会誌「情報処理」Vol.64 No.11(Nov. 2023)「デジタルプラクティスコーナー」

機械学習プログラミングのスキル習得における集団学習の有効性

戸髙 亮1  梅本典明2  小坂井歩3  鈴木達貴4  原ちづる5

1アース製薬  2リコーリース  3メディカルシステム研究所  4アシスト  5エムアンドシーシステム 

企業に所属する現場の技術者9名がアシストソリューション研究会が催す2021年度AI・機械学習分科会に集い,機械学習プログラミングのスキル習得を試みた.筆者らは集団で同一内容の学習を行う集団学習の手法を用いて,機械学習プログラミングのスキル習得を実践した.本稿ではプログラミング初学者,機械学習初学者,大学あるいは企業で機械学習を就学した者など知識や経験レベルの異なるメンバである筆者らが2021年3月から同年10月までの8カ月間において実践した集団学習のプラクティスをまとめている.なお本稿は筆者らの個人的な見解であり,所属する団体,組織の意見を代表するものではない.

※本稿はアシストソリューション研究会 推薦論文です.
※本稿の著作権は,(株)アシストに帰属します.

1.テーマと背景

1.1 研究テーマ

本稿の目的はAI・機械学習(以下,AI/MLと称する)の分野において効果的な学習の進め方を明らかにすることである.当分野において,機械学習プログラミング実装のスキル習得を選択した.本稿でいう機械学習プログラミングとはPython言語を使用し同言語ライブラリであるデータ解析ビジュアライゼーションライブラリmatplotlib,データ分析および機械学習ライブラリscikit-learn等を用いて,特定の問いに対して適切な解を予測するプログラムを組むことを指す.

同スキルの習得にあたり集団学習が学習結果に良好な影響を与えると仮説を立て,集団学習が同スキル習得に及ぼす作用について研究した.

1.2 研究背景

AI/MLのスキルを持つ人材の需要と供給との間に大きなギャップが生じていると筆者らは考える.

経済産業省「IT人材需給に関する調査」[1]ではAI/MLなどの先端技術に携わるIT人材が不足すると述べられている.同書によるとAIを実現する数理モデルの研究や,AI機能を搭載したソフトウェアや製品の開発者などのAI人材について,2025年に2.7〜8.8万人の人材が不足する需給ギャップが発生すると予測している.

また日本経済新聞2020年1月27日付けの記事「AI関連人材の転職求人倍率10倍 争奪戦なお,未経験者,外国人材も増加」[2]によると,AI関連人材の中途採用者の求職1人あたりに対し6〜10倍の求人があると述べられている.厚生労働省「一般職業紹介状況(令和3年3月分及び令和2年度分)について」[3]では2020年度の平均有効求人倍率は1.10倍と述べられている.

定義および時期が同一ではないため,単純な比較はできないが,求人全体に対して特にAI関連人材に対する需要が大きい状態であると考えられる.これらのことからAI/MLに携わる技術者の需要は増加しており,同様にAI/MLの技術需要も高い状態にあると考えられる.

1.3 研究の意義,必要性,重要性

再度,経済産業省「我が国におけるIT人材の動向」によれば,AI/MLなどの先端技術を用いる業務に従事するIT人材を先端IT人材(デジタル人材)と呼称し,それらに従事しないIT人材を非先端IT人材(従来型人材)と区別しているが,デジタル人材においてはAI/MLの業務に従事している,あるいは従事した,今後従事すると回答したものがのべ54.6%に上るのに対し,従来型人材は0%であった.

これはAL/MLの人材需要は増加しているが,需要を満たせるのはすでに先端技術の業務に従事しているデジタル人材のみで,従来型人材がこれらの人材需要を満たすことができていない状況を示している.このことからデジタル人材の新規輩出だけでなく,従来型人材からデジタル人材への移行にも,社会的な需要がある可能性を指摘する.従来型人材からデジタル人材への移行において,従来型人材の所持するプログラミングスキルに着目した.機械学習を用いた予測モデル構築のプログラミングスキルの習得が,デジタル人材移行への一助となると筆者らは考え,同スキルの習得にあたり効果的な学習方法を考察した.

1.4 当テーマの既存対策

大学などの高等教育機関の該当学科の授業やプログラムを受講し学ぶ,該当カリキュラムを提供する有償のスクールに入学して学ぶ,書籍やe-ラーニング動画などを用いて独習することなどが既存の対策として挙げられる.

1.5 既存対策の欠点

従来型人材から先端人材への移行において,既存の対策には次の欠点が挙げられる.

高等教育機関(特に全日制の大学あるいは専門学校と仮定する)は就業しながら就学することの難易度は非常に高い.定時制の学校あるいはオンラインスクールは,就業と就学の両立は可能であるが,依然として難易度は高いと筆者らは考える.

また高等教育機関ではカリキュラムを与えられ,学習を進める形式が採られる.学習内容は他者が選定した内容であり,目的意識は学習者が独自に育てる必要がある.また学習内容の決定に当人の意思が反映されていないという欠点がある.

独習は自身の意思のみで学習を行うため,学習継続に強い意志の力が必要になると筆者らは考える.また学習内容や教材を選定する必要があるが,選定にあたり機械学習プログラミングにおいては,必要な知識やスキルが多岐に渡るため,独力で学習内容や教材を選定する難易度は高いと筆者らは指摘する.

機械学習の理論を理解するためには数学や統計学の知識を要し,実装するためにはプログラミング言語の選定や各機械学習ライブラリの特徴や選定,あるいは使い方のスキルや知識を要するなど,幅広い範囲の知識やスキルを積み重ねる必要がある.また独習では学習計画を自身のみで立てる必要があるため学習進捗状況の把握が集団学習と比較し困難である.

1.6 研究の目的

機械学習プログラミングのスキル習得において集団学習がいかなる点で有効であるか研究した.具体的には,集団学習が及ぼす効果および条件を明らかにすること,既存の対策の欠点に対し集団学習が有効といえるかを研究した.

1.7 研究方法の概要

本研究は(株)アシストの主催するソリューション研究会の分科会活動として実施した.本研究には各人が所属企業の上長の推薦や許諾を得て参加した.業務の一部として就業時間や業務外の私的な時間を充てて研究を行った.

筆者らを含む研究参加者を対象に機械学習プログラミングの集団学習を行った.既存の対策と比較し同スキル習得において集団学習が有効であるかを研究した.

本稿の集団学習とは,参加者で学習内容を採択し,同一内容を特定期限までに履行することを指す.具体的には次の要素を持つものを集団学習と定義する.

  • 共通の目的や学習内容に向けて,集団で学習が実施されており,学習履歴や工程の記録が残されている.
  • メンバ間で都度質疑応答が行えるなど十分なコミュニケーションが取れている.
  • 学習過程において,定期的に計画に対する進捗状況の確認および管理が実施されている.

筆者らを含む研究参加者を対象に機械学習プログラミングのスキル習得を目的に集団学習を実施した.4カテゴリ8項目からなる理解度チェックを研究開始時,中間(4カ月)経過時,活動終了時の計3回実施し,学習効果を測定した(表1).理解度チェックは各項目ごとに0〜4ポイントの5段階からなり,理解の深さに応じて高い点がつく.該当項目についてまったく知識がない,あるいは理解していない状態を0ポイント,断片的に理解しているレベルを1〜3ポイント,該当項目について他者に指導可能なレベルを4ポイントと設定した.これらのチェックは対象者の自己評価による採点とした.

表1 理解度チェック項目
理解度チェック項目

筆者らは同期型,非同期型の集団学習[4]を併用した.本研究における学習はCOVID-19の感染対策としてすべてオンライン上で行った.集会はインターネットビデオ通話ツールZoomを使用し,ドキュメント作成および共有はGoogleの提供するファイル共有サービスGoogleDriveを利用して行った.オンライン(e-ラーニング)における同期型,非同期型学習の併用は戸田俊文,益子典文(2006)[5]により有効性が考察されている.

同期型学習とは,同じ時間に集合し全員で学習を行う学習方法である.本研究では講義学習やモブプログラミング,学習進捗の相談会などが該当する.同期型のメリットは即時にコミュニケーションが取れる点にある.具体的には学習の不明点や疑問点を口頭で発言または回答可能であることがメリットとして挙げられる.デメリットは全員の時間を拘束すること,講義やモブプロのプログラムなどのコンテンツを準備する必要があることが挙げられる.

非同期型学習は,本研究では全員で同じ書籍やチュートリアルコードなどを学習する,機械学習コンペティションへの投稿が該当する.学習内容を宿題として持ち帰り個々のペースで学習を進める.メリットは個人のペースで学習を進めることができることである.デメリットは即時的に質問ができないため,自己解決するかオンラインで質問するなど疑問点の解消に時間がかかることである.

筆者らはどちらも集団学習であると定義する.双方のメリットを活かしながら,同期型,非同期型の両学習を併用し集団学習を進めた.

なお,本研究の対象者にはプログラミング未経験者も含まれているが,企業のIT部門社員が持つ標準的なパソコンの操作スキルやプログラミングアルゴリズムの基本的な知識など,ITに対する初歩的な知識や知見はあらかじめ有するものとして学習を進めた.

1.8 研究結果の概要

研究開始時と終了時の理解度チェックの平均値を比較した.機械学習の項目において理解度チェックの平均値が0.89ポイントから1.56ポイントに0.67ポイントの向上が見られた.並びに全8項目平均も0.97ポイントから1.33ポイントに0.36ポイントの向上が見られた.集団学習は機械学習項目のポイント向上に寄与したと考えられる.このため集団学習は機械学習プログラミングのスキル習得に効果があると筆者らは考える.

2.研究方法

2.1 実施方法

理解度チェックを基準に期間を分割する.開始から中間の理解度チェックの期間を前期と称し,中間から終了までの期間を後期と称する.

前期では理解度チェックの結果をもとに,対象をAチーム・Bチームの2チームに分割した.これは開始時においてスキルレベルが異なり学習内容の選定が困難となることから,2セグメントに分割し各チームで集団学習を実施した.後期ではAチーム・Bチームを統合し,1つの集団として同一の学習を行った.前期・後期の期間と各チームおよび全体は後述の3.2節 実施内容における各表と対応する.

第4章では,中間・終了の理解度チェックにおいてA・Bの各チームに分割した結果を載せている.これは開始時におけるスキルレベルの違いが,学習結果にいかなる変化を与えたかを考察する目的で記載した.

2.2 実施内容

前期は次の目的と学習内容を選択した.AチームはPythonプログラミングのスキルの理解度向上を目指し,Bチームは機械学習のスキルの理解度向上を目指した.使用言語はPythonを使用する点を共通ルールとし,エディタ・コンパイラなどの開発環境はその学習内容に対し適切なものを適時選定するとした.実施内容を次の形式で説明する(表2).

表2 実施内容表の説明図
実施内容表の説明図

前期AチームのPython書籍学習(表3)では書籍選定のため複数の文献を試読し,内容がやさしく機械学習ライブラリ使用の章があることから該当の書籍に決定した.書籍をもとにPython実行環境構築にはじまり,Pythonのデータ分析および機械学習ライブラリであるscikit-learnを用いて画像ファイルに描画された数字の識別を行う方法を学んだ.

表3 Python書籍学習の実施内容[6]
Python書籍学習の実施内容

前期Bチームはアヤメの分類・タイタニック生存者予測の機械学習チュートリアル課題を通して,予測モデルを構築する手順を学んだ(表4).その知識をもとにスポーツ振興投票totoくじにかかわるサッカー試合の勝敗予測モデル構築(以下,totoくじ予測モデル構築またはtotoくじ予測と称する)を行った(表5).Jリーグの試合の公開データを調査し,予測モデルのためのデータセットを作成した.

表4 アヤメ・タイタニックチュートリアルの実施内容[7],[8],[9],[10]
アヤメ・タイタニックチュートリアルの実施内容
表5 totoくじ予測の実施内容[11]
totoくじ予測の実施内容

後期はA・Bチーム共同でコンペティションに参加した(表7).コンペティション投稿前に,改めて参加者の知識とスキルレベルを整えるために,参加者2名が講師役となりPythonの基本構文の復習,Pythonのデータ解析ライブラリPandasを用いた機械学習プログラミングの入門,機械学習コンペティションの課題解法の説明を講義形式で行った(表6).

表6 コンペティション参加事前講座[12],[13],[14]
コンペティション参加事前講座
表7 コンペティション参加の実施内容[15],[16],[17]
コンペティション参加の実施内容

実施内容を次の表形式で列挙する.おおむね表の順番とおりに学習を実施した.なお各学習の間には,次の実施内容を決定するためのディスカッションを挟んでいる.このため実施期間の合計が前期または後期の期間と一致しないことに留意いただきたい.

2.3 実施結果

各実施内容について次のような結果となった.前期AチームのPython書籍学習は参加者4名全員が満了できたが,技術的に同水準のメンバで集まったため,疑問や質問の解消手段が乏しく,独習に近いという指摘が参加者から挙がった.

前期Bチームのアヤメ・タイタニックチュートリアルおよびtotoくじ予測モデル構築は,1名が教師役となり質問に答え残り4名で学習を行った.データ収集からゼロベースでtotoくじ予測モデル構築を行えたが,さらに予測精度を高めるためにはより多くの量的および質的に適したデータセットが必要であるという結論に至った.これは当該学習時に収集したデータセットではより精度の高い予測が難しいという推論に基づく.

後期のコンペティション参加では,9名中合計4名が競技会への予測投稿を行い,176位中15位・17位・71位・168位の結果であった.本来は9名全員で投稿を意図した学習内容だったが,5名は予測値の改善ができず投稿に至らなかった.なお投稿した4名の内訳はAチーム1名,Bチーム3名である.

3.研究結果

開始・中間・終了の各時点の理解度チェックにおけるPythonプログラミングスキル(以下,プログラミングのスキルと称する),AI技術の知識−機械学習の知識・スキルレベル(以下,機械学習のスキルと称する)の平均値と中央値,全項目の平均値を示す(表8および表9).また上記2項目を含む全項目の平均点(表10)と上記2項目を含まない他項目の平均点を示す(表11).単位はポイントとする.

表8 プログラミングのスキルの理解度推移
プログラミングのスキルの理解度推移
表9 機械学習のスキルの理解度推移
機械学習のスキルの理解度推移
表10 全項目の理解度推移
全項目の理解度推移
表11 プログラミング・機械学習を含まない理解度推移
プログラミング・機械学習を含まない理解度推移

プログラミングのスキルは,開始から中間までの前期でAチーム0.75ポイント,Bチーム0.8ポイントの理解度向上が見られた.両チームの中央値も向上していることから全体の理解度が向上していると考えられる.中間から終了までの後期では,平均点の伸びは鈍化するものの,Aチーム0.5ポイント,Bチーム0.2ポイントの向上が見られた.

機械学習のスキルにおいては,前期においてAチームはポイント変化がなかった.Bチームは0.4ポイントの向上が見られ,中央値も変化があった.後期においてAチームは0.5ポイントの向上が見られ中央値も向上した.Bチームは0.15ポイント向上したが中央値に変化はなかった.

4.考察

4.1 研究目的

機械学習プログラミングのスキル習得において集団学習が及ぼす効果は次のものがあると筆者らは考える.

集団学習には,会の決め事を守らなければならないという弱い強制力が働くと筆者らは考察する.企業内の業務遂行義務のような強い強制力はないが,業務の延長として研究活動に臨むという共通の意識を持ち,そのために業務を調整し時間を確保する,あるいは業務外の私的な時間を充てる等の積極的な活動を促す力を弱い強制力と定義した.弱い強制力は学習を遂行する外発的動機付けとなり,集団学習そのものを継続させる効果があると筆者らは考える.

学習内容について議論を行った上で選定し,学習を行った過程が学習意欲につながったと考える.議論を経て内容を選択したことで,内容に対する納得感と集団の決定に自身が携わったという責任感が生じやすいと筆者らは考える.これらは選定した学習を履行する内発的動機付けにつながったと筆者らは考察する.

次節では,機械学習プログラミングのスキル習得において本研究方法が適切であるかを考察する.

4.2 研究方法

機械学習プログラミングのスキル習得において本研究で採用した同期型および非同期型の集団学習が及ぼした効果を考察する.

I.同期型学習の及ぼす効果

機械学習プログラミングの実装において実施したい処理をどのようにコードに落とし込むかよりデータに対しどのような処理を施すかが精度向上に重要である.一般的なアプリケーション構築のプログラミングの場合は要件が定まっていることが多く,その要件を満たしつつ処理速度や構造を意識し実装を行うが,機械学習プログラミングの場合はデータに対しどのような処理を行うか定まっていないことが多い.データ処理方法によって構築する機械学習モデルおよび予測精度が大きく異なる.データ処理に多く共通する処理もあるが,より高い精度を求めるにはほかデータの結合や特定のデータに対して加工を行う処理が必要となる.これらのことから機械学習プログラミングの精度向上において,プログラミングを実装することだけではなく,どうデータを加工するかという発想が重要である.

データ加工経験が少ない場合,データ加工の発想を自ら考え付くことは非常に難易度が高い.独習で学ぶ場合は本工程が大きな壁になる.

totoくじ予測モデル構築の実施内容(表5)を用い同期型学習が及ぼした効果を考察する.試合の勝敗に寄与した要素を推測し,十分な量および質のデータが存在するか確認する必要がある.またデータが予測器に適切に使用されるにはどのようなデータ体形にすべきか自ら発想し実装する必要がある.totoくじ予測においては同期型学習のメリットである即時的なコミュニケーションにより,データ加工経験者の発想をもとに応用してデータ処理を考察することができた.データ加工の発想について議論し,疑問があれば質問することで経験者の発想に至る思考過程や過去の加工経験を真似ることができた.1つの発想を実装できれば優れた機械学習モデルができるわけではない.繰り返しトライアンドエラーを繰り返すことで優れた機械学習モデルを作成することができる.同期型学習のモブプログラミングを用いることで,その場でデータ構造を指摘し合い実装を行うことができた.これらのことから同期型学習により効率的に学習を進めることができたといえる.

II.非同期型学習の及ぼす効果

機械学習プログラミングの予測精度向上において,どのような処理をデータに加えるかが重要であると先に述べた.自明の理であるが,データ加工の発想が豊富に出てもその発想をもとに適切にデータ加工処理するプログラムの実装ができなければ予測モデルの精度向上に繋げられない.実装する力は機械学習プログラミングにおいて必要不可欠な要素だが,プログラム実装の理解において同期型学習では個々が深い理解に至るまで参加者全員を拘束してしまう.このため即時的なコミュニケーションを活かして同期型で学習すべき内容と,個々が深い理解に到達すべく非同期で学習すべき内容を分別する必要があると筆者らは考察する.基礎的なプログラミングスキルは多様な教材があるため,集合した時間においては参加者で適切な教材を議論の上,選定した.これにより選定した教材と学習内容に対し,全員が納得し弱い強制力を持ち学習をすることを可能にした.本研究においては,基礎的なプログラミング実装能力をこれから習得するチームと基礎力は習得済みのチームと分けることにより,前者はプログラム実装に必要不可欠な基礎を個人のペースで理解しながら学習することができ,後者はデータ加工経験者の発想や考え方を吸収しながらより高度な学習を進めることができた.セグメントの分け方としては大きな分け方であるが,参加者が9名ということを考慮し2セグメントとした.

非同期型学習により,個々のペースで着実に内容を理解しながら学習を進めることができた.これによりデータ加工の発想の元となる基礎力を高めることができた.これらの積み重ねにより最終的な理解度の向上に繋がったと考察する.

本研究においては非同期型学習のデメリットである即時的に解決ができないという点において次のように対処した.チャットツールで業務内外問わずコミュニケーションを取れるようにしたこと,オンラインツール上で質問表を作成し,ツール上で質疑,回答することで問題解決まで時間短縮を実現できたと筆者らは考える.

これらのように本研究では学習方法の特性を活かし適切に使い分け集団学習を実施したことにより,次節の研究結果を得ることができたと考察する.

4.3 研究結果

開始における全項目の理解度推移と,プログラミング・機械学習を含まない他項目(以下,他項目と称する)の理解度推移を比較すると,他項目より全項目の方が低くプログラミング・機械学習の項目が平均点を押し下げていることが分かる(表10,表11).中間においては全項目が他項目を0.2ポイント上回り,終了においては0.9ポイント上回っている.これらのことから実施した学習がプログラミング・機械学習の理解度向上に影響を与えていたと考えられる.

プログラミングの理解度推移を見ると,後期においてAチームは中央値に変化なく高理解度の個人が平均値を押し上げていると考えられる.Bチームは平均値も中央値も伸びているが,前期と比較したとき平均値の伸びが緩やかである.このことから高理解度の個人が平均値を押し上げているが,そのほかのメンバの理解度も前期ほどではないが向上していることが分かる.

これらのことから内容が容易である前期においてはメンバ全体のスキル習得と理解度向上が行えたといえる.前期に比べ実施内容が複雑になる後期では,特定の個人が深い理解を得られる反面,メンバ全体としては前期ほど理解が深まらなかったといえる.特にコンペティション参加は予測値の改善を行い,投稿を行えた参加者と,行えなかった参加者で理解度の乖離が生まれていると考える.

本件について筆者らは次のように理由を考察する.比較的容易な学習に対しては,独習に近い形で進めることができるが,内容が複雑化するとメンバ間で適切にコミュニケーションを取り,課題を解決する必要がある.コンペティションにおいて投稿した4名は集会の中やチャット上で頻繁なやり取りを取ったが,5名は集会欠席やチャットでのやり取りに参加していなかった.実施後のヒアリングで,不参加者から「どのように精度を改善したらよいか皆目見当が付かなかったため,投稿を行えなかった」という意見があがった.しかし,他メンバはそのような課題を抱えたメンバがいるという認識が不十分であった.これは個々の理解度の乖離と,同学習では非同期型を中心としていたため乖離に気づくきっかけが少なかったことが要因と筆者らは考える.同期型学習でデータ処理工程を実践するなどの手順があれば理解度の乖離を認識し,学習工程を改良できた可能性が高い.

これらに加え,メンバ間の十分なコミュニケーションと課題および解決方法を記した学習記録の共有があれば,参加者にとってより質の高い集団学習が行えたと筆者らは考察する.

4.4 既存の対策との比較

既存の対策に対して集団学習は次の点が有効であると筆者らは考える.

高等教育機関の大学やスクールより就業と就学の両立がしやすく学習内容選定に自由度があること,独習より学習を継続しやすく学習内容選定の難易度が低いことが有効な点として挙げられる.

また集団学習の欠点についても考察する.集団学習には参加する参加者を集めるなど集団を組成する難易度が存在する.また集団の決定に外発的および内発的動機付けを発生させるための,対象者における集団に対する認識の設定と集団を運営する難易度の高さが存在する.

5.集団学習の効果と課題

5.1 本稿の結論

集団学習は機械学習プログラミングのスキル習得において効果があると考えられる.理解度が向上した要因は集団学習により対象者の学習目的に適した学習内容が選択されたことと,学習履行に対し外発的および内発的な動機付けが発生したためであると筆者らは考える.

機械学習プログラミングのスキル習得において集団学習を活用するにあたり,次の点に留意する必要がある.

  1. 集団に対し適切なゴールと学習内容の選定が必要である.
  2. 学習履行への外発的及び内発的動機付けを発生させる必要がある.

留意点1において,ゴール選定は集団組成と運営の両方において重要である.目指すゴールをもとにメンバを募り集団を組成するため,集団のビジョンとして何を目指すのか,何故それをやるのかを集団として明らかにすることが重要である.また運営においては,ビジョンを具体的なゴールと学習内容に落とし込むことと,またそれらが集団において適切かを留意し続ける必要がある.

留意点2において,外発的動機付けの発揮には集団の外的位置付けが影響する.メンバとメンバの所属する企業において,集団が軽んじられる位置付けにあればメンバは外発的動機付けを感じにくくなり,会への積極的参加が望みにくくなる.内発的動機付けの発揮には,集団のゴールや学習内容に対し,メンバが自己の目的とどう関連付けて考えられるかが大事となる.自己目的化できていないと集団が決定した学習に対し責任感が発揮しづらく,内発的動機付けが弱まることで学習履行の意欲に繋がりにくくなる.また学習内容などの直接的な活動に限らず,雑談や飲み会などの対人間的なコミュニケーションも重要である.定期的にメンバ間において対人間的なコミュニケーションを取ることで,集団に対する心理的安全性が高まり,メンバは連帯感を得ることで相互扶助意識が高まるようになる.

各留意点について筆者らの実施策を述べる.外発的動機付けについて,筆者らはソリューション研究会の仕組みを利用した.上長許可をもとに会に参加しているということと,あらかじめ全活動日程を最初に決定しメンバに日程を確保させたことが外発的な動機付けに役立った.

内発的動機付けについて,筆者らは前期および後期の開始前にメンバの集団学習を続ける動機についてアンケートを行い,その内容をもとにリーダーとメンバで1対1の面談を行った.メンバ個人に対し採択しようとしているゴールと学習内容の難易度が合致しているかの確認と,ゴールと学習内容とメンバの学習動機の自己目的化を補助することを面談の目的とした.また,面談を行うことで実施計画に対するメンバの状況を確認することができた.

アンケート結果と各メンバの動機付けの状況について筆者らのリーダーとサブリーダー3名から成るリーダー会で共有し会の運営に役立てた.

メンバ間で密なコミュニケーションを取れるようチャットなどリアルタイムで状況を共有できる場を設け個人では解決できない課題に対して集団で解決できる仕組みも構築した.

5.2 今後に残された課題

本研究では,集団学習にかかわりなく対象者自身が従来から持つ学習に対する意欲(以下,モチベーションと称する)の高さが結果に影響した可能性を否定しない.対象者のモチベーションが高く,集団学習による動機付けがなくとも,学習が履行できた可能性は存在すると筆者らは考える.

モチベーションと集団学習の効果の分界が可能であるかを今後の検証の中で実証すること,またその上で対象者にどのように高いモチベーションで取り組んで貰うかは本研究では明らかにできなかった点である.これらが今後の課題として残る.

5.3 本稿の新規性

システム運用,開発現場の技術者9名が企業や業種の枠を超えて集まりAI/MLの初学者と経験者を含む学習のスタートラインが異なる集団として,機械学習プログラミングのスキル習得における改善策を検討し集団学習を用いて実践した点が本稿の新規性である.

6.本稿のまとめ

本稿では機械学習プログラミングのスキル習得において集団学習は効果的であると結論付ける.

同スキル習得において集団学習を活用するには,集団に対し適切なゴールと学習内容の選定と外発的および内発的動機付けの発生が必要である.この手法は特定の業種や企業に依存せずに同スキル習得に有効であり,読者の皆様の所属される企業においても再現可能な手法であると筆者らは考える.

筆者らは機械学習プログラミングスキルの習得において集団学習が効果的であるかを題材として,実際に集団学習を用いたスキル習得を試みて研究した.研究開始時,中間(4カ月)経過時,活動終了時に4カテゴリ8項目からなる理解度チェックを実施し,学習内容と理解度の変化を記録した.本研究に至った背景に次の事実が存在する.AI/MLの人材およびスキルの需要増に対し,従来型人材からデジタル人材への移行が望まれている.機械学習プログラミングのスキル習得が従来型人材からデジタル人材への移行の一助になると筆者らは考え,同スキル習得の効果的な学習方法を考察した.同スキルの既存対策に,就業と就学の両立の難しさと学習内容選定の難しさがあることを指摘し,集団学習を用いて欠点を補えるか考察した<第1章>.

前期ではPythonプログラミングを学ぶチームと機械学習プログラミングの実装工程を学ぶチームの2チームに分かれ学習を進めた.後期では1チームに統合し活動した.機械学習コンペティションの課題解法を学習し,競技会への投稿を行った<第2章>.

機械学習の項目において研究開始時0.89ポイントが活動終了時1.56ポイントとなり0.67ポイント向上した.全8項目の平均値も0.97ポイントから1.33ポイントとなり0.36ポイント向上した<第3章>.

集団学習は,学習を継続させる外発的および内発的な動機付けを発生させる効果があると筆者らは考察した.既存の対策と比較し,大学やスクールより就業と就学の両立がしやすく学習内容選定に自由度があること,密なコミュニケーションを取りながらの学習は,特にスキルレベルが低いメンバにおいて独習より学習を継続しやすく学習内容選定の難易度が低いことが有効な点として挙げられる<第4章>.

対人間的なコミュニケーションにより心理的安全性と相互扶助意識が高まり集団学習の効力向上に繋がる.集団から扶助を得るにはメンバ自らが意識的に課題を発信していく努力も必要である<第5章>.

最後に集団学習の意義について考察し本稿を締めくくる.集団学習は企業の業務だけでは積めない経験を得られると筆者らは考える.集団の組織運営と意思決定を行う経験が積める.論理的に考え,学習の到達地点とそこに至るまでの手段を決定すること,議論の整理や進行のファシリテーション能力を培うことができる.研究テーマを定め,調査・研究を行い,プレゼンテーションや論文を仕上げるというプロジェクトを通して困難を乗り越える体験ができる.これらの体験が自信となり新たな挑戦に繋がり,そこで起こる困難を乗り越えることができる.多種多様なメンバとかかわることで,コミュニケーション力を養うことができ,同時に学習以外の幅広い知識も得ることができる.体験を通して習得した知識を自社に展開し,業務改善に繋げることができる.これらのことから,集団学習は参加者に深い達成感と得難い体験をもたらすことを読者の皆様にお伝えし,本稿の結びとしたい.

参考文献

本研究実施の機会を与えていただいたソリューション研究会の関係者の方々に深謝の意を表する.
本研究にご参加いただき,ともに学習を実施した住理工情報システム吉見真一氏,TIS小森顕人氏,麻生情報システム平林達郎氏,アシスト大坪大輔氏に深謝の意を表する.
ソリューション研究会の事務局として本研究をサポートしていただいたアシスト根井和美氏,柴田貴之氏,小宮一真氏に深謝の意を表する.
本稿の執筆にあたり情報処理学会論文誌デジタルプラクティス編集委員会(TDP)斎藤彰宏氏に有益なご助言をいただいた.ここに深謝の意を表する.

戸髙 亮

戸髙 亮(非会員)
todaka-ryo@earth.jp

アース製薬(株).1989年生まれ,2009年サレジオ工業高等専門学校情報工学部卒業,2019年アース製薬入社,情報システム部所属.

梅本典明

梅本典明(非会員)
numemoto@jp.ricoh.com

リコーリース(株).1986年生まれ,2015年リコーリース(株)入社し現在事業統括部 DX戦略室所属.

小坂井歩

小坂井歩(非会員)
kosakai.ayumu@ma.medience.co.jp

(株)メディカルシステム研究所.1992年生まれ,2015年(株)メディカルシステム研究所入社.

鈴木達貴

鈴木達貴(非会員)
tatsuzuki@ashisuto.co.jp

(株)アシスト.1996年生まれ,2020年群馬大学大学院卒業.2020年(株)アシストに新卒入社.

原ちづる

原ちづる(非会員)
chizuru-hara@0101.co.jp

(株)エムアンドシーシステム.1971年生まれ,1990年丸井グループ入社しエムアンドシーシステムへ配属.https://www.m-and-c.co.jp/

採録決定:2023年4月7日
編集担当:斎藤彰宏(日本IBM)

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