会誌「情報処理」Vol.62 No.11(Nov. 2021)「デジタルプラクティスコーナー」

顔認証とDigital IDを活用したサービス社会の実現に向けて

太田知秀1

1日本電気(株) 

顔認証によるDigital IDを活用することで,さまざまな場所やサービスがシームレスにつながり,誰もが簡単・安全・スムースにサービスが利用できる社会を実現していきたいと考えている.そういった社会を目指すに至った現在の社会背景やその課題について述べ,それらを解決し得る顔認証技術や,顔認証によるDigital IDを活用したサービスについて紹介する.また,実際のユースケースとして,NEC本社ビルにおけるオフィスのデジタル化実証実験と,南紀白浜IoTおもてなしサービス実証実験について,詳しく説明する.Digital IDを活用したサービスが目指す将来像や発展性を紹介し,本論の締めくくりとする.

1.社会をとりまく個人識別活用の変化

1.1 サービス利用可否識別の手段の変化

サイバー社会において,Webサービスの普及とともに,IDとパスワードによる利用可否識別が一般化する一方,サービスの増大とともに増え続けるIDとパスワードの管理の負担も大きくなっている.近年では,サービスの利用にあたり,利用可否識別を「認証」と「認可」に分離し,共通のアカウントでさまざまなサービスを享受できる仕組みが拡大している.たとえば,GoogleやYahooアカウントによる認証IDとパスワードの共通化は,さまざまなWebサービスで用いられており,こういった認証を専門に行うクラウドサービス(IDaaS)も普及し始めている.

一方で,リアル社会のサービスの利用可否識別は,より単純である.たとえば,電車に乗るときは,切符を所持しているかどうかが識別の根拠であり,本人が誰かは問われない.図書館で本を借りるときは,図書カードを提示することで,本を借りることができるかの照会が可能である.サービスを利用できる「証票」となる物理的な何かを所有し,これを提示することで利用できるというのが,リアル社会の基本である.

1.2 識別手段の課題

サイバー社会における認証の最大の課題は,IDとパスワード漏洩に伴う「なりすまし」や「アカウントの乗っ取り」である.一般的にIDは外部に公開されているメールアドレス等であるケースが多く,パスワードは使い回されることが多い.そのため,どこかで漏洩した場合,乗っ取りの対象となるケースが多く,さまざまなサービスで問題が噴出している.現在では,より厳格なセキュリティを求められるサービスについては,2段階認証や2要素認証といった対応により,これらの脆弱性をカバーする動きも高まっている.一方で,利用者側からすれば,サービス利用における手順が複雑化するため,サービスの利用そのものを敬遠するような傾向も表れている.また,Webサービスの手軽さから,近年では,あらゆるサービスがWebサービス化する傾向が高まっている.しかし,上述の複雑な認証手段は,デジタル社会に疎い高齢者世代を中心に,サービスの利用を難しくしている.その結果,誰でも簡単に利用できるサービスを提供したいというサービス提供者の思いとは裏腹に,サービスを享受できない人々との格差(デジタルデバイド)を生み出している.

一方,リアル社会では,「証票」利用を基本としたサービスの拡大により,大量の会員カードを生み出すことになっている.その結果,会員カードは財布の中に収まる量をはるかに逸脱し,財布の空きスペースの活用に利用者が悩むという事態を生み出している.また,うっかりこれらの会員カードを落としてしまい,それに気付かない場合,カードを拾った第三者に悪用される可能性もある.これらを解決するために,会員カードをスマートフォンのアプリに置き換える動きも加速しているが,問題の本質は変わっていない.スマートフォンのホーム画面がアプリで埋め尽くされるとともに,そのアプリのID・パスワード管理の複雑化とデジタルデバイドというサイバー社会の課題を背負い込むこととなっている.

1.3 COVID-19による新たな課題

2019年に発生し世界的に拡大したCOVID-19の脅威に伴い,サービスの提供モデルは劇的に変化している.リアル社会による活動は停滞し,サイバー社会を中心とした活動は拡大しつつも,人々は情報だけで生きていくことはできない.少なくなったとはいえ,リアル社会における生活環境での人との接触に細心の注意を図る必要性が生じてきた.

「密を避ける」というポリシーを守るため,至るところで「タッチレス」や「接触時間の低減」,「混雑回避」が叫ばれ,それはあらゆる生活習慣やサービス提供の場面で適用が望まれた.さらに,政府のキャッシュレス決済の伸長政策とも重なり,現金以外の決済の拡大,POSレジのセルフ化が一気に加速した.しかし,これらはデジタルデバイドにより取り残された人々にとって,馴染みにくいサービス提供形態であり,利用者目線で考えると,すべてが利便性の向上に繋がっていないと思われる.

2.顔認証によるDigital IDを活用したサービス

2.1 NECが考える顔認証によるDigital IDを活用したサービスとは

上述の課題の根本原因として考えられるのが,本来個人が有しているサービスの利用可否権利を識別するために,サイバー社会ではID・パスワードといった無形の情報,リアル社会ではカードやアプリなどの「証票」といった代替手段を使って判別せざるを得ないことが挙げられる.代替手段が存在するために,それを使った「なりすまし」ができてしまい,代替手段を管理できない人は,サービスそのものを享受できないことになってしまう.これは,本来のサービスを与えたい,受けたい人からしたら無意味な事態である.

NECは生体認証,その中でも特に「顔認証」をこれらの代替手段を統合・補完するものとして活用することで,これらの問題を解決できるものと考えている.生体認証を活用した共通のID(Digital ID)を活用したサービスとして提供するために検証を重ねてきた.その検証の結果について,本報告にて述べたいと思う.

2.2 顔認証の利点

顔認証は顔で本人を識別する技術である.日常生活で誰もが当たり前に行っているように,その人が誰であるかを顔の画像で判別することであり,これを人に代わってコンピュータが行えるようにしたものである.

顔認証はほかの認証手段と何が異なり,どういった利点があるのかを述べていく.

(1)顔は落とさないし,真似できない

会員カードは落とす危険があり,ID・パスワードは漏洩する危険がある.「顔」は,落としようがなく,誰かがなりすますこともできない.化粧等によるなりすましが考えられるが,顔認証技術の発達もあり,化粧や髪型等の変化に影響を受けず,写真によるなりすましも不可能になってきている.

(2)膨大なIDやカード,アプリの管理が不要になる

上述した通り,認証のためのIDが統合され,ID管理の負担が軽減しているが,すべてのサービスが統合されるには,まだ多くの時間がかかる見込みである.現実社会においては,ID利権というような言葉に代表されるように,それがビジネスの優位性に直結する要素を孕んでいることから,楽観的な統合IDサービス世界の実現は困難と考えてよい.

一方で,顔認証は統合という概念はなく,顔は1人1つだけであるため,その背後にある認証IDサービスが何であっても,その利用において混乱することはない.利用者からすれば,顔を見せることそのもので,IDの問題が自然と解決する.

(3)手間いらずで早い

両手が鞄でふさがっているにもかかわらず,レジの前で財布からポイントカードを取り出そうとして,四苦八苦したり,スマートフォンのアプリを立ち上げてログインパスワードを思い出そうとあれこれ考えたり,ちょっとしたサービスを受けるのにも,面倒な場面は多い.

しかし,顔認証は,カメラに顔を見せるだけで行われるため,手間がかからない.最近は,COVID-19の影響でマスクをしているケースもあるが,技術的にマスクを着用したままの顔認証が可能になっており,顔認証の際にマスクを外す必要もない.また,認証スピードも大抵1秒未満で終わるため,非常にスムースである.

(4)非接触

COVID-19の拡大で,非接触はNew Normalを形作る必須要素の1つとなりつつある.リアル社会では会員カードをお店の方に渡す,受け取るといった接触機会が発生することからセルフ化が進み始めているが,利用者からすると手間が増えたことによる利便性の低下が問題になる.顔認証は,顔を見せるだけで行われるため,非接触であり,感染の危険性を低減するとともに,手間の増大を抑制するといった効果が期待できる.

(5)デジタルデバイドの解消

顔認証は最初に顔画像や関連する個人情報,利用するサービスの情報と紐付けが必要であるため,完全なデジタルデバイドの解消にはなり得ない.しかし,一度登録してしまえば,実際の利用シーンでは,デジタル機器を利用することはない.そういった意味では,日常シーンにおいて,デジタルデバイドによる利用者選別の影響が発生せず,誰にでも優しいサービスの提供が可能である.

2.3 顔認証の課題

ここまで顔認証の利点について述べてきたが,顔認証にも多くの課題が存在する.

まずは,顔認証は認証の精度において,100%ではないことが挙げられる.認証を行う母数となる対象集団がある程度大きくなると,精度は落ち,誤認証の可能性が高まる.この誤認証をどれだけ防止するのか,また,誤認証とどのように付き合っていくのかが大きな課題である.

また,セキュリティの問題もある.2009年に放映されたTVアニメ『東のエデン』では,主人公が所属する大学サークルで開発した「画像検索エンジン」を積んだSNSにおいて,携帯のカメラに映りこんだ画像とネット上の情報の関連付けを行い,誰でも自由に利用することができる.顔画像に対しても有効で,街角ですれ違った人物の顔画像から,それが誰で,どういった人物なのかが検索できてしまう.これは,顔画像を通じて個人情報の流出を助長してしまう可能性を示唆しており,2021年の現在,これは実現可能な技術となっている.一方で,顔情報を含めた個人情報は,あくまでその個人に帰属し,第三者が勝手に検索・閲覧できることは望ましくない.顔情報や個人情報の管理と第三者への提供については厳密な管理と本人の同意が必須である.

3.NECにおけるDigital IDを活用したサービスの取り組み

現実社会において,顔認証によるDigital IDを活用したサービスは,上述の利点に関して適切に機能し,また,課題面がサービス全体へ影響を及ぼさないのか,さまざまなユースケースで検証を進めている.今回はその中のいくつかのユースケースについての検証結果について報告する.

3.1 NEC本社ビルにおけるオフィスサービスへの活用

(1)取り組みの概要

2020年7月よりNEC本社ビルにてNECオフィスのデジタル化実証を開始し,Digital IDを活用したオフィスサービスの提供を開始した[1].サービスの概要は以下の通りである(図1).本サービスの利用者は,専用のスマホアプリを用い,顔ならびにサービスを受ける上で必要な個人情報(社員番号やクレジット番号等)を本人同意の上,登録する.登録されたデータは,サービス提供プラットフォームで管理され,その情報を用いて,さまざまなサービスを利用できる.

NEC本社ビルのデジタル化の概要
図1 NEC本社ビルのデジタル化の概要

具体的なサービスは以下の通りである.

  • NEC Digital IDゲートレスエントランス/NEC Digital ID入退場ゲート(ショールーム入口/正面玄関入口)
  • マスク対応レジレス決済(社内売店)
  • NEC Digital ID決済POS(社内売店)
  • NEC マスク着用検知(通路)
  • NEC 居場所お知らせガイド(業務エリア)
  • NEC 混雑状況可視化(食堂,エレベーターホールなど)
  • 顔認証を活用したロッカー,自動販売機,自動ドア,複合機,共有PC利用システム(業務エリアなど)
  • NEC Digital ID ゲストウェルカムサイネージ(会議室エリア)
(2)オフィスサービス活用においての検証結果

サービスの開始から利用者は少しずつ増加し,最終的には2,000人弱が利用するサービスとなった.COVID-19の影響で,出社率が大幅に減少した中でのサービス提供となったが,マスクに対応した顔認証エンジンのおかげで,マスクを外すことなく,スムースな入退をはじめとする各種サービスが多くの人に利用された.クラウドベースのサービス提供から,性能面での懸念があったものの,ストレスを感じるようなケースはほとんど発生せず,おおむね好評であった.

利用者の感想は,以下の通りである.

  • 顔を見せるだけでさまざまなことができるので便利になった
  • 思っていたよりマスクをつけた状態での認証速度が速い
  • 手に荷物を持っているときでも社員証をかざさなくていいのがよい

一方で,想定通り,誤認証の問題も発生した.顔認証は撮影した顔情報を数値化し,データベースに格納された顔情報と比較し,一定の閾値を超えた照合数値を出した人物を選出し,誰であるかを特定する技術である.この際,撮影画像のさまざまな条件によって,この照合値は大きく異なってしまうため,たとえ当人であっても常にこの閾値を超えるとは限らない.閾値を超えなかった場合,再度新たな顔画像による照合を繰り返すため,結果,照合が終わるまでにより多くの時間がかかることになってしまう.一方,閾値を下げすぎると,自分自身ではない他人との照合値が,たまたま閾値を超えてしまうケースも発生してしまうため,誤認証を防ぐためには,閾値を下げすぎないよう配慮する必要がある.照合の時間と認証精度のバランスがとれた閾値設定が非常に重要である.

しかし,本実証では,その閾値設定についても机上ではなく,実際の現場活用の場面から検証する意味もあり,当初,かなり低めの閾値をあえて設定し,机上で算出された適正閾値との差異について検証した.その結果,週に数回の頻度で誤認証が発生し,これに気づいた利用者から指摘を受けることとなった(なお,発生したのは入退場ゲートのみであり,誤認証が許されない決済は,顔認証とパターンコードの入力による2要素認証の対策を取り入れていたため,誤認証は発生していない).

頻繁に発生したのが,そもそも本実験に参加していない社員が,実験参加者と間違われて,顔情報を登録してないのにもかかわらず,入退場ゲートを通過できてしまったケースである.(ゲート通過時に判定された本人にプッシュ通知が届くため,ゲートを通ったことに身に覚えのない社員より,問合せが発生した)検証の目的があったため,撮影時の顔画像について記録に残していたものと,登録されている誤認証された社員の顔画像を,目検で比較したところ,半数以上が人間の目で確かめた場合,明らかに別人と判定できるものであった.ただし,顔が異なっているというより,撮影画像の人物の体型や性別といった顔以外の違いで速やかに別人と判別されるケースが多くあった.また,半数以下ではあるが,そもそも本当に別人物なのかどうか判断できない画像もあり,コンピュータの判別であることが問題とは一概には言えない結果となった.さらに,誤認証の画像を分析していくと,そもそもの顔画像の登録時の画像品質が悪い人物は,照合値が不安定になり得ること,ゲート通過時の歩くスピードによる顔撮影時のカメラとの距離の関係から適切な撮影画像をとれてないケースなどがあることが判明した.

(3)検証結果からの改善への取り組み

誤認証の発生率は机上で想定されたものより,若干上回っており,これを参考に最終的に以下の調整を行った.

  • 顔登録画像の品質向上(登録時の画像品質チェックを高める)
  • 顔撮影焦点距離,撮影トリガーとなる距離の調整
  • カメラアングルの固定(ゲートとの固定が緩く,徐々に横を向いてしまっていた)
  • 閾値の調整(机上算出値より高め)

これらにより,調整以降誤認証の発生は減少したものの,誤認証の可能性は0ではなく,発生時の対応もまた非常に重要なものであることが判明した.誤認証の申告があった際の,スムースな対応を実現するためのプロセスや社内ルールの取り決め,本人の不安を低減させる連絡体制など,サービスを運用する部分もまた,大変重要である.ほとんどこれらの事態は発生しないだろうと高を括っていた我々プロジェクトチームは,大いに反省することとなった.

(4)取り組みを通じての考察

誤認証の発生原因となる画像品質のものはさまざまな要因が組み合わさって発生するため,根気よくチューニングを重ねることで,改善をはかることができる.一方で,汎用性を高くし,普及するためには,それらチューニング作業を自動化するなどの簡易に導入できるための仕掛けが必要であり,今後取り組まねばならないと痛感した.また,こういった誤認証を発生させる要因を取り除く「予防」的措置のほか,万が一発生させてしまった場合にどうしたらよいか,これについてもあらかじめ明確にしておくことが,本サービスを導入する上での鍵となる.我々はこれを「3つの対」としており,事前に準備することを推奨したい(図2).

誤認証の「予防」と3つの「対」
図2 誤認証の「予防」と3つの「対」

<3つの対>

  • 「対応」 誤認証の早期発見(発生した場合にすぐ気づける仕組み)
  • 「対策」 シーンに合わせた使い分け(認証精度と利便性のバランス)
  • 「対処」 発生時のオペレーション(明確にされた発生時の対処方法)

3.2 南紀白浜での観光サービス活性化への活用

(1)取組みの概要

2019年1月より南紀白浜エリアで顔認証によるDigital IDを活用した「IoTおもてなしサービス実証」を実施している[2].サービスの概要は以下の通りである(図3).本サービスの利用者は,スマートフォンで顔ならびにサービスを受ける上で必要な個人情報(クレジット情報,名前等の個人情報)を本人同意の上,登録する.登録されたデータは,サービス提供プラットフォームで管理され,その情報を用いて,さまざまなサービスを利用できる.

南紀白浜IoTおもてなしサービス実証の概要
図3 南紀白浜IoTおもてなしサービス実証の概要

具体的なサービスは以下の通りである.

  • ウェルカムサービス(空港や観光施設での案内,お出迎え,笑顔判定による記念撮影)
  • 手ぶら決済(売店,観光施設,飲食店などでの顔認証決済)
  • キーレスドア開錠(宿泊施設における鍵なしでのお部屋の入退出)
(2)観光サービス活用においての検証結果

本実証を通じて検証すべきポイントは,利用者が快適で便利であると感じられるかと,観光サービスを提供している方々の業務負担軽減につながるか,であり,最終的にはビジネスとして成立するかどうか,であった.

利用者の感想は,以下の通りである.

  • 未来の体験ができる感じで面白い
  • 顔認証は思ったより簡単
  • 本当にこれで決済ができているのか不安
  • ホテルの利用時に鍵を持たずに外出できるのは便利(うっかり忘れてしまうという心配無用)
  • もっといろいろと使えれば便利なのに中途半端
  • どこでサービスが受けられるのか分からない場所もあった

初めて顔認証を体験される利用者が多く,非常に好意的な印象を持っていただいた方がほとんどであった.ただし,まだまだ,本サービスが提供される場所が少なく,また,されていても気付かない,利用の仕方が分からないなどのケースがあり,十分に本サービスに対して満足するまでには至ってない結果であった.

一方,サービスを提供している各事業者の方の感想は以下の通りである.

  • お客様に喜んでいただいており,町の活性化につながるならよい
  • 利用者が少ないため,とっさの操作のとき何をしたらいいか忘れてしまいまごつく
  • 今のところ業務負担低減にはつながっていない

年間300万人超が来訪する南紀白浜町で,本実証に参加された観光客はわずか数千人,圧倒的少数派であり,主要観光スポットでサービスは提供されたものの,本格的普及にはほど遠いものであったと言わざるを得ない.

そのため,本サービスによる効果を事業者が実感するレベルには達しておらず,逆に手間が増したとの印象を与える結果になったと思われる.

(3)検証結果からの改善への取組み

観光サービスでの顔認証によるDigital IDの活用は,一定の効果は確認できるものの,普及には更なる改善が必要と感じられた.利用スポットの増加はもちろん,特にサービス事業者の方の操作性向上は大きな課題である.また,最終目的であるビジネスとしての成立については,さらに深い検証が必要であると感じられた.ビジネスとして成立させるためには,コストの低減もしくは売上の向上に本サービスが貢献しないことにははじまらない.現段階では,利便性や話題性の向上には寄与するが,直接的なコスト低減や売上向上にはつながっていない.そのため,コスト低減には上述の操作性向上の実現がひとつの改善策だが,売上向上について,果たして本サービスが貢献できるかについて,本実証を通じてデータ活用の可能性について検証を行った.

たとえば,利用者(観光客)の行動履歴からマーケティングに活用できる情報を見出すことができれば,将来的に売上向上につながるプロモーション等の施策が実施できる可能性がある.そこで,本実証に参加された方の顔認証の記録情報から,行動パターンを分析した.

これらの結果を受けて,2021年度実証として,行動履歴情報をもとに,適切なタイミングで利用者にプッシュ通知やクーポン配信を行うことで,有効に時間を使っていただき,観光を楽しんでいただく新たな施策を実施予定である.

(4)取り組みを通じての考察

2020年春先よりCOVID-19の感染拡大により,観光産業は大きな影響を受け,南紀白浜も海水浴場の来場客は例年に比べ半減した.積極的なCOVID-19対策の提示とともに,よりお客様一人ひとりに寄り添ったきめ細かなサービスの提供により,リピーターを増やしていくことが重要と考えられる.本取組みをマーケティング領域まで拡大することで,観光客にとってもサービス事業者にとっても,満足度向上につながることが可能か,引き続き検証を進めていきたい.

4.Digital IDを活用した社会の実現に向けて

4.1 Digital ID活用により実現する社会像

New Normalが叫ばれ,デジタル化が加速していく中,サイバー社会とリアル社会はより密に連携していき,人と人とのコミュニケーション,サービスの提供形態は多様化していく.そのような社会変化の中,デジタル化の恩恵に預かりながらも,デジタルデバイドを抑制し,安全・安心・公平な社会を実現するためにもDigital IDの活用は大変重要になると思われる.Digital IDを上手く活用することで,サービスを大きく変革していくことができると考えられる.Digital IDを活用したサービスのイメージは,以下の通りである.

(1)BtoEサービスへの活用

働き方のスタイルが多様化し,従来当たり前であった「出社」「通勤」は当たり前ではなくなった今,オフィスの位置付けやそこに従業員が集まる意味も大きく変わってきている.オフィスの利用効率の向上という観点からも,オフィスの座席フリー化はもちろん,そもそもの組織と紐づいたフロア管理そのものがなくなる可能性もある.従業員一人ひとりが働きやすい場所で最適なパフォーマンスを実現できる環境・サービスの提供が非常に重要である.

Digital IDを活用することで,場所や組織,サイバー社会とリアル社会の垣根を越えて,サービスを提供できる可能性があるだけでなく,会社の内外をもつなぐことで,従業員がより柔軟で迅速に働ける環境の提供が可能になると考えられる.実際に,Digital IDを活用したサービスの機能の1つにあるマルチID管理機能により,複数のサービスに紐付く個々のIDが管理できる.これにより,外部のサービスIDとの紐付けが簡単に可能である.

NECオフィスのデジタル化の実証でも,外部のラウンジ提供を行っている企業にご協力いただき,従業員の顔認証によるラウンジ利用を期間限定で実現した.このサービスの連携によって,従業員満足度が向上するとともに,ラウンジ側も顧客の誘導・増加につながり,まさにWin-Winの効果を得られることとなった.さらに,顔認証入退による接客の半セルフ化で,業務負担の削減効果も確認できた.

このような,オフィス内部の各種サービスの連携に留まらず,オフィス周辺の街のサービスとの連携により,従業員満足度の向上から街の活性化までつながる,「オフィス城下町」の実現に貢献できるものと考えられる.

(2)BtoCサービスへの活用

BtoCサービスについても,Digital IDの活用は活性化していくと思われる.さまざまな活用が考えられるが,ここではMaaSへの活用について考えてみた.MaaSとは,元々公共交通機関のワンストップサービスの意味が主であったが,人々の移動に伴うあらゆる生活サービスについてもこれに含まれるようになってきた.

まずは南紀白浜に代表される,空港や駅を核とした観光型のMaaSが挙げられる.Digital IDを活用することで,旅行者の利便性を向上するだけでなく,今まで把握しきれなかった旅行者の行動パターンとそれに対応したサービスのタイムリーな提供を実現する可能性を持っているのは上述の通りである.さらに,顔認証によるDigital IDを活用したサービスであれば,スマートフォンを使った難解なサービス利用を強いないため,あまりスマートフォンの操作に慣れてない利用者でも,手ぶらで旅を満喫できる.

一方,通勤などに使われる電車やバスの路線を核とした都市型のMaaSもある.自分がよく使う駅を起点とした街において,店舗やサービスの利用が,会員カードを毎回提示する必要なく,顔認証で利用できるようになることで,人と街のエンゲージメント強化と活性化が期待できる.

(3)都市サービスへの活用

上述のBtoE,BtoCに共通するキーワードとして「街の活性化」が挙げられる.Digital IDと行政サービスとの連携を図ることで,街のサービスとして一貫したシームレスなサービス提供が可能になると考えられる.特に,行政サービスの利用頻度が高い高齢者は,一層簡易にサービスを受けられるようになるばかりか,サービスを提供する組織・団体にかかる本人確認等の負担を軽減できることが期待できる.国が積極的に推進しているスマートシティ,スーパーシティにおいても,これが目指す「人が生活しやすい街づくり」に欠かせないサービスといえるだろう.

4.2 まとめ

顔認証によるDigital IDを活用したサービスには多くの可能性がある一方,まだまださまざまな課題が存在する.しかしながら,新たな技術の開発・適用・検証を推進し,これら課題の解決にあたっていくとともに,より多くの利用シーンで実際に活用してみることが重要と考えられる.Digital IDを活用することで,さまざまな場所やサービスがシームレスにつながり,誰もが簡単・安全・スムースにサービスが利用できる社会を実現していきたいと考える(図4).

Digital IDを活用して実現する社会のイメージ
図4 Digital IDを活用して実現する社会のイメージ
参考文献
太田知秀
太田知秀(非会員)ootatomohide@nec.com

日本電気(株)クロスインダストリー事業開発本部シニアマネージャ.1992年青山学院大学理工学部卒業.同年,日本電気(株)入社.以来小売業向けシステム開発,営業に従事.2017年より交通系企業担当の営業部長として,航空業向け事業を推進.2019年より現職でDigital ID事業開発を推進.

受付日:2021年6月7日
採録日:2021年7月15日
編集担当:荒木拓也(日本電気(株)データサイエンス研究所)

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