2024年のノーベル賞がAIの基礎技術と応用に贈られるなど,AIに対する期待が高まり続けています.特に,企業や団体が生産性や付加価値の向上等を通じて大きなビジネス機会を引き出すとともに,様々な社会課題の解決に資する技術として「生成AI」に大きな期待が寄せられています.これまでのAI技術においては,AIの研究者,開発者,技術者を中心にその研究や実装,ユースケース検討が進んできましたが,生成AI,特に大規模言語モデル(LLM)は経営層から利用者まで,多くの人々がAIが持つ可能性を感じられる技術であり,AI技術の社会への受容・導入が進む動因となってきました.企業による調査[1]によると90%近くのCEOが生成AIを自社の投資に組み入れており,また別の調査[2]では今後,日本の労働人口の70%がAIの影響を受けると予測されています.生成AIが社会に浸透することで企業や団体の価値創造,社会課題の解決を実現していくためには,現在の生成AI活用検討の中心である事務や法務など決まったルールや過去の事例に基づく業務だけではなく,新たなユースケースやアプリケーションの登場が期待されています.一方で企業や政府,団体の中における生成AIの導入では,ハルシネーションなどの誤回答リスク,個人情報や機密情報の漏洩リスク,著作権侵害の訴訟リスク,不公平や差別などの学習データの偏見リスクなども指摘されるようになっており,生成AIの可能性や未来について,必ずしも楽観的な予測だけではなくなっているのも事実です.生成AIの導入・運用に伴い,今まで検討されてきた課題がより大きくなったり,新しい課題が顕在化したりといった負の面も顕在化してきている事が想像され,前述のような懸念やリスクを解消するための方法やノウハウの共有は重要になると考え,本特集を企画いたしました.
向野孔己氏の論文「企業における生成AI活用の課題と可能性―オートノマスエンタープライズに向けて―」では,パナソニックコネクト社内での導入事例やその効果測定についてご紹介いただいています.情報の秘匿性などの制約を伴う企業における生成AIの課題と戦略に加えて,今後のエージェント型AIに対する考え方についても議論いただいています.
古見彰里氏の論文「自治体経営と生成AIの接合点」では,自治体が提供する公共サービスの需要と供給のアンバランス化の背景や要因を踏まえ,これからの自治体の本来業務を定め,そのために自治体職員に求められるスキルの変化についてご紹介いただいています.その上で,生成AIを活用した際の自治体の業務の在り方やそのための方法,課題,そして2040年に向けての自治体経営について解説いただいています.
染谷実奈美氏らの論文「生成AIのセキュリティリスクと研究動向」では,生成AIの社会への浸透に伴い顕在化している様々なセキュリティリスクについてご紹介いただいています.誤回答・誤判断,情報の漏洩,倫理的問題,サイバー犯罪への悪用などについて,またそれらに対する技術的なリスク軽減策についてもご紹介いただいています.
東崎賢治氏の論文「生成AIに関連する著作権侵害の成否」では,著作権の基本から,生成AIの開発・学習段階と生成・利用段階での著作権侵害の成否について,最新の考え方,論点をご紹介いただいています.これらを踏まえて,企業における生成AI利用時の考慮点,海外の状況や,今後の展望についてもご説明をいただいています.
國吉啓介氏らの論文「生成AIのユースケースから考える未来の価値創造」では,民間企業3社における生成AIの社会実装の具体例をご紹介いただき,各々を比較分析することで,生成AI導入の共通点・相違点についても検討いただいています.そして,AIを前提とした社会においてどのように価値を創造していくのかについても解説していただいています.
福田剛志氏の解説記事「The AI Alliance: オープンコミュニティの力で加速する持続可能なAI」では,IBMとMetaが中心となって2023年12月に設立されたThe AI Allianceについてご紹介いただいています.これまでのITの目覚ましい発展は,オープンコラボレーションやオープンリサーチによって推進されてきましたが,AI技術も同様にオープンに技術開発を進めることによって,全ての人にその恩恵を行き届かせることができ,そのための活動についてご紹介いただいています.
関陽介氏の論文「用例ベースと生成AIを併用したハイブリッド対話システム」では,徳島大学の学内情報などを対象とした対話システムに対して,従来の用例ベースによる応答生成に加えて,RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)を用いた応答生成を追加し,効果の検証が行われています.
Wataru Matsuda氏らの論文「Efficient Curation of ICS Cybersecurity Information Using Large Language Models」では,ITシステムや産業用制御システムに対するサイバーアタックに関する情報を分析し,防御のために監視すべきポート番号やプロトコルなどを検出する試みについてご紹介をいただいています.
川島壮生氏らの論文「行政DXに適した検索拡張生成システムの開発と実証実験による検証」では,行政文書を対象としたRAGシステムを構築し,タスクやユーザの知識レベルごとに導入効果が検証されています.
森山有理名氏らの論文「問い合わせ履歴の匿名化と利用:プライバシー保護を確保したチャットボット開発」では,対象知識源に加えて,匿名化された問い合わせ履歴もRAGの検索対象とすることで,問い合わせチャットボットの性能を向上させる試みについてご紹介いただいています.
鈴木翔太氏らの論文「東北大学における生成AIの実践的活用」では,東北大学での生成AI活用事例として,議事録作成システム,学内情報に対するRAGを活用したチャットボットなどをご紹介いただいています.また,生成AI活用のための研修についてもご紹介いただき,実運用を通して得られた生成AIの利点と考慮点についても解説をいただいています.
田村光太郎氏の論文「クエリに対応した事前の要約を伴う大規模言語モデルによる企業事業概要生成」では,有価証券報告書や決算情報などの様々な種類の文書に基づいて,フォーマットなどの差異を吸収するための事前要約ステップを導入し,事業概要の説明文を作成するシステムをご紹介いただいています.
生成AIを取り巻く環境の変化が極めて早い中,実際に稼働しているシステムや開発中のシステムに関する貴重,かつ最新の情報・知見を本誌に寄稿していただいた執筆者の皆様,また,生成AIに関する法規制・解釈,リスク,そして企業の枠を超えた取り組みについてご紹介頂いた執筆者の皆様に心から敬意を表させていただきます.また,本特集をご支援いただいた学会事務局の皆様,デジタルプラクティス専門委員会主査斎藤彰宏氏,コーディネーター水田秀行氏,横山和秀氏に厚く感謝いたします.
(2024年10月22日)
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