会誌「情報処理」Vol.64 No.2(Feb. 2023)「デジタルプラクティスコーナー」

「コロナ禍後も見据えたオンラインコミュニケーション環境の活用と課題」編集にあたって

中村素典1

1京都大学 

編集にあたって

インターネットによる音声や映像の配信技術を利用したリアルタイム遠隔授業やテレカンファレンス等の試みは20年以上前から行われてきています.インターネットの広帯域化とH.323等の国際標準規格に基づくビデオ会議システムの普及やそのHD (ハイビジョン)化により,その応用範囲は徐々に広がってきてはいましたが,比較的高価な専用機器が必要とされること,ファイアウォール等による厳しい通信制限がなくインターネットと比較的自由に通信が可能なネットワーク環境が必要であったこと,3地点以上での相互接続(多者会議)が容易でなかったこと等の要因から,これまでその活用は非常に限定的でした.

並行して,PC上で動作するソフトウェアベースのビデオ会議システムも開発されてきてはいましたが,品質が不安定で汎用性や相互接続性が低く,またサブスクリプションベースのサービスモデルが多かったこともあり,なかなか広く受け入れられない状況が続いていました.ようやく近年になって性能向上や機能向上が急速に進み,従来のビデオ会議システムを置き換え得る状況となってきていたところでコロナ禍を迎えたことから,一気に世界的に普及することとなりました.

コロナ禍がもたらしたものは,単純なビデオ会議システムの置き換えの促進だけではなく,これまであまりビデオ会議システムの適用が試みられることがなかった実習や実技を伴う授業や,学会等での貴重な情報交換の場である懇親会等におけるコミュニケーションをオンライン化する際の課題についても浮き彫りにしてきています.ビデオ会議システムはあくまでもオンラインコミュニケーション環境を実現する上でのツールの1つであり,効果的なオンラインコミュニケーションを実現する上でどのように活用するかが,その先の本質的な課題であると考えられます.ビデオ会議システムをとりまく技術自体についても,ネットワーク整備における配慮,教材提示手法,カメラ制御,音響環境整備,仮想空間概念の導入をはじめとして,従来のビデオ会議システムを活用する上での知見とは違った観点も要求され,まだまだ多くの課題が残されています.

そこで,本特集では,このようなオンラインコミュニケーション環境に関連する取り組みからのさまざまな知見を広く共有することを目的として事例を紹介します.

清水周次氏らによる「医療と情報工学の融合 ―遠隔医療20年の軌跡―」(招待論文)では,高画質の映像伝送システムの国際的な遠隔医療への応用への20年にわたる取り組みについて紹介しています.単なる評価実験にとどまらず,内視鏡を用いた医療技術等の国際的な普及に向けた継続的な取り組みとして非常に興味深い内容となっています.

喜多一氏による「COVID-19 パンデミック下での大規模オンライン授業の経験と今後に向けての課題」(招待論文)では,コロナ禍において大学での教育を継続するためのオンライン授業等への対応の取り組みについてまとめられています.授業の対面実施とオンラインの併用によるハイブリッド化の試みも含め,今後の大学教育の在り方の見直しにもつながる内容としてまとめられています.

荒木智史氏らによる「Gather.town と VR カメラを活用した研究室紹介バーチャルツアー」(投稿論文)では,オンラインコミュニケーションを活用した研究室紹介バーチャルツアーの実現方法として,VR カメラと YouTube を用いて作成したオンデマンド型のバーチャルツアーと,Gather.town を用いた対話型のバーチャルツアーを組み合わせるアプローチについて紹介し,その効果について評価を行っています.

本特集が,オンラインコミュニケーション技術の多様な分野へのさらなる活用や,オンラインコミュニケーション技術自体の発展につながれば幸いです.

  • (2022年10月25日)

中村素典(正会員)nakamura.motonori.2c@kyoto-u.ac.jp

京都大学情報環境機構教授,博士(工学).立命館大学理工学部助手,京都大学経済学部助教授,京都大学学術情報メディアセンター助教授,国立情報学研究所特任教授を経て2019年より現職.

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