近年,人々の行動把握の重要性が高まっている.特に,2020年からのCOVID19の影響により,人の密集度や移動履歴は,マーケティングの向上や新たな需要の発掘,また感染の予防や対応策につながる重要な情報となっている.それに伴い,人の密集度や移動履歴の両方を計測できるWi-Fiパケットセンサが注目されている.スマートフォンなどの端末はWi-Fi基地局との接続を行うために,数秒から数分程度の間隔でプローブ要求をブロードキャストしている.Wi-Fiパケットセンサは,このプローブ要求に含まれるMACアドレスデータを収集することで人流分析を行うことができる.Wi-Fiパケットセンサは,電源さえあれば設置可能なため,低コストで人流計測を行うことができ,これまでに,一般道路や高速道路における交通流動解析[1],都市圏レベルの広域な観光地や市街での人々の分布や流動[2], [3],商業施設や美術館といった屋内施設での滞留時間の把握や移動経路の推定[4], [5]など行われており,用途の幅が広く,実環境での商用化にむけ,国内外問わず様々な環境で検証されてきた[6].
Wi-Fiパケットセンサは様々な場所で活用されているが,都市部に位置し,かつ屋外の環境では,以下のような2つの問題が想定される.1つ目は,施設の利用者以外のデータも多く収集することである.都市部に位置する施設の周囲では,交通や通行人など,施設の利用者ではない人が多く行き交っている.そのため,施設内に設置したWi-Fiパケットセンサは,施設の利用者ではないデータも収集する.これは,施設内での行動を分析する際に,ノイズとして大きく影響を与えると考えられる.2つ目は,同時に複数のセンサで観測される可能性が高いことである.プローブ要求は電波信号であり,現在位置を中心に同心円状に数百m近くまで届く.そのため,送信範囲内に存在する複数のWi-Fiパケットセンサで観測され,端末が複数のセンサ付近に位置するように見えてしまう.特に,動物園や遊園地などの屋外施設では,屋内施設のような空間を仕切る壁や障壁が少ないため,より遠くに位置するセンサまでプローブ要求が届き,利用者の位置推定に大きく影響することが考えられる.しかし,都市部かつ屋外型の環境において,これらの問題に留意し,Wi-Fiパケットセンサの有効性に関する実証的な研究・調査は行われていない.
本稿では,日本有数の面積を誇る都市型動物園である東山動植物園に35台のセンサを設置し,約1年半にわたる観測調査を行った.東山動植物園内での人流を分析するために,入園者推定を行った.さらに,推定した入園者のデータを用いて,各ゲート付近での人数推定と移動経路推定を行い,実データと比較,評価をした.入園者推定では,ノイズとなる非入園者のデータを除くため,滞在時間と移動数に閾値を設け,その値を満たすデータを入園者とみなした.この手法により,非入園者のデータを除き,1年間の入園者数の傾向を捉えることができた.しかし,1日単位で見ると,日によって実際の入園者数に対し,推定した入園者数の割合が大きく異なった.より正確に入園者数を推定するには,天気や曜日といった他の異種データと組み合わせることが重要であることが示唆された.また,各ゲートでの人数推定では人の流量が多く,歩行速度が比較的遅い場所では,人数の推定は可能であった.一方で,人の流量が少なく,歩行速度が比較的速い場所では,観測されるデータが少なく,推定が困難であった.このデータ量の不足を解決するために,ランダムアドレスも考慮した新たな推定方法が必要であることを示した.また,移動経路推定では,同時に複数のセンサで観測されるため,現在位置とは異なった場所にいるように見えてしまう.そこで,1分ごとにRSSI値が高いデータを使用し,移動経路を作成した.この手法により,自分が位置する可能性が低いデータを除くことができ,もっともらしい移動経路を推定することができた.また,より正確な移動経路を作成するには,歩行可能なマップ情報や歩行速度を用いる必要があることが示唆された.
本稿の貢献は以下の3点である.
本章では,Wi-Fiパケットセンサと環境の分類について述べる.2.1節では,Wi-Fiパケットセンサの仕組みについて説明する.2.2節では,分析の対象となる環境の分類を行う.2.3節では,分類した各環境における,Wi-Fiパケットセンサの関連研究について述べる.
スマートフォンやノートPCなどのWi-Fi機能を有する情報機器は,Wi-Fi基地局と接続するために定期的にプローブ要求を送信している.このプローブ要求には,送信端末固有のMACアドレスやシーケンス番号などの情報が含まれている.この通信の送信間隔は端末によって異なるが,およそ数秒から数分間隔で送信される.送信距離は送信源の機器を中心に同心円状に広がり,数百mまで届く.また,近年では,機器固有のMACアドレスにおける追跡を避けるため,ランダマイズ機能を有する端末が増えてきている.この機能により,MACアドレスが周期的にランダム化処理されたうえで送信されるため,異なるタイミングでのレコード間での同端末の特定が難しく,アドレスごとの長期間の移動経路の推定が不可能になる.このランダム化されたMACアドレスをランダムアドレス,ランダム化されていないアドレスをユニークアドレスと呼ぶ.
Wi-Fiパケットセンサはスマートフォンから送信されるプローブ要求を収集する.プローブ要求には,MACアドレス,タイムスタンプなどの情報が含まれており,混雑度や端末ごとの移動経路も把握可能である.本研究では,株式会社社会システム総合研究所のWi-Fiパケットセンサ(型番:DPS-ODJP)[7]を用いる.同センサは匿名性を確保するためにMACアドレスをハッシュ関数によって変換処理している.この処理を施したアドレスをAMAC(Anonymous MAC)アドレスと呼び,匿名化の処理をしたうえで表1に示すデータを保存する.ハッシュ関数は週単位で変更されるため,長期に渡り継続した同一ユーザ認識は不可能であるが,少なくとも週単位で個々のユーザ端末を識別できるため,人の流動などを把握することが可能となっている.
プローブ要求の送信範囲は最大で数百mだが,周囲の環境により,その範囲は大きく変動する.たとえば,屋内施設のように,エリアごとに壁などで仕切られた環境では,送信範囲は狭まる傾向にある.そのため,あるエリアから送信されたプローブ要求は,別のエリアに設置したセンサで観測される頻度は低い.対して,屋外施設のように,開けた空間では,送信範囲が広くなる傾向にあり,あるエリアから送信されたプローブ要求は,別のエリアに設置したセンサで観測される頻度が高い傾向にある.これは,送信元の端末の位置情報が容易に確定できないことを表しており,施設内の人の分布や,移動経路推定に大きな影響が出ると考えられる.
また,プローブ要求の送信範囲の広さから,施設外からの信号を観測する場合がある.特に,都市部では,通勤などによる交通や通行人,周りの住民など,施設の利用者以外の流量が多いため,施設内に設置したセンサは,分析の対象外となるデータを多く収集してしまい,ノイズとして分析に大きな影響が出る.対して,温泉街など,郊外に位置する施設では,都市部ほど利用者以外の人の流量が少なく,センサデータに含まれるノイズの割合が少ないと考えられ,分析に対する影響度が低い.上記を踏まえたうえで大規模施設を「屋内と屋外」,「都市型と郊外型」の2つの軸で分類し,図1に示した.先ほどあげた課題から,都市型・屋外型施設では,ノイズとなるデータを多く観測し,また位置推定が難しく,Wi-Fiパケットセンサが不得意とする環境である.本研究で対象とする東山動植物園は,都市型屋外型施設に分類され,入園者以外に周りの住民や交通,通行人などのデータを観測しやすい構造であるため,入園者の判定手法が必要になる.
高柳ら[8]は,Wi-Fiパケットセンサを大阪の地下街に設置し,通行人を対象とした移動経路の生成を行った.プローブ要求の送信間隔は,30秒から数分とまばらであり,Wi-Fiパケットセンサの観測領域内にいても,観測されないことがある.この間欠性を考慮した移動時系列データを生成するアルゴリズムを提案した.Fang-Jing Wu [9]らは,ニュージーランドのウェリントン駅構内において,通行人を対象に,混雑度の推定を行った.Wi-Fiパケットセンサでは,通勤時間帯などのピーク時による変化を動的線形回帰を適用し,推定を行った.Hande Hongら[10]は,美術館において,来場者を対象に,各エリアでの滞留時間と移動経路の推定を行った.美術館は飲食店が立ち並ぶ通りの近くにあるため,歩行者のプローブ要求も取得する.来場者の判定方法として,RSSI値の閾値を設けることで対処した.
望月ら[11]は,大阪電気通信大学四条畷キャンパスに10台のセンサを設置し,人流解析の実証実験を行った.キャンパスは大阪平野を一望できる高台に位置し,キャンパス外からの信号が届きにくい環境である.この実証実験において,各建物間での人流の傾向を把握できることを確認した.
壇辻ら[12]は,奈良県長谷寺参道において,観光客の滞在時間に着目し,回遊行動の分析を行った.長谷寺参道は郊外に位置し,Wi-Fiパケットセンサで観測されるデータは,観光客と地域住民・従業員がメインである.数日にわたって観測されたMACアドレスを地域住民・従業員とみなし,除去したうえで,観光客の滞在時間に関する基本特性の把握できることを確認した.
大野ら[13]は豊田市駅周辺において,Wi-Fiパケットセンサの設置条件におけるデータの捕捉率を定義し,歩き方並びに設置条件からデータ収集の特徴を確認している.高い位置の設置,屋外設置,道路幅員が広い場合にWi-Fiパケットセンサの射程距離が長くなること,遠くまで受信することは利点であるといえるが,意図したデータが収集できない可能性があることを指摘した.そして,設置には,周辺環境の違いや人が集中する箇所の事前把握が必要であることを示した.また,白林ら[14]は,横浜みなとみらい21に5つのセンサを設置し,来訪者を対象とした移動および滞留状況の回遊特性を統計的に分析した.来訪者のデータを抽出するため,1週間のうち3日以上観測されたアドレスを地元住民または就業者とみなし,除去したうえで分析を行っている.
しかし,都市部に位置する,動物園や遊園地といった入園者を対象とする屋外施設では,地域住民や従業員の他に,通勤や入場目的でない通行人や交通のデータが多くセンサに観測される.そのような環境で,入園者の推定を行い,そのうえで施設内の人の分布や移動経路推定の検証は行われていない.
本研究では,屋外かつ都市部に位置する施設において,ノイズとなるデータのフィルタリングと人流分析を行い,Wi-Fiパケットセンサデータの有用性について検証することを目的とする.具体的には,愛知県名古屋市が運営する東山動植物園に35台のWi-Fiパケットセンサ設置し,東山動植物園における入園者の判定と,入園者の移動経路の推定を行い,評価を行った.
本章では,入園者の分析手法について述べる.3.1節では本実験での対象環境について説明する.また,3.2節では入園者の推定方法,3.3節ではWi-Fiパケットセンサから移動経路の推定方法を述べる.
本研究では,名古屋市が運営する東山動植物園を対象とする.東山動植物園は59 haの敷地面積を有し,年間250万人近くの人が来園する日本最大級の動植物園である.園内は,南側動物園,北側動物園,こども動物園,植物園,遊園地,スカイタワーなどのエリアに区切られ,スカイタワー以外は一旦入場料を支払えば,回遊が可能である.また,園内に土産屋やレストラン施設などが複数地点に存在する.南側動物園,北側動物園,こども動物園,植物園は一般道路によって区切られている構造になっており,それぞれ高架橋により一般道路を横切ることができる.東山動植物園のマップを図2に示す.同園は,その敷地面積の広さから6箇所の出入り口ゲートが存在し,入園者はどのゲートからも出入りが可能となっている.また,同園に訪れるには自家用車の他,西側の正門に近い地下鉄東山公園駅と,北東の星ヶ丘門に近い地下鉄星ヶ丘駅を利用することができる.複数の有力な交通手段,出入り口が存在する一方,その広さから入園者の園内での行動は把握しづらく,行動パターンを抽出し,園内運営の効率化が求められている.
我々はWi-Fiパケットセンサを2019年11月初旬に東山動植物園に35箇所設置した.設置するにあたり,センサ自体にデータ収集中のステッカー(図3)を貼り付けるとともに,収集データに関する説明やプライバシポリシ,オプトアウトのための問い合わせ先などが記載されたホームページへのリンクを掲載している.なお,設置にあたっては名古屋大学未来社会創造機構の倫理委員会の審査を得た.データの収集期間は,設置した当初から2021年8月現在まで収集を継続している.
本研究が対象とする東山動植物園は,2.2節で述べたように都市型・屋外型施設としての課題として,ノイズ(非入園者)となるデータが多いことが挙げられる.そこで,入園者以外のデータを除去するために,以下の処理を行う.
プローブ要求の送信範囲は数百mまでに及び,同時に複数のセンサで観測されるため,複数箇所に存在しているように見えてしまう.そこで,図4のように,AMACアドレスの時系列データを1分ごとにサンプリングし,その時間幅でRSSI値(受信強度)が最大であるデータを用いる.これにより,1分間での位置が決定する.また,1分間でどのセンサでも観測されていない場合,端末がプローブ要求を送信しなかったと考えられ,どこにいたか分からないため,Xの文字で代用する.これにより作成された文字列のデータは,1文字1分の時間を有していると考えられ,たとえば「AAAAA」といったデータがみられた場合,センサAの付近に5分滞在していたと見なすことができる.最後に,Xの省略,連続した文字を1文字に省略することで,センサ間の移動系列データを作成することができる.
本章では,東山動植物園で計測している公式入園者数と我々が実際に計測したデータをもとに,推定した入園者数,地点ごとの人数推定,移動経路の評価を行った.
東山動植物園では,日々の入園者数を,入場時に回収しているチケットの枚数をもとに集計している.一方で,中学生以下の子どもは無料で入園でき,かつ年間パスポートを保有している人はそのパスポートを提示すれば入園できるため,集計した入園者数には含まれていない.そのため,実際の入園者数と計測した入園者数は多少異なる.このことに留意したうえで,公式入園者数と本研究での手法による入園者数とを比較するため,2019年11月から2020年12月までの約1年間の公式入園者数データを用いた.
我々は各入退場ゲートでの正確な入園者数を把握し正解データとするため,2020年3月26日(金曜日)と27日(土曜日)の2日間で,東山動植物園のゲートである正門(図5a)と星ヶ丘門(図5b)の2箇所で,30分ごとに入退場者数のカウントを行った.正門は入園者数の約半数が利用する東山動植物園におけるメインゲートである.時間帯によっては1000人近くの人が正門を通過する.対して星ヶ丘門は植物園エリアに設置してあるゲートであり,正門と比べて利用者が少ないといった特徴がある.
我々は,園内での正確な移動経路を得るために,2020年11月13日に,GPS機能を有する端末を複数保持し,園内を回ることで,正解経路を作成した.実際の経路は,南側動物園エリアにある正門をスタート地点とし,南側動物園→こども動物園→植物園といったコースである.
滞在時間と観測されたセンサの数を用いて推定した入園者数を,約1年間分の公式の入園者数で比較し,評価を行った.表2は,滞在時間とセンサ数の閾値を変化した際の,公式入園者数データとの相関係数を表している.なお,制限なしとは,入場者推定を行っていない場合の相関係数である.入園者推定を行っていない場合,相関係数は0.42であった.それに対し,入場者推定を行った場合,どの閾値でも0.9以上と高い相関がみられた.また図6は,相関が一番高い,滞在時間30分以上かつ10個以上のセンサで観測されたアドレスを入園者と判定した場合における推定入場者数と公式入場者数を比較したものである.紅葉シーズンである10月,11月での入園者の増加やコロナによる減少など,入園者の傾向を捉えることができている.また,コロナの影響により閉鎖した4月,5月における推定入園者数は十数人であった.これは,施設の改修工事や点検する作業員が来ていることを踏まえると,非入園者のデータを除くことができたと考えられ,入園者推定手法の有効性がうかがえる.なお,推定入園者数は実際の入園者数の約6%ほどであった.
推定した入園者のデータを用いて,各ゲートでの入退場者数を推定した.なお,各アドレスごとに,最初と最後に観測されたセンサと時間をもとに入退場の判定を行った.図7は,正門と星ヶ丘門で実際に計測したデータと推定したデータを比較した図である.正門(図7a,図7b)での入場者数は,午前中に多い傾向がある.また,推定した入園者数も午前中にピークがあり,午後にかけて減少傾向にある.同様に,実際の退場者数と推定した退場者数は午前から午後にかけて増加傾向にあり,退場者数の傾向を捉えることができている.対して,星ヶ丘門(図7c,図7d)では,どの時間帯でも推定した入退場者数が10人未満であり,時間帯によっては0人と推定しているが,実際にはそれ以上の入退場者数となっており,乖離が生じてしまっている.
図8aは,GPSによる正解経路である.赤い丸印は東山動植物園に設置したセンサを表している.図8bでは,時系列順に観測されたセンサ位置を結んだ経路,図8cは,RSSI値が−80以上のデータのみを用いた,時系列順の経路,そして図8dは,提案手法で生成した経路である.(b)の経路とGPSによる経路を比較すると,(b)の経路では,北側動物園エリアに訪れている経路になっており,実際に訪れた植物園エリアを含まない経路を生成している.(c)の経路では,(b)のようにエリア間を超えた移動がみられないが,実際に訪れた,こども動物園エリアと植物園エリアを訪れていない経路を生成している.(d)の提案手法による経路では,(b)と(c)の経路と比べ,エリア間を超えた移動がみられず,間欠性のない経路が生成された.
本章では,4章の結果をもとに考察を行う.まず,年間を通じて比較的推定に成功した入園者推定に関して考察を行い,次に入退場ゲートごとに推定精度に大きく差が生じた人数推定について考察を行う.最後に,移動経路推定に関して考察を行う.
本研究が対象とした都市型・屋外型施設に位置づけられる東山動植物園では,当初の想定どおりノイズとなる非入園者のアドレスが多く観測される結果となった.このような環境では,滞在時間と移動数の2つの指標を用いることで,非入園者のアドレスを除くことができ,さらに1年間の入園者数の傾向を捉えることができ,有用性を示すことができた.しかし,1日単位で見ていくと,日によって入園者数の抽出率が異なっており,14%抽出できている日もあれば,5%しか抽出できていない日もある.これはたとえば,雨の日では入園者の移動数が少なくなり,非入園者とみなされやすいといったことが考えられ,天気や季節などの要因が抽出率に大きく影響していると考えられる.そのため,1日の実際の入園者数の精度をより正確に高めていくためには,1日ごとに拡大係数を決めていく必要がある.この拡大係数を決めるには,天気や曜日,季節,イベントなどの項目を説明変数とし,回帰分析を行うことで,より正確な入園者数を推定することができると考えられる.都市型・屋外型施設においてその入園者推定精度を高めるためには,Wi-Fiパケットセンサのデータのみならず,他の異種データとの組み合わせが重要であることが示唆された.
今回,星ヶ丘門で入退場者数の推定がうまくいかなかった原因として2つ考えられる.1つ目は,人の流量の少なさである.正門では30分間で200~1000人と利用者が多く,ゲートに設置したセンサで観測されるアドレス数が多くなる.しかし,星ヶ丘門のように30分間で利用者が100人前後の場合,センサで観測されるアドレス数が少なくなる.2つ目の原因として,歩行速度が考えられる.Wi-Fiパケットセンサがプローブ要求を観測するためには,端末がWi-Fiパケットセンサの受信範囲内にいるときにプローブ要求が送信されなければならない.我々が入退場者のカウントした際,正門では,家族やカップルなど,複数人で訪れる人が多く,また,園内の地図を確認するために,立ち止まる人が多くいた.対して,星ヶ丘門では,比較的リピーターの入園者が多く.ゲート付近を迷わず,素早く通過する傾向があった.このように,観測対象となる人の歩く速度や行動によって,データに観測される数に影響されると考えられる.このように,星ヶ丘門のような人の流量が少なく,歩行速度が速いエリアでは,観測されるアドレスが少ないため,人数を推定するにはデータが不十分になる.この問題を解決するために,ユニークアドレスだけでなく.ランダムアドレスを用いることでデータ量を増やすことができる.しかし,ランダムアドレスでは入退場のタイミングが分からないため,今回のような入退場者数を推定するには,別の手法を考える必要がある.
RSSI値が高いほど,センサに近く,信頼性の高いデータとなる.しかし,RSSI値が低い場合,センサからの距離が遠い可能性が高くなり,信頼性の低いデータとなる.図8bのように,すべてのデータを用いると,訪れていないエリアを含んだ,不正確な経路になった.一方で,図8cのように,RSSI値が高いデータのみで経路を作成すると,実際に訪れたエリアを含まない,間欠的な経路が生成された.今回用いたデータのうち,RSSI値が−80以上のデータは全体の16%であり,センサが設置してあるエリアにいても,RSSI値が低い可能性が高い.そのため,今回のような間欠的な経路が作成されやすい.対して,図8dで採用した,時間幅ごとに最大RSSI値を用いた方法では,池を飛び越えるような経路が生成されてはいるが,訪れていないエリアを含まず,間欠性のない経路を作成できており,(b)と(c)の経路と比べ,一番正確な経路であった.これは,1分間ごとに信頼性のあるRSSI値の高いデータを採用することで,より正確な位置を推定することができる.また,1分間に信頼性の低いデータしかない場合でも,その中でRSSI値が最大のデータを使用するので,間欠性のない経路が作成される.以上から,今回の移動経路作成手法は,都市型・屋外型施設での入園者の行動を推定するのに有効であることが分かった.より正確な経路を作成するには,Wi-Fiのデータに加え,移動可能経路情報と移動速度を考慮する必要があると考える.移動可能な経路から,間欠的な経路の補完したり,移動速度から,不正確な経路を修正できると考えられる.
本研究では,大規模環境の分類を行い,Wi-Fiパケットセンサへの影響と課題を整理した.そのうえで,Wi-Fiパケットセンサが最も不得意とするであろう都市型・屋外型施設である東山動植物園を対象に,入園者推定手法を提案し,入園者のデータを抽出した.また,推定した入園者のデータをもとに,地点ごとの人数推定と移動経路推定を行った.入園者推定では,滞在時間と移動数に閾値を設けることで,ノイズとなる非入園者のアドレスを除去することができた.また,1年間の入園者数の傾向を捉えることができ,都市型・屋外型施設において,本手法の有効性を示すことができた.地点ごとの人数推定では,人の流量と行動が大きく関わり,特に,人の流量が少なく,歩行速度が速いエリアにおいて,人数を推定するには困難であることが分かり,ランダムアドレスを用いた新たな手法の必要性が示された.移動経路推定では,1分ごとにRSSI値が最大であるデータを用いることで,園内の移動経路を作成することができ,提案した手法の有用性が示された.本研究で得られた知見や課題をもとに,都市型・屋外型施設においても人流把握・分析の一手段としてWi-Fiパケットセンサの利活用が更に進むよう,天候などの異種データとの組み合わせ手法や,より高次な移動経路推定手法の構築を目指したいと考えている.
謝辞 本研究の一部は,総務省委託研究SCOPE(0159-0110),科研費19K11945,NICT委託研究,JST CREST(JPMJCR1882)の支援を受けています.
2020年名古屋大学工学部電気電子情報学科卒業.2020年4月より同大学大学院工学研究科情報・通信工学専攻.人流分析に関する研究に従事.
2016年名古屋大学工学部電気電子・情報工学科卒業.2018年に同大学大学院修士課程,2021年に博士課程を修了.博士(工学).屋内位置推定,生体信号のエンターテインメント利用に関する研究に従事.
2000年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程修了.博士(政策・メディア).2015年~2018年立命館大学総合科学技術研究機構研究教員(准教授).現在,社会システム総合研究所主任研究員,立命館大学総合科学技術研究機構客員研究員.ユビキタスコンピューティング,スマートシティ,人流センシングシステムなどの研究開発に従事.情報処理学会,IEEE各会員.
2010年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期課程博士号取得後,同大学院特任助教,特任講師,特任准教授を経て,2019年より名古屋大学大学院工学研究科准教授.主に,ユビキタスコンピューティングシステム,ヒューマンコンピュータインタラクション,センサネットワークなどの研究に従事.電子情報通信学会,ACM,IEEE会員.
京都大学工学部卒業.中央復建コンサルタンツ,日本ディジタルイクイップメンツ,阪急電鉄文化・技術研究所,都市開発部,鉄道企画室を経てプロジェクト開発部長,ステーションファイナンス常務取締役などを歴任.2004年に(株)社会システム総合研究所を設立し代表取締役に就任(現在に至る).学校法人上田学園理事,(一社)グローカル交流推進機構理事,京都大学経営管理大学院特命教授.
1990年名古屋大学工学部電気電子工学科卒業.1995年同大学大学院工学研究科情報工学専攻博士課程満了.同年同大学工学部助手,同大学講師,准教授を経て,2009年より同大学大学院工学研究科教授.NPO位置推定サービス研究機構Lisra代表理事.モバイルコミュニケーション,ユビキタスコンピューティング,行動センシングの研究に従事.博士(工学).ACM,IEEE,人工知能学会,日本ソフトウェア科学会,電子情報通信学会,日本音響学会 各会員.本会シニア会員.
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