会誌「情報処理」Vol.63 No.8(Aug. 2022)「デジタルプラクティスコーナー」

QRコードの事業戦略と標準化

柴田 彰1

1自動認識コンサルタント 

本稿は,QRコードの事業戦略(研究開発,知財,標準化)と当時の社会的背景(環境)を明らかにし,それらとの関連について考察したものである.特に,事業戦略の内,標準化戦略を詳細に述べ,日本発国際提案が成立した状況を明らかにする.また,競合他社の2次元シンボルに対して,どのようにして優位性を確保するための標準化を行ったかを明らかにし,今後の日本発国際提案に指針を与えるとともに,国際提案成功の要件について述べる.

1.QRコードの概要

QRコードは,(株)デンソーと(株)豊田中央研究所とが共同で,いろいろなアプリケーションで使いやすい2次元シンボルの開発を目指し,1994年に発表した2次元シンボルである.QRコードのQRは,Quick Responseの略で,高速読み取りを意識している.QRコードの構造を図1に,概略仕様を表1に示す.図で一番外側の正方形は実際には必要ないもので,クワイエットゾーンを示すために便宜上記入してある.クワイエットゾーンは,シンボルの読み取りにあたって,シンボルを識別するために必要とされる白スペースであり,2セル以上が必要である.3つのコーナーに配置されたファインダパターンはQRコードを認識するためのパターンである.タイミングパターンはセルの中心座標を求めるパターンで,白,黒のパターンが交互に配置されており,アライメントパターンはデータ領域の非線形歪みにも対応して,シンボルが歪んだり,セルピッチに誤差が生じたりしている場合にデータセルの中心座標を補正するために用いる.データはデータ領域(灰色)にコード化される.

QRコードの構造
図1 QRコードの構造
表1 QRコードの概略仕様☆1
QRコードの概略仕様

2.QRコードの特徴

2.1 大容量データ,高密度記録

QRコードは,数字・英字・漢字・バイナリなどあらゆるデータを扱うことができ,最大で7089字(数字の場合)までコード化できる.QRコードはデータを独自の圧縮方式でコード化している.たとえば,数字は1桁を約3.3ビット,英字は1文字を約5.5ビットに圧縮している.

2.2 全方向読み取り,高速読み取り

シンボルのコーナーに配置したファインダパターンにより,360°どの方向からでも,安定した高速読み取りができる.それは,ファインダパターンの中心を通る走査線の黒白比が,黒1:白1:黒3:白1:黒1であり,この独特の比率により,捕らえた画像の中でQRコードを素早く見つけることができるからである(図2).このファインダパターンがQRコードの最大の特徴であり,このパターンを決定するために,さまざまなシミュレーション解析などを実施し,最終的にこのパターンに決定した.また,タイミングパターンやアライメントパターンをシンボル内に配置することにより,各セル(モジュール)の位置決めを容易にするだけでなく,シンボルの歪みも補正して読み取ることができる.

ファインダパターン
図2 ファインダパターン

2.3 誤り訂正機能

誤り訂正機能により,シンボルの一部に汚れや破損があってもデータの復元が可能である(図3).QRコードでは,誤りが集中するバースト誤りに適したリード・ソロモン誤り訂正符号☆2を採用しており,最大で全コードワードの約30%まで復元可能である(表1).

汚れ・破損の例
図3 汚れ・破損の例

QRコードは,利用環境に応じてデータ復元率を選択できるように4段階の誤り訂正レベルを設けている.誤り訂正レベルを上げると,それに伴い,必要となるリード・ソロモン誤り訂正符号が増加するので,その分シンボルとしては大きくなる.したがって,コードの汚れ具合,コードを印刷するのに必要なスペースなどを考慮の上,誤り訂正レベルを決定するのがよい.一般的にはレベルMでの利用を推奨している.

2.4 カナ・漢字を効率よく扱える

QRコードは,エンコードできる文字セットとして,ISO/IEC 10646に対応している.QRコードはそれ以外に,日本漢字(シフトJIS)を1文字あたり13ビットに圧縮してエンコードできるので,ほかの2次元シンボルより約20%効率よくエンコードできる.漢字は英数字に比べ,多くのビット数を必要とするので,漢字が効率よく扱えることは,大きな特徴である.これは,QRコードが日本生まれであることの証拠でもある.

3.QRコード開発当時の状況

3.1 情報技術の状況

デンソーは1993年からQRコードの開発を開始した.この頃の情報技術の状況を「データキャリア」,「EDI」,「有線ネットワーク」および「無線ネットワーク」について述べる(図4).自動認識技術が利用される前提として,EDIの普及があり,EDIが普及するためにはネットワーク技術の進歩が不可欠である.

情報技術の状況
図4 情報技術の状況

データキャリアについては1次元シンボルがほとんど出尽くし(30種以上),コーダバー,インターリーブド2オブ5,EAN/UPC(GS1),コード39およびコード128に集約されつつあった.RFIDはすでに使用されており,コンタクトレスICカードが使われ始めていた.コンピュータ技術の進歩により,より大容量の,より高密度のデータキャリアが期待され,2次元シンボルへの開発のトリガーになった.パソコンやワークステーションの発達により,バイオメトリクスの用途が犯罪者の検索や重要施設の入退室管理から,ほかの用途に拡大し始めた.また,クレジットカードの利用が拡大するにつれて,さらに複合メディアやマルチファンクションデータキャリアの出現が期待されるようになった.たとえば,指紋データをQRコードにエンコードしたカードが要求された.

日本国内では,EDIの利用は受発注業務を中心に進められてきたが,1990年代に入ると受発注業務だけではなく,企業間取引全般にわたるEDIの仕組みが求められるようになった.したがって,取引されるデータの多様化や量の増大につれて,より使いやすく高速な通信プロトコルも必要となってきた.1997年までに鉄鋼,電力,出版,機械工具,電機4団体,建設,海上貨物,陸上運送などの業界で次々に業界標準EDIが誕生した.ネットワークについては,有線ネットワークが主体であったが携帯電話などの無線ネットワークがインターネットの普及とともに活用されつつあった.1990年代半ば以降,インターネットは文化やビジネスに大きな影響を与えるようになった.電子メールによるほぼ即時の通信,ビデオチャット,ブログ,ソーシャル・ネットワーキングなどがネットワーク技術の向上によって可能になった.1995年にマイクロソフト社もモザイクのライセンスを受け「インターネット・エクスプローラー」を開発しWindows 95と共に無料配布した.世界的にインターネットの人口は増え,日本でもブームになった.このような情報技術の発達により,大容量,高密度,高速読み取りのデータキャリアの出現が期待された.

3.2 デンソーの状況

1993年当時のデンソーは.1次元シンボル,ICカードやRFタグなどの自動認識技術については社内で技術を保持していた.自動車無線,自動車電話や衛星通信などの通信技術も社内に技術を保持していた.バイオメトリクスについては取引先のセキュリティ関連会社からの要請もあり,指紋認証技術を保持していた.指紋以外のバイオメトリクスや無線LAN,電話などのネットワーク技術は外部に依存していた(図5).1次元シンボル関連では,リーダの国内シェアは90%以上ありトップメーカとしての地位を築いていた.その市場の大部分は流通業界であり,流通業界ではまだ2次元シンボルのニーズは小さかった.したがって,2次元シンボルの用途として,生産(受発注)に関連した必要情報量の増大に伴う「かんばん」☆3用途が注目されていた.

デンソーの状況
図5 デンソーの状況

トヨタグループは1978年頃からJITシステムに「かんばん」を考案し,1980年からは本格的に「かんばん」を使用し始めた(図6).「かんばん」はトヨタ自動車とデンソーが共同で開発し,4桁のコーダバーを5段,11段,5段に重ねたいわゆる世界初の2次元シンボルであった.この「かんばん」はビニールケースに入ったリユース「かんばん」で,情報量としては63桁であった.

かんばんの推移
図6 かんばんの推移

1980年代後半からリユース「かんばん」からワンウェイ「かんばん」,いわゆる使い捨て「かんばん」に移行していった.1990年代に入って部品点数の増加による品番点数の増加,生産工場やラインの増加,納入形態や納入場所の増加などにより必要情報量が多くなり,従来の方法では表記できなくなってきた.そのため新しい2次元シンボルのニーズが生まれ,QRコードの開発に直接的につながっていった.

「かんばん」は1990年代後半から徐々に,新しく開発されたQRコードの「かんばん」に移行していった.「かんばん」用途のQRコードは,120桁程度の情報を小さいスペースにエンコードできること,ソーターによる高速読み取り,さらに汚れても正確に100%読み取ることが要求された.2000年代後半から,ISO 14000の普及にともない,環境保全(二酸化炭素削減)の動きが強くなり,紙の使い捨てが問題になってきた.そこで,繰り返し利用できるリライト紙とQRコードを組み合わせたリライタブル「かんばん」や,さらにRFIDと組み合わせたリライタブルハイブリッド「かんばん」を考案し,必要情報量も150桁程度に増加した.

3.3 自動認識技術の利用団体と標準化団体の状況

1990年代初めまでは自動認識に関する国際的な業界団体であるAIMインターナショナル (AIMI)☆4が1次元シンボルや2次元シンボルの業界団体として活動していた.当時の自動認識市場の特徴は以下のようであった.

  • 企業内および企業グループの市場においては,使用する1次元シンボル,2次元シンボルなどがAIMIで規格化されていれば市場形成が可能であった.
  • 自動認識市場の形成・拡大は各業界規格の成立・普及に負うところが大きい.
  • 自動認識業界は,各業界規格間の調整機能の役割を期待されていた.

世界的に1次元シンボルを使用していた業界は自動車業界,電機・電子業界や流通業界であった.これらの業界は基本的に受発注にEDIを導入し,その取引製品(貨物)に1次元シンボルを添付し,出荷,納品,受領などの確認作業の効率化に利用していた.流通業界ではレジ清算のツールとしての役割が拡大していった.

自動車業界は,日本では日本自動車工業会(JAMA)と日本自動車部品工業会(JAPIA)とで構成され,米国はAIAG(Automotive Industries Action Group☆5),欧州はODETTE(Odette International)が率いていた.電機・電子業界は日本が日本電子機械工業会(EIAJ☆6),米国はEIA(Electronic Industries Alliance),欧州はEDIFICE(EDI Forum for Companies with Interest in Computing and Electronic)が取りまとめていた.流通業界は本部がベルギーにあるEAN☆7が各国に支部を作り,共通の規格を採用していた.

自動認識技術が普及する前提であるEDIの状況を述べる.日本においては,1991年にEIAJ傘下の企業が開発したものの拡張版を,日本情報処理開発協会がCIIシンタックスルールと名付けて発表した.その後,いろいろな業界に普及していった.北米においては,ANSI X12によるEDIが広く普及しており,欧州においては,ドイツを中心とした自動車業界や電子機器業界で独自のEDIが普及し始めていた.国際貿易においてはUN/EDIFACTが提案され欧州を中心に普及し始めていた.

次に,自動認識技術の標準化団体の状況について述べる(図7).1996年に,自動認識技術の標準化は,情報技術の標準化を担当するISO/IEC JTC 1に自動認識およびデータ取得技術委員会(SC 31)が設立され,その標準化推進により,シンボル(データキャリア)自体の標準は,自動認識業界規格がISO規格に格上げされることになった.1996年当時,日本で自動認識関連の標準化を行っていたのは流通システム開発センター,JEIDAおよびエーアイエムジャパン(AIMJ☆8)であったがAIMJは任意の団体であったためSC 31の受け皿団体はJEIDAに決定した.

自動認識技術標準化関連団体
図7 自動認識技術標準化関連団体

シンボルそのものの標準化と並んで重要なのは,業界規格やアプリケーション規格にそのシンボルが採用されることである.アプリケーション規格に採用されることにより,関連機器(リーダ,検証器,プリンタ等)の販売につながり,事業として成立することになる.当時,最も重要なアプリケーション規格はサプライチェーンに関する規格であり,ISO/TC 122 (TC 122)とISO/TC 104 (TC 104) のジョイントワーキンググループ(JWG)で標準化が行われようとしていた.このアプリケーション規格は自動車業界,電子・電気業界,半導体業界および流通業界などを包括するもので,この規格に採用されるかどうかが,事業を左右することになると考えた.アプリケーション規格への採用を巡って,シンボル提案各社が熾烈な争いを展開することになった.それは,国,業界,シンタックスルールなどを巻き込んで複雑な展開となった.シンボル自体の規格化は,アプリケーション規格に採用されるための前提条件にしかすぎなかったが.避けて通ることはできなかった.

4.QRコードの事業戦略

QRコードの事業戦略は,大きく「研究開発戦略」,「知財戦略」および「標準化戦略」に分けることができるが,この3つの戦略は互いに独立しているわけではなく,相関関係があり,3つの戦略のバランスを考慮する必要があった(図8).

QRコードの事業戦略
図8 QRコードの事業戦略

そのバランスを考慮する際に,3項で述べた市場の状況,デンソーの状況,自動認識技術の利用団体状況や競合会社の戦略などを分析・検討した(表2).

表2 デンソーのSWOT分析
デンソーのSWOT分析

SWOT分析で,最大の強みは「日本におけるリーダのトップ企業」ということである.逆に,弱みは,主戦場の米国や欧州ではコンペチターがすでに事業展開をしており,デンソーは商社経由で海外展開をしたため,「国際活動が弱い」ことである.追い風はコンピュータの進歩によるEDIの普及により,シンボルに対する「情報量の増大」があり,向かい風は「先行する競合が開発した2次元シンボル」である.

4.1 研究開発戦略

QRコードの研究開発戦略は「先行開発された2次元シンボルに劣らない性能」,「先行する2次元シンボルにはない機能」の搭載の2点に集約できる.

ターゲットとなる2次元シンボルはPDF417,データマトリクス,マキシコードの3つであり,その特徴はそれぞれ,大容量,省スペース,高速読み取りであった.さらに,それらの特徴に加え,「かんばん」で使用するために自動仕分け機での高速読み取り,油汚れに強い(汚れても読める)シンボルを実現する必要があった(図9).

QRコードの研究開発戦略
図9 QRコードの研究開発戦略

先行する2次元シンボルにはない機能は,各国固有のキャラクタセットを効率よくエンコードする機能に決定した.元来,1次元シンボルで扱われてきたキャラクタセットはISO/IEC 646(7ビット)のアスキーであったが,インターネットなどの普及により,各国の言語対応が必要になってきた.そのため考案されたキャラクタセットがISO/IEC 10646である.ターゲットの2次元シンボルは全て対応しているので,QRコードも対応した.しかし,ISO/IEC 10646は16ビット構成であり,当時,日本ではコンピュータ用のキャラクタセットとして,いわゆるシフトJIS(JIS X 0208のサブセット)が主流であったため,QRコードにはこのシフトJISを効率よくエンコードする機能を搭載した.

開発した結果を図10に示す.大容量については,数字で約7,000キャラクタ格納可能であり,2次元シンボルの中で最大になった.省スペースについては,データマトリクスとほぼ同等にはなったが,上回ることはできなかった.このことは,後に,マイクロQRコードの開発で解決した.

QRコードの開発結果
図10 QRコードの開発結果

高速読み取りについては,1秒間に30シンボル(ラベル)の読み取りを実現し,最も高速読み取りを実現した.油汚れについては,誤り訂正の比率を30%まで増加させることで対応した.

日本漢字のエンコードについては13ビットで行うことにより大きな成果があった(図11).図は正確に比較するため,モジュールサイズと誤り訂正率は最も近い値にしてあるが,データマトリクスは自動で誤り訂正率が決定されるため,それに従った.

日本漢字のエンコード
図11 日本漢字のエンコード

英数字および漢字で構成される200キャラクタを,QRコードでは17.1平方mmでエンコードできるのに対してデータマトリクスは21.6平方mm,PDF417は30.6×61.5mmの面積が必要になる.漢字が増えれば増えるほど面積差は大きくなる.

4.2 知財戦略

知財戦略は1次元シンボルや先行する2次元シンボルが,パブリックドメイン宣言(知的財産権は保有するが,権利行使をしないことを標準化団体に保証すること)を行っているため,QRコードもパブリックドメイン宣言を行わざるを得なかった.当時は,シンボルを標準化するためには,宣言が必須の条件になっていた.したがって,リーダにおける読み取り性能や誤り訂正関連技術の特許を保有し優位性を確保した.また,QRコードの商標登録を行い,デンソーの名前を市場に宣伝した.以下,理解を得るため,パブリックドメインの経緯を述べる.

1973年にIBM社提案のDelta Distance特許(US 3723710)をベースにしたUPC(Universal Product Code)を全米7団体(スーパーマーケット協会,グロサリー小売業協会,コンビニストア協会など)が標準化した.IBM社は標準化過程で紆余曲折があるも,パブリックドメイン宣言を行い,その自由な利用に対して保証を与えた.このIBM社の「公共の便に利する技術の公開」という企業風土が市場から高く評価され,以後1次元シンボル,2次元シンボルの自由な利用の礎になった.

しかし,基本特許が存在し,かつそれが効力を持っていないと,第3者が関連特許を権利化する可能性もあり,そのシンボルの自由な利用を妨げられる可能性がある.したがって,シンボルの特許権者は,パブリックドメイン宣言後も,その特許の維持管理や関連特許のチェックに相当の労力を強いられている.

パブリックドメイン宣言はコード自体に関するものであり,そのコードを使用したアプリケーション特許が存在する場合,アプリケーション特許の扱いが不明確なまま規格化された.たとえば,マキシコードではマキシコードを使用した仕分け(物流)を内容とする特許が各国で成立しており,特許権保有会社以外が仕分けにマキシコードを使用すると特許抵触する状態になっていた.そのため,日本の物流企業が導入を諦めたように,マキシコードは発明会社以外に使用されることはなかった.

また,2次元シンボルの中には特許をライセンスする目的で開発された2次元シンボルも存在したので,それらの2次元シンボルとの間に軋轢が生じた.ユーザは当然のことながら,有償シンボルより無償シンボルを選択するので,有償シンボルの発明会社から執拗な嫌がらせが行われた.

当時は,パブリックドメイン宣言によりシンボル特許の権利行使はできないが,シンボルを使用したアプリケーション特許の権利行使は認められていた.この点はシンボルの規格化で非常に重要な点であり,QRコードのアプリケーション特許を多数出願しておき,個々のユーザに対して無償実地権を与えるような対応を考えるべきであった.

4.3 標準化戦略

流通商品などに印刷されている1次元シンボルはEAN(GS1)で最初に業界標準化され,パブリックドメイン宣言により,安心して使うことができる(利用者が特許侵害訴訟を受けない)シンボルとして現在まで広く使用されている.デンソーはQRコードも同様に,利用者が安心して使うためには,1次元シンボルやほかの2次元シンボルと同様に,公的機関による標準化が必須であると考えた(図12).

QRコードの標準化戦略
図12 QRコードの標準化戦略

標準化戦略は,2方面作戦を立てた.1つは,事業の核となる業界標準化であり,もう1つはコード自体の標準化である.この2つの標準化を同時に推進することにより事業収益を得ながら標準化(無償作業)を可能にした.

業界標準化は,デンソーの母体となるトヨタグループ,さらには,日本の自動車業界でのニーズを見出して関係者にアピールするようなシナリオを作成した.まず,自動車業界のニーズを見出すために,デンソー社内にQRコードを使用したモデル工場を作り,非常に多くの見学者を受け入れた.それにより,多くの関係者のニーズを引き出すとともにQRコードの標準化に対する賛同を得た.そのようなアピールの結果,自動車業界の標準コード認定を受け,業界にQRコードの普及を図るとともに,リーダの事業展開を積極的に行った.自動車業界の標準化はJAMAとJAPIAとの標準コード認定から米国AIAGでの標準化を目指した.

コード自体の標準化は,当時のシンボルの規格化を行っていたAIMIでの標準化を目指した.ISO規格化は,最初は考慮されていなかったが,1996年にSC 31が設立されたのでAIMIからISOに提案するという方法を選択した.

それらの計画を実行するために,まず主要なポジションを確保した(図13).AIMJの理事長,技術委員会委員長のポジションを確保した.AIMIでは日本代表の理事および技術委員会委員を分担し,AIMI規格がスムーズに成立するよう配慮した.1996年のSC 31設立以前からデンソーはJEIDAの理事およびバーコード技術標準化専門委員会の委員長やそれに伴うJIS原案作成委員会の委員長として貢献していた.その経歴が決め手となり1995年12月ニューヨークでのSC 31設立のためのJTC 1代表者会議に日本代表委員として出席した.SC 31設立後は対応国内委員会委員長を拝命した.自動車業界ではJAPIA理事,電子情報委員会(EDIが活動の主体)委員,電子情報委員会の下部組織であるAIDC委員会(データキャリア利用が活動の主体)委員長を分担し,QRコードを利用した標準帳票のガイドラインを作成した.

主要ポジションの確保
図13 主要ポジションの確保

5.QRコードの標準化詳細

5.1 AIMI規格化

QRコードを発表した1994年は,すでにいくつかの2次元シンボルがAIMI規格として制定され,さらに規格作業中のコードも存在し,自動認識業界の標準シンボルとして,普及の兆しを見せていた.そこで,QRコードもAIMI規格として制定することが必要と考えていた.ところが,1996年にSC 31が設立され,先行する2次元シンボルがISO規格を目指した.そのためQRコードもISO規格を目指し,まずAIMJで規格化を開始した.

AIMJでの規格化の過程で,ライセンスにより事業展開を目論むほかのコード発明会社から規格化妨害工作が行われるようになった.まず,QRコードの関係会社や団体にQRコードが特許を侵害していると言う警告状が送付された。これに対してデンソー知財部は警告状の送付先すべてに対して,個別に特許侵害のないことを説明し理解を得た.また,ほかの妨害工作として先のコード発明会社は,AIMJの委員会運営方法や構成に対するクレームをAIMJおよびAIMIに提出した.これに対してAIMJでは理事が中心になって,その会社と協議し,委員会参加(AIMJの会員企業ではないが)など多くの要求を受け入れた.AIMIへ送付されたクレームに対し,AIMIが来日してヒアリングを行った.AIMJからAIMIに過去の経緯も含め丁寧に説明した結果,AIMJの正当性が認められた.

また,その会社は中小企業であったので,その立場を利用して大企業であるデンソーが中小企業を不当に扱っていると言う申し立てを,公正取引委員会に行ったり,中小企業関連の議員に訴えたりした.これに対してデンソーは事実を正確に説明することで対応し,理解を得た.

1996年にAIMJでの規格化が完了し,直にAIMIに提案した.AIMI規格化に際しては,市場ニーズや導入実績などが問われたが,QRコードは自動車業界で生産性向上のツールとして生産現場や物流などで使われ始めており,JAMA/JAPIAでの標準シンボル認定を訴えた結果,規格化作業着手の承認を得ることができた.また,AIMI規格の全てのシンボルがパブリックドメインの宣言をしており,QRコードも規格化に際しては同宣言が必須の条件となっていたため宣言を行った.

規格の詳細審議は,シンボルの世界的なエキスパートで構成される技術委員会(コンペチターも含む)で行われたため,デンソーも委員を登録し,米国にて毎月開催される技術委員会に出席し,規格化作業に従事した.QRコードはすでに日本の自動車業界などで使われ始めていたので,規格化を通してQRコードの仕様が大きく変わると,ユーザに混乱を招くことになる.したがって,できるだけオリジナル仕様で規格化されるように各国の委員に仕様を理解してもらい,賛同が得られるように,技術委員会をリードしていくことが求められた.

審議過程において,漢字モードの必要性と大きなコードサイズでの歪み補正能力などが取り上げられた.米国の委員は,漢字モードの必要性やQRコードで参照しているシフトJISが理解できないとのことであったので,漢字コードの歴史的な背景や体系を何度も説明し理解を得た.

大きなコードサイズでの歪み補正については,オリジナル仕様では,ファインダパターン間のタイミングパターンに加え,図14の左図に示すようなシンボルの周囲に拡張パターンと呼ばれるセルを配置し,歪補正できるようにしていたが,非線形歪みにも対応できように,図14右図のようにアライメントパターンを配置する仕様に変更された.

歪み補正
図14 歪み補正

先行して規格化作業をしていた米国のデータマトリクスも同様に大きなシンボルサイズではアライメントパターン(QRコードとは異なるパターン)を追加するなど委員会ではより良いシンボルにしていこうと意見を出し合いながら,規格化作業が行われた.また,ほかの2次元シンボルでも採用され始めた誤り訂正機能がより効果的になるコードワードの配置も検討された.

QRコードは,最終的に技術委員会で検討された歪補正強化策であるアライメントパターンの追加とコードワードの新しい配置を採用した仕様を新モデル(モデル2)として,すでに使われているオリジナル仕様をモデル1として,1997年にAIMI規格として成立した.オリジナル仕様のモデル1については規格に包含することに反対の委員も多かったが,すでに使っているユーザの利便を考慮すべきであると強く訴え,両モデルが規格として成立した.

5.2 ISO規格化

ISO規格化には文面上,インターナショナルなニーズやユースがあることが前提になっていた.当時は国際標準の経験がなかったため,「インターナショナルなニーズやユースがあること」が必須の条件と考えて戦略を立てた.しかし,規格化が「すでに市場に普及した技術」から「普及させたい技術」へとシフトしていったので,今では必ずしも,「インターナショナルなニーズやユースがあること」が必須の条件ではなくなってきている.

QRコードがAIMI規格として制定された1997年は,SC 31で1次元/2次元シンボルの規格化作業が開始された時期で,全て米国で開発されたPDF417,データマトリクスおよびマキシコードの3つの2次元シンボルが規格化作業の対象として提案されていた.QRコードはAIMI規格として自動認識業界の標準シンボルになったが,SC 31の活動が始まったこともあり,ISO規格化に取り組んだ.

当時のSC 31での規格化手順は,「準備段階」→「提案段階(NP-New Work Item Proposal)」→「作成段階(Working Draft)」→「委員会段階(Committee Draft)」→「照会段階 (Final Committee Draft)」→「承認段階 (Final Draft for International Standard)」→「発行段階 (International Standard)」の7段階あり,提案から規格発行までには一般的に2~3年を要していた.

5.2.1 準備段階

準備段階では利用環境の整備,業界規格化,インターナショナルなニーズの創造および関係者への教育活動を重点的に実施した.以前から,事業展開という側面からも利用環境を整備する必要があった.利用環境の整備では,プリンタでQRコードを印刷できるようにするのが最重要課題であった.そこで,日本のみならず海外の主要プリンタメーカにもQRコードの印刷機能を搭載してもらえるように活動した(QRコードのエンコードソフトを無償提供).その結果,世界の主要プリンタメーカを含む約40社(300機種)でQRコードを印刷できる環境を整えた.この時,QRコードをAIMI規格化したことが有利に働いた.インターナショナルなニーズについては,日本の自動車業界が,受発注EDIや帳票の規格化を進めており,そこで採用するQRコードは国際的にも安心して使えるようにしてほしいとの強いニーズがあり,このことを最も強く訴えた.さらに,流通業界でもEDIの世界的な推進に際して,日本ではデータ入力の媒体となる2次元シンボルは漢字を効率的に扱えるQRコードを使いたいとのニーズがあり,自動車業界の動向と併せて国際的なニーズとした.また,豪州では家畜管理などにQRコードが使われ始めるなど徐々に日本以外でも使われるようになってきており,このような状況もインターナショナルなニーズとして活用し,アピールした(図15).

準備段階
図15 準備段階

教育活動では,QRコード読本(B5版で82ページ,図16)を日本語版と英語版で作成し,国内外での普及啓蒙教材として活用した.内容は一般読者に分かりやすい内容とし,かつ当時,自動認識業界の世界的なリーダである人物(米国)のインタビュー記事を交え,QRコードだけでなく2次元シンボル全般にわたる内容とした.このQRコード読本は非常に好評であり,また効果的であった.ISO/IEC JTC 1のPメンバ国(議決権を有する)における投票では,利害関係が少ない場合,知っていればYES,知らなければNOという傾向があったので,各国の投票関係者に啓蒙活動を行った.

QRコード読本
図16 QRコード読本

JTC 1およびSC 31の投票関係者約330名を過去の記録などから割り出し,QRコード関連資料をダイレクトに送付した.その時,ポイントになるのは,利用実績であると考え国内外の50例を集め資料に加えた.

QRコードの提案に先立ち,1998年にリオデジャネイロで開催されたSC 31総会において,特別にQRコードのプレゼンテーションを実施するように日本から要請し実現した.プレゼンテーションはSC 31国際議長および事務局との粘り強い交渉の結果実現したものであり,それまでのSC 31に対する日本の貢献が評価された結果でもある.プレゼンテーションでは,QRコードの技術的優位性と国際的なニーズや利用環境が整っていることを説明した.総会でのプレゼンテーションは成功裏に終了し,NP提案に向けての各国とのコンセンサスができあがった.

5.2.2 提案段階

「提案段階」では,提案母体,プロジェクトエディタ(規格書の編集者)の決定および賛成票を確実にする活動をした.リオデジャネイロでのSC 31総会中に今後の対応を国際議長およびWGメンバと協議した.日本としては規格原案がすでにISOフォーマットで記述され,AIMI規格化されていることから,米国からファストトラック提案(照会段階から開始する手順)されている2次元シンボル(データマトリクスおよびマキシコード)と同様にファストトラック提案を希望した.しかし,当時は1次元/2次元シンボルの規格化作業が始まったところであり,国際議長は委員会での検討が不可欠であり,先行して審議中のPDF417と同様に通常の手順で作業をするべきであると主張した.日本は妥協案として提案段階(NP)と委員会段階(CD)の同時投票とする案を提示しこれで合意した.しばらくして,データマトリクスとマキシコードについては米国がファストトラック提案を撤回した.

次に提案母体であるが,通常の提案はメンバ国からの提案になり,日本の場合は日本工業標準調査会(JISC)が提案母体となるが,自動認識分野においては,SC 31の重要なリエゾンでもあり,WGの主要メンバが所属するAIMIからの提案が多く,QRコードもAIMIからの提案とした.

プロジェクトエディタについては欧州の自動認識業界の第一人者ともいえる人物を選定することにより,規格書の効率的な作成と同時に提案時の欧州票の取り込みも目論んだ.SC 31では欧州で投票権を有する国が14カ国あったため,欧州票獲得を確実にする必要があった.そのため,プロジェクトエディタ選定とは別に10カ国のキーマンを個別に訪問し,協力要請を行った.この時,欧州の販社から最終ユーザへのコンタクトを反対されたこともあるが,各国のキーマンにコンタクトできずにいた.流通システム開発センター(EAN Japan)の協力で各国のキーマン(各国EAN支部)に紹介状を送付してもらうことにより個別訪問が実現した.当初,個別訪問をするかどうか迷っていたがデンソー事業トップの直接的な助言があり,決断した.

賛成票獲得活動は,「各国投票権者への個人的支援」と「日本のSC 31への貢献」の両面からアプローチした.各国投票権者への個人的支援はQRコードを始め有益な技術情報の提供,各国における展示会や説明会への参加および会議のスポンサーなどを引き受けた.日本のSC 31への貢献では,デンソーはSC 31設立当初から日本の主要なポジションを確保していたので,国際会議への積極的参加(当時はアジアからは日本だけが全てのワーキンググループに参画),日本での国際会議の引受(会議費用は開催国負担),開発規格への有益な提案などを積極的に行うことができた.

NP投票通過のためには,メンバ国の50%以上の賛成,25%以下の反対および5カ国以上の積極的(規格作成)参加が必須の条件であった.積極的参加国はまず,英国(プロジェクトエディタ契約),シンガポール(コンサルタント契約),ドイツ(コンサルタント契約)を想定した.米国のキーマンともコンサルタント契約を行ったが,積極的参加の票が得られるかどうか微妙な状況であった.積極的参加票が確実なのは英国,シンガポール,ドイツ,日本の4票であり,安全を見てさらに2カ国追加する必要があった.そこで,漢字圏である,中国と韓国(ハングルが主体であるが)にアプローチし,QRコード国家規格化支援を提案するなどの活動をした.

さらに,一番影響力の大きい米国の反対を阻止するために,AIAGにQRコードのアプリケーション規格化提案を行った.これに対して米国からANSIに対する支援および日系自動車企業のAIAGへの参画を要求された.そこで,デンソーがANSIの委員として米国の規格作成に参画し,デンソーから働きかけを行うことにより日系自動車企業のAIAGへの参加を実現した.これらの活動により米国は賛成票を投じたと考えられる.

1998年に開始されたQRコードのNP投票は,賛成14カ国,反対0カ国,棄権/無投票12カ国で承認された.当時のルールでは,棄権/無投票が12票あったため,賛成票が14票から1票でも少ないと落選する事態になっていた.また,同時に実施された委員会段階(CD)投票の結果は,賛成19カ国,反対1カ国,棄権/無投票3カ国でこちらも承認された.NPとCD同時投票にもかかわらず賛成票に5票もの差が生じたのは,SC 31の設立から間もなく,また各国のSC 31メンバはEANの各国支部が担当しておりJTC1との事務手続きに不慣れであったことが要因と考えられる.積極的参加国は中国,フランス,ドイツ,日本,韓国,ノルウェー,英国,米国の8カ国であった.シンガポールが含まれていないのは,手続き上の問題であったことが後に判明した.

5.2.3 委員会段階から発行段階

委員会段階以降は,AIMIでの審議同様に漢字を扱うことに対する大きな抵抗があった.QRコードはデフォルト文字セットがJIS X 0208のシフトJISであったため,「日本の漢字を使用しない国はQRコードのデフォルトセットが使用できない」という指摘であった.

QRコードがJISを参照規格としていたため,そのJISの内容が分からないのでこのような指摘になったと考えられる.そのため,JISはISO/IEC 646の文字セットをカバーしており,JISの8ビット符号のHex80~FFや漢字は拡張文字セットであるので問題ないことを丁寧に説明し理解を得た.また,AIMI規格ではモデル1とモデル2の両モデルを規格としたが,SC 31での審議では,モデル1採用に反対の意見が多く,市場でもモデル2が主流となりつつあったので,モデル1については付属書に参考情報として記載することで合意した.それ以外は比較的順調に審議が進み,QRコードの規格は,ISO/IEC 18004として2000年に成立・発行された.QRコードは日本企業の開発技術が国際規格として制定された数少ない事例の1つである.デンソー内でも誰1人として経験がない状態での作業であったが,経営トップからの大幅な権限委譲と直接的支援が得られたことが大きな力になった.特に,準備段階では即決・即断が必要な場面が多く,「決定できなければ,決定できる者を連れてこい」と言われたこともある.また,予算に恵まれたことにより活動範囲を広げることが可能になり,各国の賛同を得るための活動を積極的に行うことが可能になった.

5.3 JIS規格化

QRコードは1997年10月にAIMIの規格として制定され,1998年3月にはJEIDAの規格(JEIDA-55)として制定された.1998年9月にSC 31でQRコードを規格化の対象とすることが正式に決定したことを受け,経済産業省では国際規格化の動きに対応してJIS化が必要との判断に基づき,1999年4月にJEIDA規格を基本としてJIS X 0510を制定した.デンソーはISO提案時に,AIMIからISOに提案するか,JISからISOに提案するかの選択を迫られていた.1996年の段階でAIMI規格は1.5年で規格化完了予定であったが,JISは平均3年かかっていたため,ほかの2次元シンボルの状況(PDF417もAIMI規格からISOに提案)からAIMIからISOに提案することに決定した.1998年9月の時点で,QRコードがJISからの提案ではないことに経済産業省からクレームがついた.その対応に苦慮したが,ISOとして成立する前にJISを制定させることになり,当時としては異例の7カ月の速さでJISを制定した.AIMIからISOに提案したが,当時は,国際提案の経験がなく相談すべき相手(組織)もなかったため,この選択は正しかったと考えている.

5.4 各国における規格化

すでに述べたように,QRコードのNP提案(ISO)を通過させるためには,QRコードの委員会活動に参加する(積極的参加)国を5カ国以上集める必要があった.そこで,漢字圏である,中国と韓国(ハングルが主体であるが)にアプローチした.QRコードの日本漢字対応部分(約2万字)を中国なら簡体字,韓国なら韓国漢字に置き換えて国家規格にするという提案を中国および韓国のSC 31代表機関に持ちかけた.その結果,中国と韓国の国家規格化は受け入れられ,QRコードのNP投票時には積極的参加票を投じるという確約が得られた.

中国国家規格はISO規格と並行して進められ,国家規格GB/T18284が2000年12月に発行された.この規格はISO規格に対して,中国簡体字の13ビットモードが追加されており,ISO規格を包含した規格ではあるが全く同じではない.中国側の要求により、ISO/IEC 10646のCJK漢字より簡体字が優先された.この簡体字への対応が,中国の車検証への採用やモバイル用途での爆発的な普及に貢献した.中国簡体字に対応した2次元シンボルはQRコードのみである.

韓国国家規格はAIMJのプロジェクトとして日本企業4社と韓国の大学を巻き込んで行った.韓国の場合は韓国政府の意見もあり,ISO規格とまったく同じ内容で進められ,2002年12月にKSX ISO/IEC18004として発行された.

その後は事業拡大の一環として,EANベトナムと合同でベトナム国家規格化を行い,2003年12月にベトナム国家規格がTCVN7322として発行された.シンガポールでは2008年12月に国家規格SS543が発行された.中国,ベトナムおよびシンガポールの国家規格化はシンガポールのコンサルタントを経由して行ったが,QRコードのISO規格化も含めて,この人物に巡り合えたことは幸運であった.

日本の自動車関連企業が多く進出しているタイでQRコードの利用を促進するため,国際情報化協力センターのプロジェクトとして経済産業省の支援をえて国家規格化を行った.タイ側はNECTEC(National Electronics and Computer Technology Center)が担当し,QRコードの13ビットモードにタイ語の熟語を割り当てる研究を行い完成させた.しかし,2013年時点でQRコードの国家規格化は完了できなかったがプロジェクトは打ち切られた.

5.5 アプリケーションの規格化

自動認識技術は自動車業界,電子・電気業界,半導体業界,流通業界などの先進業界(受発注システム)で利用される.2次元シンボルを始めとするデータキャリアを利用するためには,どういうデータをコード化するかという規格が必要になる.規格に基づいてエンコード,デコードすることで企業の枠を超えての利用が可能になる.

アプリケーション規格では,1用途1シンボルが基本になっていた.現在では,1用途に複数シンボルを採用しても,コストアップなく実現(運用)できるが.1用途1シンボルという考え方が根強く残っている.そのため,競合他社に対して先手を打つことが重要になる.アプリケーション規格に採用されるかどうかが,事業を左右することになる.そのため,アプリケーション規格への採用を巡って,シンボル発明各社が熾烈な争いを展開することになる.しかし,QRコードは米国の先行する2次元シンボルに対して6年程度遅れて開発された.そのため,PDF417は伝票用途(大容量データファイル),マキシコードは仕分け用途(高速読み取り),データマトリクスは製品(個品)識別用途(省スペース)に住み分けて展開していた.米国が決定したこの枠組みに対抗するために,非常な労力を費やすことになった.

5.5.1 日本の自動車業界における規格化

日本の自動車業界では,1998年からJAMAとJAPIAが共同でEDI規格化の活動を開始し,まず,1999年にはEDIに対応した帳票を制定し,QRコードを標準2次元シンボルとして採用した.この規格はJAPIAのEDI部会の下部組織である帳票ワーキンググループが中心になって行われた.EDIの部会長はデンソーが担当し,帳票ワーキンググループの主査もデンソーが担当し,実作業はデンソーエスアイが中心になって行われた.

JAMAとJAPIAの一次サプライヤとの間の受発注はEDIで行われているが,納品を確認するために現品票や「かんばん」が用いられている.また,JAMAとJAPIAの2次サプライヤや3次サプライヤとの間では伝票類が用いられている.そのため,帳票類の規格化は納入単位ごとの納品書・受領書,納入物に添付する現品票(図17)および現品票と工程指示書の機能を持つ「かんばん」の3種類が行われた.

現品票
図17 現品票

この規格化は本来,シンボルとしてはQRコードが1つで可能であるが,作業効率(毎日同じような作業では情報を読み取る必要がない)を考えて目視情報が表記され,さらに従来の読み取り機が使用できるように1次元シンボルも併記されている.

「かんばん」に関しては,大幅な紙資源の削減を目指して,2007年6月にリライト紙,QRコード,およびRFIDを組み合わせた,ワンウェイ「かんばん」の代わりに用いるリユース「かんばん」(ハイブリッドかんばん)として国際提案を行った.これは,日本企業が発明したリライト紙をベースにQRコードとRFIDを組み合わせた複合データキャリア(リライタブルハイブリッドメディア:RHM)を,経済産業省のプロジェクトとして行ったものである.リライト紙は日本企業が特許を多数保持し、独占的な地位を築いていた.RHMは2010年5月に,ISO/IEC 29133として出版された。RHMは規格化と並行して実導入を行い,2007年に(株)デンソーの安城工場に導入した(図6).

5.5.2 米国の自動車業界における規格化

日本の自動車業界からは,QRコードが世界中で使えるようにようにとの要望もあり,QRコードのISO規格化と並行して,1998年に米国の自動車業界の団体であるAIAGにQRコードを標準コードとして採用する要求書を提出した(もう1つの目的はSC 31でのQRコードの反対投票阻止).

AIAGではすでに1995年に2次元シンボル関する利用ガイドを策定しており,2次元シンボルの用途を3つのカテゴリに分類し,省スペースに適したデータマトリクスを部品マーキング用途,大量のデータを扱えるPDF417を出荷ラベルやそのほかの一般用途,高速に読めるマキシコードを仕分け,追跡調査用途としていた(表3).

表3 AIAGの2次元シンボル利用ガイド
AIAGの2次元シンボル利用ガイド

米国で毎月開催されるAIAG委員会で,米国の日系自動車関連企業で使われ始めていること,ISOでもQRコードの規格化作業を開始しており,国際的に認められたコードであることを訴求した.審議中,委員からはデータマトリクスと比較してQRコードの技術的な優位性を何度も疑問視されたため,データ収容効率,読み取りスピード,シンボル破損時の誤り訂正能力などの技術的な要素について,QRコードはデータマトリクスより総合的に優位であることを第三者研究機関(米国の大学)の報告書で示した.唯一劣る点は,小さいシンボルサイズでの省スペースであり,これが後にマイクロQRコードの開発につながった.

QRコード追加の懸念点を全て払拭した結果,2000年にQRコードがAIAGのカテゴリ1の標準シンボルとして追加承認された.なお,AIAGでの規格化に際しては,JAMAやJAPIAからQRコードを標準シンボルとするように要請レターを提出してもらった.最後のプレゼンテーション時にはJAMAから委員が出席し規格化への支援を得た.これらの活動が契機になり,その後,米国・欧州・日本の自動車業界が共同で規格化作業(Joint Automotive Industry Forum)を行うようになった.それらの規格でもQRコードが採用された.

5.5.3 マイクロQRコードの規格化

1998年から始まったAIAGでのQRコードの規格化の過程で,QRコードとデータマトリクスとの性能比較があった。この時,シンボルサイズが小さい部分でデータマトリクスの方が省スペースであることが注目され,QRコードが窮地に立たされた場面があった.これは,QRコードのファインダパターンがデータマトリクスのそれより面積的に大きいことに起因する.データマトリクスのL字のパターンに対してQRコードは高速読み取りを実現するため3カ所にファインダパターンを配置しているからである(図18).

ファインダパターン
図18 ファインダパターン

シンボルサイズのすべての領域においてデータマトリクスより省スペースを実現するため,最も小さいモジュールサイズから4つ上のモジュールサイズまでファインダパターンを1個にしたマイクロQRコードを開発した.これにより,すべての領域においてデータマトリクスより省スペースを実現した.

マイクロQRコードの基本構造を図19に示す.図で一番外側の正方形は実際には必要ないもので,クワイエットゾーンを示すために便宜上記入してある.ファインダパターンは1つの頂点だけに配置し,データ領域を増やしている.

マイクロQRコードの構造
図19 マイクロQRコードの構造

タイミングパターンは白,黒のパターンが交互に配置されており,シンボルが歪んだり,セルピッチに誤差が生じたりしている場合にデータセルの中心座標を補正するために用いる.クワイエットゾーンは,シンボルの読み取りにあたって,シンボルを識別するために必要とされる白スペースであり,2セル以上が必要である.データはデータ領域(灰色)にコード化される.データ領域には,QRコードと同様にリード・ソロモン符号が配置されている.マイクロQRコードの概略仕様を表4に示す.シンボルの大きさは4つのみである.

表4 マイクロQRコードの仕様
マイクロQRコードの仕様

マイクロQRコードもISO規格化を目指した.2003年5月のSC 31パリ総会においてQRコードの場合と同様に,日本からプレゼンテーションを行い各国にアピールした.この時点では,QRコードの改訂時に規格に追加する予定であったが,国際議長およびWG 1からの要請によりNP提案を行うことになった.2003年にNP提案を行い,ISO/IEC 24719として登録された.その後,ISO/IEC 18004(QRコード)への統合を主張し,2006年に,マイクロQRコードを包含したISO/IEC 18004の第1回改訂版が成立・発行された.

マイクロQRコードは自動車部品に対するトレーサビリティの要求の高まりにも対応する目的があった.部品の追跡管理を行うためには部品に識別コードが添付されていなければならない.非常に小さい部品はコードを添付するスペースが限られているがレーザマーカの発達により,極小のコードをダイレクトマーキングして生産管理やトレーサビリティを行うことが可能になった.ダイレクトマーキングについては,ここでは詳細は述べないが経済産業省のプロジェクトとして規格化を行い,ISO/IEC 24720(SC 31)やISO 17350(TC 122)を成立させた.これらは事業拡大の一環として行った.

5.5.4 サプライチェーンにおける規格化

米国の2次元シンボルであるPDF417は,まずシンボル自体の業界規格(AIMI)を取得し,その後,いろいろな業界団体規格の取得,シンボル自体のISO規格取得,アプリケーション国際規格への採用という順番で推移した.それに対して,後発のQRコードは時間的な制限から,まず,ISO提案をするためのニーズに対応して,日本国内の業界団体のお墨付き(規格化は後回し)を得た.その後,自動認識業界規格(AIMI)からISO規格を取得し,アプリケーションの国際規格採用という順番で推進した.アプリケーションの国際規格採用の段階では先行するPDF417などに追いついた.

代表的なサプライチェーンに関するアプリケーション規格を表に示す(表5).サプライチェーンに関する基本的な規格をSC 31で行うかTC 122で行うかについての議論があった.米国内での主導権争いの結果,自動認識のサプライチェーンに関する基本規格はTC 122で行うことになった.その1つの要因はSC 31では流通系(EAN)の意見が強く,産業界(製造業)の意見が十分反映されないという危惧であった.

表5 サプライチェーンに関係する規格
サプライチェーンに関係する規格

IEC 62090はISO 22742の電子業界版である。この規格ではIEC TC 91の国際事務局は日本(EIAJ)であり,日本が大きな影響力を保持していたが,当初米国の戦略によりQRコードが排除された.その後,EIAJ理事の支援を得て復活した.

TC 122は,日本では日本包装技術協会(JPI)に国内対応委員会があった.しかし,JPIの委員は自動認識の専門家は皆無で,十分な規格審議ができない状態であり,QRコードの普及にとって喜ばしい状態ではなかった.そこで,日本自動認識システム協会(JAISA)に事務局を設け,関連する業界団体から成る物品識別標準化委員会を立ち上げ,国内体制を整えた(図7).

サプライチェーン規格は,表3に示すカテゴリと同じような階層構造になっている.たとえば,ISO 15394は輸送貨物に添付するラベルを規定しているが,1997年から作業が開始されており,QRコードの並行採用を働きかけたが,米国から拒否された.2006年からの改定作業で,やっとPDF417やマキシコードの代わりに,QRコードが使用できるようになった(図20).

ISO 15394のラベル例
図20 ISO 15394のラベル例

ISO 21849はISO 28219の航空宇宙産業に対応した規格であり,物品識別標準化委員会が対応し,QRコードが最初から採用されている.2005年頃からRFIDが盛んに議論され,さらにサプライチェーン(コンテナ)セキュリティが重要視されるようになった.そこで,RFIDを使用したサプライチェーン規格を米国と共同で提案した.この提案は5規格(ISO 17363-ISO 17367)から構成され,表3を6階層に拡大したものである.規格作成はTC 122とTC 104とのジョイントワーキンググループ(JWG)が担当し,2007年から2012年にかけて成立(改定)した.この階層の考え方と具体的事例から検証した課題をISO TR 17370として2013年に成立させた.これらの活動は,すでに述べたRHM規格(ISO/IEC 29133)の成立に貢献した。ISO 17364-ISO 17367の規格は2018年にTC 122からSC 31に移管され,現在も改定作業が行われている.

事業戦略という側面から検証すると,デンソーは,1980年からセブンイレブンが中心になった日本初のPOS(Point of Sales)システムの開発に参加するなど,元々得意な市場は流通市場であった.当初,自動認識関連の営業部隊が別会社であったため,プログラマブルコントローラなどを担当する工場関連の営業部隊はデンソーに存在したが,QRコードを扱うことができなかった.したがって,TC 122でのサプライチェーンに関するアプリケーション規格は,営業活動上,不得手な製造業(物流業を含む)に関連する規格になり,これらの規格制定が当時の営業活動に有効活用されることはなかった.

5.5.5 モバイル分野の規格化

携帯電話に自動認識技術が搭載される最大の理由は,携帯電話の通信機能を使用したリアルタイム性(いつでも,どこでも)にある.このリアルタイム性がユビキタスネット社会に不可欠な要素である.携帯電話に搭載可能な自動認識技術は大きく2つに分けることができる.1つはデータキャリアを搭載することで,もう1つはデータキャリアのリーダ(カメラ機能)を搭載することである.データキャリアとしては1次元シンボル,2次元シンボル,RFIDおよびコンタクトレスICカードなどがある.

2007年6月のSC 31プレトリア(南アフリカ)総会で,米国からモバイルRFID設立のための代表者会議(Ad Hoc)の概要が説明され,Ad Hocの設立が承認された.2008年の6月に開催されたSC 31トロント(カナダ)総会では,Ad Hocの成果を検証し,WG 6(Mobile Item Identification and Management)の設立を承認した.

WG 6はRFIDを主体とした内容であったが,提案されたアプリケーションはすでに日本ではQRコードを用いて実現しているものが多かった.そこで,日本からモバイルQRコードを提案するために,2009年に経済産業省のプロジェクトを立ち上げた.このプロジェクトは「モバイルORM(光学的読取媒体)の品質評価仕様および導入ガイドラインに関する標準化」として開始された.プロジェクトは,モバイル機器に表示(液晶,有機ELなど)したQRコードの品質評価手法の開発およびモバイル機器内蔵カメラで紙に印刷したQRコードを読み取る場合の性能評価方法の開発を行った.2010年6月に日本からNP提案を行い,賛成多数(13カ国)で通過したが,米国,韓国などからコメントが提出され,コメント対応のためタイトル変更,スコープ変更をおこなった.

プロジェクトエディタは日本と米国で行い,規格作成はWG 3(Conformance and performance)とWG 6のジョイントで行うことになり,規格番号はISO/IEC 16480に決定した.ワーキングドラフト(WD)は2011年から2012年にかけて作成し,最初のCD投票は2012年9月に締め切られ,賛成多数(19カ国)で通過したが,液晶に表示されたシンボルの評価方法など全く新しい技術評価のため,いろいろな意見が提出され3回もCD投票を行った.日本としては,QRコードの評価だけで早く完成させたかったが,1次元シンボルやほかの2次元シンボルの評価など,多くの意見が提出されコメントレゾリューションに時間がかかった.2015年に規格書として出版された.

流通分野はGS1(EAN☆7)が業界規格を作成している.QRコードをGS1規格とすべく活動したが,米国の反対が強く,1アプリケーション1コードの原則を崩すことはできなかった.モバイルQRコードの規格化を進める中で,やっと流通分野で,モバイル用途の標準コードにQRコードが認定された.モバイルQRコード規格化の過程で,日本の携帯3社や海外の通信事業者,携帯電話製造会社などにビジネス展開を持ちかけたがほとんど反応がなかった.

2012年頃から中国のモバイル決済市場が大幅な拡大を続けた.当時,中国で最も利用されていたモバイル決済サービスであるAlipay(支付宝)とWeChatPay(微信支付)の2016年の取引額は2.9兆ドル(約320兆円)にものぼり,4年間でなんと20倍も増加した.この拡大の背景には,中国簡体字に対応したQRコードの中国国家規格成立が大きな役割を果たしたと考えられる.

中国では偽札の出回りや詐欺といったさまざまな問題があり,第三者機関が信用保証を行う決済が,店頭においても大きな支持を得た.利用方法としては主に2つのケースがある.1つは,お店にQRコードの読み取り機がある場合である.レジなどにQRコードの読み取り機があり,支払いの際自分の携帯電話画面に支払いQRコードを提示,それを読み取ってもらうことで支払い完了となる.2つ目は,お店に支払いのQRコードが設置してある場合である.このケースでは自分の携帯電話の決済アプリを立ち上げ,店頭に表示されているQRコードを読み取り,アプリ上で金額を入力することで支払い完了となる.支払い完了画面を店員に見せることで購入終了という手順である(図21).

中国でのモバイルQRコード
図21 中国でのモバイルQRコード

デンソーは一時期,携帯電話を製造していたが,事業から撤退したため携帯電話関連の技術は失われていた.モバイルQRコードの事業展開については,QRコードを利用するたびに課金するというビジネスモデルを考えた.しかし,日本国内でも携帯電話のOSが5種類,ミドルウェアが7種類もあり,さらに携帯電話の進化スピードが速いため自力開発では,相当なソフトウェア部隊が必要であることが判明し,事業展開できなかった.

6.QRコードの進化

1994年にQRコードが開発され,その後,少ないデータ領域でデータマトリクスに対抗する目的もあって1998年にマイクロQRコードが開発された.QRコードに対する市場の要求の1つは,セキュリティ性の向上であった.そこで,QRコードの技術を踏襲した新しい2次元シンボルであるSQRCを2007年に開発した.SQRCは,データの読み取り制限機能を持ったQRコードである.

搭乗券や入場券などの読み取りを制限したいようなデータを扱う場合,印刷前にデータを暗号化し,読み取り後に複合化するなどの手順でも可能である.SQRCは対応のプリンタで印刷し,対応スキャナで読み取ることによって,容易に個人情報や企業内情報等の非公開情報をシンボル化し利用することができる.SQRCは当初,セキュリティQRコードと呼んでいたが,オープンコード(QRコード)とクローズコード(セキュリティQRコード)を共にQRコードと呼ぶと,米国からクレームがつく可能性があったため,名称をSQRCにした.

SQRCの欠点は,コピーされたシンボルでも読み取れるため,それを防止するためにはデータベース検索が必要になってしまう.そこで媒体に印字されたSQRCの上に更に特殊なインクを塗布することにより,複写機などによるシンボルの複製を阻止する複製防止QRコードが2011年に考案された.これにより,光学的読み取り媒体に対する3大リスクである「複製・偽造・改ざん」の全てを防ぐことが可能になった.

市場では,安全・安心を保障するためのトレーサビリティの要求が高くなり,部品の追跡管理を行うためには部品にコードの添付が必須になってきた.レーザマーカの発達により,電子部品,プリント基板や小さな自動車部品などに極小のコードをダイレクトマーキングすることが可能になった.QRコードもこれに対応するため,白黒反転,表裏反転(透過して読む)や左右反転(鏡に映して読む)に対応できるように,規格を2006年に改定した.しかし,部品によっては,印字スペースがない物や,部品自体が曲面の物が多く存在し,QRコードよりさらに実装効率の高いシンボルが要求された.そこで,QRコードの技術を踏襲し,QRコードより実装効率が約2倍のiQRコードが2008年に開発された.iQRコードは従来の四角形状のみならず,横長形状も可能になっている(図22).

QRコードの進化
図22 QRコードの進化

携帯電話の発達により,インターネットが手軽に使用できる環境が整い,アクセスが頻繁になるにしたがって,読み取るQRコードの目的を目視で知らせることのできるフレームQRが2014年に登場した(図23).フレームQRはコード内に自由に使えるキャンバス領域を持ったQRコードである.コード中央部に図形・文字等を自由に配置できるキャンバス領域を持ち,イラストや写真などのデザイン性を損なわずにコード内に配置することができる.2016年には,一般のQRコードリーダアプリで読み取ると,フレームQR読み取りアプリダウンロードサイトへ直接リンクし,専用アプリで読み取ると,フレームQRを読み取ることができるフレームQR-Kが発表された.

フレームQRコード
図23 フレームQRコード

電車の駅に転落防止用ホームドアの設置が進められているが,車両の扉の位置がそろわないなどの課題により遅れている.2019年に,デンソーウェーブは東京都交通局と共同で新型ホームドア開閉制御システムを開発した.これには,新開発のtQRが使用されており,車両のドアに貼り付けてホーム側から検知し,対応するホームドアの開閉を行うものである.

iQRコードの技術をベースにして、マイクロQRコードの長方形形状のバリエーションを長方形マイクロQRコード(Rectangular Micro QR Code : rMQR)として定義し,そのシンボル特性,データ文字エンコーディング方式などを規定する規格を2018年にSC 31に提案した.2021年に,DIS(Draft International Standard)が通過し2022年にISO/IEC 23941として成立,出版される見込みである.このように,QRコードは現在でも進化を続けており,世界で最も使用されている2次元シンボルになった.

コード自体の規格化では,企業トップの理解と英断が大きな推進力になった.普及させるためのアプリケーション規格では,経済産業省支援のプロジェクトが大きな役割を果たした.敢えて苦言を言うならば,日本発国際提案を推進するためには,事業存続の観点から,行政機関などでは提案技術の優先使用を義務づけるべきである.日本の車検証では当初,米国産シンボルの採用が予定されていた.QRコードに変更するのに多大の労力を必要とした.米国では,絶対ありえない事態であった.

最後にコードの開発,標準化の経緯,コードを利用したサービスの展開や企業経営の観点から見たコードなどについて,さらに詳しく知りたいと思われる読者は参考文献15)を読まれることを勧める.この本はQRコードの発表から25周年を記念して(株)デンソーウェーブが小川先生に依頼して執筆されたもので,広範囲な関係者のヒアリングにより,より正確な記述になっている.

参考文献
  • 1)ISO/IEC 646 : Information Technology - ISO 7-bit Coded Character Set for Information Interchange
  • 2)ISO/IEC 10646 : Information Technology - Universal Coded Character Set (UCS)
  • 3)ISO/IEC 16480: Information Technology - Automatic Identification and Data Capture Techniques - Reading and Display of ORM by Mobile Devices
  • 4)ISO/IEC 18004 : Information Technology - Automatic Identification and Data Capture Techniques - QR Code Bar Code Symbology Specification
  • 5)ISO/IEC 23941 : Information Technology - Automatic Identification and Data Capture Techniques - Rectangular Micro QR Code (rMQR) Bar Code Symbology Specification
  • 6)ISO/IEC TR 24720 : Information Technology - Automatic Identification and Data Capture Techniques - Guidelines for Direct Part Marking (DPM)
  • 7)ISO/IEC 29133 : Information Technology - Automatic Identification and Data Capture Techniques - Quality Test Specification for Rewritable Hybrid Media Data Carriers
  • 8)ISO TR 17350 : Direct Marking on Plastic Returnable Transport Items (RTIs)
  • 9)ISO TR 17370: Application Guideline on Data Carriers for Supply Chain Management
  • 10)ISO 15394 : Packaging ─ Bar Code and Two-Dimensional Symbols for Shipping, Transport and Receiving Labels
  • 11)ISO 22742 : Packaging ─ Linear Bar Code and Two-Dimensional Symbols for Product Packaging
  • 12)ISO 28219 : Packaging ─ Labeling and Direct Marking with Linear Bar Code and Two-dimensional Symbols
  • 13)JIS X 0510:情報技術─自動認識及びデータ取得技術─QRコード バーコードシンボル体系仕様
  • 14)JIS X 0208:7ビット及び8ビットの2バイト情報交換用符号化漢字集合(1997)
  • 15)小川 進:QRコードの奇跡,東洋経済新報社(2020)
脚注
  • ☆1 コードワード:内部データを構成する単位でQRコードでは8ビットを1コードワードとしている.
  • ☆2 リード・ソロモン誤り訂正符号:連続して発生する誤り(バースト誤り)を訂正することが可能な誤り訂正の方法で,高度な訂正能力がある.リード・ソロモン符号は,QRコード,ハードディスク,DVDの記憶装置,ADSLや宇宙通信などの分野等で用いられている.
  • ☆3 かんばん方式:トヨタ生産方式においてJIT(just-in-time)生産を実現するために,「かんばん」と呼ばれる情報伝達ツールを使って“後工程引き取り”を実施する工程管理手法のこと.「かんばん」とは,具体的には生産工程の各工程間でやりとりされる伝票で,後工程から前工程に対して引き取りや運搬の時期,量,方法,順序などを指示したり,前工程へ仕掛け(生産着手)を指示したりするもの.
  • ☆4 AIM(Automatic Identification Manufacturers)は1972年に米国で設立され,徐々に各国に支部を設立していった.1990年代はAIM International,2000年代はAIM Globalと名乗り,現在はAIM(Association for Automatic Identification and Mobility)と名乗っている.
  • ☆5 AIAG(Automotive Industry Action Group)は,1982年に設立され,北米自動車業界における生産性向上のための各種標準化活動などに取り組む,会員企業数約600社の非営利団体である.
  • ☆6 日本電子機械工業会(EIAJ)は1948年に無線通信機械工業会として設立され,1958年にEIAJに改称された.日本電子工業振興協会(JEIDA)はパソコンや電子部品に関連する企業によって構成され1958年に設立された.2000年11月にEIAJとJEIDAとが統合し電子情報技術産業協会(JEITA)になった.
  • ☆7 1977年に欧州12カ国で統一商品コードの登録管理機関としてEAN(European Article Number Association)協会が設立され,翌年に日本(流通システム開発センター)を含む欧州以外の国が参加し国際EAN(International Article Numbering Association EANまたはEAN International)協会に格上げされた.2002年に米国およびカナダが加盟し名実ともに国際機関になった.2005年国際EAN協会はGS1(Global Standard 1)に名称変更した.
  • ☆8 1986年に日本の自動認識関連企業が中心になってエーアイエムジャパン(AIMJ)を設立し,AIMの日本支部になった.1999年には任意団体であるAIMJを発展的に解消し,(社)日本自動認識システム協会を設立した.2004年に団体の英文名称をAIMJからJAISAに変更した.
  • ☆9 QRコード,マイクロQRコード,SQRC,iQRコード,フレームQR,フレームQR-K,tQRは(株)デンソーウェーブの登録商標である.
柴田 彰
柴田 彰(非会員)shibata7825@ya2.so-net.ne.jp

1947年生まれ.1971年日本電装(株)に入社.自動車のABS,電子燃料噴射装置,エアコン,オートドライブなどの制御装置の開発・設計業務に従事.1980年より日本で最初のPOSシステムの開発プロジェクトに参加.以後CCDセンサーを用いたハンディリーダやターミナルの開発・設計業務に従事.1995年よりQRコードの国際標準化に従事.2001年(株)デンソーウェーブ設立と同時に出向.2011年(株)デンソーウェーブ退社,同時に自動認識コンサルタント設立し,(株)デンソーエスアイと業務契約.2015年,デンソーエスアイと業務契約終了し現在に至る.

受付日:2022年1月6日
採録日:2022年1月26日
編集担当:福原知宏(所属)

会員登録・お問い合わせはこちら

会員種別ごとに入会方法やサービスが異なりますので、該当する会員項目を参照してください。