問い合わせ対応の自動化や業務負担の軽減等を目的として,行政機関や教育機関等では対話システムの導入が拡大している.たとえば,ゴミの分別案内サービス*1や観光案内サービス*2,進学希望者向けサービス*3,*4等があり,このようなシステムを公開することで,時間や場所を問わず対話的な情報発信が可能になる.
徳島大学では対話システムが独自に開発されており,進学希望者の情報収集の支援を目的として,大学の特色や学部・学科の特徴,入学者選抜,徳島県での生活に関して応答可能な受験生向け対話システム[1]が2019年4月に導入されている.また,2020年4月からは大学生活の支援を目的として,施設案内や各種手続き,健康・相談,就職支援等に関して応答可能な徳島大学の学生向け対話システム[2](以下,学内版とくぽんtalk)が稼働している.これらは特定のタスクを解決するという明確な目標を持つタスク指向型であり,事前登録した発話・応答文を用いて対話が行われる用例ベース*5の対話システムである.たとえば,学内版とくぽんtalkには無線LANに関する用例が登録されており,“学内の無線LANの利用方法が知りたい”という発話文に対して,“キャンパス内で無線LANを利用することが可能です.申請方法や利用マニュアル,無線LAN提供エリア等の詳細はこちらをご覧ください.”という応答文が出力される.
手作業で用例を作成することで,登録された範囲内でより品質が高い応答が可能になる.ただし,履修登録の方法や成績の閲覧方法,必修科目等,特に入学後の履修に関する情報は多岐にわたる.学内版とくぽんtalkでは,対話で用いられる可能性が高い用例が優先的に登録されるが,不十分な用例の登録により誤回答や回答不可が頻発して,対話システムへの信頼が低下する可能性がある.そのため,用例の継続的な追加登録により対話システムの正答率を高める必要があるが,登録作業は膨大な時間や労力が求められる.
そこで,本研究では管理者の応答範囲を拡大する作業の負担軽減を目指して,用例ベースによる対話機能に加えて生成AIを用いた応答機能を備えるハイブリッド対話システムを開発する.具体的には,用例ベースの応答文とは別にRetrieval Augmented Generation(以下,RAG)を用いて発話文の関連情報から応答文を生成する機能を学内版とくぽんtalkに実装して,徳島大学に試行的に導入する.この仕組みにより,管理者の作業負担の軽減に加えて,対話システムとしての正答率の向上や応答文の生成時間の有効活用が期待できる.
本研究の貢献は以下になる.
学内版とくぽんtalkでは,徳島大学のマスコットキャラクターである「とくぽん*6」が応答キャラクターとして採用されている.この対話システムは通常の対話機能に加えて,ユーザの発話内容に応じた感情や動作をとくぽんが表現することで,ユーザとシステム間の親和な関係の成立を試みている.具体的には,喜びや別れの挨拶等をとくぽんが表現するアニメーション画像を作成して,感情や動作を選択するための分類モデルを用いて,発話内容に対する適切な画像を応答文と合わせて出力している.
学内版とくぽんtalkの参考画面を図1*7に示す.対話は下から上に流れており,発話文が“パスワードの有効期限が切れた場合は?”の場合,応答文として“~所属学部の学務係・教務係へ問い合わせてください~*8”と通常の場合のアニメーション画像が,“ありがとう!”の場合,“どういたしまして!”と喜びを表現した画像が出力する.応答文はfastText*9を用いて選択しており,2024年5月時点で用例は2,478件で応答文は145種類が登録されている.なお,単語の揺れ等を考慮して複数の発話文に対して1種類の応答文が紐づいている.本システムは統合認証サービス[3]を用いており,徳島大学の学生を対象に提供している.
表1に学内版とくぽんtalkの用例として用いている発話文(例)と応答文の種類を項目別に示す.たとえば,キャンパス情報に関する項目には,“理工学部の学務関係の窓口はどこ?”等の発話文が登録されており,応答文は16種類になる.用例は徳島大学で発行される学生生活の手引きやWebサイト,事務担当者へのヒアリング結果等を参考に登録している.ただし,履修関係は“総合科学部国際教養コースの進級要件は?”や“歯学部歯学科の1年次の必修科目は?”等の多様な内容にわたるため,すべての情報を用例に反映するのは困難である.そのため,履修関係の質問には具体的な回答はしておらず,学部・学科が発行する履修の手引きの公開場所や目的の情報の検索方法,担当者に相談ができる学務窓口の場所のみを提供している.
2020年4月から2022年3月までを対象にした学内版とくぽんtalkの分析結果として,最も多く入力された上位3件の発話文の内容は,とくぽんへの質問,履修関係,無線LANの設定方法であった.履修に関する質問はすべて同じ応答文が出力されるため,ユーザは履修の手引きの確認や学務窓口への問い合わせが必要になる.対話履歴を分析して不足している用例を登録することで,より正確な情報を提供することは可能である.ただし,登録作業は継続的な作業が求められるため,用例に依存せずに応答文が生成される仕組みを導入することが望ましい.
生成AIを用いることで文章作成や校正等が可能になり,たとえばプログラミングのバグ発見[4]や医学文献の作成補助[5],患者へのクリニックレターの作成[6]等の手法が報告されている.生成AIはすでに実用可能な水準に達しており,学生生活を対象にした応答文の生成にも適用できる可能性が高い.そこで,本研究では言語モデルの1つであるGPT*10を用いて応答文の生成手法を検討する.
GPTはWebページから抽出された大量のデータを学習している[7].そのため,“徳島大学について教えて”や“徳島大学のアクセス情報は?”等,一般的な質問には正確に応答できる可能性が高い.ただし,公開情報であっても,“徳島大学理工学部知能情報システムコースの進級要件は?”や“徳島大学薬学部に飛び級制度はある?”等の学部・学科に関する手続きや制度等の詳細には応答できない場合がある*11.また,2024年3月時点で公開されているgpt-4-0125-previewは,学習データの収集期間が2023年12月までであり,最新の情報は学習されていない.GPTは徳島大学の学生生活に関して正確に応答できない場合があるため,生成機能を実装するためには新たな知識を追加する必要がある.
GPTに知識を追加する方法としては,独自にデータを収集して事後学習をする方法やRAGがある.RAGは発話文に関連する情報をデータベース等から取得して,発話文や抽出した複数の情報を組み合わせて応答文を生成する仕組みである.事後学習と比べるとRAGの実装作業は容易であり,RAGを用いてモデルに知識を追加する事例[8]-[10]はすでに報告されている.
ただし,RAGは関連情報の検索や収集した情報から応答文を生成する必要があるため,事後学習で作成したモデルと比べて応答時間が長くなる.そこで,まずは事後学習を対象に知識の追加を試みる.
事後学習による知識追加により,どの程度の応答が可能になるかを事前調査した.モデルの規模にもよるが,50件から100件程度の学習データで事後学習をすることで,モデルの改善が期待できる*12.そこで,学内版とくぽんtalkの用例から無作為に取得した100件の発話・応答文を学習データとして,gpt-3.5-turboを用いて事後学習を行った.学習データから10件の発話文を無作為に抽出して,事後学習したモデルで生成された応答文を筆者と徳島大学職員の2人で評価*13した結果,誤回答や情報不足等により,すべての応答文は回答としては不十分であった.表2に学習データとして用いた用例と事後学習により生成された応答文の例を示す.誤回答または情報不足となる箇所には下線をひいている.たとえば,発話文が“落とし物をしたときは?”で用例の応答文が“~落とし物は,学務部教育支援課教養教育係で預かっています.~”の場合,生成された応答文は“~キャンパス管理センター3階窓口またはご青葉生協鳴門店1階コンビニエンスコーナーへお問い合わせください.”であり,下線をひいた場所は徳島大学には存在しない.事前調査では事後学習の応答精度は低くなったが,学習データを増やすことで応答内容が改善する可能性がある.ただし,誤回答の場合は特に新入生は応答内容の真偽の判断が困難になるため,本研究ではRAGを用いて応答文の生成を試みる.
徳島大学で公開されているドキュメントを検索対象にすることで,履修の登録方法等のドキュメントに関連する応答文をRAGで生成できる.ただし,“駐輪場の場所は?”等のドキュメントに未記載の内容に対する質問には対応できない.また,RAGの応答は時間を要するため,待ち時間が長くなることでユーザの対話意欲が低下する可能性がある.
学内版とくぽんtalkは,用例ベースでありfastTextを用いているため応答時間が早い.実際,表1の各項目の1つ目の発話文11件に対する平均応答時間(秒)を調査した結果,0.82(0.09)*14であった.また,継続的に用例を更新しており,2020年4月から2022年3月までの正答率は71.65% [2]である.この用例ベースを利用することで,対話システムとしての正答率の向上やRAGの応答文が出力するまでの待ち時間の有効活用を実現できる可能性がある.
本研究では,用例ベースとRAGを併用したハイブリッド対話システムを開発する.これは2つのモデルを使用することで,発話文に対して用例ベースで応答した後にRAGの応答文を出力する仕組みである.本研究で開発するハイブリッド対話システムの処理の流れを図2に示す.主に(A)~(D)が用例ベース*15,(E)がRAGの処理になる.まず,用例ベースの処理について説明する.
用例データベース(図2右上)には,学内版とくぽんtalkの管理者が登録する発話・応答文が保存されている.専用の管理サイトから用例の更新が可能である.
(A)発話文の解析では,ユーザの発話文から形態素解析器のMeCab*16で名詞や感嘆詞等の単語を取得する.辞書はNEologd辞書*17を用いた.(B)応答文の選択では,用例データベースに登録された発話・応答文を学習データとして,fastTextを用いて作成した分類モデルを用いて応答文が選択される.なお,fastTextはWikipedia日本語記事全文から作成されたモデルを使用した.(C)感情・動作の分類では,発話内容に応じたとくぽんの感情や動作を決定する.感情や動作の種類は,感情表現として通常,喜び,怒り,悲しみ,驚き,動作表現として挨拶,別れの挨拶,応答不可の計8種類になる.発話内容に対する感情や動作を決定するために,発話履歴と日本語評価極性辞書[11],単語感情極性対応表[12]を用いて分類モデルを作成した.(D)応答文・アニメーション画像の出力では,(B)で選択された応答文と(C)で決定されたアニメーション画像を出力する.アニメーション画像は公開されているとくぽんの静止画からLive2Dを用いて作成した.アニメーション画像はAPNG形式で幅が142 px,高さが166 px,フレームレートが30 fps,1回の動作が5秒程度,アニメーションの繰り返し設定を有効にしている.
(E)応答文の生成の流れを図3に示す.(E1)ドキュメント検索では,RAGで応答文を生成するために発話文の関連情報を検索する.2024年3月時点では,OpenAIはAPIで用いるプロンプト*18の内容をモデルの学習に利用しないと公表*19しているが,情報漏洩に繋がる可能性を考慮して,検索対象は学外に公開しているドキュメントに限定する.そこで,諸手続き方法や学務部の窓口等が記載された学生生活の手引き,卒業までに履修する教育プログラムに関する情報が記載されている教養教育・各学部*20の履修の手引きの計8つを検索対象とした.これらのドキュメントは徳島大学のWebサイトにPDF形式で公開されている.なお,学生生活の手引きは学内版とくぽんtalkの用例を作成する際に参考にしているが,登録漏れを考慮して検索対象に含めている.
ドキュメントの検索環境を構築するために,pdfminer.six*21を用いて各PDFから前処理を行わずに文字を抽出して,自然言語処理ライブラリのGINZA*22,*23を用いて分散表現を取得した.そして,ベクトル検索エンジンであるQdrant*24のデータベース(図3の右上)に取得した分散表現を保存した.毎年求められる更新作業の負担を考慮して,ドキュメントはページ単位でデータベースに保存している.登録したページ数は1,037で,平均文字数は914.83(932.23)*14になる.
Qdrantでは,idとベクトルデータ,Payloadで構成されるレコードがCollectionsに登録される.idは一意な番号,Payloadは付加情報になる.付加情報にはドキュメント名,対象学部,ページ番号を登録した.登録例としては,“履修の手引き,理工学部,112”になる.RAGの応答文は内容が誤っている可能性があるため,検索されたページの情報を応答文に記載するために付加情報を用いる.
プロンプトには,モデルの振る舞いを設定するSystem,モデルへの質問等を入力するUser,モデルの過去の応答文を入力するAssistantをRoleとして入力できる.ChatGPT*25のように対話履歴を利用することで,文脈を考慮した応答が可能になる.ただし,学内版とくぽんtalkは一問一答形式の対話が多く,プロンプトの文字数が増加すると応答時間や利用料金が増えるため,対話履歴を用いずに応答文を出力させる.(E2)プロンプトの作成では発話文と取得した関連ページの記載内容をUserに,生成方法の指定文をSystemに入力して,GPTから応答文を取得する.指定文は“与えられた情報を用いて回答してください.回答できない場合は「分かりません.」を出力してください.”になる.関連性が高いページは,分散表現として表現した発話文と,各ページの余弦類似度を算出して取得する.
ユーザによっては,自身の所属学部・学科を入力せずに質問する可能性がある.たとえば,所属名が示されていない“進級要件は?”という発話文に対しては,学部・学科により内容が異なるため正確な応答が困難である.そのため,RAGを利用する場合は,検索対象となるドキュメントを事前にユーザに選択させる仕組みにする.たとえば,理工学部の履修の手引きをユーザが選択することで,理工学部に関する質問に対して誤回答の頻度を軽減できる可能性がある.
RAGの応答文を用例に登録することで,類似する発話文に対して短時間で応答が可能になる.そこで,発話文とRAGの応答文を用例データベースに登録する機能(図2の下部)を設けた.ただし,不適切な応答文が生成される場合があるため,学習データとしての使用可否は管理者が判断する.
ページの取得件数を増やすことで,より多くの関連情報が収集されて適切な応答文が生成されやすくなる.ただし,応答時間への影響を考慮して,ページの取得件数を検討する必要がある.そこで,取得件数による応答時間と正答率への影響を事前調査した.調査内容としては,ページの取得件数を1件(i)~3件(iii)として,10件の発話文に対する応答時間と応答内容を確認した.ドキュメントを参考に発話文を作成して,応答文として不十分・十分であるかを筆者と徳島大学職員2人が評価*13した.発話文は“学生証とは何?”や“喫煙してもいい?”,“歯学科の進級要件は?”等になる.調査結果として,平均応答時間(秒)と正確な応答文と判定された件数は,(i)11.64(10.67)*14と7,(ii)11.91(8.12)と9,(iii)13.55(9.29)と10であった.応答文の例としては,発話文が“飛び級制度はある?”の場合,不十分な応答文としては“はい,飛び進級に関する規定があります.留年生が飛び先学年の進級規定単位数を満たしている場合に飛び進級が認められます.”が,適切な応答文としては,“はい,飛び級制度があります.留年生が飛び先学年の進級規定単位数を満たしている場合に,飛び進級が認められます.たとえば,1年次もしくは2年次に留年した学生が,3年次もしくは4年次への進級条件を満たしていれば,1年次から3年次,または2年次から4年次への飛び進級が可能です.”が出力された.なお,これらの例では具体例が示された後者を適切な回答と判断している.(iii)はやや時間を要しており,(i)より(ii)の応答精度が高いため,本研究ではページの取得件数を2件とした.
提案手法に基づく機能を学内版とくぽんtalkに実装した.GPTの利用にはOpenAIのChat Completions APIを用いた.モデルはgpt-4を用いたが,最新モデルが公開されるたびに更新する.表3に開発で用いたソフトウェアを示す.従来の用例ベースは応答時間が短く正答率が70%以上であるため,ユーザによってはRAGの生成機能を利用しない可能性がある.そこで,対話画面にRAGの選択項目*26を設けた.この項目には以下が登録されている.
(1)は用例ベース,(2)~(9)は用例ベースとRAGの併用になり,それぞれ検索対象のドキュメントが記載されている.(2)~(9)が選択された場合,RAGの生成機能は誤回答する可能性がある旨を出力する.
システムの参考画面と(2)を選択した場合の対話例を図4*7に示す.発話文が“図書館の開館時間は?”の場合,用例ベースにより“図書館全体に関するご質問は,図書館HPに掲載しております.HPはこちら~”が,注意文として“生成機能を使って回答文を作成しています.5秒から30秒程お待ちください.”が,RAGにより“図書館の開館時間は以下のとおりです:・月曜日~”が順に出力される.RAGで生成された応答文の下部にドキュメント名とページ番号を青字で記載している(図の上部).生成機能で出力された応答文は,図2の(C)で決定されるとくぽんのアニメーション画像は使用せず,徳島大学の名称が入った1種類のアニメーション画像(図4の左上)を使用している.
管理者の作業負担を軽減するために,検索対象の更新作業の大部分を機械的に処理している.具体的には,管理者が指定の場所に保存したドキュメントが,ドキュメントデータベースに自動で登録される仕組みにしている.
OpenAIのシステム障害によりGPTを利用できない場合,RAGの応答文は生成されない.そこで,システム障害が発生した場合は,案内文として“現在,障害が発生しているため本機能は利用できません.復旧までしばらくお待ちください.”を出力する.
2023年10月14日から2024年3月31日までを対象に,提案手法に基づく機能を学内版とくぽんtalkに実装して徳島大学に試行的に導入した.RAGの生成機能はシステムの対話画面内でのみ紹介しており,学生にはメールやWebサイト等で本機能を案内していない.
システムの導入結果として,全体,用例ベース,用例ベースとRAGの併用(以降,併用)別に述べる.なお,用例ベースと併用をまとめて全体と表現している.ユーザ数(累計)は全体が321,用例ベースが221,併用が100であった.発話件数は全体が947,用例ベース711,併用が236であった.図5に全体,用例ベース,併用別のユーザ数と発話数の推移を示す.棒グラフがユーザ数,折れ線グラフが発話数を示す.12月頃までは全体のユーザ数と発話数は減少傾向にあるが,2月頃からは増加傾向がみられた.3月は進級要件や卒業単位,2024年度の履修に関する質問が全体の16.86%を占めており,進級・卒業可否の確認や次年度の準備等のために,ユーザ数と発話数が増えた可能性がある.
RAGで検索されたドキュメントの件数は,(8)理工学部が111,(5)医学部が45,(2)学生生活の手引きが32,(4)総合科学部が24,(9)生物資源産業学部が10,(7)薬学部が6,(3)教養教育が6,(6)歯学部が2であった.理工学部の学生数は学部全体の約45%を占めるため,本学部の履修の手引きがRAGで最も多く利用されたと考えられる.
試行期間の対話履歴を筆者と徳島大学職員の2人で確認*13した結果,正答率は全体が63.04%,用例ベースが59.07%,併用が75%であった.併用は用例ベースまたはRAGが正確に応答できた場合に正答と判断している.過去2年間の用例ベースの正答率71.65%と比較すると,試行期間の用例ベースの正答率は12.58%低くなった.導入期間は2023年10月から開始しており,“メールの利用方法は?”や“無線LANの設定方法は?”等の,新入生の質問傾向が高く正確に応答できる発話文の入力件数が少なかったため,正答率が低下したと考えられる.なお,用例ベースと比べて併用の正答率は15.93%高くなった.これは用例ベースでは対応できなかった発話文にRAGが応答できたことが要因として考えられる.
併用において,用例ベースでは誤回答*28でRAGでは正答した件数が多い場合に,RAGを導入した効果があると判断できる.併用の内訳(併用の発話文236件に対する割合,全体の発話文947件に対する割合)として,用例ベースとRAGがともに正答した件数は53(22.46%,5.60%),用例ベースのみは78(33.05%,8.24%),RAGのみは46(19.49%,4.86%),ともに誤回答は59(25%,6.23%)であった.RAGの導入により,併用では用例ベースが誤回答した19.49%,全体では4.86%の発話文に対して正しく回答できたと判断できる.表4に発話文,用例ベースとRAGで生成された応答文の例を示す.たとえば,“飛び級制度はありますか?”に対しては,用例ベースは“勉強中のため回答できません.”が,RAGは“はい,飛び級制度が存在します.理工学部昼間コースの学生で~”が出力された.用例ベースでは回答できなかった一部の発話文に対して,RAGは履修の手引き等から関連情報を取得することで正確に回答できたと考えられる.全体の正答率が向上した割合は大きくはないが,併用の発話件数は全体の24.92%であることや,2024年3月時点で4年間運用している用例ベースの正答率が高まったことが影響したと考えられる.
用例ベースでは,履修関係の質問には履修の手引きの公開場所等を提供しているが,不明点を解決するための参考にはなりうるため,正答として集計している.ただし,RAGではより詳しく回答できる場合があるため,履修関係において用例ベースとRAGがともに正答している場合,RAGにより応答内容の品質が向上したと判断できる.併用でともに正答した53件の発話文を調べた結果,20件は履修関係の内容であった.そのため,履修関係に関しては併用では8.47%,全体では2.11%の発話文に対して,より詳しく説明できたと判断できる.たとえば,表4に示した“知能情報コースの進級要件は?”や“他コースを履修したい場合は?”に対しては,用例ベースでは履修の手引き等の紹介にとどめているが,RAGではドキュメントの内容に基づき正確な情報を出力できている.
併用では,用例ベースのみが正答した件数が最も多くなった.これは学生生活・履修の手引きには関連しない発話文が,併用の発話文236件の43.98%を占めていたことが要因として考えられる.たとえば,(5)医学部を対象に“学生証をなくした場合は?”や(8)理工学部を対象に“けがをしたときの対処方法”が質問されていた.各ドキュメントの記載内容を把握できていないユーザを考慮して,それぞれの目次を紹介する等の対応が必要と考えられる.また,本研究では一問一答形式の対話を前提としているが,“中国語の単位いる?”の後に“それは進級に必要?”等の文脈を考慮した発話や,“明日の天気は?”等の雑談がみられた.ChatGPT等が普及しているため,過去の発話内容を用いた対話や雑談が本システムにも試みられた可能性がある.ユーザの混乱を防ぐために,雑談には未対応等の生成機能の制限を事前に説明する必要がある.
用例ベースのみが正答した発話文78件のうち,履修関係は22件の質問がされており,これらはRAGでは正しく応答できていなかった.たとえば,“必修何単位取ればいい?”や“2年への進級に必要な単位数は?”,“卒業条件について”に対しては,RAGでは“分かりません.”や“テキストには必修科目の単位数についての具体的な情報は記載されていません.”等の応答がされていた.これらは関連ページの検索に必要な単語や表現が,不十分であることが要因として考えられる.たとえば,“必修科目の単位数は?”や“卒業要件は?”では正確な情報が得られた.また,学科・コース別に進級要件等が定められており,それぞれドキュメントの異なるページに記載されている.このような場合は,発話文にコース名等が示されていないと誤回答になる可能性がある.試行期間では生成機能の説明にとどめていたが,たとえば発話文の作成方法や適切な回答が得られる発話例を事前に紹介することで,RAGの正答率が向上する可能性がある.
RAGの平均応答時間(秒)と応答文の平均文字数,検索で取得された1ページ辺りの平均文字数は,誤回答の場合が10.39(14.06)*14,41.11(90.72),1191.34(593.93),正答の場合が18.89(22.25),170.63(246.71),1056.91(428)であった.誤回答の場合は応答文の文字数が少ないため,正答の場合と比べて平均応答時間が短くなったと考えられる.併用における用例ベースの応答文の平均文字数は164.38(142.64)であり,応答文に含まれる平均リンク数は0.58になる.用例ベースの応答文の文字数にはばらつきがあり,また誤回答の場合もあるが,RAGの応答文が出力されるまでの時間は,ユーザが用例ベースの応答文を閲覧するために利用できたと考えられる.
以上の結果より,用例ベースとRAGの併用で対話システムとしての正答率の向上や応答文の生成時間の有効活用を実現できた.また,RAGの検索対象に履修の手引き等のドキュメントを加えたことで,これらの内容に関する用例を管理者が登録する作業が不要になった.内容にもよるが,これまでの用例の登録作業では,発話文,リンクや画像の挿入等も含めた応答文の作成に1件で10分程度の時間を要していた.開発したシステムでは,ドキュメントを指定の場所に保存するだけで検索対象が更新されるため,RAGにより管理者の応答範囲を拡大する作業負担を軽減できたと判断できる.
本研究では,RAGの応答時間を有効活用するために用例ベースを活用した.ただし,RAGの応答時間が長い場合,ユーザは応答文が出力されるまで待機する必要があるため,RAGの応答時間を短縮することが望ましい.応答時間を短縮する1つの方法として,応答文やプロンプトの文字数の調整が考えられる.参考までに,表4の発話文3件に対するRAGの平均応答時間(秒)は13.56(6.23)であったが,応答文の文字数を50文字程度に制限した結果,平均応答時間は5.58(1.13)まで減少した.応答内容への影響を考慮する必要があるが,応答文やプロンプトの文字数を減らして応答時間を短縮する方法を検討したい.
本研究では,RAGで検索対象となるドキュメントをベージ単位でデータベースに登録した.ただし,履修上の制限や他大学の授業科目の履修等,同一のページに異なる内容の説明文が記載されており,発話内容に関連しない情報が取得される場合がある.また,説明文がページをまたぐ場合,関連情報が部分的に取得できない場合がある.そのため,ページ単位の検索はプロンプトの文字数が増えることで応答時間が長くなり,不適切な応答文が生成される可能性が高まる.RAGは検索結果が応答内容や応答時間に大きく影響するため,たとえば目次に沿った説明文の登録や,Recall@kやMRR等による検索精度の調査・改善が必要になる.また,本研究ではドキュメントの取得件数は2件としたが,ページにより文字数は異なる.そのため,文字数に応じて取得件数を動的に変更する等,応答時間を考慮してより多くの関連情報を取得する仕組みが求められる.
GPTの利用料金は入力・出力トークン*29に基づく従量課金制である.本研究の導入期間では,利用料金($)の平均月額が13.85(18.57)で,最もRAGのユーザ数が少ない3月は0.58であった.各月の利用料金は少額ではあったが,学内版とくぽんtalkのユーザ数は,新入生が学生生活を開始する4月が最も多い.そのため,年間を通した運用を想定した場合,前述したがプロンプトの文字数を調整する等,利用料金を減らす方法も検討する必要がある.また,本研究ではGPTを使用したが,無償で公開されているLlama*30やcalm*31等の大規模言語モデルを使用することも可能である.応答精度や応答時間を確認する必要があるが,利用料金を考慮して他のモデルの使用も検討したい.
本研究ではPDFから抽出した文字を用いて回答文を生成したが,施設の場所や学年歴等が紹介されている画像には未対応である.応答文には生成に用いたドキュメント名とページ番号を記載しているが,関連する画像を応答文の中に表示することで,ユーザの理解はより深まる可能性がある.そのため,たとえば関連ページへのリンクの貼付や,該当ページに貼られた画像を取得して応答文の中に表示させる等により,視覚的に応答内容の品質を高める方法を検討する必要がある.
本研究では管理者の応答範囲を拡大する作業の負担軽減を目指して,用例ベースによる対話機能に加えて生成AIを用いた応答機能を備えるハイブリッド対話システムを開発した.具体的には,用例ベースの応答文とは別にRAGを用いて発話文の関連情報から応答文を生成する機能を学内版とくぽんtalkに実装して,2023年10月14日から2024年3月31日まで徳島大学に試行的に導入した.導入結果として,併用では用例ベースが誤回答した19.49%,全体では4.86%の発話文に対して正しく回答でき,履修関係に関しては併用では8.47%,全体では2.11%の発話文に対してより詳しく説明できた.また,対話システムとしての正答率の向上や応答文の生成時間の有効活用を実現でき,応答範囲の拡大作業の負担を軽減できた.
RAGの生成機能の検索対象となるドキュメントは,ページ単位でデータベースに登録している.そのため,プロンプトの文字数の増加や関連情報の部分的な未取得等により,応答時間が長くなり不適切な応答文が生成される傾向が高まる.項目別に説明文の保存や応答文の文字数の調整,検索精度の調査・改善等により,応答時間の短縮や正答率の向上を実現できる可能性がある.対話的に学生の大学生活をより支援するためにも,これらの課題を解決して対話システムの機能改善を行いたい.
本研究では,学生生活・履修の手引きを検索対象として応答文を生成したが,授業で用いる教科書も対象に加えることは可能である.徳島大学のデータサイエンスの講義で用いられる教材を検索対象に加えた結果,“疑似相関とは何ですか?”や“信頼区間の求め方は?”等の質問に正確に応答できた.言語モデルの知識のみを用いて回答する場合も多くみられたが,教育の支援においても十分にRAGを用いた対話システムを活用できる可能性がある.そのため,大学生活や教育の支援を目的とした検索対象の拡充も検討したい.
謝辞 本研究はJSPS科研費JP19K14317,JP24K16757の助成を受けたものです.
徳島大学高等教育研究センター准教授.2008年甲南大学理工学部情報システム工学科卒業.2014年徳島大学大学院博士前期課程修了.2017年同大学大学院博士後期課程単位修得退学.博士(工学).2008年4月からIT系企業での勤務を経て,2011年3月から徳島大学情報センター特任助教.2017年5月より同大学高等教育研究センター特任研究員.特任講師を経て2022年4月より現職.対話システム,大学入学者選抜等の研究に従事.電子情報通信学会,人工知能学会,日本教育工学会各会員.
会員種別ごとに入会方法やサービスが異なりますので、該当する会員項目を参照してください。