郵船航空サービス(株)(以後,YAS)は,海外33カ国245拠点を誇る国内でも大手の国際航空・海上貨物フォワーダーであった.一方,NYKロジスティックスジャパン(株)(以後,NLJ)は,物流,および,3PL(サード・パーティー・ロジスティクス)とNVOCC(非船舶運航業者☆1)を主な事業とした海外約30カ国のネットワークを持つ物流業者であった.
この2社が2010年10月合併統合され,郵船ロジスティクス(株)(以後,YLK)になり世界でも有数なグローバル・ロジスティクス企業になった.世界47の国と355都市の地域に595拠点を構え,全世界23,000人以上の従業員が「Create Better Connections」をスローガンに掲げ,グローバルな物流サプライチェーンを提供し,お客様のビジネスをサポートするロジスティクス・プロバイダとして進化を続けている.
YLKのグローバル体制の特徴として,図1のように日本をグローバル・ヘッドクォーター(以後,GHQ)とし,日本極(以後,JPR),米州極(以後,AMR),欧州極(以後,EUR),東アジア極(以後,EAS),南アジア・オセアニア極(以後,SAO)に各リージョナル・ヘッドクォーター(以後,RHQ)を設け,GHQを中心に世界5極体制で経営基盤を強化している.
YASは,日本の本社情報システム部から情報システム部員を各極,および,主要海外法人へ駐在させ,本社情報システム部主導の共通インフラ・基幹システム(YUNAS)を中心に管理運用していた.NLJは,日本郵船(株)(以後,NYK)グループの情報システム統括会社である(株)NYK Business Systems(以後,NBS)が,主要海外法人へ日本から情報システム部員を派遣し,現地社員が中心に各国のIT環境に合わせた管理運用を行い基幹システム(GDS)を運用していた.
統合直後は,図2のように統合した海外法人の中でもYASとNLJのインフラとアプリが一部残ったため管理・統制が難しくなり一部重複する業務システムITインフラが残ってしまった.特に,両社の基幹システムYUNASとGDSは会社業務の運用的にも統合を急ぐ必要があり,基幹システムのみならずYLKとしてのITの物理的な統合からIT全体の融合へのグローバルなITガイドラインの標準化とガバナンスの強化が必要となった.
本稿では,統合後に掲げたYLK-ITガバナンスの強化目標に従い実施したIT資産(人・物・金・情報・知識)の持ち物検査(以後,ITサーベイ)の結果を基に改善して得たガバナンス強化に対する効果と課題について論じる.
YLKグループ経営方針やグローバル事業戦略と整合したグローバルIT戦略の策定と推進にあたって,すべての活動,成果,および,関係者を適切に統制し,経営/事業貢献を実現すること,および,実現するための仕組みを構築することを大方針とした.
また,グローバルIT戦略の策定・推進・評価・是正という管理PDCAサイクルを確実に回し,グループ全社を同じ方向に向けることで効率的・効果的にIT推進していくための統制活動がグローバルITガバナンスと考えた.
部分(個社)最適から全体(グループ)最適への融合を進めていくために,グローバルIT戦略をどう進めていくかのアプローチ方針を示したのが,図3の「YLK Global IT Value up Plan」である.開始当初は見える化・標準化ステージを進めていた.
図4に示すように,各極CIOから構成されるGlobal IT Steering Committeeを2012年に構築し,GHQに事務局としてGlobal CIO Officeを設置し,ガバナンス強化の推進を行った.
また,Global IT Steering Committeeは,統合・融合を実現するためのグローバルIT戦略の提案と推進を行い,次に示す課題を解決するためにSteering Committeeの中にSub Committeeを設け具体的な対応策の推進を行った.
図5に示すように,Value,Cost,Riskの3つのITミッションを掲げてITガバナンス強化の取り組みを実施してきた.その取り組みの中で2013年から継続して実施してきたITサーベイ(持ち物検査)の結果と課題,その改善策の有効性について次に述べる.
YASとNLJの統合後にITの各種実態・実績調査をパイロット的に外部コンサルタントの知見を得ながら実施した.その結果を基に外部コンサルタントと表1の継続調査を整理し,調査内容を標準化してITサーベイとして2013年からYLKのIT持ち物検査・実態調査を開始した.また,経年で実施している継続調査に加え,具体的な問題や課題を挙げ,それを解決するための追加調査も実施した.
実施スケジュールは年2回,前期経理決算確定後の6~7月に実績・実態,および,追加調査を実施し,後期予算策定後の12~1月に予算・投資のサーベイを実施した.表2のスケジュールのとおり実績に関しては,11月実施のIT国際会議(以後,ITGC:IT Global Conference)を目標に分析資料を作成した.
2017年からは,後期に実施していたITGCに加え,前期にも早期に実績把握のレビューとグローバルなIT課題などの認識共有のためのITGCを実施することになった.現在は,TV会議で毎月ITGCのフォロー会議を各極CIOと実施している.
図6に示すように開始当初の2013年から2017年まではITサーベイの配布・回収は,各極CIO宛に定型フォームをメールに添付し,そこから傘下の海外法人ITに転送してもらい記入後に極が取りまとめ,GHQがそれを回収し,集計分析してITGC用の資料を作成していた.2018年以降はMicrosoft SharePoint (以下,SharePoint)を活用[1]し,あらかじめGHQで極ごとの定型フォームを掲示し,各極の海外法人が書き込むと自動で集計できる方式に改善した.
当初のメール方式では①配布~⑧ITGC資料作成までの8工程に加え,煩雑な回答の変更管理や内容確認の手間がかかり約4カ月かけて分析資料を作成していた.一方,SharePoint方式に変更後は,①掲示~⑤ITGC資料作成までを5工程に削減でき,煩雑な回答の変更管理や内容確認もSharePointの情報共有によって改善され,分析資料作成を約1カ月に短縮することができた.
その結果,2017年以降に実施を開始した前期ITGCではITコスト実績調査だけ先に実施するイレギュラーな形を取ってITGC資料を作成したが,2018年以降はSharePoint方式によってIT実績,業務システム,IT管理レベルを同時に実施し,前期ITGC前には各極CIOと各種実態・実績調査や追加調査の分析結果も情報共有できるようになった.
調査対象会社は,YLKの直轄海外子会社と各極CIOから追加の調査依頼があった海外孫会社とした.表3の示すように回答法人は,開始当初の2013年23社から2020年には45社に倍増し,回答率も100%になった.
統合直後のパイロット的な調査結果を基に2013年にトライアルとしてITサーベイを開始した.そのトライアル結果を改善し,2014年には現在まで実施しているITサーベイの原型ができた.表4は,2014年以降経年で行った変遷概要を表したものである.
*印は廃止(別調査に引継いだ調査),#印は前年の改善事項である.また,⇒印は調査結果を基に発展的に廃止し,別途推進したプロジェクト,もしくは,対策である.
各年のテーマと調査内容,改善事項(目的)を説明する.なお,変更がない調査は除く.
統合後にパイロット的に実施した調査を外部コンサルタントの知見を得ながら2013年にトライアルとしてITサーベイの調査を開始した.
2013年調査の結果を踏まえ定型フォームの見直しを行い,現在に続く統一フォームで調査を開始する.
COBIT4.1 (Control OBjectives for Information and Related Technology) [2]の各ITドメインから選択したガバナンス強化に重要と思われる31項目に絞込みアンケート調査を実施し,各海外法人の達成度を数値で評価し,IT管理の弱みを洗い出し,改善を促した.
・「PO計画と組織」:IT戦略,ビジネス目的を達成させるIT部門のプロセス場あたり的なIT対応を是正するために次年度の事業戦略を目標にそれを達成するための事業計画を立案させた.次の年の調査ではその事業計画をレビューさせ成果の達成度を報告させ,ITの計画的な対応と管理を意識させるようにした.
・次年度事業戦略概要(目標)ITコスト実績も減価償却費用を無形(S/W)と有形(H/W)に分け,S/W費とH/W費と合算できるようにし,S/W費用全体とH/W費用全体を比較把握できるようにした.
ITサーベイを3年間実施し,運用が軌道に乗り追加調査としてセキュリティ・リスク関連とIT要員のコア業務とノンコア業務の調査を実施した.
【結果】回答結果を定量的に評価し,「1:対応無し」の項目の改善計画を重点的に策定させ対応完了目標日(同年12月末)までGHQが毎月進捗管理を行い改善させた
・情報セキュリティド関連キュメントの保有実態調査【結果】YLKのグローバル情報セキュリティ規程を国際規格であるISMSを基に「YLKグループ情報セキュリティ文書」として2017年に完成させ各海外法人に推奨した
・IT-BCP状況調査:IT-BCP,および,BCP/DRPの具体的な手順書の保有実態調査【結果】事業継続計画,災害復旧計画は,ITのみならず会社全体にかかわるため,状況調査に留め総務部に引継ぐことにした
・IT業務のコア・ノンコア業務の現状と将来のあるべき姿の調査【結果】YLJP(日本)では,コア・ノンコア業務の分析結果を基に検討し,2019年に約50名のIT要員から半数をNBSに出向させITのスリム化とITの向上を図った.海外では,雇用システム(元々ITの専門職として採用)の違いから会社からの一方的な配置転換は難しく,以下の方針を共有し,推奨した
IT実績コストと予算のグループ内使用料の費用調査に加えGHQ/RHQのグループ内使用料の収入調査も加えた.それによりYLK外部への費用の把握とグループ内使用料のYLK内費用と収入のバランスを確認した.また,当年度のITコスト予測値をIT予算サーベイに加えITコスト実績調査前の速報値として各極CIOと情報共有した.
アンケート結果を分析評価し,引き続き「1:対応なし」に加え「2:一部対応」の項目を重点的に改善計画を策定させ,対応完了目標日(同年12月末)までGHQで進捗管理を行い改善させた.
サーベイの配布・回収方式をSharePoint方式に変更し,作業効率を改善した.また,Microsoft Windows OSのEOL(End Of Life)に伴う調査を実施し,各海外法人のリプレース計画の進捗管理を実施した.
旧企画部使用の邦貨換算レートを経理財務部の前年度平均換算レートと次年度予算換算レートに変更し,経理財務部の損益数値と基準を合わせた.
【結果】前年から引き続き切替計画の進捗状況を管理した
・BYOD実態調査【結果】「YLKグループ情報セキュリティ文書」にBYODに関する管理運用を詳しく規定する条項に変更した
2013年から7年間ITサーベイの改善を行いながら実施してきたが,状況も変わり各法人の負担を軽減するためにITサーベイの簡素化を実施した.
【結果】極CIOの要望で極内グループ間使用料管理に必要と,2021年調査で復活させた
・PC/サーバのEOL/ブランド調査廃止【結果】EOL調査は,ITセキュリティ部会に引継ぎ別管理とした
ブランド調査は各国(海外法人)事情(各国のメーカのブランド力,各海外法人のメーカ顧客への配慮)で共同購買が難しく調査を廃止した
【結果】プロパー/ノンプロパー業務に関しては,2016年に表5.IT業務対応方針を共有したので廃止した
・IT組織図廃止【結果】各法人IT担当窓口(CIO・管理職)を毎年ITサーベイ前に棚卸した
【結果】ITセキュリティ部会に別途進捗管理を引継ぎ,廃止
・BYOD実態調査【結果】上述項番(7)d. BYOD実態調査のとおり規定を明確にし,廃止
【結果】形骸化したので廃止
・P/L方式(減価償却)からCash-out方式(CAPEX+OPEX:減価償却廃止)に変更し,年度ごとの外部への資金流出を把握し,外部データと比較できるようにしたITGC資料の分析によって以下の効果があった.
【結果】GHQにてYLKグループのグローバル会計システムを検討中である
【結果】GHQ総務人事部がグローバルHRシステムプロジェクトを推進している
【結果】2016年から段階的に航空/海上全業務をYUNASで統一し,運用している
【結果】全ロジスティクス業務に対応したグローバルスタンダードシステムを構築し,ロジスティクス部門が運用を開始している
【結果】各極の状況に合わせた欧州と南アジア域内標準システムを運用してる
【結果】GHQでグローバル顧客管理システムを構築し,営業部門が運用を開始している.また,同様にグループウェアを選定し,共有化して運用している
以上,開発,保守,実装のグローバルな集約とIT人件費の抑制,ノウハウの集中(情報共有)を目的としてシステムの共通化と重複を避けることができた.
図7のように2012年のIT管理レベルの平均達成率は,52%であったが2020年には77%まで向上した.IT管理の意識向上によりITガバナンスも向上した.
ITサーベイの調査結果と対策を基にGlobal IT Steering Committeeの課題推進の結果は,表6のとおりである.グローバルIT戦略の目標であった物理的な統合から融合を果たすことができた.
また,表6のとおり各課題は2016年には結果を出すことができ,図8のようにIT体制も融合できた.
GHQが集計分析した決まった結果をEXCELやデータブックにまとめ,YLK全体の経年分析を捉えるものはあるが,極や海外法人レベルがITサーベイデータを自由に検索し,それぞれが必要な時に活用できるデータ分析の環境作りが必要である.
【対応案】Microsoft Power BI(以後,P-BI)を活用し,SharePointとの連携を研究し,過去のITサーベイの情報もデータベース化し,さらなる集計・分析・レポーティングの進化を果たす.
グローバルではUS$が基準で日本中心の基準から脱却し,グルーバル企業としてさらなるグローバル化を果たす必要がある.
【対応案】P-BI化と合わせてUS$換算表示の組込みを検討し,研究する.
基本的に自己申告の調査であるために回答の信憑性を担保するための監査方法エビデンス回収方法の検討と実施が必要である.
【案対応】エビデンスの回収に関しては各極海外法人に対し,さらに負担が掛かる可能性があるため,監査部門と協力し,重要(問題)海外法人などを絞込み効率的,かつ,計画的な監査を検討する.
表3に示すとおり,ITサーベイ開始当初64%の回答率が3年目で100%に達成し,以後継続している.
【評価】GHQ統制(ガバナンス)が浸透したことの表れだと考える.
表6にあるとおり,グループウェアは定価の33%,基幹システムは53%,グローバルネットワークは17%,共同購買によってコストセーブを図りながら強化課題を達成できた.
【評価】GHQ統制による投資判断と効率化を実現できた表れだと考える.
表7に示すとおり,2012年のIT管理レベルの平均達成率は52%であったが,2020年には77%まで向上した.また,表7のとおりCOBITの各ITドメインの2012年から2020年の改善率は,POが1.60倍,AIが1.46倍,DSが1.31倍,MEが1.64倍平均では約1.5倍も改善した.
【評価】ITガバナンスの成熟度を測るCOBIT基準でもIT管理の統制意識が向上したと考える.
以上,地道で基礎的なITサーベイの継続的な実施において1つ1つの小さな積み重ねがIT予算とコスト実績,IT戦略計画と投資,業務システム,IT管理などの可視化適正化への効果が得られた.また,ITガバナンスの基盤強化の一助としても有効であった.8年間ITサーベイを継続することによってITガバナンスの基礎となる戦略策定と指示命令系統,基礎情報の共有,組織力強化による会社度の向上に繋る手ごたえを感じた.
ITの基礎となるITサーベイの環境とノウハウを基に,今後グローバルにDX化が進む中において,ビジネスの中のITからデジタルビジネス,デジタルガバナンスに対応したDX-ITサーベイを次のステップとして検討研究していきたい.
なお,ITサーベイの強化推進あたりYLK統合当初からコンサルティングしていただいた(株)NYK Business Systemsの岩崎洋介氏☆4の多大なるご支援とご協力を賜り,心から感謝の意を表すとともに,本稿が富士通ユーザ企業の方々に参考になれば幸いである.
1981年 郵船航空サービス(株)入社.国内海外システム・インフラ等,大規模プロジェクト開発導入担当.1987年 郵船航空サービスグローバル海外貨物業務システム「YASTEM」構築,北米・アジア・欧州10カ国に導入.1993年 Yusen Air & Sea Service(USA)赴任 北米情報システム統括.2006年 Yusen air & Sea Service(HKG)赴任 東アジア極情報システム統括.2010年 社名変更 郵船ロジスティクス(株).2012年 郵船ロジスティクス(株) グローバルヘッドクォーター ITプランニンググループ所属 ITスタンダード事務局担当.2013年 ISACA CISA(公認情報システム監査人)資格取得し,ITのグローバルスタンダード推進.2021年 郵船ロジスティクス(株)定年退職.
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