大量消費・大量生産を主流とする時代では,個々の役割と知識習得型の修練が重要視されてきたが,さまざまな情報をインターネット上で検索して入手できるようになることで,私たちの生きる力は「習得から検索のセンスへ」と大きく変化を遂げた.生成AIの登場により,AIをうまく活用しながら,「多様な意見を把握し,自分の考えをつくりながら,価値ある問いを立て,対話・共創・実践しながら,前進する」ことが重要とされる社会が訪れようとしている.デジタル上でデータを処理するサイバー空間と実際に人が生活を営む場としてのフィジカル空間を高度に融合させ,社会課題解決や価値創造につなげるSociety 5.0において,AIの進化は非常に重要な要素であり,生成AIによりもたらされる変化はさまざまな人々に波及すると考えられる.社会に役立つ仕組みやサービスの具体化を通し,一人ひとりが多様な幸せとしてのwell-beingを実現できる社会を具現化していくことがこれからますます重要になる.
一方で,「生成AIに関する実態調査2023 秋」[1]は,日本国内の企業・組織において生成AIの認知度は高く,すでに何らかの形での利用経験も多くの企業・組織であるにもかかわらず,過半数が「必要なスキルを持った人材がいない」「ノウハウがなく,進め方が分からない」といった課題に直面していることを明らかにしている.そういった背景には,「生成AIに関するリテラシの底上げ」「生成AI活用を前提としたキャリア・働き方」「生成AI活用のルールと共通認識の醸成」といった1社だけでは解決が難しい課題が多く存在していると考えた.そこで多くの企業・団体が連携してともにそれらの課題を解決する枠組みとして,2024年1月に「一般社団法人Generative AI Japan(通称:GenAI[ジェナイ])」[2]が設立された.
Generative AI Japanは,企業・組織が連携し,社会実装を通し,生成AI活用を議論し,共創する場であり,表1の5つの軸で活動・検討を進めている.そして「先端技術の共有と連携」,「ビジネスユースケースの共有と実装支援」を進めるにあたり,「ユースケース・技術動向研究会」を運営しており,生成AIの社会実装事例を持ち寄り,生成AIの社会実装における知見を共有している.
日本が直面する深刻な少子高齢化と労働力不足の問題は,国家の経済的持続可能性に対する重大な脅威となっている.厚生労働省の統計[3]によれば,2023年の出生数は過去最低の72万7,277人を記録し,この傾向は今後も継続すると予測されている.さらに,東京商工リサーチの調査結果[4]は,企業の66%が正社員不足を実感していることを示している.三菱UFJ リサーチ&コンサルティングの予測[5]によると,労働力人口は2022年の約6,900万人から2035年には約6,210万人まで減少する可能性があり,この人口動態の変化が日本経済に及ぼす影響は計り知れない.しかしながら,このような危機的状況は,同時に革新的技術,特に生成AIの導入と活用を通じて,社会全体の生産性向上と新たな価値創造を実現する絶好の機会でもある.生成AIの戦略的導入は,単に労働力不足を補完するだけでなく,労働の質的向上と新たな価値の創出において多大な可能性を秘めている.
生成AIの活用により期待される多面的な効果は,業務効率の飛躍的向上から始まる.定型業務や反復作業の自動化により,人的資源をより創造的で高付加価値な業務に集中させることが可能となり,企業全体の生産性が大幅に向上する.これにより,限られた労働力でより多くの成果を生み出すことができる.次に,専門知識の補完と拡張が挙げられる.AIの持つ膨大かつ最新の知識ベースを活用することで,従業員の継続的なスキルアップと高度な意思決定支援が実現する.これは,特に専門性の高い分野において,人材不足を補う重要な役割を果たす.さらに,新規ビジネスモデルの創出も期待できる.AIを活用した革新的なサービスや製品開発により,企業の競争力強化と新たな雇用創出が促進される.これは,労働市場の質的転換を促し,高付加価値な雇用機会の増加につながる.ワークライフバランスの改善も重要な効果の1つである.業務効率化による労働時間の短縮と柔軟な働き方の実現は,従業員の生活の質を向上させるだけでなく,多様な人材の労働市場参加を促進する効果がある.最後に,グローバル展開の加速が挙げられる.言語の壁を越えたコミュニケーションと翻訳支援により,日本企業の国際競争力が強化され,海外市場への進出が容易になる.これは,国内の労働力不足を補完するだけでなく,新たな成長機会の創出にもつながる.これらの可能性は,すでに多くの先進的企業において現実のものとなりつつあり,生成AIの導入は単なる人手不足対策ツールではなく,企業および社会全体の変革と持続的成長を促進する強力な推進力となっている.確かに,生成AIの導入には技術的,倫理的,法的な課題が存在するが,これらを適切に管理し,活用することで,日本社会が直面する労働力不足という危機を,イノベーションと経済成長の機会へと転換させる大きな可能性を秘めている.
以降の章では,ユースケースを通して価値創造の広がりを詳細に分析し,生成AIを活用することによる労働力不足の解消,労働の質的向上,および新たな価値創出について,考察を深める.これらの成功事例を通じて,生成AIが日本の労働力不足問題に対していかに効果的かつ創造的なソリューションを提供し得るかを実証的に示す.さらにこれらの個別事例から得られた知見を体系化し,生成AI実装ステップを提案する.そして変化の時代に取り残されないために意識するべきこと,AIを前提とした社会での共創による価値創造の重要性についての考察を行う.
まずは次章で「ユースケース・技術動向研究会」で共有された事例をもとに,先進的な取り組みを詳細に分析し,日本における生成AI活用の未来像とその社会経済的インパクトについて,より深い洞察を提供する.
近年,グローバル化の進展に伴い,ソフトウェア開発企業においてオフショア開発の重要性が増している.しかしながら,言語や文化の違いによるコミュニケーションの障壁,時差による開発効率の低下,品質管理の困難さなど,多くの課題が存在する.本事例では,これらの課題に対して生成AIを活用した解決策を導入した(株)自動処理(以下,自動処理)の事例を紹介する.
自動処理は,システムインテグレーションとITコンサルティングを主軸とする企業であり,開発競争力強化を目指してオフショア開発の拡大を進めてきた.同社では,オフショアアジャイル開発方式を採用し,1つのチームにつき,国内エンジニアであるリーダー1名,ブリッジSE1名,SE3名という体制で開発を実施していた.この体制は,多くのオフショア開発を行う企業で一般的なものであるが,オフショア特有の問題も発生しがちな体制であった.
自動処理がグローバル開発体制の構築において直面していた主な課題は,コミュニケーションの障壁,開発効率の低下,品質管理の困難さ,そして人材リソースの最適化の4点であった.コミュニケーションの障壁については,言語の違いや文化的背景の相違により,日本のエンジニアリーダーとベトナムのオフショアエンジニア間のコミュニケーションに齟齬が生じていた.これは要件の理解不足や品質低下につながる大きな問題であった.具体的には,リーダーの指示をSEが正確に理解できない,あるいは開発完了時に期待とは異なる成果物が提出されるといった事態が頻発していた.開発効率の低下については,オフショア開発特有の時差や距離の問題により,開発プロセスに遅延が生じることがあった.特に,要件の確認や変更に時間がかかり,プロジェクト全体の進捗に影響を及ぼしていた.品質管理の困難さについては,オフショアチーム3名に対し,日本側のエンジニアが1名であるため,レビュー工数に多くの時間を費やしており,レビューが完了しないのでリリースできないという状況がたびたび発生していた.さらに,SEの要件理解が不十分で,実際には完了していない作業を完了と報告する,あるいは不要なトラブル調査を行うなど,的確な問題解決ができないケースも見られた.人材リソースの最適化については,作業指示についてブリッジSE(日本とオフショアをつなぐ役割のエンジニア)に依存する体制となっており,特に新技術の導入におけるドキュメント作成や,新規要件伝達の際にボトルネックとなっていた.SEが日本語を理解できないため,ブリッジSEが要件をまとめ,SEに作業を依頼するという流れになっており,これが開発プロセス全体の遅延を引き起こすことになっていた.
これらの課題に対し,自動処理は従来から以下のような対策を実施してきた.
この改善施策は一般的なプロジェクト管理で推奨されるような対策であったが,これらの対策だけでは根本的な問題解決は実現できなかった.特に,SEが作業内容を根本的に誤解しているような場合,善意に基づいた報告だけでは問題を防ぐことができなかった.これはどんなプロジェクト管理体制でも発生していることだと思われる.この状況を改善するため,自動処理は生成AIを活用した新たな開発体制の構築に着手した.生成AI導入の主な目的は以下の4点であった.
これらの目的を達成するため,自動処理は段階的かつ包括的なアプローチを採用した.以下の節では,同社が実施した具体的な施策とその成果について詳細に説明する.
自動処理が最初に取り組んだのは,生成AIを活用したコミュニケーション基盤の整備であった.課題の根本原因を分析した結果,以下のようなコミュニケーションの断絶が明らかになった.
これらの問題を解決するため,同社は以下の4つの対策を実施した.
第1に,自社に特化した技術ドキュメントの自動生成システムを開発した.このシステムでは,生成AIを活用して自社で採用しているフレームワークやライブラリの利用ドキュメントを整備した.これら技術資料については単独のフレームワークやライブラリのドキュメントは存在するものの自社で採用するフレームワークやライブラリの組合せを前提としたドキュメントは存在しなかった.そこで,複数の既存ドキュメントを組み合わせ,自社向けにカスタマイズしたドキュメントを生成し,それを日本語と英語,ベトナム語で作成した.さらに,自社向けのSDKやプログラムのひな形も生成AIを用いて作成した.この施策により,SEが自社の開発環境や方針を正確に理解できるようになり,言語の壁を越えて技術的な情報が共有可能になった.また,開発者が開発を始めるまでの準備時間が大幅に短縮された.
第2に,詳細な設計書の自動生成システムを開発した.このシステムでは,生成AIを利用して,SEが推測する必要のない詳細設計レベルの資料(図2)を作成した.要件定義書から詳細設計書を自動生成し,それを日本語と英語,ベトナム語で作成した.また,設計書には具体的なコード例や実装上の注意点を含めた.この施策により,SEの要件理解度が大幅に向上し,要件理解が不十分なことによる手戻りが減少した.同時に,リーダーやブリッジSEの説明負担が軽減され,同じ作業工数でより詳細かつ正確な設計書が作成可能になった.
第3に,コードベースのコミュニケーション方式を実施した.生成AIを活用して,詳細設計書から8割方完成したプログラムを自動生成(図3)し,それをベースにしたコミュニケーションを開始した.生成されたコードをベースに,具体的な実装方法や改善点についてディスカッションを行い,コードレビューをコミュニケーションの中心に据えた.この施策により,抽象的な説明ではなく,具体的なコードを元にした議論が可能になり,指示を明確にすることができた.技術的な議論が活性化し,コードの品質が向上した.
第4に,AIによるコードレビューの自動化システムを開発した.生成AIを活用して,ソースコードの自動レビューシステムを構築した.このシステムは,新機能の追加,バグ修正,リファクタリングを自動で識別し,サマリーを生成する.また,ベストプラクティスに基づいた改善提案を自動生成し,レビュー結果を英語で出力する.この施策により,リーダーのコードレビュー時間が大幅に削減され,コードの品質が向上し,バグの早期発見が可能になった.さらに,SEが開発しながら,コードの問題点を即座に理解し判断できるようになったことにより,レビューにて基礎的な問題を指摘することが少なくなり,ソースコード品質の向上につながった(図4).
これらの施策により,国内チームとオフショアチーム間のコミュニケーションが大幅に改善され,言語の障壁が劇的に低減した.その結果,グローバル開発体制の基盤が強化され,次のステップである開発プロセスの最適化へと進むことが可能となった.
コミュニケーション基盤の整備に続いて,自動処理は開発プロセス全体の最適化に取り組んだ.生成AIを活用することで,設計,コーディング,テストの各段階において改善を実現した.設計段階では,簡易な要求仕様から詳細な設計書を自動生成するシステムを開発した.このシステムは,要件定義書の内容を解析し,システム構成図やシーケンス図,ER図などの設計図を自動生成できるようになった.また,設計の整合性チェックや,ベストプラクティスに基づいた設計改善提案も行う.この施策により,設計作業の効率が大幅に向上し,設計品質も改善された.特に,設計の一貫性が向上し,後工程での手戻りが減少したことが大きな成果であった.コーディング段階では,設計書からプログラムを自動生成するシステムを開発した.このシステムは,詳細設計書の内容を解析し,プログラミング言語やフレームワークに応じた最適なコードを生成する.これにより,コーディング作業の効率が向上し,コードの品質と一貫性が改善された.特筆すべき点として,生成されたコードが高品質であったため,エンジニアはより創造的な問題解決に時間を割くことが可能となった.テスト段階では,要件定義書と設計書からテストケースを自動生成するシステムを導入した.このシステムは,要件と設計の内容を分析し,単体テストを生成する.CI機能を利用した自動テスト機能により,プルリクエストを受け入れたタイミングで自動テストができるようになった.これにより,テストの効率と品質が向上し,バグの早期発見と修正が可能になった.
これらの施策の結果,開発プロセス全体の所要時間が75%短縮された.AIツールの導入により,特に要件理解に関する手戻りが発生しなくなったことにより,エンジニアはより創造的な業務に集中できるようになり,技術力とモチベーションが向上した.
生成AIを活用した開発プロセスの最適化は,グローバル開発における効率性と品質の向上に大きく貢献することができた.今後は,これらのAIシステムをさらに洗練させ,より複雑な開発プロジェクトにも対応できるよう進化させていく予定である.
少子高齢化が急速に進む日本において,2023年の出生数は過去最少を記録し,少子化は深刻な社会問題となっている.この影響は幼児教育の現場にも及び,園児数の減少は幼稚園経営を圧迫し,教諭の負担増や労働環境悪化を招いている.
このような状況下で,生成AIは幼児教育現場の課題解決に貢献する可能性を秘めている.本稿では,生成AIを中核としたDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し,業務効率化と省人化を実現した(学)アルコット学園 しみずがおか幼稚園(以下,しみずがおか幼稚園)の事例を紹介する.
しみずがおか幼稚園は,少子化の影響で園児数が10年間で約半分にまで減少し,経営に深刻な影響を受けていた.さらに,対面での打合せやメール,電話といった従来の非効率なコミュニケーションに多くの時間を割かれており,教諭の業務負担が増大し,残業も常態化していた.これらの課題は,教諭が本来注力すべき保育・教育の質の低下を招きかねない状況であった.
この状況を打開するため,しみずがおか幼稚園は生成AIを中核としたDX推進を決定した.その目的は,①業務効率化による幼稚園教諭の負担軽減と保育・教育の質向上,②省人化を含むコスト削減による経営の安定化,③新たな価値創造による差別化・競争力の向上である.
生成AIを導入する際に職員の心理的な抵抗があると予測したため,まず,現場のリーダーに使ってもらい,有用性や使い方を理解してもらった後に,リーダーから全体に説明してもらう方式を選択した.
幼稚園教諭は,保護者対応や事務手続きなど,さまざまな疑問や課題に直面する.これらの課題を解決するために,従来はマニュアル参照,同僚への相談,インターネット検索が行われていたが,情報収集に時間がかかる,必要な情報が見つからないといった課題があった.さらに,しみずがおか幼稚園では,12年働いた主任が退職することになり,その知識や経験の喪失,それに伴う教育の質の低下が懸念されていた.
そこで,これらの課題を解決し,教諭がより効率的に情報収集できる環境を構築するため,Chatwork((株)Kubellが提供するクラウド型ビジネスチャットツール)とGPT-4 API(開発者がGPT-4の高度な言語理解と生成能力を利用してアプリケーションを構築できるようにする,OpenAIの強力なツール)を掛け合わせた図5の「AI主任システム」を開発した.
「AI主任システム」は,ChatworkからAI主任宛に質問文を送ると,幼稚園のルールや主任の経験や知識に基づいて生成AIが回答してくれるシステムである.たとえば,AI主任宛に「運動会における準備を教えてください」という質問を送ると,このメッセージがプロンプトとともにGPT-4 APIに伝えられる.このとき,プロンプトには,運動会に関する幼稚園のルールや過去の質問と回答,退職した主任の知識や経験などのナレッジがコンテキストとして含まれる.その後,GPT-4が生成した回答をChatworkのグループに送ることで,そのグループに参加している全員が,AI主任による運動会の準備に関する回答を同時に閲覧できるようになる.
「AI主任システム」を導入した結果,①必要な情報を得る速度の向上,②主任の知識や経験を全職員が活用,③保護者対応の質が向上,④年間約160時間の削減効果(1日に質問や調査する回数とその回答を見つけるためにかかる時間に日数をかけて算出)などの効果が得られた.
これにより,業務効率化で職員の業務負担が減っただけでなく,職員の問合せに対応する役割の省人化,そして,迅速かつ平等に正確な回答を提供できるようになったことで,保護者満足度も向上した.
本事例は,生成AIを活用することで,従業員が組織のルールに迅速かつ正確にアクセスできるだけでなく,退職者の知見を永続的に活用することができる事例であり,業界に関係なく,適用可能な内容である.
幼稚園は,受電の件数が多く,大きな負担となっている.しみずがおか幼稚園では,1日に約40件の電話が鳴り,そのたびに業務が中断され,保育や教育活動に集中することが困難な状況であった.しかし,電話の約8割は,休みの連絡や送迎に関するものであり,必ずしも教諭が直接対応する必要がないものも多く,結果として保育にかかわる重要な電話に対応できないという問題が発生していた.
また,架電においても,電話の品質や回数のばらつきや,情報共有がうまくできない問題が発生していた.これらの課題を解決するため,しみずがおか幼稚園は,生成AIによる電話業務改革(図6「受電:自動音声応答システム『CallCall-IVR(ルーシッド(株))』× GPT-4 API」,図7「架電:AI搭載IP電話『MiiTel Phone((株)RevComm)』 × GPT-4 API」)を実施した.
まず「受電:自動音声応答システム『CallCall-IVR』× GPT-4 API」として.生成AIを活用した受電システムについて説明する.『CallCall-IVR』は,受けた電話を音声案内で誘導し,録音内容を自動で文字起こしすることができる自動応答音声システムである.過去の電話内容のうち,頻度が高い内容を音声案内(①お休み②送迎③その他④折り返し希望)として設定した.これにより固定電話にかかる電話件数は減少し,一定の効果があったものの,文字起こしが不自然になるケースが生じた.この問題を解消するために.「受電:自動音声応答システム『CallCall-IVR』× GPT-4 API」システムを構築した.このシステムは,園児の保護者による音声入力を「CallCall-IVR」で文字起こしした後,生成AIが幼稚園に適した自然な内容に修正し,情報共有するものである.たとえば,園児の保護者が,「○○クラスの○○です.本日は登園しません.」と用件を入れた場合,まず,「CallCall-IVR」によって,文字起こしが実行される.文字起こしでは,誤った内容で認識される(例「登園」を「公園」と誤認識)ことがあるので,この文字起こしのテキストと幼稚園で使用される用語を生成AIに提供して,「公園」を「登園」に修正する.最後に修正後の内容をChatworkの受電用グループに送信する.これにより,保護者が入力した音声の録音データを聞かなくても,Chatworkのグループに参加している職員全員が同時に電話の内容を正確に理解できるようになった.
次に「架電:AI搭載IP電話『MiiTel Phone』× GPT-4 API」として,生成AIを活用した架電システムについて説明する.「MiiTel Phone」は,通話内容の文字起こしやAIによる音声解析を行うことができるクラウド型IP電話システムである.「MiiTel Phone」を使用した結果,電話の分析や情報共有に一定の効果があったものの,文字起こしが不自然になるケースや解析結果の解釈が難しい問題が生じた.この問題を解消するために,「架電:AI搭載IP電話『MiiTel Phone』× GPT-4 API」システムを構築した.このシステムは,幼稚園の職員が園児の保護者に電話をかけた後,会話の内容が音声解析され,その解析データを生成AIがレポートにしてフィードバックするものである.たとえば,「○○くんが園庭で転び,ひざをケガしました」というケガの報告を,幼稚園の職員が「MiiTel Phone」で園児の保護者に伝達する.その会話内容は,「MiiTel Phone」により音声解析され,電話時間や被り回数,トーンなどの分析と会話内容の文字起こしが行われる.文字起こしでは,誤った内容で認識される(例「園庭」を「得手」と誤認識)ことがあるので,この文字起こしのテキストと幼稚園で使用される用語を生成AIに提供して,「得手」を「園庭」に修正する.そして,文字起こしの要点と音声解析をもとにレポートを作成し,電話をかけた職員にフィードバックする.
「生成AIによる電話業務改革」を実施した結果,①固定電話の受電件数が約90%減少(1日4件),②固定電話の繋がりやすさ向上,③保育や教育業務の質が向上,④全職員の電話能力の大幅な向上,⑤24時間365日受電可能な体制の構築,⑥情報共有の円滑化,⑦電話対応の教育コスト削減,⑧年間約500時間の削減効果(1日の電話件数とその対応時間をもとに算出)などの効果が得られた.
これにより,業務効率化で職員の業務負担が減っただけでなく,保護者の電話に対応する役割と電話業務を教育する役割の省人化,そして,保護者満足度を向上させることができた.保護者からは,「いつも迅速で丁寧な連絡を感謝している」という内容のメールも届いており,保護者からの信頼感がさらに高まったと考えられる.
本事例は,生成AIと自動音声応答システム(IVR)やAI搭載IP電話を連携させることで,電話業務を改革して,従業員の負担軽減と品質改善に伴う顧客のサービス向上を両立した事例であり,業界に関係なく,適用可能な内容である.
幼稚園では,少子化による園児数減少に伴い,限られた人員でより効率的な運営が求められている.しみずがおか幼稚園でも同様の状況で,特に事務業務は,幼稚園教諭の大きな負担となっていた.事務作業に追われることで,本来の業務である保育・教育活動に十分な時間を割くことができない状況が続いていた.
この課題を解決するため,しみずがおか幼稚園は,ChatGPTを特定の目的に合わせてカスタマイズしたGPTsを活用し,事務業務に特化した「なんでもポケット」を開発した.
「なんでもポケット for GPTs」の開発手順について説明する.まず,事務業務のワークフロー分析を行い,自動化可能な業務を特定する.次に,各業務の知識データやサンプルを集めてから,そのデータを活用するプロンプトを作成して,それらをもとに業務ごとにGPTsを開発する.しみずがおか幼稚園では,メール作成支援,園ブログ作成支援,園だより作成支援,連絡帳作成支援,指導要録作成支援,翻訳支援など,10種類以上のGPTsを開発し,これらを「なんでもポケット」と名付けた(図8を参照).
「なんでもポケット for GPTs」を開発した結果,①事務員の削減,②品質の標準化,③保育・教育活動に集中できる環境の構築,④事務業務の大幅な効率化(4倍から15倍),⑤年間約700時間の削減効果(1日に事務作業にかかっていた時間と年間の日数をもとに算出)などの効果が得られた.
これにより,業務効率化で職員の業務負担が減っただけでなく,質の大幅な向上と事務員の省人化を達成することができた.職員からは,「忙しいときに,とても便利」「連絡帳を作成する時間が短縮できた」「保育について,新たな視点をもらえる」などの声が寄せられ,生成AIの活用に対して,一定の信頼を得られた.
本事例は,生成AIを活用することで,事務業務を数倍効率化して,コスト削減とコア業務の質向上を両立できた事例であり,業界に関係なく,適用可能な内容である.
(株)ベネッセコーポレーション(以下,ベネッセ)は,あらゆる社会課題を「人」を軸に捉え直し,すべての人がやりたいことを探し,挑戦できる社会をつくりたいと考えており,企業理念「Benesse=よく生きる」をもとに,教育事業,介護事業を主に行っている.ベネッセでは,Digital Innovation Partners(DIP)を設置し,全社横断的にDXを推進している.教育や介護事業を通して,社会の構造的な課題を解決するために,問いを立て,データをつなぎ,新しい価値を創出すべく,活動を行っており,生成AIを活用した取り組みを行っている.以降では,取り組んできたステップやポイントをご紹介したい.
図9のように,「実験環境の構築」「社内業務の生産性向上」「顧客向けサービスの提供」の3ステップで,生成AIの活用を進めてきた.最初のステップとしての「実験環境の構築」では,情報流出などのリスクを軽減しながら社内で生成AIを活用できる環境の整備を行った.次のステップでは,コンタクトセンター業務やWebサイト制作といった社内業務において,生成AIを活用し,顧客体験の向上と効率化を目指し,「社内業務の生産性向上」を進めている.そして,さらに次のステップとして,「自由研究お助けAI」をリリースし,「顧客向けサービスの提供」を進めており,現在はそれぞれのステップをブラッシュアップさせながら,活動領域を広げている.
生成AIを活用した企画を検討する上では,次の5つのポイントがあると考えている.1つめは「企画者の体験機会を用意」で,自分自身で生成AIを使ってみる,実際の利用体験を通じて,そのメリットや効果を体感することである.2つめの「誰の,何のためのものなのかの特定」では,どのような人に対して,どんな価値を提供したいのかを明確にする形で,特に出力物の価値の定義を行うことである.サービスリリース以降は,ここで定義した価値が提供できているかの効果を検証する形になるため,最も大切なポイントとなる.
そして,次はこの価値を提供するにあたり,提供者が優れたものを提供できる理由を考える3つめで「差別化の検討」である.独自の情報やリソースを組み合わせ,競争優位性の源泉を考える.そして,4つめで「プロセスの設計」である.プロンプトの入力を受け取り,応答を返すまでのプロンプト設計を行う.最後の5つめは「入力と出力の調整」である.期待値とのギャップを意識しながら出力を調節する.
社内で体験できる環境を用意し,まずは実際に小さくても,はじめてみることが大切である.そのメリットや効果の体感をつくりながら,社内業務への適用や,本格的なサービスへの組込みにつなげていくことがポイントと考える.以降では,「自由研究お助けAI」と「テスト問題作成支援」の事例を通して,さらに詳細をご紹介したい.
自由研究お助けAIは,2023年7月にリリースしたサービスである.小学生の思考力の向上や興味関心を広げるため,夏休みの自由研究をテーマに,独自にカスタマイズし,「進研ゼミ小学講座」で提供したサービスである.「自由研究お助けAI」では,答えを教えるのではなく,AIキャラクターとのやりとりを通して,自由研究のアイデアやテーマを見つけるためのヒントを提供できるように仕組みを工夫している.
「実現したいこと」として「答えを教えるのではなく,考える力を養うサービス」とおき,「実現したいことを具体化するための実装面の工夫」として「答えを教えず,やりとりできる仕組みをつくる」をおき,「入力」「処理」「出力」のプロセスを設計し,サービスを具現化している.図10はポイントを具体的に整理したものである.特に,「何をするか」,「何をしないか」という観点から,入力に対する出力状況を確認しながら,チューニングを進め,「処理」として,入力内容制限やNGワード処理などを組み込み,実装している.出力されるものが,顧客の期待値を超える,役立つものになっているか,出力されるものに,リスクがないかを確認しながら,具現度を高めていることがポイントである.
テスト問題作成AIは,経済産業省の令和5年度「未来の教室」実証事業(生成AIを用いた教育サービスの検証)における,「教育現場における生成AIの効果的な活用方法と現場導入に向けた課題に関する実証事業」の中で行われた事例[6]である.教員オリジナルの授業実施や学力多層化が存在する中,全国一律の購入テスト活用が主流となっている現状に対し,生成AIを活用したテスト作問により,個別最適な学びに繋がる「教育の質向上」と「業務負担軽減」を図ることを目指し,実証検証を行った.
問題作問を進める上では,問題作問に有用な知識データや,出力する内容のコントロールが重要であることが分かり,プロンプトをつくる上で,実行タスク指示する「命令」,問題作問に有用な条件やインプット情報を入れる「文脈」,求める出力を定義した「出力形式」という軸で構造を定義し,実用性を高めていった.「文脈」については,条件として「学年」「教科」「単元名」,インプット情報として「学習内容」「問題例」「学習指導要領」といった知識データを整えている.また,「出力形式」としては,「出題形式」「出題数」を整え,出力結果として「設問」「選択肢」「解答」「解説」「測りたい力」など,必要な要素を出力できるようにしている.独自の知識データ(学習内容を反映した単元対応の教材データ)を入れることで,一般的な内容にとどまらず,単元内容をより反映した問題が出力される出力結果も見られた.
生成AIの急速な進化と普及に伴い,多くの組織がその導入と活用を模索している.しかし,その実装プロセスは複雑で,多くの課題が存在する.本章では,前章で紹介した事例をもとに,効果的な生成AI実装ステップを検討し,実践的な提案を行う.本節では,第2章で詳述した自動処理,しみずがおか幼稚園,ベネッセの事例を横断的に分析し,生成AI実装プロセスの共通点と相違点を明らかにする.これらの事例は,異なる業界と組織規模を代表しており,多様な視点から生成AI実装の本質を捉えることが可能である.まず,各事例における実装プロセスを時系列で整理し,比較分析を行った.その結果,業界や組織規模にかかわらず,いくつかの共通するパターンが浮かび上がった.特筆すべきは,すべての組織が段階的なアプローチを採用していたことである.初期段階では小規模な実験から始め,成功事例を積み重ねながら徐々に適用範囲を拡大していく傾向が顕著であった.この段階的アプローチは,リスク管理の観点からきわめて重要である.生成AIの導入は組織に大きな変革をもたらす可能性がある一方で,その影響を完全に予測することは困難である.したがって,影響の少ない業務から開始し,実績を積み重ねながら組織全体の理解と支持を獲得していくプロセスは,実装の成功確率を高める上で効果的であると考えられる.次に,各事例における成功要因と直面した課題を分析した.共通する成功要因として,トップマネジメントのコミットメント,明確な目標設定,そして継続的な効果測定と改善サイクルの確立が挙げられる.一方,課題としては,AIリテラシの向上,既存業務プロセスとの統合が共通して観察された.これらの分析結果を踏まえ,生成AIの業務適応ステップを表2のように整理した.各組織が類似したステップを踏んでいることが見て取れる.
本節では,自動処理,しみずがおか幼稚園,ベネッセという3つの異なる業界・規模の組織における生成AI実装事例を横断的に分析した.その結果,組織の規模や業種にかかわらず,いくつかの共通するパターンが浮かび上がった.特に注目すべき点は,すべての事例において,生成AIの導入が単なる業務効率化にとどまらず,新たな価値創造の機会として捉えられていたことである.たとえば,自動処理ではグローバル開発の新しいモデルの構築,しみずがおか幼稚園では24時間365日の受電体制の実現,ベネッセでは一人ひとりに合わせた学びの仕組みづくりや教育現場でのAIツール導入の実現など,各組織が生成AIを活用して従来のビジネスモデルや業務プロセスを根本から見直し,革新的なサービスや製品の開発に取り組んでいた.
各組織が生成AIを活用して従来のビジネスモデルや業務プロセスを根本から見直し,革新的なサービスや製品の開発に取り組んでいた点は,生成AI導入の重要な側面を示している.これらの分析結果を踏まえ,生成AIの業務適応ステップを6段階(課題特定と目標設定,実験環境の構築,パイロット実施,効果測定と最適化,適用範囲の拡大,新規価値創造)に整理した.この共通のステップは,組織が生成AIを効果的に実装する際の指針となり,業界や規模にかかわらず適用可能な汎用的なフレームワークの基礎を提供するものである.
生成AIの社会実装を早期に進めるには,強力なリーダーシップ,スモールスタート,そしてビジョンの理解がきわめて重要である.汎用的で効果的な生成AI実装ステップとして図11を提案する.
まず,組織のビジョンと課題を明確にすることから始める必要がある.チームリーダーや経営層など組織を動かすリーダーが,組織のビジョンを全社員に共有することで,組織全体に一体感と目的意識を持たせる.このビジョンの明確さは,後続のすべてのステップにおいて方向性を示すために不可欠である.同時に,社員からの意見を取り入れて現実的な課題を正確に把握し,実現可能な目標を設定することも重要である.次に,AIのメリットとデメリットを理解する段階に進む.このステップでは,AIの特性を深く理解し,その利点と欠点を全社に教育することが求められる.これにより,AI導入が業務にどのように貢献するかを具体的に示し,全社的な理解と支持を得ることができる.社員からのフィードバックをもとに,教育内容を調整し,現場のニーズに合った情報を提供することが重要である.
影響の少ない業務から開始する段階では,顧客に直接影響を与えない社内コミュニケーションや打合せの効率化,そして新人が最初に取り組むような業務を優先的に選定する.新人の業務は通常,組織全体や顧客に対する影響が少なく,かつ標準化されたタスクであることが多いため,生成AIの導入に適している.社内のコミュニケーションツールや打合せプロセスの改善に関するフィードバックを収集し,迅速に対応することが重要である.スモールスタートで実績を積み重ねる段階では,小規模なプロジェクトの成果を全社に伝え,AI導入の成功体験を共有する.このプロセスは,生成AIの効果や限界に対する社内の理解を深めるためにも重要である.実際に運用しながら,その成果と限界を体感することで,現実的な期待値を設定し,生成AIの役割を明確にする.スモールスタートのプロジェクトから得たフィードバックをもとに,次のステップへの改善点を特定し,意見交換を通じて最適化する.
段階的に適用範囲を拡大するフェーズでは,初期成功事例をもとに,他の部署や業務プロセスにAIの適用を広げる.拡大過程で発生する課題や問題点を迅速に解決するために,フィードバックを活用し,意見交換を活発に行うことが重要である.
新たな価値創出と差別化を目指す段階では,生成AIの導入によって新たな価値を創出するビジョンを明確にし,それを全社員に伝える.既存のサービスと生成AIを掛け合わせることで,新しい価値を生み出すことが可能である.また,企業ごとの知識データや実績データを活用することで,他社との差別化を実現する.これにより,市場での競争優位性を確立し,戦略的な取り組みを推進することができる.新たな価値を創出するためのアイデアや改善点を社内で活発に意見交換し,フィードバックをもとに継続的な改善を行う.
総じて,生成AIの社会実装には,AIプロジェクトスタート初期は強力な推進力を元にプロジェクトを進め,スモールスタートを通じて実績を積み重ねながら,使いたいと思う仲間を増やし,誰もが当たり前にAIを活用でき,使いたいと思える環境をつくっていくことが成功の鍵となる.これらの要素を組み合わせることで,AI導入の成功とその効果の最大化を目指すことが重要である.特に新人が取り組むような業務を含めることで,生成AIの有用性を実証しやすく,組織全体にスムーズに導入を広げることができる.またスモールスタートを通じて実績を積み重ねる過程で,生成AIの効果や限界に対する社内の理解を深めることができる.既存サービスと生成AIを組み合わせたり,企業固有のデータを活用したりすることで,新たな価値創出と差別化を図ることが可能となる.
自動処理,しみずがおか幼稚園,ベネッセの3つの事例から,人間と生成AIの効果的な協働の在り方が浮かび上がってきた.本節では,これらの事例から抽出された共通項をもとに,「人間と生成AIの協働モデル(図12)」を提案する.このモデルは4つの主要な領域で構成されており,各領域において人間とAIの相互補完的な役割が明確に示されている.
意思決定の高速化の領域では,生成AIによる迅速な情報処理と分析により,人間の意思決定プロセスが加速される.これは単に決定のスピードを上げるだけでなく,より多くのデータと洞察に基づいた質の高い意思決定を可能にする.自動処理の事例が特に注目に値する.同社では,AIによるコードレビューの自動化を導入し,バグの早期発見と設計品質の向上を実現した.この結果,開発プロセス全体の効率が大幅に向上し,人間の開発者がより戦略的な判断に集中できるようになった.
創造力の拡張においては,生成AIのアイデアを展開する力を活用して,人間の創造プロセスを拡張する.これは,AIが人間の創造性を制限するのではなく,新たな発想や視点を提供することで,人間の創造力を増幅させる可能性を示している.ベネッセの「自由研究お助けAI」は,小学生の考える力を促進することを支援しており,興味深い事例となっている.
業務効率化の面では,AIによる自動化と最適化を通じて,業務プロセスの効率を向上させる.これは単純な作業の自動化だけでなく,複雑なプロセスの最適化や,人間が高付加価値の業務に集中できる環境の創出を含んでいる.自動処理の取り組みが顕著な成果を上げている.技術ドキュメント,設計書,コーディングの自動化により,開発時間を75%短縮したことは,AIの効率化能力の証左である.この大幅な時間削減は,人的資源をより高付加価値な業務に振り向けることを可能にし,組織全体の生産性向上につながっている.
問題解決の高速化に関しては,AIの高速データ処理と知識ベースを活用し,複雑な問題解決を迅速化する.これは,大量のデータからパターンを見出し,過去の事例や知見を即座に参照することで,より迅速かつ正確な問題解決を可能にする.しみずがおか幼稚園の「AI主任システム」が示唆に富む事例である.このAIは,職員がいつでも幼稚園のルールや主任としての経験に迅速にアクセスできる.これにより,教育現場における問題解決のプロセスが加速され,教職員と保護者双方に利益をもたらしている.
本研究から導出された「人間と生成AIの協働モデル」は,AIが定型的な業務や情報処理を担当し,人間がより創造的で高度な判断を要する業務に集中できるようにすることで,業務効率の劇的な向上,サービスの質の向上,新たな価値創造,そして従業員や顧客の満足度向上に寄与することを示している.このモデルは,IT開発,教育,幼児教育など多様な分野で適用可能であり,今後さらに多くの領域で活用されることで,社会全体の生産性と創造性の向上につながることが期待される.
しかしながら,AIの活用において人間の判断と責任が果たす重要な役割については,さらなる考察が必要である.次章以降で,人間の役割と責任について,より詳細に検討していく.
生成AIの急速な発展は,社会や産業構造に劇的な変革をもたらしている.世界経済フォーラムの「Future of Jobs Report 2023」[7]によると,今後5年間で世界の全雇用の約23%が変化すると予測されている.具体的には,45の経済圏で6億7,300万人の労働者を対象として,6,900万人の新規雇用が創出される一方で,8,300万人の雇用が削減されると予想されている.この数字は,技術革新がもたらす構造的な変化の規模の大きさを如実に示している.さらに,Boston Consulting Groupのレポート[8]では,26%の人材が「自分の仕事がなくなるか,需要が大幅に減少する」または「自分の仕事が大きく変わり,大幅なリスキリングが必要になる」と考えていることが明らかになった.これは,技術革新がもたらす変化に対する不安が広く存在していることを示唆している.しかし,ここで重要なのは,AIが人間の仕事を単純に置き換えるのではなく,AIを効果的に活用できる人とそうでない人の間で,生産性や創造性の差が拡大する可能性が高いという点である.つまり,技術の進化に伴い,人間に求められるスキルや能力が変化し,それに適応できるかどうかが重要になってくる.この変化に適応するためには,継続的な学習,AIリテラシの向上,創造的思考力の強化,そしてAIとのインタラクションを通じてより良い成果を引き出すコミュニケーション能力の育成が不可欠となる.これらの能力を養うことで,技術の進化に柔軟に対応し,AIと共存しながら,より高度な価値を生み出すことが可能となる.個人レベルでの継続的な学習と並行して,組織レベルでの体制整備も重要となる.企業や教育機関は,AIを活用した新しい仕事の進め方を支援する体制を整え,従業員や学生のスキルアップを促進する環境を提供することが求められる.この変革期において,AIと人間の協働の在り方を模索し,それぞれの強みを活かした新しい価値創造の方法を見出すことが,個人と組織の双方にとって重要な課題となる.次節では,このような変化が具体的に仕事の在り方にどのような影響を与えるかについて詳しく見ていく.
生成AIの台頭により,仕事の進め方や成果の評価方法に根本的な変革が起きている.この変化を正しく理解し,迅速に適応することが,個人のキャリアと企業の競争力維持においてきわめて重要となっている.従来の仕事の進め方では,多かれ少なかれ人間の投入時間と成果がある程度の比例関係にあると考えられてきたように思う.そのため,プロジェクト管理においては,進捗を可視化し,管理者や顧客が状況を正確に理解し,納期までに成果物が完成するのか確認するために,議事録や報告書などの中間成果物を大量に作成する必要があった.しかし,中間成果物はあくまで中間成果物であり,成果物とはなり得ないプロジェクト推進のための間接コストである.生成AIを実運用する中で,こういった今までの仕事の仕方を見直してもいいのではないかと強く感じるようになった.
生成AIを効果的に活用することで,最終成果物に近い質のものを短時間で作成することが可能になった.図13のように,これは時間と成果が比例しなくなったことを意味する.
時間と成果が比例しないにもかかわらず,現時点の中間成果物を作成し,確認することは,この変化が進む中でほとんど無意味になってしまう.また直接的に成果物を作成することができるため,AIが生成した最終成果物を繰り返しレビューし,どの最終成果物を選ぶかという観点で成果物を評価することができるようになっている.この変化に適応できない人は,同じ時間では,AIを活用する同僚と比較して明らかに生産性が低いと評価されることになるであろう.従来の仕事の進め方に固執する従業員は,たとえ勤勉であっても,企業にとって価値の低い人材と見なされる可能性が高い.そのため,AIを効果的に使いこなし,その出力を適切に評価・改善できる能力が,これからの職場では必須のスキルとなる.経営者にとっても,この変化は看過できない重要性を持つ.AIの効果的な導入と活用は,もはや選択肢ではなく,企業存続のための必須要件となりつつあると感じる.AIを活用した業務プロセスの最適化や意思決定の迅速化を実現できない企業は,競合他社に大きく後れを取り,市場での競争力を急速に失うリスクに直面するであろう.たとえば,AIを活用して迅速に市場動向を分析し,製品開発や戦略立案に反映できる企業と,従来の手法に頼り続ける企業では,その意思決定のスピードと精度に大きな差が生じる.この差は,時間とともに指数関数的に拡大し,企業の成長率や市場シェアに決定的な影響を与えることになる.したがって,個人レベルでは,AIリテラシの向上と,AIと協働するスキルの獲得が急務となる.具体的には,AIツールの効果的な利用方法,AIの出力を批判的に評価する能力,AIと人間の強みを組み合わせて価値を創出する能力などが求められる.一方,組織レベルでは,AIを中心としたデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が不可欠となる.これには,AIツールの導入だけでなく,従業員のリスキリング,業務プロセスの再設計,そしてAIを前提とした新しい評価・報酬システムの構築が含まれる.この変革期において,変化に適応できない個人や企業は,急速に取り残されるリスクに直面している.しかし,この変化を機会として捉え,積極的にAIとの協働を模索する者には,かつてない生産性の向上と創造的な価値創出の可能性が開かれていると考える.
AIは驚異的な情報処理能力と高度な分析力を持つが,その本質は与えられた指示に基づいて結論を導き出すことにある.つまり,AIは結論を提示することはできても,その結論が本当に求められているものなのか,本質的な目的に合致しているのかを判断することはできない.ここに,人間が「問いを立てる」ことの重要性がある.適切な問いを立てることは,AIとの協働において人間が担う最も重要な機能の1つとなっている.それは単なる疑問文の形成以上の意味を持ち,課題の本質を見極め,目的を明確化し,新たな視点を獲得するための思考法である.たとえば,「どのような製品を作るべきか」という単純な問いかけではなく,「我々の顧客が5年後に直面する可能性のある課題は何か」「その課題を解決するために,現在の技術をどのように応用できるか」といった問いを立てることで,より創造的で革新的なアイデアを引き出すことができる.適切な問いは,AIの能力を最大限に引き出すと同時に,人間の創造性と洞察力を刺激する.
2章で紹介した事例を振り返ると,この「問いを立てる」能力の重要性が明確に表れている.たとえば,自動処理のケースでは,単に「オフショア開発をどう効率化するか」という問いではなく,「コミュニケーションの障壁をどのように克服し,開発の質と効率を同時に向上させられるか」という深い問いを立てることで,生成AIを活用した革新的なソリューションを生み出すことができた.同様に,しみずがおか幼稚園の事例では,「幼稚園の業務をどう効率化するか」という表面的な問いを超えて,「AIを活用して教育の質を向上させながら,同時に教職員の負担をどのように軽減できるか」という本質的な問いを立てることで,AI主任システムや電話業務改革など,独創的な解決策を見出すことができた.ベネッセの取り組みにおいても,「どのようにAIを教育に活用するか」という一般的な問いではなく,「答えを教えるのではなく,一人ひとりの考える力を養うために,いかにAIを利用するか」という深い問いを立てることで,「自由研究お助けAI」のような革新的なサービスの開発につながった.これらの事例は,適切な問いを立てることが,AIとの協働における人間の役割を最大化し,真に価値ある解決策や革新を生み出すための鍵となることを示している.問いを立てる能力は,本質の追求,前提の再考,多角的な視点の獲得,未来志向の思考,創造的な発想など,さまざまな要素から構成される.これらの要素を意識しながら問いを立てることで,AIとの協働における人間の役割を最大化し,真に価値ある解決策や革新を生み出すことが可能となる.特に,生成AIを活用する時代においては,「問いを立てる」という行為が人間の重要な役割となる.AIは指示に基づいて一定レベルのアウトプットを出すことができるが,その先の価値創造には人間の思考が不可欠である.社会が急速に変化する中で,常に新しい視点で課題を捉え直し,適切な問いを立てることで,AIと人間の協業はより効果的なものとなる.「問いを立てる」ことは,AIが前提となった社会において,人間が主体性を保ち,創造的な価値を生み出し続けるための鍵となる.それは単なるスキルではなく,未来を形作る力であり,イノベーションの源泉となる.我々は,この能力を磨き,活用することで,AIと共に新たな時代を切り拓いていくことができるのである.
生成AIの時代において,「共創」は新たな価値を生み出すための重要な概念となっている.共創とは,多様なステークホルダーが互いの知識,スキル,リソースを融合させ,共に新しい価値やイノベーションを創出するプロセスである.AIが膨大なデータ処理と分析を担う中,人間同士の対話を通じた共創がより一層重要になっている理由がここにある.人間はAIと同じ速度で思考や検討を行うことはできない.そのため,AIとの単純な対話や「壁打ち」だけでは,創造的なアイデアや革新的な解決策を生み出すには限界がある.一方で,人間同士の対話には独特の価値がある.人間同士が会話の中でひらめきを得るのは,互いの思考速度が合致し,共鳴し合うからである.この人間同士の対話と協働こそが,AIでは代替できない創造性の源泉となる.共創の本質は,単なる情報交換や協力関係の構築を超えたところにある.それは,異なる視点や知識の融合によって,個々の総和以上の価値を創出することを目指すものだ.Generative AI Japanは,まさにこの共創の理念を体現したプラットフォームとして機能している.Generative AI Japanが提供する場を通じて,本稿で紹介した自動処理,しみずがおか幼稚園,ベネッセのような異なる業界の企業が出会い,それぞれの生成AI活用事例を共有し議論することで,新たな知見や可能性が生まれた.このように共創は特に重要な役割を果たす.AIはあくまでもツールであり,人間の創造性や判断力,共感力を補完する存在である.AIの出力だけでは不十分であり,人間同士の対話と協力が不可欠である.Generative AI Japanの取り組みは,日本の文脈において特に重要な意味を持つ.欧米だけでなく,中国,韓国においてもオープンイノベーションによる共創事例が当たり前になりつつある一方で,日本の多くの企業や組織では依然として閉じた環境での検討が主流である.この状況は,今も続く「失われた30年」の継続を想起せざるを得ない.Generative AI Japanは,この状況を打破し,オープンイノベーションを促進する場として機能している.しかし,この状況は同時に大きなチャンスでもある.AI活用は全産業がゼロベースで再共創をする機会を提供している.適切な選択と戦略を立てることができれば,日本が国際競争で優位に立てる可能性は十分にある.Generative AI Japanの取り組みを通じて,この機会を最大限に活かし,日本が国際競争で優位に立つための基盤を提供したいと考えている.
生成AI時代において,「問いを立てる」ことと「共創すること」は,個別に重要な話であるだけでなく,これらを組み合わせることで,より大きな価値創造が可能となる.この2つの概念は相互に補完し合い,イノベーションの源泉となる強力な相乗効果を生み出す.適切な問いを立てる能力は,共創プロセスの質を大きく向上させる.多様な参加者が集まる共創の場において,的確な問いは議論の方向性を定め,創造的な対話を促進する触媒となる.たとえば,本稿で紹介した事例のように,単に業務効率化を目指すのではなく,「AIを活用してどのように本質的な価値を高められるか」という問いを立てることで,より革新的なソリューションの探索が可能となった.
一方,共創の環境は,より深い,多角的な問いを生み出す土壌となる.異なる背景を持つ参加者が対話を重ねることで,単一の視点では思いつかなかった問いが浮かび上がる.これにより,AIの出力に対する判断基準が豊かになり,本質的な目的に合致しているかどうかを多面的に評価することが可能になる.さらに,問いを立てることと共創することの組合せは,AIとの効果的な協働を実現する上できわめて重要である.AIは与えられた問いに基づいて情報を処理し,結果を導き出す.しかし,その問いの質と範囲は,人間の創造性と洞察力に依存する.共創の場で生まれた多様な視点からの問いは,AIの能力を最大限に引き出し,より包括的で革新的な解決策の探索を可能にする.生成AIは,この問いを立てることと共創することの相乗効果をさらに高める触媒としての役割を担う.大量のデータを分析し新たな洞察やアイデアを生成することで,人間の創造性を刺激し,共創を活性化させる.また,異なる分野の専門家間のコミュニケーションを促進し,知識や情報の共有を円滑にすることで,共創をより効果的なものにする.
本稿で紹介した事例は,まさにこの相乗効果を示している.たとえば,教育分野でのAI活用事例が,製造業やサービス業に新たな視点を提供し,それぞれの分野でも検討が深められている.これは,異なる分野の知見を共有し,新たな問いを生み出すことで,AIの可能性を最大限に引き出した結果と言える.このプロセスを通じて,参加者は単に知識を交換するだけでなく,新たな視点を獲得し,より本質的な問いを生み出す能力を磨いていく.同時に,立てられた問いに基づいて共創を行うことで,より具体的で実行可能なイノベーションのアイデアが生まれる.この循環的なプロセスが,AI時代における持続的な価値創造の核心となる.問いを立てることと共創することの相乗効果を最大化するためには,組織や社会全体でこれらのスキルを育成し,実践する機会を提供することが重要である.たとえば,企業内での部門横断的なワークショップの開催,異業種間の定期的な対話セッションの設置,あるいは教育機関でのプロジェクトベースの学習など,さまざまな形でこの取り組みを推進できる.
結論として,問いを立てることと共創することは,AI時代における人間の創造性と洞察力を最大限に発揮するための車の両輪である.これらを効果的に組み合わせることで,我々はAIとの協働を通じて,より豊かで持続可能な未来を描くことができる.手段と目的を取り違えることなく,人間がAIに適切に指導し続けることが,AIが当たり前になった2023年以降の人類に求められているのである.
生成AIの急速な進化と社会実装が進む中,我々は新たな価値創造の時代の入り口に立っている.本稿で論じてきた「問いを立てる」ことと「共創」の重要性は,AIと人間が協調する未来社会における価値創造の核心となるだろう.AIと人間の共進化による新しい知的創造の時代において,人間の役割はより重要性を増している.AIは膨大なデータを処理し,人間の思考を補完・拡張する強力なツールとなる一方で,真の価値創造は依然として人間の創造性と洞察力に委ねられている.この状況下で,適切な問いを立て,多様な視点から共創を行うことは,イノベーションの源泉となる.
本稿で紹介した事例は,生成AIを活用した革新的なアプローチがさまざまな産業で実現可能であることを示している.教育,製造,サービスなど,異なる分野での成功事例は,AIがもたらす可能性の広がりを明確に示している.しかし,これらの成功は単にAI技術を導入しただけでは達成できない.適切な問いを立て,多様な視点を取り入れた共創プロセスがあってこそ,真の革新が生まれるのである.日本の産業界は今,大きな転換点に立っている.従来の閉鎖的な開発や意思決定プロセスから脱却し,オープンイノベーションを通じた共創へと移行する必要がある.AI活用は,全産業がゼロベースで事業を再構築するチャンスであり,適切な選択と戦略を立てることで,日本が国際競争で優位に立てる可能性は十分にある.そのためには,産学官の垣根を越えた協力体制の構築が不可欠である.Generative AI Japanのような取り組みをさらに発展させ,企業,研究機関,政府機関が一体となって生成AI活用の知見を共有し,新たな価値創造に向けた議論を重ねていく必要がある.我々は今,人類史上最も挑戦的かつ可能性に満ちた時代の入り口に立っている.AIという強力な同伴者を得た我々は,かつて想像もできなかった領域に踏み出そうとしている.この新たな旅路において,日本が世界をリードする立場に立つことは十分に可能である.
Generative AI Japanは日本の産業界と,オープンイノベーションを通じて生成AI時代の革新を主導する団体として,問いを立てる力と共創の精神を礎に,我々は新たな価値創造に向けて邁進する.そして,この取り組みを通じて,日本の国際競争力を飛躍的に高め,より豊かで持続可能な社会の実現に貢献していくと宣言する.生成AI時代における価値創造の旅は,まだ始まったばかりである.しかし,適切な問いを立て,多様な知恵を結集する共創のプロセスを通じて,我々はこの挑戦を乗り越え,輝かしい未来を切り拓いていくことができるだろう.その未来に向けて,今こそ力強く一歩を踏み出すときなのである.
國吉啓介
kuniyoshi@generativeaijapan.or.jp
筑波大学大学院人文社会ビジネス科学学術院ビジネス科学研究群博士後期課程修了.博士(経営学).(株)ベネッセコーポレーション,(株)ベネッセホールディングスにて,データ利活用によるDX推進に従事しながら,(一社)Generative AI Japan の設立に参画し,現在業務執行理事兼事務局長に従事.人工知能学会,計測自動制御学会各会員.
高木祐介
takagi.yuusuke@automation.jp
2023年経済産業省生成AIアドバイザー.東京都生成AIガイドライン監修.IPAデータ環境推進委員.APIテクニカルブック起草.生成AIと,データ整備・利活用の専門家.生成AIに関する社会動向の講演や,業務のあらゆる分野に実践的に生成AIを導入していくコンサルティングを行っている.
鈴木雄大
contact@arcott.ac.jp
早稲田大学政治経済学部経済学科を卒業した後,プライム市場のIT企業に入社.システム開発や運用を経験した後,ビッグデータを扱う部署の設立に参画.2016年から,(学)アルコット学園しみずがおか幼稚園に入職.以降,副園長として,生成AIを活用したDXを実施.残業ゼロや年間休日145日以上を達成.現在は,他の幼稚園や保育園に活用事例を共有し,教育業界全体の効率化を推進中.
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