会誌「情報処理」Vol.63 No.11(Nov. 2022)「デジタルプラクティスコーナー」

アクセシビリティのプラクティス─「誰一人取り残さない」ための情報技術

インタビュイー:本多達也(富士通(株))
インタビュアー:福原知宏(マルティスープ(株)),吉野松樹((株)日立製作所),小林正朋(日本アイ・ビー・エム(株))

招待論文「エクストリームユーザの意見に基づくユーザインタフェース開発と社会実装─ろう者とともに開発した音を身体で感じる装置Ontennaの事例等─」の著者,本多達也さんに,開発の背景,当事者中心の開発の進め方,音を感じる共感の輪を拡げる活動,事業化のアプローチについて実践に基く有意義なお話を伺った.また,共感をデザインする方法論の研究の一端の紹介,Ontennaの将来計画,後進への助言も伺った.

本多達也
本多達也(非会員)(富士通(株))
2015年公立はこだて未来大学大学院博士前期課程修了.2016年富士通(株)入社.2019年東京都立大学大学院博士後期課程入学,現在に至る.JST CRESTxDiversity 主たる共同研究者.Ontennaプロジェクトリーダー.UIデザイナー.
福原知宏
福原知宏(正会員)(マルティスープ(株))
2003年奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科博士後期課程単位取得認定退学.博士(工学).総務省通信総合研究所,科学技術振興機構社会技術研究開発センター,東京大学人工物工学研究センター,産業技術総合研究所サービス工学研究センターを経て,2015年より現職.本会論文誌デジタルプラクティス編集委員.
吉野松樹
吉野松樹(正会員)((株)日立製作所)
1982年東京大学理学部数学科卒業.同年,(株)日立製作所入社.1988年米国コロンビア大学大学院修士課程修了(コンピュータサイエンス専攻).2011年大阪大学大学院情報科学研究科博士後期課程修了.博士(情報科学).本会フェロー.2020〜2022年,本会論文誌デジタルプラクティス編集委員長.
小林正朋
小林正朋(正会員)(日本アイ・ビー・エム(株))
2008年東京大学大学院博士課程修了,博士(情報理工学).同年よりIBM東京基礎研究所,アクセシビリティおよびヘルスケア技術に関する研究開発に従事.2011〜2020年「高齢者クラウド」プロジェクト開発リーダー.2021年より本会アクセシビリティ研究会主査.

吉野:本日は,お忙しいところご参加いただき,どうもありがとうございます.

デジタルプラクティスでは,特集号招待論文の著者の方にインタビューし論文では書ききれなかった思いなどを伺っております.

「アクセシビリティのプラクティス─『誰一人取り残さない』ための情報技術」特集では,「エクストリームユーザの意見に基づくユーザインタフェース開発と社会実装─ろう者とともに開発した音を身体で感じる装置Ontennaの事例等─」の著者である本多達也さんにお話を伺います.

本多さん,お忙しいところ原稿執筆いただきありがとうございました.また,インタビューにもご対応いただきありがとうございます.本日は,よろしくお願いいたします.

本多:Ontennaプロジェクトリーダーの本多と申します.特集の招待論文にお声がけいただき,また,いろいろと執筆に関してアドバイスいただきありがとうございました.しかも,こういったインタビューの貴重な機会もいただきありがとうございます.本日はよろしくお願いしたします.

吉野:本日,本多さんにお話しを伺うのは,本特集のゲストエディタをお願いしている本会アクセシビリティ研究会主査の小林さん,本多さんの論文の閲読を担当いただいた,編集委員の福原さん,本特集のコーディネータを務めております,私,吉野の3名です.

小林さん,福原さん,よろしくお願いいたします.

小林:日本アイ・ビー・エム(株)の小林です.よろしくお願いいたします.

福原:マルティスープ(株)の福原と申します.今回,本多さまの論文を閲読者として拝見させていただいて,非常にボリュームがあるお仕事をされていると感じました.閲読の中のメールでのやりとりではお伺いすることができなかった,開発の背景ですとか,思いといったところを今日お伺いできればと思います.どうぞよろしくお願いいたします.

Ontenna開発の背景

吉野:それでは,本題に入って行きたいと思います.

まず,論文のタイトルで,いきなり「エクストリームユーザ」という言葉が使われています.論文の中で,簡単には説明されているのですけれども,この言葉をタイトルの先頭にあえて使われたということに何か思いがあればお聞かせいただけたらと想います.

本多:そうですね,「障がい者」とは言いたくなかった.障がいを持っているというよりは,スーパーマンというか,特殊な能力を持っている人という印象を思っていて,これをどう表現するかなと考えたときに,エクストリームユーザというのがカッコイイんじゃないか(笑),というか,しっくりくるんじゃないかと思って使いました.ちょっと分かりにくかったかもしれないです.

吉野:この言葉は,必ずしも,アクセシビリティ界隈でよく使われているというわけでもないのですね,これは小林さんにお伺いしたほうがいいかもしれないですが.

小林:よく使われるというわけではないと思うのですけれども,こういうコンセプトはぜひ流行らせていきたいと思います.私は非常に共感します.

本多:ありがとうございます.この言葉はマーケティングで使われることが多いのですよね.マーケットリサーチで,Z世代には何が売れるみたいなやり方ではなくて,特定の分野で本当に突き詰めて,たとえば,オーディオがめちゃくちゃ好きな人,そういったエクストリームユーザにとって欲しいものは何かを,N=1のペルソナと対話することで探っていくマーケティング手法として使われていますね.アクセシビリティとかユーザインタフェースの分野ではあまり使われていないですね.

吉野:ありがとうございます.

福原さんからいくつか本多さんにお聞きしたいことがあるとのことですので,福原さんお願いします.

福原:はい.まず,はじめに,Ontenna開発のスタート時点で,開発に必要な技術や知識,経験をどのようにして得られたのかを伺いたいと思います.

本多:大学時代には元々,デザインとか,テクノロジーの勉強をしていたので,そこで,ある程度のベースとなる技術は勉強していました.

一方で,大学1年生のときに,たまたま耳の聞こえない方,ろう者の方と出会ったのですよね.それまでは,まわりにまったく,耳の聞こえない人というのはいなくて,ちなみに吉野さんとか,福原さん,小林さん,まわりに聴覚障がい者の方はいらっしゃいますか.

吉野:会社にはいらっしゃいますね,直接,一緒にお仕事する機会はないのですけれども,いらっしゃることは認識しております.

本多:私も大学に入るまでは,直接はかかわらないけれども,いらっしゃるな,くらいの距離感でしたが,そんな中で,たまたま出会った方が,生まれながら耳が聞こえない方で,その方が手話で話されているのを見て,なんか手話って面白そうというところが出発点です.その方から,手話を勉強してみないかと言われて,そこから手話の勉強を始めて,手話通訳のボランティアをやったり,手話サークルを立ち上げたり,大学内にNPOをつくったりとか,そういった形で,ろう者の方といろんな活動を行っていく中で,ろう者の方に音を伝えたいという思いが強くなってきました.

それで,大学の卒業研究のときに,大学で学んだデザインとか,テクノロジーを使って,彼らに音を伝えたいという思いから開発したのが,Ontennaです.

福原:ありがとうございます.

今,卒業研究という話もありましたけれども,大学で脳波の視覚化[1]もやられていますね.

本多:ああ,ありましたね,あれは大学3年生のときにやったプロジェクトになりますね.

福原:そういったご経験も,Ontennaに活かされたということですか.

本多:そうですね,これは脳波を可視化するというものです.大学3年生のときにつくったものなので,まだまだプロトタイプ感は否めないのですけれども,ヘッドセットを使って脳波を取得して,それぞれ,集中,睡眠,リラックスを,ライトで表示するというものです.みんなが集中しているときは赤色が強くなるのだけれども,だんだん,みんなが疲れてきて,眠くなってきたりすると青色が強くなってくる.そこで,ちょっと休憩を入れようかみたいな,そういうきっかけをつくり出すのに使おうというものです. これも,まあ,生体信号を可視化することで新しいコミュニケーションをデザインしようみたいなところでつくりました. こういう活動を通じてプロトタイピングの経験はありました.最近は,デジタルファブリケーションみたいなものもすごく進んでいて,簡単に,ハードウェアもプロトタイピングできる時代になったので,そういったものも活用しています.

福原:ありがとうございます.

大学でのご経験が,Ontenna開発の下地になっていたということですね.

2つ目のご質問なのですけれども,Ontennaを,大学を卒業された後も4年間にわたって継続的開発を続けられているのですが,その理由はどの辺にあるでしょうか.

当事者と一緒につくり,共感の輪を拡げる

本多:論文で紹介したOntennaプロジェクト,エキマトペの事例で大事にしていることは,当事者と一緒につくるということです.聴覚障がい者の方と一緒にいろいろな活動を行ってきていますけれども,自分でつくったものを使ってもらって,ここがよくないなと言われて(笑),またつくり直してまた使ってもらうということを繰り返しています.そこで,アハ体験というんでしょうか,たとえば,Ontennaを使って,初めて自分の声を感じたという方とか,セミが,ミーン,ミーンと鳴いているのは,教科書では教わっているけれども,映像を見ながらOntennaで鳴き声の振動を感じたときに,あっ,こんな感じなんだと,それまで知らなかった世界を感じる瞬間があるんです.その瞬間を見るのがすごく開発者,研究者としてすごく嬉しい.子どもたちに使ってもらっているときに,Ontennaを使って,これまで,音を気にしていなかった子が意識するようになったとか,声を出さなかった子が声を出すようになったとか,そういう話を聞くと,もっと頑張ろうという気持ちになって,それが私自身のモチベーションにつながっていますね.

福原:そういったアハ体験が,本多さんにとっても,ろう者の方にとっても,初めての刺激になって,それが継続につながったということですね.

本多:そうですね,その瞬間の使ってもらっている方のリアクションが,もっとよくしたいとか,もっと音を感じてほしいという思いを強くする.それがずっと続いているという感じですね.

福原:ありがとうございます.

今,ろう者の方と共同で開発されていると伺ったのですが,Ontennaの社会実装までの道のりにはさまざまな協力者が必要だと思うのですね.先ほど,本多さんは大学で,ろう者の方に出会って,手話サークルや,ボランティアの手話通訳をされたと伺ったのですが,そうした協力者の方と上手くつながりながら,プロジェクトを進めていくにあたって,何か注意されているということ,あるいは,ご苦労されていることはありますでしょうか.

本多:そうですね,やはり協力者,たとえば,プロダクトを開発するのであれば,開発するチーム,ハードウェアのエンジニア,ソフトウェアのエンジニア,それから外装のデザインをする人,そういった人たちがいます.また,これをビジネスにしていく上では,マーケティングチームの人たちですとか,そういったチームメンバがいます.Ontennaの開発をするときにそういう開発関係者全員にろう学校に来てもらって,子どもたちがOntennaを使っている姿を見てもらっています.誰を幸せにするためのものなのか,誰に対してつくっているかというコンセンサスを取るということをすごく大事にしています.これは,当事者と一緒につくるということにつながると思います

福原:まさに,誰を幸せにするかというところが,このプロジェクトの共通目標,ビジョンになるのですね

本多:そうですね,やはり顔が見えないと分からないところがありますね.エキマトペのときも,JRの人,DNP(大日本印刷)の人,富士通のエンジニアを,ろう学校に呼んで一緒にワークショップをしました.一緒にワークショップをすると,彼らのために何かしたい,してあげたいみたいな気持ちに火がついて(笑),短時間でプロトタイプを作り上げたり,ちょうど今やっている上野駅での展示につながっていったと思っています.

福原:ありがとうございます

吉野:プロジェクトにかかわる方みんなが直接,本当のエンドユーザとかかわるということが大事なんですね.ものづくりでは次の工程はお客さまという言い方はよくあるけれども,その先はよく分からないことも多い.そうではなくて,本当に最終的にそのプロダクトなり,サービスを享受される人がどう思っているかということを全部のプロジェクトのメンバが共有するということが重要ということですね.

本多:そうですね.たぶん,これまでの富士通のエンジニアチームも,使っている人が見えないということがすごく多かったと思います.だから,こんな経験,初めてですみたいなことを言われたこともあります(笑).やはり,誰のためにとか,誰がどういうリアクションをしてくれているかが想像できないと,仕様書を書いてそれをつくってくださいというだけだと(笑),たぶん思いも伝わらないし,プロジェクトもまわらないし,いいものも生まれないと思うのですよね.

本当に,Ontennaプロジェクトも,エキマトペも,そうですけれども,彼らに何かを届けたい,もしくは,彼らを笑顔にしたいという,一人ひとりの思いが形になったものではないかなと思っています.

福原: 今,一人ひとりの,思いを伝えるですとか,笑顔にするとか,そういったキーワードが出てきたのですが,次に,ものづくりと,イベントづくり,あるいはコトづくりと言った方がいいかもしれませんが,その関係についてお伺いできればと思います.Ontennaでもエキマトペでも,さまざまなイベントやワークショップを実施されています.ものづくりに関しては,今,いろいろな情報が,本でもネットでもあると思うのですが,コトづくりの仕方,イベントのやり方ですとか,ワークショップの仕方ですとか,本多さんが取り組まれてきて,どういうところに注意されているかお聞かせ願えますでしょうか.

本多:たとえば,Ontennaでは,論文の中でも書かせてもらっていますけれども,これまでいろんなイベントを開催しています.たとえば,卓球とのコラボ,映画とのコラボ,あとはタップダンスとコラボしたりとか,いろんなエンタテインメント分野でイベントを実施しています.

タップダンスのイベントでいうと,タップダンスの音って,手話とか,文字で表現するのがすごく難しいんですが,Ontennaがあるとリズムが分かることで,タップダンスが分かる.だから聴覚障がい者の方も参加してくださっていますが,健聴者,耳が聞こえる人もたくさん参加をしてくださっています.たまたまそのまわりにいた通行人の人たちが参加してくれたりしています.要は,障がいと関係ない人,もしくは,かかわりが少ない人が参画できるような,そういった仕組みにしています.

あとは,論文でも書かせていただいていますが,豊島中学校の子どもと,香川県立ろう学校の子どもたちが一緒になってワークショップをやっています.Ontennaを通じて,振動音を感じるというワークショップです.Ontennaがないとなかなか,コミュニケーションをとるにしても,どういうふうにコミュニケーションしたらいいか分からないというところがあるのですけれども,Ontennaを通じて,ああ,この作品って,こんな感じだったねという,いわば,共通言語ができて,これを介してコミュニケーションするみたいなことができています.

それで,結局,やりたいことは何かと言うと,いかに障がいにかかわりのない人たち,課題に直接かかわっている人になかなかかかわれないような人たち,もしくは,そういうきっかけがない人たちに,どうきっかけをつくっていくかというところです.私はたまたま大学1年生のときに耳の聞こえない人に出会って,それがきっかけで手話を勉強して,それで今に至るのですけれども,そういうセレンディピティはなかなか起こらない(笑).もちろん,みんな,社会にとっていいことがしたいと思いながら生活しているとは思うのですけれども,なかなか,その機会がない.もしくは,何をやったらいいか分からない.一歩を踏み出せない人って,結構いると思うのですよね.そういう人たちが,こういうワークショップに参加したり,イベントに参加したり,もしくは,エキマトペみたいな,駅になんか置いてあって,通勤,通学の人たちが見て,あっ,なんか手話がある,面白そうと思ってもらって,障がいに,もしくは,ダイバーシティについて思いを馳せるというような経験をどうやって広げられるかみたいなところに興味があります.だからワークショップをするとか,こういう体験をつくる上では,どうやって,多様性の理解を広められる体験をつくるかというところに重きを置いて活動していますね.

福原:ありがとうございます.

本多さんの中では,イベント,ワークショップを開催するにあたって,ろう者のためのワークショップではなくて,障がいのあるなしにかかわらず楽しんでくれるユーザのためにやっているということですね.

本多:まさに,そうですね,一緒に楽しめるというところから入って,実はそこに学びがあったりとか,もしくは,そのそれぞれの違いを受け入れられるような,そういうきっかけをつくっていきたいという思いがあります.

福原:ありがとうございます.とても素晴らしいお考えだと思います.

ろう者と健聴者の間に境界があるのではなくて,同じ人としてともに楽しむというところが共通の土台になっているということを伺いました.非常に嬉しく思います.ありがとうございます.

共感をビジネスにつなげる

福原:今,ともに楽しむという考えを伺ったのですが,この考えが出てきた経緯を教えていただきたいと思います.Ontennaを開発されて,イベント,ワークショップをやられて,最初はろう者の方の笑顔を見たいということで開発をされていたのが,ろう者,健聴者ということではなくて,同じ人として楽しむことができるというところに主眼が移ってきたのかなと思います.このともに楽しむという考え方が出てきた経緯を教えていただけますでしょうか.

本多:1つは,Ontennaをどうやって広めていくかというところがあります.実はビジネス的な側面もあるというのが正直なところです.要は,ろう学校の子どもたちだけに配布をするとなると,すごくパイが限られてしまって,ビジネスにならない.こんなものをつくって食えるのかというのが,企業の論理ですね.

それで,Ontennaを開発するにあたって,大事にしてきたことは,ろう者も使えるけれども,それ以外の人たちも使いたくなるようなデザインということです.だから,見た目もアクセサリー型のアイコニックなものになっています.聴覚に障がいのある方にとっては,いわゆる情報の補完的なものですが,健聴者にとっても,たとえば,この振動があることで,体験の臨場感が増すとか,一体感が生まれるといった新しい付加価値になることを狙っています.あくまでも聴覚の拡張というテーマでずっとやってきたので,我々健聴者も使える支援の形があるのではないかなと思っていました.

その中で,ビジネスも含めて,どう進めていくかを考えている時期に,イベントでOntennaを使えませんかというお声をいただくようになりました.それで,イベント1回でいくらというような,イベントモデルみたいビジネスモデルができてきました,1回に何個かOntennaを使ってもらって,それでビジネスをするというモデルです.そこで出た収益をもとに,ろう学校の活動を続けられるというモデルが見えてきました.

ビジネス的な側面で,パイを広げるという意味合いもあったのですが,もともとのモチベーションは,音が聞こえると,聞こえないの間にあるギャップにすごく違和感を感じていたんです.実は,耳の聞こえない方と,大学院のとき1年ぐらい一緒に住むという機会がありました.別に,彼女がそうだったというわけではなくて(笑),50歳ぐらいのおじさんと,そのお母さんのところに,部屋が空いたからということで,居候させてもらっていたんです.たとえば,一緒に紅白歌合戦を見ているときでも,僕らは普通に楽しいけれども,耳が聞こえないと楽しめないとか,一緒に道を歩いていて,わんわんと急に犬が吠えても,彼はびっくりしないみたいなことがありました.一緒の世界に住んでいるのに,そのギャップにすごく違和感があったので,一緒に音を感じられる体験,もしくは,一緒に音を楽しめる体験みたいなものをつくりたいというのがOntennaの開発を始めるときからありました.それで,それをどうやって実現するかというところで,いろいろプロトタイピングを繰り返しながら,形ができていったというイメージですね.

福原:ありがとうございます.ビジネスの側面もありながらも,原点は,一緒に楽しむというところが,本多さんの出発点だったんですね.

本多:はい.

吉野:私からもお伺いしたいのですが,論文では,プロトタイプをつくって,ユーザからフィードバックを受けるというループをぐるぐるまわして,そのループが自然にどんどん拡大していっているという印象を受けたのですが,でも,そう順調に行き続けるものかなという疑問もあります.お話しできる範囲で何か,上手くいかなかった点とか,上手くいかなかったけれども,そこをどうブレークスルーしたのか,伺えればと思います.

本多:そうですね,プロダクトの製品化の壁ということで言うと,プロダクトの機能とか,外装とかのスペックの確定,それとビジネスとして成立させるという,2つの大きな壁がありました.まずどうやって音をフィードバックするか,どういう形状にするか,どういう機能を持たせるかという,製品のスペックの課題がありました,それをプロトタイピングしながら,ああでもない,こうでもない,こっちのほうがいいと言われながら,ろう学校の子どもたちとか,先生と一緒に解決していくという大変さがありましたね.せっかくつくったものでも,これ,全然使えないよみたいに言われてしまうこともあり,それを何度も繰り返して解決していくということが1つあります.そうやって良いものをつくっても,売れないと意味がない.市場のパイが小さいという課題をどうやって突き抜けるかが次の問題です.そういうときにコントローラというのを新たに開発しました.論文にも書きましたけれども,複数のOntennaを同時に制御できるというものです.最初は,ろう学校の先生が,複数の生徒に同時に音を伝えたいというのでつくったんですけれども,これを使うことでさきほどお話ししたイベント対応もできるようになって(笑),ここがビジネス的には1つのブレークスルーになりました.

どうやってビジネスをするんだと言われ続けて,世の中に出せなくなるのではないかとも思っていたのですけれども,そこを乗り越えられたのは,もちろん,こういう技術的な側面もあるけれども,役員の方にろう学校の子どもたちの反応を見せて共感してもらうとかも含め,社内のどろどろしたことも乗り越えつつ(笑),研究だけでは語れないところもありました.

吉野:元々大学での研究とか,IPAの未踏のプロジェクトでやられていたことを,富士通さんで事業化するということになって,変わったことというのは,今,おっしゃったようなことなのでしょうか.

本多:そうですね,あと,テストマーケティングをしているときに,ろう学校に行くことが多かったのですけれども,富士通から来ましたというとすごい安心されるのです.どこかのベンチャーの本多ですと言ったら,えっ,どこですかとなるけれども,富士通の本多ですと言ったら,ああ,富士通さんですね,どうぞ,どうぞ,みたいな(笑).いつもお世話になっていますみたいな感じで言ってくれたりして,それは富士通に入ってよかったなと思います(笑).

あとは,安心・安全な設計というのは,口で言うのは簡単ですけれども,なかなか難しくて,ものづくりの経験のある富士通だったからできたというのもあって,これは日本のメーカーに入ってすごくよかったなと思うところですね.

吉野:ありがとうございます.

小林さんから何かコメントとか,ご質問とかございますでしょうか.いろいろな,アクセシビリティに関するプロジェクトをご覧になっているかと思いますけれども,いかがでしょうか.

小林:私も,仕事柄,実証実験とか,プロトタイプとかはたくさん見てきているのですけれども,その先に進まなかったプロジェクトを非常にたくさん見てきているので,Ontennaのように,社会の中にしっかり入り込んでいるプロダクトを見ると,単純に,素晴らしいなと思います.

本多:ありがとうございます.

共感をデザインする

小林:本多さんのご経験,論文,あるいは,本日のインタビューで語っていただいたことというのは,アクセシビリティ分野だけではなくて,いろんな分野の読者の皆さんに非常に参考になる内容だと思います.

論文の中で,共感がキーワードであるというふうに書いていただいたと思うのですけれども,この論文を拝見した段階だと,その共感というのはものすごく広い,いろんな意味のある言葉だと思うので,どういうことなのだろうと思っていましたが,本日のインタビューで,本多さんのお考えになっている共感の形がなんとなく理解できたと思っています.

本多:嬉しい(笑).

小林:技術的な観点,イベントのやり方の観点というのもあり,思いの観点もある.なんとも共感としか言いようのないようなコンセプトなのではないかなと私個人としては思っています.

1つ質問なのですけれども,これまでいろいろなやり方で工夫をして,共感をつくり出してきたと思うのですけれども,もし,さらに新しい次の共感のつくり方のアイディアがあればお聞きしたいと思います.

本多:そうですね,共感,まさに実は,今,博士論文を書いていて(笑),そのテーマが,共感,もしくは,共創のデザインです.それで,Ontenna開発のエピソードを書いています.障がいを持っている人に近い人たちをA,それからちょっと関係ある人たちをB,Cのエリアが全然無関心の人をCとすると,このCの人たちにどうやって関心を持ってもらって,一緒につくっていくような共創パートナーになってもらうかというところかなと思っているのですけれども(図-1).

共創パートナーの分類
図-1 共創パートナーの分類

そのためには,Bと一緒になって,いろんな体験をつくり出していくのが必要だというような議論をしています.共通するのは,楽しさみたいなところかなと思います.Cの人たちが,障がいについて考えようと言っても,なかなかAの人たちのことは考えられない.たまたま映画に興味があった,狂言に興味があった人,もしくは,卓球大会にたまたま行ってOntennaのイベントに遭遇したしたという形でCの人とつながるためには,Bの人たちと一緒に共同でOntennaみたいなある種の共通言語みたいなものを使ってコミュニケーションするきっかけをつくったりするというのが大事だと考えています.まったく興味のない人に,その体験を届けたり,もしくは,寄り添ってもらえるかというインタフェースを研究しているという位置付けです(笑).

次の共感をつくるためにという質問でいうと,AとCの架け橋,もしくは,AとBの架け橋となるような,インタフェースを一緒に生み出す,当事者と一緒に生み出すというところと,それを使った体験を,そのファンという切り口でデザインするというのが大事なのではないか思いながら,まだ,モヤモヤしています(笑).

小林:ありがとうございます.そういったふうに整理されるとすごく研究という雰囲気が出ますね.

吉野:今の博士論文のお話と関係しますが,単なるデバイスの開発とか,サービスの開発ということだけではなくて,エクストリームユーザとの共創によって,ユーザインタフェース,サービスをつくり出すための方法論という形にまとめることも可能なんではないかなという印象を持ちました.そういう形で抽象化できれば,さきほど小林さんがおっしゃったようにろう者の方以外のほかの障がいのある方,あるいは,一般の方に対しても,同じようなアプローチが使えるのではないかなと期待できますね.

本多:そうですね,私がこれまで経験させていただいたことをいかに,次の世代に伝えるかというのも,関心の1つなので論文にまとめたり,インタビューを受けさせていただいたりとかして,何かに残していくというのも大事にしようとしています.  

その中で,共感ということをほかの人が,チャレンジしようというときのヒントになるような方法論を考えていて,まさに,共創を社会化するためのデザインについて,論文を書いているところです.

吉野:期待しております.

本多:ありがとうございます(笑).頑張ります.

Ontennaの将来像,後進へのメッセージ

福原:いろいろとお話を伺ってきましたが,Ontennaの将来像をお聞かせいただければと思います.今のOntennaはプログラミング環境も備えていて,ユーザ自身で独自の機能を付け加えられるのですが,ほかにもAIを利用したOntennaの開発を検討されているというお聞きしました.これはどのようなものかお聞かせ願えますでしょうか.

本多:特定の音だけに反応するということがありますね.たとえば,耳の聞こえないお母さんが,自分の赤ちゃんの泣き声を感じたいとか,インターホンの音に反応するとかですね.荷物を受け取りたくてずっと家で待っていても,光で知らせるインターホンを使っていても,たまたまその一瞬,トイレに行っただけで受け取れなかったとかですね(笑)いろいろあるらしいのですよね.そういう特定の音に対して反応させたいというニーズがあって,そういったことを機械学習を使ってできないかという構想でつくっているものが,特定の音だけに反応するというものになります.

福原:ありがとうございます.今後のリリースにも期待ができますね.

本多:ただ,こういう小さいOntennaでエッジAIといわれる,インターネットを介さずに,端末装置側で識別をするということをやっているので,なかなか,精度が出なかったり,位置によって大きく変わってくるという課題はあります.でも,ないよりましというとあれですけれどもね(笑),まあ,少しずつ誰かがやらないと良くもならないから,まずはゼロから1をつくるというところをやっているという感じです.

福原:ありがとうございます.とても楽しみにしています.

本多:ありがとうございます.

福原:では,最後になりますが,本多さんのあとに続く方へのメッセージをお願いできればと思います.本多さんは大学からOntennaの開発をされてきましたが,同じように障がい者支援に興味がある大学生や高校生に向けて,本多さんから何かアドバイスやメッセージをお願いいたします.

本多:はい.これまでにもたくさん,障がい者の方向け,それ以外の研究もそうですけれども,大学で素晴らしい研究をしても,就職したり別の道に進んだりという形で,その研究を研究室に置いていってしまって,その研究は何も醸成されずに研究室にとどまるということがすごく多くて,それはすごくもったいないと思っています.研究を続けられるような環境をつくってあげるというのが大事だと思います.たとえば,ベンチャー企業を立ち上げるという選択肢もあると思うのですけれども,なかなかパイの小さい,特定の人だけが使うものというのは大変だと思います.ハードウェアの安全基準とか,ものすごい大変なのですよね(笑).Ontennaなんかリチウムイオンバッテリを頭に付けるわけですから,そこら辺のベンチャー企業がつくったらかなり危ない.そういうところはお金もかかるし,大企業を使って自分の研究を社会実装するというのも,1つのパターンとしてあると思うのですよね.  

もちろん大企業ではなくても,中小企業でもいいですし,自分で会社を立ち上げるでもいいです.何かしら方法はあります.大事なのはこれを届けたいという思いです.今,つくっているものがあって,それを本当に世の中の人に届けたいと思うのだったら,まずその思いを大事にしてください.それを実現する方法というのはたくさんあります.富士通に提案するというのも1つの方法です(笑).  

あと,実は日本には夢を応援するようないろんな制度が結構あります.いろんなアクセラレータプログラムもそうです.たとえば,未踏事業,私は経産省とIPAの未踏プロジェクトに採択されて,予算がついて,それを使ってブラッシュアップしてきました.いろいろな財団も夢を形にするのを応援するプログラムを持っています.そういうものも上手く活用しながら,思いを持ち続けるというのが大切だと思います.  

ただ,思いを持ち続けるというのはすごく大変で(笑),時には心が折れそうになるし,私も日々折れている(笑).そういうときは,ろう学校に行くようにしています.ろう学校に行って,子どもたちに会うと,キャッキャッ言いながらOntennaを使っている.結局,大事なのは,誰のために届けたいのかとか,どうしたらいいのか悩んでいるときに,その誰かが見えるということですね.私は,たぶん彼らから元気をもらっているし,それが研究のモチベーションにもなっているので,辛いときは,その誰かに会いに行く,ということをしてください,そうやって,思いの炎を絶やさずに頑張ってくださいというのがメッセージですね.

福原:ありがとうございます.今でも,ろう学校によく行かれるのですか.

本多:行っていますよ,もう,しょっちゅう行っています.ワークショップもしているし.はい.最近はインドのろう学校とかにも行って,そこでOntennaを使ってもらったり,今月はヨーロッパのろう学校に行ったりしますね.

福原:海外の方の反応はいかがですか.

本多:Ontennaというのはノンバーバルプロダクトなので,すごくシンプルに,音の大きさだけで振動するので,本当にリアクションは意外と一緒で,日本も,海外も,変わらない.なので,世界にも届けたいですよね.

福原:日本だけでなくて,世界でも,多くの方の笑顔が見られるというのは素晴らしいですね.ありがとうございます.  

読者の方で,本多さんの活動に興味を持って参加したいという方がいらっしゃった場合,どのようにすればよろしいでしょうか.

本多:Ontennaのサイトに問合せフォームがあるので,そこにメールをくだされば大丈夫です.

福原:きっと多くの方が興味を持つと思います.

本多:ぜひよろしくお願いします.

吉野:そろそろ予定の時間となりました.  

本多さん,今日はお忙しいところ貴重なお話ありがとうございました.

本多:ありがとうございました.

吉野:福原さん,小林さんもお忙しいところありがとうございました.

 

参考文献

 

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