2007年頃にインターネット接続可能なスマートテレビが登場したことにより,テレビは単方向に放送コンテンツを受信するだけではなく,ネットワークを介して,コンテンツにアクセスできる双方向の通信が可能となった.2021年には,41.8%のテレビがインターネットに接続され[1],視聴者は,データ放送コンテンツや動画配信サービス(VOD:Video On Demand)などが利用可能となっている.これに伴い,インターネット接続されたテレビに関して,各テレビがどの番組を視聴しているか把握可能になっており,放送局は放送サービスを向上させるために,このような情報を視聴履歴データとして収集・蓄積している.
視聴履歴データは,本人許諾や個人情報の有無により,オプトイン型特定視聴履歴データ,オプトイン型非特定視聴履歴データ,オプトアウト型非特定視聴履歴データに分けられる.
オプトイン型非特定視聴履歴データの利活用について,様々な研究が行われている.菊池ら[2]は,東芝製テレビに絞った分析を行っており,インターネットに結線された東芝製テレビ視聴者が番組ジャンル別にどのような視聴傾向を持っているのかを明らかにした.また,水岡ら[3]は,テレビを視聴パターンにより分類する手法を提案している.
オプトアウト型非特定視聴履歴データは,個人を特定しない形式で収集されるデータを指し,新たな価値を生み出すビッグデータとして,放送局のみならず,スポンサーや広告代理店からも利活用が期待されている.オプトアウト型非特定視聴履歴データの利活用については,2019年に一般社団法人放送セキュリティセンターにより公表された「オプトアウト方式で取得する非特定視聴履歴の取扱いに関するプラクティス[4]」を基に,各民間放送局により収集が開始され,利活用に向けた取り組みが進んでいる.具体的には,筆者らの研究グループによって研究されている.松田ら[5]はテレビCM視聴がその後のインターネット検索行動に与える影響について分析を行っている.また,吉村ら[6]はCMの完視聴率にどのような地域差が存在するのか分析している.このように利活用に向けた研究は行われているが,各放送局が個別に収集している本データ単体を分析したとしても,1つの放送局におけるテレビ視聴状況しか把握できないため,新たな価値を生み出すには至っていないのが現状である.
また,電通の調査[7]によると図1のように2019年に地上波テレビ広告費がインターネット広告費に追い抜かれたとの報告結果も出ているが,テレビ広告は未だに数千万人以上にリーチすることができる約2兆円規模の巨大市場を有している.現在,テレビ広告の価値を測る指標としては株式会社ビデオリサーチが提供する視聴率が存在しているが,標本調査による統計データとなっているため,テレビCMや番組コンテンツをより深く分析するには不十分な場合がある.たとえば,株式会社ビデオリサーチのデータを用いた年齢や性別による視聴傾向分析が行われているが,最近の視聴者は趣味趣向が個別化しているため,年齢や性別による単純なカテゴリ分類では議論することが難しい.より詳細な分析を行うためには,同一の番組出演者や同一番組ジャンル等を視聴した視聴者がどのような視聴傾向を持っているかなど,視聴者の行動を起点とした視聴傾向を把握することが重要だと考えられる.これらの視聴者行動は,抽出条件を増やすほど視聴者行動をグループ化することが可能となるが,視聴率データは関西地区の1,200世帯を対象としており標本数が少ないため,同様の分析が難しい.
この課題に対して,関西地区だけでも100万台以上のテレビから各放送局が個別に収集している非特定視聴履歴データを連携・統合することによる解決手法の検討が進んでいる.在阪の4つの民間放送局においても,放送局間での視聴履歴データの連携が可能か議論および,共同技術検証実験を実施している.しかし,非特定視聴履歴データは,各放送局が取得にあたりコスト検討や仕様検討し,各放送局の経営判断により取得を開始しているため,放送局ごとに方式やフォーマットが異なっており,放送局間のデータを統合することは難しい.そこで本稿では,各放送局が収集した非特定視聴履歴データについて,視聴者のチャンネル切り替えを把握できるように,放送局間の非特定視聴履歴データをマッチングすることで各放送局が各テレビ端末を特定するために割り振っているID(以下,テレビID*1)を統合する手法を提案し,在阪放送局が収集している実データへの適用を実施する.
提案手法では,IPアドレスをキーにして,その他に視聴履歴データ収集時に取得している郵便番号,メーカID,ブラウザメジャーバージョン,放送局が付与した約376万台分のブラウザマイナーバージョンの5項目すべてが一致するテレビのうち,更にチャンネル遷移タイミングが一致するテレビを同一テレビと推定する.
放送局間の視聴履歴データの連携に関する技術検証を目的として実施された「テレビ視聴データ連携に関する共同技術検証実験[8]」(以下,在阪視聴データ連携技術実験)において,在阪の4つの民間放送局で収集された実際の非特定視聴履歴データに対して本手法を適用した.その結果,各放送局が付与した約376万台分のテレビIDのうち約71.0%に相当する約267万台分のテレビIDをマッチングできることを確認した.
本稿の構成は次のとおりである.まず,2章で視聴履歴データについて説明し,3章で提案方式と検討項目の精査を行い,4章で実データを用いた検討項目の検証と提案方式の実データへの適用結果を示す.最後に6章にて本稿をまとめる.
本章では,視聴履歴データの分類および現状の問題についてそれぞれ述べたのち,本稿の位置づけについて述べる.なお,本稿プラクティスは表1のとおり,オプトアウト型非特定視聴履歴データに対して実施したものである.
日本国内において視聴履歴データは,表1のように,本人許諾や個人情報の有無により,オプトイン型特定視聴履歴データ,オプトイン型非特定視聴履歴データ,オプトアウト型非特定視聴履歴データの三種類に分類される.各データの特徴を表1に示すとともに,以降で詳述する.
オプトイン型特定視聴履歴データは,視聴者から許諾を得たうえで収集される,メールアドレス等の本人特定が可能な個人情報と紐づけられた視聴履歴データである.放送局は,視聴者がパソコンやスマートフォンなどからウェブページを通して会員登録を行い,インターネット接続したテレビのデータ放送画面からログインすることで取得可能な状態となる.本人許諾を得る際に,多様な個人情報を取得できるため,視聴履歴データの分析が容易に行える.しかし,視聴者自身の手で,事前にテレビ端末以外から会員登録を行い,さらにテレビ端末からログインする必要があるため,負担が大きく,多くのデータを集めることは難しい.また,会員登録を行う視聴者層にも偏りが大きいと言われており,収集されるデータの多様性が低い.
オプトイン型非特定視聴履歴データは,視聴者から許諾を得たうえで収集されるが,個人情報は含まない視聴履歴データである.
放送局は,視聴者がインターネットに接続されたテレビのデータ放送画面を用いて許諾を行うことで取得可能な状態となる.この方法では,許諾時にアンケート形式で性別,生年月等の視聴者属性に回答して貰うことで,個人情報とはいかないまでも,視聴者属性を持った視聴履歴データを取得可能である.オプトイン型特定視聴履歴データとは違い,テレビ端末のみで許諾が得られるため,視聴者の負担は軽減されるが,この手法においても,視聴者が能動的に取得のための手続きを行う必要があるため,参加者層の多様性が低く,多くのデータを収集することも難しい.
オプトアウト型非特定視聴履歴データは,本人の許諾無しに収集される,個人情報を含まない視聴履歴データである.放送局は,視聴者がテレビをインターネットに接続するだけで取得可能な状態になる.視聴者がデータを提供したくない場合は,データ放送画面からデータ提供を拒否(オプトアウト)できる.視聴者の能動的な会員登録や許諾を必要とせず,個人情報や視聴者属性を取得することはできないため,視聴開始/終了時刻や,テレビに登録されている郵便番号(住所ではない),テレビIDなどの個人が特定できないデータのみが収集可能である.オプトイン型と異なり,会員登録や許諾を必要としないため,視聴者の負担は無く,多様な視聴者から多くのデータを収集することができる.しかし,個人情報や視聴者属性を用いることができないため,各放送局で蓄積されている自局のデータのみでは,簡単な分析しか行えない.
放送局が収集する視聴履歴データは,視聴者がインターネットに接続されたテレビで,特定の放送局にチャンネルを設定したタイミングで各放送局で提供しているデータ放送プログラムを利用して収集される.つまり,各放送局は,自局を視聴中のテレビから,独自の項目および粒度で視聴履歴データを収集している.しかし,視聴履歴データの更なる活用を進めていくためには放送局を横断する視聴履歴データを生成し,今以上に視聴者を理解する必要がある.また,横断的な視聴履歴データ生成は,テレビ広告価値を可視化するための手段として,スポンサーや広告代理店からの期待は大きい.
そして,横断的な視聴履歴データを生成するためには,少なくとも複数の放送局をまたいだデータのマッチングが必要である.データのマッチングについては,2018年度から継続的に,総務省により視聴履歴データに関わる実証事業が行われており,在京放送局が非特定視聴履歴データの連携・統合に向けて技術実証を実施している.具体的には,テレビ受像機に内蔵されているNVRAMと呼ばれる不揮発性メモリに割り当てられた放送事業者共通保存領域に共通IDを書き込むことによりデータをマッチングさせる方式である.本方式を使えば,確実に放送局間のIDをマッチングさせることができるため,優れた手法ではあるが,2点の課題がある.まず,1点目として,放送事業者共通保存領域は民間地上放送事業者だけでなく,個人情報を大量に保有するNHKや有料放送事業者も読み込むことができる.共通IDは改正個人情報保護法において,個人関連情報と定義されているため,個人関連情報をあらゆる放送事業者が参照できる場所に保管することに対して,個人情報保護委員会から疑義がでている.2点目として,法律では問題ないと判断されたとして,放送事業者共通保存領域を民間放送局の利益のために使用するためには,テレビ受像機の規格改定が必要となる.規格改定には,放送事業者だけでなく,テレビ受像機メーカの理解も必要となり,テレビ受像機を利用したテレビ視聴履歴データを用いてサービス提供している各メーカの理解を得ることは難しいと考えられる.
本稿では,在阪の4つの放送局(読売テレビ・毎日放送・朝日放送テレビ・関西テレビ)がそれぞれ独自に収集したオプトアウト型非特定視聴履歴データを用いて,総務省実証とは違うNVRAMの放送事業者共通保存領域を使用しないデータ統合の手法の提案およびプラクティスを示す.
本章では,NVRAMの放送事業者共通保存領域を使用しないテレビ視聴履歴データ統合手法である,Non-NVRAM TIMEマッチングアルゴリズム(以下,NNTMアルゴリズム)を提案する.本手法は,データ収集を行っているデータ放送プログラムは変更せず,各局各様で収集しているオプトアウト型非特定視聴履歴データをそのまま利用することを前提とするが,オプトアウト型非特定視聴履歴データ以外への適用も可能である.
NNTMアルゴリズムを適用するステップを図2に示す.
NNTMアルゴリズムは,クロスデバイスマッチングの一手法であるIPアドレスマッチングを基本とする.しかし,IPアドレスはマンション等の集合住宅において1つのIPアドレスを複数宅で共用していることも多く,IPアドレスだけではテレビを一意に特定することは難しい.また,IPアドレスは一定期間で変更されていくが,どの程度の期間で変更されるかはプロバイダに依存しており,データを観測すると数分~数日で変更されるものが多い.
そこで,図2のStep1では,各社が同一のテレビ端末から視聴履歴データを集めているという特徴を利用する.図3に示すとおり,IPアドレスだけでテレビを分離するのではなく,その他にデータ放送プログラムを用いて同時に収集している郵便番号,メーカID(各放送局がテレビ受像機メーカを区別するために割り振っているID),テレビ受像機を起動させているブラウザ*2のメジャーバージョン情報,マイナーバージョン情報を使ってテレビの分離を行う.
Step2として,各放送局のデータをIPアドレスや郵便番号等で分離した後にマッチングさせていくが,マッチング精度を高めるために更に「視聴時刻」をマッチング条件に使うこととする.具体的には,図4で示すとおり,ある1台のテレビがA局・B局・C局とチャンネル遷移をしながら継続視聴している場合を想定する.A局・B局・C局は同一テレビに対して,それぞれ独自のテレビIDを付与している.これらのデータを持ち寄り,前述のとおり「IPアドレス+郵便番号+メーカID+ブラウザメジャーバージョン+ブラウザマイナーバージョン」がすべて一致するテレビのうち,さらに視聴終了時刻と視聴開始時刻に一定の猶予を見た時刻が一致したものを同一テレビと推定する.最後にStep3として,不正確なデータが同一テレビと推定されている場合の処理を行う.具体的には,A局の1台に対して,B局等で複数台のテレビが紐づいてしまった場合,経験的に不正確なデータを特定できる場合にはその不正確なデータを取り除くことを目指す.
前節のとおり,NNTMアルゴリズムを実装するうえで,図2のとおり,各Stepで必要な検討項目(1)マッチング回数,(2)猶予時間,(3)一意特定処理の3点を検討する.本節では,これらの検討項目の論点を整理する.
NNTMアルゴリズムでマッチングした異なる放送局のテレビは1回のマッチングで同一テレビと推定しても良いのか検討する必要がある.そのためには,IPアドレス以外の要素を用いることでテレビそのものをどれだけユニークと識別できるのか調査する.具体的には,IPアドレスが変更されないと想定される短期間における「IPアドレス+郵便番号+メーカID+ブラウザメジャーバージョン+ブラウザマイナーバージョン」で分離できるテレビの割合を調べることで,インターネットに結線されたテレビとIPアドレスやその他データの関係を調査する.同一集合住宅内で同一メーカ同型式テレビを保有する世帯が多くなるほどテレビを分離できなくなり,チャンネル遷移タイミングが一致するテレビが多数生じる可能性が高いため,一定期間内における最低マッチング回数などを検討する必要がある.
タイムマッチングにおける視聴終了時刻と視聴開始時刻の猶予時間を検討する必要である.そのために,全放送局の組み合わせにおいて,複数の猶予時間でのマッチング数を調査する.理論的に,タイムマッチングにおける視聴終了時刻と視聴開始時刻は,まったく同一時刻であることが望ましい.しかし,実際はチャンネル遷移後にデータ放送プログラムが起動してデータ収集を開始するタイムラグやデータの正確性に差が存在する.そこで猶予時間を設定することで,より正確なマッチングを目指す.ただし,この猶予時間を取り過ぎると,図5のように,同じ集合住宅に住んでいる同一メーカ同一機種を所有している世帯間において,偶然チャンネル遷移のタイミングが一致する可能性がある.一致した場合,1対1マッチング数が減少し,1対多のマッチング数が増加する.
そのため,各社の視聴履歴データ特性から最適な猶予時間を検討する必要がある.
放送局間で1台のテレビに複数台のテレビが紐づいてしまった場合の,一意特定処理を検討する必要がある.具体的には,明らかに誤ったテレビが紐づいている場合にそのマッチングを除去する処理を検討する.図5にあるとおり,偶然チャンネル遷移のタイミングが一致すると,1台のテレビに複数台のテレビが多数紐づくことが想定される.また,マッチング期間を増やせば増やすほど,たとえば100回は同じテレビが1対1で紐づいているが,1回だけ偶然別テレビが紐づいているなどのデータが増えていってしまう.このように複数台がマッチングしたデータをすべて捨ててしまうとマッチング期間を増やせば増やすほどマッチング数が減少することが想定される.そこで,経験的にみて,1台のテレビに複数台のテレビが紐づいているが,明らかに不正確なデータが紐づいているであろう場合において,不正確なマッチングデータを排除し,1対1になるような一意特定処理を組み込むことでマッチングデータの救済を実施する.
本章では,在阪視聴データ連携技術実験にて収集した実データと実際に適用したマッチング事例について述べる.
本節では,在阪の4つの放送局が取得している非特定視聴履歴データの特徴について説明する.今回の検証で使用したデータは,在阪4局にて実施した在阪視聴データ連携技術実験で取得・交換したデータを用いる.データ期間は,2021年10月4日~2022年1月5日である.
データ放送プログラムを利用して収集する方法には,ビーコン方式とFrom-To方式の2種類の方式があり,表2のように,放送局間で方式や収集条件が異なる.
ビーコン方式は,視聴者が視聴しているときに一定間隔で視聴履歴データをサーバに送信する方法である.リアルタイム性には優れているが,送信間隔次第で視聴終了時刻が正確では無くなってしまうという特徴がある.また,ビーコンの送信間隔は放送局によって違いがあり,表2のように,A局は60秒,B局は15秒を採用している.
From-To方式は,視聴者が視聴し始めた時刻をNVRAMに保存しておき,また視聴終了時にも時刻をNVRAMに保存しておき,視聴者が当該チャンネルに戻ってきたタイミングで前回視聴開始・終了時刻をサーバに送信する方法である.From-To方式は,データ送信タイミングが視聴者行動に依存しているため,リアルタイム性はないが視聴開始・終了時刻を正確に記録できる特徴がある.
データを取得する対象メーカも放送局によって違いがあり,A局とB局はすべてのメーカを対象に取得している.しかし,C局は一部の主要メーカを取得対象としておらず,D局は国内シェアの大きいメーカのみを対象としている.
在阪視聴データ連携技術実験で交換した2021年10月4日~2022年1月5日のデータ比較結果を表3に示す.
表3にあるようにデータ取得の対象がすべてのメーカになっているA局とB局はテレビID数が多いことが確認できる.また,ビーコン方式で取得しているA局とB局は行数も多く,From-To方式で取得しているC局とD局は行数が少ないことが確認できる.A局はビーコン方式でデータ取得を行っているが,データベースへ格納するタイミングで一部のデータをFrom-To方式のデータ形式に変更することでデータ量と行数の削減を図っているため,同じビーコン方式のB局よりも少なくなっている.
本節では,在阪視聴データ連携技術実験の実データを利用したマッチング事例について述べる.
前提条件を揃えるためにすべてのデータをC局とD局が対象としているメーカに絞る.また,NNTMアルゴリズムを適用するにあたり,全局のデータテーブルを統一し,データをFrom-To形式に変換することでデータ量の削減に努めた.データ処理後のテレビID数,データ量,レコード数を表4に示す.テレビID数は,全メーカを対象にデータ取得を行っていたA局とB局では約17–19%減少している.また,全放送局のデータのうち,各放送局が独自で取得しているデータを削除し,共通項目だけを共通テーブルとすることでデータ量・レコード数ともに削減できた.
3.2節で記載した検討事項について,実データを参照しながら条件を確定させていく.なお,参照するデータは在阪視聴データ連携技術実験で得られたデータのうち,2021年10月4日~10月17日のデータとする.
3.2.1項に前述のとおり,同一集合住宅内で同メーカ同型式テレビを保有している世帯が多い場合は,チャンネル遷移タイミングが一致するテレビが多くなってしまうことが想定される.そこで,実データを用いて「IPアドレス+郵便番号+メーカID+ブラウザメジャーバージョン+ブラウザマイナーバージョン」で分離できるテレビの割合を調査する.なお,本調査は2021年10月5日19時~21時のデータに対して実施した.
調査結果を図6に示す.図6の上部は「IPアドレス」のみでテレビを分離した結果を示している.その結果,IPアドレスとテレビIDが1対1になるテレビは54–72%であった.そして,同一のデータに対して「IPアドレス+郵便番号+メーカID+ブラウザメジャーバージョン+ブラウザマイナーバージョン」で分離した結果を図6下部に示している.その結果,93–99%のテレビが一意に分離されることを確認できた.本データより「IPアドレス+郵便番号+メーカID+ブラウザメジャーバージョン+ブラウザマイナーバージョン」で分離をすることでほとんどのテレビを一意特定することができ,同一集合住宅において1つのIPアドレスを複数宅で共用していることにより起こる問題も解決できる.さらにNNTMアルゴリズムでは,これらの分離したデータに対して更にチャンネル遷移タイミングをマッチング条件に加えるため,4局データにおいてはマッチング数を1回に設定すれば良いという知見が得られた.
3.2.2に前述のとおり,マッチング条件に利用する猶予時間を調査する必要がある.条件として,視聴終了時刻と視聴開始時刻が同一時刻であることが望ましいが,実データではプログラム起動ラグや,表2,表5記載のとおりビーコン方式にはデータ取得間隔があり,データの正確性に差が存在するため,猶予時間を設ける必要がある.ただし,猶予時間を取りすぎると誤マッチングが増えてしまうため,各社の視聴履歴データ特性から最適な猶予時間を検討し,実データから最適な猶予時間を確認する.
表5のとおり,A局からその他局へチャンネル遷移する組み合わせの相性が悪いため,許容誤差は±60秒が最適だと推測される.そこで実データを用いて,各局データのマッチング数を0秒,15秒,30秒,60秒,120秒で分析を行った結果を表6に示す.
この結果から,事前推測していた許容誤差±60秒でマッチング数の増加率が鈍化していることが確認できる.また,表7のとおり,1対多のマッチング数は許容誤差を拡大すると単調に増加していくことが確認できる.
以上の結果より,4局データにおいては猶予時間を±60秒と設定すると良いという知見が得られた.
3.2.3項に前述のとおり,マッチングするために使うデータ期間を延ばすほど,1台に対して複数台が紐づいてしまうことが想定される.そこで経験的に見て,明らかに不正確なデータがマッチングしている場合には,その不正確なデータを排除する一意特定処理を組み込むこととする.
具体的には,マッチング数10回以下となっているサンプルを抽出し,出現しうるパターンを整理したうえで経験的に条件式(1)とした.条件式(1)を用いて,一意特定処理を実施する.なお,合計マッチング数が3以下の場合は対象外とし,一意特定処理を実施しないこととした.\[\begin{split} \mathrm{1位のマッチング数} & \mathrm{ - 2位のマッチング数} \\ & > {\mathrm{全マッチング数}} \times \frac{\mathrm{1}}{\mathrm{3}}\end{split}\](1)
適用イメージを図7に示す.適用例では,A局1つのIDに対して,B局2つのIDが紐づいた場合に,一意特定処理が成功したパターンを示している.
実データへ一意特定処理を行った結果を表8に示す.表8のとおり,どの組み合わせにおいても約20–30%の一意特定に成功した.以上の結果より,4局データにおいては条件式(1)にすると良いという知見が得られた.
なお,IPアドレスは時間とともに変化するが,本方式では個社が独自で割り振っているテレビIDをキーとして使い,さらに同一時間帯のチャンネル遷移タイミングでマッチングしているため,同じテレビIDに対して紐づくIPアドレスが途中で変更になったとしてもマッチング数への影響は少ないと想定される.
在阪視聴データ連携技術実験で交換した2021年10月4日~2022年1月5日までのすべての実データを利用して,NNTMアルゴリズムを適用した結果を表9,図8に示す.結果は,すべての局を特定できた「4局マッチング数」と1つの局だけ特定できなかった「3局マッチング数」と2つだけ特定ができた「2局マッチング数」で示す.また,適用期間別のマッチング数を確認することで,最低限マッチングに必要な期間を調査する.
94日分のデータを突合することで,約159万台の4局特定,約267万台の2局以上のマッチングに成功した.特に2局以上の特定に成功した約267万台は,近畿2府4県の約922万世帯(R2国勢調査)と2人以上世帯の平均テレビ保有台数2,076台から推定される近畿に存在する約1,915万台の約13.9%に該当する.これは放送局が放送サービス向上などのためにマーケティング利用するには充分な台数である.また,図8のグラフよりマッチング台数の伸び率が減少し,伸び率が一定に近づくためには30日程度のデータ突合が必要であることが分かる.
大阪には5つの民間放送局が存在しているが,今回の在阪視聴データ連携技術実験は4つの民間放送局で実施されている.また,本取組みの中で,各局が記録しているIPアドレスの取得タイミングも視聴開始時,視聴終了時,次回視聴開始時など揃っていないことが判明した.今後はIPアドレス取得タイミングも考慮することでアルゴリズムの精度向上を目指したい.
本方式では「IPアドレス+郵便番号+メーカID+ブラウザメジャーバージョン+ブラウザマイナーバージョン」をいう5項目とチャンネル遷移タイミングをマッチング条件としている.今回は在阪放送局が取得している情報のうち,共有している項目をすべて利用しているが,たとえばIPアドレスがあれば郵便番号は必要ないように思える.そこで,各項目の寄与度を調査した結果を表10に示す.表10は,5項目すべてを使った場合と各項目のうち1つだけ除いた4項目を使った場合のマッチング数を比較している.なお,チャンネル遷移タイミングの許容誤差は60秒としている.この結果から,IPアドレスまたは郵便番号を除外した場合に大幅なマッチング数の低下がみられたため,本方式への寄与度が高いといえる.また,その他の項目についても除外時にマッチング数が低下することから,本方式で提案した5項目の組み合わせが有効であることが確認された.IPアドレスがあれば不要に思える郵便番号の寄与が高い理由として,実際の居住地とは異なる初期設定値や引越し前の郵便番号などが登録されていることにより,本来IPアドレスと郵便番号が同一になる集合住宅などにおいて,テレビの分離が行えているためだと考えられる.
また,本方式で使用しているIPアドレスは数日もしくは数週間という時間経過とともに変更されるが,変更されるタイミングはインターネットプロバイダ会社依存となるため,ユーザ側での把握は難しい.しかし,たとえば3ヵ月程度の長期間データの期間中にIPアドレスが変更になったとしても,本方式では個社が独自で割り振っているテレビIDをキーとして使い,さらに同一時間帯のチャンネル遷移タイミングでマッチングしているため,マッチング数への影響は少ないと想定される.
最後に,今回の参加放送局の中には1局だけテレビIDを半年程度で定期的にリセット処理している局がある.リセットされた場合であっても,残りの3局ではリセットされていないため,問題なく同一テレビを追跡することが可能と推測される.全国的にもテレビIDをリセットする放送局は少ないため,テレビIDリセットが実施されても問題ないと認識している.ただし,本方式を利用したい放送エリアにおけるすべての放送局がテレビIDを定期的にリセットする場合,IPアドレス変更時に同一テレビを継続的に認識することが難しくなる可能性は存在する.
本稿では,放送局が取得する非特定視聴履歴データに対する利活用ニーズと,利活用ニーズに応えていくための課題,その課題に対する従来アプローチとはまったく違う手法による解決手法の提案と実データへの適用結果を述べた.その結果として,放送局が利活用するためには充分なマッチング数を得ることに成功し,最低限必要なデータ期間が30日程度であることを示した.今後,本手法を用いて在阪放送局でデータ交換を行い,編成・営業利用を進めていきたい.
謝辞 NNTMアルゴリズムの検証にあたって多大なご協力をいただきました株式会社毎日放送,朝日放送テレビ株式会社,関西テレビ放送株式会社の皆様に,この場を借りて深く感謝申し上げます.
読売テレビ放送株式会社デジタル戦略局主査.2011年に奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士前期課程修了.2019年から読売テレビ放送株式会社デジタル戦略局で,視聴履歴データを含むデータ分析業務に従事.2021年より奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士後期課程.
読売テレビ放送株式会社デジタル戦略局.2020年に京都大学博士前期課程修了.2020年から読売テレビ放送株式会社デジタル戦略局で,視聴履歴データを含むデータ分析業務に従事.
奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科助教.2019年同学情報科学研究科博士後期課程修了.博士(工学).ユビキタスコンピューティングに関する研究に従事.
大阪大学大学院情報科学研究科特任講師(常勤).2014年奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士後期課程修了.博士(工学).サイバーフィジカルシステムに関する研究に従事.
奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科教授.1991年大阪大学基礎工学部情報工学科卒業.1995年同大学大学院博士後期課程退学.博士(工学).ユビキタスコンピューティングに関する研究に従事.
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