少子高齢化やCOVID-19のまん延の影響から,従来の家族や地域とのつながりが希薄化し,コミュニケーションの在り方が変化しつつある.特に,超高齢社会の日本においては,65歳以上の高齢者の孤独死が社会問題となっている.この問題を解決するためには,オンラインコミュニケーションだけでなく,高齢者と社会をつなぐシステムの登場が期待されている.
Granovetterは,家族のような強いつながりよりも,知り合いの知り合いといった弱いつながりがコミュニティの橋渡しとなることを示しており,「弱い紐帯の強さ」として知られている[1].これは,閉じられた強いコミュニティの外部と関わりを持つことで,結果として幅広い選択肢を得ることができると考えられる.また,核家族化が進んだ現代において,自身の親であっても毎日連絡をとるような関係を続けることは難しい.また,頻繁に連絡を取り合っていても,離れて暮らしている場合は,緊急時には誰かが代わりに様子を見ることが必要となる.そのため,最低限相手の様子を把握でき,緊急時には自治体や事業者などを通じて一次対応ができるような「ゆるやかなつながり」が,現代のコミュニティ形成において求められる.そのためには,たとえば,ZoomやSkypeなど,人同士のオンラインコミュニケーションを支援するシステムだけでなく,コミュニケーションを媒介するインタフェースとして対話エージェントを用いた人と社会をつなぐことを目的としたシステムが必要である.
そのようなシステムとは,すなわち,高齢者とその家族,基礎自治体に対して,対話エージェントを介した「ゆるやかなつながり」による見守りが行われる場を提供し,この社会問題を解決するシステムである.AIと対話エージェントを用いて人と人の「ゆるやかなつながり」を創出することで,新しい形の「強いコミュニティ」が形成されると考える.
我々は,離れて暮らす高齢者とその家族(以下,親世代と子世代と呼ぶ)が,お互いに元気でいることを,負担なく共有できることで,持続可能な見守りサービスが実現できると考えた.そこで,これまでのサービス開発の知見をもとに,親世代とその子世代,基礎自治体がゆるやかにつながるプラットフォームとして見守り支援AIシステム「元気スコアドットコム」を開発した[2].
本研究では,離れて暮らす親世代とその子世代に元気スコアドットコムを利用してもらい,元気スコアドットコムを通じて,親世代と子世代がゆるやかにつながることができるか,その実現可能性について検証する.
本章では,先行研究から得られた見守りサービスについての課題と,我々の提案手法について示す.
従来の見守りシステムは,親世代,子世代にとって双方負担になるものであった.我々がこれまで実証実験などを通じて行った聞き取り調査では,親世代は,監視されているような印象を受け,見守りシステムの導入を嫌うことがあった.また,見守る側である子世代からは,詳細な見守りは必要としておらず,特別に連絡を取る必要があるような緊急時だけ知ることができれば十分であるといった意見も聞かれた.
また,日本の基礎自治体では,高齢者福祉施策として,厚生労働省が提供している「基本チェックリスト」を用いた聞き取り調査が定期的に実施されている[3].基本チェックリストは,外出しているか,家族や友達の相談にのっているかなど,日常生活や心身の健康に関する25問で構成されている.しかし,聞き取りにあたっている医療従事者からは,「質問項目が多く,対面による単調な調査では,回答者である高齢者が怒り出してしまうこともある.」との話を聞いている.COVID-19のまん延の影響もあり,このような対面でのコミュニケーションに代わって,高齢者が元気でいるかどうか,継続的に聞き出す仕組みが必要であると考える.
我々は,先行研究において,高齢者向け生活支援アプリ「御用聞きAI」を開発し,社会と高齢者をつなぐシステムに必要となる要件を明らかにする実証実験を行った[4], [5].実証実験では,買い物支援やコミュニティバス情報の配信といった地域事業者や基礎自治体と連携した支援を提供しながら,入出力のインタフェースやサービスに必要な機能について検証を行った.結果,シンプルなタップ操作で利用できる選択式対話のインタフェースが有効に機能することが分かった.
一方で,支援サービスの提供には課題が見つかった.配達など人手を必要とする従来型の生活支援サービスは,地域事業者の人的負担を考慮することが必要であり,継続が困難であった.そのため,持続的な支援サービスを提供するためには,利用者自身の情報を引き出し家族や地域と共有することが必要であるという知見を得た.
我々は,エージェント対話システムを活用して,親世代とその子世代,そして基礎自治体をはじめとした地域コミュニティが「ゆるやかにつながる」ことで,それぞれに人的,心理的負担のない,持続的な見守り支援を実現することが可能ではないかと考えた.そのためには,できる限り簡単な操作で,親世代の日々の元気を知ることができ,それを子世代や基礎自治体などと共有する仕組みが必要となる.
図1に元気スコアドットコムによる見守りの全体像を示す.元気スコアドットコムは,簡単なボタン操作のみで,1日1回,利用者が元気であるかどうか「元気キロク」を行うことができる.また,日々の利用状況と元気キロクの結果をもとに「元気スコア」を算出し,元気の推移を把握する目安として提示する.元気スコアドットコムでは,利用者同士が「大切な人」という名称でつながることができ,お互いの元気キロクや元気スコアを確認することができる.また,利用者が元気キロクを行った際,大切な人として登録されている利用者の元気スコアが通知される.また,元気キロクとは別に,利用者の生活状況に関して聞き取りを行う「セルフチェック」機能や,記憶力や反射神経を刺激するような簡単なゲームが利用できる.
元気スコアドットコムの主要機能として,単純なボタン操作で行える元気キロク機能を実装した.利用者は1日1回,元気キロク機能を用いて,元気であるかどうかを記録する.記録した結果は,家族などの事前に登録した大切な人と,基礎自治体やシステム管理者に通知される.また,毎日の元気キロク結果は,カレンダー上に記録され,これまでの記録結果を振り返ることができる.
元気スコアドットコムのスクリーンショットを図2に示す.図2(a)は元気キロク画面のスクリーンショットである.元気キロク画面上部の青いヘッダーには,日付と現在の元気スコア,利用状況に応じたランキングや特典の情報を表示している.また,ヘッダーの下にはお知らせが表示される.中央の黄色い「今日,私は元気です」ボタンをタップすることで,1日1回,元気キロクが行える.元気でない場合は,白い「しんどいときは」ボタンをタップすることで記録する.それ以降には,セルフチェック機能等,任意に利用できる機能や設定変更などのボタンが表示される.図2(b)は元気キロクを行った際,大切な人に通知されるメッセージである.大切な人への通知はSMSで送信される.
元気スコアドットコムでは,自身と家族の元気を把握する目安として「元気スコア」を提示する.元気スコアは,本サービスの利用状況を元に,利用者の元気を100点満点で数値化したものである.元気スコアの算出方法は,6つの評価尺度により内部評価点を算出し,その合計得点を元気スコアとする.内部評価点は,(A)普段のタップ位置との乖離,(B)一日の元気記録結果,(C,D)一日と直近7日間のタップ回数,(E,F)一日と直近7日間のセルフチェック対話結果に基づいており,配点は以下のとおりである.\[\begin{split} 元気スコア ={}& A \times 30 + B \times 20 + ( D + F) \times 15 \\ &{}+ ( C + E ) \times 10 \end{split}\]
元気スコアは,利用者の普段の元気を定量的に示した指標として用いる.元気スコアの日々の変化を提示することで,継続的に利用されているか,普段と違った利用がなされているかにより増減し,普段との違いを評価する意味がある.
図2(c)は,1週間の元気スコアの推移である.元気スコアは,1日の最大値と最小値を記録しており,直近1週間の元気スコアの推移をグラフ表示し,自身および大切な人に提示する.
加えて,直近2週間の利用データをもとに,今後1週間の元気スコアを予測し,普段との違いを検出する特異性検知により,実際に記録された元気スコアが予測と乖離する場合には,家族や基礎自治体に対して,利用者への連絡を促す.これにより,普段の利用状況と大きな違いがみられた際に,異変を知らせる見守りとしての役割を果たす.
利用者から情報を聞き出す機能として,元気の記録に加えて,日常生活や健康状態について簡単な調査を行う「セルフチェック」機能を実装した.セルフチェックは,ユーザインタフェースとしてエージェントとの選択式対話を用いている.選択式対話は,エージェントの発話と利用者の解答候補となる選択肢を画面に表示し,利用者は提示された複数の選択肢から回答を選んで対話する手法である.渡辺らは,選択式対話を用いた商品販売の実証実験において,商品販売というタスクを満たしながら顧客の情動を喚起する対話戦略と対話シナリオを提示している[6], [7].
図2(d)は,セルフチェックの対話画面である.画面上に対話エージェントとその発話が表示され,音声で読み上げを行う.利用者はその下に提示された選択肢をタップして対話を行う.対話内容はフローチャート形式の対話シナリオで定義されている.セルフチェック機能の対話シナリオは厚生労働省が提供している「基本チェックリスト」をもとに作成し,選択式対話を用いて,毎日少しずつ利用者の情報を聞き出すようにした.
我々は,エージェント対話システムにおいて,質問応答対話を円滑に進める対話設計手法として,標準対話構造と対話デザインパターンを構築した[8].そして,これらの手法を用いて,基本チェックリストの25の質問項目に対応した対話を実装した.
人は話をする際に,異なる話題であっても似通った対話の進めた方をしており,その対話の進め方は,一定のシンプルな構造で整理することができるのではないかと考えた.我々は,質問応答対話について分析を行い,対話に共通する構造を整理し,それを人–エージェント対話における「標準対話構造」として定義した[9].
標準対話構造の構成要素を図3に示す.図中nはトピックとトピックシフトが交互に複数回繰り返されることを示す.また,mは同一トピック内で複数回のターンが繰り返されることを示す.標準対話構造の最小の構成要素はターンであり,発話者の問いかけと対話相手の応答からなるターンテイキングを1ターンとして考える.図3のmで示すように,一般的に,1つの話題が完了するまでには数回のターンを要する.我々はこの一連のターンの集合をトピックと呼んでいる.トピックはそれぞれシンプルな目的を持っており,質問だけでなく,説明や情報を伝えることも1つのトピックと考える.次のトピックに移る際には,互いの様子をうかがい,トピックの目的が達成されたことについて合意をとる短い対話が必要となる.我々はこのようなトピック間の推移を促す対話をトピックシフトと呼んでおり,図3のnで示されるように,トピックとトピックシフトが交互に繰り返される.最後に,この一連のトピックとトピックシフトのつながりをシーンと呼ぶ.
対話全体の進行について眺めると,シーンは対話全体を通じた大きな目的を持っており,それを達成するためにいくつかのトピックについて対話を行う.次のトピックに移る際は,トピックシフトにより話者間で合意が形成される.
セルフチェック機能では,基本チェックリストの質問項目1つを1トピックと考え,質問のカテゴリーごとに,閉じこもり,認知,日常生活,運動,栄養・口腔,こころの6つのシーンに分けて対話を実装した.
図4に,標準対話構造に従って対話シナリオを作成する流れを示す.図4はトピック数が2の対話を作成するときの例である.最初に1つのシーンで聞き出す質問項目を決定する.ここでは,1つの質問項目を1トピックとする.そして,トピックシフトとトピックを交互に繰り返す構成で対話シナリオを作成する.トピックシフト,およびトピックに関する対話シナリオの具体的な作成方法について次項で説明する.
セルフチェック対話の対話シナリオは,標準対話構造に基づきトピックシフトとトピックを繰り返す構成とした.セルフチェック対話に実装した,対話シナリオの具体例を図5に示す.
トピックシフトは,「閉じこもりについて,ふたつだけお聞きしますね.」「疲れてきましたか?これで最後です.」といった,次のトピックに移る際に行う発話である.トピックシフトは短い対話ではあるが,表現の違いで利用者に与える印象が変化するため,トピックの内容によらず,意図したエージェントの印象を表現することができる.
また,トピックの内容は対話デザインパターンを活用して作成した.ソフトウェア開発では,開発の生産性と品質向上のため,オブジェクト設計の典型例を整理したデザインパターンが効果的に活用されている.デザインパターンは,設計における典型的な問題とその解決策を再利用可能なパターンとしてまとめたものであり,GoFのデザインパターンがよく知られている[10].我々は,対話シナリオを分析し,ソフトウェア開発のデザインパターンと同様に,対話システムにおいて「よく出現する問題とそれに対処する良い設計の例」を「対話デザインパターン」として整備した.対話デザインパターンを活用することで,対話設計の知見を再利用可能にし,対話設計に不慣れな人であっても信頼性の高い対話を設計できる.
対話デザインパターンでは,標準対話構造のターンごとに,調査,傾聴,教示,共感の4つのラベル付けがされており,それらの典型的な組み合わせをパターンとしており,質問内容に応じて適切なパターンを選択し,対話シナリオを作成した.
本実験では,元気スコアドットコムを通じて,親世代と子世代がゆるやかにつながることができるか,その実現可能性を検証する.そのために,離れて暮らす親世代とその子世代に元気スコアドットコムを利用してもらい,普段と比べてコミュニケーション方法が変容すること,元気スコアドットコムを継続的に利用できること,元気スコアドットコムを日常的に利用することに負担を感じないことについて評価する.
本実験では,4組8名の実験参加者に,2週間,自由に元気スコアドットコムを利用してもらった.本実験で募集した親世代とは,独居または夫婦で暮らす65歳以上の高齢者であり,子世代とは,親世代と片道1時間半以上離れた地域に暮らす親世代の息子または娘である.我々は,知人を通じて本実験を周知し,Webページにて実験参加者を募集した.本実験では,実験参加者は家族同士お互いに「大切な人」として設定されており,相手が元気キロクを行った際に通知を受け取ったり,相手の元気スコアを閲覧したりすることができる.
本実験は,2021年2月に参加者募集を開始し,2021年3月1日から14日間実施した.実験参加者には,実験開始前に事前の教示として,元気スコアドットコムの使い方動画を案内した.使い方動画では,ログイン方法と元気キロクの流れを紹介した.また,ヘルプページの案内と実験期間中に届く通知の内容についてWebページに掲載した.
実験参加者は,見守りサービスについて興味をもっており,自分や家族にとって必要であるのか確かめたいと思っている.まだ見守りサービスを利用していない高齢者とその家族にとって,本サービスがどの程度利用されるものであるか検証できる.実験参加者には,実験後に謝礼として一人あたり300円分のAmazonギフト券を提供した.すべての組の親世代から,自分の分の謝礼も子世代に渡してほしいと解答があり,子世代に2人分の謝礼を送付した.
本研究では,対象とする親世代について,独居または親世代の夫婦のみで暮らしており,コミュニケーションの機会が少なくなりつつある人を対象とする.我々は,社会生活を送るため,また,認知機能の維持に,コミュニケーションの有無が影響すると考えているからである.親世代の年齢については,前期高齢者を想定している.前期高齢者の多くは,スマートフォンやタブレットを所持してはいるが,扱えるのは電話やメール,メッセージ機能など連絡をとるための最低限の機能で,SNSや新しいアプリケーションなどを能動的に活用することは少ないと考える.
実験参加者の属性について,インタビューから得られた情報と本実験での利用状況を表1に示す.各利用状況については,4.4節で詳述する.実験後のアンケートとインタビューから得られた実験参加者の詳細は,以下のとおりである.
組A親世代は,夫婦で暮らしており,近くに組A子世代とは別の子供が住んでいる.日中は仕事に出ているが,16時前後には自宅に戻っている.組A子世代は,仕事が忙しく土曜日も含めて,20時ごろまで働いていることが多い.
組B親世代は,平日のうち半分程度仕事に出ており,あとは自宅で過ごしている.組B子世代は,育休中のため実験期間中は日中もほとんど自宅にいた.組B親世代から,孫の様子について週1,2回連絡をとっている.組B子世代が仕事をしていた頃は月2,3回程度の連絡頻度だった.
組C親世代は,自営業であり,平日は夕方まで店舗で仕事をしている.組C子世代も,店舗を経営しており,平日は夜8時や9時に帰宅することが多い.店舗の様子をSNSに投稿しており,組C親世代もそれを見ている.
組D親世代は,仕事はしておらず,普段自宅で過ごしている.組D子世代は育休中で子供2人の面倒を見ており,自由になる時間は毎日23時ごろである.組D親世代とは,孫のことについて連絡をとっている.
本実験では,実験参加者は,実験期間中,任意の時間に,自由に元気スコアドットコムを利用してもらう.実験参加者によって,サービスの利用状況や家族との関係性は異なるため,サービスの持続可能性を検証するには,それぞれの実験参加者について,普段の生活様式や利用時の状況を詳しく把握したうえで評価することが必要と考える.そこで,本実験では,実験参加者にアンケートと電話インタビューを行い,実験参加者ごとの特性を踏まえたうえで本サービスの持続可能性を評価する.
アンケートは,実験参加者の普段の様子について質問する実験中アンケートと,実験後の評価を行ってもらう実験後アンケートに分けて実施した.実験中アンケートは,1日1問を元気スコアドットコムのアクセス時に提示し,任意に回答してもらった.実験中アンケートおよび実験後アンケートの質問内容について,表2に示す.また,実験後に,アンケートの回答内容と利用状況を元に,10分程度の電話インタビューを実施した.表3は,電話での口頭インタビューの質問内容である.
元気スコアドットコムを用いた「ゆるやかなつながり」の実現可能性について,アクセス回数などの利用状況および,アンケート結果から評価を行った.本研究の目的である「ゆるやかなつながり」形成のためには,本サービスを通じて,お互いの様子を気にかける関係を構築でき,それがお互いに負担なく継続できることが必要であると考える.そのため,本サービスでは,元気記録の結果を通知することで,お互いの元気を伝え合うことを促し,シンプルな元気記録や対話エージェントによるセルフチェック対話により,利用の負担を軽減することを狙っている.
そこで本研究では,本サービスを通じてお互いの様子を把握する関係になったか(関係性変容),実験期間を通じて継続的に利用できたか(継続利用),これらを負担なく実行できたか(負担軽減)という3つの観点で検証を行った.
本サービスの利用を通じて,親世代と子世代のコミュニケーション方法が,普段と比べてどのように変容するか検証する.具体的には,家族間での,本サービスへのアクセス回数の比較と,家族から元気キロク通知があった後のアクセス率により評価する.
図6は期間中のアクセス回数を家族ごとに示したものである.親世代のアクセス回数を1として,親世代と子世代のアクセス回数の比を比較すると,組Aは1.24,組Bは0.88,組Cは0.76,組Dは0.55であった.アクセス回数の比が1に近いほど,両者のアクセス回数が同程度であることを示す.組Dと比較して,他の組は親世代と子世代のアクセス回数が同程度であったと言える.
これについてより詳しく検証するため,家族から通知を受け取ったあと,1時間以内に本サービスにアクセスした回数を集計した.図7のアクセス率は,家族の元気キロク通知を受け取ってから1時間以内に本サービスにアクセスした割合である.組Cは,親世代と子世代どちらも,もう一方の家族から元気キロクの通知を受け取ったあと,60%以上の割合で1時間以内にアクセスしていた.一方,組B親世代,組D子世代は,他の実験参加者と比較して極端にアクセス率が低かった.そのため,通知を見ていたかどうか,また,通知を受け取った際にどのような行動をとったかについて,インタビューで詳細を確認することとした.これについては4.4.2項で詳述する.
組Aの両者や組C親世代は,普段は月に1回程度しか連絡を取らない関係であったが,14日間の実験期間中に20回以上本サービスにアクセスしていた.自らの元気を記録するという行為を通じて,お互いの様子を伝え合う関係に変容したといえる.
また,通知後1時間以内のアクセス率について,組C親世代は69%,組A親世代は43%などであった.家族の元気キロク結果や元気スコアは通知だけでも確認できるが,通知受信後すぐにアクセスして自分も元気キロクをしたり,相手の様子を詳しく確認したりするなど,元気キロク通知がコミュニケーションを増加させるきっかけになったと考える.
実験期間中,本サービスがどの程度継続して使われたか評価する.具体的には,利用状況の指標として画面のタップ回数を計測し,実験期間中の利用状況がどのように推移したかを評価する.
図8は,実験期間中の家族ごとのタップ数とその推移傾向である.63%の実験参加者が,実験期間を通じて,タップ数が増加傾向であった.このことから,実験後半になっても継続して利用があったと言える.親世代と子世代で差はあるものの,実験期間中,継続して利用されたと言える.
また,セルフチェック機能の利用状況については,対話達成率により評価する.井上らは,利用者がどの程度対話に対して興味や意欲があり,対話の継続を望んでいるかを表す指標としてエンゲージメントを挙げている[11].本サービスでは,利用者が任意のタイミングでセルフチェックの対話を終了できることから,対話が最後まで行われた場合,利用者がその対話について継続の意欲をもっていたと考える.そこで,本研究では,対話の達成率をエンゲージメントの指標とする.
負担軽減について,セルフチェック対話の利用状況と,アンケート結果から評価する.
図9は,セルフチェック対話の実行回数と達成率である.83%のシーンで,セルフチェック対話の達成率は100%であった.こころのシーンを除いて,セルフチェック対話を利用すると,最後まで対話が実行されていることから,親世代,子世代問わず選択式対話が利用できたといえる.これにより,基本チェックリストの質問項目を利用者の心理的負担なく聞き出すことが可能であったと考える.一方,シーンが切り替わるごとに実行回数は減少しており,継続して情報を聞き出すためには,セルフチェック対話を実行するきっかけを作る必要がある.
また,本サービスの利用および家族と元気を共有することが,どの程度利用者の負担になったのか,アンケートの回答結果をもとに分析する.
図10は実験後アンケートの負担軽減に関する項目について,親世代と子世代ごとに回答結果とばらつきを示したものである.アンケートの回答は7段階のリッカート尺度である.親世代のアンケート結果から,親世代は,毎日アクセスに対する負担は低く,子世代の元気スコアを知ることで安心を得られていると言える.
一方,子世代の回答結果はばらつきが多く,仕事や育児が忙しい中で,負担なく利用できるよう,また,家族の元気を知ることにメリットを感じるよう工夫が必要である.
電話による口頭インタビューでは,アンケートの回答内容と本サービスの利用記録を元に,実験期間中の利用状況や見守りの負担について質問した.口頭インタビューは,実験後アンケート回答時に併せて日程調整を行い,すべての実験参加者について,実験終了後5日以内に話を聞いた.
インタビューの項目ごとに,実験参加者から得られた内容を以下に示す.
日中どのように過ごしているかについて,組A,B,Cの親世代は仕事をしており,平日は夕方ごろまで働いている.組D親世代は,普段から自宅で過ごしている.
組A子世代は,平日と土曜日に仕事をしており,20時ごろまで働いている.組C子世代も店舗を経営しており,平日は20時ごろに帰宅する.組B,Dの子世代はどちらも育休中であり,日中は自宅で過ごしている.特に組D子世代は子供が2人おり,忙しくしている.
これらのことから,親世代であっても日中は仕事に出ていることも多く,夜でないとゆっくり時間をとることは難しいことが分かった.
アクセスした時間帯について,日中仕事の空き時間に利用したという回答が多かった.組A親世代,組A子世代,組C親世代は,仕事が終わったあと,ひと段落してから利用することが多かったと回答した.組A親世代,組C親世代,組C子世代は,家族から通知があった場合,忘れずにアクセスするようにしていた.
組D子世代は,子育ての関係で日中はできるだけスマートフォンを触らないようにしており,夜の23時ごろになってアクセスすることが多かったと回答した.図7において,組D子世代の通知受信後1時間以内のアクセス率が低かったのは,このためであると考えられる.
組C親世代は,アンケートにおいて,毎日アクセスすることは負担であると回答していた.インタビューでは,操作自体は負担ではないが,毎日忘れないようにしないといけないという負担はあった,と回答した.また,組C子世代は,毎日記録がつくので,1日抜けると失敗した気になると回答した.
その他の実験参加者は,慣れてしまえばそれほど負担には感じなかったという回答であった.このことから,1日1回の元気キロクは,継続利用を促す可能性があると言える.また,週単位での元気スコアの評価や通知を行い,記録しない日があることも含めて評価することで,抜け漏れが出ることへの抵抗感を減らすことができると考える.
組B,組Dは,ともに子世代が育児休暇中であるため,孫の話題で頻繁に連絡をとっているとのことだった.一方,組Aは,正月といった季節の節目にしか,連絡をとっておらず,また,どの家族も,親世代側から連絡することがほとんどとのことだった.
このことから,親世代が元気であるうちは,用事がない限り,子世代から連絡することはあまりないことが窺える.
組Aと組Cは,親世代,子世代ともにお互いについて,心配していると回答した.一方,組B,組Dは,親世代,子世代ともに,まだそれほど心配していない,との回答を得た.組Bと組Dは,前述のとおり頻繁に連絡していることから,お互いに安心できているのではないかと考えられる.
組D親世代と組D子世代は,通知された元気キロクの結果や元気スコアを見て,低い数値であれば気になったと回答した.その他の参加者は,通知内容はそれほど気にしておらず,通知がきたことに対して,利用していることが分かって安心していたと回答した.
組B親世代は,自身の元気キロク結果が通知されていると勘違いしており,家族からの通知であるとは思っていなかった.そのため,図7の通知受信後1時間以内のアクセス率が低かったと考える.
このことから,元気の良し悪しを知らせるだけでなく,家族が本サービスを利用していると通知されることが重要であり,また,そのような通知がくること自体が見守りとしての効果を果たすことができると考えられる.
前述のとおり,家族が元気スコアドットコムを利用していること自体が分かるため安心できたという意見が多かった.組B子世代は,「来ないとき不安に思った」と回答しており,実際に組B親世代に連絡し聞いてみたところ,忘れていただけだったということがあった.
元気スコアドットコムからの通知以外で,どのようなときに安心するか質問した.組Bと組Cは,親世代と子世代がSNSでつながっており,それぞれの投稿をみたり,いいねを送ったりするなどしており,直接連絡しなくても安心できているという.
組D子世代は,直接連絡をとる以外には,他の家族を通じて話をきくことがあるという.
このことから,直接連絡せずとも,自身が元気にやっているということが間接的に伝わるだけでも,家族の安心につながると言える.
組A親世代,組B子世代,組C子世代,組D子世代の4名は,どちらともいえないという評価であった.通知が来ること自体は安心するが,毎日でなくても良いという意見が多かった.
組A子世代,組B親世代,組C親世代,組D親世代は,「家族はまだまだ元気であるため,現状で必要とは感じない」との意見であった.
本サービスの改善点としては,元気スコアの数値が具体的にどの程度の元気の指標になるか分からないという意見が多かった.通知が来ること自体に安心が感じられることから,元気スコアの数値自体はそれほど重要ではない可能性はあるが,一方で,組A親世代,組B親世代からは,もっと細かい情報がみられると嬉しいとの意見があった.
また,元気のキロクについて,元気かしんどいかの2択ではなく,何段階かから選べたり,しんどいときは詳しい様子を記録できたりすると良いとの意見があった.
これらのことから,見守りのニーズとして,元気なうちは簡易な記録でよいものの,調子が悪いときには詳しく知りたいということが考えられる.
組C子世代は,同年代で自身と同じように親と離れて暮らしている友人におすすめできると回答した.また,組A親世代,組D親世代からは,地域の独居高齢者などには必要になるのではないかという意見があった.
本研究の実験結果から,元気スコアドットコムを通じて,離れて暮らす親世代とその家族が,お互いに元気でいることを,負担なく共有することができたといえる.特に,関係性変容の分析結果にみられるとおり,元気キロクの通知がアクセスのきっかけとなっていることが分かった.
このことから,一方が利用することでもう一方の利用を牽引できる可能性がある.組Aは子世代が牽引して親世代のアクセスが増加し,組Bは親世代がほぼ毎日アクセスすることで牽引して子世代のアクセスが増加した.組Cは,実験期間を通じてタップ数は減少したものの,親世代がアクセスを牽引し,子世代も通知に対して反応している.組Dは親世代がほぼ毎日アクセスしているが,子世代が育児のため日中の利用ができないという事情から,子世代のアクセス回数増加を牽引できなかった.
組Aや組Cは,従来は月に1度程度しか連絡を取らない関係であったが,自らの元気を記録するという行為を通じて,毎日,お互いの様子を伝えあうことができた.これにより,本サービスを利用することで,1章で示した「ゆるやかなつながり」を実現できる可能性があると考える.
5.1節で述べたとおり,親世代と子世代のどちらか一方が積極的に利用することで,もう一方の利用も促進されるのではないかと考えられる.これにより,牽引される側のアクセス回数も増加することで,継続的な利用が期待できる.
我々は,これまで,親世代にとって使いやすいインタフェースであるとか,親世代が毎日利用したくなるような仕組みを重視して開発を進めていた.しかし,サービスが継続して利用されるためには,家族と一緒に利用することが大きな要因となり得ることが分かった.そのため,親世代のみならず,子世代にとっても負担なく使いやすいサービスにすることで,さらなる利用促進が期待できる.
また,利用者の情報を聞き出し,共有する点については,元気キロク,セルフチェック機能を通じて利用者に負担なく情報を取得することができた.これにより,毎日アクセスするきっかけをうまく作ることで,継続して利用者の情報を取得しつづけることができると考える.また,家族からの通知があったことがアクセスの機会になっていることから,取得した情報を共有することがゆるやかなつながりを形成する一助になっていると考える.
本サービスは子世代が仕事で忙しい家族にとって特に有用な見守り支援サービスである.親世代にとって「子世代の元気が分かる」ことが,本サービスが利用された一因であると考える.親世代からの元気キロクの通知確認は,忙しい子世代にとっても十分継続可能と考える.そして,子世代が簡単にでも自身の元気を伝え返すことで,子世代を見守りたい親世代は,より積極的に本サービスを利用するものと考える.特に子世代が自立しているほど親世代への連絡頻度は少なくなると考えられる.本実験においては,組Aが最も当てはまるユースケースであると考える.表1の実験参加者の属性から,組Aはお互いに仕事をしており,他の組と比較して連絡頻度が低く,SNSも共有していない.一方で,他の組と比較してアクセス回数が多く,実験期間を通じてタップ数も増加傾向であった.このことから,忙しい子世代とそれを心配する親世代という組み合わせが,本サービスが有効に働くユースケースである.
また,本サービスは,他のSNSやメッセージサービスの補完的な役割を果たす.組Cは,子世代が自営業であり,店舗の様子をSNSに投稿している.組Cの親世代はその投稿に「いいね」などの反応を返しており,子世代もそれを認知しているため,ゆるやかなつながりが形成できていると言える.しかし,親世代はSNSに投稿しておらず,子世代側が定期的かつ継続的に発信し続ける必要がある.組Cは子世代のSNS投稿が仕事を兼ねているため定期的な発信を見込めるが,SNS投稿が不定期であったり,親世代に投稿を共有していなかったりする人も多い.本サービスは,親世代側から積極的に元気スコアの発信が行われるため,SNSを積極的に活用できていない子世代にとって効果的であると言える.
本実験の参加者は,ともにLINEなどで連絡を取り合える状況である.組B,組Dはどちらも小さな孫がいることから,親世代と子世代で頻繁に連絡を取り合っていた.育児について子世代から親世代に話を聞くなど,用事がある場合にはお互いに連絡を取り合うため,見守りの必要性は低い.一方,組Aと組Cは,子世代が単身で自立しているため,連絡の頻度が低い.本サービスを活用すると,親世代側から積極的に元気スコアを伝えてくれるため,仕事が忙しい子世代にとって負担が少ないと言える.
親世代と子世代がどの程度離れて暮らしているかについて,緊急時などにすぐ会いに行けるかどうか,距離や交通手段を考慮すると,次の4つに分けることができる.
本サービスが有用に働くと考えられるのは3と4の場合であり,緊急時には周囲の知人や事業者が代わりに様子を見に行くような場合も想定される.
一方,元気スコアの数値や,元気かしんどいかの記録については,どの程度元気であるのか,より詳しく知りたいという意見があった.取得した情報について分析し分かりやすく表示することや,利用者や家族に対して適切な行動を促すなどといった改善は今後の課題である.継続利用の改善点として,元気スコアの意味を高めることが考えられる.日常生活へのアドバイスを提示したり,週単位でも評価を提示したりすることが考えられる.
また,本研究では基礎自治体や地域住民などを含めた地域コミュニティとしてのつながりについては検証できていない.今後,基礎自治体を中心とした新しいコミュニティ形成や高齢者支援の取り組みの実現可能性について検証する必要がある.
本研究では,持続可能な高齢者支援サービスとして,見守り支援AIシステム「元気スコアドットコム」を開発し,その実現可能性を検証した.離れて暮らす4組の親世代と子世代の組みについて,2週間実験を行った結果,自身の元気を記録することでお互いの様子を伝え合うという関係性の変容がみられ,期間中大きな落ち込みなく継続利用された.本実験により,元気スコアドットコムを通じて,親世代とその子世代がゆるやかにつながる持続的な見守りサービスとしての実現可能性を示すことができたと言える.また,親世代のみならず,子世代の負担を軽減することで,さらなるサービスの利用促進につながる可能性を示した.
本システムが普及することで,従来の強いつながりではなく,ゆるやかなつながりによるコミュニティを形成できる可能性がある.家族のみならず,基礎自治体も巻き込み,新しい地域コミュニティを形成できる可能性がある.
今後,基礎自治体の支援サービスとして元気スコアドットコムを提供し,本サービスを改善していくことで,高齢者のみならず,家族,地域コミュニティに関わる社会課題を解決していく.
2012年北陸先端科学技術大学院大学情報科学研究科修士課程修了.2013年TIS株式会社入社.R&D組織にてOSSプロダクト開発と技術検証に従事.2016年より株式会社エルブズ入社,2019年より同取締役に就任.高齢者見守り支援AIシステムの開発に従事.2018年より社会人学生として大阪大学基礎工学研究科博士課程入学.
株式会社エルブズ 代表取締役社長.博士(工学).NTTデータ在職中シリコンバレーにてWebシステム開発のち起業.アントレプレナーシップ,ソフトウェアエンジニアリングについて大学で教鞭をとりつつ,起業家として経験を重ねる.2016年2月エルブズ創業.日本初のAIによる異常検知を利用した見守りシステムの特許を取得し高齢者向け対話アプリ「御用聞きAI」を開発.
1981年東京大学理学部情報科学科卒業.1986年同大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了.工学博士.同年通産省工業技術院電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)入所.2000年公立はこだて未来大学教授.2020年東京大学AIセンター教授兼公立はこだて未来大学特任教授.人工知能全般に興味を持つ.2014–2016年人工知能学会会長.著書に「鉄腕アトムは実現できるか」,「先を読む頭脳」,「AIに心は宿るのか」など.
1991年大阪大学大学院基礎工学研究科博士課程修了.工学博士.その後,京都大学情報学研究科助教授,大阪大学工学研究科教授等を経て,2009年より大阪大学基礎工学研究科教授.ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー).2017年から大阪大学栄誉教授.専門は,ロボット学,アンドロイドサイエンス,センサネットワーク等.2011年大阪文化賞受賞.2015年文部科学大臣表彰受賞.
2008年よりATR知能ロボティクス研究所にて,ヒューマンロボットインタラクションに関する研究に従事.2010年公立はこだて未来大学博士後期課程修了.システム情報科学博士.2012年より大阪大学基礎工学研究科助教,2017年より同大学講師.2019年10月より名古屋大学大学院工学研究科准教授.ロボットを用いた対話研究に一貫して興味を持ち,フィールド実験を通じたロボットの実用化技術に関して多数の研究を発表している.
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