社会のグローバル化が進み,小学校から英語教育が取り入れられるようになった[1], [9].しかし,旧来からの英語教育では読解と作文が重点的に指導・教授される一方で,会話に必要な聞き取りや発話は軽視されてきた.さらに,真のグローバル教育とは,たんに英語で会話ができるようにすればよいというものではなく,生徒がその教育を通して異文化を理解し,尊重しつつ,お互いの文化の差を擦り合わせながら交流できるようになること[4], [5],さらには考え方を「グローバル時代の思考方法であるマトリックスに切りかえ」られるようになること[2]である.
日本は島国のため,地続きで外国と交流するという文化はこれまで培われてこなかった.しかし,インバウンド観光の振興や少子高齢化による人口減少を控えて外国人労働者による社会の維持など,日本社会のグローバル対応は待ったなしの状況である.2020年はCOVID-19の影響で物理的な国際交流がほぼ分断されたとはいえ,ワクチンや治療薬の開発などにより沈静化した後には,再び,グローバル社会化への対応が迫られることになろう.
このような社会の要請を背景として,我々は,まずは高校生を対象として,海外に住む同年代の生徒や学生とオンラインで交流することで,異文化コミュニケーションを実践し,国際感覚を養成するためのプロジェクトを2020年より開始した[19].「(に)日本語を話さない(こ)高校生と話そう(P)プロジェクト」(通称「にこP」)」と名付けられたそのプロジェクトでは,Zoom*1やWebex*2といったオンラインミーティングのツールを用いて,日本の高校生が海外の高校生との交流を行う.英語によるコミュニケーションに慣れ親しむこと,また,日ごろ接しない異文化に直接接し,自らの視野を広げることがその目的である.
ところで,COVID-19の影響で社会のオンライン化が進み,テレワークやオンライン授業の浸透でオンラインミーティングツールは急速に身近なものとなった([7], [12], [17]など).しかし,オンライン授業への参加などで慣れていると思しき生徒も,オンライン学習に関しては困難を抱えている場合が多い[16].オンラインミーティングのツールはほとんど利用経験はなく,まして自らがミーティングのホストとなる機会はほぼない.にこPでは,生徒の異文化交流を円滑に実施するために,英語によるコミュニケーション方法の教示といったコンテンツ的なサポートだけでなく,情報通信(Information Communication Technology; ICT)機器活用のための支援や,さらには専用の学習支援システムの提供など包括的なサポートを提供している.にこPは,デジタルツールを最大限に活用し,異文化交流のための様々な支援を行うプロジェクトである.
以下,本稿では,2章で関連研究,先行研究を紹介し,3章でプロジェクトの全体像について述べる.3章においてはプロジェクトにおけるICTの活用,本プロジェクトのデジタルプラクティスについても言及する.続く4章では,2020年に実践したパイロットプロジェクトの概要について紹介する.5章では,同パイロットプロジェクトで取得されたデータの分析について報告し,プロジェクトが学習を支援する効果について議論する.最後の6章で,本稿をまとめつつ今後の展望について述べる.
COVID-19パンデミックのなかでいかにして教育を継続していくかに関しては,世界中で様々な挑戦が行われている.なかでも,オンラインミーティングツールを利用したオンライン授業の提供に関する研究は,喫緊の需要に支えられて数多く行われている.Kristóf [11]は,UNESCOによるデータ[18]を参照して世界中の教育が中断した状況を示すとともに,それらへの解決策としての観点から各種のオンラインミーティングツールを比較,分析している.
SugiantoとUlfah [15]は,COVID-19の影響下においてオンライン教育を強いられる状況において,異文化言語教育に携わる教員の資質について調査した.インドネシアの状況に限った調査ではあるが,アンケートとインタビュー調査により,教員はおおむね適正な能力を備えていると結論付けている.ただし,彼らの議論においても生徒のICTスキル不足が障壁になると指摘している点は興味深い.
大学での異文化教育ではあるが,Hřebačková [6]は,にこPと類似のアイデアに基づく異文化教育の実施について報告している.彼女らが仮想交流(Virtual Exchange; VE)と呼ぶ活動においては,ICTの助けを借りて異文化交流を進め,それが学生の能力開発に寄与するとの主張である.小林[10]は,日本の大学においてICTを用いた異文化交流教育を実施した例を報告している.この活動も大学生の英語教育に関するものであるが,相手はオーストラリア在住の英語を母語とする高校生であった.さらに,似たような活動としては,Mohamedら[3]による報告がある.マレーシアの大学とフランスの大学を結んでオンライン異文化交流による英語教育の実施結果である.このように,ICTを活用した大学における異文化交流教育の事例は多いが,これらのような専門家がカリキュラムを策定した異文化教育の事例は,残念ながら,まだ,高校生以下までひろく浸透するには及んでいない.にこPも,中央大学での実践[20]を踏まえて高校教育に展開するものであり,今後はさらに初等教育への展開の可能性も視野に入れている.
にこPは,高校生の異文化交流を支援するためのプロジェクトである.プロジェクトのスコープは,交流先の相手となる海外の協定校を探し日本の参加校とマッチングするところから始まり,何回かの交流授業を実施,振り返りで総括するところまで広範囲にわたる.本稿ではなかでも情報通信技術,ICTの活用による支援に焦点をあてて解説する.本章ではその全体像について述べる.
にこPにおける生徒の異文化交流活動に関する概念図を図1に示す.本活動の中心は生徒自身であり,生徒が準備,実践,振り返りを繰り返すことで能力の向上を目指す.プロジェクト実施者はその支援を行うだけしかできないが,効果的な支援が生徒の能力向上に対して有効であることも十分に期待される.ここで,高校生が国をまたがって交流する活動に対してICTがどれだけ寄与できるかを改めて指摘しておきたい.
まずは,ZoomやWebexといったオンラインミーティングツールである.直接,現地に渡航して交流を深めるに越したことはないが,それには費用と時間がかかる.その過程をデジタルで置き換え,安価なコストで交流を実現するためには欠かせないツールである.
先に述べたようにCOVID-19による生活様式の変化により,これらのツールを利用したオンラインTVミーティングがたいへん身近なものになった.その社会変化は本プロジェクトに対しては大きな追い風になり,実際に参加した生徒たちも違和感なく受け入れている.
日本の高校と海外の高校を前述のツールで結んで生徒同士を交流させるという協同授業を実際に何回か実施するためには,相互の教員およびプロジェクト関係者の間で十分な意思疎通を図ることが求められる.そのためには入念な事前準備が必要である.海外との交流ということもあり,それらの準備を実施するためのコミュニケーションチャネルの用意が求められた.近年はSNSによりほぼリアルタイムに近い情報交換が実現可能となっている.今回のパイロットプロジェクトにおいては,相手が台湾の高校ということもあり,LINEやFacebook MessengerといったSNSによるコミュニケーションが有効に機能した.また,電子メールでのコミュニケーションや,ときとして従来の電話によるサポートも活用された.
本プロジェクトは学習の一環である.したがって,異文化交流の活動も行いっぱなしではなく,きちんと記録に残し,振り返りにより重層的な教育を実現することが大切である.学習過程を記録する手段としては,後述する専用のシステム(Dialogbook)を提供したほか,ミーティングツールの機能を用いてコミュニケーションの様子を動画で録画,Google Formsを用いた事後アンケートの実施などの方策がとられた.それだけでなく,オフラインで印刷物として提供したワークシートも実際の学習活動において重要な役割を果たした.
にこPの実施にあたり,簡単な学習ポートフォリオシステムとしてDialogbookと名付けられたシステムを開発[8],運用した.
近年は,大学だけでなく,高校においても,Classi*3やロイロノート*4などの学習管理システム(Learning Management System; LMS)が各校で活用されている.そのような状況において,あえて,本プロジェクト専用に新しく学習ポートフォリオシステムをスクラッチから開発して運用したことについては理由がある.
ひとつは,にこPは日本と海外の高校が協同して実践するプロジェクトであり,双方から共通に利用できるシステムが必要になるのではないかという理由である.一般には,自前のLMSを用いているにせよSaaS等の外部サービスを利用しているにせよ,学校に閉じた範囲での利用が原則であり,外部からのアクセスは難しい.したがって,日本と海外の学校がシステムを用いて情報交換しようとするならば,双方を結ぶサービスを開発するか,独自にシステムを立ち上げる必要がある.
もうひとつの理由は,活動で発生したログやデータを,学習者や教員が自由に取得して分析できるようにするためである.既存のシステムやサービスを利用する場合,それらのデータへのアクセスは管理者に依頼しなければならず,すべてのデータを取得できない可能性も残る.
これらの理由から,にこPの実践に向けてDialogbookが開発された.
図2はDialogbookの活用例である.Dialogbookは,ある種の教師と生徒が交流するためのSNSと考えることもできる.図2の上部は,生徒や教員がメッセージを書き込んで交流を図っている状況である.教員と生徒だけでなく,生徒同士の交流も可能である.ただし,残念ながら今回の実践においてはそのような使われ方はなされなかった.
また,Dialogbookの主要な機能として,ルーブリック項目の設定(教師)と自己評価(生徒)も実現可能である.自己評価に関してはいつでも修正可能であり,学習が進んだことにより自己評価の結果を更新することもできる.これらの機能を活用することにより,Dialogbookは「オンライン大福帳」としての利用も想定されている.
にこP初年度となる2020年度は,日本と台湾の高校を結び,異文化交流実践授業を実施した.具体的には,日本の日出学園と台湾の福誠高級中学(以下,福誠高校とする)のペア,および,日本の市原中央高校と台湾の東港高級中学(以下,東港高校とする)のペアによる実践である.
準備は2020年8月から進め,オンラインミーティングツールを利用した交流授業は2020年の10月から12月にかけて実施した.それぞれ,表1に示すとおり,3回ずつの交流授業を行った.なお,日出学園と福誠高校の組み合わせではWebexを,市原中央高校と東港高校の組み合わせではZoomを使用*5した.
交流授業には各校1年生ないしは2年生で,1校あたり20人~30人*6の生徒が参加した.生徒同士のオンラインミーティングは日本側も台湾側も2~3名程度のグループを作り,グループごとにオンラインでのコミュニケーションを行う.事前の打ち合わせでお互いの時間割のなかで50分程度の時間を確保できるように予定を調整*7し,20分のセッションを交流授業中に2回実施した.なお,リアルタイムに実施することに意味があるため,にこPでは時差があまりない地域を海外の対象国として想定している.今回は,いずれの交流授業も,日本と台湾の午前中に実施された.
図3は,オンライン交流の協同授業に参加している台湾側生徒の様子である.PCの利用だけでなく,スマートフォンなど様々なデバイスを利用してオンライン交流を進めている様子が分かる.
今回の実践では,日本側の日出学園,市原中央高校,および,台湾の東港高校に向けてDialogbookのシステムを提供した.それぞれを独立したアプリとしてHerokuにデプロイし,各校の教員と生徒によるアクセスを可能とした.なお,福誠高校のみDialogbookは利用せず*8,同校における記録と振り返りに関しては,印刷されたワークシートを活用して行われた.これらの資料は必要に応じてスキャンされ,電子化されたうえで利用された.
パイロットプロジェクトを実施し,いくつかのデータが取得された.本章ではデータの分析について報告し,プロジェクトが学習を支援する効果について議論する.
Dialogbookではルーブリック項目を先生方が設定できることについてはすでに述べた.同システムを利用した3校とも,数十のルーブリック項目を設定し,生徒は自己評価によりそれらの値を設定した.なお,自己評価はレベル0(できなかった・しなかった)からレベル3(よくできた・十分にした)までの4段階で評価できるようになっている.
図4は,1回めの交流授業が行われた直後に取得したデータの比較*9である.第1回の交流に関するルーブリックについて,それぞれの生徒が自己評価した点数の平均値を示している.福誠高校に関しては,オフラインのワークシートで同等の記述がなされたものを取得し,数値化して比較した.
市原中央高校のスコアがおしなべて高い理由として,同校で本プログラムに参加した生徒が英語コースの生徒であることが考えられる.いずれにしても「5. Did you enjoy the group activities?」という質問に対しては,各校が高い平均値(日出学園1.80,市原中央高校2.25,福誠高校2.00,東港高校2.03)を示した.オンラインではありながらも,異文化交流に関して生徒が高い興味を示していることが分かる結果となっている.
次に,Dialogbookに生徒が投稿したメッセージに関して,簡単な分析を行った.教員と生徒との対話として利用されているため,教員からのフィードバックも実際には行われたが,本分析に関しては生徒の声に焦点を当てていることに注意する.なお,偶然ではあるが,日出学園では日本語で,市原中央高校では英語で,東港高校では中国語での記録が行われていた*10.
図5は,市原中央高校においてDialogbookに記載された生徒によるメッセージの文字数を,同校における本プロジェクトに関連した授業の実施回ごとに分類して数え上げたものである*11.図5の各棒は生徒個人(右側にある英数字で区分)の数値を示している.交流授業の実施回(第6~8回)においては,より活発なコミュニケーションがなされていることが分かる.
また,投稿された内容の変化も興味深い.図6は,投稿されたメッセージを用いてワードクラウドを作成したものである.これらはWordClouds*12 [14]を利用して作成した.
第1回の投稿,第6回および第7回の投稿,第8回の投稿を用いて作成されたワードクラウドが,図6の左,中,右の順で示されている.回が進むにつれてワードクラウドが滑らかになっている*13ことから,Dialogbookに投稿された英文メッセージで使われた語彙が豊富になっていることが分かる.図6下部に,典型的な投稿を吹き出しで示している.第1回は英語のスキルを向上させたい,台湾の文化を知りたい,というような単調なメッセージが主なものであった.対して,交流授業が進むと生徒の表現も多様化していることを,ワードクラウドからもうかがうことができる.
話題の多様化は語彙数の集計からも汲み取ることができる.図7は,各回に投稿されたメッセージについて形態素解析を行いすべての単語について活用のない基本形を抽出したうえで使用された語彙数を集計,その値を投稿数で割り,一回の投稿あたりの語彙数として正規化したものである.このグラフから,その回の話題の広がり具合が分かる.回によって若干のばらつきはある*14が,交流授業の実践に向けて話題が広がり,実際の交流授業では様々な話題が交わされたということを,本結果からもうかがうことができよう.
3回の交流授業が終了後,本プロジェクトに対して生徒たちがどのように感じているかを知り,また,今後の改善に役立つ情報とすべく,匿名の事後アンケートを実施した.
アンケートは以下の6項目の質問から構成されている.(3)~(6)の質問に対しては自由記述による回答を求めた.
アンケートはGoogle Formsで4校分を作成し,各校の先生方を通じて生徒に回答を求めた.回答数は,それぞれ,日出学園25,市原中央高校11,福誠高校28,東港高校29の合計93件である.
図8は(1)どのテーマが魅力的だったか?という設問である.3回の交流授業においては,おおむね,最初に自己紹介をし,次にそれぞれの国や地域の文化を紹介,最後に将来の夢を語るという大まかな方針*15を示していた.
この結果から,いずれも後半のテーマのほうが魅力的であったということが分かる.たんなる自己紹介よりは,文化やカルチャーの紹介が好まれた様子がうかがえる*16.
図9は(2)学習シートは役に立ったか?という設問に対する回答状況を示す.回答方法は「1: very helpful(とても役立った)」から「5: not helpful at all(全く役立たなかった)」までの5段階評価である.この結果をみると,市原中央の回答には突出して役に立った(1: very helpfulと2: helpful)の割合が多い.その理由としては,市原中央からの参加者が「英語コース」の生徒であることと,市原中央の生徒のために担当教諭が用意した学習シートが非常に丁寧に作られていたものであったことが考えられる.
図10および図11は,(3)このコースでストレスを感じたか?それはなぜか?という質問に対して自由記述で寄せられた回答を参照し,アフターコーディングによりコード化した結果を示すグラフである.
ストレスを感じたか否かについては,どの高校でも半々程度に分かれた.日本側の主要なストレス要因は,通信品質の問題である.インターネットを介したオンラインミーティングであり,やはり,海外との通信は国内でのそれと比べると聞き取りにくかったり,通信が中断することがおきたりという状況が発生する.特定の回においては実施した教室の環境要因からミーティングをうまく行えなかったこともあり,その点が,改善すべき課題として残された.
台湾側から出されたストレス要因としては,会話の態度や内容,コミュニケーションの方法に関するものが主たる要因を占めている.日本人の内気な気質によりもじもじとした態度を見せてしまったシーンが多く発生し,その点が台湾側には不評だった様子がうかがえる.
なお,これらのストレス要因については,改善すべき項目についての質問でも同様の結果が得られている.
(4)このコースの良かったところは何か?という質問の回答から言葉の揺らぎ等を除去*17し,さらにすべての回答を日本語に翻訳したうえでベクトル化*18したものを作成,主成分分析(PCA)により2次元に低次元化した結果を図12に示す.図12(上)は回答全体を表示した画面のスナップショットである.中心部にデータが集中しているが,今回利用したPythonの可視化プログラムではマウス操作で部分的に拡大して確認することができる.図12(下)は,中心から下部にかけてのデータが集中している領域を拡大したものである.なお,翻訳はMS Excelの機械翻訳を使用し,形態素解析とベクトル化のプログラムにはGiNZA(バージョン4.0.5)[13]を用いた.
図12(上)の中心から左上にかけて,英語の能力を向上できる,コミュニケーションのスキルを得られるなど,能力開発に関するコメントが表れている.また,原点付近に集中している部分を拡大すると,下のほうに異文化交流に関する指摘も現れる(図12(下)).
図13は(5)このコースについてどのような提案があるか?という質問に対する自由回答をコーディングした結果である.全体を通じて,3割程度の生徒が「改善点なし」と答えた点を指摘しておきたい.また,時間や機会についての改善要望としては,もう少し長い時間を希望するという声や,他の地域と交流してみたいという希望も散見された.
表2は(6)このコースについてどう思うか?すなわち全体の振り返りに関する意見を集約したなかから,典型的なコメントを抜粋したものである.表2には,日本側の意見だけでなく,台湾側の意見*19も示した.
以上のデータ分析を通じ,にこPにおける学習支援効果や学習の効率化に関する課題と対応策について考察する.
まず,Dialogbookを活用して得られたデータを分析した結果のフィードバックである.ルーブリック・スコアの集計結果やコミュニケーション・ログを可視化することにより,生徒たちが英語を用いて異文化圏の生徒たちと行うコミュニケーションのスキルが向上していることをひと目で把握できる.これらを教員が確認し,さらには生徒自身が知覚することにより,学習のモチベーションを維持,あるいは,向上させることが期待できよう.
一方で,にこPの運用やシステムの利用にはまだ課題も多く残り,改善点と対応策を考えなければならないことも明らかになった.
事後アンケートの(3)ストレスを感じた要因は,1.通信品質,2.協同授業の時間や内容,3.協同授業におけるグループの大きさ,4.会話の態度が主要なものであった.これらについて,どのような対応策が考えられるであろうか.
1.通信品質については,重点的かつ喫緊の対応が求められる.ただし,他の項目とのバランスも考慮する必要もある.なお,本来,通信は双方向であるため通信品質の課題には対象性がみられるはずである.しかし,アンケートの回答では,日本側で多くの不満が通信品質に向けられ,台湾側からはあまり通信に関する不満が出ていなかった.その理由としては,台湾においてはコミュニケーションの態度等に対する不満が通信品質に対する不満を上回ったのではないかと考えられる.また,図3に示したように,台湾側は小さなモバイルデバイスで参加しているグループが多く,動画の通信品質に対する不具合があまり気にならなかったのではないかとの可能性も残る.
2.協同授業の時間と内容に関しては,その対応は場合による.生徒同士の会話が途切れる場合もみられた.慣れない異文化交流においては事前の入念な準備が必要で,時間割上,十分な対応が難しい場合もある.次の機会にやりたいことができるかもと期待させるぐらいがちょうどいいともいえる.一方,図13に示した個別の改善要望をみると,日出学園も市原中央も「内容の変更」が2割を占めている.これは生徒が話したいことが別にあった,あるいは,別に話したいことがあるということに気付いた状況を示しており,対話のテーマ等,交流授業の内容はさらに練る必要があることが示唆された.
3.協同授業におけるグループの大きさは,習熟レベルに応じて変える必要があるかもしれない.また,4.会話の態度に関してはよく考える必要がある.図13における福誠高校の結果には「コミュニケーション方法」が3割を占めている.これは日本の生徒が,話に詰まったときに日本側の生徒同士で相談する時間が長かったからであり,日本の学校ではこの傾向が多いことが懸念される.対話における積極的な態度の育成や,Politenessの研究,コミュニケーションにおける表情の問題など,いろいろ考えるべき点があり,より深い分析が必要である.これらに関しては,今後の研究課題としたい.
以上のような,運用に関する改善要望については,今後,にこPを継続・発展させるうえで,具体的な留意点として教室にフィードバックしていく予定である.
本稿では,異文化交流教育を支援するプロジェクト「にこP」について紹介し,にこPにおけるICT活用の実際について,なかでもDialogbookという新規開発したシステムの利用について報告した.2020年に,日本と台湾の高校を結び,オンラインミーティングツールを用いて交流するパイロットプロジェクトを実施した.
本稿の後半では,パイロットプロジェクトで活用されたDialogbookの記録を分析し,その効果について議論を加えた.さらに,終了後に実施したアンケートの結果を分析し,にこPの有用性や改善点などについて報告した.
にこP自体はまだ始まったばかりであり,次年度以降,参加校の拡大を目指している.また,2020年度の実施で得られたいくつもの課題を解決する必要がある.
まず,Dialogbookの改善である.シンプルな機能で構成されているDialogbookは,現在の実装でも使いにくいということはあまりないが,情報の階層構造化を進めることにより,使い勝手のさらなる向上を目指す.また,現在は各校それぞれにシステムが提供されているが,規模の拡大を想定すると,全システムを集約した実装とし,集中した運用管理を可能にすることが望ましい.また,いくつかの不具合を修正する必要があることと,交流する2校でミーティングURLの情報を共有する機能など,円滑な授業実施に必要な機能を追加すべきである.
また,得られたデータを分析するためのツール開発も必要となるであろう.今は,適宜,スクリプトや統計ツールなど利用して手作業で分析を進めている.しかし,担当する高校教諭が自らデータ分析を行いたいというような状況を実現するためには,簡単にデータを分析できるようにするための道具立てが必要である.さらには,言語習得に関する知見を組み込んだ効果的な分析方法の確立も望まれるところである.
1994年東京大学大学院工学系研究科計数工学専攻修士課程修了.同年,株式会社三菱総合研究所入社.2007年大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻博士後期課程単位取得退学.2009年より東京農工大学客員准教授を兼務,株式会社三菱総合研究所主席研究員を経て,2013年中央大学文学部社会情報学専攻,准教授.2014年,同,教授.2019年,中央大学国際情報学部,教授.電子情報通信学会,ヒューマンインタフェース学会等,会員,OpenForum Academy Fellow.博士(工学),技術士(情報工学部門),HCD-Net認定HCD専門家.
1984年早稲田大学教育学部英語文学文化専攻卒業.同年,三重県立南勢高等学校教諭.1987年同名張西高等学校教諭.1993年英国エセックス大学応用言語学M.A.課程修了.MA取得.1994年同年ケンブリッジ大学英語応用言語学M.Phil.課程修了.1997年同大学Ph.D.課程修了.Ph.D.取得.1997年より群馬県立女子大学文学部講師,助教授,教授を経て,2005年より中央大学文学部教授.主に,生成文法に基づく第二言語習得に関する研究に従事.同時に英語教育研究にも携わり現在に至る.関東甲信越英語教育学会会員,全国英語教育学会会員,日本第二言語習得学会事務局長.日本英語学会評議員.
1989年國學院大學文学部史学科卒業.中学高校の非常勤講師,学習塾教室長,専門学校の学生募集部門責任者,中学高校の生徒募集に関する企画営業職,eラーニング教材の販売と中学・高校・大学向けのイベント企画担当を経て,2017年に積才房合同会社を設立.現在,教材・教育プログラムの開発,生徒・学生募集の支援サービスを提供.この他,一般社団法人グローバル教育情報センター理事,一般社団法人ことばのまなび工房理事,大原簿記学校非常勤講師,ものつくり大学非常勤講師.関東甲信越英語教育学会会員.
1998年立教大学文学部英米文学科卒業,1999年より千葉県私立日出学園中学校・高等学校教諭.2015年よりTOEIC,TOEFLを日出学園中高生全員に受験させ,TOEIC管轄のIIBC,TOEFL管轄のCIEE,GC&Tとともに小中高へ普及活動に関与.2017年より一般社団法人学習評価研究所が毎年主催する各地でのボランティア授業にて講座開設.関東甲信越英語教育学会会員.
1993年京都外国語大学外国語学部英米語学科卒業.2004年名古屋学院大学外国語研究科英語学専攻修士課程修(英語学修士)TESOL取得(カナダ).Adobe Educator License取得.関東甲信越英語教育学会会員.千葉県教育研究会ESD部会常任理事.学校法人君津学園市原中央高等学校教諭として,英語コース(現Global Leader Course)の立ち上げと運営を務め,さらに国際交流部長として海外校との交流および留学生交流推進に関する業務を行っている.2001年より法人本部国際交流室室長を兼任.大学から幼稚園までの様々な場面において,自身が教壇に立ちながら,実践に基づく英語教育を広く展開している.現在は,ユネスコスクールとしての活動を含めた国際教育に関する講演と寄稿も精力的に行っている.
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