2020年以降,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界的に猛威を振るっており,一般的な経済活動はもちろんのこと,教育・研究活動も大きな制限を受けている.
日本においては,2023年2月現在国民のワクチン接種が進み,感染リスクおよび重症化リスクが減少し多くの活動が従来の形に近付きつつある.しかし,感染者数増加の波も定期的に発生しており,その際には再度制限が発生するなど終息のめどはたっていない.当然ながら,接種の始まる前や普及率の低い時期においては著しい制限があった.
首相官邸および厚生労働省は,2020年3月に「3つの密」*という標語を掲げ,クラスターによる感染拡大防止を呼び掛けた.多くの大学講義科目や研究室のゼミ活動はこの3つの密に該当し,かつ曜日・時限ごとに異なるメンバー同士が複数のクラスターを形成する.メンバーがある程度固定される小中学校・高校や勤務先とは条件が異なり,大学生活はより大きなリスクに応じた制限を受ける形となっている.
大学の活動が大きく制限を受ける状況下で,学会の開催もまた大きく制限を受けている.学会は日本全国および世界中の機関から人が集まり開催されるため,クラスターが発生した際のリスクが大きくなる.また,制限下での活動方針が機関や自治体によって異なるため,主催する会場としての対応が難しく,参加者は遠隔地への出張が行えない場合も考えられる.このような状況の中,オンライン会議システムを活用しての学会が多く開催されている.
学会の発表形式には,大きく分けて口頭発表とポスターセッションの2つがある.
口頭発表は発表者と座長と聴講者がおり,発表者はスケジュールに応じて座長の案内で順次発表し,質疑応答は座長が司会をする.そのため,基本的に会議中発言をするのは1名ずつとなる.これに対し,ポスターセッションは同時に複数の発表者がおり,聴講者は興味のある発表を見に行き,その場で議論する形である.その性質上座長はいないか,いても全体向けの案内に留まり,会議中に発言する人数はコントロール不可能である.ポスターセッションの詳細は次節で述べる.
このうち,口頭発表形式はオンライン会議システムと相性がよく,参加者同士の直接の交流を行えない点以外はメリットも多い.例として,席の概念がないため発表内容を全員が近くでよくみられる点や,質疑応答にチャットを利用する場合聞き間違いや意図の誤解が起きにくい点,複数のセッションが並行している場合の出入りがしやすいといった点が挙げられる.
反対に,ポスターセッションはオンライン会議システムでの実施が難しい側面がある.
ポスターセッション形式の発表は,講堂や会議室等大きな会場で多人数が同時に発表を行う点が特徴である.各発表者は自身の発表内容を1枚の紙面にまとめ,A1やA0等の大きなサイズで印刷し会場に持参する.会場ではパーティションやイーゼル等を用いて発表者のポスターを掲示できるよう準備する.学会によってはポスターの貼り付け先のほか,ノートPC等によるデモや研究成果の実物を展示するためのスペースを提供する場合もある.
ポスターセッションは1時間~2時間等長めの時間を設定し,その間に割り当てられている発表者が同時に発表を行う.セッションの時間中,発表者は原則自身のポスターの前に待機し,参加者は自身の興味のある研究を展示している場所へ移動する.参加者が現れ次第発表者は自身の研究内容の発表を開始する.おおよその説明を終えた後は,参加者は別のポスターへ移動するか,興味度合いによって発表者と質問やディスカッションを交わす.図1にポスターおよびデモ用PCを展示している様子を示す.
上記の形式ため,参加者がポスターの前に留まる時間には差が発生する.多くの参加者が興味を持つ研究発表である場合には,ポスターの前に人だかりができて発表者としばらく話せない場面が発生することもある.
ポスターセッションの最も大きな利点として,発表者とのディスカッションができる点が挙げられる.加藤による調査[1]でも“1対1や少人数で,じっくりとつっこんだ議論をすることが可能”である点が最も重大な長所として挙げられた.口頭発表でも質疑応答の時間は確保されるが短時間である場合が多く,また自身の質問で聴講者全員の時間を拘束してしまうことに躊躇が発生する.ポスターセッションでは混雑中でない限り他の聴講者を意識する必要がないため,質疑の応酬や展示内容の確認をじっくり行うことが可能となる.
ディスカッションが可能であるという利点から,発展途上のテーマについての発表を行いやすいというのも副次的ながら大きな利点である.このため,学会発表だけでなく,卒業研究や修士のテーマなどの中間発表の場でも,ポスターセッション形式の発表会は有用である.
さらに,多くのポスター発表を同時に行うことで,目的の研究を見に行くだけでなく,あてなく会場を歩き回ることで普段の自身の興味範囲外の研究に出会う機会にもなる.目的のポスターが混み合っている際には他の発表を聞きに会場を周り,後に戻ることで待ち時間の有効活用も可能となる.このように,ポスターセッション形式の発表には多くの利点があるといえる.
1.1節および1.2節で述べたとおり,コロナ禍における学会活動は大きな制限を受けている.さらに,ポスターセッション形式は多くの参加者が一堂に会する点や,代わる代わる多人数と至近距離での会話をするという点からも,感染症対策の観点からよりリスクの高いものとなっている.口頭発表は人流の制御や各自の距離の確保が比較的容易だが,ポスターセッションは行えないという場面も多く考えられる.
しかし,前節で述べたとおりポスターセッション形式の発表会には多くの利点がある.学会での発表だけでなく,研究教育の場面での利点も大きく,研究活動そのものの発展に持つ役割が大きい.
口頭発表形式はオンライン会議システムを利用した学会が多く運用されているが,ポスターセッションの運用は多くの工夫が必要であり困難である.そこで,本研究ではオンラインポスターセッションシステムを開発,公開した.
システムの名称はTeleAgora [2](テレアゴラ)とした.ギリシャ語で遠くのという意味であるTeleと,広場を表すAgoraを合わせた造語である.広場は古代ギリシャの都市国家において,学術交流の場としても利用されていた.
コロナ禍当初は実際に人々が集まるのは困難であったが,TeleAgoraを介しオンラインでの学術交流が継続できるようシステム構築を行った.
開発したシステムは公開しており,TeleAgoraと検索することでアクセス可能である.
2020年度および2021年度に行われた学会や発表会では,多くのオンラインシステムを利用してのオンラインポスターセッションが行われた.
代表的なものとして,オンライン会議システムのZoom [3]で,ブレイクアウトルーム機能を利用したものが挙げられる.ブレイクアウトルームは,同一のURLで参加しているルームの参加者に対し,最大50の小部屋を作成して提供できる機能である.ルームには名前を付けることができ,参加者はルームに参加している人数を確認することができる.
本来はグループワーク等のために主催者が参加者を各部屋に割り当てる方式だが,オプションとして参加者に自由に移動を認める方式を選択できる.オプションの方式でルームを作成し,各ルームに各ポスター発表のタイトルを付けることで疑似的にポスター発表会場とすることが可能となる.
他にも,疑似的なフロアとテーブルを作成し,参加者のアイコンが席に着くことで同じテーブルの参加者と会話できるRemo Conference [4]や,画面上のアイコンを操作し,近くの参加者の声がよく聞こえるようになるSpatialChat [5],Gather.Town [6],Binaural Meet [7]などがある.これらのツールはそれぞれ画像の掲示や画面共有の機能を有しており,発表者は自身のポスター画像や発表資料を共有し,集まった少人数に対し発表を行うことができる.多人数で集まった中から少人数の会話を行うためのシステムがポスターセッション形式と相性がよく,オンラインポスターセッションに活用されている.特にZoomは,ブレイクアウトルーム機能が口頭発表形式のセッションでも利用できるため多くの学会等で活用されている.
しかし,これらのシステムでは参加者は発表者の元へ行かなければ研究内容を詳しく確認することができない.会場を周りながら見に行く研究を決めるといったポスターセッション特有の利点に対し不足である.
ポスターセッションのために開発された商用システムとして,株式会社AIoTクラウドの提供するLINC Bizのポスターセッションプラン[8],株式会社AGRI SMILEの提供するONLINE CONF [9]が挙げられる.ポスターセッションおよび展示会のためのプランとして公開されており,発表者リストの作成や参加者の権限管理,各ポスターのチャンネルへの移動機能など他のオンライン会議システムにない多くの要素を備えている.これらは学会主催者向けの機能として重要な要件であるといえる.また,ポスターチャンネルでは発表内容に対するコメントを文字で残すこともできるため,ディスカッションおよび交流の面でも有用である.
しかし,ポスター発表一覧部分でのサムネイル画像表示がなく,各ポスターを閲覧中の参加者の数も表示されないため,会場を周りながら各ポスターの様子や混み具合を確認し,見に行く優先順位を検討するという参加者向けの用途に不足がある.
これまでに述べてきた内容を踏まえ,本研究で構築するオンラインポスターセッションシステムの機能要件を定めた.Webアプリケーションの形で実装し,ブラウザによるアクセスを基本とする形とした.要件にはポスターセッションそのものを構成するための要件と,学会および発表会等を運用するにあたって必要となる要件,研究内容を保護するための要件がある.次節よりそれぞれ述べる.
オンラインでポスターセッションを行うための要件として,次のように定めた.
それぞれ,実際のポスターセッションになぞらえて定めている.ポスター画像の一覧表示は,ポスターセッション会場の代わりである.ブラウザ上で各ポスターのサムネイル画像を並べて表示することで,画面をスクロールしながら目に留まるポスターを探すという,会場の周回に替わる役割を果たす.
ディスカッションに参加している人数の可視化は,ポスター画像の一覧表示画面の機能の一部である.参加者が発表者のいるGoogle Meetを開いた際にそれを記録し,現在Meetでディスカッション中の参加者がいることを一覧表示画面に表示する.実際のポスターセッションにおける,各ポスターの混み具合を示す機能である.
ポスター画像の詳細表示は,ポスター画像の一覧表示で並んでいるポスターのうち,目に留まったものをクリックすることで開く.一覧表示ではサムネイルを表示しているが,詳細表示では画面サイズに応じて拡大したポスター画像を表示する.実際のポスターセッションにおける,会場内のポスターの前で立ち止まり眺める行為に相当する.
ビデオ会議システムへのリンクは,名称どおりビデオ会議システムへのリンクである.ビデオ会議システムはGoogle Meetを利用する.ポスター発表それぞれ用にあらかじめルームを作成し,リンクを表示する.発表者はあらかじめルーム内に待機し,参加者がリンクをクリックすることで発表者とのディスカッションに移る.実際のポスターセッションでは発表者に声をかける行為にあたる.
ポスターへのコメント機能は,名称のとおりコメント機能である.ポスター画像の詳細表示機能の一部で,拡大表示しているポスター画像の下部にコメントを表示する.ノート等を置いている場合を除き実際のポスターセッションにはないものだが,オンラインでの実施にあたりメリットが大きいために要件に追加した.
次に,発表会運用のための要件を述べる.管理画面やセッションの日時設定等,一般的にシステム上必要な機能については省略する.オンラインポスターセッションシステムを実現する上で必要な主催者向け要件は次のとおりである.
本人性の担保は,学会および発表会として行うポスターセッションにおいて必要な機能である.未発表または発展途上の研究成果についての発表会であるという性質上,参加者が不特定多数になることは望ましくない.そのため,主催者は参加する人物についてコントロールできる必要がある.開発するシステムではメールアドレス認証を用いたユーザ登録を行う.発表会主催者が別途収集した参加申し込み者のメールアドレスを管理画面で入力することで,該当のメールアドレスの持ち主のみが発表会に参加できるようにしている.実際のポスターセッションまたは学会では,参加者リストおよび名札等に該当する機能である.
ユーザによる発表情報登録は,会場へのパーティションやイーゼルの設置に相当する機能である.主催者は発表者用の枠のみ作成し,実際の発表内容については発表者自身が入力を行う.主催者による発表内容の収集の手間を避け,かつ発表会終了後に発表者自身がポスター情報を削除できるようにすることで研究内容を保護する.
参加者による投票は,名称のとおり投票機能である.学会や発表会によっては,優秀発表賞等の表彰を行う場合がある.表彰の根拠となる投票機能が必要であるため追加した.
次に,研究内容を保護するための要件について述べる.前節で述べたとおり,ポスターセッションで発表する研究は,未発表または発展途上の研究成果である場合が多い.このため,発表会に参加している人物のみに対して表示されるようコントロールする必要がある.
オンラインでのポスターセッションを行う都合上,研究者にはポスターの画像情報の提供を求めることになる.これをサーバー上に配置し,発表会参加者からのアクセスにのみ応じて表示できるようにする.その他の,発表会に参加していないユーザまたはそもそもシステムに登録していない人物からのアクセスをブロックする必要がある.
これらの要件を踏まえた実装については,次章で述べる.
3章で述べた各要件について,実際の実装をどのように行ったかを述べる.
TeleAgoraは,ブラウザを介したWebアプリケーションの形で実装した.開発当初は大学の研究室内に配置しているサーバマシン上で運用し,2021年7月からさくらのVPSサービスを利用している.4Gプランの仮想マシンで,仮想4CoreのCPUと4 GBのメモリ,400 GBのストレージが割り当てられている.仮想マシンにCentOS7をインストールし,OS上でApacheおよびMariaDBをインストールすることで,バックエンドにPHPおよびRDBを用いた開発を行っている.
フロントエンドはHTMLとCSS,Vue.jsを用いてUIの構築を行い,Ajaxを利用して非同期にバックエンドと通信することで画面の更新を行う.
始めに,ポスター画像の一覧表示画面について説明する. 画面内に各ポスターのタイトルおよび著者,サムネイル画像を並べて表示する.CSSによるレスポンシブなスタイル設定を行い,画面の大きさに応じて横方向に並べるポスターの数を調整することで,視認性と一覧性を実現している.
ディスカッションに参加している人数の可視化機能は,ポスター画像の一覧表示画面内に実装した.ポスター下部の人型のアイコンが,現在各ポスターのビデオ会議システムにアクセスしている人数である.一覧画面および後述する詳細表示画面内にある「ビデオチャットを開く」ボタンをクリックすることで,発表者の登録したGoogleMeetのURLを開く.その際に参加者をそのポスターのディスカッションに参加しているとデータベースに記録することで,各ポスターのディスカッション参加者数をカウントしている.ポスター下部の星型のアイコンは投票機能であり,詳細については4.6節で後述する.
図2に示す一覧画面例では,上段左から2番目の発表が混んでいることが見て取れる.研究内容の保護のため,ダミーのポスター情報を登録しスクリーンショットを作成した.
次に,ポスター画像の詳細表示機能の例を図3に示す.例示用にダミーのポスターを作成した.
ポスター画像一覧の画面内でポスター画像サムネイルをクリックすると,モーダル表示の形でポスター番号および研究タイトルと著者,ポスター画像の情報を表示する.ポスター画像の下にはビデオ会議システムへのリンクとGoogleドライブへのリンクを表示している.
モーダル表示しているポスターの画面を閉じることでディスカッションを離れたと記録し,一覧画面の人型アイコンの数が更新される.
ポスター画像の一覧表示画面を開いている間,Ajaxで定期的にバックエンドへの問い合わせを行う.前述のとおり,ビデオ会議システムへのリンクとモーダルを閉じる操作によって記録されている各ポスターのディスカッション参加者数を取得し,ポスター画像下部の人型アイコン数として反映している.アイコンの色を参加者のユーザIDを色相としたHSL形式で表示することで,ユーザの増減があった際に同一人物が参加し続けているかどうかもおおよそ把握できる.参加者の所属と名前をアイコンのtitle属性に設定しているため,より詳細に確認したい場合はアイコンにオンマウスすることでツールチップに情報が表示される.
Googleドライブへのリンクは,発表者自身が共有フォルダのURLを入力することで表示される.フォルダ内に任意のファイルを配置することで,デモ動画やプログラムの配布なども行うことができる.このURLは発表会に正しくアクセスしている参加者にしか提示されないため,発表者は公開設定を「リンクを知っている全員」とすることができる.
また,各種リンクの下にコメント入力欄を作成した.入力されたコメントは,ユーザの入力した所属情報とともに表示される.コメントを行った本人であればゴミ箱アイコンが表示され,コメントの削除も可能である.
3.2節で述べたとおり,本人性の担保のためにユーザの作成はメールアドレス認証を用いて行う.次の図4にユーザ登録画面を示す.
この画面で入力されたメールアドレス宛に招待URL付きのメールを送信し,そのURLへのアクセスをもってユーザ登録を完了する.招待URLの生成にはJWTを用い,トークンの有効期限を10分とした.これによって,作成されたユーザは入力されたメールアドレスに正しくアクセスできる人物であることが担保される.
登録ユーザの本人性が担保されていることによって,発表会主催者は参加申し込みを行ってきたユーザのみ発表会への参加を許可できる.参加申し込みのあったメールアドレスのリストを管理者用UIの参加者管理機能に入力することで,そのメールアドレスでログインしたユーザが発表会に参加可能となる.
発表主催者がメールアドレスを発表者として登録することで,ユーザのホーム画面にポスター情報入力画面が表示される.図5はその例である.
ポスター情報はタイトルおよび著者,ポスターのサムネイル用画像とポスター画像本体,ビデオ会議システムのURL,Googleドライブ共有フォルダURLを入力できる.
タイトルおよび著者については主催者側で入力でき,その場合ユーザによる編集を認めるか認めないかを選択できる.図の例では主催者側で入力済みで,編集不能である.
ポスターのサムネイル画像およびポスター画像はボタンを押してアップロードする画像の選択ダイアログを表示し,ファイルを選択することでユーザが自らアップロードする.こうすることによって,発表会主催者がポスター画像を収集する手間を省略している.また,サムネイルの横にゴミ箱アイコンを配置し画像の削除機能を追加することで,ユーザ自身が研究内容の保護のために任意のタイミングで表示を終了させることが可能となっている.
ビデオ会議システムおよびGoogleドライブへのリンクもユーザが自ら設定する.ここで入力したURLへのリンクを,ポスター詳細画面に表示する.
3章の要件部分では説明を省略したが,発表会主催者用の管理画面もそれぞれ実装している.機能として,基本設定,セッション設定,ポスター管理,登録状況確認,参加者管理,投票設定,投票結果がある.
基本設定は,発表会名・主催する組織・開催日程およびテーマカラーの設定ができる.発表会名等の基本情報はポスター一覧画面のトップに表示される.テーマカラーはHSL形式で入力でき,設定することでUIの各所の色が指定したものに置き換わる.学会または大会等にテーマカラーが定められている場合にそれと統一させることができる.例として,図2,図3,図5のUIはこの発表会のテーマカラーに臙脂色を設定している状態である.
次の図6にセッション設定機能の一部を示す.
発表会にはセッションを複数作成でき,それぞれ開始時刻と終了時刻を設定する.ポスター一覧画面では,セッションで設定されている時間内のアクセスであればそのセッションに割り当てられているポスターに自動的に絞り込まれ表示される.多くの発表登録があっても,参加者は現在のセッション中に見るべきポスターを把握できる.
セッション時間外であっても,画面上部にセッションの選択UIを配置しているため,任意のセッションのポスターを見ることも可能である.これによって,セッション中はディスカッションに集中し,後から投票やコメントの入力を行うなどの参加形態も選択可能となる.
ポスター管理では,会で発表するポスター情報を管理する.まずは件数を指定して発表の枠を作成する.各発表についてポスター番号,タイトル,著者,代表著者アドレス,セッションの情報を入力する.このうち必須なのは代表著者アドレスのみであり,ポスター番号およびセッションは自動で連番と第一セッションが割り当てられる.代表著者アドレスが入ることで,そのメールアドレスでログインしているユーザの画面に図5のUIが表示され,編集を認めていればタイトルと著者情報の入力も行える.
各項目は直接入力で編集も可能だが,列を指定して改行区切りのデータを入力することで一括入力できるようにしている.発表会情報の管理に別途スプレッドシート等を利用している場合,そこから該当の列の情報をコピー・ペーストすることで入力が完了する.当初はCSVによる一括入力も検討したが,タイトルや著者情報にカンマが入ってしまう場合が考えられるため列ごとの入力とした.
登録状況管理機能は,各発表についてサムネイル画像・ポスター画像・ビデオ会議システムURL・共有フォルダURLが入力済みかを確認できる.4.4節で述べたとおり,発表情報はユーザ自身が登録を行うため完了の確認が必要となる.図7に例を示す.
例では,全員サムネイルとポスター画像をアップロード済みだがNo.3の発表者がビデオチャットURLを登録していないことが確認できる.この機能により,欠席連絡がなくアップロードもされていない場合,セッション開始前にそれを確認し発表者に連絡を取るなどの対応が可能となる.Googleドライブについてはオプションのため,未入力でも警告表示にとどめている.
参加者管理機能は,発表会に参加できるユーザおよびその権限の管理を行う.ユーザの種類は発表会の管理者,審査員,発表者,参加者の4タイプを作成している.管理者は発表会管理画面にアクセス可能で,他の3種は後述する投票機能のための区分である.登録は改行区切りのメールアドレス情報で行う.あらかじめ別の手段で参加者のメールアドレスを収集し,ユーザの種別を指定し入力することで登録が完了となる.
図8に,1つの発表会に管理者として,2つの発表会に参加者として登録されているユーザのトップ画面を示す.
管理者となっている発表会については管理ページへのリンクが表示され,参加者のものはポスター画像一覧ページへのリンクが表示されている.UI左端の部分に各会のテーマカラーが反映されている.それぞれクリックすることで該当のページが別タブで開く.
参加するユーザのメールアドレスを収集する方法は管理者の手間が大きいため,配布のコントロールが可能であれば招待用URLの発行機能も利用できる.有効期限を設定することでその期間中にアクセスすると参加者として登録されるURLが作成される.それを関係者のみが閲覧可能なWebページやメーリングリスト等に掲載することで,メールアドレスの収集をせずに参加者を登録できる.完全にオープンにしても問題ない会であれば無制限に掲載しアクセスを求めることもできる.
投票設定機能および投票結果確認機能については,次節で述べる.
投票設定機能は,ユーザの種類ごとに詳細に設定可能にしている.管理画面で割り当てられるユーザの種別それぞれについて,1件の発表に対し付けられる点数,同一のセッション内で付けられる点数の合計,発表会全体で付けられる点数の合計を設定できる.運用としては,管理者および審査員は10点満点で投票でき,発表者は投票できず,参加者は各ポスターに1点,セッション内で合計3点までというような設定が可能である.点数は任意に設定可能であるため,発表会の性質に応じて適用可能である.図9に管理画面上の投票設定部分を示す.
投票はポスター一覧画面で行う.投票権が設定されていればサムネイル画像下部に☆のアイコンが表示され,クリックすることで★アイコンに変化する.図2の例では1件につき3票まで投票できる設定にし,No.2に3票,No.7に1票投じている.No.2のように上限まで投票されている場合,☆アイコンは表示されず満点であることが分かる.
投票結果確認機能は,各発表の投票状況を定期的に確認し,ほぼリアルタイムに得票数と順位を算出する.セッション時間および投票時間終了前におおよその傾向を確認し準備を整え,終了時に表彰対象を確定させるというような運用が可能である.
これまで述べてきたとおり,論文を発表し成果を公知とする目的の発表と違い,ポスター発表は発展途上で秘匿性の高い内容である場合が多い.そのため,ユーザから提出されたポスター画像について,適切な保護が必要となる.
TeleAgora上のユーザであっても,参加している発表会に登録されているポスターは表示されるべきだが他の発表会のポスター画像については表示しないようにしなくてはならない.データベースに登録してあるGoogleドライブの共有アドレスは発表会に参加しない限り表示できないが,ポスターの画像はサーバー上の保存ディレクトリ名および画像ファイル名を推測されるとアクセスでき,正規の参加者でない発表会のポスター画像を覗き見ることができてしまう.
当初はApacheの機能による外部リンクの拒否を試みたが,サーバーのディレクトリ内に画像があるため,ブラウザからimgタグのsrc属性を編集されることによって他の発表会のポスター画像であっても閲覧が可能であった.画像の保管をしているディレクトリへのパスワード設定は利便性が下がり,かつ前述の問題を解決できない.
これに対応するため,ポスター画像およびサムネイル画像について,ユーザからのアップロードを受け付けた際に暗号化を施してディレクトリに保存する方法を取った.閲覧時にはsrc属性に閲覧用phpのURLおよびGETメソッド用クエリの形で対象ポスターのidを指定する.閲覧用phpはGETで送られたidのポスターを,現在ログイン中のユーザが閲覧可能であるか(参加できる発表会のポスターであるか)を確認し,閲覧可能である場合にファイルの復号を行う.復号を行った場合はheaderにContent-type:image/pngを指定することで,ポスター一覧画面等でimgタグでの表示が可能となる.この方法によって,TeleAgoraに参加しているユーザであっても,参加権限のない発表会のポスターを覗き見することはできないようにした.
参加しているポスターセッションの画像は復号済みのため表示されているが,ブラウザ上で画像の右クリック等による保存はブロックしている.しかし,OSの機能によるスクリーンショットはブラウザ側で防御手段が取れないため行える.スクリーンショットに関しては,ブロックするにはスクリーンショットの検知も可能な開発環境で専用のアプリケーションを実装する必要があり,コストの観点から断念した.しかし,スクリーンショットについては,ポスターを写真撮影する行為に該当するため,実際のポスター発表においても防御が難しいため,システム上の致命的な問題ではないものとした.
TeleAgoraは,2020年8月に行った東京工科大学内の卒業研究中間発表会で試作し,以降順次アップデートを重ねながら複数回の発表会を行ってきた.以降の各節で評価と考察を述べる.
次の表1に本システムを利用した外部の学会およびその発表件数・参加者数・コメント数を示す.それぞれ,学会AはNICOGRAPH2020,学会Bは映像表現・芸術科学フォーラム 2021,学会CはIEVC2021,学会DはADADA Japan 2021である.
2020年11月に行われたNICOGRAPH2020では,現地開催とのハイブリットとしてリモート参加者向けに試験提供した.しかし,現地での発表も行われている場合,現地発表者はTeleAgoraに現れず,また現地の参加者もTeleAgoraには参加しないことが多かった.ポスター数および参加者数は事前に登録を行ったので数値上多いが,実際には盛り上がらない結果となった.現地とリモートでのポスターセッションが併催されるような形となり,ハイブリッド方式の場合別途の工夫が必要となることが分かった.
映像表現・芸術科学フォーラム2021,IEVC2021,ADADA Japan 2021は,完全オンラインでの発表会となった.発表件数および参加者数は実際にポスターセッションを行った人数であり,オンラインでのポスターセッションという条件でありながら多くのディスカッションが実現できた.
映像表現・芸術科学フォーラム2021では参加者にアンケートを実施し,オンラインポスターセッションシステムの評価を行った.参加者157名中17名から回答があった.参加者の属性は取得しておらず不明であるが,半数ほどは学生とみられるメールアドレスによる回答であった.設問は何件の発表を聞くことができたか,ポスターセッションの再現性はどうだったか,その他自由記述意見を用意した.
結果,聞いた発表の件数は5件~12件程度という回答が得られたが,数えておらず分からないという回答も多かった.ポスターセッションの再現性については,17件の回答のうち13件が『再現できている』,4件が『とてもよく再現できている』という結果となった.実際のポスターセッションの再現は必須ではないが,オンラインでのポスターセッションの実施において,ポスターセッション機能の代替としては一定の評価を得ることができた.
自由記述意見も機能について基本的にポジティブな意見が得られた.ポスター画像一覧画面および詳細表示画面により,実際のポスターセッションに近い体験ができたという意見が多くあった.改善点もいくつか提案されたが,共通する内容が多いため5.7節でまとめて述べる.
外部の学会のほか,学内の発表会としての運用も多数行った.次の表2に各発表会および発表件数を示す.それぞれ,発表会AとDが修士1年生の中間発表会,他の各会は学部の卒研中間発表会である.順序は実施順である.
このうち,発表会F~Hではユーザの行動ログの取得を行い,各ポスターのディスカッションへの参加について延べ人数および滞在時間の平均を取得した.例として,発表会Fでは23件のポスターに対しそれぞれ10名~34名が参加し,平均280秒~592秒の滞在時間であることが分かった.各ポスターにディスカッション参加者が多く現れ,それぞれが数分間程度滞在しディスカッションを行うことができた.
コメント機能については,学会での利用時には機能が十分に整っていなかったこともあり少ない件数となっていた.発表会側でコメント機能のアナウンスを強く行った発表会AとDおよび発表会Fでは多くの利用があったが,他の発表会では少ない結果となった.コメント機能が利用されなかった理由についてアンケート調査を行ったので後述する.
前節の各種発表会に参加した学内者向けにアンケート調査を行った.項目は次の点である.
上記に加え,自由記述欄を作成した.回答者は33名で,うち8名が教員で25名が学生であった.
現地開催のポスターセッション参加経験については,42.4%が未経験でありすべて学生であった.参加方式は18名が発表者で残りが参加者であった.発表準備のしやすさは,94.4%が「しやすかった」,5.6%が「どちらともいえない」,「しにくかった」が0%という結果であった.
ディスカッションに参加する先の選択時に参考にした情報は,ポスター画像一覧画面が78.8%,ポスター画像一覧画面内の人型アイコン(ディスカッション参加人数)が72.7%,ポスター詳細画面が54.5%であった.
発表者とのディスカッションのしやすさは,63.6%が「しやすかった」,36.4%が「どちらともいえない」,「しにくかった」は0%であった.ただし,「どちらともいえない」を選択した回答者のうち,83.3%が初めの設問でポスターセッション経験がないと回答していた.
コメント機能の利用は,57.6%が利用し,利用しなかったのは42.4%であった.そのうち理由については,71.4%が「発表者との会話で十分だった」,21.4%が「質問することがなかった」,7.1%が「コメント機能の存在を知らなかった」という結果になった.
前節各項目の結果から,TeleAgoraはコロナ禍におけるオンラインポスターセッションシステムとして概ね高評価を得ることができたと言える.
ポスター画像のアップロードやGoogleMeetのルーム作成など発表準備を発表者自身に行わせる形をとったが,発表準備機能の評価について好評であった.参加するポスターを選択する際に参考にした情報は,本研究の特徴であるポスター画像一覧機能および各ポスターのディスカッション参加人数の可視化が多く活用されており,一定の成果をあげることができたと言える.逆に,詳細表示機能は半数程度しか参考にしておらず,見に行く発表を決めるという用途での活用はそこまでされていないことが分かった.
ディスカッションのしやすさについては,意見が分かれる結果となった.考察として,本システムでも最終的には同一のビデオ会議ルームによる一対多の会話になるため,別の参加者との会話を聞くだけになってしまい自身が話せなかったという体験が低評価に繋がった可能性がある.根拠として,初めの設問でのポスターセッション経験の有無に偏りがあった点が挙げられる.経験者にとっては,上記の状況はポスターセッションにおいて頻繁に起こり得ることであるという認識があるため問題視されず,経験がない場合にシステムの問題と感じたのではないかと考えられる.
コメント機能については,利用されなかった理由がシステムやアナウンスの問題でなく,コメント機能を利用する動機がなかったものがほとんどであった.コメントが多く残された発表会は,評価および今後の参考のためにコメント機能を利用しディスカッション結果を記録するよう指示があったため,直接のディスカッションで十分であった内容もコメント機能に記載した結果であると考えられる.
自由記述欄からも多くの高評価が得られた.主にポスター一覧および参加人数可視化への言及であり,本システムの特徴が正しく活かされたと言える結果であった.
前述のアンケート調査は,発表者および参加者に向けてのものであるため,主催者への調査を別途行った.管理作業は多くの発表会で主に筆者が行ったため利用者が少なく,直接ヒアリングの形を取った.学会および学内発表会の管理を担当した1名と,学内発表会の管理を担当した2名に対し行った.3名とも筆者と同じ学部の教員である.
結果として,問題なく各発表会の実施を行えたという意見が得られた.改善点としては初見では必須の項目とオプションの項目が分かりにくいという意見があったが,使用していくうちに理解できたと回答があった.また,発表情報はCSVまたはスプレッドシートでの入力をしたいという意見があった.これについては列内にカンマがない場合許可するという形で対応が可能であると考えられる.
本システムでは多人数が同時に接続し,定期的にポスターごとの参加者数を参照し続ける形のため,多くのトラフィックが発生する.また,4.7節で述べたとおりポスター画像は都度表示権限の確認および復号処理を行っている.しかし,現在は100名未満程度の同時接続であるが,4.1節で述べたスペックの計算リソースで特に遅延なく対応可能であった.
細かな改善案は随時実装したが,多くあった意見として臨場感の欠如や発表者側から話しかける行為が不能である点が挙げられた.これは本システムでは本質的に対応不能であり,SpatialChat等のアバターの移動と音声チャットを連動させるシステムが必要となる.そのタイプのものは移動するための空間を確保する必要がありポスターの表示に割ける面積が減り,一覧性が下がるという問題がある.どちらのタイプにも利点があるが,一覧性を優先した際に要望として多く挙げられるという知見が得られた.
本研究では,コロナ禍の中で実現が困難となったポスターセッションについて,オンラインでの実施が可能となるオンラインポスターセッションシステムの開発と運用を行った.ポスター画像の一覧画面と各ポスターのディスカッションに参加している人数の可視化を行うことで実際のポスターセッションと近い体験をオンライン上で実現できた.オンラインでのポスターセッションが実現でき,アンケート調査やヒアリングから本システムの有効性を確認した.
オンラインであることのメリットとして,コメント機能およびログ取得機能が挙げられる.コメント機能については活用されればポスターセッションの補強として大きく役立つと考えられるが,主催者側からの強い推奨がないとあまり利用されないことが分かった.ログの取得については,現在は取得するのみにとどまり活かしきれていないが,学会の成果分析・報告に活用が期待できる.従来のポスターセッションでは人流を把握しきることはできないが,各発表に何名参加しどの程度滞在したかを検証できるのは大きなメリットになると考えられる.ポスターセッションにおけるディスカッション滞在時間の可視化やそれによる盛り上がり度合いの推定,滞在時間と受賞等の成果との相関調査など今後研究テーマとして活用可能であると考えられる.
課題としては,ハイブリッド開催の場合に現地とオンラインをうまく接続する方法に乏しい点が挙げられる.
2023年2月現在コロナ禍は収束傾向であり,対面でのポスターセッションが実施できるため利用場面が限られる.しかし,海外含む遠隔地でのメンバーによるポスターセッションなど,オンラインによるポスターセッションのメリットを活用できる場面は今後もあると考えられる.また,サムネイル表示とビデオ会議システムを利用したディスカッションが可能であるという特徴から,作品展示会のような形態の発表会での活用も可能と考えられる.
2017年,東京工科大学大学院バイオ・情報メディア研究科博士課程修了.博士(メディアサイエンス).2014年より理化学研究所情報基盤センターセンター技師を経て,2018年より東京工科大学助教.Webアプリによるデジタライゼーション研究に従事.
1999年,お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了.博士(理学).お茶の水女子大学大学院人間文化研究科助手,東北大学流体科学研究所助手,日本原子力研究所博士研究員,2005年より東北大学流体科学研究所助手・助教・講師を経て,2015年より東京工科大学准教授,2018年より同教授.科学技術データの可視化に関する研究に従事.
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