会誌「情報処理」Vol.63 No.5(May 2022)「デジタルプラクティスコーナー」

「超スマート社会実現に向けた情報技術活用のプラクティス」編集にあたって

吉野松樹1

1(株)日立製作所 

編集にあたって

本特集で掲げた「超スマート社会」は,日本政府の第5期科学技術基本計画において,我が国が目指すべき未来社会の姿とされているSociety 5.0を意識したものである.Society 5.0では,「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより,経済発展と社会的課題の解決を両立する社会を実現するとしている.

「超スマート社会」は,まだ実現しているわけではなく,情報技術の実践を報告することを目的としているデジタルプラクティスとしては,「超スマート社会」の実現に向け,将来「超スマート社会」を構成するピースの1つとなることを目指して実践している事例を招待論文として寄稿いただき,また投稿論文として募集した.

本特集には,下記に示すように.医療,交通,食,高齢化,企業間取引,人流解析,漁業,下水道管理,電気自動車のエネルギー管理,地域活性化,物体自動認識などさまざま情報技術の活用領域の報告の論文を収録している.

本特集の論文について

本特集では4編の招待論文と10編の投稿論文を掲載する.

大山氏らの招待論文「スマートホスピタル構想における汎用型多目的ロボットの活用」は,名古屋大学医学部附属病院において医療現場における業務効率向上のために汎用型多目的ロボットtemiを活用した遠隔コミュニケーション,薬品搬送作業の実証実験を行い,その評価を報告している.医療現場,あるいはそのほかの現場におけるロボット導入の際に考慮すべき点など有益な知見が含まれている.

福住氏らの招待論文「新たな利用時品質モデルの考え方─自動運転バスの運用を事例として─」では,サービスや製品のユーザビリティを評価するための利用時品質モデルを直接の操作者だけでなくより広範なステークホルダに拡張することを提案し,自動運転サービスの評価に適用した事例を報告している.事例では,自動運転バス経路の利用者,自動運転バス経路を利用する運転者,整備担当者,付近住民などのステークホルダを対象とした調査結果がまとめている.新しいサービス・製品を社会実装する際の社会受容性の評価において参考になると考えられる.

神成氏らの招待論文「農産物流通のDXを加速するスマートフードチェーンの構築─生産・流通・消費をつなぐデジタルプラットフォーム─」は,内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で進めている農産物の生産から流通,消費までの一連のデータを連携するプラットフォームであるスマートフードチェーンの構築について報告している.2023年からの社会実装を目指して構築されているプラットフォームを利用した入出荷履歴取得・トレーサビリティの実証,鮮度維持のための農産物の輸送環境の測定,物流費低減のための物流マッチングの実証実験について報告している.生産者から消費者までのさまざまなステークホルダ間,および同業者間で多様な食材のデータを共有するためのプラットフォームの構築は,別の領域におけるデータ共有にも参考となると思われる.

行木氏らの招待論文「超スマート社会における高齢者のIT活用を促進する“人に寄り添うテクノロジー”の展望」では,高齢者のIT活用の阻害要因としてメンタルモデル確立の困難さ,入力操作の困難さ,モチベーションの欠如の3つを挙げ,5件の事例においてどこが問題であったかを分析している.これらの阻害要因を排除するために,アンビエントコンピューティング,コミュニティ支援が有効であると提案している.超スマート社会の実現では,高齢者,障がい者を含め誰1人取り残さないことが必要であり,本稿で取り上げている観点は重要な観点である.

長野氏らの投稿論文「ブロックチェーンを活用した企業間ワークフロー管理システムの実行エンジン」では,企業内のビジネスプロセスはワークフロー管理システムによる電子化が進んでいるが,企業間のビジネスプロセスでは,依然として紙や手作業が多いことの解決策として,ブロックチェーン技術を利用した企業間ワークフロー管理システムを提案し,試作したシステムにおいて3社をまたがるビジネスプロセスのユースケースを設定し,データ量,性能の評価を行い実用性を確認している.

村井氏らの投稿論文「大規模屋外施設におけるWi-Fiパケット人流センサへの影響と利活用の検証」は,スマートフォンから送信されるプローブ要求を収集するWi-Fiパケットセンサを用いた大規模施設における人流解析において,外部要因による影響でWi-Fiパケットセンサには不向きとされている都市型・屋外型施設である東山動植物園において実証を行った結果から,この方式の有用性と課題について論じている.

Natsir氏らの投稿論文「ICT Application to Support Sustainable Fisheries Management : Bali Sardines Fisheries ‐ Indonesia」では,インドネシアのバリ島において資源保護を意識したイワシ漁を実施するための漁場のGPSデータと漁獲量のデータ収集,データベース,データ分析のためのダッシュボードからなるシステムの説明と2018年からの運用の状況について報告されている.水産資源保護にICTが活用されている事例として興味深い.

森山氏らの投稿論文「Quantitative Analysis of Mid‐face Correction Treatment Using Automated Image Analysis」は,顎変形症の矯正手術の計画と評価において従来から考慮されている骨や歯などの硬組織の術前・術後の変化だけではなく,術後の患者のQoLに大きな影響を与える軟組織の変化を簡便な方法で定量化するシステムを開発し,実際に適用した事例について報告している.

澤野氏らの投稿論文「下水管スクリーニング検査のための浮流型カメラと映像処理に関するプラクティスの報告」は,老朽化が進む下水管の安全かつ低コストでスクリーニング検査を行うために浮流移動する機体で下水管内を撮影し,映像を転送する浮流型無線ネットワークカメラを開発し,映像回転の補正手法,ひび割れを検出する手法を実装,評価した結果を報告している.人口減少が進む中で老朽化が進む社会インフラを情報技術を利用して効率的に保守する試みとして重要である.

冨永氏らの投稿論文「離れて暮らす親世代と⼦世代がゆるやかにつながるための⾒守りサービスの社会実装と検証」は高齢者の孤立を防ぐための見守り支援AIシステムを開発し,4組の親子に2週間利用してもらった実験からこのシステムの有効性と継続的に利用される可能性が高いという見通しを得たことを報告している.

西田氏らの投稿論文「電気自動車の仮想配電線への利活用のための実証実験およびエネルギーシステムの構築」は,EVを動く蓄電池として停電発生時に電気自動車によって電力を輸送する「仮想配電線」の実証を行い,この結果を基に停電地域の気象状況などを考慮した太陽光発電量予測,電力需要予測などに基づく最適なEVの運行計画立案システムを構築し,その有効性を検証したことが報告されている.今後EVの普及が進むにつれこのような利用が拡大すると考えられる.

森木氏らの投稿論文「地域限定クーポンの利用履歴による社会関係資本の多寡推定」では,人々の幸福度にも大きな影響を与えると言われる,人と人との関係性,信頼関係などに基づく社会関係資本蓄積量を,通常行われているアンケート調査の代わりに地域限定クーポンの利用履歴で推定できるとの仮説を,国分寺市で実施した「街バル」イベントである「ぶんじバル」で発行された電子クーポンの利用履歴とアンケート調査結果の分析で検証し一定の精度で推定が可能であることをしている.

岩村氏らの投稿論文「新しいモビリティ導入に対する公共交通業界の反応」は,筆者らが全国で実証実験,実運用合わせ100カ所以上に展開しているリアルタイム乗合配車システムについて,その利点を十分活用できている事例がある一方,従来の公共交通の常識や慣習にとらわれてその利点を十分発揮できていない事例があることを報告している.斬新なサービスを社会実装する際に陥らないようにすべきアンチパターンを示しているといえる.

梶原氏らの投稿論文「カメラ以外のセンサと学習用データの事前登録が不要なフィジカルサーチシステムの提案と検証」では,カメラのみを用い,事前準備なしで,新たに置かれた物体や,移動された物体を自動的に検出し登録し後で検索することを可能とするシステムを構築し,倉庫,図書室,居室における実験でその有効性を検証している.カメラを利用することでプライバシーへの配慮が必要であるが,さまざまなユースケースが考えられる.

「超スマート社会」実現のためには,このような活動がそれぞれ高度化していくことはもちろんであるが,相互に関連してデータを共有し,それぞれが自律的に動作しながら全体として協調することが必要になる.協調するためには,当然ながら協調する相手を認識することが必要であり,本特集がそのための一助になることを望む.

「超スマート社会」の実現に向けて研究・開発を行い社会実装していく営みは,未来を創造する営みとも言える.国立研究開発法人科学技術振興機構の未来社会創造事業で「次世代情報社会の実現」領域の事業統括をされている東京電機大学 前田英作教授に未来をいかに創るかについてインタビューした記事も掲載しているので参考にしていただきたい.

  • (2022年3月7日)
吉野松樹(正会員)matsuki.yoshino.pw@hitachi.com

1982年東京大学理学部数学科卒業.同年,(株)日立製作所入社.1988年米国コロンビア大学大学院修士課程修了(コンピュータサイエンス専攻).2011年大阪大学大学院情報科学研究科博士後期課程修了.博士(情報科学).本会フェロー.2020年〜 本会論文誌トランザクションデジタルプラクティス編集委員長.

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