存しない(図3(右)).さらに,スマートフォンを使用したスマートロックでは,スマートフォンのロックを解除してから専用デバイスにかざしてドアを解錠をするといった手間が発生するが,顔認証であれば顔をかざすだけで良いため手間が削減される.
スマートロックの課題と顔認証を用いる利点を踏まえ,筆者らは顔認証システムを活用した新しいアプローチの開発に着手した.次章では,この新アプローチの具体的な提案と,それが既存の問題をどのように克服可能かについて詳細に述べる.
本章では,すでに顔認証システムが導入されているマンションを対象に,前述した不動産内見プロセスの課題に対する新たなアプローチを提案する.
筆者らは,不動産内見の際の課題に対処するため,顔認証システムを用いた新たな時限アクセス許可機能,「OneTime機能」の導入を提案する.この機能により,仲介担当者は内見時に顔認証により物件に入室可能となり,キーボックスの設置が不要になる.それに伴い,鍵の持ち出しや紛失のリスクも大幅に軽減される.さらに顔認証システムでは,アクセスログを確認すれば,その時間帯に物件に入室した人物を特定できるようになる.従来のキーボックスでは,一度暗証番号を知った者が無期限でアクセス可能であり,実際に犯罪に悪用された事例が報告されている.一方,本システムでは以下の仕組みにより,不正利用を抑制する.
このように,OneTime機能を導入することで,キーボックス型で実際に発生した不正アクセスや犯罪利用のリスクを大幅に低減しつつ,内見プロセスの効率化とセキュリティ強化を同時に実現できる.
顔認証システムにOneTime機能を導入し不動産内見プロセスを改善するには,筆者らがこれまで導入してきた既存システムに必要な改修を特定し,新たな内見プロセスを策定し直す必要がある.そこで,まずは既存システムの仕様について述べる.
不動産管理には複数のステークホルダーが関与し,それぞれが異なる役割を持つ.これらの関係性は,顔認証システムの管理構造においても反映されている.主要なステークホルダーとして,ビルディングマネージャー(BM),プロパティマネージャー(PM),仲介会社がある.
これらのステークホルダーの関係性を図4に示した.既存の顔認証システムでは,2章で述べたWeb管理システムにBMとPMのための管理画面が実装されており,それぞれの権限に応じた操作が可能である.
BM管理画面では,管理組合などの業者の管理,入居者状況の確認などを行うことができる,マンション全体の管理機能が備わっている.また,物件ごとにプロパティマネージャー(PM)の権限を発行・管理することができる.図4の例では,101号室と102号室をPM1が,201号室をPM2が管理するよう権限を設定できる.
PMの管理画面では,入居者への顔認証権限の付与や,物件の入居状況の監視など,物件固有の管理を行うことができる.既存システムでは,仲介会社への一時的な入室権限の発行はしていないため,申請ベースで手動による顔認証権限の発行/削除を行うか,またはカードキーの貸し出しによって対応している.
既存のマンションの顔認証システムでは,仲介会社のための管理画面は未実装である.そのため,仲介担当者がOneTime機能を利用して内見を予約するには,仲介会社専用の新たな権限が必要となる.今回の実装では,開発の簡素化のため,Web管理システム内に仲介会社権限を作成するのではなく,仲介会社向け内見予約システムを新規で開発し外部からWeb管理システムと連携する.本節では,仲介会社向け内見予約システムの設計について述べる.
まず,仲介会社アカウントの仲介権限の管理について述べる.Web管理システムでは,プロパティマネージャー(PM)が仲介会社に物件の仲介を委託するため,仲介会社アカウントの発行機能を実装する.PMは仲介会社アカウントを必要に応じて複数の仲介会社に対して権限を付与することができる.図4は,PM1は仲介会社1と2に対して,管理する101号室と102号室の仲介権限を付与した例である.
仲介会社の新規アカウント発行は以下のようなフローで行うことを想定する.
仲介会社は,図5(上)に示す新規登録画面から仲介担当者を追加登録する.この登録は顔認証システムにすでに登録済みであることが前提であり,仲介会社単位で制限される.また,図5(下)の検索画面にて登録済みの仲介担当者の検索が可能である.登録プロセスは図1に示す顔認証システムと同一の認証基盤を利用し,既存のパスワード認証や承認フローが適用される.これにより,仲介会社外の人物やなりすましによる不正登録のリスクを低減できる.また,ディープフェイク攻撃や不正アクセスといった高度な攻撃に対するリスクと対策については,4.6節にて詳述する.次節では,内見予約の詳細なフローについて説明する.
本節では,仲介会社向け内見予約システムを導入した新たな内見フローについて説明する.図6では,システム導入前後の内見フローがPMと仲介会社でそれぞれどのように変化したかを示している.BMは,内見業務に関わらないため省略する.
システム導入前の内見フローでは,予約の都度,仲介会社の担当者とPM間でコミュニケーションが発生していた.まず,仲介会社の担当者がPM宛てに電話をかけ,日程調整を行った後に内見予約が確定する.内見当日は,担当者が物件に到着後,キーボックスの暗証番号を確認して鍵を取得するためにPMに電話連絡をする必要がある.内見完了後は,鍵をキーボックスに返却し,再度PMに電話をかけて完了報告をする.
一方,システム導入後のフローでは,担当者が初回に内見を行う際に初期設定が必要なものの,PMに電話連絡してキーボックスの暗証番号を確認して鍵の取得および返却の必要がないため,仲介会社とPM間でのコミュニケーションが発生することなくスムーズに内見を完了することができる.各工程を以下にて詳述する.実際の顔登録アプリおよび内見予約システムの画面は図7に示す.
初期設定:
内見予約:
※アクセス権限は時間が経過すると自動的に失効する.
この新たな内見フローにより,仲介会社の担当者およびPMは電話連絡やキーボックスの暗証番号の確認といった工数を省略することができ,業務効率の大幅な改善が期待できる.
次に,従来の暗証番号付きキーボックス方式にオンライン予約システムを追加した場合との比較も考察し,本提案システムの有効性を改めて検証する.この場合でも,以下の業務は残存する.
これらの業務は予約システムの導入だけでは完全に自動化できず,PMの工数削減には限界がある.
一方,本システムでは顔認証技術を用いることで,以下の3点を実現している.
これにより,PMは初回の仲介会社担当者登録のみ行えば,その後の予約・入室・退室が全自動化され,当該業務の工数はゼロとなる.図8のように,これらの業務フローを比較すると,キーボックス+予約システムでは「予約申請→本人確認→番号伝達→入室→利用確認」とPMの介入が複数回発生するが,本システムでは「予約(自動承認)→予約時刻に顔認証入室→権限自動失効」とPM介入が不要となる.
不動産業界では「空室の不正利用」が深刻な問題であり,誰でも予約できる方式ではセキュリティリスクが高い.本システムは,事前登録された信頼できる担当者のみが限定時間だけアクセス可能という条件を満たすことで,予約システム単体では達成できない完全自動化とセキュリティ強化を同時に実現している.
ここでは,仲介会社向け内見予約システムの実装およびその構成要素について説明する.システムの構成は図9に示される.
開発では迅速性を重視し,シングルページアプリケーション(SPA)の形式で実装した.システム構成は,AWS Lambdaを利用した中継Functionを介して,バックオフィスのWeb/アプリケーションサーバに接続する方式を採用した.このバックオフィスサーバでは,画面表示やビジネスロジックの一部を既存のシステムと共有し,前述した内見予約フローのために必要な機能の実装を行った.
データベースアクセスには,既存のバックオフィスデータベースを使用し,必要な情報を取得する.仲介会社向けのHTMLコンテンツはAmazon S3に格納されており,必要に応じてそこから直接取得される.
このシステム構成を採用した結果,開発工数を大幅に削減し,仲介会社向けの内見予約システムを迅速に提供することができた.また,システムはスケーラビリティと保守性を重視した設計であり,将来的な拡張や変更に柔軟に対応可能な構造となっている.
本システムのセキュリティについて,想定される脅威を体系的に分析し,対策と残存リスクを評価した.脅威モデルには提示攻撃,ディープフェイク攻撃,テンプレート攻撃,成りすまし,アクセスログの改ざんを含め,それぞれの脅威に対して実装済みの対策と耐性評価を示す(表2参照).

提示攻撃(Presentation Attack):ISO/IEC 30107-1で定義される写真,動画,3Dマスク等を用いた攻撃[18].本システムで採用しているAmazon RekognitionはLiveness検知機能を備え,2D/3D偽装を99.5%の精度で検出可能である[9].また,iBeta Level 1認証を取得しており,実運用上十分な耐性を持つ.
ディープフェイク攻撃:近年のGAN(Generative Adversarial Network)技術の発展に伴い懸念される脅威[19].ただし,リアルタイム生成には高い計算コストが必要であり,内見という低価値ターゲットに対する攻撃ROI(Return on Investment)は低い.さらに,30分間の時限アクセスにより,攻撃準備時間を考慮すると現実的な脅威度は低い.
テンプレート攻撃:顔特徴量データに対する攻撃[20].本システムでは顔画像をAES-256で暗号化し,AWS S3の暗号化ストレージに保存する.特徴量抽出はAWS側で行い,ローカルには保存しないことで攻撃面を限定している.
顔認証システムの成りすまし:内見予約システムへの不正ログイン等により,権限を悪用することで本人になりすまし入室を試みる脅威を想定する.本システムでは,予約システムへのログイン時に多段階認証を実装しており,成りすましのリスクを低減している.
アクセスログの改ざん:内部関係者による事後的なログの削除や変更,外部からの不正アクセスによるログデータベース侵入,さらに中間者攻撃によるログ送信時のデータ改ざんといった脅威が想定される.これらのリスクに対し,本システムでは以下のような設計上の対策を講じている[21].
包括的な脅威分析および対策の結果,従来のキーボックス方式では入室記録が一切残らないのに対し,本システムでは改ざん耐性,追跡可能性から明確に優位であるといえる[22].また,改ざんには技術的知識と権限が必要となることから,抑止力としても機能する.
しかしながら,完全な改ざん防止を保証するものではないため,今後より高度なセキュリティが要求される場合は,ブロックチェーン技術[23]やハードウェアセキュリティモジュール(HSM)の活用[24],準同型暗号等の先進技術によるプライバシーとセキュリティの更なる両立を目指す[25], [26].
賃貸仲介業務においてPMは様々な物件をオーナーの代わりに業務を代行することから工数の削減が重要であり,仲介会社にとっては仲介時に営業活動が行われ営業効率を上げることが求められるため,使いやすさという点が重視される.本章では,システム導入による工数削減効果の算出とアンケート調査に基づく評価を行う.
仲介会社向け内見予約システムの導入による工数削減効果を評価するため,内見対応業務を担当する3名のPMを対象に調査を実施した.3名のPMはPM業務に関して十分に精通(それぞれ7年,7年,10年の業務経験)している.また,3名はいずれも同時期にシステム利用を開始しており,システム利用開始からの調査期間は2023年4月から2023年10月で,6ヶ月間使った後のシステム理解度で評価した.月間システム利用頻度は各PM約180件(合計550件/月)であった.本事例における工数算出は,以下の手順で行った.
その結果,3名全体で内見業務にかかる総工数は従来の165h/月から31h/月へと約81%削減された.具体的な工数削減の内訳を表3に示す.

システム導入前は,「問い合わせ対応」に最も多くの工数がかかり,105h/月を占めていた.具体的には,物件の内見予約を希望する仲介会社からの電話確認,内見依頼書の到着確認,現地鍵設置場所の案内,内見希望時間の重複時の時間調整などが含まれる.電話やメールの内容としては,内見可能な物件かどうかの確認や内見依頼書送付後の確認といった都度対応が必要な業務が多く負荷が高かった.また,部屋の解約に合わせた鍵情報の更新,度々発生する紛失時の対応といった鍵管理の工数も併せて50h/月ほど発生していた.
システム導入後は,内見予約に関する問い合わせや内見の都度の対応が不要となり,「問い合わせ対応」の工数を大幅に削減した.問い合わせ対応は,仲介会社の担当者が各種登録をせずに直接現地に向かったなどのイレギュラーなケースに限られた.この場合には,PMがWebシステムから時限付きワンタイムパスワードを発行し,それを顔認証デバイスに入力することで一時的な入室を可能にした.ワンタイムパスワードは1回限り有効で,使用後は自動的に無効化されるため,従来の暗証番号型キーボックスのように無期限利用されるリスクはない.また,類似の入退室手段としてスマートロックも存在するが,スマートフォンの盗難・紛失や,電池切れ・通信障害による動作不良などのリスクを考慮し,本提案では顔認証デバイスと時限付きワンタイムパスワードを組み合わせた構成を採用している.
一方で,導入初期段階では,仲介会社への案内や操作方法の説明に一定の時間が必要となる.内見予約方法が分からない仲介会社の担当者を,Webシステムへ誘導し,操作説明を実施した.しかしながら,これらの説明にかかる工数は仲介会社がシステムに習熟するにつれて減少するものであるため,長期的な観点で見れば高い工数削減効果が期待できる.
システム利用に関するトラブルとしては,顔認証デバイスの応答遅延とアカウント登録時の認証メール不達が報告された.前者は長時間稼働によるメモリ蓄積が原因であり,遠隔でのデバイス再起動により解決した.後者はメールアドレスの入力ミス等が原因であり,PM側での修正により対応した.いずれも運用上の軽微な問題として迅速に解決可能であった.
結果として,本システムの導入により,PMの内見業務にかかる工数を従来より大幅に削減されたと評価することができる.これらの工数削減により,PMは他の重要な業務にリソースを割くことが可能となり,業務効率の向上が期待される.
本節では,システム導入初期における仲介会社の営業担当者の反応を評価するため,2023年4月から10月の導入初期6か月間にシステムを利用開始した156社252名のうち,36社57名に対してアンケート調査を実施した.本調査は,利用開始から6か月以内の初期導入期における課題抽出を目的としており,全員が顔認証による内見を初めて経験している.従来のキーボックス方式とは運用が大きく異なるため,営業経験年数や利用頻度による習熟度差は顕在化していない.
アンケート調査の結果を表4に示す.以下に,アンケート結果に対する考察を記述する.

アンケート結果の分析から,本システムが一部の物件案内において従来方式に対する優位性を示す一方で,初期導入時に特有の課題が存在することが明らかとなった.以下では,主要な課題の詳細分析と,それに基づく改善方針を示す.
1.初期登録プロセスの複雑性の課題:「登録の手間を減らしてほしい」「仲介業者登録に時間がかかる」といった意見が最も多く寄せられ,Q1では60%,Q2では40%の回答者が「手間が増えた」と回答している.自由記述回答では,Q3において「案内時に設備のクオリティも体験できる」や「鍵を取る手間が省ける」といったポジティブな意見が得られたものの,全体としてはQ4の回答のとおり初期登録や内見予約の煩雑さに関する不満が多数を占めた.
特に「入居希望者はすぐに内見できるという認識がある」との指摘は,従来のキーボックス方式では即時に内見が可能であったのに対し,本システムでは仲介営業担当者が初めて利用する際に事前登録を必須とする点に対して抵抗感が存在することを示唆している.さらに,この事前登録においては会社情報や連絡先情報といった基本属性の入力が必要であり,その煩雑さが課題として指摘された.この対策として,不動産仲介業者の情報をあらかじめデータベース化し,システム上で会社を選択可能とする仕組みを整えること,また自動入力機能の実装によって入力項目を削減することが有効であると考えられる.これにより,初回登録時の作業負担や心理的ハードルを軽減できるだけでなく,現場での円滑な運用を支援し,内見対応の即時性やスムーズな導入を促進する効果が期待される.システム利用の初期段階でにおける利便性向上のため,こうした対応は今後の設計方針として検討する.
2.操作性およびユーザビリティに関する問題:「内見の手配をもっと簡単で分かりやすくしてほしい」「マニュアルが理解しやすければよい」といった意見が挙げられたことから,システム利用における操作直観性に改善の余地があることが明らかとなった.
システム操作に関する利便性向上策として,動画マニュアルの配信,FAQの体系的整備,チャットボットを用いた操作支援などが挙げられる.これらは,操作に不慣れな担当者でも自身で問題を解決できるよう支援するものであり,ユーザビリティの向上を図るうえで有効であると考えられる.ただし,これらの施策についてはアンケート結果の分析のみならず,定期的なユーザヒアリングを通じてフィードバックを収集し,継続的にUI/UX改善を図ることが必要である.
今後は,これらの改善策を実装したうえで,習熟度による有効性の変化を含めた再評価を行い,さらに対面ヒアリングによって手間の発生ポイントを明確にする.一方で,本調査は,実運用におけるプラクティスとして初期導入の障壁を明らかにすることで,今後の普及展開に向けて重要な知見であると位置づける.
筆者らは,従来のキーボックスベースの内見プロセスにおけるセキュリティと効率の課題を解決するために,OneTime機能を提案し実装した.この機能は,顔認証を用いたマンションで一時的なアクセスを可能にし,仲介担当者が顧客を効率的に案内できるようにするものである.
筆者らはこの機能の実現のため,筆者らがこれまで導入してきた既存のマンション顔認証システムに必要な改修箇所を特定した.その結果,新たに仲介会社向け内見予約システムをシングルページアプリケーション(SPA)で実装することによって迅速に実現することにした.この新たなシステムにより,仲介担当者は内見の可否確認や鍵の暗証番号共有といった従来の手間を省略し,迅速に内見を行うことができるようになった.
仲介会社向け内見予約システムは,2023年10月の時点で,156の不動産仲介会社,252人の仲介担当者に利用されている.筆者らは具体的なPMの内見業務の事例から,本システムの導入によって工数を大幅に削減することができたことを確認した.一方で,仲介担当者向けのアンケート調査を通じて,システムの事前登録の煩雑さの解消といったユーザビリティ面での課題を発見した.これらの結果から,仲介会社向け内見予約システムを今後もアップデートしていき,不動産内見プロセスの効率化とセキュリティ強化に寄与していく.
さらに,本研究で開発したOneTime機能は,物理鍵の受け渡しに課題を抱える他業種・業界にも応用可能である.たとえば,ホテル・宿泊業界においては清掃スタッフや外部メンテナンス業者に対し作業時間帯のみの客室アクセスを許可でき,コワーキングスペースにおいては見学希望者や一時利用者に予約時間限定の入室権限を付与できる.このように,時限的アクセス権限付与という中核機能は,業務効率化,不正入室防止,利用履歴の自動記録といった効果を多様な分野で発揮できる可能性がある.今後はこれらの分野での実証実験を通じて,本システムの汎用性をさらに検証していく予定である.
2015年明治大学大学院グローバルビジネス研究科修士課程修了.2024年高知大学客員教授.顔認証システムの研究開発に従事.2004年プロパティエージェント株式会社設立ならびに代表取締役就任,2020年DXYZ株式会社代表取締役就任,2023年ミガロホールディングス設立ならびに代表取締役社長就任.電子情報通信学会,IEEE各会員.
2012年東京大学工学部電子情報工学科卒業.2017年同大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了.博士(情報理工学).同年大学院工学系研究科電気系工学専攻助教.現在,同准教授.無線工学,サイバーフィジカルシステム,エッジAI等の研究に従事.2013年電気電子情報学術振興財団原島学術奨励賞,2019年IEEE CCNC Best Paper Award,2020年ACM IMWUT Distinguished Paper Award等受賞.電子情報通信学会,IEEE各会員.
1992年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了.2006年同大教授.モノのインターネット,DX,無線通信システム,クラウドロボティクス,情報社会デザインなどの研究開発に従事.本会論文賞,電子情報通信学会論文賞(3回),ドコモモバイルサイエンス賞,総務大臣表彰,大川出版賞など受賞.情報通信ネットワーク産業協会(CIAJ)会長,電子情報通信学会会長,総務省情報通信審議会部会長,Beyond 5G新経営戦略センター長,シブヤ・スマートシティ推進機構会長等.
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