様々なWebサービスの登場により,日々,膨大な量のパーソナルデータ(個人のWebアクセス履歴や行動履歴,購買履歴など)が生成されている.企業などの多くは,これらのパーソナルデータを収集して解析することで,マーケティング分析を行い,顧客満足度向上を目指したサービス改善に取り組んでいる[1].
一方で,パーソナルデータに対する個人の意識は,世界的に高まっている.欧州では2018年5月にGDPR(General Data Protection Regulation:一般データ保護規則)[2]が施行され,個人のプライバシー保護が強化されるとともに,パーソナルデータを扱う事業者には一層の管理責任が課せられるようになった.この背景には,大手IT企業によるパーソナルデータ寡占が極端に進んだことへの反発があり,GDPRのなかでも「個人のデータは個人に帰属するもの」との考え方が明確に宣言されている.また,2018年10月には「個人がパーソナルデータを主体的に管理すべき」との考え方を広める組織MyData Globalが発足し[3],その活動は世界的な拡がりをみせている.日本国内においても,2020年6月に個人情報保護法改正案が成立し[4],個人データの有効な活用を促進する施策が盛り込まれる一方で,個人情報の利用方法の適正性に関する条文が新たに設けられるなど,事業者が守るべき責務は増している.
テレビの視聴データも例外ではない.「テレビでいつどんな番組を見たか」を示す情報は,視聴者の嗜好やライフスタイルを表す貴重なパーソナルデータとされ,データの有効な活用が期待されている[5], [6].しかし,先に述べたようなプライバシー懸念や個人のデータへの帰属意識の高まりを背景に,事業者のパーソナルデータ管理には大きな制約が伴い,個別の視聴者に向けた十分なパーソナルデータ活用が行える環境が整っているとは言い難い.
こうした状況を鑑み,筆者らは,視聴者自らがテレビの視聴データを安心して活用できる環境の構築を目指している.これまでも「テレビ番組で紹介された商品が即日売り切れる」といったように,テレビの視聴は個人の嗜好や興味を強く反映したものであり,日々の生活と密接に結びついていることが知られている.視聴者がテレビの視聴データを自ら積極的に活用できるようになることで,視聴者の生活品質の向上に寄与できると考えている.また,テレビの視聴データだけでなく,移動データや購買データといった様々な行動データを個人のコントロール下で一元的に管理できるようになれば,これまでサービス事業者間の契約に基づいて行われていたデータの連携付けが,個人の意思で柔軟に行えるようになり,新たなサービス創出が加速することも期待される.筆者らが目指すパーソナルデータの個人活用イメージを図1に示す.
本稿では,パーソナルデータの一つである放送視聴データの活用に焦点を当て,2章でその関連動向を示す.また,3章で個人の積極的なデータ活用に向けた課題を整理する.4章では,視聴者が自らの放送視聴データを取得・管理できるシステムの構築と開発したスマートフォンアプリケーション(スマホアプリ)の実装について述べ,5章で被験者による評価実験の概要と結果を示す.6章では,放送視聴データを個人主体で活用することの考察を行い,7章で最後に今後の展望をまとめる.
現在,一部のテレビ受信機メーカでは,収集したテレビの視聴データやその分析結果を提供するサービスなどを実施している[7], [8].また,民間放送事業者5社では,視聴者から収集したテレビの視聴データを番組分析やマーケティング戦略に活用する取り組みを試行している[6].これらが扱うデータは,個人を特定しない非特定視聴履歴[9]に分類され,主には事業者側の番組分析やCMの効果測定,マーケティング施策などをターゲットとしている.
一方,個人を特定した視聴履歴活用の取り組みも始まっている.一部の民間放送事業者では,本人の信託に基づいてパーソナルデータの運用・管理を行う情報銀行において個人の番組視聴状況などを管理し,視聴者の意思に基づいてそのデータを企業に開示することで,パーソナルデータ活用の対価を視聴者に還元する実証実験を実施している[10].この取り組みは,視聴者の便益とパーソナルデータ活用とを両立するものとして注目されるが,ここでの“視聴者”=“世帯単位”であり,個人単位のデータ活用には課題が残る.これに対し,本稿では個人単位での放送視聴データの活用を目指している.
筆者らは視聴者の生活品質の向上を目指す例として,これまで放送視聴データを自動車のナビゲーションサービスに連携させる例[11]や,カレンダーアプリに登録されたイベント情報を番組視聴と連携させる例[12]など,番組視聴と様々な生活行動とを結び付けるユースケースを示してきた.また,これらのユースケースを実現するため,テレビとスマホを含む様々なIoTデバイスとの連携を可能にする端末連携アーキテクチャを提案し[13],ハイブリッドキャスト端末連携規格の標準化に寄与してきた.
ハイブリッドキャストとは,2013年に標準化された放送通信連携規格であり,そのうちの一つの技術仕様が端末連携規格である.2013年当初の端末連携規格は,放送信号を起点としたものであったが,2018年の規格改定により,スマホやIoTデバイスからもテレビとの端末連携を実行できるようになった.これにより,テレビ画面上に表示されたQRコードをスマホのカメラで読み取って放送事業者のサーバに情報を送る[5]など,サービス側で端末連携状態を管理していた従来の方法とは異なり,スマホアプリから放送サービスに依存しないテレビの機能(チャンネル選局など)を直接制御できるなど,番組視聴が様々なサービスと柔軟に連携できる可能性が拡がった[14], [15].
ここで改めて,テレビの放送視聴データを視聴者自身が積極的に活用していくための課題を整理する.
課題1:個人ごとの放送視聴データの取得
テレビ受信機は単身世帯を除いて複数人で共有して利用される端末であるため,放送視聴データには複数人のデータが混在する可能性がある.そのため,テレビ受信機から収集された放送視聴データを,単に個人にマッピングするだけでは,個人に特化したデータ活用は難しい.最近では,独自の専用端末によって個人の視聴を見分ける方法や,世帯のデータから個人のデータを推定分離する試みもあるが,独自の専用端末が必要となることや推定の精度に課題がある.そのため,個人ごとの放送視聴データを精度高く,かつ,手軽に取得する方法の確立が求められる.
課題2:データ間連携を促進するデータ管理
放送視聴データを生活の様々な場面で有効に活用するには,放送視聴データと様々なサービスやデータとの連携を容易に行えるようにする必要がある.
課題3:視聴者本人にとっての価値提供
プライバシー面での安心感だけでなく,視聴者にとって放送視聴データの活用メリットが無ければ,積極的な活用は難しい.放送視聴データが視聴者にとってどのような価値を提供できるのかを明らかにする必要がある.
3章で述べた課題1の解決,および,課題2と課題3の考察を目的とし,視聴者がスマホを介してテレビの放送視聴データを自ら取得・管理するシステムを新たに開発した.システム概要を4.1節に,スマホアプリに実装した各種機能を4.2~4.4節に示す.
図2にシステムの概念図を示す.
本システムでは,テレビと連携させた個人のスマホで放送視聴データを取得して個人のストレージ内に記録し,記録されたデータを活用する.図3には,本システムにおけるスマホとテレビとの端末連携構成を示す.スマホとテレビとの連携には,2.2節で述べたハイブリッドキャストの端末連携技術[14], [15]を採用し,端末間の相互接続性を担保した.
本システムでは,ハイブリッドキャスト対応テレビとスマホとが,Wi-Fiルータを介して,同一セグメントのネットワークに接続して通信を行う.スマホ上には,ハイブリッドキャストの連携端末通信プロトコルを介してテレビと通信するネイティブアプリを実行し,同アプリ上で,放送視聴データを扱うWebアプリを動作させる.WebアプリはJavaScript APIを介して,スマホとハイブリッドキャスト対応テレビ間の通信を制御する構成とした.また,スマホアプリは,放送視聴データを記録するためのパーソナルデータ記録用ストレージ,および,Webアプリや番組に関連したデータを配信するサーバと通信して動作する.
本システムにおける放送視聴データの取得フローを図4に示す.
スマホアプリでは,初回に,同一ネットワーク内に存在するハイブリッドキャスト対応テレビの機器発見を行い,視聴者操作によって選択されたテレビとスマホとの間でペアリングを実行する.一旦,端末間のペアリングが確立されれば,スマホのWebアプリから連携済のハイブリッドキャスト対応テレビに対して,受信機状態を問い合わせるためのポーリングを実行し,テレビで選局中の編成サービス識別子(network_id || ts_id || service_id)を取得する.このようにスマホとテレビとの間にはサーバを介さず,直接的な端末連携状態のもとで,放送視聴データを取得する.
なお,本手法では,WebアプリでのAPI実行が処理のトリガとなるため,このスマホアプリを前面表示(フォアグラウンド)状態で起動するモチベーションが必要となる.そこで今回,ハイブリッドキャスト端末連携規格のtuneTo( )関数を用いて,Webアプリ上に表示した電子番組表からテレビを選局する機能や,プッシュ通知された番組告知からテレビを選局する機能をあわせて実装し,同アプリをテレビリモコンとして利用できるようにした(図5参照).
この機能は,過去のアンケート調査[13]でも,利用意向の高い機能として報告されており,放送視聴データの取得との組み合わせによって,個人の強い意向に紐付いた放送視聴データの記録につなげられると考えた.
4.2節の方法で取得した放送視聴データを個人の意思で活用できるようにするため,視聴者が取得した放送視聴データを個人ごとのパーソナルデータ記録用ストレージで記録・管理する機能を実装した.これは,個人が自らのデータを集約管理する仕組みとして知られるPDS(Personal Data Store)[16]に相当する機能である.
今回は,視聴者が自身の放送視聴データを活用することを目的としたため,記録する対象データは,スマホによる能動的な選局操作で視聴開始した放送番組,あるいは,テレビにおいて一定秒数(N=12秒)以上の視聴継続が確認された放送番組とした.放送番組の識別には,編成サービス識別子を用い,放送番組が記録対象として判定された時点の時刻と紐付けてパーソナルデータ記録用ストレージに記録した.なお,短時間での選局操作を繰り返すザッピング行動に伴う視聴意識の低い番組を記録データから排除し,かつ,15秒以上の尺の放送番組(CMや番組スポット含む)を確実に記録できるようにするため,Nは12秒に設定することとした.
視聴者が自身の放送視聴データを容易に把握できるようにするため,放送視聴データを可視化する機能を実装した.図6は,過去に視聴した放送番組一覧を並べた放送視聴データのリスト画面である.パーソナルデータ記録用ストレージに記録された編成サービス識別子は,アプリ・番組関連データ配信サーバから取得した地上波のEPG(Electronic Programming Guide)番組情報に変換され,番組タイトルや放送局名,放送時間を含む情報として提示される.
また,各放送番組を選択すると,図7に示すように,番組内で紹介された詳細な情報(店舗や場所,商品などの情報)を確認可能である.今回,番組に関連した詳細情報は,外部サービス事業者によって番組放映後に後付けされる情報を利用した.これにより,視聴者が放送番組終了後の任意のタイミングで,過去に視聴した放送番組の内容を詳細に振り返ることができるようにした.また,図8に示すように,視聴者が過去に視聴した放送番組の傾向をグラフで確認できる画面もあわせて実装した.
4章で開発したシステムおよびスマホアプリを用いて,家庭での放送視聴データ(対象は地上波のみ)を2週間にわたって取得する実験を,実際にデジタル放送とインターネットの接続サービスを提供しているケーブルテレビの契約者宅で実施した.実験には,ハイブリッドキャストの端末連携規格に対応したテレビが必要であること,また,実験で取得する放送視聴データの比較データとしてテレビ本体の放送視聴データを要することを考慮し,都内のケーブルテレビ事業者の契約者でハイブリッドキャスト対応STB(Set Top Box)を設置している世帯から被験者を募り,58名が参加した.被験者の属性を表1に示す.
被験者には,自身が所有するスマホ(Android/iPhone)に4章で開発したアプリをインストールのうえ,アプリを自由に利用してもらった.実験では,学術研究用に供するデータの検証を行うことを目的に,被験者に事前の同意を得たうえで,スマホアプリを介して取得されるテレビの放送視聴データのほか,スマホアプリ上での操作履歴,STBで直接記録された放送視聴データを収集した.実験終了後には被験者全員にWebアンケートを実施し,普段の番組視聴スタイルやスマホアプリに実装した機能の利用感について計57名から回答を得た.このうち4名の被験者には,実験終了から4か月程度経過したタイミングで1対1のオンラインデプスインタビューを実施し,実験で得られたデータへの意識や放送視聴データの活用可能性について調査を行った.デプスインタビュー対象者の属性を表2に示す.
2週間の実験期間中,本システムを介して58名全員の被験者から計991番組に関わる放送視聴データが記録され,本システムがテレビの放送視聴データの取得手段として問題なく動作したことを確認した.また,操作の簡便性についても,デプスインタビューにおいて,「テレビとの連携も難しいことはなかった」「テレビとの連携も,つないでしまえば面倒ではなかった」との評価が得られたことから,手軽に放送視聴データを取得する手段として受け入れられたものと考えられる.
次に,本システムを介して得られた放送視聴データ(スマホ連携視聴データ)の特性を調べるため,STBから直接記録された放送視聴データ(STB視聴データ)との比較分析を行った(図9参照).
表3および表4に,ある被験者(同一の40代女性)のスマホ連携視聴データとSTB視聴データの特性の違いを示す.表3は,スマホ連携視聴データおよびSTB視聴データに含まれるジャンル項目の上位3件を,表4は放送局の上位3件をそれぞれ示している.一般的に,4.2節で述べた方法で取得したスマホ連携視聴データは,世帯の放送視聴データとして記録されたSTB視聴データの部分集合となるため,それらのデータは高い相関性を示すが,異なる特性を示す事例も確認できた.
さらに,異なる傾向を示すそれぞれの放送視聴データに対する被験者の意識を確認するため,デプスインタビューにおいて両放送視聴データを被験者に提示し,「自分が視聴した放送番組の意識とどの程度合致しているか?」を尋ねた.その結果を表5に示す.
STB視聴データに対しては全員が意識と合致しないと回答し,「夫が視聴しているものが数多く含まれている(Aさん)」「一部子供と一緒に見ている番組があるが,子供単独で見ている番組が多く反映されている印象(Bさん)」「あまり意識して見た番組は少ない(Cさん)」「テレビがついているだけで見ていないものも多く含まれている(Dさん)」との回答であった一方で,本システムから得られたスマホ連携視聴データに対しては,4名中3名がほぼ自分の番組視聴と合致していると回答し,「一部覚えのない番組も含まれるが,おおむね自分の視聴スタイルに近いものという認識」と回答した.残る1名については,「今回の対象であった地上波を見る習慣があまりなく,普段は録画番組ばかりを見ているので,あまり自分の視聴データという気がしない(Cさん)」と話した.また,普段から専門チャンネルをよく視聴している1名からは,「地上波の視聴としては,自分の視聴傾向と合致しているが,普段よく視聴している専門チャンネルが反映されていない点では違和感がある(Bさん)」との回答であった.
このことから,本システムで得られた放送視聴データは,従来の世帯共有のテレビから得られる放送視聴データと比較して,個人の意識に近い放送視聴データとして活用できる可能性が示され,今回開発したシステムが3章で述べた課題1に対して有効な手段となり得ることが確認できた.
3章の課題2で述べたデータ連携の重要性を明確にし,課題3で述べた視聴者本人にとっての価値提供の可能性を検討するため,Webアンケートにおいて,普段の生活のなかで放送視聴によって誘起される行動を調査した.被験者に,「Q:普段の生活のなかで,放送番組の視聴から誘起される行動は何か?」について図10に示す多肢選択(複数選択可)で尋ねたところ,「番組視聴で気になったことをネット検索する」(78.9%)という回答がもっとも多かった(図10参照).このことから放送視聴データに関連した細かな情報を提供するサービスは,受容性が高いと考えられる.またデプスインタビューにおいて,番組視聴から誘起される行動の例を詳細に尋ねたところ,たとえば旅行好きのAさんからは,「旅番組や街歩きの番組で気になったところをメモして,あとで調べて旅行の計画をたてることがある」といったことや,スポーツ観戦好きのBさんからは,「テレビで試合観戦をした後,好きなチームのホームページを確認し,チケット購入したりする」との具体例があげられ,特に個人の興味や嗜好にあった放送視聴データに対して,他のデータやサービスとの連携の重要性が強まることが示唆された.
個人単位の放送視聴データを可視化することが3章で述べた課題3の解決に有効であったかを調べるため,4.4節で示した放送視聴データの可視化機能が与えた効果をWebアンケートで尋ねた.被験者に「Q:スマホアプリで自分が過去に視聴した番組やその傾向を確認できることで,どんな効果があったか?」について,図11に示す項目に「そう思う」「ややそう思う」「あまりそう思わない」「まったくそう思わない」の4段階で回答してもらったところ,「そう思う」「ややそう思う」の肯定評価がもっとも多く得られた項目は,「自分自身のデータを客観視できる(44.8%)」であった.一方,「新たな気付きにつながった」「新たな行動のきっかけとなった」と感じた被験者は少数であり,行動促進につながる効果としては確認できなかった.これに対して,デプスインタビューで詳細な意見を求めたところ,「自分の視聴傾向が分かるのは興味深かった(Aさん)」「記憶の補助になる(Dさん)」との肯定的な意見が聞かれ,放送視聴データの可視化が5.3節の(1)で示された行動を補助する効果を与える可能性が示された一方で,「データを提示するだけでは,これを見たという認識にしかつながらない(Cさん)」「旅先でこういう情報があれば便利かもしれない(Aさん)」といった意見があげられ,適切なタイミングでのデータ活用や情報提供が重要であることが示唆された.
放送視聴データの取得・管理システムの開発と被験者による評価実験の結果をふまえ,3章で示した課題に対する考察を行う.
本システムは個人のスマホという手軽な端末を用いて簡便に放送視聴データを取得・記録できる手段として有効であることを確認した.また5.2節で示したとおり,従来手法と比較して,個人の意識にあった放送視聴データを取得できる手段になり得ることを確認した.
一方で,本システムではスマホを利用することを前提としたが,様々な用途で利用するスマホにおいて,アプリの前面表示を長時間維持することは難しく,アプリが非アクティブな状態となるバックグラウンド時の挙動はOSに依存することから,網羅的にすべての放送視聴データを記録する目的においては不向きである.デプスインタビューのなかでも,「スマホはコミュニケーションツールなど多様な目的で利用することが多いため,このアプリにスマホを占有されることは抵抗がある」との意見もあがっている.このことから,個人ごとの放送視聴データを網羅的に取得するには,個人所有のスマホを個人を識別する手段として活用しながら,テレビ本体やテレビと連携した他のIoTデバイスを用いて放送視聴データを取得する方法も有効かと考えられる.また,より個人の意識に沿った放送視聴データを取得するには,複数人でのテレビ視聴状況を判定して番組に対する個人の興味度を推定する技術や,タイムシフト視聴などを含む多様な視聴形態への対応もあわせて検討していく必要がある.
今回,個人に特化した放送視聴データの取得を可能とし,それを個人の責任のもとで管理する構成としたことで,事業者間の契約に依存せずに個人の意思に基づく柔軟なデータ活用が可能となり,データ活用がより促進されることが期待される.
一方,5.3節の(1)で述べたように,放送視聴データと連携して旅行の情報を提供したり,スポーツチケットを提供するなど,他データとの柔軟な連携を実現するには,PDS内で管理する放送視聴データを構造化し,他データとの連携を容易にすることが有効である.図12に,構造化された放送視聴データの例を示す.ここに示す例では,放送視聴データがSchema.org [17]の語彙を用いてRDF(Resource Description Framework)で記述され,機械可読性の高い形式となっている.
このように,番組に紐づく人物や場所の情報などを共通の語彙で記述して管理しておくことで,視聴者の関心のある人物や場所などと紐づいた新たなサービス価値を創出しやすくする可能性がある.今後は,PDSにアクセスするライブラリの整備やRDFリソース表現の一意化も検討課題である.
5.3節の(2)で示したとおり,視聴者が自らの放送視聴データをいつでも客観的に把握できるという点については,一定の受容性を確認できた.一方,生活の様々な場面で放送視聴データを役立てていくには,個人の状況や行動に応じた適切なタイミングで情報提供を図るなど,新たな気付きを効果的に与える工夫も必要となる.今後,個人の状況や行動と組み合わせた放送視聴データの新たな活用の可能性について検討していく予定である.
本稿では,これまで個人向けのデータ活用が難しかった放送視聴データに焦点を当て,ハイブリッドキャスト標準技術の端末連携規格を用いて,個人ごとの放送視聴データを取得・管理するシステムを開発した.また,実際のケーブルテレビ事業者の契約者を対象にした評価実験を実施することにより,本システムが個人ごとの放送視聴データ取得手段として有効に動作することを確認し,放送視聴データ活用における新たな方向性を示した.今後,事業者主体のデータ管理は,社会意識の高まりや制度面の規制により,多くの制約を強いられる可能性がある.今回のパーソナルデータ活用事例を一つのプラクティスとして,放送視聴データの扱いに関する議論が進むことを期待する.
今後は,個人単位の放送視聴データの活用について,様々な種別の行動データやオープンデータと組み合わせた新たな価値の創出を目指し,安心・安全なパーソナルデータの管理と視聴者の利便性との両立を図るパーソナルデータ管理基盤の構築をさらに進め,視聴者の生活品質の向上に寄与していきたい.
謝辞 本実験の実施にあたって多大なご協力をいただきました東京ケーブルネットワーク株式会社の皆様に,この場を借りて深く感謝申し上げます.
2005年京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻修士課程修了.同年NHK入局.2008年から放送技術研究所にて放送通信連携サービスおよびアイデンティティ管理の研究・開発に従事.現在,放送技術研究所ネットサービス基盤研究部に所属.
2011年京都大学大学院工学研究科電子工学専攻修士課程修了.同年NHK入局.高松放送局を経て,2015年~2020年放送技術研究所にて放送通信連携サービスの研究に従事.現在,放送総局デジタルセンターに所属.
2003年慶應義塾大学大学院理工学研究科開放環境科学専攻修士課程修了.同年NHK入局.甲府放送局を経て,2007年~2020年放送技術研究所にて放送通信連携技術の研究や標準化に従事.2015~2016年MITメディアラボ客員研究員.現在,NHK技術局開発センターメディア施設部副部長.
2013年慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了.同年NHK入局.2017年から放送技術研究所にて視聴データを含むパーソナルデータに関する研究に従事.現在,放送技術研究所ネットサービス基盤研究部に所属.
1995年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了.同年NHK入局.1998年から放送技術研究所 地上デジタル放送方式,インターネット技術活用,ソーシャルテレビの研究などに従事.2010年から放送通信連携の研究に携わり,ハイブリッドキャストの標準化,実用化を担当.現在は,OTT,IoT等を活用した新しいメディア基盤技術の研究に従事.
1992年京都大学工学部情報工学科卒業.同年NHK入局.2000年から放送技術研究所において,放送セキュリティ,アイデンティティ管理,放送通信連携サービスの研究・開発に従事.現在,放送技術研究所ネットサービス基盤研究部上級研究員.
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