交通弱者である車いす利用者の移動を支援するため,様々な取り組みが行われている.土木・建築の観点からは,2006年に施行された「高齢者,障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(通称バリアフリー新法)およびその関連法令等に基づき,旅客施設等の各種建築物や,それらをつなぐ道路等の整備が進められている.これらは,車いす利用者を含む様々な障がい者を取り巻く4つの障壁[1]のうち,交通機関や建築物等における「物理的な障壁」を解消する取り組みである.他の3つの障壁とは,資格制限等による「制度的な障壁」,障がい者を庇護されるべき存在ととらえるなどの「意識上の障壁」,点字や手話サービスの欠如による「文化・情報面の障壁」である.
このうち,車いす利用者に対する文化・情報面の障壁の解消の観点からみると,物理的な障壁に関する情報を収集し,ICT(情報通信技術)を活用して提供することで,車いす利用者の移動円滑化に貢献する取り組みが進められてきた.これまでに,旅客施設内・歩道・トイレ等,物理的な障壁の有無に関する様々な情報が電子化され,インターネットを通じて利用可能となりつつある.
その一方,それらは情報の提供主体ごとに散逸して提供されているのが現状である.荒井[2]が指摘するとおり,車いす利用者は,行き慣れない場所へ外出する際,目的地および目的地までの経路に関する一連の情報を収集する.しかしながら,それら一連の情報を入手するためには,散逸する様々な情報源から自ら必要な情報を探し出して入手する必要があり,車いす利用者にとって不便であった.
このような状況を鑑み,車いす利用者のバリアフリー情報の入手の利便性を向上すべく,本稿では,移動経路全般に関する様々なバリアフリー情報を一体的に扱い,車いす利用者がワンストップで利用可能なルート案内システムを提案する.また,その実現および評価について報告する.
ここで用語の定義を行う.本稿では,「バリアフリー情報」とは「移動に制約を与える物理的な障壁の有無および移動の妨げの程度に関する情報」と定義する.
以下,本稿の構成を示す.第2章では,先行事例について述べる.第3章では,車いす利用者の移動に関する現状を整理し,システムデザインを行う.第4章では,提案システムについて述べる.第5章では,提案システムの有用性に関する評価実験について述べる.第6章では,評価実験の結果に対する考察を述べ,第7章で本稿のまとめを示す.
車いす利用者に対するバリアフリー情報の提供については,自治体等が行政サービスの一環として,地域の諸施設(トイレ・飲食店・観光地・宿泊施設等)や歩道に関するバリアフリー情報を地図上に記したバリアフリーマップを提供する例[3]がある.従来は紙媒体による提供であったものが,近年ではpdf形式による電子的な配布を行う例[4]や,さらにはバリアフリー対応された施設や移動経路を検索できる例[5], [6]も増えている.自治体以外では,各種施設のバリアフリー情報を提供するWheelmap [7]やWheelog! [8],歩道を中心とした移動経路に関するバリアフリー情報を提供するProject Sidewalk [9]が有名である.
バリアフリーマップを実現するためにはバリアフリー情報が不可欠である.そのため,バリアフリー情報を収集するための手段についても様々な研究開発が行われている.収集のための手段には,人が計測して収集システムに入力を行う方法[7]-[10]や,センサ等を用いて自動的に収集する方法がある.後者は,主に移動経路に関するバリアフリー情報を収集する取り組みである.その方法としては,車いすや歩行者等に取り付けた加速度・角速度センサの情報を用いるもの[11]-[13]や,カメラ画像を用いるもの[14], [15]などがある.
一方,交通機関に関するバリアフリー情報については,交通事業者各社が,自らの管理する旅客施設内等の情報を自身のWebサイト等で公開する事例が良く知られる.JR東日本を例にとると,各駅の構内図[16]・車いすによる駅や電車の利用方法[17]等を公開している.また,日本国内における様々な公共交通機関の駅やターミナルのバリアフリー情報に加え,車いす利用者を含む移動困難者の利用を考慮した乗り換え検索機能の提供を行う,らくらくおでかけネット[18]がある.本サービスは,全国の交通事業者や交通施設管理者などから提供されたバリアフリー情報を基に,公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団[19]が運営を行っている.車いす利用者の視点からは,鉄道駅[20]や路線バス[21]のバリアフリー対応状況の評価を試みた例がある.
以上,車いす利用者を含む交通弱者に対して,バリアフリー情報の収集および提供に関する様々な取り組みを概観した.いずれも車いす利用者にとっては好ましい取り組みであるが,上述のとおり,バリアフリーマップの作製や提供に特化したもの,あるいは交通機関に関するバリアフリー情報の提供に特化したものであった.すなわち,車いす利用者が移動の際に必要とする一連の情報のうち,それぞれ一部分の提供を担うものに留まっており,本研究で扱う車いす利用者の移動において始点から終点までの移動に必要となる様々なバリアフリー情報を一体的に扱うものではない.
当初2020年夏に実施予定(後に2021年夏に延期)であった世界的なスポーツ大会を題材として,競技会場へのバリアフリールート案内を行うためのシステムの開発を行った.システムの実現にあたっては,車いす利用者にとってできるだけ有用なシステムとすべく,ユーザの行動や意見に基づいて行うようにした.
筆者らはいずれも歩行に支障がない健常者である.そのため,車いす利用者の移動に関する実態把握およびニーズの理解を目的として,システム開発に先駆けて実態調査を2回実施した.本節では,本研究の特徴的な取り組みであるこれらの実態調査を含む,システム開発のプロセスを示す.
車いす利用者の鉄道による移動および屋外での移動の実態を把握することを目的とした調査を2019年11月に実施した.本調査では,車いす利用者2名が参加した.両者ともに自走用手動車いすを利用し,基本的に単独での移動が可能であった.車いす利用者に対しては当日の行程の概略(出発駅・到着駅・移動範囲等)を示すにとどめ,その範囲内において基本的に車いす利用者に自由かつ普段と同じように行動するよう促し,行動の様子を観察した.なお,両名ともに,筆者らの所属する会社のグループ会社(障がい者の雇用を行っている特例子会社)に在籍する者であった.実施にあたっては,本調査は車いす利用者のバリアフリー情報の入手の利便性を向上させるための研究の一環であることを伝え,その趣旨に則り,車いす利用者の立場に基づいて率直に行動するよう説明した.そして,その旨各車いす利用者から了承のうえで調査を実施した.
当日の行程の概略を示す.はじめに,車いす利用者は鉄道で東京都内を45分程移動した.ここでは,車いす利用者の電車移動の実態を観察した.移動の過程では,路線の乗り換えおよびそれに伴う駅構内の移動が生じた.続いて,車いすで屋外を移動した.ここでは,屋外の移動の実態を観察した.移動の過程では,後に前記スポーツ大会が開催される会場の1つへ移動後,休憩を挟みながら,周辺エリアを2時間程自由に散策した.
行動中の観察においては,車いす利用者の行動に対して極力影響を及ぼさないようにするため,車いす利用者の行動が見える範囲において一定の距離を置くようにした.また,同様の理由のため,危険回避等の緊急的な理由がない限り,車いす利用者に対して指示を含むコミュニケーションを行わないようにした.行動内容については観察者が記録用紙に随時メモを行った.そして,行動終了後に被験者とともに一連の行動の振り返りを行って,行動選択の理由をはじめ,行動時における車いす利用者の考え方などを調査した.
本調査を通じて,鉄道移動および屋外移動における実態を把握した.特に注目すべき点としては,車いす利用者が移動時に利用する施設や設備およびその必要性であった.施設や設備とは,たとえばトイレ・エレベータ・休憩可能な場所などである.これらの情報はシステムで提供すべき情報であると考えた.
事前の情報収集およびイベント開催時におけるイベント会場への移動に関する実態を把握することを目的とした調査を2019年12月に行った.参加したイベントは,世界的なスポーツ大会でも使用される会場にて,6万人規模の観客を集めて開催されるイベントであった.本調査では,3.1.1項の調査と同じ車いす利用者2名が参加した.本調査においても,基本的に自由かつ普段と同様に行動するように指示した.
当日の行程の概略を示す.はじめに,会場に到着するまでに気になることおよび移動経路を含む当日のスケジュールの決定について,両車いす利用者は,既存のインターネット上の各種サービスを活用して,移動開始前に調べた.続いて,イベント会場への移動を行った.移動にあたっては,鉄道を利用して,イベント会場の最寄り駅まで移動した.続いて,イベント会場まで車いすで移動した.この際,車いす利用者の判断で,混雑を避けるため会場付近には開門時間前に到着した.開門までの待ち時間では,付近の飲食店へ移動して食事および休憩を行った.その後,観客で道路や会場入口が混雑する前に会場へ移動した.
行動中の観察時には,3.1.1項の調査と同様に,被験者とは一定の距離を保ち,極力コミュニケーションを行わないようにした.また,終了後には行動の振り返りを行った.
本調査を通じて,車いす移動者が事前に調査する内容およびその一連のフローを確認した.特に注目すべき点としては,移動前の調査では,様々なサイトを閲覧して移動可能なルートを調べていることを確認した.事前情報収集の実態については3.2節にまとめる.また,最寄り駅から会場への最短ルート以外にも,その周辺で寄り道するために必要となる周辺の歩道のバリアフリー情報が必要であることが分かった.
3.1.1項および3.1.2項記載の調査結果に基づきユーザのニーズを抽出して,プロトタイピングを行った.そして,作成したプロトタイプを前記2回の調査に参加した車いす利用者が試用したうえで意見聴取を行い,改善点を洗い出した.以降,プロトタイピング→ユーザ評価→システム要件の改善のサイクルを5回程度回して,開発を進めた.
このうちユーザ評価では,観察対象者である車いす利用者がプロトタイプシステムを試用する様子を観察して,操作に戸惑う箇所などを記録した.また,観察対象者に対して,操作において感じることなどを発声するように促して,それらを記録した.そして,終了後に一連の操作体験を振り返るヒアリングを実施した.これらを通じて収集した意見等を踏まえて,システム要件の改善を行い,最終的に3.3節に示すシステム要件を定義した.
車いす利用者が鉄道を利用してイベントに出かける際には,イベント会場やその周辺に不慣れな場合には,会場まで移動できるか否かについて不安を抱えていることが分かった.そして,不安を解消するため,典型的には以下のような手順で,出かける前に様々な情報の収集を行っていた.
すなわち,様々な情報源を切り替えながら詳細に調べて比較検討することで,車いすで移動可能な好ましい経路を選択していた.上記のうち,①および②については健常者でも同様に調べるが,③および④については車いす利用者に特有の調査である.さらには,移動ルートの候補が複数存在する場合には,その分だけ⑤の手間が発生する.そのため,車いす利用者は,実際に外出するまでに健常者と比べて多大な労力を要していた.
前節までの検討を踏まえ,旅程の始点から終点まで必要な情報をワンストップ,すなわち1つのシステム内で完結して情報収集できるシステムを提供することの望ましさを確認した.そして,これらを実現すべく,システム設計を行った.
以下,3.1節および3.2節の検討を踏まえて整理した,システムの主要な要件について説明する.本要件は,3.1節で示したとおり,車いす利用者の意見に基づき,修正を繰り返したうえで定めたものである.
本システムは,車いす利用者がイベントへ参加するにあたって,車いす利用者本人が,イベント会場へ鉄道を利用して行くための移動経路およびそれに伴う経路全般のバリアフリー情報について,事前に調べる際に使用されるシステムであると位置づけた.
システムが提供すべき主たる機能や情報の範囲は,以下のとおりとした.
上記1点目および2点目については3.2節の検討に基づいて導出した.また,3点目については3.1.1項(周辺施設等の必要性)および3.1.2項(周辺施設付近の歩道のバリアフリー情報の必要性)の検討に基づいて導出した.
バリアフリー情報は,国土交通省の「歩行空間ネットワークデータ等整備仕様」[22]に則ることとした.本仕様は,「歩行空間ネットワークデータ」と「施設データ」の整備内容およびデータ構造を定めたものである.このうち,歩行空間ネットワークデータは,歩行経路のバリアフリーに関する情報を付与した「リンク」およびリンクの結節点である「ノード」によって構成されるデータであり,簡潔に言えば歩道に関する情報である.また,施設データは,公共施設等の位置情報と施設のバリアフリー情報を含んだデータである.これらは,本研究が対象とする領域を網羅的に扱う仕様であり,技術的な観点から鑑みて,適用が望ましいものと考えた.
また,対象とするスポーツ大会の会場は,北海道から静岡県まで広範囲かつ多数存在した.バリアフリー情報の収集においては,各自治体の協力のもと,それぞれの会場ごとに情報収集が行われることとなっていた.従来,自治体ごとに様々な基準でバリアフリー情報の収集が行われていたのが実情であった[10]が,1システム内で統一的に多数の会場に関するバリアフリー情報を扱うためには,統一的な基準に基づいて情報収取が行われることが望ましかった.その点においても本仕様に則ることが適切であると考えた.
車いす利用者は基本的に下肢の不自由を有するが,車いす利用者の中には下肢不自由に留まらず,上肢(腕や手)の動作が不自由な者も少なからず存在する.たとえば,脊髄損傷により四股に麻痺を有する者などである.そのような者のうち,特に手指の動作が不自由な者がスマートフォンの画面を操作する場合には,指の繊細な動作を要する操作を行うことが困難な場合がある.具体的には,たとえば地図の拡大・縮小を行う際にはピンチイン・アウトによる操作が通例である.しかしながら,それらの操作を容易に行うことができない場合には,たとえば,スマートフォンを膝上に置いて固定し,両手のそれぞれの比較的自由の利く指を用いて両腕を動かしながらピンチイン・アウトを行っている様子を,3.1節記載の観察等で確認した.
そこで,より簡単に操作できるようにするため,可能な限り大きなUI部品(ボタン等)を配置して操作させるようにして,細かい操作を不要とする必要がある.その場合,3.1.3項のユーザ評価の結果に基づき,UI部品の大きさは,おおむね5 mm程度以上とし,また隣接する他のUI部品との間隔を5 mm以上確保することが望ましいと考えた.
また,車いす利用者の多くは,googleマップをはじめ,様々な地図サービスをすでに利用しており,そのUIに慣れている.そこで,ユーザエクスペリエンス向上のため,原則としてUI部品のデザインやそれらの画面上の配置等については,既存の地図サービスとは大きく変えないことが望ましい.
3.3節で述べたシステム要件に基づいて,2021年の世界的なスポーツ大会に向けた,車いす利用者向けのバリアフリールート案内サービスであるJapan Walk Guide(以下,JWGと略す)を開発した[23].JWGのシステム構成を図1に示す.JWGは,鉄道の乗換案内情報および駅のバリアフリー情報を提供する「全体経路」部と,徒歩ルートのバリアフリー情報を提供する「徒歩地図」部で構成される.JWGはWebアプリとして実装した.そのため,ネイティブアプリをインストールしなくても,QRコード等で読み込むURLリンクをたどってすぐにWebブラウザから利用できる.
システムの実現にあたっては,レスポンスタイムの設計目標を3秒以内とした.これは,ユーザエクスペリエンスを低下させない範囲で,サーバやネットワークの実現コスト等を勘案して定めた目標値である.
以下,画面遷移に沿って,各機能の詳細について述べる.
ユーザの外出の促進につながるように,画面デザインにおいては,「不安なく楽しく外出して欲しい」というコンセプトを定めた.そして,そのコンセプトに則って,楽しさを演出するキーデザインを採用し,ポップな色使いとイメージを使用してデザインした.キーデザインのイメージを図2①に示す.なお,画面設計においては,あくまでも3.3節で示したシステム要件(特にユーザインタフェース)が優先されるべき事項であり,本キーデザインは付加的なものである.また,配色によっては文字や図形等の視認性が低下し操作性を損なうなどの懸念があるが,3.1.3項記載のユーザ評価の過程において,この点問題がなかったことを確認してキーデザインを選定した.
スタート画面(図2①)から「始める」ボタンをクリックすると,全体経路の検索画面に遷移する.ここで,全体経路とは,「鉄道による移動経路」および「会場最寄り駅と会場との間の車いすによる移動経路(徒歩ルート)」で構成される,始点から終点までの全移動経路とする.検索画面では,出発地および目的地として,鉄道駅もしくは大会会場をそれぞれ指定して検索するようにした.鉄道による移動経路の検索は,車いす利用者を含む移動困難者の利用を考慮した公共交通機関の乗り換え検索機能の提供を行う「らくらくおでかけネット」[18]をAPI連携することで実現した.
検索結果画面(図2②)では,候補となる全体経路が一覧で表示される.一覧表示を構成する項目は,「想定所要時間」「鉄道の乗り換え回数」「徒歩ルートに関する移動距離」「バリアフリーの程度」の4項目とした.特に,徒歩ルートに関する移動距離およびバリアフリーの程度を表示することで,車いす利用者が,徒歩ルート部分におけるバリアフリーの状況を考慮して全体経路を選択できるようにした.ここで,バリアフリーの程度とは車いす利用者の移動におけるルート上の物理的な障壁の程度である.画面上では“スイスイ”と表記された部分である.その算出にあたっては,徒歩ルートにおける段差・傾斜・エレベータ等の構造物の存在等に応じて算出し,顔型のマークで表示した.顔型の表示については,バリアフリーの程度が軽い程笑顔に,重い程泣き顔になるようにした.バリアフリーの程度の算出において,国土交通省の「歩行空間ネットワークデータ等整備仕様」に準拠したデータを利用することで,全会場統一した基準でバリアフリーの程度を示すことができた.一覧表示される上記の4項目は,3.1.3項のユーザ評価にて移動時に重視される項目として抽出したものを選定した.各全体径路の候補の表示順については,これらの各項目の程度を勘案して順位付けを行うようにした.
また,各全体経路の候補の詳細については,一覧表示の下部にそれぞれ表示した.ここでは,出発地から目的地に至るまでの乗換駅や会場最寄り駅およびそれぞれの部分的な経路の所要時間や運賃が表示される.また,鉄道各駅のバリアフリー情報についても,表示される駅ごとに表示ボタンを設けて参照できるようにした.駅のバリアフリー情報については,前記らくらくおでかけネットが提供するバリアフリー情報を利用した.
会場最寄り駅から会場までの徒歩ルートに関する情報については,全体経路の候補ごとにバリアフリー地図の表示ボタンを表示した.そのため,これらに関する詳細な情報を確認したい場合には,当該表示ボタンを選択して,次に示すバリアフリー徒歩ルート案内において確認できるようにした.
バリアフリー徒歩ルート案内は,次に示す周辺情報とともに「徒歩地図」部を構成する機能である.本案内では,会場最寄り駅と会場との間のルートのうち,車いすで移動可能かつ移動時間が短い代表的なルートを,推奨ルートとして固定的に表示する(図2③).当該画面上部の地図部分のうち,線で示された部分が推奨ルートである.推奨ルートは,東京都オリンピック・パラリンピック準備局が公開した「輸送運営計画V2」[24]が示す,車いす等で移動可能なルートであるアクセシブル徒歩ルートを用いた.
本画面では,単にルートが線で示されるだけではなく,そのルートに関する傾斜や段差の有無などの情報を,現地の写真とともに参照可能とした.図2③では,画面下部がそれらバリアフリー情報を表示する部分である.ユーザが当該情報を事前に確認することで,自分自身の障がいの程度等に応じてバリアの程度を判断するための情報となる.
地図を拡大・縮小して閲覧したい場合には,3.3節(3)の検討に基づいて,それぞれ拡大用ボタン・縮小用ボタンを設け,それらを選択することで実現した.図2③において,画面右側中央部の点線の矩形で囲んだ部分である(本矩形は説明用に別途追加したものであり,JWGの画面には表示されない.図2④も同様).同時に,既存の地図サービスの操作に慣れている者が円滑に操作できるよう,ピンチイン・アウト操作による地図の拡大・縮小機能も提供した.
地図サービスには,ゼンリンデータコムの「いつもNAVI API/SDK」[25]を利用した.徒歩地図で扱うバリアフリー情報は,今回のスポーツ大会のために新たに収集したバリアフリー情報を採用した.収集においては,オリンピック・パラリンピック等経済界協議会が主導して,各自治体の協力のもと,約1,900名のボランティアが収集した.その際,筆者らが開発したバリアフリー情報収集・更新技術「測ってMaPiece」[10]を用いて,国交省「歩行空間ネットワークデータ仕様」に則ってバリアフリー情報を収集した.収集対象は全国41のスポーツ大会競技場とその最寄り駅98駅の周辺エリアであった.そして,歩行空間ネットワークデータ仕様に基づくバリアフリー情報を扱うことができることを特徴とする「みんなでMaPiece」[26]を基盤エンジンとして利用し,地図サービス上に重畳表示するようにした.
バリアフリー徒歩ルート案内画面上の「周辺地図」ボタン(地図表示部分右下)を選択すると,周辺情報(図2④)の画面に切り替わる.ここでは,推奨ルート周辺に位置する多機能トイレ・案内所・休憩所など,車いす利用者が移動の際に役に立つ様々な施設情報を参照できるようにした.併せて,周辺の歩道について,移動の妨げの程度に応じて,信号の色を模して軽い順に緑・黄・赤の3段階で色分けして表示を行った.移動の妨げの程度については,傾斜の程度・段差の有無・道幅の広さ等に基づいて定めた.また,これらの歩道の表示部分を選択すると,その道の傾斜や幅等が写真とともに確認できるようにした.推奨ルートから外れた周辺の施設に行きたい場合には,利用者の障がいの程度に応じてルートを選択できる.
本画面においても,(3)バリアフリー徒歩ルート案内と同様,地図を拡大・縮小して閲覧したい場合には,それぞれ拡大用ボタン・縮小用ボタン(図2④)を選択する,もしくはピンチイン・アウト操作で行えるようにした.
なお,バリアフリー地図の中には目的地までの移動経路を検索できるものもあるが,UIが煩雑になることや事前の調査で当該機能の必要性があまり高くなかったことを考慮して,JWGでは経路検索機能を採用しないこととした.
システム実現のコンセプトの妥当性およびJWGの有用性を評価するため,世界的なスポーツ大会開催中(2021年8月24日~9月5日)に,車いす利用者を対象とした評価実験を行った.本実験では,スポーツ大会を会場で観戦することを想定して,会場への移動に関する諸事項についてJWGを用いて調べるよう指示した(以下,操作体験).そのうえで,アンケートおよびヒアリングを実施した.なお,当該スポーツ大会はコロナ禍に伴い原則として無観客開催であったため,有観客開催であると仮定して実施した.
被験者は,普段から車いすを利用する者を対象として5名選定した.いずれも,3.1節記載の調査やヒアリング等に参加した2名とは異なる者であるが,所属先は同様に,筆者らの所属する会社のグループ会社(障がい者の雇用を行っている特例子会社)であった.実施にあたっては,車いす利用者のバリアフリー情報の入手の利便性を向上させるための研究の一環であることを伝え,その趣旨に則り,車いす利用者の立場に基づいて率直に行動するよう説明した.そして,その旨各車いす利用者から了承のうえで実験を実施した.
表1に被験者の主なプロフィールを示す.年齢は40~50代,性別は男性4名・女性1名であった.全員が自走用手動車いすを利用していた.いずれも東京都内の企業に勤務しており,通勤を含めて週4日以上外出していた.鉄道の利用頻度(コロナ禍以前)は,1年のうち0~2回程度の者が3名,年10回程度の者が1名,月4~5回程度の者が1名であった.ICT機器の利用については,全員が日常的にスマートフォンやPCを使用しており,アプリの使用には支障がないと思われた.
なお,被験者の選定にあたっては,想定されるJWGの主たる利用者層として,鉄道を利用して外出することが可能であり,かつ,対象としたスポーツ大会の主たる開催地である東京および周辺県に居住する者を条件とした.前者は,当該スポーツ大会における会場へのアクセスが,有観客開催であった場合には,会場付近の自動車の交通規制に伴い鉄道を利用するよう事前に案内されていた.そのため車いす利用者自身が鉄道を利用して移動可能なことを条件とした.また,後者については,開催エリアである東京周辺に対して一定の馴染みがある必要があると考えたためである.そして,被験者らの在籍する企業は車いす利用者が多数在籍しており,また,所在地が東京都内であることから,これらの両条件を満たす車いす利用者について当該企業の協力のもと,本実験の被験者5名を選定した.
操作体験は,移動に関する諸事項について移動を行う前に下調べする状況を模したものとした.被験者には,任意の鉄道駅(たとえば自宅最寄り駅)から大会会場への経路全体について,JWGを用いて,不慣れな場所に行くときに普段調べるような事項を自由に調べるようにした.普段調べるような事項の例として,移動ルート・所要時間・出発時間・バリアの有無・各種施設(トイレ等)の位置を提示した.
調査対象とする大会会場については,オリンピックスタジアム(東京都新宿区)および伊豆ベロドローム(静岡県伊豆市)の2会場を必須とし,加えてもう1会場以上を任意で調査するよう指示した.オリンピックスタジアムについては,被験者の居住地から1時間程度で移動可能な都市部に位置すること,かつ知名度の高い会場であることを理由に選定した.伊豆ベロドロームについては,数時間程度の移動時間を伴い,また,あまり馴染みがないと思われる会場の例として選定した.その他の任意の会場については,たとえば行ったことのある会場や興味のある競技が行われる会場等を対象とするように指示した.
操作体験時には,スポーツ大会期間中の任意のタイミングで実施できるようにした.その際,極力普段と同様の雰囲気で実施できるよう,筆者らの立ち合いは行わなかった.代わりに,後日実施内容を思い出せるように,実施した内容や気付いたことなどをできる限りメモ等の形で操作体験中に記録するように被験者に指示した.
操作体験終了後には,表2に示すアンケートへ回答するようにした.回答形式は,各質問ともに「強い肯定」「肯定」「中間」「否定」「強い否定」を意味する5つの選択肢から回答する形式とした.Q3からQ24に対しては,既存の手法を基準として,既存の手法と比較する形式でJWGに対する評価を回答するようにした.既存の手法については,人によって利用するサイトやツール等が異なり一意に定めることが困難であることが予想されたため,各被験者がイベント等の参加にあたって従来使用していた各種サイトやツール等(乗り換え検索サイト・地図サイト・街路の写真提供サイト等)と定義して,その旨被験者に示した.
スポーツ大会期間終了後,被験者1名ごとにWeb会議形式(Cisco Webexを使用)でヒアリングを実施した.ヒアリングでは,操作体験での実施内容およびアンケートの回答内容について,筆者らが質問を行い被験者が回答するようにした.各被験者1回あたりの所要時間は60分程度であった.
JWGの評価にあたっては,ワンストップ性およびユーザビリティ双方の観点から行うこととした.ワンストップ性については,本研究で提案している,システム実現のコンセプトの妥当性を評価するためである.ユーザビリティについてはシステムの有用性を評価するためである.なお,ユーザビリティとは,ISO 9241-11:2018/JIS Z 8521:2020の定義によれば,指定された目的を達成するために用いられる際の有効さ,効率,満足度の度合いを意味する用語である.すなわち,ユーザにとって,本システムの利用目的である会場までの移動に関する諸事項の下調べを的確に行うことができたか否かに留まらず,下調べの過程における使いやすさも含む概念である.
鉄道を利用してイベント会場へ移動するという目的において,全体経路案内・屋外詳細双方の必要性に対してアンケートで質問(Q1,Q2)した結果,Q1に対する回答は「強い肯定」4名・「肯定」1名,Q2に対する回答は「強い肯定」5名であった.そして,両機能を一体的に提供することの利便性に関する質問(Q3)では,「強い肯定」2名・「肯定」3名であった.各被験者の回答は,表2に示すとおりである.
ユーザビリティの評価にあたっては,ユーザの主観的満足度を定量的に評価できる評価手法である,ウェブユーザビリティ評価スケール(Web Usability Scale; WUS)[27]を用いた.WUSは,7評価軸をもってユーザビリティを評価する手法である.各評価軸は,「好感度(Q4-6)」「役立ち感(Q7-9)」「内容の信頼性(Q10-12)」「操作の分かりやすさ(Q13-15)」「構成の分かりやすさ(Q16-18)」「見やすさ(Q19-21)」「反応性(Q22-24)」である.括弧内は対応する質問を示す.
評価にあたっては,WUSの評価方法に則り,WUSに関する21個の質問への回答結果に対して,それぞれ1点(「強い否定」の回答)から5点(「強い肯定」の回答)で採点した.そして,アプリ全体および7評価軸それぞれに対して,全回答の平均得点を算出した.質問文を否定的な表現で行った逆転項目については,集計上は質問に対して否定的な回答ほど高得点になるよう補正して算出した.
アンケートでは,既存の手法を基準(5段階の中間値である3.00点相当)として,JWGに対する評価を回答することとした.そのため,全体および各評価軸で3.00点を上回っていれば,それぞれ既存の手法より優れていることを示す.
その結果,アプリ全体の総合評価は,3.73点であった.7評価軸ごとの評価結果については,図3に示すとおりであった.算出された結果に対して,既存方法との差異について1標本t検定を用いて検定した結果,総合評価および「好感度」「役立ち感」「内容の信頼性」「操作の分かりやすさ」についてはp<0.01,「構成の分かりやすさ」「反応性」についてはp<0.05であり,それぞれ有意差が認められた.「見やすさ」については有意差が認められなかった(p>0.05).
車いす利用者が外出前に抱く不安感について,ヒアリングで被験者に尋ねた.会場への行き方に関する操作体験を行った全18事例(オリンピックスタジアム5件・伊豆ベロドローム5件・その他会場8件)のうち,事前に不安を抱えていたとした12事例(オリンピックスタジアム3件・伊豆ベロドローム5件・その他会場4件)では,「電車の乗換に対する不安」および「車いすで通行可能な歩道の有無に対する不安」をその理由とした.会場およびその周辺への訪問経験は,不安があるとした12事例のうち,オリンピックスタジアムおよび伊豆ベロドロームに対しては,全8事例ともに訪問経験が無かった.その他会場の4例については,いずれも車を利用して訪れたことのあった会場であったが,電車を利用した訪問経験はなかった.不安感を抱いていたすべての事例において,知りたい情報をJWGで知ることができたことで結果的に不安を解消できていた.
一方,不安感がないとされた事例では,いずれもすでに会場やその付近を訪れた経験があり,通行可能な道を知っていることから不安感がなかった.また,オリンピックスタジアム周辺をはじめ,都心部はそもそもバリアフリー整備が行き届いていることから,初めて行く場所でも特に不安は無いとする意見があった.
JWGのUIについて被験者にヒアリングで尋ねた結果,強く改善を求める事項はなかった.3.3節(3)において示したUI設計上の各工夫点に対しても,改善を求める意見は出なかった.ただし,アプリに不慣れな際には操作方法が分かりづらいことがあり,そのための支援機能が望まれた.具体的には,「初回利用時に使い方のインストラクションが欲しい」「動画配信サイトで操作方法に関する動画をみられるようにしてほしい」等の意見であった.
デザインイメージについて被験者にヒアリングで尋ねた結果,おおむね明るくてポジティブな印象を受けていた.全体的には現状のデザインイメージのままで良いとの反応であったが,やや真面目過ぎるとの印象を抱く方が1名おり,「もっとくだけた感じでも良い」との意見であった.
JWGに付加されると良い情報や機能についてヒアリングで尋ねたところ,移動に関してあると良い機能や情報として,「気象情報や,屋根付きの歩道等気象に左右されずに移動できるための施設・設備」「ボランティアの配置状況」「コインロッカー」等が挙げられた.また,イベントへの参加は不慣れな場所に行くことが多いため,緊急時に必要となる情報として,「医療機関」「避難経路」に関する情報提供が望まれた.
これら付加されると良い情報や機能に対しては,いずれも必須のものではなく,あると良い程度であった.
反応性に関連する事項として,サーバのレスポンスタイムを計測した.設計目標値であるレスポンスタイム3秒に対して,全アクセスに対する平均レスポンスタイムは1.56秒であった.なお,全被験者が,自分自身が所有し普段から使用するスマートフォンを用いて操作体験を行っていた.
システム実現のコンセプトの妥当性を評価するため,ワンストップ性に関する評価を行った.5.2.1項に示したとおり,鉄道を利用してイベント会場へ移動するという目的において,全体経路案内・屋外詳細双方の機能はいずれも強く肯定する意見が顕著であり,必須の機能であると評価された.そして,それらが一体的に供されることで利便性が向上することを示唆する結果であった.
なお,Q1の質問文の表記では,交通機関の乗換機能の必要性について問うており,駅構内のバリアフリー情報の必要性については明示していない.この点についてヒアリングにて各被験者に確認したところ,全被験者が,駅構内のバリアフリー情報についてもこの質問に含まれるものとして回答していた.
以上の結果は,本研究で提案する「様々なバリアフリー情報を一体的に扱い,車いす利用者がワンストップで利用可能」というコンセプトの妥当性を支持する結果である.そのため,本コンセプトに基づいてシステムを実現することは,車いす利用者にとって望ましいものと考える.
なお参考までに,JWGは,5章で示した評価実験のほか,大会期間中には一般向けにサービス提供を行った.サービス利用者数(ユニークユーザ数)は,1,895名であった[23].スポーツ大会は原則として無観客での開催となったため,開発当初想定していた車いすを利用する観客の利用は皆無であったと考えられる.代わりに主な利用者は,大会関係者が利用するアプリからJWGへのリンクが提供された影響で,移動が困難な大会ボランティアスタッフなどが多かったものと考えられる.また,全体経路検索(4章(2)参照)を利用した利用者のうち,バリアフリールート案内(4章(3)参照)まで継続して利用した者は77.1%であった.本結果はあくまでも参考値ではあるが,提案コンセプトの妥当性を示唆するものであった.
システムの有用性を評価するため,WUSを用いてユーザビリティ評価を行った.5.2.2項で示したとおり,JWG全体のWUSの総合評価は,基準とする既存サービス(3.00点相当)を上回る3.73点であった.
各評価軸別にみると,役立ち感(4.07点)・内容の信頼性(3.87点)が相対的に高かった(カッコ内は各軸のWUSの評価得点.以下同様).役立ち感は,ウェブサイトに対して「これは使える」「役に立つ」という感覚を抱いたかどうかを表す評価軸である.内容の信頼性は,掲載されている情報が内容的にみて信頼できそうかを表す評価軸である.すなわち,本結果は,車いす利用者にとって役に立ち,信頼して使えるアプリであると評価されたことを示す結果であると考える.本結果を得た理由については,役立ち感および内容の信頼性両軸に関連する点として,システムが提供する機能や情報が利用者にとって適切であったことに起因するものと考える.これは,5.2.3項のとおりJWGを利用することによって事前の不安感を解消できること,また,5.2.6項のとおり必須の機能や情報が網羅されていると考えられるためである.
反応性(3.67点)および好感度(3.60点)は,7軸の中では中間的な評価であった.反応性は,操作に対する反応やアプリの動き具合が適切でかつ素早いかを表す評価軸である.本評価においては,システムのレスポンスに関する軸であるが,5.2.7項のとおり,平均的に設計目標値を上回るレスポンスタイムを確保できていた.一方,好感度は,「いい感じ」を抱いたかどうかを表す評価軸である.「いい感じ」とは,特に「楽しさ」「親しみ」といった方向での個人的・主観的な満足感である.これは,本評価においてはデザインイメージに関連する軸である.5.2.5項で示したとおり,デザインイメージに対しては,おおむね明るくてポジティブな印象を被験者に与えており,JWGのようなサービスにおけるデザインイメージ設計の妥当性を示す結果であると考える.
最後に,操作の分かりやすさ(3.60点)・構成の分かりやすさ(3.47点)・見やすさ(3.53点)の評価軸である.操作の分かりやすさは,利用しようとするときの操作や手順は分かりやすいかを表す評価軸である.自分の思うとおりに操作できる感覚について評価される.構成の分かりやすさは,全体構成,階層構造といった空間的な分かりやすさや全体的な統一感はあるかを表す評価軸である.見やすさは,視覚的な見やすさは十分かを表す評価軸である.すなわち,これらの軸はいずれもUIに関係する軸である.これら3評価軸の評価結果は7評価軸の中では相対的に低かったが,3軸ともに既存サービスを上回る評点であった.そのため,基本的には3.3節の検討の妥当性およびそれに基づく実現システムのUIがおおむね良好であることを示す結果である.なお,5.2.4項で示したように,不慣れな際の操作方法の分かりづらさおよびそのための支援機能の拡充が指摘された.しかしながら,本指摘は車いす利用者向けのシステムに特有の指摘ではなく,ユーザ向けシステムのUI全般に当てはまるものである.
以上の結果は,イベント会場への行き方を調べるために利用するにあたって,JWGは既存サービスよりも全体的に優れており,有用である可能性が高いことを示唆している.
6.1節で示したとおり,本研究で提案したコンセプトは,本実験の被験者である車いす利用者にとって望ましいものであることを確認した.また,6.2節のとおり,実現したシステムであるJWGは既存サービスよりも有用である可能性が高いことを確認した.
すなわち,提案コンセプトに基づいてシステムを実現することで,イベント会場への行き方を調べるという目的で利用するにあたって,車いす利用者のバリアフリー情報の入手の利便性を従来よりも向上できる可能性が高いとの見通しを得た.
なお,既存サービスに対するJWGの主たる優位性は,上述のとおり,イベント会場への行き方を調べる目的に対して出発地から目的地まで一体的に情報提供する点にある.2章で示したように,バリアフリー情報提供に関する車いす利用者向けの取り組みは数多く行われている.また,3.2節で示したように,車いす利用者は,車いす利用者に限らず多様な者を対象とした各種サービス等を活用している.本節までの議論で得られた結果は,既存の各サービス等の提供目的に即して各サービスを利用する上においては,JWGはそれらのサービスに対して優位性があることを示すものではない.
本研究では,JWGの主たる利用者層と想定される,鉄道を利用して外出することが可能であり,かつ,イベント開催地の近郊に居住する(当該エリアに馴染みのある)5名の車いす利用者を対象として,JWGに対する評価を行った.その結果,JWGに対して肯定的な傾向であることを確認した.しかしながら,車いす利用者は多様である.5章で示した評価実験の被験者は,多様な車いす利用者の一部である.たとえば,使用する車いすの種類の違い(例:手動車いす・電動車いす等)や障がいの程度,鉄道の利用経験や土地勘の有無等によって評価が異なる可能性がある.
また,本研究では既存サービスとの比較について,被験者各自が想定する既存サービスを比較の基準として実施した.JWGを使用する群と既存サービスを使用する群それぞれを用意して比較評価を行うことが望ましいが,本研究では協力可能な被験者が5名と限られていたため,JWGを使用する1群による評価とした.評価の精度をさらに高めるためには,今後,多様かつ多数の車いす利用者による評価を実施する必要がある.
一方,本研究では,事前の下調べを対象として検討および評価を行ったが,車いす利用者が移動に伴う不安を抱きバリアフリー情報を確認するのは,イベント当日に会場へ移動する最中にも行われると考えられる.そのため,本提案システムは,イベント当日に会場へ移動する際においても有用である可能性があるが,本研究では明らかにしていない.そのため,今後各種イベント本番での評価を重ねて,更なる評価を行う必要がある.
また,本研究では,鉄道を利用してイベント会場へ移動するシーンを題材として検討を行った.そして,駅を中心とした鉄道に関するバリアフリー情報および歩道や諸施設に関する屋外のバリアフリー情報ならびにそれらを考慮した移動経路を一体的に提供することの好ましさを確認した.提案したコンセプトは他の利用シーンにおいても好ましいものと期待されるが,様々なシーンにおいて更なる評価を行うことが望ましい.
最後に,バリアフリー情報提供サービスの継続性について述べる.本稿で紹介した取り組みは,バリアフリー情報を面的かつ持続的に収集・活用する仕組みを構築することを目指した取り組みである.ここで,面的な収集とは,1エリアに留まらず,複数のエリアのバリアフリー情報を統一的な基準で網羅的に収集することである.民間企業において継続的にこのようなバリアフリー情報提供サービスを維持することは容易なことではない.そこで,世界的なイベントを契機として,まずは標準化したバリアフリー情報を一気に整備し,これを国土交通省の「歩行空間ネットワークデータ等整備仕様」に則った形式でオープンデータとして一般公開(本稿執筆時点では公開準備中)し,今後誰もが活用可能なものとすることで,以下の2点の実現を目指した.
これらの実現に対する評価については,今後,継続的に観察のうえ,評価していく必要がある.
本研究は,車いす利用者のバリアフリー情報の入手の利便性を向上させることを目的として,移動経路全般に関する様々なバリアフリー情報を一体的に扱い,車いす利用者がワンストップで利用可能であることを特徴とするルート案内システムのコンセプトを提案した.また,それらを実現するため,観察を通じて車いす利用者の行動の実態を踏まえるとともに,車いすユーザの意見に基づき改善を繰り返してシステム設計を進めた.そして,システムが備えるべき要件について,システムの提供範囲とバリアフリー情報およびUIの観点から整理した.さらには,実現したシステムであるJapan Walk Guideに対して,車いす利用者5名による評価を行った.
その結果,本研究で提案したコンセプトは車いす利用者にとって望ましく,Japan Walk Guideは既存サービスよりも有用性が高いことを確認した.すなわち,提案コンセプトに基づいてシステムを実現することで,イベント会場への行き方を調べるという目的で利用するにあたって,車いす利用者のバリアフリー情報の入手の利便性を従来よりも向上できるとの見通しを得た.
なお,本研究では,自走用手動車いすを使用する者5名を対象として評価を行ったが,使用する車いすの種類や障がいの程度等,車いす利用者は一様ではない.そのため,評価の精度を高めるため,多様かつ多数の車いす利用者による評価を今後実施する必要がある.また,今後各種イベント本番や他の利用シーンにおいて,更なる評価を行う必要がある.
謝辞 本研究の実現に向け,多大なるご協力・ご助言をいただいた公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会および国土交通省の皆様,らくらくおでかけネット連携に関する様々なご調整をいただいた公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団の皆様,バリアフリー情報の収集およびアプリの提供をともに実施くださったオリンピック・パラリンピック等経済界協議会,その参画企業およびボランティアの皆様に感謝申し上げる.
1993年静岡大学工学部卒業.1995年同大学大学院修士課程修了.同年NTT入社.以来,医療・介護・福祉等のICT化に関する研究開発に従事.2017年電子情報通信学会LOIS研究賞受賞.
1996年慶應義塾大学理工学研究科修士課程計測工学専攻修了.同年NTT入社.ネットワークサービスシステム研究所に配属.以来,非同期通信モード,コンテンツ配信,セキュアファイル配信,地図情報システムの研究開発に従事.現在,NTT人間情報研究所主任研究員.
1991年電気通信大学・計算機科学科卒業.同年NTT入社.マルチメディアコミュニケーション,Web検索エンジン,デジタル地図関連研究開発に従事.
1996年慶應義塾大学理工学研究科修士課程計測工学専攻修了.同年NTT入社,マルチメディアネットワーク研究所に配属.以来,情報推薦システム等,通信・行動履歴活用サービスの研究開発に従事.2020年静岡大学自然科学系教育部後期博士課程博士(情報学)学位取得.現在,NTT人間情報研究所主任研究員.ACM,情報処理学会,各会員.
会員種別ごとに入会方法やサービスが異なりますので、該当する会員項目を参照してください。