会誌「情報処理」Vol.63 No.8(Aug. 2022)「デジタルプラクティスコーナー」

「新しい生活様式を見据えたインターネットと運用技術」編集にあたって

中村 豊1  池部 実2

1九州工業大学  2大分大学 

インターネットと情報システム運用技術の進化

2020年に入り新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界的に猛威を振るい,この影響で企業活動や教育研究活動にも変化が求められています.感染症拡大を抑制するために急遽進められたテレワークやオンライン授業などもその変化の1つと言えます.このような急速なデジタル・トランスフォーメーション(Digital Transformation:DX)の流れの中で,新たな問題や課題が見えてきました.テレワークのためのリモートアクセスキャパシティの問題や,それらの脆弱性に対する攻撃など,これまで見られなかった攻撃が行われ始めています.また,オンラインだけではなくオンライン・オフラインのハイブリッド形式の授業や会議の在り方が模索され始めています.このように今後の社会活動はこれまでとは異なり,「新しい生活様式」の実践が求められ,その実践にはICTのさらなる活用と強固な情報基盤が必要となります.

このように変化の著しいインターネットや各種情報システムにおける運用技術に関する研究を推進するために,本会分散システム/インターネット運用技術研究会(DSM研究会)と高品質インターネット研究会(QAI研究会)が2008年に統合されて,インターネットと運用技術研究会(Internet and Operation Technology:IOT研究会)が発足し,2013年にシステム評価研究会(EVA研究会)と統合されて,現在に至ります.IOT研究会は,多くの組織が抱えるネットワークの構築・運用技術に関する技術的な課題,コンピュータやネットワークのさまざまな利用方法,インターネット上の通信を安定かつ確実に行うための通信方式の研究およびネットワーク構築技術の研究に関する幅広い研究発表の場となっています.

IOT研究会では,従来から計算機・ネットワーク運用技術に関する優れた実践的研究を高く評価し,それらを論文化したり国際的に発表したりすることを推奨してきました.計算機やネットワーク運用上のベストプラクティスに関する研究発表に対する藤村記念ベストプラクティス賞を2015年度に創設し,デジタルプラクティスへも推薦論文として投稿を促してきました.本特集においてもIOT研究会が中心となって今回の特集の企画・編集を行いました.

本特集では,COVID-19が世界的に収束することを願いつつ「新しい生活様式」を見据えたインターネットと運用技術に焦点を当て,これからの情報通信基盤の構築および活用に向けた最新の研究,開発,実験,運用等に関するプラクティス論文を掲載します.

本特集の論文について

本特集には5編の論文が投稿され,2名のゲストエディタおよび18名のメタレビューアを中心に査読が進められました.査読の結果,以下の4本の投稿論文が採録されました.

福田氏らによる「無線LAN利用状況調査に基づいて策定した改善策の検証」では,2019年9月に九州工業大学では全学のネットワークが更新され,このうち無線LANシステムの更新では学内アンケートから得られた要望と,2014年から2018年までの利用動向調査から抽出された5つの改善点が実施されています.具体的には,平均利用端末数の増加を見越したAP(Access Point)の増設,稠密環境を考慮したIEEE 802.11ax対応APの導入,トラフィック増加に備えた有線LAN側の増速,講義に直接関係しないトラフィックの制御,利用動向に基づくAPの選定です.九州工業大学では情報工学部では2018年度から,工学部では2019年度からBYOD(Bring Your Own Device)の導入が開始されたため,さまざまな利用体系に耐えられるように,できるだけ高スループットを実現できるシステムの導入を目指しています.BYODが実施されて以降,平均利用端末数は常に増加傾向にあるため,APの収容数については現在の利用者数ではなく収容定員の2倍を想定接続端末数としています.BYODが実施される講義室および過去の利用傾向の高い講義室においてIEEE 802.11ax対応のAPを導入することで,効率的なAPの配置が実現できていることが確認されています.

丸山氏らによる「オンライン公開講座としてのサイバーセキュリティ堅牢化演習の運営」では,実践的なオンライン公開講座として,サイバーセキュリティ堅牢化演習を実施するための満たすべき要件を整理し,問題点の具体的な解決策について述べています.サイバーセキュリティの重要性は,テレワークの定着や教育におけるICT活用の拡大といった情勢の変化に応じて,需要は拡大しています.しかしCTF(Capture The Flag)といった競技大会では入門者の入口とするには敷居が高いといえます.そこで丸山氏らは2015年度から10代の生徒・学生を主な対象として,実践的なサイバーセキュリティ演習を無償の公開講座として実施してきています.2020年度は新型コロナウイルス感染症拡大のため対面での実施が困難になったため,公開講座の演習環境の提供,参加者のサポートをすべてオンラインに移行して実施されています.オンライン演習環境では仮想環境を用いた演習環境の提供とともに,Slack・Zoomを用いたコミュニケーションツールを用いた講義や情報共有がなされています.受講者へのアンケートからオンライン演習環境への満足度が高く,有用であることが示されています.

金子氏らによる「複数回線を冗長併用する通信技術のWebRTC映像伝送への適用と評価」では,可用性と品質向上のため複数の通信手段による補い合いを可能とするマルチパス通信技術をWebRTC(Web Real-Time Communication)に対して導入しています.移動体であるコネクティッドカーの通信環境は常に変動し続け,遠隔運転に十分は通信品質を維持できないことがあります.コネクティッドカーは公道を中心とした環境での稼働が想定されており,通信手段は3G/4G/5Gモバイル通信サービスに依存しています.これらの通信サービスでは基地局との距離や見通し,エリアを同じくする他の通信端末,モバイル網およびゲートウェイの通信状況によりパケットロスや遅延,可用帯域が変化します.このような環境下で遠隔運転しシステムを実現するためにWebRTCと呼ばれる低遅延フレームワークを用いた映像・音声伝送技術を本提案手法では用いています.実際に,自動車に複数のモバイル通信回線を備えた本システムを搭載し,市街地走行環境における映像伝送実験を行った結果,単一の通信手段のみを用いた場合と比較して可用性が向上しロスや遅延の低減に寄与することが確認されています.

古澤氏らによる「遅延値に基づく車両向けコンテナ型アプリケーションの動的エッジオフローディングの実装と評価」では,車両向けコンテナ型アプリケーションのオフローディング先を,車載機と各サーバ間の応答時間に基づき車載機,エッジサーバ,クラウドの中から動的に切り替えるフレームワークを提案しています.クラウドの応答時間の平均値が一定の閾値を下回る間はクラウドを,閾値を上回る場合はエッジサーバをオフローディング先として動的に選定されることで,要求される低遅延応答を安定実行しつつエッジサーバの利用を最小限に抑えることが可能となっています.Kubernetesとコンテナ仮想化技術を用いて提案フレームワークを実装しています.100ミリ秒以内の応答が求められるアプリケーションの動的オフローディング実験を行い,従来手法と比較してオフローディング処理のエラー率が最大91%削減されることが確認されています.

今後に向けて

最後に,本特集を企画する機会を与えていただくとともに,その実施にご尽力,ご支援いただいた学会関係者各位に感謝いたします.また,本特集に興味を持ち優れた論文をご投稿いただいた筆者の皆様,多忙な中で論文を綿密に精査し,よりよい論文にすべく有益なコメントをご提供いただいた査読委員ならびにデジタルプラクティス編集委員および学会事務局の皆様に深く感謝いたします.本特集のプラクティスが読者への有益な情報となって,今後のインターネットや情報システムの実践的運用管理技術発展の一助となれば幸いです.

  • (2022年5月30日)
中村 豊(正会員)yutaka-n@isc.kyutech.ac.jp

1972年生.1998年奈良先端科学技術大学情報科学研究科博士前期課程修了.2001年同大学院博士後期課程修了.博士(工学).同年大阪大学大学院基礎工学研究科リサーチアソシエイト.2002年奈良先端科学技術大学院大学情報科学センター助手.2005年九州工業大学情報科学センター助教授.2019年同大情報科学センター教授,2020年同大情報基盤センター教授,サーバ管理手法,インターネット計測技術,ネットワーク運用技術,ネットワークセキュリティに関する研究に従事.電子情報通信学会会員.

池部 実(正会員)minoru@oita-u.ac.jp

1981年生.2011年奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科情報システム学専攻博士後期課程修了.博士工学).同年筑波技術大学保健科学部情報システム学科特任助教.2012年大分大学工学部知能情報システム工学科助教.2018年大分大学理工学部共創理工学科講師.ネットワーク運用技術,ネットワークセキュリティ,分散データ管理システムに関する研究に従事.ACM,IEEE,電子情報通信学会各会員.

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