会誌「情報処理」Vol.66 No.5(May 2025)「デジタルプラクティスコーナー」

社会を変える量子コンピュータ活用─座談会(前編)

参加者:中野大樹(日本アイ・ビー・エム(株)東京基礎研究所),山岡雅直((株)日立製作所),山本直樹(慶應義塾大学),川畑史郎(法政大学),嶋田義皓(ソフトバンク(株)),土肥義康(富士通(株))
司会:斎藤彰宏((一社)情報処理学会 デジタルプラクティス専門委員会 主査/日本アイ・ビー・エム(株))
執筆者:上條浩一(東京国際工科専門職大学)

 量子コンピュータは,これまでは従来のコンピュータでは解くことが困難な計算が可能な未来技術として,一部の研究者の中で学術的なトピックとして議論されてきました.しかし,現在は現実社会やビジネスに向けての議論が進んでおり,実用化に近づいています.今回は,量子コンピュータの研究をされている6名の有識者の皆さまにご参加いただき,量子コンピュータの現状や未来に関して熱く語っていただきました.本稿はその前半です.

中野大樹
中野大樹(日本アイ・ビー・エム(株)東京基礎研究所)
1996年東京大学大学院理学系物理専攻にて修士取得後,IBM東京基礎研究所に入所し,液晶ディスプレイ技術,AMOLEDテスター技術,ミリ波無線通信技術,リザバーコンピューティング,マテリアルインフォマティクスなどの多岐にわたる研究開発に従事後,マネージャーに就任し,現在,量子コンピュータ・ハードウェア担当としてアジア・パシフィックにおける量子コンピュータの展開・保守そして,サプライチェーンに関するプロジェクトを担当している.
山岡雅直
山岡雅直((株)日立製作所)
(株)日立製作所 研究開発グループ エッジコンピューティング研究部長 兼 量子応用推進室室長.1998年 京都大・工学研究科修士課程修了.同年(株)日立製作所入社.2007年に京都大学大学院情報学研究科にて博士(情報学)取得.2012年よりCMOSアニーリングマシンの研究開発に従事し,新概念コンピューティングの研究開発チームをけん引.2016年より北海道大学電子科学研究所客員教授,2018年よりIPA/未踏ターゲット テクニカルアドバイザを務め,CMOSアニーリングなどの量子関連技術の技術者育成にも力を入れている.
山本直樹
山本直樹(慶應義塾大学)
1999年東京大学工学部計数工学科卒業,2004年同大学大学院情報理工学系研究科博士課程修了.カリフォルニア工科大学研究員,オーストラリア国立大学研究員を経て,現在,慶應義塾大学理工学部教授.慶應 量子コンピューティングセンター・センター長.量子計算,量子情報の研究に従事.博士(情報理工学).
川畑史郎
川畑史郎(法政大学)
1998年大阪市立大学院応用物理学専攻博士課程修了,1998年電総研入所.2001年産総研研究員.以降,量子情報処理の研究開発に従事.量子情報理論,超伝導量子回路,量子アニーリング,量子アルゴリズム,超伝導エレクトロニクス,物性物理などの研究開発を推進.2023年産総研G-QuAT副センター長,2024年より法政大学教授.2018年より文科省Q-LEAPサブプログラムディレクタ,2020年より内閣府ムーンショット目標6アドバイザを務める.量子フォーラム量子コンピュータ技術推進委員会副委員長.工学博士.
嶋田義皓
嶋田義皓(ソフトバンク(株))
博士(工学,公共政策分析).東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻博士課程修了.2008年日本科学未来館科学コミュニケーター,2012年科学技術振興機構(JST)戦略研究推進部主査,2017年JST研究開発戦略センター(CRDS)フェローなどを経て,2024年より現職.専門分野は,物性物理,ICT,科学コミュニケーション.著書に『量子コンピューティング 基本アルゴリズムから量子機械学習まで』(オーム社).
土肥義康
土肥義康(富士通(株))
富士通(株)入社以来,高速インターフェースの半導体設計に従事.その後,2017年から量子技術の研究開発を推進し,現在は超伝導量子コンピュータのハードウェアの実機開発やクラウド環境開発を主導する.


斎藤:これより情報処理学会デジタルプラクティス企画「社会を変える量子コンピュータ活用─座談会」を開会いたします.私は,司会を務めます情報処理学会デジタルプラクティス専門委員会主査の斎藤彰宏です.どうぞよろしくお願いいたします.

本日は大変お忙しい中,以上6名の量子技術の有識者の皆さまにご参加いただきました.皆さまどうぞよろしくお願いいたします.

では早速,座談会に入っていきたいと思います.まず,皆さまの自己紹介と,簡単な量子コンピュータとのかかわり,ならびに本日特に座談会として話し合いたいテーマについてお話いただきたいと思っております.

中野:このたびの特集号のゲストエディタを務めておりますIBMの中野と申します.今まで多岐にわたることを行ってきたのですが,ハードウェア関係のプロジェクトに多くかわってきております.量子コンピュータ関係に関しましては,2021年に弊社の新川崎事業所に量子コンピュータを導入するプロジェクトに参加しまして,それ以来,主に量子コンピュータの設置,保守,サプライチェーンに関するプロジェクトをリードしております.その関係もあり,今回の座談会ではエコシステム等に大変興味を持っておりますので,いろいろなご意見を拝聴させていただければと思っております.よろしくお願いいたします.

山岡:日立製作所の山岡と申します.私も中野さんと同様にゲストエディタを仰せつかっております.半導体の回路の研究を今まで行ってきたのですけれども,2012年くらいに,新しい概念のコンピュータというのを考えていて,そのときたまたま,今,弊社が行っているCMOSアニーリングという量子インスパイアの技術というのを行っていこうということで,それ以来,CMOSアニーリング等,新しい概念のコンピューティングの研究開発チームを主導しております.

今非常に大事と思っているのが,人材育成です.2016年からは北大の電子研で,数学いかにして世の中に導入していくか,ということを研究していますが,そこで量子にかかわるような人材育成をしていきたい,と考えています.また2018年からは,IPAの未踏ターゲットという,量子の特にソフトウェアの人材を育成しようというプログラムがありまして,そこでテクニカルアドバイザーとしてかかわらせていただいております.そのような人材を育成するところから,量子の分野が広がっていけたら,と考えております.本日はよろしくお願いします.

山本:慶應大学の山本と申します.もっぱらの数学寄りで,数理工学,制御理論,統計,最適化,マシンラーニングといった応用数学と量子とのかかわりというところを学生以来ずっとやっております.アカデミックの視点からいろいろ皆さんと議論できたらと思っております.本日はよろしくお願いいたします.

川畑:法政大学の川畑と申します.私の量子との出会いは今から25年ほど前になります.ピーター・ショアの素因数分解アルゴリズムを知り,量子コンピュータに一目惚れし,それ以来,量子コンピュータの研究を続けております.具体的には,量子情報理論,超伝導量子コンピュータ,超伝導量子アニーリングマシン,量子アルゴリズムの研究を行っています.また文科省Q-LEAPのサブプログラムディレクター,NEDO量子関連プロジェクトのプロジェクトリーダー,内閣府ムーンショット目標6とJSTさきがけ「量子協奏」のアドバイザーとして,日本の量子コンピュータ研究開発の発展をサポートしております.

本日は,産業界とアカデミアの皆さまと議論できることを楽しみにしております.本日はよろしくお願いいたします.

嶋田:ソフトバンク(株)の嶋田と申します.今日は会社の話ではなく,個人的な考えを皆さんと議論できればと思っております.今年の9月からソフトバンクに入社する前は,政府の組織であるJSTにいて,IT分野の研究開発動向をリサーチし,その戦略を政府に提言する仕事をしていました.

量子コンピュータに関しては,産業界の貢献も非常に大事ですが,やはり政府から見たときにどう進め,何をすべきかという観点も重要だと思っています.量子コンピュータの研究者がアプリオリに「量子コンピュータを社会実装するのはいいことだよね」と考えることについて,ちょっとまってほしいと,まだ基本的な問いに答えていないのではないか,というのが私の最近のモチベーションです.特に「何が本当に計算できるのか」が世の中の人に誤解されている部分が多いので,その辺を議論できればと思っています.

また,ビジネスの側からすると,量子コンピュータをやるモチベーションは儲かるかどうかが重要です.計算結果が利益につながるか,プラットフォーマーとして儲かるかなどというお金のにおいがしないと流行らないというのは考えてみる価値があるのではと思っています.

最後に,国の研究開発投資は盛んで大きな額が投資されていますが,市場の不確実性はまだ高いままです.産業界と国の機関が協力して,みんなで盛り上げていくことが大切だと思っています.今日はよろしくお願いします.

土肥:富士通(株)の土肥と申します.2000年に入社し,ずっと電子回路の設計をやっていました.富士通の半導体事業が,ソシオという会社になってしまい,だいぶフラフラしつつ,ドイツとかにも行っていたんですけど,戻ってきたら量子コンピュータの研究をやってくださいということになって,2017年ぐらいから始めました.今は富士通の量子研究所で量子ハードウェアのプロジェクトを主導しています.今は超伝導量子コンピュータを研究開発する部署を率いております.

本座談会で話したいテーマはコストの観点です.企業の立場からいうと儲かるかどうかが重要なところで,量子コンピュータで実用的な問題を解くため100万量子ビットとかが必要なんですよって言うと,これ,すごいお金がかかるんですけど誰が作るんですかと,それを作ったあとにどう儲けていくんですかと.儲からないとやはり作れないわけですよね.そこら辺のエコシステムみたいなものをまわしていかないとやはりいけないかなと思っています.やはり企業としてはビジネス的な側面で今後どうなっていくかというのは話してみたいなと思っていました.

テーマ1:「量子コンピュータにおけるキラーアプリケーション」

斎藤:皆様,ありがとうございます.では,早速,座談会のテーマに入りたいと思います.第一のテーマは「量子コンピュータにおけるキラーアプリケーション」です.中野さん,よろしくお願いします.

中野:はい.量子コンピュータの発展には,量子コンピュータを使うことで初めてできる,解ける課題があるというのが一番良いわけですけれども,そのようなビジネスの課題,あるいは科学計算における課題というものが,どんなものがあるだろうか.こういったところで少しご意見を聞かせていただければと思います.GPUが今大変売れていますけれども,GPUにおけるAIのような量子コンピュータにおける何々みたいな,キラーアプリケーションですね.これは今お話いただいた嶋田さんからも,何が計算できるのかというところにもつながっていくお話だと思います.

山本:早速に大変難しい話なんですが,いわゆる量子優位性,つまり普通のコンピュータでは現実的な時間でコンピュートできないような対象というのをキラーアプリの前提にするべきという見方がありますが,量子優位性の保証されているアルゴリズムは非常に限られています.その中で,今,我々もやっておりますが,古典ダイナミックスのシミュレータは期待できます.分かりやすいところでいうと天気予報ですね.これは理論保証もあります.たとえば,熱拡散であるとか,音響効果であるとか,あるいは電磁場シミュレーションであるとか,そういったところは産業の設計のところで大事と思います.市場規模も相応に大きいと思っておりまして,ビジネスとしても期待できるのかなと思ってはいます.

川畑:量子コンピュータのキラーアプリケーションは,まだ明確に見つかっておらず,世界的に探索しているフェーズであると私は認識しています.そのため,話を整理する必要があると思っています.ソフトバンクの嶋田さんの最初のコメントにありましたように,まず量子コンピュータはどのような問題でも高速化できる夢のコンピュータではありませんので,量子コンピュータで高速に処理できる問題とそうでない問題を明確化する必要があります.その上で,それが産業応用上役に立つかどうかというのはまた別問題になります.そのため,2つのアンドを取るというのが大事になってきます.そこで,キラーアプリケーションを考える上で2つの重要な側面があると思っています.

1つは,先ほど山本先生からご指摘がありましたように量子コンピュータで精度保証されている形で指数関数的に高速に解ける問題は,非常に限定的です.たとえば,因数分解,量子化学計算,流体や構造力学で利用される線形連立一次方程式に対する量子アルゴリズムなどが知られています.しかし,いくつかの深刻な課題も知られています.初期値や学習データなどの古典データを量子コンピュータに効率的に埋め込む問題はQRAM問題と呼ばれていて,まだ未解決です.QRAM問題が解決しないことには,機械学習や線形連立一次方程式の計算において,量子コンピュータの古典コンピュータに対する量子加速が得られません.さらに,キラーアプリケーションとして期待されている量子化学計算に関しても,計算量論的な観点では,基底状態の厳密解の計算は,量子コンピュータをもってしても高速に解くことは困難であることが証明されています.ただし,正解に近いヒントとなる波動関数の情報が事前にあっても古典コンピュータの場合は高速に解けないのですが,量子コンピュータの場合はヒントがあれば高速に解けることが証明されています.そういった未解決問題があることとその解決に向けたさまざまな取り組みの現状について整理しなければいけないということが1つ目のポイントです.

一方,ユーザの立場に立つとこれまで知られているさまざまな量子アルゴリズムで高速に計算できる問題と,実際のビジネスの場で解くことが必要な問題との突き合わせが必要になります.そのため,ユースケース探索を今後は加速する必要があると考えています.これが2つ目のポイントです.

嶋田:私もキラーアプリについては楽観的に見ていますが,山本先生や川畑先生がおっしゃったように,理論での精度保証,つまり指数関数的なスピードアップの保証というのは,問題の規模が大きいところで漸近的に計算量をオーダーで評価するところの話です.実際には,これから5年,10年で手に入るコンピュータはなかなかその領域には到達できないと思います.そのため,NISQとなるわけです.ここは,理論的な保証は弱く,やってみないと分からない.多くの場合はほとんどヒューリスティックの世界です.

そもそも,厳密に解こうとすると,QMA完全といって量子コンピュータでさえも効率的に解けない難しいクラスの問題になってしまうことも多いです.ですが,ヒューリスティックな近似を取り入れると,量子コンピュータ上で効率良く実行できる場合もある,あるいは古典コンピュータで上手くいかない条件に追い込むような話が出やすくなる.そんなふうに考えています.

最近,「いかに古典コンピュータを困らせるか」という問題について考えています(笑).たとえば,量子化学計算や組合せ最適化問題など,古典的な手法がかなり発達している分野のほうが実はやりやすいんじゃないかと感じています.古典でうまくやる方法が発達しているぶんだけ,何が難しいかが明らかになっているのです.

たとえば,量子化学計算では電子相関,量子情報の言葉では量子もつれが重要となる量子状態が出てくるときには,古典コンピュータでは精度良く計算できないとか,組合せ最適化でもたくさんの変数を同時に動かさなければいけないケースは難しい,といったようなことがあります.そうした古典コンピュータが苦手とする問題設定を見つけることで,量子コンピュータのキラーアプリを見つける1つの方法になるのではないか,と考えています.

土肥:私,ハードの人間なので,アプリケーションに関する回答は難しいのですけど,HPCのアプリケーションとどう違うのというのはよく聞かれるんですよね.それで,そもそも違うんだという説明は分かってもらえないので,精度が高いであるとか,速いとかっていうふうにしか言うことができないんですよね.でも,速いというのは,実はHPCとかなんかは,まあ,2年で2倍とかですかね,どんどん進化していくのでムービングゴールポストなのですけど,量子コンピュータができたときとかにはもう何百倍ぐらい速くなっているかもしれないですね.そういうようなものなので、やはりエクスポネンシャルな加速するという土俵で戦わないといけないのかなと思っています.

それが何かと聞かれると,やはり,このHPCとかが苦手な領域というのを探していくのかなというところが,アプリケーション探索の上手い探しどころなのかなと思っていますね.

中野:今,皆さまからいただいたご意見ですと,これがキラーアプリケーションだ,というものはなくて,それを探している状況ですね.それで,その探し方としては,古典のコンピュータでは難しいところ,苦手なところ,あるいは,さまざまな近似計算の手法,高速化の手法がありますが,そういう手法が,適用が今できていない分野を探していくのがいいのでは,というご意見だったと思います.

速さが今の量子コンピュータで劇的に変えられない,ということであれば,精度に関してはいかがでしょうか.

嶋田:多分,量子化学は量子コンピュータに有利な問題設定を作りやすい分野と考えられています.特に量子化学計算のアルゴリズムでは,必要なスピン軌道と必要な量子ビットの数がほぼ一対一で対応しているため,50量子ビットがあれば,その50スピン軌道を使った計算ができます.

このスピン軌道をどれだけ混ぜて量子状態を作れるかが,最終的なエネルギー計算の精度に影響します.そのため,計算の速さで競うというよりも,限られたゲート操作や量子ビットのエンタングルを使って,自然界の分子が持つ量子状態を,量子コンピュータでどれだけうまく近似できるかが勝負のポイントになっています.

この50のスピン軌道のそれぞれに電子を入れるか入れないかという組合せの問題になり,すべてのパターンを考慮しようとすると,そのパターンを表すベクトルは2の50乗次元となり,古典コンピュータはすぐにメモリの限界に達してしまいます.これが量子コンピュータにとって有利な点です.

それで,量子コンピュータ側もキュービット数が少ないと,結局メモリバウンドと同じことで使える軌道数が少なくなり,精度が出ないことがあります.しかし,たとえば50キュービットから100キュービットぐらいになると,通常の意味で単純に量子コンピュータの状態をメモリに保持できなくなり,実機で試すしかない状況がすぐに作れると思います.

だから,戦えそうな領域が少しずつ見えてきているのかなと思います.類似した問題として,物性物理の問題も最近注目されています.これはモデルハミルトニアンなので,量子化学のハミルトニアンに比べてシンプルですが,量子状態として電子相関をそれなりに取り込む必要があります.

古典コンピュータ側ではテンソルネットワークなどの手法がありますが,それでも上手く表現できない物理状態が計算途中で発生することがあります.そういった意地悪な設定をすることで,精度面での優位性が見えてくるという状況なのではないかと思います.

山本:別の視点を述べたく思います.マシンラーニングでは,データをダイレクトにニューラルネットワーク等々を介して高速に処理できます.量子コンピュータに同じようなことをさせる場合,どうしてもデータを量子コンピュータに効率的にアップロードしなければならない.これは一般には難しい問題です.逆に言うと,量子コンピュータの中にほしいデータが勝手に生成されるようなスキームがあれば,それは古典コンピュータで処理しにくい対象であるはずです.

また,先ほど精度の話が出ましたが,量子コンピューティングでは計算に要する実時間が勝負の指標ということで,HPCの進化もありますし,その勝ち負けの境界を定めること自体が難しいです.一方で,センシングでは,いわゆる光の回折限界等々でこれ以上はもう見れません,という限界がはっきり分かっています.最近,センサーにおけるその精度というのが量子コンピューティングの業界にも上手くマージできるようになってきています.たとえば,重力波干渉計も,普通の干渉計では絶対に取れないような精度で重力の歪みみたいなものを取ろうとしているわけですが,ああいったところには,これこれこういう量子効果を入れるとこういう精度が達成できますよ,というノウハウが山のようにあります.なので,そういった量子センシングのスキームを量子コンピュータの業界に上手く持ち込んでいきたいなと.これは道筋が個人的には分かりやすくて,今,取り組んでいるところであります.

川畑:量子コンピュータは,FTQCという観点から見ると,まだまだよちよち歩きの状態です.量子コンピュータのキラーアプリケーションが見つかっていない中,HPCは着実に進化をしています.また,小規模な量子コンピュータを量子センサーの精度向上に利用するという研究もあります.そういう意味では,10年以内の短期的課題としては,いかにして古典HPC技術や量子センサーを量子コンピュータにハイブリッドさせ,世の中に役に立つ使い道を一歩一歩着実に探していくのが重要になるのではないかと考えています.

土肥:難しいですよね,キラーアプリを探すのって.だって携帯電話とか,今の使い方をしているって誰が予想しましたかね.今の段階では分からないと思っていて,やはり,たくさんの人に使ってもらうことがやはり重要かなと思っていますね.その上で,役に立つなというのを実感してもらって,アプリケーションが広がっていくという世界なんじゃないかなとは思っていますけど,難しいですね.また,この量子コンピュータを使ったシミュレーションって,どうやって,確からしさを証明するのかというのが難しいところだなと思っています.もう誰にも,何を使っても正しいと証明できないんじゃないかなと思っています.もうHPCで時間をかけても計算できない領域になってきたら,この計算結果が正しいって,シミュレーションをかけている人も分からないなというのが難しいところだと思います.AIも同じような感じですよね.その中でキラーアプリケーションを探していくのって,相当大変だなと思っています.

中野:おっしゃるとおりだと思います.量子ビットそのものを古典コンピュータ,スーパーコンピュータ等でシミュレーションしていくとなると,さすがに100キュービットを超えてくると,完全にシミュレートしていくのは難しい世界になっていくので,どうやって量子コンピュータの計算結果をバリデーションしていくのかというのは,別の課題としてあると思います.理論的なところで補強できれば一番いいんでしょうけれども.

土肥:私,電気回路をつくっていたときも,古典コンピュータでシミュレーションするんですけど,シミュレーションって確認する単なるツールなんです.自分で論理的に式とかで考えて,こうなるだろうと思って,それを確認するのがシミュレーションというツールだったんです.

量子の計算はもう手計算では理解できないし,量子コンピュータの計算も正しいかどうかもう分からなくなっちゃっているので,将来どういう世界なのかというのが気になるところですね.

中野:はい.これはシミュレーションだけじゃなくて,ほかのアプリケーション全般に言えることだとは思います.

いろいろなご意見が出てきましたけれども,今,量子コンピュータは過渡期と言いますか,発展していくことを望んでいるわけですけれども,その中でどのようにして直近で役に立つ量子を行っていくのかというのが重要で,今,皆さん,それに取り組んでいらっしゃるというふうに感じました.

なかなか,これです,というのが出てこないところが悩ましいようなところであります.センサーとの融合というのも大変深いテーマだと思っています.

その先に,量子コンピュータじゃないともう駄目だよね,みたいな世界がやってくるといいなとは思っていますけれども,そこへ向かっての途中だと思っています.

嶋田:先ほど精度で勝つ,という話をしましたが,逆に精度が悪いことをうまく活用する考えも最近あると思います.最近の世界的な動向としては,HPCを敵にするのではなく,逆にHPCに助けてもらおうという流れもあります.今,日本ではNEDOのプロジェクトが進行中ですし,アメリカでもそれに似たプロジェクトがあります.たとえば,DoEのオークリッジ国立研究所(Oak Ridge National Laboratory)の取り組みがありますし,ヨーロッパでもやはり量子コンピュータとHPCの連携を狙った似たようなプロジェクトが進行中です.

だから,量子コンピュータにいわゆる量子計算をさせないという方向もあります.たとえば,非常に浅い回路だけを回して,ある量子状態を何度もサンプルするという方法です.これはもともとの教科書的な「量子計算」の概念からすると若干邪道ですが,役に立つならいいじゃないか,という発想です.そういう方向性で,うまくいきそうな例が最近いくつか出てきています.

結局,量子コンピュータにはあまり計算をさせず,面倒くさい行列の対角化などの作業は量子コンピュータには任せず,そういう面倒な部分はCPUや並列可能なGPU環境にやらせるというアイデアです.これは結構効果的じゃないかと思います.

それで,量子化学ではそのようなアプローチが出始めています.最初の初期状態を量子コンピュータでサンプルとして生成し,その後の改善は古典コンピュータの高度な手法で行う,というケースが増えています.あるいは,組合せ最適化問題なら大きな問題を分割した小さな問題の初期解を量子コンピュータで生成し,その後の改善はスパコンに任せるといったような枠組みも可能でしょう.

最近のトレンドとして,分業というアプローチはまだまだ面白いチャレンジが残っているエリアだと思います.ただし,量子コンピュータの入出力の問題は川畑先生がおっしゃったように課題が多く,特に量子コンピュータにデータを入力する部分に難があります.しかし,量子コンピュータが出力したデータを上手い仕組みでスパコン側に吸い取ることができれば,まだまだフルーツフルな結果が期待できるのではないかと思います.

中野:はい.確率分布生成器にしてしまう,と理解しました.ある特定目的のためのアクセラレータとしてまずは使っていくというのも非常にありだと思います.

そろそろ次のテーマへ移らせていただきたいと思います.

テーマ2:「古典イジングマシンとの棲み分けや量子センサーとの融合」

斎藤:では,次のテーマに移らせていただきます.先ほどの第一のテーマの中でも話題としては出ていたと思いますが,「古典イジングマシンとの棲み分けや量子センサーとの融合」についてディスカッションをいただきたいと思います.山岡さん,お願いします.

山岡:はい.最初のテーマでも,ある程度触れられていたと思いますけれども,量子コンピュータということで,まずゲート型が思い浮かぶんですけれども,それに対して,また量子アニーリングという技術も出てきています.さらに言うと,そこにインスパイアされて,古典の技術を使った,そういうイジングマシンというのも出てきていると思います.

そういったところが,今後実用化していく中で,どのように棲み分けていくのか,という観点でもぜひご議論いただきたいと思います.それに関しては,川畑先生から挙げていただいていたと思いますし,山本先生から量子センサーとの融合みたいな話もあったかと思います.そのような,量子センサーだけじゃなく,量子関連技術とどのように融合させていったらいいか,古典のコンピュータとどのように上手く融合したり,棲み分けていったらいいか,をご議論いただければと思います.

川畑:山岡さんと2016年からNEDOプロジェクトでイジングマシンの開発を一緒にさせていただいた中でこの問題意識を持ちました.我々は超伝導量子アニーリングマシンを開発し,山岡さんはCMOSアニーリングマシンと呼ばれる古典アニーリングマシンを開発してきました.プロジェクトを進める中で,量子と古典の両方のアニーリングマシンを開発する意義を常に問われてきました.それに関してはノーフリーランチ定理があるので,あらゆる組合せ最適化問題に対して,特定の一種類のアニーリングマシンが世界最強だということはあり得ません.そのような中で,D-Wave Systemsの量子アニーリングマシンと多くの国内企業が製品化している古典アニーリングマシンとをどのように棲み分けて利用する,あるいは協調させるとよいのか?ということについて皆さんのご意見を伺いたいと考えています.

また今後,間違いなく重要になってくる視点が,GurobiやCPLEXのような昔から幅広く商用利用されている数理最適化ソフトウェアとの棲み分けと協調です.さらに,NISQで量子近似最適化アルゴリズムQAOAを実行すれば量子コンピュータで組合せ最適化問題を解くことができます.最近,Fixstars Amplifyのようにさまざまな量子および古典アニーリングマシン,Gurobi,IBM量子コンピュータ,量子回路シミュレータにアクセスできる組合せ最適化専用クラウドサービスも始まっています.そのため,個別の組合せ最適化問題に対して,どのマシンが最も優れているのか? 量子と古典とでどのように役割分担させながらハイブリッドで解いたほうがいいのかとか? などの疑問に答えるために,今後ベンチマーキングが必要になると考えています.ご存じのようにHPC分野においては,Linpackなどの国際標準ベンチマーキング指標があるのですが,イジングマシンに関しては,国際標準のベンチマーキング指標がありません.

山岡:問題提起から行っていただいて,本当にありがとうございます.

まさにおっしゃっていただいているとおりで,本当にその量子と,その古典のイジングマシンを棲み分けていく上で,どこが本当に最適なのか,に関してまだまだ分かっていないところもあるのではないか,と私も感じています.

土肥:最適化って言葉自体が非常に曖昧と思っていて,何も表していないんですよね.世の中には山ほど最適化すべきものはあるんだけど,それを弊社でいうと,このデジタルアニーラにマッピングするのってめちゃくちゃ大変なんですね,そのバリエーションが多すぎる.それを実行するのにも知識が必要であるというところが非常に大きな問題かなと思っています.まあ,量子コンピュータも同じですけど,これ,最適化マシンですよって言って渡されても使えないんですよね.企業としては,お客様一人ひとりに人をつけていくということをやります,と言ったら,実は,これ,儲からないんですね.人をかければ儲かるけど,かけなかったら儲からないというビジネスになるので,あまり,爆発的にヒットするというアプリケーションじゃないんじゃないかなと私は隣で見ていて思っています.

また,性能を上げるためにビット数が増えると,今度は探索空間が広がり過ぎて,収束しなくなっちゃってくるんですよね.だから,いいサイズの問題を見つけなければいけないというところはあるんですけど,これがなかなか難しいですよね.

山岡:先ほど川畑先生からもノーフリーランチ定理という話もありましたけれども,やはり1つですべてというのはなかなか難しいと私も思っています.

川畑:私は逆に「ノーフリーランチ定理」を積極的に活用したほうがよいと思っています.ありとあらゆる組合せ最適化問題に対して汎用的に優れている近似アルゴリズムやイジングマシンは存在せず,量子だろうが古典だろうがその平均性能は同じになると考えられています.であれば,ユーザの立場に立つと,1つのプログラムで,各社の古典アニーリングマシン,量子アニーリングマシン,さまざまな方式の量子コンピュータ,量子回路シミュレータ,QuEraのAquilaのような組合せ最適化問題専用アナログ量子コンピュータ,CPLEXやGurobiなどの数理最適化ソフトウェアなどに同時にジョブを投げて,最初に計算結果が返ってきたものを最適解候補として出力するプラットフォームが今後ますます重要になってくると感じています.

これだけ多くのハードウェア・ソフトウェアのラインナップがあればこそ,ユーザーの解きたい組合せ最適化問題に対してどこかの会社のハードウェアやソフトウェアが現実的な時間でそこそこの近似解を返してくれると思います.このような誰もが気軽に使える統合プラットフォームを国を挙げて作り,ユーザが国内だけでなく国際的に広がっていくとよいと思います.

山岡:おっしゃっていただいたとおりと思っています.問題をいろいろなところに投げて,いいのが返ってきたところがいいのかなというふうに思っています.そういった取り組みを行っている会社として,国内だとFixstars,海外でStrangeworksという会社もあります.

一方で利用料が高くて,全部に問題を投げられないとも思っています.

嶋田:私が気にしているのは,QUBOに書くことによって問題の複雑性クラスは変わらないという点です.基本的には,NP-hardの問題がイジング形式に書き直されても,簡単にはならない.しかし,書き直すことによってヒューリスティックな解決策として解きやすくなる可能性があると思っています.

なので,QUBOに書き換えることが非常に重要であるという点が,もっと世界に伝わるといいなと感じています.アニーリングマシンやイジングマシンで解けるということよりも,多くの組合せ最適化問題がQUBOに書けること,その結果として解きやすくなる場合があるという点が,もっとフェアに理解されるといいなと思います.

不幸なケースとして,量子アニーリングマシンやイジングマシンのプレス発表などで,全探索と比べて高速化しました,というのを目にしてしまうことです.これはダメだろうと思ってしまいます.そういうふうに,数理最適化の世界から見たらあり得ないことを言っていることがままあるのです.そうではなくて,本来は,「QUBOに書くといいんですよ」ということを数理最適化の専門家にもちゃんと理解してもらうことが重要だと思います.

これは,ハードウェアが量子コンピュータでないからと言って卑下することでも何でもなく,量子力学と情報科学の交点で発展してきたイジングモデルに組合せ最適化問題を落とし込むことができ,それで最低エネルギー状態として解けるというのは,コンピュータサイエンスの人たちにも新しいインサイトを与えるものだと思います.その点をもうちょっと盛り上げたいと考えています.

山岡:おっしゃっていただいたとおりです.たとえば,OR学会に行って,少し興味を持ってもらったりはできるんですけど,そこの人たちが,ではガチでQUBOを書くか,というと書かないんですよね.そういったところの人たちに理解していただいて一緒にやるというのはとても大事だな,と思いました.

それで,たとえば,量子センサーとか,そういったところの融合という観点で,もう少し何かご意見がありますでしょうか?

山本:いわゆる量子データに関するアプリケーションという観点から,量子センサーと量子コンピューティングの融合は重要と考えています.具体的には,対象についての何らかの情報を含む量子状態,つまり量子データが,観測を経ずに,直接的に量子デバイスに送られて,次いで量子デバイス上で何らかのコンピュテーションが行われる,という設定を考えます.観測はコンピュテーションの後になされ,それで情報が取得されます.重力波は極端な例ではあると思うんですが,がん診断などで,ある種の量子レベルの微細振動の解析が重要になるスキームがあるのであれば,それに対するコンピュテーションによる量子効果で精度を上げる,というのが1つの期待するアプリケーションです.

せっかくなので,ゲートとアニーリングの棲み分けをする必要があるのか,という話をさせてください.個人的には,類似物としてアナログコンピュータとデジタルコンピュータの話があると思っています.私はこれらの役割を明確には区別しておらず,たとえば,AIでの使われ方が参考になります.実際,今年のノーベル物理学賞でボルツマンマシンの発明が受賞理由の1つになっていましたが,あれは脳のシナプスをモデルにした話になっていまして,発火するしないという非連続なステップ関数を用いればデジタル,連続なシグモイド関数を用いればアナログになりますね.このモデルでは,アナコンとデジコンを特に区別していないと見ることができます.量子コンピュータも,アナログでもあり,デジタルでもあると私自身は思っております.デジタル的に四則演算してもいいですし,アナログ的にハミルトニアンシミュレーションで時間発展させてもいい.量子コンピュータは,そういった,非常にフレキシブルなデバイスという認識を私は持っております.

山岡:まさにやはりおっしゃっていただいたとおりと思っています.結局,使い方によっていろいろなことに化けていくというところは非常にフレキシブルだな,と思ったんですけど,それに関して何かございますか?

川畑:量子センサーと量子コンピュータの融合は,非常に面白い着眼点だなと思いました.なぜかと言いますと,量子コンピュータは,古典と量子とのI/Oがすごく苦手で,特に古典データを量子状態に埋め込むために指数関数ステップが必要になるという深刻なジレンマを抱えています.ところが,波動関数のような量子データであれば,量子機械学習アルゴリズムを用いて指数関数的な量子加速が達成できることが分かっています.もし量子センサーの量子力学的出力を量子コンピュータに入力できるのであれば,量子加速をフル活用できると思います.たとえば,量子センサーの出力に対するデータ処理を量子コンピュータに任せることができるのではないかと思います.量子センサーと量子コンピュータとを混載したシステムのユースケースを考えるのは非常に価値があると思いました.

山岡:その量子センサーで取ったものを量子状態のまま量子コンピュータに入れるという,インターフェイスというか,そこは簡単なんですか?

川畑:大変難しいと思います.量子センサーはある物理媒体からできています.代表的なものとしてはダイヤモンドの格子欠陥であるNV中心などがあり,量子情報はNV中心の核スピンあるいは電子スピンが担っています.一方,超伝導量子コンピュータの場合,トランズモンと呼ばれる超伝導の電気回路が量子情報を担っています.そこで重要になってくる技術が,異なる物理媒体間での量子情報の変換です.つまり,量子力学的重ね合わせ状態や量子もつれを保ったまま量子情報を異なる媒体に転送する量子インターフェイスの開発が必要となります.

量子インターフェイスは非常に難易度が高い技術ですが,量子センサーと量子コンピュータとを繋ぐインターフェイスだけでなく,分散量子コンピューティングや量子インターネットなど,量子コンピュータを大規模化する上でも必須の技術になります.

山岡:量子センサーと,量子コンピュータを融合していくためには,かなりいろいろ,インターフェイスを含めて,やっていかないといけないというところで理解いたしました.

古典イジングマシンとの棲み分け等,一緒にトータルで見ながら行っていく,さらに量子関連技術とつないでいくためには,さらにまだまだ技術開発が必要だと思いながら,面白い可能性を伺えたなと感じました.

嶋田:機械学習とどう向き合うか,組み合わせるか,について考えると,イジングモデルはある種のネットワークだと見なすこともできますね.Factorization Machineはまさにその発想だと思います.なので,これまで組合せ最適化を解くために作られていたチップを,学習用や推論用のチップとして使う可能性というのもあると思います.

その点で,センサーやセンシングとの絡みを考えると,イジングマシンというのは単に組合せ最適化のマシンではなく,新しい用途が見えてくるかもしれません.具体的なアイデアがあるわけではないですが,そうした方向性もあり得るかなと思っています.

山岡:先月ぐらいに,神経回路学会で招待講演を行ったのですけど,彼らって,イジングマシンって,最適化マシンじゃなくて,イジングモデルのそういうネットワークとして見ているんですよね.捉え方がものすごい面白いなと感じました.

山本:ボルツマンマシンの成功はたいへん参考になると思うんですよね.特に,訓練で用いるバックプロパゲーションの発見は大きい.いま,量子を何らかの方式で訓練をさせたいという研究がたくさんありますが,バックプロパゲーションに相当する訓練法が決定的に欠けていて,現状,量子をAI的に訓練するのは困難と考えられています.しかし,そのピースが埋まると,いよいよ量子コンピュータを使いながらAIに向き合えるようになるかなという期待を持っております.

山岡:最後,機械学習とのつながりというところも聞けて非常に面白い話をいただいたと思います.第二テーマは,この辺りにさせていただければと思います.ありがとうございます.


後編は2025年8月号に掲載します.

座談会開催日時:2024年11月1日

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