会誌「情報処理」Vol.63 No.8(Aug. 2022)「デジタルプラクティスコーナー」

会社統合後のITサーベイ(持ち物検査)によるグローバルITガバナンス強化に関する考察

笹原愼一1

1郵船ロジスティクス(株) 

2010年10月郵船航空サービス(株)とNYKロジスティックスジャパン(株)は,グローバルな会社統合により郵船ロジスティクス(株)となった.その両社のIT環境の融合を目標としたグローバルITガバナンスの強化を実現するために各種施策を実施した.その施策の1つとしてこの8年間ITの人・物・金・情報・知識に関する持ち物検査をITサーベイとして実施してきた.その調査結果と改善過程において統合当初の強化課題に対し,計画的に解決することができた.具体的には,グローバルなグループウェアの共有,基幹業務システムの統合,ネットワークの共有,顧客管理システムの構築などがあり,コスト削減と業務効率向上を目標とした.結果,グループウェアは33%,基幹システムは53%,グローバルネットワークは17%,GHQ主導によりコストセーブを図り,強化課題を達成できた.また,ITガバナンスの成熟度を測るCOBIT基準でも開始当初からIT管理の統制が1.5倍に向上した.

※本稿はFUJITSUファミリ会2021年度秀作論文です.
※本稿の著作権は著者に帰属します.

1.会社統合によるITの背景と課題

1.1 当社の概要

郵船航空サービス(株)(以後,YAS)は,海外33カ国245拠点を誇る国内でも大手の国際航空・海上貨物フォワーダーであった.一方,NYKロジスティックスジャパン(株)(以後,NLJ)は,物流,および,3PL(サード・パーティー・ロジスティクス)とNVOCC(非船舶運航業者☆1)を主な事業とした海外約30カ国のネットワークを持つ物流業者であった.

この2社が2010年10月合併統合され,郵船ロジスティクス(株)(以後,YLK)になり世界でも有数なグローバル・ロジスティクス企業になった.世界47の国と355都市の地域に595拠点を構え,全世界23,000人以上の従業員が「Create Better Connections」をスローガンに掲げ,グローバルな物流サプライチェーンを提供し,お客様のビジネスをサポートするロジスティクス・プロバイダとして進化を続けている.

YLKのグローバル体制の特徴として,図1のように日本をグローバル・ヘッドクォーター(以後,GHQ)とし,日本極(以後,JPR),米州極(以後,AMR),欧州極(以後,EUR),東アジア極(以後,EAS),南アジア・オセアニア極(以後,SAO)に各リージョナル・ヘッドクォーター(以後,RHQ)を設け,GHQを中心に世界5極体制で経営基盤を強化している.

YLKのグローバルネットワークと5極体制
図1 YLKのグローバルネットワークと5極体制
参考:郵船ロジスティクス(株)Webサイト https://www.yusen-logistics.com/jp/

1.2 YASとNLJのIT統合(ITガバナンスの強化の必要性)

YASは,日本の本社情報システム部から情報システム部員を各極,および,主要海外法人へ駐在させ,本社情報システム部主導の共通インフラ・基幹システム(YUNAS)を中心に管理運用していた.NLJは,日本郵船(株)(以後,NYK)グループの情報システム統括会社である(株)NYK Business Systems(以後,NBS)が,主要海外法人へ日本から情報システム部員を派遣し,現地社員が中心に各国のIT環境に合わせた管理運用を行い基幹システム(GDS)を運用していた.

統合直後は,図2のように統合した海外法人の中でもYASとNLJのインフラとアプリが一部残ったため管理・統制が難しくなり一部重複する業務システムITインフラが残ってしまった.特に,両社の基幹システムYUNASとGDSは会社業務の運用的にも統合を急ぐ必要があり,基幹システムのみならずYLKとしてのITの物理的な統合からIT全体の融合へのグローバルなITガイドラインの標準化とガバナンスの強化が必要となった.

統合直後のYLKグローバルIT体制
図2 統合直後のYLKグローバルIT体制

本稿では,統合後に掲げたYLK-ITガバナンスの強化目標に従い実施したIT資産(人・物・金・情報・知識)の持ち物検査(以後,ITサーベイ)の結果を基に改善して得たガバナンス強化に対する効果と課題について論じる.

1.3 グローバルITガバナンスの強化方針

(1)グローバルITガバナンスの強化方針

YLKグループ経営方針やグローバル事業戦略と整合したグローバルIT戦略の策定と推進にあたって,すべての活動,成果,および,関係者を適切に統制し,経営/事業貢献を実現すること,および,実現するための仕組みを構築することを大方針とした.

また,グローバルIT戦略の策定・推進・評価・是正という管理PDCAサイクルを確実に回し,グループ全社を同じ方向に向けることで効率的・効果的にIT推進していくための統制活動がグローバルITガバナンスと考えた.

(2)グローバルIT戦略のアプローチ「YLK Global IT Value up Plan」

部分(個社)最適から全体(グループ)最適への融合を進めていくために,グローバルIT戦略をどう進めていくかのアプローチ方針を示したのが,図3の「YLK Global IT Value up Plan」である.開始当初は見える化・標準化ステージを進めていた.

YLK Global IT Value up Plan
図3 YLK Global IT Value up Plan
(3)グローバル IT組織体制

図4に示すように,各極CIOから構成されるGlobal IT Steering Committeeを2012年に構築し,GHQに事務局としてGlobal CIO Officeを設置し,ガバナンス強化の推進を行った.

YLK Global IT Steering Committee
図4 YLK Global IT Steering Committee

また,Global IT Steering Committeeは,統合・融合を実現するためのグローバルIT戦略の提案と推進を行い,次に示す課題を解決するためにSteering Committeeの中にSub Committeeを設け具体的な対応策の推進を行った.

  •  Sub Committee      対応策
  • - Groupware    : グループウェアの共有化
  • - Global Network : グローバルネットワークの共有化
  • - Visibility      : 顧客要望に対応する情報と機能の共有化
  • - CRM        : グローバル顧客管理情報の共有化
(4)グローバル ITガバナンスの取り組み

図5に示すように,Value,Cost,Riskの3つのITミッションを掲げてITガバナンス強化の取り組みを実施してきた.その取り組みの中で2013年から継続して実施してきたITサーベイ(持ち物検査)の結果と課題,その改善策の有効性について次に述べる.

YLK Global ITミッションと主な取り組み
図5 YLK Global ITミッションと主な取り組み

2.ITサーベイ(持ち物検査)の取り組み

2.1 統合後の状況把握

YASとNLJの統合後にITの各種実態・実績調査をパイロット的に外部コンサルタントの知見を得ながら実施した.その結果を基に外部コンサルタントと表1の継続調査を整理し,調査内容を標準化してITサーベイとして2013年からYLKのIT持ち物検査・実態調査を開始した.また,経年で実施している継続調査に加え,具体的な問題や課題を挙げ,それを解決するための追加調査も実施した.

表1 ITサーベイの調査種別
ITサーベイの調査種別

2.2 ITサーベイの実施方法

2.2.1 実施スケジュール

実施スケジュールは年2回,前期経理決算確定後の6~7月に実績・実態,および,追加調査を実施し,後期予算策定後の12~1月に予算・投資のサーベイを実施した.表2のスケジュールのとおり実績に関しては,11月実施のIT国際会議(以後,ITGC:IT Global Conference)を目標に分析資料を作成した.

表2 YLK Global ITサーベイ実施スケジュール
YLK Global ITサーベイ実施スケジュール

2017年からは,後期に実施していたITGCに加え,前期にも早期に実績把握のレビューとグローバルなIT課題などの認識共有のためのITGCを実施することになった.現在は,TV会議で毎月ITGCのフォロー会議を各極CIOと実施している.

2.2.2 実施方式の改善変更

図6に示すように開始当初の2013年から2017年まではITサーベイの配布・回収は,各極CIO宛に定型フォームをメールに添付し,そこから傘下の海外法人ITに転送してもらい記入後に極が取りまとめ,GHQがそれを回収し,集計分析してITGC用の資料を作成していた.2018年以降はMicrosoft SharePoint (以下,SharePoint)を活用[1]し,あらかじめGHQで極ごとの定型フォームを掲示し,各極の海外法人が書き込むと自動で集計できる方式に改善した.

ITサーベイ配布・回収方式と改善
図6 ITサーベイ配布・回収方式と改善

当初のメール方式では①配布~⑧ITGC資料作成までの8工程に加え,煩雑な回答の変更管理や内容確認の手間がかかり約4カ月かけて分析資料を作成していた.一方,SharePoint方式に変更後は,①掲示~⑤ITGC資料作成までを5工程に削減でき,煩雑な回答の変更管理や内容確認もSharePointの情報共有によって改善され,分析資料作成を約1カ月に短縮することができた.

その結果,2017年以降に実施を開始した前期ITGCではITコスト実績調査だけ先に実施するイレギュラーな形を取ってITGC資料を作成したが,2018年以降はSharePoint方式によってIT実績,業務システム,IT管理レベルを同時に実施し,前期ITGC前には各極CIOと各種実態・実績調査や追加調査の分析結果も情報共有できるようになった.

2.2.3 ITサーベイ対象会社の推移

調査対象会社は,YLKの直轄海外子会社と各極CIOから追加の調査依頼があった海外孫会社とした.表3の示すように回答法人は,開始当初の2013年23社から2020年には45社に倍増し,回答率も100%になった.

表3 ITサーベイ調査対象法人と回答法人数の遷移
ITサーベイ調査対象法人と回答法人数の遷移

3.経年におけるITサーベイの調査内容の変遷

3.1 変遷概要

統合直後のパイロット的な調査結果を基に2013年にトライアルとしてITサーベイを開始した.そのトライアル結果を改善し,2014年には現在まで実施しているITサーベイの原型ができた.表4は,2014年以降経年で行った変遷概要を表したものである.

表4 ITサーベイの調査の変遷
ITサーベイの調査の変遷

*印は廃止(別調査に引継いだ調査),#印は前年の改善事項である.また,⇒印は調査結果を基に発展的に廃止し,別途推進したプロジェクト,もしくは,対策である.

3.2 各年サーベイ

3.2.1 サーベイ内容と改善事項

各年のテーマと調査内容,改善事項(目的)を説明する.なお,変更がない調査は除く.

(1)2013年調査(2012年度実績・2014年度予算)

統合後にパイロット的に実施した調査を外部コンサルタントの知見を得ながら2013年にトライアルとしてITサーベイの調査を開始した.

  • a.IT実績サーベイ調査内容
    ・当年度プロジェクトとその目的・概要・期間・投資額
    ・前年度ITコスト実績(人件費・外注費・H/W費・S/W費・グループ内使用料☆2
    ・N/W 費・減価償却費・その他費用)
    ・当年のデスクトップ・ノート・シンクライアントPCの台数(ブランド・OS)
    ・IT要員(人数・組織図)

  • b.業務システム調査内容
    ・使用業務システム(システム名・業務種別・概要・開始日・自社開発/パッケージ・開発保守担当部署・IT環境・ユーザ数)

  • c.IT予算調査内容
    ・次年度IT予算(人件費・外注費・H/W費・S/W費・グループ内使用料・N/W 費・減価償却費・その他費用),IT実績と内訳は合わせた
    ・IT要員数

  • d.IT投資調査内容
    ・次年度IT投資(プロジェクト・概要・開発状況・プロジェクト期間・予算総額・次年度支払額)

(2)2014年調査(2013年度実績・2015年度予算)

2013年調査の結果を踏まえ定型フォームの見直しを行い,現在に続く統一フォームで調査を開始する.

  • a.IT実績サーベイ変更点
    ・当年度プロジェクトとその投資費用を次年度IT投資に吸収し,廃止した
    ・IT要員の役職別(CIO・部長・課長・係長・係員)人数を追加し,管理職と実務職の人数を把握した

  • b.業務システム変更点
    ・最終V-up日付を追加し,変更管理を把握した
    ・データボリュームを追加し,システムの大きさを把握した

  • c.IT管理レベルを新規に追加(調査内容)

    COBIT4.1 (Control OBjectives for Information and Related Technology) [2]の各ITドメインから選択したガバナンス強化に重要と思われる31項目に絞込みアンケート調査を実施し,各海外法人の達成度を数値で評価し,IT管理の弱みを洗い出し,改善を促した.

    ・「PO計画と組織」:IT戦略,ビジネス目的を達成させるIT部門のプロセス
    ・「AI調達と導入」:IT戦略を適切に実行するITソリューション
    ・「DSサービス提供とサポート」:ITの継続性を司るITサービス
    ・「MEモニタリングと評価」:ITプロセスの品質および統制に関する監視

  • d.IT予算変更点
    ・極CIOからの要望で減価償却費を無形(S/W)と有形(H/W)に分離し,H/W費用,S/W費用と合わせたH/W・S/Wの各全体費用を把握した

  • e.IT戦略・計画を新規に追加(調査内容)

    場あたり的なIT対応を是正するために次年度の事業戦略を目標にそれを達成するための事業計画を立案させた.次の年の調査ではその事業計画をレビューさせ成果の達成度を報告させ,ITの計画的な対応と管理を意識させるようにした.

    ・次年度事業戦略概要(目標)
    ・次年度事業計画(具体的な施策,プロジェクト)
    ・当年度事業計画レビュー(達成度)

(3)2015年調査(2014年度実績・2016年年度予算)

ITコスト実績も減価償却費用を無形(S/W)と有形(H/W)に分け,S/W費とH/W費と合算できるようにし,S/W費用全体とH/W費用全体を比較把握できるようにした.

  • a.IT実績サーベイ変更点
    ・予算に合わせ減価償却を無形(S/W)と有形(H/W)に分離した
    ・同年度のIT予算内訳額を参考に表示し,実績額と比較できるようにした
    ・海外法人の従業員数を追加し,従業員ひとりあたりのITコスト・PC台数などを分析できるようにした
    ・IT要員職務別(企画管理・システム開発保守・インフラ保守管理・ユーザサポート・庶務)人数を追加し,各職務の人数を把握した
    ・当年サーバ台数とOSを追加した

  • b.業務システム変更点
    ・システム運用区分(GHQ・RHQ・Local)を追加し,GHQ/RHQ運用システムの使用状況を確認し,GHQ把握のグループ内使用システムに漏れたシステムを確認追加した
    ・年間運用費用項目(ライセンス費用・保守費用・減価償却費)を追加した
    ・業務種別「Other」から「顧客EDI」を分離し,顧客対応システムを把握した

  • c.IT投資変更点
    ・プロジェクトタイプ区分(インフラ系・業務系・戦略系)を追加した
    ・投資目的区分(H/W・S/W・セキュリティ・N/W ・アウトソーシング)を追加した

(4)2016年調査(2015年度実績・2017年度予算)

ITサーベイを3年間実施し,運用が軌道に乗り追加調査としてセキュリティ・リスク関連とIT要員のコア業務とノンコア業務の調査を実施した.

  • a.IT実績サーベイ変更点
    ・コア業務とノンコア業務の調査に合わせIT要員のプロパー(社内要員)とノンプロパー(社外要員)の人数調査を追加し,社内要員数と社外要員数の比率を把握した

  • b.追加実態調査
    ・情報セキュリティレベルの調査
    情報セキュリティマネジメントシステム(以後,ISMS)をベースに質問を設定し,4段階「4:対応し改善済み」「3:対応済み」「2:一部対応済み」「1:対応無し」の回答で調査を実施した

    【結果】回答結果を定量的に評価し,「1:対応無し」の項目の改善計画を重点的に策定させ対応完了目標日(同年12月末)までGHQが毎月進捗管理を行い改善させた

    ・情報セキュリティド関連キュメントの保有実態調査
    情報セキュリティ規程,OA使用ガイドラインなどの具体的なIT規程の保有調査を実施し,各海外法人の実態を確認した

    【結果】YLKのグローバル情報セキュリティ規程を国際規格であるISMSを基に「YLKグループ情報セキュリティ文書」として2017年に完成させ各海外法人に推奨した

    ・IT-BCP状況調査:IT-BCP,および,BCP/DRPの具体的な手順書の保有実態調査

    【結果】事業継続計画,災害復旧計画は,ITのみならず会社全体にかかわるため,状況調査に留め総務部に引継ぐことにした

    ・IT業務のコア・ノンコア業務の現状と将来のあるべき姿の調査
    「戦略・企画・販売」「開発・保守・運用」「一般管理」に分類したIT業務に対して現状は,「社内」「グループ会社」「外注会社」のどこが行っているかを確認し,将来の計画目標(あるべき姿)と理由を確認した.その結果,表5のとおり社内に残すYLK自身が判断実施すべき業務,YLK,または,NYKグループ内で情報共有して行う業務,YLK独自では難しい高度なITが必要な業務や,一方,定型的で高度な判断が不要な難易度が低い業務に分類した

    【結果】YLJP(日本)では,コア・ノンコア業務の分析結果を基に検討し,2019年に約50名のIT要員から半数をNBSに出向させITのスリム化とITの向上を図った.海外では,雇用システム(元々ITの専門職として採用)の違いから会社からの一方的な配置転換は難しく,以下の方針を共有し,推奨した


表5 IT業務対応方針
IT業務対応方針
(5)2017年調査(2016年度実績・2018年度予算)

IT実績コストと予算のグループ内使用料の費用調査に加えGHQ/RHQのグループ内使用料の収入調査も加えた.それによりYLK外部への費用の把握とグループ内使用料のYLK内費用と収入のバランスを確認した.また,当年度のITコスト予測値をIT予算サーベイに加えITコスト実績調査前の速報値として各極CIOと情報共有した.

  • a.IT実績サーベイ変更点
    ・外部委託費から派遣社員費用を分離し,社内要員と社外要員の費用を把握した
    ・GHQ/RHQのグループ間システム使用料の収入をITコスト実績に追加した

  • b.業務システム変更点
    ・予算部署区分(GHQ/RHQ・IT・利用部門・その他)追加し,オーナを確認した

  • c.情報セキュリティレベル追加調査を一時継続調査に追加

    アンケート結果を分析評価し,引き続き「1:対応なし」に加え「2:一部対応」の項目を重点的に改善計画を策定させ,対応完了目標日(同年12月末)までGHQで進捗管理を行い改善させた.

  • d.IT予算変更点
    ・IT実績に合わせ外部委託費から派遣社員費用を分離した
    ・IT実績に合わせGHQ/RHQのグループ内使用料収入を予算に追加した
    ・当年度ITコスト実績予測値(出来高予測)を追加した

  • e.IT投資変更点
    ・投資利用部門区分(人事総務部門・経理部門・営業部門・航空部門・海上部門・陸送部門・ロジスティクス部門・IT部門・その他)を追加した

(6)2018年調査(2017年度実績・2019年度予算)

サーベイの配布・回収方式をSharePoint方式に変更し,作業効率を改善した.また,Microsoft Windows OSのEOL(End Of Life)に伴う調査を実施し,各海外法人のリプレース計画の進捗管理を実施した.

  • a.IT実績サーベイ変更点
    ・PC,サーバのWindows7[3],Windows2008 Server[4] などEOL 対象OSを変更した

  • b.追加実態調査
    ・EOL対象PCとサーバ調査を実施し,各海外法人の切替え対象PCとサーバを把握した
    【結果】各海外法人のOS別台数と切替計画をGHQで進捗管理し,EOL期限の2020年1月までに切替え,または,代替案を実施した

(7)2019年調査(2018年度実績・2020年度予算)

旧企画部使用の邦貨換算レートを経理財務部の前年度平均換算レートと次年度予算換算レートに変更し,経理財務部の損益数値と基準を合わせた.

  • a.IT実績サーベイ変更点
    ・クラウドサービスの増加を予想し,外部委託費からクラウドサービスを分離した
    ・邦貨換算レートを旧企画部使用の換算レートから経理財務部の基準に統一した
    ・サーバブランドの調査を追加した

  • b.業務システム変更点
    ・業務システムの更新区分(追加・修正・削除)を追加し,変更管理を楽にした

  • c.情報セキュリティレベル変更点
    ・セキュリティ管理上影響が大きい「優先対応」の項目を追加した

  • d.追加実態調査
    ・EOL PC/サーバ調査

    【結果】前年から引き続き切替計画の進捗状況を管理した

    ・BYOD実態調査
    会社支給のPC,携帯端末(タブレット,SmartPhoneなど)以外の個人所有の会社業務使用を調査し,セキュリティ対策の状況を把握した

    【結果】「YLKグループ情報セキュリティ文書」にBYODに関する管理運用を詳しく規定する条項に変更した


  • e.IT予算変更点
    ・IT実績に合わせ外部委託費からクラウドサービスを分離した
    ・IT実績に合わせ経理財務部邦貨換算レートの基準に統一した

  • f.IT投資変更点
    ・IT予算に合わせ経理財務部邦貨換算レートの基準に統一した

(8)2020年調査(2019年度実績・2021年度予算)

2013年から7年間ITサーベイの改善を行いながら実施してきたが,状況も変わり各法人の負担を軽減するためにITサーベイの簡素化を実施した.

  • a.IT実績サーベイ変更点
    ・GHQ/RHQのグループ間使用料の費用と収入を廃止し,簡素化を図った

    【結果】極CIOの要望で極内グループ間使用料管理に必要と,2021年調査で復活させた

    ・PC/サーバのEOL/ブランド調査廃止

    【結果】EOL調査は,ITセキュリティ部会に引継ぎ別管理とした
    ブランド調査は各国(海外法人)事情(各国のメーカのブランド力,各海外法人のメーカ顧客への配慮)で共同購買が難しく調査を廃止した

    ・IT業務のプロパー(社内要員)とノンプロパー(社外要員)調査廃止

    【結果】プロパー/ノンプロパー業務に関しては,2016年に表5.IT業務対応方針を共有したので廃止した

    ・IT組織図廃止

    【結果】各法人IT担当窓口(CIO・管理職)を毎年ITサーベイ前に棚卸した


  • b.情報セキュリティレベル変更点
    ・影響が大きな重要項目にアンケートを絞り込み改善計画と合わせて簡素化した

  • c.追加実態調査
    ・EOL PC/サーバ調査

    【結果】ITセキュリティ部会に別途進捗管理を引継ぎ,廃止

    ・BYOD実態調査

    【結果】上述項番(7)d. BYOD実態調査のとおり規定を明確にし,廃止


  • d.IT予算変更点
    ・当年度ITコスト実績予測値調査

    【結果】形骸化したので廃止

    ・P/L方式(減価償却)からCash-out方式(CAPEX+OPEX:減価償却廃止)に変更し,年度ごとの外部への資金流出を把握し,外部データと比較できるようにした

  • e.IT投資変更点
    ・投資額5万ドル(500万円)以上の制限廃止し,5万ドル未満も調査した
    ・プロジェクトタイプ(インフラ系・業務系・戦略系)を(運用・成長・変革)に変更し,外部データと比較できるようにした

(9)ITサーベイの改善結果として以下の主要3シートを付録として添付する.
  • a.IT実績サーベイシート(2020年版)
  • b.業務システムサーベイシート(2020年版)
  • c.IT管理レベルサーベイシート(2020年版)

4.ITガバナンス強化への効果とITサーベイの課題

4.1 ITガバナンス強化への効果

4.1.1 ITサーベイの効果
(1)IT実績,IT予算サーベイ

ITGC資料の分析によって以下の効果があった.

  • a.経年での人物金のIT基礎情報収集によるYLKのグローバルな認識の共有とYLKグループ内における各海外法人の位置関係の確認,また,データブック(IT白書)化による経年比較と分析結果を各極海外法人へ開示し,現状把握することができた

  • b.2014年度±10%未満の予算達成率が29社中9社(31%)であったが2019年度は45社中21社(56%)に向上し,±50%以上は4社(14%)から1社(2%)に減少した
    また,ITコストのYLK売上比率(2.1%)を外部データ(3.2%)と比較することにより客観的にITコストの妥当性(適正)を経営者に提言でき,IT予算の計画的な投資計画とIT投資への相互理解を図ることができた

  • c.一方,PC/サーバのYLK内統一によるボリュームディスカウントの甘受に関しては,各国のPC/サーバメーカのブランド勢力や各海外法人の営業部門の顧客関係もありPC/サーバのブランド統一の壁を知った

  • d.また,IT要員のコア・ノンコア業務に関しては,日本国内ではIT要員のNYK/YLKグループ間異動はスムーズにできたが,海外では雇用システムの違いと雇用契約の縛りがあり難しいことを知った.一方,海外ではNYK/YLKグループからのIT人材を有効に活用していることも知った

(2)業務システム
  • a.ACCT(経理):各極1社当り複数システム保持しており,各海外法人経理業務のシステム化が定着している.全社的に経理システムは,個別に導入済である

    【結果】GHQにてYLKグループのグローバル会計システムを検討中である


  • b.HR(人事総務):給与計算・人事管理など海外法人の規模にもよるがシステム化が遅れている.小規模法人は,一部EXCELなどのマニュアル作業で対応している

    【結果】GHQ総務人事部がグローバルHRシステムプロジェクトを推進している


  • c.AIR/OCN(航空業務・海上業務):グローバル基幹システムとしてNLJのGDS(海上NVOCC業務)とYASのYUNAS(航空海上輸送業務)を全海外法人が運用した

    【結果】2016年から段階的に航空/海上全業務をYUNASで統一し,運用している


  • d.Logi(倉庫・ロジスティクス業務):海外法人1社あたり顧客に合わせ複数システムを保有.業務の効率化や重複投資の抑制をする必要があった

    【結果】全ロジスティクス業務に対応したグローバルスタンダードシステムを構築し,ロジスティクス部門が運用を開始している


  • e.LAND(陸上輸送業務):地域性が高く,欧州・南アジアなど域内輸送ビジネスが多い地域は各法人固有のシステムを保有していた

    【結果】各極の状況に合わせた欧州と南アジア域内標準システムを運用してる


  • f.EDI(顧客EDI):顧客対応は,顧客要望に合った複数のグローバルスタンダードシステムをすでに構築しており,各部門が顧客に合った運用管理を行っている

  • g.OTHER(その他):各海外法人国固有の政府通関システムなどに対応,また,固有のCRM(顧客管理)や業務インフラシステムを保持している

    【結果】GHQでグローバル顧客管理システムを構築し,営業部門が運用を開始している.また,同様にグループウェアを選定し,共有化して運用している


以上,開発,保守,実装のグローバルな集約とIT人件費の抑制,ノウハウの集中(情報共有)を目的としてシステムの共通化と重複を避けることができた.

(3)IT管理レベル

図7のように2012年のIT管理レベルの平均達成率は,52%であったが2020年には77%まで向上した.IT管理の意識向上によりITガバナンスも向上した.

IT管理レベルの推移
図7 IT管理レベルの推移
4.1.2 グローバルITガバナンスへの効果

ITサーベイの調査結果と対策を基にGlobal IT Steering Committeeの課題推進の結果は,表6のとおりである.グローバルIT戦略の目標であった物理的な統合から融合を果たすことができた.

表6 Global IT Steering Committeeの課題と結果
Global IT Steering Committeeの課題と結果

また,表6のとおり各課題は2016年には結果を出すことができ,図8のようにIT体制も融合できた.

YLKグローバルIT体制
図8 YLKグローバルIT体制

4.2 ITサーベイの課題

(1)SharePointでのEXCEL情報開示の限界打破とさらなる情報の有効活用

GHQが集計分析した決まった結果をEXCELやデータブックにまとめ,YLK全体の経年分析を捉えるものはあるが,極や海外法人レベルがITサーベイデータを自由に検索し,それぞれが必要な時に活用できるデータ分析の環境作りが必要である.

【対応案】Microsoft Power BI(以後,P-BI)を活用し,SharePointとの連携を研究し,過去のITサーベイの情報もデータベース化し,さらなる集計・分析・レポーティングの進化を果たす.

(2)邦貨換算表示に加えUS$換算表示化でさらなるグローバル化

グローバルではUS$が基準で日本中心の基準から脱却し,グルーバル企業としてさらなるグローバル化を果たす必要がある.

【対応案】P-BI化と合わせてUS$換算表示の組込みを検討し,研究する.

(3)計画的な監査によるITサーベイ結果の信頼性の向上

基本的に自己申告の調査であるために回答の信憑性を担保するための監査方法エビデンス回収方法の検討と実施が必要である.

【案対応】エビデンスの回収に関しては各極海外法人に対し,さらに負担が掛かる可能性があるため,監査部門と協力し,重要(問題)海外法人などを絞込み効率的,かつ,計画的な監査を検討する.

5.ITサーベイのガバナンス強化への評価と今後

5.1 ITガバナンス強化に対する評価

5.1.1 定量的な効果
(1)回答率の変化

表3に示すとおり,ITサーベイ開始当初64%の回答率が3年目で100%に達成し,以後継続している.

【評価】GHQ統制(ガバナンス)が浸透したことの表れだと考える.

(2)ITガバナンス強化の課題対応

表6にあるとおり,グループウェアは定価の33%,基幹システムは53%,グローバルネットワークは17%,共同購買によってコストセーブを図りながら強化課題を達成できた.

【評価】GHQ統制による投資判断と効率化を実現できた表れだと考える.

(3)IT管理レベルの向上

表7に示すとおり,2012年のIT管理レベルの平均達成率は52%であったが,2020年には77%まで向上した.また,表7のとおりCOBITの各ITドメインの2012年から2020年の改善率は,POが1.60倍,AIが1.46倍,DSが1.31倍,MEが1.64倍平均では約1.5倍も改善した.

表7 IT管理レベルのITドメインごとの達成推移
IT管理レベルのITドメインごとの達成推移

【評価】ITガバナンスの成熟度を測るCOBIT基準でもIT管理の統制意識が向上したと考える.

5.1.2 定性的な効果
(1)海外法人の対応の変化として以下の項目が挙げられる.
  • a.トップダウンの指示待ち体制から,上下(GHQ⇔極⇔法人)左右(極間・極内)の建設的なコミュニケーションへの変化

  • b.極からの積極的なITサーベイへのリクエストと自極資料としてのGHQITサーベイ分析資料(EXCEL集計シート,および,データブック)の活用
  • c.自社の立位置と他極を意識することによるよい意味での競争心と協力体制の意識化

  • d.自分達のやり方からYLKグループ標準への理解と認識

  • e.ガバナンス(統制)する方もされる方も目的意識を共有し,目的達成に向けての協力体制の強化

(2)ITガバナンス強化に対する評価として
  • a.経営/事業戦略と整合したグローバルIT戦略を策定することによって,経営/事業貢献を図ることができた

  • b.グループ全体でIT推進していくことで,スケールメリットを享受できた
    集中購買によるIT調達コスト削減
    グループ全体でのIT構築・運用によるITコスト削減
    グループ全体でのIT要員の有効活用

  • c.ベストプラクティス☆3のグループ内展開により,競争優位の実現とITサービスの迅速化が実現できた

  • d.グループ標準の各種規定ガイドラインを展開することによって,情報セキュリティの強化や安定的な事業継続など,リスクの低減を効率的・効果的に図ることができた

以上,地道で基礎的なITサーベイの継続的な実施において1つ1つの小さな積み重ねがIT予算とコスト実績,IT戦略計画と投資,業務システム,IT管理などの可視化適正化への効果が得られた.また,ITガバナンスの基盤強化の一助としても有効であった.8年間ITサーベイを継続することによってITガバナンスの基礎となる戦略策定と指示命令系統,基礎情報の共有,組織力強化による会社度の向上に繋る手ごたえを感じた.

ITの基礎となるITサーベイの環境とノウハウを基に,今後グローバルにDX化が進む中において,ビジネスの中のITからデジタルビジネス,デジタルガバナンスに対応したDX-ITサーベイを次のステップとして検討研究していきたい.

なお,ITサーベイの強化推進あたりYLK統合当初からコンサルティングしていただいた(株)NYK Business Systemsの岩崎洋介氏☆4の多大なるご支援とご協力を賜り,心から感謝の意を表すとともに,本稿が富士通ユーザ企業の方々に参考になれば幸いである.

参考文献
脚注
  • ☆1 船舶などの輸送手段は持たず,多数の荷主から荷物を預かり,船会社に輸送を依頼する事業
  • ☆2 GHQやほかのRHQで開発したシステムなどの使用料
  • ☆3 社内外の先進事例(プロセス/ルール/システムなど)に学ぶという課題解決アプローチ,業務改善ノウハウ取得,システム導入短縮化,自社だけでは発想できない先進アイディア取得が可能となる
  • ☆4 掲載の承諾は確認済み

付録

◆IT実績サーベイシート(2020年版)

IT実績サーベイシート(2020年版)
IT実績サーベイシート(2020年版)

◆業務システムサーベイシート(2020年版)

業務システムサーベイシート(2020年版)
業務システムサーベイシート(2020年版)

◆IT管理レベルサーベイシート(2020年版)

IT管理レベルサーベイシート(2020年版)
IT管理レベルサーベイシート(2020年版)

笹原愼一
笹原愼一(非会員)sasashin1222@yahoo.co.jp

1981年 郵船航空サービス(株)入社.国内海外システム・インフラ等,大規模プロジェクト開発導入担当.1987年 郵船航空サービスグローバル海外貨物業務システム「YASTEM」構築,北米・アジア・欧州10カ国に導入.1993年 Yusen Air & Sea Service(USA)赴任 北米情報システム統括.2006年 Yusen air & Sea Service(HKG)赴任 東アジア極情報システム統括.2010年 社名変更 郵船ロジスティクス(株).2012年 郵船ロジスティクス(株) グローバルヘッドクォーター ITプランニンググループ所属 ITスタンダード事務局担当.2013年 ISACA CISA(公認情報システム監査人)資格取得し,ITのグローバルスタンダード推進.2021年 郵船ロジスティクス(株)定年退職.

受付日:2022年4月11日
採録日:2022年4月11日
編集担当:斎藤彰宏(日本アイ・ビー・エム(株))

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