近年,比較的短期間の学習経験によって得られた学習成果を証明するものを,マイクロ・クレデンシャルと呼び[1],その利活用に向けた定義の策定等が進んでいる[2].2022年6月に欧州連合(EU)理事会が採択した「生涯学習と雇用能力のためのマイクロクレデンシャルに関する欧州のアプローチに関する勧告」では,マイクロ・クレデンシャルに関する加盟国と関係者間の情報共有の支援,資金援助について言及している[3].一方,長期的な学習を証明する伝統的な卒業証明書や成績証明書は,対比的にマクロ・クレデンシャルと呼ばれる.これら学修歴証明をデジタル化して発行し,管理する仕組みの導入も進んでいる.学修歴証明が従来の紙媒体の場合でも証明書の出所を確認することは不可能ではないものの,発行教育機関へのメールや電話での問合せ等の煩雑な作業となり,求人企業の人事部で行うのは非効率であった[4].この煩雑な作業を劇的に改善できるのがデジタル学修歴証明である[5].デジタル学修歴証明には,PDF形式の証明書にデジタル署名を付与する事例等があり,この事例の場合はオンラインで真正性の検証が可能である[6].オープンバッジのような標準規格に基づくデジタル学修歴証明では,発行者,学習成果,取得条件等をメタデータとして保持できるため[7],他のシステムやプラットフォームと連携して活用したりすることが可能となる[8].デジタル学修歴証明は,信頼性の確保と利活用の柔軟性を両立できる点に特徴があり,今後のさらなる有効活用が期待されている[4].
本稿では,学修歴証明のデジタル化を支えるプラットフォームについて,第2章で国内外の状況を概観する.第3章では,学修歴証明の中でも特にデジタル化・標準化が進んでいるオープンバッジに焦点を当て,その技術標準規格と,国内外の導入事例を整理する.その上で第4章では,発行されたオープンバッジがどのように利活用され得るかを先行研究に基づいて整理し,利活用を促進するために必要な観点を検討する.第5章では,第4章で重要性を示したラーニングパスとの連携に焦点化し,オープンバッジの価値を高めるために必要な標準規格等を検討する.
学修歴証明デジタル化に向けて,各国の公的機関や関連団体が,マクロ・クレデンシャルおよびマイクロ・クレデンシャルの発行・管理・検証のためのプラットフォームの整備に着手している.本章では,国家レベルあるいは全国的教育機関コンソーシアムが運営主体となり,広く利用されている代表的な事例として,アメリカ,カナダ,オランダ,イギリスにおけるプラットフォームの開発について取り上げる.この4国は,(1)発行・検証等の主要機能を備えていること,(2)大学等の教育機関が広く参加していることを基準に選定した.
米国のNational Student Clearinghouse(以下,NSC)は,成績証明書をデジタルに発行するサービスを提供する非営利団体であり,1993年に高等教育コミュニティによって設立された[9].タナ―(2010)によると,このサービスの開設時の目的は,学生向けのローン貸付プログラムにおいて,プログラム側と機関側による学籍や成績の情報を共有することにあった[10].そのため現時点では,マイクロ・クレデンシャルは取り扱っておらず,卒業証明書や成績証明書のようなマクロ・クレデンシャルを主なサービスの対象としている.
学生の情報は定期的に所属機関からNational Student Clearinghouseのデータベースへ提出され,学生がオンライン上で成績証明書等の発行を依頼すると,ダウンロードができるリンクが学生に送付され,PDF形式のデジタル学修歴証明を取得することが可能である.また,機関や企業側が受理した証明書の真偽を検証するためのサービスであるDiplomaVerify,EnrollmentVerify,DegreeVerifyも提供されており[11],資格の詐称等の不正を防止する仕組みとなっている.NSCのサービスは,米国内の高等教育機関の学生のうち97%,4年生大学の学位取得者のうち96%と非常に高い.なお,証明書の発行や検証にかかる費用は証明書を利用する企業等が負担し,学生および教育機関は無償で利用できる[12].
NSCは全国規模の第三者機関として,教育機関間のばらつきを超えて「発行・検証の全国基盤」を形成している点が特徴である.NSCはマクロ・クレデンシャルを主な対象としているが,米国内の普及率は高く,多くの知見を有している事例であると考えられる.
カナダのMyCredsは,学習者の卒業証明書・成績証明書・デジタルバッジを扱う全国規模のデジタル証明書基盤であり,the Association of Registrars of the Universities and Colleges of Canada(ARUCC)が提供している[13].ARUCCは,カナダ国内の認定されたカレッジおよび大学の事務局長および入学手続き担当者による全国組織であり,カナダ国内の多くのカレッジおよび大学,そしてその他の高等教育機関がARUCCの会員となっている[14].
MyCredsは,学習者の卒業証明書・成績証明書・デジタルバッジをデジタル学修歴証明として発行・検証するサービスであるMyCredsエコシステムと,学習者のデジタル学修歴証明の管理をするためのMyCredsデジタルウォレットで構成される[15].MyCredsは世界的なデジタル学修歴証明の発行・管理プラットフォームであるDigitary社(現在はInstructure)[16]と協力してプラットフォームを構築しており,改竄防止機能が施された形でPDF形式等のデジタル学修歴証明を発行している.2025年7月時点で,カナダの公的資金による高等教育機関の58%にあたる131の高等教育機関がMyCredsを利用している[17].さらに,ブリティッシュコロンビア州やオンタリオ州の州政府,外国学歴(学位や資格)をカナダの教育体系と照合して評価するサービスであるIQAS(アルバータ州),ICAS(オンタリオ州)も証明書の公式な受け取り機関として参加している.このように,高等教育機関におけるデジタル学修歴証明の発行から国内の機関・団体における受け取りまでを包括的に支援する仕組みとなっている.
MyCredsは,高等教育機関による証明書の発行を支えるだけでなく,州政府や資格評価機関を巻き込むことで「国家規模の受け取り基盤」も実現している.これは日本において,教育機関だけでなく行政機関も含めたデジタル学修歴証明エコシステム構築を検討する際の示唆となる.
Edubadgeは,オープンバッジの発行・管理に特化したWebサービスであり[18],オランダの機関であるSURFが提供している.SURFはオランダの教育・研究機関が所有・参加する協同機関であり,加盟機関が連携してデジタルサービスを開発・調達している[19].
Edubadgeのサービスでは,オランダ国内の教育・研究機関によるバッジ発行を支援する発行機能,発行されたバッジの概要を検索できるカタログ機能,そして,学習者がバッジを管理するためのWebアプリケーション型のサービスであるバックパック機能を提供している.これまでに2,700種類以上のバッジがこのサービス上で発行されており,発行機関や教育レベルごとにバッジを検索する機能も提供している[20].なお,サービスに先行して,オープンバッジとマイクロ・クレデンシャルについてまとめたホワイトペーパーであるWhite paper on open badges and micro-credentials[21]を公開しており,マイクロクレデンシャルとしてのバッジ,課外教育用のバッジ,ゲーム要素としてのバッジの3つのシナリオを教育研究機関向けに紹介している.なお,Edubadgeは,オランダの教育機関および研究機関で利用可能なIDであるeduID[22]と紐づいており,生涯にわたるバッジ保有の証明が可能である.
Edubadgeはオープンバッジの発行と保管を支援する機能を提供するだけでなく,各機関によって発行されたオープンバッジを検索する機能も提供している[20].オープンバッジに関するあらゆるサービスを一括で提供することで利用者側の使いやすさにつながると考えられる.
Prospects HEDD[23]は,学位の公式オンライン認証サービスである.提供元であるJiscは,英国の教育・研究機関のためのデジタルインフラ・共有サービスの中核機関を担っている.英国の大学・研究機関を会員とし,その会費および英国政府からの資金で運営される非営利団体である[24].
Jiscが提供しているデジタル学修歴証明の検証サービスであるProspects HEDDは雇用主・政府機関・大学・大使館が候補者の学位資格等を確認する際に,学位の発行元である大学と連携して情報提供するサービスである[23].また,学位自体の確認だけでなく,照会された英国の大学やカレッジが認定された学位授与機関であるかどうかも確認できる.これまでに偽の学位授与機関243機関の特定にも成功している[23].
Prospects HEDDの事例は,マクロ・クレデンシャルの「検証」に特化した全国的な第三者基盤を整備することで,雇用主や大学,行政機関が信頼性の高い学位確認を効率的に行えることを示している.日本においても,大学個別の対応に依存するのではなく,公的性格を有する中核機関が学位検証を担う仕組みを構築することは,信頼性という観点からも好ましく,検証する側の負担も軽減されると考えられる.
2.1節で説明した各国の政府機関もしくは非営利団体による取組はいずれも,デジタル学修歴証明の発行・管理・検証のいずれかの段階を支援するプラットフォームを国家レベルで提供している.
日本国内では現在,学修歴証明デジタル化に関する取組は民間企業を中心に進んでおり[25],マクロ・クレデンシャルのデジタル化においてはブロックチェーン技術に基づくNFTを用いたプラットフォームの開発[26]等も進められている.
マイクロ・クレデンシャルについても,民間企業によるプラットフォームの開発は進んでいるが,国家レベルで共通利用が可能なプラットフォームは開発されていない.一方,マイクロ・クレデンシャルについては,プラットフォームや発行機関間での相互運用性を意識した標準化自体は積極的に進んでいる.たとえば,文部科学省のスーパーグローバル大学創成支援事業[27]の採択校を中心に設立された大学国際化促進フォーラム[28]・JV-Campus[29]・JMOOC[30]は,「マイクロクレデンシャルWG」を共同で設立し[31],日本国内のマイクロ・クレデンシャルに関するフレームワーク策定の取組として,ガイドラインを整備した.同WGが策定した「マイクロクレデンシャルフレームワーク1.0[32]」は,発行者情報,学習成果などの基本項目を体系的に整理したガイドラインであり,オープンバッジ発行時に設定すべき項目についても具体的に示している.
「マイクロクレデンシャルWG」は(一社)日本マイクロクレデンシャル機構[31]へ形を変え,日本国内におけるマイクロ・クレデンシャルの標準仕様策定,質保証,認証制度の構築およびアジア太平洋地域との国際連携推進を目的としている.この機構は,マイクロ・クレデンシャルの国内流通に必要な情報提供・コミュニティ形成等を事業として予定している.日本国内でも上記のようなマイクロ・クレデンシャルの流通を目指した標準化は進んでおり,今後,マクロ・クレデンシャル,マイクロ・クレデンシャルともに発行・活用する流れは加速すると考えられる.一方,2.1節で説明したような国家レベルのプラットフォームの提供・運用等は進んでいないため,流通のためのシナリオも含めて検討を始める段階であると考えられる.
第2章では,デジタル学修歴証明を発行・管理・検証するためのプラットフォームについて,国内外の状況を俯瞰した.本章では,学修歴証明の中でも,デジタル化および標準化が最も進んでいると考えられるオープンバッジについて,その技術標準規格,国内外における導入事例について説明する.
学習の修了に対して発行される画像形式のデジタルバッジは,マイクロ・クレデンシャルの文脈で言及されることが多い.その中でもオープンバッジ[8]は教育ツールの標準規格を定める世界的な団体である1EdTech[7]が定める技術標準規格に合わせて発行されたものを指す.2010年にMozillaとPeer2Peer University,マッカーサー財団は共同でホワイトペーパー「Open Badges for Lifelong Learning[33]」を発行し,その中でオープンバッジの利用可能性について言及した.2012年には,Mozillaがオープンバッジを発行する機能のベータ版[34]をリリースし,現在は,1EdTech Consortiumによって普及および開発コミュニティに対するサポートが提供されている[8].
オープンバッジは,教材の提示やテストの実施といった学習管理支援を行うためのLearning Management System(LMS)からの発行と,オープンバッジの発行のみに特化した専用のプラットフォームからの発行に主に分かれる[35].LMSについては,たとえば,国内で最も利用されているMoodle[36]のver.3.8以降はオープンバッジの標準規格に沿ったバッジが発行可能である.一方,オープンバッジの発行専用プラットフォームについては,Credly[37]やParchment Digital Badges[38]等,主に民間企業が提供する多様なサービスがある.
オープンバッジではBakedと呼ばれる手法によって,画像データの中にJSON-LD形式のメタデータまたはメタデータへの参照が埋め込まれている.メタデータは,バッジクラス(概要・取得基準),Assertion(授与情報に関する個別の記述),プロファイル(発行者情報)の3要素から構成され,各要素に含まれるメタデータは表1のとおりである[39].
| 分類 | プロパティ | 説明 |
|---|---|---|
| BadgeClass | id | BadgeClassの一意なIRI(HTTPが推奨). |
| type | "BadgeClass"またはURL/短縮IRIの配列. | |
| name | バッジの名称. | |
| description | バッジ内容の説明文. | |
| image | バッジ画像のIRIまたは文書. | |
| criteria | バッジ取得条件を示すURIまたは文書. | |
| issuer | バッジ発行者のIRIまたは文書. | |
| alignment | 学習目標・教育基準との整合性. | |
| tags | バッジに関連するタグ. | |
| Assertion | id | Assertionの一意な識別子.署名付きではurn:uuid推奨. |
| type | "Assertion"またはURL/短縮IRIの配列. | |
| recipient | バッジ取得者. | |
| badge | 授与されたバッジの種類を示すIRIまたは文書. | |
| verification | 第三者によるAssertionの検証方法. | |
| issuedOn | バッジ授与日時. | |
| image | 受領者のバッジ画像のIRIまたは文書. | |
| evidence | 達成の証拠.複数可. | |
| narrative | 複数エビデンスをつなぐ説明文. | |
| expires | バッジの有効期限. | |
| revoked | バッジが失効しているかどうか.省略時false. | |
| revocationReason | バッジの失効理由(任意). | |
| Profile | id | Issuer/Profileの一意なIRI(多くはHTTP). |
| type | "Issuer"または"Profile"等.URL/短縮IRI配列も可. | |
| Name | 発行者の名称. | |
| url | WebサイトやSNSなどのURL. | |
| telephone | 電話番号.推奨:E.164形式. | |
| description | 発行者の説明文. | |
| Image | 発行者の画像のIRIまたは文書. | |
| 連絡先メールアドレス. | ||
| publicKey | Assertion署名に用いる公開鍵. | |
| verification | 発行Assertionの検証方法. | |
| revocationList | 失効(revocation)リストのURL. |
現在,オープンバッジは,JSON-LDベースのver2.0からVerifiable Credential(VC)ベースのver3.0[40]へ移行が進んでおり,すでに多くのオープンバッジ発行プラットフォームがver3.0へ対応している.
こうした標準化と技術基盤の広がりにより,2026年2月時点で1EdTechに認定されたオープンバッジ関連プロダクトは約65件に達し[41],1EdTechとCredential Engineの調査では累計7,400万個以上のオープンバッジが発行されている[42].これらの技術要素が統合されることで,オープンバッジは信頼性の高いデジタル学修歴証明としての活用が期待されている.
オープンバッジはすでに,世界中で発行されるデジタル化されたマイクロ・クレデンシャルと位置づけられている.たとえば,IBMではオープンバッジを活用した技術習得を目指しており,開発者向けに学習コンテンツの提供やバッジを発行している[43].さらに,社会貢献の一環として無料公開されているIBM Skills Buildでは,幅広い学習コンテンツおよびバッジが提供されており,学習者が入力したプロファイル情報をもとに,学習コンテンツをレコメンドする機能も提供されている[44].
筆者らの研究分野でもあるオープンサイエンス・研究データ管理の領域でも,NASAが提供するOpen Science 101というオープンサイエンスに関する学習カリキュラム内でオープンバッジが発行されている[45].Open Science 101 カリキュラムは,研究者,学生,市民科学者がオープンサイエンスの原則と実践を理解し,データ管理計画立案のための知識とスキルを身につけるために設計された.このカリキュラムは,5つのモジュール(オープンサイエンスの潮流,オープンツールとリソース,オープンデータ,オープンコード,オープンリザルト)で構成されており,Self-Paced Virtual Trainingでは,Open edXで構築されたMOOCプラットフォーム上で自分のペースでの学習とバッジ取得が可能である.また,国立情報学研究所が提供する学認LMS[46]でも,研究データ管理やオープンサイエンスと関連するサービスに関する学習の修了に対してオープンバッジを発行する取組を実施している[47].
上記の例はいずれも学習プラットフォームを基盤として,その上で学習を完了するとオープンバッジが発行される事例であった.一方で,発行を個々の機関の判断にゆだねる形態も存在する.EUのErasmusプロジェクトであるOpen Badge Ecosystem for the Recognition of Skills in Research Data Management & Sharing[48]では,研究データ管理に求められるスキルの表と各スキルに関連するバッジのセットを公開し,そのスキルに沿った教育プログラムの提供・修了認定・バッジ発行は各機関にゆだねている.スキル表には各スキルの学習目標や達成基準が明示的に記載されており,第三者による修了認定を容易にしている.各オープンバッジはデータ自体が公開されており,そのデータを再利用する形で各機関がオープンバッジを学習者に発行することが可能である.
日本国内の活用事例も着実に増えている.日本国内におけるオープンバッジの発行は大きく分けて①「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」における発行,②履修証明プログラム・社会人向けの公開講座における発行,③企業によるトレーニングに対する発行が主要である.
①「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」[49]は,大学などの教育機関が提供する数理・データサイエンス・AIに関する教育プログラムを国が基準に基づいて認定し,その質保証と体系的な人材育成を推進する仕組みであり,リテラシーレベルが約592件/応用基礎レベルが約366件のプログラムが認定されている.国内ではサイバー大学,関西大学,同志社大学など多くの大学においてこのプログラムの修了に対してオープンバッジが発行されている.たとえば,サイバー大学ではこのプログラムと連動して学内のカリキュラム受講者に対してオープンバッジを発行する取組を実施している[50].
②の履修証明プログラムや公開講座,講習に対する独自のプラットフォームからのオープンバッジの発行については,熊本大学や大阪教育大学の取組があげられる.熊本大学が実施している公開講座「インストラクショナルデザイン(ID)入門編/応用編」[51]では,すべての課題の合格基準を満たした受講者に対してオープンバッジが発行され,オープンバッジと紐づけたリフレクション等を実施している.大阪教育大学のOZON-EDUは,教員免許状更新講習などの学内外向け講習をオンラインで提供・管理するための学習支援システムで,受講申込,教材閲覧,課題提出,成績確認・オープンバッジの発行といった一連の学習プロセスをデジタル上で完結できる仕組みをLMSであるMoodleを基盤として開発している[52].
ほかにも,③の教育関係の企業によるオープンバッジの発行の取組,デジタル庁によるデジタル推進委員の資格保有者に対してオープンバッジを発行する取組[53]などがあり,日本国内におけるオープンバッジの発行は,今後もより加速すると考えられる.
国内でもオープンバッジの発行・利用事例は増加している一方,取得したオープンバッジの利用については,多くの人に受け入れられている標準的な方法はまだ確立していない.たとえば,Credly等のプラットフォームでは取得したオープンバッジをSNS上でシェア・アピールする等の機能が提供されているが,オープンバッジはほかにも多様な利用方法があると考えられる.実際,Mozilla他(2012)が「Open Badges for Lifelong Learning」で言及しているオープンバッジの利用シナリオ[33]や,デジタルバッジに関する先行研究を調査したAhn他(2014)に基づくと[54],オープンバッジは能力のアピールだけでなく,教育ツールとしての側面等,多様な用途があることが想定される.そこで本章では,国内で普及が進み始めたオープンバッジについて,Mozilla他(2012)やAhn他(2014)で言及されている利用シナリオ・事例等を踏まえて,オープンバッジの活用方法を再検討することを目指す.
第2章で紹介したMozilla他(2012)が提唱したオープンバッジの概念を説明した「Open Badges for Lifelong Learning」では,オープンバッジがサポートできることとして,表2のような利用シナリオを言及している.
| 大項目 | 小項目 | 内容 |
|---|---|---|
| 1. 文脈を越えた学習の捕捉と変換 | 1.1 ラーニングパスの捕捉 | 学位や成績では学習の流れ(ラーニングパス)が抽象化されてしまうが,バッジは特定のスキルや資質のセットを明示的に表すことができる.他者のバッジの組合せを見ることで,学ぶべきスキルや学習順序を判断できる. |
| 1.2 達成状況の発信 | バッジはスキルや成果を仲間や外部に示す手段となる.採用担当者はバッジを基に特定の要件を満たす人材を見つけることができる.従来の学位よりも詳細で多様なスキルを伝えられる. | |
| 2. 学習への参加推奨および動機付けと学習成果 | 2.1 動機付け | バッジは学習コースにおけるマイルストーンや報酬として機能し,継続的な学習参加を促す.学習者にスキルやトピックを意識させ,新たな学習パスへ取り組む動機を強化する. |
| 2.2 イノベーションと柔軟性の支援 | バッジは公式チャネルで見落とされがちなスキルやデジタルリテラシーなどの新しいスキルを捕捉できる.またイノベーションの出現に応じてそれらを柔軟に評価することができる. | |
| 3. インフォーマルな興味に基づく学習の社会的側面のフォーマル化・高度化 | 3.1 アイデンティティおよび評判の構築 | バッジは学習コミュニティ内でのアイデンティティ形成や評判向上を支援する.すでに存在する評価やアイデンティティをより明確化し,他コミュニティへのポータビリティも高める. |
| 3.2 コミュニティビルディング/親近感 | バッジは特定のコミュニティやサブコミュニティへの所属を示し,同じ興味を持つ仲間やメンターとのつながりを促進する. |
オープンバッジの利用シナリオについて言及したMozilla他(2012)と比較して,Ahn他(2014)では,デジタルバッジに関する研究や理論的な文献のレビューを実施,文献を3つの利用目的に分類・整理した(表3).
| 大項目 | 日本語名称 | 内容 |
|---|---|---|
| 1.Badges as a motivator for behavior | 行動の動機付けとしてのバッジ | バッジの活用は,ゲーミフィケーションの一手法として位置づけられる.オンラインコミュニティでは,バッジなどのインセンティブがユーザの参加増加と関連している. |
| 2.Badges as a pedagogical tool | 教育ツールとしてのバッジ | 学習者から見えるバッジシステムでは,ラーニングパスやコンテンツの構造を視覚化する役割を果たす.丁寧に設計されたバッジのシーケンスは望ましい行動を示し,学習者が計画を立て進路を描く道標となる. |
| 3.Badges as signal or credential | シグナル・クレデンシャルとしてのバッジ | 従来の卒業証明書などのデジタル学修歴証明を補完・代替する役割.バッジは潜在的な知識・スキルを他者に示し,その情報を基に選別・評価が行われる. |
Mozilla他(2012)とAhn他(2014)の研究で言及されているオープンバッジおよびデジタルバッジの利用シナリオ・利用目的は共通項が多い.たとえば,Mozilla他(2012)の「ラーニングパスの捕捉(キャプチャ)」は,他者のバッジを見て必要なスキルや学ぶ順番を判断できることから,Ahn他(2014)が教育ツールとしてのバッジで言及している「ラーニングパスの視覚化」と共通すると考えられる.このような,それぞれの研究の共通項,独自の項目をまとめると,オープンバッジの利用目的は以下の4つに再整理できる.
今後,オープンバッジが持つ機械可読性という側面から,他の利用方法が提案される可能性があるが,上記4つの視点に基づくと,オープンバッジの利用は,ラーニングパスとの紐づけが重要な視点と考えられる.ラーニングパスは,スキルやコンテンツの学習の推奨順序(学習順序としてのラーニングパス)と,個別化された学習者の経路(学習履歴としてのラーニングパス)の2つの意味で使われる.たとえば,学習順序としてのラーニングパスの上で取得したバッジを可視化することで自身の学習履歴,到達点を知ることができ,(1)の動機付けにつながると考えられる.さらに,自身や他者の学習履歴としてのラーニングパスがバッジで可視化されることで,次に学習すべき内容を確認できる(2)の教育ツールという側面がある.また,(3)シグナル・クレデンシャルについても,バッジの位置づけを学習順序としてのラーニングパスと紐づけることで,保有している知識・スキルに関するメタ的な情報を提供できる.そして,(4)コミュニティビルディングについても,コミュニティ内で学習履歴としてのラーニングパスを共有することで,他者の状況の把握につながると考えられる.
4.1節では,発行されたオープンバッジの活用について先行研究をもとに検討し,ラーニングパスと紐づける必要性について検討した.今後,オープンバッジの利活用を促進するためには,①学習順序としてのラーニングパスの構築と紐づけ,②国内で発行されたオープンバッジを検索するためのレジストリ構築があげられる.①については第5章で詳述するため,本節では②について述べる.
日本国内でのマイクロ・クレデンシャルやオープンバッジの課題の1つは,発行プラットフォームが民間企業が提供する複数のプラットフォームに分散しており,学習者・教育機関・雇用主の間で各バッジの検索や比較が難しい点である.これを解決するには,全国で発行されるオープンバッジを一元的に検索・参照できる仕組みとなるレジストリを構築する必要がある.
デジタル学修歴証明を検索できるレジストリの開発は国外ではすでに進んでおり,Credential Finderでは,アメリカ国内のマクロ・クレデンシャルおよびマイクロ・クレデンシャルの横断検索が可能なレジストリを提供している[55].
オープンバッジのレジストリが構築されることで,大学にとっては全国の大学が発行するバッジ情報を検索・比較することが可能となり,教育プログラムの内容やレベルを相互参照することが可能となるとともに,成人学習者や企業に対するリスキリング・リカレント教育の提供機関としての活躍につながると考えられる.学習者にとっては,関心領域やキャリア目標に応じた教育プログラムを容易に探索でき,取得済みバッジの位置づけを学習順序としてのラーニングパス上で把握することにより次に学ぶべき内容の把握へとつながる.一方,企業にとっては,自社が提供する教育プログラムを全国的に提示できる点で高い活用価値を有すると考えられる.
第4章で述べたように,オープンバッジでは学習順序としてのラーニングパスとの紐づけが重要である.ラーニングパスと紐づけることで,学びの位置づけを確認することが可能となり,オープンバッジの価値を高めることができる.この仕組みを構築するためには,学習順序としてのラーニングパスがデジタル形式で公開されること,ラーニングパスを構成する各スキルに永続的なURIが付与されること,そのURIがオープンバッジにメタデータとして埋め込まれ,学習者や受け取り手が容易に参照できることが前提となる.
学習順序までは指定されていないが,スキルの公開という観点では,European Skills, Competences, Qualifications and Occupations(ESCO)[56]が参考になる事例である.ESCOは,欧州委員会が整備したスキル・能力・職業の共通参照体系として公開している.ESCOは「職業(Occupations)」と「スキル・能力(Skills/Competences)」の2つの軸で定義の検索が可能であり,EUの労働市場,教育,訓練に関連する職業やスキルを記述,識別,分類するための辞書のような役割を果たす.すでに一部のオープンバッジ発行プラットフォームは,オープンバッジを発行する際のメタデータとしてESCOのスキル識別子を挿入できるように実装を始めている[57].
また,学修歴のレベルの明示という観点では,ニュージーランド資格枠組み(NZ Qualifications and Credentials Framework, NZQCF)[58]は,学修歴を体系的に整理する国家レベルの枠組みであり,各学修歴を1から10のレベルに分け,それぞれのレベルについて知識やパフォーマンスの程度を明示している.これにより,教育機関,産業界,学習者は「この学修歴がどの程度のレベルなのか」を把握することができ,その学修歴保有者の能力を評価する際の補助的な情報として利用できると考えられる.
以上の事例が示すように,国外では国家レベルで,スキルや学修歴証明のレベルを説明するフレームワークを整備・公開している.今後,その統一的な記述と共有を支える仕組みとして1Edtechが標準規格として提供するCASE(1EdTech Competencies and Academic Standards Exchange)[59]が有効に機能すると考えられる.CASEは学習目標やスキルに関する情報を機械可読な形式で記述し,識別子を与える標準規格である.これにより,オープンバッジ発行者が異なっていても,各オープンバッジにスキルの識別子を挿入することで比較が容易になる.CASEを活用したスキル標準の整備は,発行されたオープンバッジの価値の共通理解を支える基盤となり,流通を促す上で重要なステップとなると考えられる.また,国立情報学研究所では試験的にCASE上に登録されたスキル情報をAPI経由で呼び出し,学習順序のラーニングパスを視覚的に表現する機能「ラーニングパス可視化機能」の開発に取り組んでいる[60].ラーニングパス可視化機能上で表現されるスキルIDとオープンバッジを紐づけることで,第4章で述べた利活用が実現することを目指している.
本稿では,学修歴証明デジタル化と,標準化が進んでいるオープンバッジの技術標準規格や発行事例を紹介した.特に米国,カナダ,オランダ,イギリスにおける公的機関・関連団体によるプラットフォームの提供は,学修歴証明の可視化と流通を国家レベルで支えるデジタル証明基盤の整備という共通の方向性を持つため,そのような仕組みがない日本にとって有効な参考事例となる.日本においてもマイクロ・クレデンシャルのフレームワーク策定や標準規格の導入など,制度的枠組みの整備は着実に進展している.今後,学習順序としてのラーニングパスの整備・公開により,より多くのオープンバッジの発行・利活用が予測される.今後,これらの視点から,国内におけるオープンバッジの流通を支援する仕組みについて検討を進めていきたい.
付記本稿は,大学ICT推進協議会2024年度年次大会において発表した「オープンバッジの活用に向けた利用目的の整理と情報提供ポータルの構築」ならびに情報提供ポータル「オープンバッジ利活用に向けたガイドライン version 1」を基に,内容を再構成し,加筆・修正を行ったものである[61][62].
長岡千香子(正会員)
nagaoka@nii.ac.jp
国立情報学研究所オープンサイエンス基盤研究センター/トラスト・デジタルID基盤研究開発センター特任助教.教育工学を専門とし,ICTを活用した学習環境設計やOERに関する研究に従事.
古川雅子(正会員)
furukawa@nii.ac.jp
国立情報学研究所情報社会相関研究系准教授.教育支援システム,ラーニングアナリティクス,研究データ管理(RDM)などを主な研究テーマとし,教育・研究活動を支える情報基盤に関する研究に従事.
孫 媛(正会員)
yuan@nii.ac.jp
国立情報学研究所情報社会相関研究系教授.教育・心理統計学および計量書誌学を専門とし,教育評価と学術情報基盤を横断するデータ駆動型研究に従事.
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