会誌「情報処理」Vol.63 No.11(Nov. 2022)「デジタルプラクティスコーナー」

アクティブシニアの社会参加を活性化するICTプラットフォームの社会実装と課題

檜山 敦1,2

1一橋大学  2東京大学 

アクティブシニアの増加とともに高齢者の就業機会を拡大する法改正も進められてきた.経済的な理由だけでなく健康や社会貢献を目的とした社会参加の機会を求めるアクティブシニアの声も高まってきた.実際に,高齢期において社会とのつながりを失うことはフレイルリスクを高めることが医学的,社会学的にも指摘され,注意喚起がなされている.本稿では,アクティブシニアの社会参加と就労を活性化するICTプラットフォーム「GBER」を紹介し,その社会実装について解説する.GBERの社会実装はCOVID-19の影響も強く受けてきた.デジタル・アナログの両面にわたって取り組む地域へのアプローチとその課題についてまとめる.

1.シニアの若返りと高い就労意欲

一般に65歳以上の人口の割合で社会の高齢化が定義されている.65歳以上の人口の割合が7%を超えると「高齢化社会」,14%を超えると「高齢社会」,21%を超えると「超高齢社会」と分類されている.日本は2007年に世界で始めて超高齢社会に突入した.総務省統計局の発表では,2021年9月15日現在で29.1%と断トツで世界トップの高齢化率を更新している[1].その一方で,高齢者は身体的に若返り続けている.スポーツ庁の令和2年度体力・運動能力調査において65歳から79歳はほとんどの項目で向上し続けている[2].令和3年版高齢社会白書が報告するように65歳から74歳では要支援が1.4%,要介護が2.9%とほとんどが自立したアクティブシニアである[3].75歳以上では要支援が8.8%,要介護が23%とその割合は増加するものの,約7割は依然としてアクティブシニアである.時間と体力に余裕のあるアクティブシニアともなると社会参加に対する意欲も高まると考えられる.60歳以上の男女を対象にした,令和2年度の内閣府「高齢者の経済生活に関する調査」によると,今後も収入を伴う仕事をしたい(続けたい)と考える日本人の割合は40.2%となっている[4].同調査でアメリカでは29.9%,ドイツは28.1%,スウェーデンでは26.6%であることを見ると日本人の就労意欲は高いといえる.

2.シニア就労を取り巻く情勢

2.1 就労を通じた健康増進と多様な就労動機

高齢期における社会参加は健康維持の観点からも推奨されるものである.さまざまな疫学研究分析から,高齢者の孤立と孤独は,冠動脈疾患で29%,脳卒中で32%,認知症では社会参加の乏しさで41%,対人接触の少なさで57%,孤独感が58%の発症を増やすと報告されている[5].フレイル予防の観点からも社会参加と就労はそのリスクを軽減する意味で勧められている[6].図1は2011年に柏市で東京大学高齢社会総合研究機構が実施した就労セミナー参加者を対象に筆者が行った就労意識に関する調査結果である[7].収入を得られることよりも,健康維持,達成感,新しい人と知り合いになれること,自己成長,そして世の中への貢献を重視していることが分かる.

柏市での就労意識調査
図1 柏市での就労意識調査

2.2 シニア就労に関する法制度の変化

高齢者の就労を促進する動きとして,2021年4月に高齢者雇用安定法が改正された.これにより定年や継続雇用の年齢の上限が従来の65歳から70歳に引き上げられた.年齢の引き上げ以上に注目したい大きな変化は,雇用に限らない業務委託契約や社会貢献事業という高齢者の活躍の道筋を作ったところにある.高齢期においては,現役時代のときのようなフルタイムで決まった場所に通勤するよりも,働けるときに無理なく働けるような時間と場所に融通が利く働き方を求める人の方が多い.業務委託契約であれば働き方は自分の裁量で決めることができる.企業にとっても雇用に伴う責任の重さから解放されることで外部の高齢者人材を活用しやすくなる方向に働くことが期待される.

2.3 シニア就労への期待

国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口では2035年から我が国は毎年100万人の人口減少が始まることに起因する社会の担い手の欠乏がある.人口減少の中でさらなる高齢化を迎えていく日本においては,社会を支えていく人材の枯渇は非常に深刻な問題となってくる.特に900近い消滅可能性都市と呼ばれる地域では,若年層だけでは社会を支えきれなくなる姿が目に見えている[8].図2は総務省統計局により推計された2050年の日本の人口ピラミッドである.安定したピラミッド型に見えるかもしれないが,これはよく見る人口ピラミッドと異なり若年層を上に,高齢者層を下に表示したものである.現在の社会構造のままだと,ほぼ1人の現役世代が1人の高齢者を支えないといけなくなる未来であるが,このように逆転させてみると,アクティブシニアが現役世代をバックアップできる社会構造を構築することで安定した未来を築ける可能性が見えてくる.

上下逆転させた2050年の日本の人口ピラミッド
図2 上下逆転させた2050年の日本の人口ピラミッド

3.ICT活用によるシニア就労の拡張

3.1 シニア就労における課題

ではこの人口ピラミッドをバーチャルに再逆転させる方策としてどのようなことが考えられるだろうか.多くの高齢者はフルタイムの働き方よりもパートタイムの働き方を求めている.従来の人材ビジネスのやり方で高齢者と仕事とを繋いでいこうとすると,頻繁にマッチングを繰り返す必要が出てくる.また新卒採用のように採用後に企業内で時間をかけて育成するわけにもいかないため,即戦力として採用する必要がある.そのためには,ジョブコーディネータとなる人が,人材と想定する業務との適合性の評価にあたって人材側と採用側の両者にきめ細かくヒアリングを重ねることになりマッチングに非常にコストがかかってしまう.そこで情報通信技術:ICT(Information and Communication Technology)の活用に期待が持たれる.

3.2 モザイク型就労の提案

採用側の視点から高齢者を労働資源として捉えたときに,「いつ,どこで,何ができる人が,どれくらいいるのか」が把握しづらい労働資源だと捉えることができる.ICTを活用して地域の高齢者人材のアベイラビリティをデータとしてクラウド上に蓄積することで,「いつ,どこで,何ができる人が,どれくらいほしい」という条件に合わせて見出すことができる可能性が出てくる.そして1人の高齢者がフルタイムで参加するのではなく,複数人で1人分の仕事をこなす形で参加することを考える.これをモザイク型就労と呼んでいる[9].

モザイク型就労には3つの型があると提唱している(図3).1つ目は時間モザイク,これはタイムシェアリングの要領で,複数人の空き時間を組み合わせてみんなでフルタイムの業務をこなす働き方である.2つ目は空間モザイクでインターネットを通じてロボットやVR空間のアバターを操作してネットワーク越しに空間を超えて働く方法である.そして3つ目はスキルモザイクで,1人ひとりの高齢者が得意なことや求めている働き方,興味関心に対応して仕事を結びつける.1人ではできることが限られてもみんなの力を合わせることで何でもできる1人のバーチャル労働者として活躍するイメージである.

モザイク型就労
図3 モザイク型就労

3.3 ICTプラットフォームGBER

このモザイク型就労の実現へ向けた研究開発の中で,1つのまとまったサービスとしてできた成果が,地域の高齢者の社会参加と就労を促進するプラットフォーム:GBER(Gathering Brisk Elderly in the Region)である[10].社会参加する高齢者個人の目線で地域の活動との接点を紡いでいくことを目指したプラットフォームである.図4にGBERの基本的な3つの機能を示す.1つ目はカレンダー機能である.カレンダー機能を使うことで,スケジュールの空き状況に合わせた地域活動(社会参加につながる生涯学習やイベント,ボランティア,そして就労を総称して本稿では地域活動と呼ぶことにする.)とのマッチングを可能にする.2つ目はマップ機能である.生活圏内の地域活動を探すことに役立てられる.そして3つ目はQ&A機能である.多くの高齢者はインターネット上に自分の情報を発信することに慣れていなかったり面倒に感じていたりする.そこでシステムの方から簡単に答えられる質問として,たとえばある種の地域活動に興味があるかないかを投げかけるようにすると,時間のあるときによく答えてもらうことができるようになった.このような形で,1人ひとりの高齢者がどのような社会とのかかわり方を望んでいるのかを把握し,地域活動を推薦することにつなげられる情報を集めることができる.

GBER1.0の基本機能
図4 GBER1.0の基本機能

3.4 地域参加からの就労促進

GBERで仕事に限らず広く地域活動とのマッチングを取り扱うのは,前述の健康維持やフレイル予防のために,さまざまな形での地域とのつながりを持っていることが有効であることが1つの理由である.また,現役時代は会社と家の間を往復するライフスタイルを営んでいて,住まう地域に生活のネットワークを持たない人が多い.したがって,定年退職後に地域の中で生活をデザインすることになり,どこでどのように地域の中でつながりを作ればよいのか途方に暮れることになってしまう.GBERでは図5に示すように,比較的参加しやすい生涯学習や,趣味や健康作りのイベントも含めて一元的に扱うことを想定して設計している.そうして1人ひとりの心身の状況に応じた地域とのつながりを紡ぐことをサポートする.地域のことをよく知らない人に対しては,比較的参加しやすい活動から参加を促し,地域のこと地域企業のことを知りながらより責任のある参加へ進みやすくすることを狙っている.求人事業者にとってもいきなり雇用という選択に限定するのではなく,GBERを通じて会社説明会,ボランティアやインターンから参加してもらうことで地域の高齢者に対する理解を深め,高齢者人材を採用することへの不安を軽減したり,人材の特性を活かしやすい仕事を開拓したりすることをサポートする.

参加しやすい活動から人と地域とを繋いでいく
図5 参加しやすい活動から人と地域とを繋いでいく

4.千葉県柏市での社会実装

4.1 柏セカンドライフファクトリー

GBERは千葉県柏市にある(一社)セカンドライフファクトリーにて2016年4月より実証実験を展開している.セカンドライフファクトリーは,東京大学高齢社会総合研究機構が推進したセカンドライフの就労モデル開発研究で開催された就労セミナーに集った柏市の高齢者を母体として設立された団体である[11].グループのメンバの都合を調整して,働けるときに働き,働けないときに別のメンバが働くという形でのモザイク型就労を実践している.農作業,ガーデニング,学童保育,福祉施設での家事支援,学習塾等での仕事を扱うグループがある.この中で,ガーデニングの仕事を専門に扱うSLFガーデンサポートのグループが活動初期の段階からGBERを基本ツールとして採用して活用している.ガーデンサポートでは,庭木剪定に詳しいグループのリーダがガーデニングに興味を持つセカンドライフファクトリーの会員に対して講習を行い,一定のスキルを獲得したメンバが実際に柏地域の住宅を訪問して業務にあたっている(図6).設立以来,グループのメンバの入れ替わりはあるものの約30名の規模を維持している.

SLFガーデンサポートの活動
図6 SLFガーデンサポートの活動

4.2 モザイク型マッチングへの活用

GBERの設計にあたっては,運用開始までの間にセカンドライフファクトリーのメンバを交えて,その業務フローとの整合性を確認しながら進めていった.多くの場合,まず地域の住民からの庭木剪定の依頼がガーデンサポートに届く.最初はグループのリーダが依頼主のご自宅を訪問し剪定プラント見積もりの提示を行う.依頼主から正式な発注が届いた段階でメンバの都合を確認して出動人員を選んで現場作業にあたる業務フローになっている.

業務フローに合わせて,メンバは2カ月先までの都合をGBERのカレンダー機能を通じてあらかじめ入力しておくことが定められた.地域住民からの依頼があればリーダが依頼内容と場所をGBERに登録する.メンバのスケジュール,作業内容,作業場所との距離や出動回数を参照しながらメンバを選定して出動する.業務フローと合わせてこのような設計となった.

4.3 インクルーシブな運用と現在

グループへGBERを導入するにあたって,メンバが普段から利用しているインターネットへのアクセス手段との親和性を考慮する必要もある.ほとんどのメンバは自宅のPCを使ってインターネットにアクセスしており,スマートフォンやタブレット端末を持つ参加者は数名であった.そこで高齢者層への今後のスマートフォンやタブレット端末の利用の広がりを見越しつつ,スマートフォンのネイティブアプリとしてではなく,PCのブラウザから利用できるWebアプリとして実装することとした.また,インターネット環境を持たないものも数名存在しており,メンバを取りこぼすことのないように,GBERを習熟したメンバがインターネット環境を持たないメンバの代わりに情報の入力を可能とする後見機能を組み込んだ.セカンドライフファクトリーでの運用していく中で,習熟したメンバがほかのメンバの使い方をサポートしていくことでGBERの活用が促進されてICTへの関心が高まり,スマートフォンのブラウザからアクセスするメンバも徐々に増加し,後見機能を必要とするメンバもいなくなった.

運用開始から6年が経過した2022年3月31日現在,メンバの延べ出動人数は5,971人を数え,グループの活動に欠かすことのできないツールとして定着している.

5.熊本県での社会実装

5.1 システムの一般化

セカンドライフファクトリーでの運用をきっかけとして,自治体との連携の中で社会実装を展開する機会を得ることができた.熊本県が2018年に厚生労働省の生涯現役促進地域連携事業のモデル地域の1つに指定され,自治体連携によるGBERの社会実装の最初の地域となった.熊本県側とデザイン面の議論を重ねつつ,今度はGBERを地域の中で特定の団体に限らない形で,より一般的に複数の団体や求人事業者,特定の団体にも所属しない高齢者も参加できるシステムにアップデートを行った.

GBER1.0では,スケジュール管理は午前と午後の粗い時間帯でアベイラビリティの管理を行っていたところから,細かい日時まで設定して管理できるようにした.地図検索機能やQ&A機能もデザインを見やすく改善している.また,地域の団体企業からも求人情報を掲載できるように,高齢者が利用する一般ユーザサイトと求人団体が利用する管理者サイトの2種類を用意する形でシステムをアップデートした.図7にGBER2.0の一般ユーザサイトの画面を示す.

GBER2.0の新しいインタフェース
図7 GBER2.0の新しいインタフェース

また,地域の中での高齢者就労の形態は次の2通りに大別される.1つはシルバー人材センターのような会員となる就労者を抱えている団体内での就労のマッチングとなる場合.もう1つは会員となる就労者は抱えず地域住民一般からの応募によるマッチングとなる場合である.管理者サイトではこの2形態に対応した組織の管理と,掲載求人案件の閲覧範囲を組織会員内に留めることをできるように設計した.会員を抱えずに地域住民一般向けに求人案件を掲載し応募と採否のトランザクションをGBER上で行うことが,地域でのGBER運営団体が職業紹介に該当する行為を行っていることに該当するかどうか確認する必要がある.熊本では,熊本県生涯現役促進地域連携協議会が県内の各団体へのGBER提供の窓口であり,職業紹介事業者ではないため注意が必要となる.労働局への照会を行い,住民からの応募に対するGBER上での採否の処理を募集元の企業・団体が自ら行う場合は職業紹介には該当しないことを確認した.新しいICTプラットフォームの社会実装研究を展開する場合は法制度との整合を取った運営指針を構築することも欠かすことができない設計項目である.

5.2 マニュアルと講習プログラムの作成

GBER1.0では東京大学とセカンドライフファクトリーのメンバとの間でGBERの説明と講習を繰り返し実施していくところから利用を促進していった.自治体連携の中では,単一の組織での利用とは異なり,地域の中に存在する複数の高齢者就労支援団体,求人企業,参加を希望する高齢者それぞれに対してGBERの利用促進の働き方を並行して実施していく必要が出てくる.特にこれまでインターネットを生活のツールとして活用してこなかった人の割合が高い高齢者向けの説明と講習が重要である.そこで,高齢者向けのマニュアルと講習会のモデル作りに取り組んだ.マニュアルと講習プログラム作りにあたって目をつけたのは,全国各地に点在する高齢者向けのIT教室の活用である.熊本県では県下全域の高齢者向けIT教室を取りまとめる熊本シニアネットに協力を要請した.熊本シニアネットは2017年の熊本地震に際して,仮設住宅のITインフラの整備等で活躍しており,その功績で2021年にデジタル庁のデジタル社会推進賞銀賞を受賞するシニアITエキスパート集団である.熊本県下での最初のGBER活用団体には,アクティブシニアを会員に抱え,買い物代行や家事支援,引越の手伝い等の高齢者の生活支援事業を営む(一社)夢ネットはちどりが参画した.熊本シニアネットにはまずシニア向けマニュアルを作成してもらい,2019年7月に講習会を開催した(図8).GBERのアカウントの作成からサンプルの仕事への応募操作までを講習内容とした.講習会には27名が参加した(男性:11名,女性:16名;60歳代:19名,70歳代:8名).持参してもらったスマートフォンの内訳は,iPhone:2名,Android:25名であった.Android端末はメーカによるUIの違いがあるため講師にとっては講習が難しくなる.多くの参加者がつまずいたのはアカウントの作成から初回ログインまでの操作で.スマートフォンの小さなキーボードでの大文字/小文字の切り替え,かな/英数字/記号を入力するためのキーボードの切り替え操作が難しい上,正しく入力していたにもかかわらず入力の自動補正が働いてログインに失敗する事例が見られた.特に「らくらくスマートフォン」は通常のAndroid端末とUIや標準設定が大きく異なり,標準ではひらがな入力専用になっていること,ID・パスワードを記憶しない設定になっているため講師にとっても指導が難しいものであった.講習の結果を踏まえて当面はアカウントの作成は高齢者個人ではなく運営事務局や所属団体の方で作成することにした.表1に参加者のスマートフォンの利用形態別のGBERの使いやすさの評価を示す.スマートフォンでさまざまなアプリケーションを利用している参加者ほど使いやすく感じていることが分かる.

熊本シニアネット講師による夢ネットはちどり会員へのGBER講習会(27名を8グループに分けて9名の講師で対応,グループ内ではiOSもしくはAndroidの利用者を統一)
図8 熊本シニアネット講師による夢ネットはちどり会員へのGBER講習会(27名を8グループに分けて9名の講師で対応,グループ内ではiOSもしくはAndroidの利用者を統一)
表1 スマートフォンの利用形態別GBERの使いやすさの評価
スマートフォンの利用形態別GBERの使いやすさの評価

GBERの導入については,参加者から下記の声が寄せられた.

  • 「自分完結型で仕事を検索し,応募できるのは便利.」
  • 「自分が何の仕事に応募したかほかのワーカーさんに分からないのはありがたい.」
  • 「便利に思ったことは,何度も電話しなくて済む.また,していただかなくても済みます.」
  • 「ぜひ利用したいと思う.今まで見えなかった部分がオープンになって.分かりやすくなることを期待します.」

5.3 会員マッチングを軸にGBER利用団体を拡大

熊本県では,夢ネットはちどりでは9月から講習会に参加した27名を中心に仕事のマッチングへの試験運用が始められた.引越しの手伝いや団地の片付け作業等の一度に複数人の働き手の確保が必要な仕事で効果的であるということであった(図9).そして10月に2番目の運用団体として長洲町シルバー人材センターから導入の依頼が届いた.11月に長洲町シルバー人材センター事務局職員に対する説明会を実施し,以降,会員への講習内容および登録する仕事情報の収集を行った上で2020年2月に会員向け講習会を開催する予定であった.このタイミングで日本でのCOVID-19の感染が広がり始め,高齢者が重篤化しやすいということが判明したことで年末まで開催が見送られる状況に陥った.会員向け講習会が実施できたのは地域での感染リスクレベルが引き下げられた11月で,密を防ぐためにマンツーマンで2日に分けて実施された.そして11月20日より長洲町シルバー人材センターでの活用が始まった.長洲町では名物である鑑賞魚の競売補助の業務,梨の人工授粉,稲刈り等,地場産業における働き手の確保で活用が進められた(図10).

就労する夢ネットはちどりのシニア
図9 就労する夢ネットはちどりのシニア
就労する長洲町シルバー人材センターのシニア
図10 就労する長洲町シルバー人材センターのシニア

6.東京都世田谷区での社会実装

6.1 一般住民と地域企業求人とのマッチングへの挑戦

世田谷区では,60歳以上の就労促進を目指した区の事業としてGBERの活用が2020年1月に運営事務局として民間企業である(株)ポラリスが決まり,2月から地域の求人事業者および就労希望者の募集と登録を開始した.世田谷区での社会実装研究では,これまでの就労を希望する会員を持つ団体に対するGBERの提供からさらに一歩踏み出し,働き手となる会員を持たない区内の一般企業から求人案件を収集するとともに,一般の区民を登録してマッチングに繋げる形でゼロからの就労コミュニティを構築していく課題にチャレンジした.コミュニティ作りを含めたGBERの導入モデルができれば,さまざまな地域でのGBERの導入に対応できるようになる.

6.2 オンラインを活用した住民と企業との交流セミナーの実施

どの地域での高齢者就労促進についても共通の課題となることが高齢者向けの仕事の開拓である.図11に示すように高齢者就労が拡大しない要因として,高齢者にとっては地域にどんな仕事があるのか分からないこと,企業や団体にとっては地域にどんな人材がいて何を頼めるのか想像ができないことがある.GBERの役割は双方の存在をサイト上で可視化するところにある.しかし,存在が確認できる状態からその実体をつかめるところまで地域の高齢者と企業・団体との心理的距離を近づけられないと,高齢者が応募の一歩を踏み出すきっかけができにくい.そのために,高齢者と企業・団体とが相互に交流できる機会を定期的に設け,高齢者側には地域貢献の意欲を高め,企業・団体には地域の高齢者を理解した上での求人案件の創出を促すことに取り組んだ.

地域高齢者と求人企業・団体との距離を縮める
図11 地域高齢者と求人企業・団体との距離を縮める

世田谷区では開始と同時にCOVID-19の感染拡大と重なってしまった.求人事業者や区民に対して対面での説明会を開催することができず,オンラインでの開催となり小規模なスタートとなった.区民と事業者との交流を促すセミナーも通年で対面での実施は叶わず,オンラインにて開催することになった.

6.3 セミナーを通じたマッチング要素の発見

セミナーでは区民それぞれの就労に向けた思いや希望,これまでの経験を話していただき,事業者には企業理念,ビジョン,困りごとから求人案件を紹介してもらった.区民と事業者はそれぞれ独立して集める以上,基本的にはミスマッチ状態であることが多い.直接対話する機会を設けることで,お互いの先入観を払拭して新たな求人を発掘することができる.たとえば,建設業者が当初は現場監督補助の仕事で,現場を見回り状況を撮影して報告するものなどを登録していた.セミナーで語学に堪能な区民がいることが分かると,実は外国人労働者が増えていて,社員とのコミュニケーションに課題を抱えていたことを思い出し,社員向けの語学研修の求人が開拓される場面があった.また,同様に建設業者の求人案件で,ドローンを活用した住宅の屋根点検の仕事があったが,なかなか応募が集まらない課題を抱えていた.一般の区民からすると今まで触れたことのないドローンを果たして操作することができるだろうか想像しにくいものであると考えられた.図5で示したように参加を受け入れやすい活動から地域に提供することで区民に仕事のイメージをまず持ってもらうことを提案し,建設事業者にはドローンを使った点検作業の体験会を企画してもらった.そうしたところ職業体験会には男性3名,女性2名の参加を得ることができた.参加者からは,

  • 「もっと制御が難しいかと思っていたけれど,地面に近くなると自動で着地体制に入るなど,思ったより使いこなせました.」
  • 「自分もちょうど自宅の屋根を改修したところ.この仕事の意義を感じる.」
  • 「家から徒歩圏内での仕事なので始めやすい.」
  • 「実際に操作体験をしたことで自信がついた.ぜひやってみたい.」
  • 「これから広がる分野なので,期待が持てる業務.」

という声が聞かれるようになった.段階を踏んで参加の流れを作っていくGBER活用のデザイン思想は有用であったといえる.

7.新規の情報プラットフォームを地域で作動させる

自治体と連携したGBERの社会実装研究を東京大学先端科学技術研究センターで開始できたことで機動的に学際的なアプローチをとることが可能であった.先端科学技術研究センターでは科学技術系の研究室だけでなく,政治行政システム分野や共創まちづくり分野の研究室があり,GBERの社会実装における行政との連携や地域コミュニティとの連携について協働することが容易な組織体制であった.通常,異分野の研究者を含んだ研究体制の構築のためには,複数の部局をまたがった研究契約を自治体と締結しなくてはならない.地理的にも手続き的にも隔たりがあると学際的連携のオーバーヘッドが高くなる.それに対して先端科学技術研究センターはミニ東大と呼ばれることもあるように,1つの部局において総合大学に近い種類の研究者が集まっているため,地理的に議論がしやすく,手続きも単一の組織で完結させることが可能である.

さらに,自治体事業の一環として情報プラットフォームの社会実装を展開する場合,その情報プラットフォームを自治体の制度として導入するだけではなく作動させていくことが達成目標となる.近年,行政の中でさまざまな制度改革や新制度の導入を行ってもそれがうまく作動せずに問題を引き起こす事例が目につくことから,どのような制度を作るかということだけでなく,新制度をどう作動させるかというところまで設計する「作動学」の考え方が求められる[12].GBERの社会実装も,地域の中でうまく作動させる仕組みを研究していかなければならない事例である.図12はテクノロジーであるGBERを自治体の制度として地域で作動させるための実装モデルである.まず行政がGBERを活用した自治体事業のビジョンを検討するところから社会実装がスタートする.次に具体的な社会参加と就労の当事者である住民の参加,そして地域活動のコンテンツホルダーである求人事業者の参加が必要不可欠である.そこからGBERを作動させていくためには,住民と地域活動とを結んでいくアプローチをオンラインではGBER,オンサイトではセミナー等という形でシステムと制度を設計していっている.また,GBERの作動にはシステムを使いこなすための学びの仕組みも合わせて考えなければならない.地域のIT教室との連携はその方策の1つである.これまでに,高齢者の地域とのつながりを引き出すために,生涯学習やボランティア活動などの地域活動への段階的な参加が有効であることを述べてきた.多様な地域活動をGBERの中に揃えるためには自治体内で複数の担当課の参画が必要になってくる.高齢者を担当する課,就労を担当する課,ボランティアを担当する課,生涯学習を担当する課,自治体の縦割り構造もまた作動させることの障壁となり得る.ボランティアや生涯学習は高齢者のみを対象としていないこともあり,GBERのようなサービスは多世代を包摂するシステムとしてアップデートしていくことも考えていかなければならないだろう.新制度を作動させていくための課題をあらかじめ抽出しそれぞれに対するアプローチを実装プロセスに組み込んで検証していくことがテクノロジーの社会実装研究の主題となる.

GBERを地域で作動させるための構造
図12 GBERを地域で作動させるための構造

8.COVID-19の影響

GBERの社会実装は高齢者の地域参加の促進を目指しているため2020年2月から2022年5月現在に至るまで,COVID-19による高齢者の外出しての社会活動に対する強い制限の影響を受けてきた.

先行する柏市のセカンドライフファクトリーでは,2022年2月から最初の緊急事態宣言明けまでは完全に活動を停止することになったものの,この期間は例年作業が少ない季節でもあった.セカンドライフファクトリーではCOVID-19以前からGBERの活用は定着しており,また植物は生長し続けるため,いずれは剪定が必要であるので仕事が失われることはなく,感染が落ち着いたタイミングでの仕事が多くなる形で例年とおりの仕事量が維持されていた(図13).作業が換気の問題なく密になりにくい屋外であることも働き手と受入側を安心させる要因となったと考えられる.

柏市における運用(2016年4月~2022年3月までの実績)
図13 柏市における運用
(2016年4月~2022年3月までの実績)

その反面,熊本県以降の自治体連携の中でのGBERの社会実装は,より強い影響を受けることになった.1つは初期の導入活動から対面では実施できない状態となったことが大きい.セカンドライフファクトリーように当事者による当事者のための1つの民間の団体での意志決定で活動の是非を判断する場合とは異なり,公的な事業として高齢者や事業者を集める活動に対してはより慎重にならざるをえないところがあった.オンラインでできる限りの説明会やセミナーの実施に取り組んだが,GBERの初期の導入が済まされていれば利用者の拡大に関してはまた状況が違ったものと思われる.また,高齢者宅での生活支援の仕事になると働き手を受け入れる方も慎重になり,仕事の依頼自体も少なくなる要素もみられた.実際にセミナーでも在宅でできる仕事の開拓の要望もあり,テレワーク業務の開拓はCOVID-19のようなパンデミックを想定することと,生活自立度の低下した高齢者の社会参加への道筋を作る上でも重要な要素であることが確認された.

9.多地域展開へ向けて

図14に今日までのGBERの研究開発の歩みを示す.単一の団体での実装から自治体との連携の中でより一般的な高齢者の社会参加と就労の支援へと課題を拡大してきた.システムを一般化させていく中で,GBERの機能面のアップデートおよびGBERの運用制度面でのアップデートを重ねる形で社会実装研究の展開を進めている.GBERの導入を目指す自治体の数もまた増えてきている.社会実装地域が増えていくことでまた新しい研究課題が発生することが想定される.たとえば,隣接する自治体間では境界に近い住民の生活圏は複数の自治体をまたがっていることが多い.また,離れた自治体間であっても住民のスキルや仕事を融通し合うことも求められるようになるだろう.たとえば,熊本県における観光情報を,世田谷区の高齢者が東京都民に向けてプロデュースするような仕事も考えられるだろう.

GBERを展開地域と研究課題の拡大
図14 GBERを展開地域と研究課題の拡大

GBERの展開地域の拡大と新たな社会実装課題の発生に対応して,今後も産官学民が連携するインクルーシブな技術開発とシステムを作動させる社会実装研究を継続させていきたい.

参考文献
檜山 敦
檜山 敦(非会員)atsushi.hiyama@r.hit-u.ac.jp

一橋大学ソーシャル・データサイエンス教育研究推進センター教授.東京大学大学院工学系研究科博士課程修了.博士(工学).人間拡張技術,複合現実感技術等を駆使して,超高齢社会を拡張する研究に取り組む.東京大学大学院情報理工学系研究科特任講師,同大学先端科学技術研究センター講師,特任准教授を経て,2022年4月より現職.東京大学先端科学技術研究センター特任教授を兼務.Laval Virtual Trophy,IFIP Accessibility Awardなど受賞.著書に『超高齢社会2.0 クラウド時代の働き方革命』(平凡社新書).

投稿受付:2022年5月30日
採録決定:2022年8月3日
編集担当:石井一夫(公立諏訪東京理科大学)

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