マルチコンピューティング(株)(以下,当社)は小松事業所(石川県小松市)を本社とし,東京事業所,富山事業所の3事業所で,展開している独立系ソフトウェア開発会社である.当社のお客様は,北陸地区,首都圏,中京圏,九州におよび,お客様が要望するシステムの開発や保守を行っている会社である.
1994年1月6日に起業し,社員は73名が在籍しており,小松事業所は42名,東京事業所は21名,富山事業所は10名という内訳である.
当社には社内業務システムを管理する組織はないため,このシステムの開発および保守は業務作業に余裕のある社員が空いている時間を利用して行っている.
本稿では,私がリーダーとなり,コロナ禍に翻弄されながら,社員の業務効率を維持するために直面した課題と対応内容について論述する.
当社の社内業務は,顧客のシステム開発作業および保守を始め,勤務表,勤怠届出書,テレワーク申請書,旅費交通費申請,作業工数登録,ISO/IEC 27001情報セキュリティ[1]に関するシステムなど多岐にわたり,承認フローは,ファイル共有サーバやメールの送受信により行っていた.これらは,会社の事業に不可欠の事項であり,一部は内製した専門システムを使用しているが,Microsoft Excel(以下Excel)等で作成した報告書による社内業務も残存している.
社内業務システムは,コロナ禍によるリモートワークになることは想定していない時期に設計および構築していたため,社内ネットワーク配下の運用を前提としたものであった.
2020年4月に東京都へ緊急事態宣言が発令され,また,業務従事している首都圏のお客様からもテレワークによる業務遂行を要請され,東京事業所管下の社員については会社としてテレワーク業務を許可する通達を出すこととした.
その後,緊急事態宣言は全国へ拡大し,本社のある石川県の事業所や,富山県の事業所の社員に対してもテレワーク業務を許可する必要に迫られ,通達を出した.
社内業務システムおよびインフラ環境においては,社内環境での業務システムを前提としていたため,穏やかなテレワークへのシフトにより時間を稼ぎ,その間に,社外ネットワーク環境からの業務システムの利用を許可する際の問題把握と対策を行おうと考えた.
テレワークを利用した業務作業は初めての試みであるため,生産性が落ちることを懸念し,それを補完するためテレワークを許可する際,週1日の出社を条件として認めることとしたが,当時の都内社会情勢では電車による通勤は忌避され,出社しての業務の実現は難しくなった.当時は,毎日のように新型コロナウイルス感染症罹患者数が報道され日々一喜一憂する中で,タイムリーな会社運営が追いつかず,この条件は有名無実化してしまい,業務効率の低下が顕著に表れてきた.
提出物に関しては,出社しての提出は難しくなってきたため,Excelで作成した電子ファイルを社内ファイルサーバ上で共有する運用へ変更した.承認フローについては,電子捺印としてフリーソフトを用いて印影画像を貼り付けることで運用を行ったが,効率を上げるにはまだまだ不十分であった.
テレワークを始めて3カ月が経過すると東京事業所では95%以上.小松および富山事業所では60%以上がテレワーク形態で業務を行う状況になり,次第に以下の課題が表面化してきた.
コミュニケーションツールとして一部ではSlackやZoomを利用していたが,それぞれのライセンス料を累積すると高額となり,通話時間やストレージ容量は制限された範囲までの利用となるので,業務には向いていなかった.
また,リモートから社内ネットワークへのアクセスはVPNが敷設されていたが,メール送受信,業務で発生したファイルの格納先は社内ファイルサーバであったため,常にVPNを接続して作業を行わなければならなく,コミュニケーションツールも併用すると通信パケットがすべてVPN経路上で流れるため,通信経路上のサーバおよび社内ネットワークの負荷が高くなり,業務に支障が発生した.
当社では,コロナ禍前から社内のイントラネットで利用可能な業務システムが数本あり,テレワーク作業場所からの利用はVPN接続であるため,これもネットワーク負荷を高める要因になっていた.
VPN経路以外のグローバルな環境からの接続では,サイバー攻撃による被害は絶え間なく報じられており,当社のような小規模な会社が免れるという保証は一切なく,セキュリティ観点で以下の様なリスクが考えられた.
出社勤務では上司は,社員が業務遂行状況等の把握は本人の顔色や行動でキャッチし,対応することができたが,テレワークにおけるコミュニケーションツールを利用した会話は,指定された会議の間のみ声や顔を確認することだけに留まり,本人のモチベーションを把握することが難しくなった.
この把握が遅れることは,社員の人生を狂わす上に,当社としてもインパクトが大きいため,特に重要な事柄である.
コロナ禍以前では,出社に伴いホワイトボード(行き先掲示板または行動予定表とも言う)を「出社」に,帰宅時には「退社」にすることにより,一目で休暇なのか出張中なのか,在席か空席かが分かり,管理職は部下の勤怠状況と行動把握が可能だった.
テレワークでは,Microsoft Outlook(以下Outlook)のカレンダに記載があったとしても会議予約などと混在し,一目で確認が困難であった.
発生した課題に対して業務の効率を維持するためには,社員に対する心のケア(ヒューマンケア)と職場環境面で不安なく業務を遂行できるように,ITインフラの充実も必要と感じ,2つの面から課題解決にあたった.
これまでは,社員が業務を遂行する上で問題なく職務を行っているかの判断の1つとして,顔を見て挨拶をする,日常会話を交わすなどの行為でお互いに確認することができていたが,これがコロナ禍でできなかった.当初は職務の様子を確認するために「面談」というスタイルを考えたが,自然な対応ができないと考え「1on1ミーティング」[5]を用いて確認することとした.
「1on1ミーティング」とは,定期的に上司が部下の成長を目的に行われる1対1の話し合いであり,査定のためのスキル確認やプロジェクト遂行を行うための目標や成果を確認する面談とは異なり,部下の成長を目的に行われる.「人材育成」を目的にアジェンダ設定や話題の振り先などの主導権は部下にあり,上司はそれを受け入れ話し合いをするミーティングのことを指す.
当社の場合,初めての試みとなるため,初年度は3回ミーティングを実施することとした.
「1on1ミーティング」は,部下の成長を目的に行うものであるが,何か行き詰っている点がないかどうかも併せて確認することができるのではないかと考えコミュニケーションの内容を工夫した.これにより,公私に渡り充実しているかどうかを把握することができた.
貧弱なインフラ対策の対応として,取り急ぎ社内業務システムをグローバル外部環境から利用可能にすることを優先し進めることにした.
コロナ禍以前は,ファイルはMicrosoft Word(以下Word)やExcelはパッケージ版を利用して社内ファイルサーバで共有していた.ファイルはMicrosoft 365 Apps for Businessを購入し,Microsoft SharePoint上で共有することから始めた.
コミュニケーションツールもこのプランに含まれていた Microsoft Teams Exploratory試用版のMicrosoft Teams(以下Teams)を利用することで一元化することができた.
次に,この試用版ではメールサーバもクラウドで運用可能であったため,社内で運用していたメールサーバをクラウドに移行することにした.
以上の結果,VPNの接続がなくてもファイル共有,メールアクセス,乱立するコミュニケーションツールおよび社内ネットワークの髙負荷問題がすべて解決し,安定したテレワーク作業が可能になった.
しかも,Microsoft Teams Exploratory試用版は1年6カ月間利用可能であったため,初期費用を抑えることができた.試用期間終了後は,Microsoft 365 Business Standard へアップグレードし,現在もこのプランを継続している(Microsoft Teams Exploratory試用版は100ユーザまで試用可能.当時はMicrosoftの拡販サービスで1年以上試用可能であったが,現在は1年である).
脆弱なセキュリティを抱えている社内システムをグローバル環境から利用可能にするためには,Microsoft 365のAzure Active Directory(以下Azure AD)のアカウントで認証を行ったユーザのみ社内システムにアクセスする機構を導入し,認証を通過したユーザのみ社内システムへアクセスすることができれば,社内システムの変更が不要であることが分かった(図1).
フロントエンドにリバースプロキシを導入し,社内のイントラネットに接続する経路の途中にAzure ADのアカウントに対しSAML認証を行うApacheモジュール(mod_auth_mellon[6])を組み込んだ.これにより,認証を通過したユーザのみ社内システムへアクセスすることで,一連のセキュリティリスクが低減化することができ,大規模な設備投資を行うことなく外部から利用可能にすることが実現できた.
当社では,IT業界に身を置いている以上,できるだけ内製でチャレンジし,それにより得た知見をお客様向けにご提供したいと考えている.
テレワーク導入当初においては,自宅から会社業務開始に相当する「出社」や終了する「退社」を通知する仕組みが存在せず,勤務中と勤務外の区別が付きにくい状態で業務を行っていたため,管理職は部下の勤怠が把握できない状態であった.
当社では,コロナ禍の前から社内ネットワークで使用可能なXrossと呼ばれるポータルツールに「出社」「退社」ボタンがあり(図2),これを押下することにより,ブラウザ上で社員の出社状況が確認できていた.今回,グローバル環境から操作可能することにより,第三者から出退勤の把握ができるようになった.
2020年夏頃に全国に発令されていた緊急事態宣言が緩和され,自家用車通勤が多い小松事業所や富山事業所では会社に出社して執務を行うことが増えてきた.
コロナ禍以前よりNFCカードによる入退室管理システムが稼働しており(図3),今回このシステムを機能拡張し,Xrossの「出社」「退社」と連動することにより利便性が向上した.NFCカードを用いた認識を可能にしたため,社員のスマートフォンでも利用可能とした.
この2つの対応で,テレワーク先からでも出社しても,出退勤の情報共有が可能になった.
管理職より出退勤状況だけでは,勤怠状況や作業場所,直近の勤怠状況の把握が難しいことが意見された.
ホワイトボードに相当する勤怠状況や作業場所の掲示をシステムに取り込めないかとMicrosoft 365が採用しているMicrosoft Outlook(以下Outlook)カレンダーの利用を検討したが,会議予約,イベントと出退勤勤怠との区別をつけることができないため,利用を諦め自社システムを内製することにより解決しようと考えた.
この自社システムは,拠点を超え,全社員の出勤状況,出勤時間や出張,外出などが一目で分かる,いわば「オンライン版のホワイトボード」をめざすこととした.
システムの名称は,当社は“MC”もしくは“MCC”と略して呼ぶことが多くあり,社員をStaffと呼んでいることよりこれら組合せで「MCStaff」と決定した.
MCStaffは,「SignalR[7]」と「MCStaffWeb」を組み合わせたサーバと作業端末で常駐する「MCStaffアプリ」のサーバクライアントシステムとした(図4).
サーバは,リバースプロキシでグローバル環境からアクセス可能にし,Azure ADのOAuth2/OpenID Connect(OIDC)認証[8]を通過したユーザのみ利用可能としている.クライアントへのリアルタイムな配信は,SignalRを使用し,勤怠情報および出退勤情報については,既存の入退出システムおよびXrossと連携したMCStaffWebが集約管理している.
作業で利用するPCには「MCStaffアプリ」がバックグランドで常駐し,作業端末のリアルタイムの状況の登録と他社員の情報通知を行っている.このアプリが次世代のホワイトボードとして就業状況が認知可能になった(図5).
MCStaffアプリは,主に以下の機能を持っている(表1).
コロナ禍以前から一部の事業所では防犯目的で社内の執務室が確認できるようにWebカメラが設置されており,限られた権限を持っている職務者からブラウザを利用してモーション画像として見られるようになっていた(図6).当初は監視されているという意見があり社内公開はされていなかったが,テレワーク作業中でも執務室の様子を確認できるように一般社員にも公開し,リモートアクセスを可能とした.
当初は好意的に受け止めていなかったが,これを見ながら業務を行っていると距離を超えた一体感を感じるのか,時間の経過とともに監視されているという意識が薄くなってきた.『電話をする際にもこの画面で先方の様子を確認してから電話をする』,『オンライン会議に反応がなかった際もこの画面を確認する』などの行動が次第に社内で習慣化し,社内コミュニケーションの円滑化にもなり,肯定的に受け止めてもらえるようになった.
また,防犯や事故発生時の分析を目的として,直近数カ月分を動画として保存するためにタイムラプス(限られた職種のみ閲覧可能としている)加工するシステムを内製した.
特に評判が良かったのは図6の右上で示すところの,天井に設置した魚眼レンズでの全方位撮影である.通常のカメラでは,セキュリティが高い部署の設置は手元がハッキリ分かることやモニタ画面などが映り込む危険性があり撮影不可となるが,天井設置カメラでは全体を俯瞰することで焦点が分散されるため,問題なく撮影が可能になった.
今回,ヒューマンケアを含めて環境を構築および整備することにより,ITベンダとしてリモートワーク業務と出社業務を併用可能なハイブリッド業務環境を低コストで構築することができた.図7はリモートワーク率が90%以上となっている東京事業所の平均した1名あたりの生産高を示す.
導入初年度(2020年度)はモチベーション低下による個人平均生産高の低下が見られたが,2021年では浸透するにつれそれらが回復し,現在では安定した業務を遂行している.
当社においては,勤務表や勤怠届出書など,Excelで作成したファイルに電子印を捺印し,最終的に紙で保管している社内業務が残存している.今後,MCStaffを拡張することで,名実ともなったデジタル化をすすめ,証跡も含めて管理できるようなシステム改変を計画する予定である.
また,導入済みのMicrosoft 365の一部機能であるOutlookのスケジューラとMCStaffのスケジュールを連携することにより,さらにOneStop化が実現され,ケアレスミスの低減化と業務効率をさらに向上させることが可能になるものと考えており,これらも実現したいと思っている.
コロナ禍も3年目にさしかかり,「Withコロナ」を見据えて市販の顔認証付き表面体温測定機器(図8)を導入した.次のステップとしては,入退室管理システムはNFCカードに加え,社員および訪問者の顔認証と,同時に測定した温度の履歴管理を行いたいと考えている.
以前より「働き方改革」と言う言葉があったが,コロナ禍を起点として,出社勤務とテレワーク勤務が混在する「ハイブリッド」な働き方が当たり前になるブレイクスルーを彷彿とする改革を乗り越えていく上では,生産性を維持すべく社員の働く意欲を低下させないようなヒューマンケアとインフラ環境の充実が必要であると考える.
また,リーダや管理者は生産性や売上を意識するために,無意識の内に部下の監視を強める傾向にあるが,テレワークで作業を行っている社員に対して働きぶりを過度に憂慮することを止め,部下にそのことを意識しないように心がけることが,生産性や売上の維持につながると考える.
石川県という地方で起業した小規模なソフトウェア会社が,内製にこだわり,手探りでコロナ禍を何とか乗り越えようといくつかのチャレンジを行ったものであり,皆様方にとって何らかのお役にたてば幸甚である.
卜部和敏(非会員)
urabe@mcomp.co.jp
1984年金沢市立工業高等学校電子科卒業.1984年共同コンピュータ(株)入社.1994年マルチコンピューティング(株)を複数名とともに起業.技術者コミュニティーに参加しながら技術を習得し,クライアントアプリケーションからクラウドアプリケーションまで幅広く開発業務を行い,取締役・開発本部本部長に従事.
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