九州工業大学は2019年9月に全学セキュア・ネットワークの更新を行った[1].新しいネットワークでは,基本的なネットワーク構成は踏襲しつつ,セキュリティ対策と無線LAN環境の強化,およびログ分析基盤システムの導入を行った.このうち,無線LANの更新は学内における円滑な教育研究活動を支援するため,以下に示す本学の基本整備指針に従って進めた.
特に本学では2018年からは情報工学部(飯塚キャンパス)で,2019年からは工学部(戸畑キャンパス)でBYOD(Bring Your Own Device)導入が決定していたため[2],様々な利用形態に耐えられるようにできるだけ高スループットを実現できるシステムの導入を目指した.
そのために更新に先立って学内アンケートを実施し,APの高速化や新規設置,増強のニーズを把握することに努めた.さらに2014年から2018年までの本学における無線LAN利用動向を調査して上述の基本指針と照らし合わせた結果,以下の5つの改善策を実施することにした[3].
この改善策に従って新無線LANシステムではIEEE 802.11axに対応したAPを講義室を中心に100台導入した.また,すべてのAPを最新機材に更新することは不可能であるため,導入済み機材を整理して再配分することで,すべてのAPがIEEE 802.11ac [5]以降をサポートするようにした.一方有線側では,APの収容数が多いPoE Switchは機材を交換し上位Switchとの接続を10 Gb/sに高速化した.加えて講義に直接関係しないトラヒックは無線LANコントローラで1~10 Mb/s程度に抑制するように速度制御を行った.
本稿ではまず本学における無線LANの更新について述べ,続いて導入後の利用動向を明らかにする.実施した改善策のうち,(1) AP増設による利用者分散と,(2)稠密環境を考慮したIEEE 802.11ax対応APの導入は,利用者の満足度に強い影響を与えると考えられる.そこで,改善策(1),(2)について更新前後の利用動向を検証し,その有効性を明らかにする.また改善策(3)~(5)をどのように検証しているかについても述べる.
本章では1節で述べた改善策に基づく無線LANシステムの具体的な更新について説明する.まず始めに更新に向けた要望を調査するため学内アンケートを実施し,講義室や共有スペースへの設置を前提として,新たにAPの設置を希望する箇所とその優先度,およびその理由を尋ねた.その結果,講義室無線LAN環境をBYOD講義に対応するよう充実することと,リフレッシュスペースなど共有スペースへのAP設置の要望が寄せられたため,重点的に対応することにした.
またアンケートと平行して2014年から2018年までの無線LAN利用動向調査を調査し,本学における基本整備指針と照らし合わせた結果,APについては改善策(1)平均利用端末数の増加を考慮したAPの増設,(2)稠密環境を考慮したIEEE 802.11ax対応機材の導入,(3)トラヒック増加に備えた有線側の増速,(5)利用動向に基づくAP機材選定,を行うことにした[3].なお,ここでの番号は,1章で説明した改善策の番号と一致させている.
この改善策を更新計画に反映させるためにAPをどのように分類したか,2.1節で述べる.続いて改善策(1),(2),(5)の詳細を2.2節で,(3)を2.3節で説明する.
まずはじめに改善策(1),(2),(5)をどのうように具体的な更新計画に落とし込むかを検討した.改善策(1),(2)を全APに対して画一的にあてはめると,潜在的な要求に応えられなかったり,過剰な機材を手当てしてしまい,改善策(5)を満たすことが難しくなる.たとえば人通りが多い廊下は平均利用者続数は多いが,通信の高速性はそれほど重要ではない.一方で平均利用者数は多くなくても,大学の公式会見が開かれたり,大規模な学会等が開催されて一時的に多数の接続が見込まれる講堂には最新規格のIEEE 802.11ax対応APが望ましい.
そこで物理的な位置や利用者数のみの情報で判断するのではなく,設置場所ごとに異なる要求(接続性が確保できれば良いのか,それとも高速通信が必要なのか,電波干渉を考慮すべきかなど)を考慮するために,建屋や部屋の利用用途ごとにグループに分けて検討することにした.具体的には本学のスペース管理システム(施設の使用登録,使用状況に関するサービスと,スペースチャージの計算を行うシステム)の用途欄(全学共通スペース,教育研究スペース,戦略的学習スペース,プロジェクト研究スペース,サービス用スペース等に分類)を参考にしつつ,学生や教職員がその場所を実際にどのように利用しているかを基準として,以下の5つに分類することにした.(a) BYODが見込まれる講義室,(b)講義室(学習支援施設や実験室含む),(c)会議室やセミナー室,(d)共有施設(福利施設や図書館,講堂等),(e)フリースペース(リフレッシュスペースやエレベーター前ホール等).そしてそれぞれについて平均利用者数と利用形態,および予算の制約を考慮しながら更新計画を検討した.以下本文では,5つの分類をその記号を用いて表すことにする.
(a)はこれまで端末が設置されていた講義室(BYOD端末により情報系の講義を実施)や,BYODによる講義対応を依頼されている講義室(講義棟や総合教育棟等,学部で共用している講義室)を対象とした.更新時点で(a)が全講義室に占める割合は約6割であった.
2018年度の(a)の平均利用者数を確認したところ,約9割の講義室が全体の平均利用者数(約82人)を上回っていることが分かった.加えて平均利用端末数は増加傾向にあり,BYODにより(a)での接続数は更に増加すると想定されるため,現在の利用者数ではなく収容定員の2倍を想定接続端末数とした.事前調査より1 APあたり端末収容数の目安は30~60台[6]であったので,先行して増設していた講義室を除くすべての講義室で複数台のAPを設置し負荷を分散することにした.この増設により,(a)に設置しているAPは58台から101台(戸畑36台,飯塚65台)へと約1.74倍となった.
またこうした講義室は講義棟に集中しており,隣接AP数が10台を超える場合もあるため,稠密環境での通信性能が向上するIEEE 802.11ax対応機材に交換または増設した.その結果101台のうち,75台(戸畑22台,飯塚53台,74.3%)はIEEE 802.11ax対応となった.そして交換により余剰となった既存のIEEE 802.11ac対応APは(b)~(e)で活用することにした.
(b)は学習支援施設や実験室を含む,(a)以外の講義室である.まず講義室に絞って平均利用者数を調査すると,人通りが多い通路に面しているために利用者数が突出している箇所があったため,それらの講義室を除外するといずれも平均利用者以下であった.但し今後BYOD講義が行われる可能性も考慮し,(b)では講義室の収容定員数を想定接続端末数とした.そして(a)と同様1 APあたりの端末収容数の目安は30~60台としてAPの台数を決定し,定員が60人以上の講義室ではAPを増設することにした.
設置する機材としては,既にBYODを用いた講義や実験を予定している講義室(学科所掌)にはIEEE 802.11ax対応APを計10台,またそれ以外の箇所にはIEEE 802.11ac wave2対応APを導入した.なお一部の講義室にはIEEE 802.11n対応APが残っていたため,余剰機材よりIEEE 802.11ac wave1対応APに更新することにした.
次に学習支援施設や実験室等を調査すると,福利施設に隣接する飯塚キャンパスのラーニング・アゴラ棟は平均利用者数が300人を超えている[3]ことが分かった.同施設には3台のAPを設置済みであったので,IEEE 802.11ax対応APに交換することにした.それ以外の箇所では平均利用者数を上回るAPはなかったため増設はせず,IEEE 802.11n対応APのみ余剰機材からIEEE 802.11ac wave1対応APに更新することにした.
一方,(c)では,AP増設による負荷分散や最新機材への交換による高速化の必要性は(a),(b)よりも低い.そこでIEEE 802.11n対応APのみ,余剰機材からIEEE 802.11ac wave1対応APへ交換することにした.
(d)における平均利用者数は,施設の利用形態に応じて大きく異なる.たとえば2018年度の戸畑キャンパス・福利施設では,1日の平均利用者数は500を超えており,最大利用者数は1200(4台のAPの合計)以上である.一方,対外的なイベントや教授会等で使用される百周年中村記念館は,平均利用者数は14~40名程度と少ないが,最大利用者は300(3台のAPの合計)以上と一時的には多数の利用者が接続している.そこで利用者数が最も多い両キャンパスの福利施設[3]に6台(戸畑4台,飯塚2台),講堂としての稼働機会が多い百周年中村記念館に3台,加えて学生のサポート対応用として情報基盤センターに3台(戸畑2台,飯塚1台),合計12台をIEEE 802.11ax対応APへ更新することにした.それ以外の箇所は,予算的な制約のためIEEE 802.11n対応APのみ余剰機材からIEEE 802.11ac wave1対応APへの更新を行った.
(e)に設置するAPは,現時点では最新規格に対応する必要性は薄いと判断し,要望があった箇所にはIEEE 802.11ac wave2対応APを新たに設置することにした.その他の箇所は既存のAPをそのまま利用することにした.
以上の計画に基づく更新前後の無線LANシステムを図1,2に,また前無線LANシステム導入直後の2014年,前システムの最終年度である2018年,および更新後のAP数を表1に示す.最終的には図2に示すとおり,(a)に設置するAPとしてIEEE 802.11axに対応したHPE(Hewlett Packard Enterprise)社製のAP-515 [7]を100台導入(戸畑キャンパスに41台,飯塚キャンパスに59台),主に(b)に設置するAPとしてIEEE 802.11acに対応した機材を45台導入(HPE AP-315 [8] 1台,AP-303 [9] 43台,屋外用AP-367 [10] 1台),また既設APの内48台を移設(内6台はキャンパス間)することにした.AP-515はIEEE 802.11axとIEEE 802.11bz(2.5 Gb/s)に対応し,最大伝送速度は4.8 Gb/s(5 GHz,4 × 4 MIMO)である.AP-300シリーズはIEEE 802.11ac wave2対応で,AP-315/303は屋内向け,AP-367は屋外向けとなっている.それぞれの最大伝送速度は,AP-315は1.733 Gb/s(5 GHz,4 × 4 MIMO),AP-303は867 Mb/s(5 GHz,2 × 2 MIMO),AP-367は866 Mb/s(2.4/5 GHz,2 × 2 MIMO)である.
更新前後でAP数を比較すると,図1,2,および表1より,更新直前の368台から470台(戸畑キャンパス213台,飯塚キャンパス217台,若松キャンパス40台)へと約1.3倍増加した.この再構成により,新機材の導入数は全体の約3割(30.9%=145/470)に抑えることができたが,逆に全体の1割のAPを移設しなければならなくなった.そのためAPの作業日程を慎重に調整し,可能な範囲で筆者が事前にAPを撤去しておくなどの作業を行った.
HPE社の無線LANコントローラ7210 [11]はIEEE 802.11ax対応バージョンへ更新したが,これまでどおりキャンパス間でのHA構成を維持するためにMobility Master [12]を導入した.コントローラとAPの管理には統合管理ソフトウェアであるAirWave [13]を引き続き用いることにした.
本節では改善策(3)に基づく有線側の増速について述べる.2.2節で述べたように講義室を中心にAPの設置台数を増やした結果,PoE Switchに収容するAP数は増加することになった.ここで先行調査[6]によるとIEEE 802.11ac 2 × 2 MIMOを有する端末のスループットはチャネル幅が20 MHzで105 Mb/s,40 MHzで197 Mb/sであった.20 MHzのチャネル幅で運用する場合,10台以上のAPを収容するPoE Switchは,上流との通信が1 Gb/sを超えパケット廃棄が発生する可能性がある.(a)は講義棟に集中しておりAPの設置密度が高いため,PoE SwitchのAP収容数は10台を超えており,有線側の増速手当が必要であった.
そこでまず以下の条件のいずれかを満たすPoE Switchを調査した.(1) AP収容数が10台以上,(2)将来的に10台以上のAPを収容する可能性がある,(3)チャネルボンディングによる増速の可能性がある.そして該当する箇所で光ファイバの品質が10 Gb/sに対応出来るかどうか(もしくは余剰ファイバがあるか)を確認し,不足する箇所では光ファイバの敷設工事を行った.最終的には10 GBASE-SR/LR/LRMに対応するPoE Swichを20台(48ポートモデルを8台,24ポートモデルを12台)導入し,上流との接続速度を10 Gb/sに高速化することになった.
なお,新規導入したPoE SwitchはIEEE 802.3bz [14]にも対応する機材を選定した.IEEE 802.3bzはCategory 5eのUTPケーブルに対しては2.5 Gb/s,Category 6では5 Gb/sの伝送速度を提供する規格である.無線LANの高速化に伴い,APから1 Gb/sを超えるトラヒックが送受信される可能性があるため[15],2.5ないし5 Gb/sを提供するIEEE 802.3bzはPoE SwitchとAP間の高速化手法として注目されている.
今回新規導入したIEEE 802.11ax対応APはIEEE 802.3bzに対応しており,将来的には電波環境が良好な一部講義室でチャネルボンディングを活用して通信速度を高速化することを検討している.そこでAPを新設する箇所は全てCategory 6のUTPケーブルで配線した.ただし,導入したPoE SwitchではIEEE 802.3bzに対応するのは全体の半分のポートであった.よってSwitch交換時の混乱を避けるために同じポートへの配線替えを行った結果,必ずしも全てのIEEE 802.11ax対応APがIEEE 802.3bz対応ポートに収容できたわけではなかった.この点は,今後ポートの交換などにより整理していく予定である.
本章では利用者数や接続端末数から更新前後の全体の利用動向を述べる.端末が学内の無線LANの電波を受信し認証を経て無線LAN接続に成功すると,無線LANコントローラは時刻と接続先AP,SSID(Service Set IDentifier)とユーザ名,MAC addressをlogに出力する.そこでこのlogから適切なIP addressをDHCPより取得したもののみを抽出し,システム更新前後で比較することで利用状況を分析する.
年度ごとのユニークな利用者数と接続端末数をSSIDごとに表2に示す.表2の学内用は全キャンパスで提供(若松キャンパスのみ2018年4月から)しており,利用者は自身の学内統合IDによるIEEE 802.1X認証を経て無線LANに接続する.若松キャンパス用は若松キャンパス専用のSSID独自アカウントでの接続である.学会などの一時的な訪問者用としてはeduroam [16]と学外者用があり,eduroamのアカウントを持たない訪問者には学外者用アカウントを発行し,コントローラが提供するweb認証により無線LAN接続を提供している.
表2より2019年度の学内用SSID利用者を2018年度と比較すると,利用者は約350名,端末は約1080台増加(ともに約5%増加)しているが,増加分としては他の年度間と比較して最も少なくなっている.本学で学生と教職員に発行している学内アカウント(無線LAN接続に使用)は約7,100であるのに対して2019年度の学内利用者数は6,886名(約97%)であり,ほぼ全ての教員や学生が無線LANを利用できる環境にあると考えられる.なお,年度における平均利用端末数Avg_STAsを以下の式より求めると,表2より2019年度は約2.2台であった.\[Avg\_STAs = \frac{uniq\_ST As\_year}{uniq\_Usrs\_year}\]
ここでuniq_STAs_yearは年度におけるユニークな接続端末数,uniq_Usrs_yearは年度におけるユニークな利用者数である.ただし,利用端末数の集計には認証時に出力されるMAC addressを利用しており,今後プライバシー強化の観点からiOSやAndroid,Windowsなどで無線LAN接続時のMAC addressランダム化が本格的に導入されると,ユニークな端末数をどのように推定するか検討が必要である.
次に,2014年9月から各月のユニークな利用者数を図3,利用端末数を図4に示す.両図より,例年と同様,2019年度も長期休暇期間である8,9月や,学生卒業後の3月には利用者数,接続端末数ともに減少している.また利用者数は2016年頃から,接続端末数は2017年頃から戸畑と飯塚キャンパスの差が拡大している.たとえば図4より利用者を比較すると,2016年度の平均は戸畑が2179名,飯塚が1793.58名であったが,2019年度は戸畑が3424名,飯塚が2410.75名である.これはもともと学生数が2割ほど多い戸畑キャンパスで無線LANの利用が浸透したことや,イベント等の開催は戸畑キャンパスのほうが多いためだと考えられる.なお,2020年度の利用動向は[17]で報告している.
本章では更新時に行った改善策の効果を,更新前後の利用状況を比較することで検証する.
最初に1章で述べた改善策(1)平均利用端末数の増加を見越して行ったAPの増設により,平均利用者数が軽減できているかを確認する.以下の式より1日におけるAPあたりの利用者数AP_Usrs_dayを求めた.\[AP\_Usrs\_day = \frac{Sum\_AP\_Uniq\_Usrs\_day}{All\_APs\_day}\]
ここでSum_AP_Uniq_Usrs_dayは1日における各APに接続したユニークな利用者数の合計,All_APs_dayはその日に利用者が接続した全AP数である.そしてAP_Usrs_dayを月ごとに平均したものをキャンパスごとに図5,6に示す.両図より,更新後の2019年10月から利用者数の平均は大きく低下しており,10月からの半年間を比較すると,戸畑キャンパスでは21%,飯塚キャンパスでは25%以上利用者を分散できたことが分かった.ここでAPの増加率は図2より戸畑キャンパスで約27%(213台/ 168台),飯塚キャンパスで約34%(217台/ 162台)であり,増加率に近い減少率を達成できていることが分かる.
次に,更新前後でAPあたりの利用者数が実際にどのように変化したのかを比較する.まずAPごとに1日のユニークな利用者数を集計し,更新前の2019年4月からの4ヶ月間と,更新後の2019年10月からの4ヶ月間について平均利用者数を求めた.求めたAPごとの平均利用者数を度数分布に表したものを図7に示す.また更新前後で全AP数が変化しているため,度数分布より更新前後におけるユニークな利用者数の累積比率を図8に示す.両図より,更新前と比較して更新後はAPあたりの利用者数を軽減できていることが分かる.特に図7より更新前はAPの最大利用者数は860を超えていたが,更新後は620と約30%減らすことができている.
最後に2.2節で述べた(a)におけるAP増設の効果を確認する.更新により(a)に設置されるAPは約1.74倍に増加した.そこで図5,6より(a)の10月における平均利用者数を更新前後で比較すると,全体では189.6人が92.3人へと半分以下に軽減できていることが分かった.
以上の結果から,更新後はAPあたりの利用者数の平均は減少しており,AP増設により接続を分散できていることが確認できた.但し表2より接続端末数は今後も増加していくと予想されるため,特定のAPに接続が集中し負荷が不均衡になることがないように注視していく必要がある.
今回の更新では2.2節で述べたように,改善策(2)に基づき講義室の(a),(b)や,共有施設の(d)にIEEE 802.11ax対応APを100台導入した.このうち,戸畑キャンパスのIEEE 802.11ax対応APの割合は約19%(41台/ 213台),飯塚キャンパスは約27%(59台/ 217台),全台では21%(100台/ 470台)である.本節では改善策の狙いどおり,稠密環境にあり実際に利用者が多い箇所にIEEE 802.11ax対応APを設置できているかどうかを検証する.
まず始めに,稠密状況を調査するために各APで検出する隣接AP数(全学セキュアネットワーク・無線LANのAPのみ対象.学内の他無線LAN除く)を無線LANコントローラで取得した.その結果,5 GHz帯における全体の平均隣接AP数は戸畑キャンパスでは2.0,飯塚キャンパスでは3.66であった.一方,(a)で稠密対策として設置したIEEE 802.11ax対応AP(戸畑22台,飯塚53台)の平均隣接AP数は,戸畑キャンパスでは3.91(1.96倍),飯塚キャンパスでは5.59(1.52倍)と多いことが分かった.よって本導入によりIEEE 802.11ax対応APを隣接AP数が多い稠密環境に設置できていることを確認できた.
次に,利用者が1日に接続したIEEE 802.11ax対応APの比率11AXを以下の式より求めた.\[11AX = \frac{11ax\_Uniq\_Usrs\_day}{Uniq\_Usrs\_day}\]
ここで11ax_Uniq_Usrs_dayはIEEE 802.11ax対応APに接続したユニークな利用者数,Uniq_Usrs_dayは当日のユニークな利用者数である.そして導入後の2019年9月から2020年3月まで,月ごとに11AXの平均を求めたものを図9に示す.図9より,2019年10月からの半年で戸畑キャンパスでは50%以上が,また飯塚キャンパスでは60%以上の利用者が1日に1回以上IEEE 802.11ax対応APに接続していることが分かる.
以上の結果から,IEEE 802.11ax対応APを稠密環境に設置できていること,またIEEE 802.11ax対応APに接続する利用者の割合は,戸畑,飯塚キャンパスともに設置されている割合を大幅に上回っていることが分かった.さらに全台に占める割合が21%であるIEEE 802.11ax対応APに全利用者の半数が接続していることから,今回の更新ではIEEE 802.11ax対応APを稠密環境かつ利用者が多い場所に配置できたと考えることができる.
本節では,改善策(3)~(5)の検証について述べる.
改善策 (3)トラヒック増加に備えた有線側の増速検証のためには,本学でもネットワーク監視のために使用しているzabbixを活用して通信量を収集し,収容AP数と通信特性の関係性を調査することが考えられる.しかしながら既存のzabbixでは300台以上のSwitchに加えて運用管理サーバ群も監視しているため,現在の計算機資源で新たに90台を超えるPoE SwitchからAP収容ポートのトラヒック情報を収集することは困難である.そこで計算機資源の増強や対象PoE Switchの限定,データ収集基盤にクラウドサービスを利用することなどを検討している.
改善策 (4)講義に直接関係しないトラヒック制御は,無線LANコントローラとファイアウォールを利用して講義に直接関係しないゲームや動画配信,OSアップデート等のトラフィックの帯域を制限することで実現している[3].狙いどおりにトラヒック制御が実現できているかを調査するためには,設定を投入したSSIDに対してアプリケーションごとの通信量を確認することが必要である.そこで現在はAirWaveのレポート機能を活用して主な利用アプリケーションとその通信量を毎日取得し,講義運営に影響を与えるような通信が発生していないかを確認している.
改善策 (5)利用動向に基づくAP機材選定が適切かどうかを確認するためには,各APの利用状況を定期的に調査して,設置APの性能と比較することが考えられる.現在は改善策(4)と同様,AirWaveのレポート機能より利用者数や通信量ごとのAP順位を毎日取得し,利用状況が性能に見合っているかを確認している.
本稿では九州工業大学が2019年9月に行った全学セキュア・ネットワークの無線LANシステムの更新と,その改善策の効果について述べた.2章では利用動向調査に基づく5つの改善策のうち,AP更新について改善策(1)~(3),(5)を具体的にどのように更新計画に反映させたのかを説明した.続く3章では2019年度の無線LANの利用動向を調査し,利用者数が学生と教職員に発行している学内アカウントの約97%に達していることから,学内で学生や教職員が滞在するいずれかの箇所で無線LAN接続環境を提供できていること,また利用端末数の平均は増加傾向にあることを示した.次に4節では無線LANシステムの改善策の効果を検証するため,APの平均利用者数の変化と,(a) IEEE 802.11ax対応APにおける平均隣接AP数およびその利用率について調査した.更新後はAPあたりの利用者数の平均が減少していることから,AP増設により接続が分散して負荷を軽減できたことを明らかにした.さらに(a) IEEE 802.11ax対応APの平均隣接数は,各キャンパスの平均と比較すると戸畑キャンパスでは1.96倍,飯塚キャンパスでは1.52倍以上多いことが確認できた.加えて全台に占める割合が21%であるIEEE 802.11ax対応APに全利用者の半数が接続していることから,今回の更新ではIEEE 802.11ax対応APを稠密環境かつ利用者が多い場所に配置できたと考えることができる.今後の課題としては,MAC addressランダム化への対応やBYOD本格導入に向けた円滑な講義環境の提供がある.特に後者は利用端末数の平均が増加していることもあり,トラヒック制御やチャネルボンディングなども活用した運用を行っていく予定である.
謝辞 本研究はJSPS科研費JP20K11769の助成を受けたものである.また,本稿をまとめるにあたっては本学飯塚キャンパス技術部職員の冨重秀樹氏に協力いただいた.ここに謝意を表す.
九州工業大学情報基盤センター准教授.2005年 九州工業大学情報工学研究科博士後期課程修了.博士(情報工学).情報ネットワーク,無線LANに関する研究に従事.IEEE,電子情報通信学会各会員.
九州工業大学情報基盤センター教授.情報基盤センター副センター長.2001年 奈良先端科学技術大学情報科学研究科博士後期課程修了.博士(工学).インターネット計測技術,ネットワーク運用技術,ネットワークセキュリティに関する研究に従事.電子情報通信学会会員.
九州工業大学情報基盤センター助教.2011年 東北大学大学院情報科学研究科博士後期課程修了.博士(情報科学).ネットワーク運用技術,ネットワークセキュリティに関する研究に従事.電子情報通信学会会員.
九州工業大学管理本部技術部技術専門職員.2003年 九州芸術工科大学大学院芸術工学研究科博士前期課程修了.修士(芸術工学).ネットワークの運用に関する業務に従事.
九州工業大学管理本部技術部技術専門職員.ネットワークの運用に関する業務に従事.
会員種別ごとに入会方法やサービスが異なりますので、該当する会員項目を参照してください。