会誌「情報処理」Vol.63 No.8(Aug. 2022)「デジタルプラクティスコーナー」

日本発のITサービスを支えるIT基盤のエネルギー効率指標の国際標準化

五十嵐和人1,2  大田原実2  原 聖宣2  吉野松樹2

1東京大学  2(株)日立製作所 

IoTの浸透などに伴って蓄積されるデータは増大し,それらデータの分析等の需要拡大によって,データ処理にかかわる消費電力量は増加している.一方で,脱炭素社会の実現が課題となっているように,IT分野においても省エネルギー化が求められている.筆者らは,これまで注目されていたハードウェアのみならず,データ処理に使用するミドルウェアを含めたプラットフォームとしての省エネルギー化を進めるために,世界共通の物差しとして使用可能なエネルギー効率指標の規格開発を進めてきた.本指標は,ITにかかわる効率指標を開発しているISO/IEC JTC 1/SC 39に提案し,2021年に国際標準規格ISO/IEC 23544 Application Platform Energy Effectiveness (APEE)として発行された.APEEは,データ処理に限定せず,より一般にITサービスを対象とすること,さらに,ハードウェアだけではなくOSやミドルなどのソフトウェアまで含めたプラットフォームを対象とすることの2点を特徴としたエネルギー効率指標である.規格開発においては,SC 39に参加している各国の委員に対して指標の必要性を伝えることが課題となった.そこで,ソフトウェアを工夫することによりエネルギー効率が改善することを,測定の実例を示す等の工夫を凝らし,各国の主要な委員を訪問しての丁寧な説明を繰り返し実施した.これらの対応によって,徐々に,省エネルギー化におけるソフトウェアの重要性が伝わり,本指標への賛同を得ることができた.また,エネルギー効率の算出に必要な消費電力量の測定方法を決めることも課題となり,規格の活用場面を想定し,最適な方法を選択した.本稿では,規格開発に直面した,上記の課題と対応策を紹介する.

1.活動の概要および本稿の構成

筆者は,2016年から2021年に,エネルギー効率指標の国際標準化に従事した.本エネルギー効率指標は,2018年6月に我が国がISO/IEC JTC 1/SC 39に対して新規作業項目の提案(NP)を実施し,規格開発を行ったものであり,2021年6月に,ISO/IEC 23544:2021 Information Technology - Data centres - Application Platform Energy Effectiveness (APEE)[1](以下,APEEと呼ぶ)の名称で国際規格として発行された.

JTC 1は,ISO(国際標準化機構)とIEC(国際電気標準会議)の合同技術委員会であり,情報技術分野の標準化を行っている.SC 39は,JTC 1の小委員会の1つであり,Sustainability, IT and data centresを検討テーマとし,ITやデータセンタにかかわるさまざまな指標を開発している.筆者は,SC 39委員,およびSC 39/WG1のエキスパートとして委員会に参加し,新たなエネルギー効率指標であるAPEEの提案および国際標準規格(IS)発行までの諸活動を推進した.

本稿では,APEEの規格開発を通じて得られた知見を,開発の背景や規格の概要とともに紹介する.

本稿の構成は次のとおりである.第2章でAPEEの開発背景を述べ,第3章でAPEEの概要を説明する.APEEの規格開発において直面した課題の具体例として,第4章でAPEEに対する反対国への対応,第5章で電力測定に対する指摘への対応を述べる.第6章でAPEEを使用した研究事例を紹介し,第7章で本稿をまとめる.

2.規格開発の背景

IoTの浸透などに伴って蓄積されるデータは増大し,それらデータの処理等の需要拡大によって,データ処理にかかわる消費電力量は増加している.その中でもデータセンタは,ITを担う中枢部分であるとともに,大量のエネルギーを消費する施設として知られている.図1は,全世界のデータセンタの消費電力量の予測を示したものである.2018年時点の消費電力量が190TWHであるのに対して,機器の高性能化や高密度化,それに伴う発熱量の増加に伴い,30年後の2050年には504,000TWHにまで,約2,600倍に増加すると予測されている[2].

データセンタの消費電力量の推移,文献[2]を元に作成
図1 データセンタの消費電力量の推移,文献[2]を元に作成

近年,我が国をはじめとする各国において,脱炭素,省エネルギー,カーボンニュートラルなどが盛んに推し進められており,データセンタもこれらとは無関係ではない.むしろ,データセンタは,エネルギー効率を向上させることで,消費電力量の増加を少しでも抑えるような積極的な行動が,社会から求められている.

このような状況にあって,ITのエネルギー効率の向上のために,IT機器を効率よく使うソフトウェア技術の研究が進んでいる.たとえば,茂木らは超省エネルギー型データベースエンジンを考案しており,特定事象に関連するデータの抽出処理において,従来型エンジンと比較して約120倍のエネルギー高効率化を実現している(図2)[3].ほかにも,データセンタの効率的な運用のために,ハードウェアの性能向上のみならず,ソフトウェアが積極的に関与することの必要性が指摘されている[4].

エネルギー消費効率向上率(文献[3]を元に作成)
図2 エネルギー消費効率向上率(文献[3]を元に作成)

このようなソフトウェア技術の開発が進む中で,徐々に,ソフトウェアのエネルギー効率への貢献を,定量的に評価できる指標の必要性が明らかになってきた.指標があれば,省エネルギー化を実現するソフトウェアの技術を評価して競える環境が構築でき,そのようなソフトウェアの開発を我が国がリードすることが期待できる.しかし,ITにかかわるエネルギー効率指標を調査したものの,データセンタ全体の電力やハードウェアを対象としたものが多く,ソフトウェアに焦点を当てた指標はなかった.そこで,ソフトウェアのエネルギー効率への貢献を定量的に評価できる指標を開発することとした.

3.エネルギー効率指標APEE

APEEは,ソフトウェアのエネルギー効率への貢献を評価することに焦点を当てた指標である.一般にエネルギー効率は,仕事の成果と,成果を得るために投入したエネルギーの比である.ソフトウェアの場合,ソフトウェアをインストールしたサーバや使用する各種ハードウェアが,電力をエネルギーとして消費する.APEEでは,それらソフトウェアやハードウェアを包含し,ITの利用者から見える部分である「ITサービス」を,エネルギー効率を測定する単位とした.ITサービスとは,ITを活用して,利用者に,価値のある成果を提供するサービスである.ITサービスの例として,企業における顧客関係管理や財務管理,身近なところでは,ソーシャルネットワークサービス(SNS),スマートフォンにおけるメッセージングサービス,音楽のストリーミングサービスなどがある.

APEEでは,ITサービスを実現するための基盤をIT基盤と定義した.IT基盤は,ソフトウェアとハードウェアからなり,その上でアプリケーションソフトウェアが動作することでITサービスが生まれる.IT基盤を測定対象とすることで,ハードウェアとソフトウェアのエネルギー効率を評価する(図3).

図3 APEE概略図

3.1 定義式

APEEは式(1)のように定義される.

APEE IT基盤,ITサービス = ITサービスの成果量 IT基盤の消費電力量 (1)

Eコマースのようなトランザクション処理は,大量のトランザクションを処理するための高い並列度を持つCPU構成のサーバや,高速な通信を実現するためのネットワーク機器が必要である.また,ビッグデータの分析は,大量のデータを格納,および高速に読み書きして処理を実行できるように,大容量かつ高スループットのストレージ装置が必要である.このように,IT基盤は,目的とするITサービスに応じた適切な構成があり,あるITサービスにおいて性能のよいIT基盤が,ほかのITサービスにおいても性能がよいとは限らない.そのため,APEEは,測定対象のIT基盤に加え,ITサービスを決めて測定する.

以降の節で,分子のITサービスの成果量,および分母のIT基盤の消費電力量を解説する.

3.2 ITサービスの成果量

ITサービスの成果量の定義は,ITサービスを利用することで,利用者が得る成果の量であり,ITサービスの1回の利用で得る成果を,成果量1とする.たとえば,Eコマースでの売り上げを分析するITサービスにおいて,このITサービスの1回の利用で1日分の売り上げの分析結果のレポートを得るとすると,「1日分の売り上げの分析結果のレポート」がITサービスの成果量1である.

APEEの測定者は,測定対象のIT基盤,およびITサービスを決め,ITサービスを模しているアプリケーションソフトウェアをベンチマークプログラムとする.ベンチマークプログラムの1回の実行はITサービスの1回の利用に相当するため,ITサービスの成果量はベンチマークプログラムの実行回数である(式2).

ITサービスの成果量 = ベンチマークプログラムの実行回数 (2)

3.3 ベンチマークプログラム

現在,さまざまなベンチマークプログラムが公開されている.CPUの性能を測定するベンチマークプログラムの1つとしてLINPACK[5]がある.LINPACKは,線形方程式を解く性能を測るものであり,性能の指標は,時間あたりの浮動小数点演算の回数である.また,CPUに着目した別のベンチマークとして,SPEC CPU 2017[6]がある.SPEC CPU 2017は,サーバの平均的な使い方を想定した複数のワークロードを実行し,それらの実行性能を総合してサーバの性能とする.このように,一般にベンチマークプログラムは,問題を決め,その問題を解く性能を数値化することで,各種機器の性能を比較可能としている.

APEEでは,ITサービスは可変であり,ベンチマークプログラムが対象とする問題も可変である.そのため,APEEはベンチマークプログラムを固定せず,測定者がITサービスに応じて柔軟にベンチマークプログラムを選べるようにした.

具体的には,APEEには,ベンチマークプログラムに対する必須要件があり,測定者は,要件を満たすベンチマークプログラムのみが使用可能である.要件を満たす範囲で,さまざまな既存のベンチマークプログラムが使用可能であり,自分で作成したプログラムをベンチマークプログラムとして使用することもできる.後者は,測定の対象とするITサービスを実現するためのアプリケーションソフトウェアが存在する場合に有効であろう.

3.4 IT基盤の消費電力量

分母の消費電力量は,ITサービスの成果を得るためにIT基盤が消費した電力量(kWh)であり,IT基盤を構成するすべてのIT機器の電力量を,電力計を使って測定する.APEEは,電力計が満たすべき要件を決めており,参考のために要件を満たす電力計の一覧を掲載している.

3.5 APEEの活用

APEEの活用が有効な場面として,ITサービス開発時のIT基盤の選定での利用がある.例として,データ分析のITサービスを開発することを考える.IT基盤にはさまざまなパターンが考えられ,サーバでは,低スペックのものを大量に並べるパターンと,高スペックのものを少数用いるパターン,ソフトウェアでは,OSSの分析ソフトウェアを用いるパターンと,商用の分析ソフトウェアを用いるパターンがある.それらを組み合わせることで,サーバとソフトウェアの組合せが合計4パターンでき,それぞれのエネルギー効率をAPEEで評価して,IT基盤選定の1つの基準とすることができる.このようにAPEEを活用することで,ITサービスの省エネルギー化を実現し,電気料金の削減やカーボンニュートラルへの貢献が可能となる.

また,製品やサービスのエネルギー効率のアピールにAPEEを利用することも可能である.エネルギー効率を可視化し,製品やサービスを選定する際に考慮できるようにすることで,エネルギー効率の高い製品やサービスの普及につながると考える.

4.規格成立までの道のり

ISOでの規格開発は,新規提案(NP)のフェーズから始まる.新規提案が承認されると,委員会原案(CD),国際規格原案(DIS),最終国際規格原案(FDIS)と進み,国際規格(IS)として発行される(図4)[7].

図4 ISOにける規格開発の流れ

各フェーズにおいて,次のフェーズに進むためには,委員会に参加している各国の投票で承認を受ける必要がある.規格開発を進めていくためには,参加している各国に賛成投票をしてもらい,賛成票を確保することが非常に重要である.

4.1 新規提案への反対と反対理由の分析

新規提案に対する投票において,イギリス,ドイツ,フランスが反対票を投じた(イギリスからは,誤って賛成で投票したが本当は反対である,との発言があった).反対投票には,反対理由を記載する必要がある.反対の3カ国は,それぞれ同様の反対理由を記載しており,それらの主張をまとめると,APEEは実績がなくて未成熟な指標である,というものであった.

イギリス,ドイツ,フランスの3カ国は,SC 39の会議に積極的に参加している国であり,会議でこれらの国々がAPEEへの反対を積極的に主張すると,賛成や棄権した国々に対してマイナスの影響が生じると考えた.そのため,筆者らは,反対の3カ国が,なぜ先に述べたような理由で反対したのかの背景を考え,反対を抑える方法を検討した.

新規提案の投票は,提案国が専用のフォームを提出し,受理されることで始まる.フォームには,投票国が規格内容を理解できるように,規格文書も添付することが望ましいとされている.しかし,APEEの新規提案の時点では,規格の細部はまだ検討中であったため,規格のスコープや概要,章構成のみを記載したものを添付文書とした.このように,エネルギー効率の対象や測定方法などの主要な事柄を記載しなかったことが原因で,APEEの詳細が投票国に明確に伝わらず,イギリス,ドイツ,フランスが反対票を投じたと考えた.

ヨーロッパで実施された,データセンタの省エネルギー化のプロジェクトは,データセンタを単位としたエネルギー効率指標に言及していた[8].先の原因によって,データセンタ単位のエネルギー効率指標とAPEEとの違いが明確にならなかったために,同様の指標であれば開発は不要と判断し,反対票を投じたと考えた.

4.2 反対国への説明の実施

対策として,筆者らは,反対の3カ国の委員を訪問し,APEEを説明することとした.訪問に合わせて,これらの国々と横のつながりのあるヨーロッパの国々に対しても,賛成票の維持を目的とし,委員を訪問してAPEEを説明した.説明の主なポイントは下記の3つである.

1点目は,APEEが机上のアイディアではなく実際に測定可能な指標である,という点である.APEEの測定環境を構築して測定事例を作成し,事例をもとに,測定手順や測定結果を説明した.

2点目は,APEEが省エネルギー化に貢献する指標である,という点である.3.5節に記載したユースケースを使用して,APEEが普及することで省エネルギー化が進むことを説明した.

3点目は,APEEはデータセンタ単位の指標ではなく,ITサービス単位の指標である,という点である.それによって,ヨーロッパのプロジェクトで言及された指標と重複するものではないことを説明した.

4.3 各国とのコミュニケーションの増進

SC 39では,年に2回,規格検討の国際会議を対面で実施しており,開催地は各国の立候補で決める.筆者らは,提案国である日本で会議を開催すれば,さまざまな場面で各国の委員とAPEEについて会話する機会を多数設けることができるのではないかと考えた.そこで,日本でSC 39にかかる検討を実施する,電子情報技術産業協会(JEITA)のデータセンタ省エネ専門委員会,および同専門委員会の事務局に多大なご協力をいただき,日本にSC 39の総会,および作業部会の国際会議を招致することにした.

日本での国際会議の開催期間に,筆者らは,ランチタイムや会議前後の時間を活用し,各国の委員とAPEEについて多く会話することができた.これは,APEEへの反対国だけでなく,賛成や棄権の立場の国に対しても,関係を維持するうえで役立ったと考える.また,議論における宿題事項を日本の関係者と検討する際に,ヨーロッパやアメリカでの会議の場合には,日本との時差が大きいために関係者とのリアルタイムな会話が難しく,回答が遅くなることが多かった.日本での開催では,時差や物理的な距離なく関係者と会話することができ,素早く回答することが可能であった.このように国際会議を日本に招致したことは多くの利点をもたらし,APEEの規格成立において重要な役割を果たした.

4.4 得られた成果と知見

各国への訪問や日本への国際会議の招致によって,当初反対の3カ国の投票は,最終的に,2カ国の賛成,1カ国の棄権となり,反対票をなくすことに成功した.

各国への訪問と説明を繰り返す中で得られた知見は,相手に応じた説明が重要だ,ということである.SC 39では,多くの委員がデータセンタの建屋や電気設備などの専門家であった.そのため,ソフトウェアを変えることでエネルギー効率が変わることに対して,懐疑的な委員が多かった.筆者らは説明の中で,ハードウェアとソフトウェアの連携した挙動を視覚化するなどし,エネルギー効率が向上することを丁寧に説明した.その結果,消費電力量が下がり,エネルギー効率が向上することが伝わり,APEEの支持につながった.

5.電力測定に対する指摘への対応

規格検討の当初,すでに成立しているSC 39の規格を参考にして,APEEで規定する内容を検討した.APEEと同様にエネルギー効率を規定している規格において,消費電力量は,「サーバの消費電力量の実測値」などの書き方をしており,詳しい測定方法を規定していないものがあった.APEEでも先の記載を参考にして,電力測定に関しては,細かな要件を規定しない方針とした.

規格開発を進めていく中で,アメリカの委員から,APEEの値の正確性を担保するために,電力測定の方法や使用できる電力計の要件を細かく決めるべきである,との指摘があった.この指摘はもっともだが,APEEで一から電力測定に関する要件を検討すると,規格開発の期間が予定よりも1年ほど伸びることが予想された.

5.1 他規格の規定の参照

先の指摘に対して,筆者らは,SC 39で規格開発中のサーバのエネルギー効率指標ISO/IEC 21836 Server energy effectiveness metric (以下,SEEMと呼ぶ)[9]の電力測定要件を参照することで対応することとした.SEEMは,サーバのエネルギー効率指標であるStandard Performance Evaluation Corporation (SPEC)のSERTを国際規格にしたものである.SERTは,アメリカの環境保護庁(EPA)が定めた省エネルギー化のプログラムENERGY STARで使用されており,サーバのエネルギー効率指標の事実上の標準である.

SEEMのプロジェクトエディタは,SPECの要職を務めており,彼に対してAPEEでSEEMの要件を参照したいと打診したところ,大いに歓迎された.加えて,彼はAPEEのよき理解者となってくれ,彼からは電力測定以外にもAPEEに対する多くのアドバイスをもらい,APEEの規格開発が円滑に進むことにつながった.

5.2 重要度の低い規定の削除

規格検討の当初,消費電力量の求め方として,電力計を使った実測の方法に加えて,IT機器の仕様書に記載の最大消費電力を用いて,机上の計算で求める方法も記載した.最大消費電力は,実際の消費電力よりも大きな値であるため,最大消費電力を用いたAPEEの値は,消費電力量を実測したAPEEの値よりも,エネルギー効率として低い値となる.あくまで,簡易的にAPEEを求めるための選択肢とし,APEEを測定するハードルを下げて,APEEの普及を促進させることを狙い,最大消費電力による消費電力量の求め方を規定することとした.

最大消費電力を用いる方法は,SC 39の既存の規格にも存在するため,各国との議論において,本方法が話題に上ることはないと筆者らは考えていた.しかし,最大消費電力に対して,最大消費電力を公開していないメーカがあるから使用できない,仕様書上の最大消費電力は実際の消費電力の3倍以上であるため実測したAPEEとの乖離が大きすぎる,などの反対意見が続出した.

当初はそれらの反対意見に反論したものの,なかなか議論が収束しなかった.最大消費電力を用いる方法は,APEEの普及促進を狙ったもので,かならずしも筆者らが規格を利用する上で必要なものではなかった.そこで,筆者らは,本方法を規格文書から削除することで,規格開発を先に進めることとした.このように,議論がまとまらない規定があり,規格の活用場面においてその規定の重要度の低い場合,規定そのものを削除することは,規格開発を進めるうえで効果的な対処方法の1つである.

6.APEEを使用した研究事例

APEEは,サーバ上でOSやミドルウェアを直に実行する環境で測定する.現実のデータセンタでは,機器の有効利用や開発効率の向上などのために,仮想化による機器の集約が進んでいる.さまざまなITサービスが仮想化で集約された環境においてAPEEを測定する場合,特定のITサービスの消費電力量をどのように定義するかが課題となる.そこで,筆者らは,データセンタにおけるAPEEを活用した省エネルギー化を目指し,仮想化で集約した環境でのAPEEの推定方法を検討した[10].

7.これまでの総括と今後の展望

本稿では,エネルギー効率指標APEEを解説するとともに,規格開発で直面した課題と,その課題の解決を通じて得られた知見を紹介した.今後は,本指標を活用し,エネルギー効率のよいプラットフォームの開発を進めて普及させることで,ITのグリーン化に貢献したい.加えて,今後,国際規格の開発に携わる方々に,本稿で紹介した知見が参考になれば幸いである.

参考文献
  • 1)International Organization for Standardization : ISO/IEC 23544:2021 Information Technology - Data centres - Application Platform Energy Effectiveness (APEE).
  • 2)JST:低炭素社会実現に向けた政策立案のための提案書,情報化社会の進展がエネルギー消費に与える影響(Vol.2)―データセンター消費エネルギーの現状と将来予測および技術的課題―.
  • 3)茂木和彦,西川記史,木村耕治,早水悠登,合田和生,喜連川優:データベースエンジン省エネルギー実行による業務模擬処理における省エネルギー効果の評価, DEIM Forum 2021 B31-2.
  • 4)Ezra, A. : Renewable Energy Alone Can’t Address Data Centers’ Adverse Environmental Impact, https://www.forbes.com/sites/forbestechcouncil/2021/05/03/renewable-energy-alone-cant-address-data-centers-adverse-environmental-impact/?sh=2c8bd2a45ddc (2022年1月7日に閲覧)
  • 5)Dongarra, J. J., Luszczek, P. and Petitet, A. : The LINPACK Benchmark : Past, Present and Future, Concurrency and Computation : Practice and Experience, John Wiley & Sons, Ltd., Vol.15 (9).
  • 6)Standard Performance Evaluation Corporation : SPEC CPU 2017, https://www.spec.org/cpu2017/
  • 7)International Organization for Standardization : ISO/IEC Directives, Part 1 Consolidated ISO Supplement ─ Procedures for the Technical Work ─ Procedures Specific to ISO.
  • 8)DOLFIN : Smart City Cluster Collaboration, Existing Data Centres Energy Metrics ─ Task 1, http://www.dolfin-fp7.eu/wp-content/uploads/2014/01/Task-1-List-of-DC-Energy-Related-Metrics-Final.pdf (2022年1月7日に閲覧)
  • 9)International Organization for Standardization : ISO/IEC 21836:2020 Information Technology ─ Data Centres ─ Server Energy Effectiveness Metric.
  • 10)五十嵐和人,大田原実,原 聖宣:アプリケーションを含めたITサービスのエネルギー効率指標の提案, DEIM Forum 2018 C7-3.
  • 本規格開発の遂行にあたり,東京大学の喜連川優特別教授と合田和生准教授から,多くのご指導をいただいた.図2の試験は日立製作所の茂木和彦氏,西川記史氏,木村耕治氏によるものである.ここに深く感謝の意を表する.また,本成果の一部は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP16007)の結果得られたものである.

五十嵐和人(非会員)igarashi@tkl.iis.u-tokyo.ac.jp

2006年(株)日立製作所に入社.データベース管理ソフトウェアや,社内のデータ利活用基盤の設計開発を担当.2016年ISO/IEC JTC 1/SC 39委員およびISO/IEC JTC 1/SC 39/WG1エキスパート.2021年から国立大学法人東京大学においてデータ分析にかかわる研究に従事.

大田原実(非会員)makoto.ootahara.ob@hitachi.com

2010年(株)日立製作所に入社.データベース管理ソフトウェアの開発を担当.2016年ISO/IEC JTC 1/SC 39国内委員.

原 聖宣(非会員)kiyonori.hara.zq@hitachi.com

1998年(株)日立製作所に入社.データベース管理ソフトウェアの開発を担当.2020年ISO/IEC JTC 1/SC 39国内委員.

吉野松樹(正会員)matsuki.yoshino.pw@hitachi.com

1982年東京大学理学部数学科卒業.同年,(株)日立製作所入社.1988年米国コロンビア大学大学院修士課程修了(コンピュータサイエンス専攻).2011年大阪大学大学院情報科学研究科博士後期課程修了.博士(情報科学).本会フェロー.2020年~2022年本会論文誌デジタルプラクティス編集委員長.

受付日:2022年1月31日
採録日:2022年3月25日
編集担当:大嶋嘉人(NTT)

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